Bは,Aから300万円で購入した鋼材(以下「本件鋼材」という。)を自分の工場で筒状に成形し,それに自己所有のバルブを溶接して暖房設備用のパイプ(以下「本件パイプ」という。)を製造した。その後,Bは,Cから本件パイプの取付工事を依頼され,Cとの間で代金を600万円(その内訳は,本件パイプの価格が500万円,工事費用が100万円である。)とする請負契約を締結した。工事は完成し,本件パイプは壁に埋め込まれて建物と一体化したが,CからBへの代金の支払はまだされていない。
この事案について,以下の問いに答えよ。なお,小問1と小問2は,独立した問いである。
1 Bは,Aに代金を支払う際,Dから300万円の融資を受けたので,本件パイプにDのために譲渡担保権を設定し,占有改定による引渡しも済ませたが,BD間の約定では,Bの請け負った工事について本件パイプの使用が認められていた。
(1) CD間の法律関係について論ぜよ。
(2) BC間で請負契約が締結された直後,BはCに対する請負代金債権をEに譲渡し,確定日付のある証書によってCに通知していたという事実が加わったとする。この場合における,請負代金債権に関するDE間の優劣について論ぜよ。
2 AがBに売却した本件鋼材の所有者は,実はFであり,Aは,Fの工場から本件鋼材を盗み,その翌日,このことを知らないBに本件鋼材を売却した。本件鋼材の時価は400万円であるにもかかわらず,Aは,Bに300万円で慌てて売却しており,このようなAの態度からしてBには盗難の事実を疑うべき事情があった。他方,Cは,Bが専門の建築業者であったことから,盗難の事実を知らず,また知ることができなかった。この場合における,BF間及びCF間の法律関係について論ぜよ。
(出題の趣旨)
小問1(1)は,譲渡担保に関する基礎的理解のもと,物上代位の成否とその対象について検討させるものである。小問1(2)は,物上代位における差押えの意義と債権譲渡との関係を譲渡担保に即して展開させるものである。小問2は,即時取得,回復請求,代価弁償に関する基礎的理解に基づきつつ,添付(加工及び付合)における所有権帰属ないし償金請求について論じさせ,論理的思考力と法的推理力を試すものである。
第1 小問1(1)
1 総論
まず,DがEに対してどのような手段を取るのか考えてみましょう。DはBに対し,融資を行っており,その担保として本件パイプに譲渡担保を設定しています。DとしてはBから直接融資金を取り立てたいわけですが,それが叶わないときにはかかるパイプから回収しようというわけです。そうすると,Dの請求としては,かかるパイプの引渡請求ということになるでしょうか。しかし,本件事案をよく読んでみると「BD間の約定では,Bの請け負った工事について本件パイプの使用が認められていた」という事情があります。そうすると,Bがかかる約定を根拠にCに対して工事したパルプを回収しに行く,というのは何だかおかしな気がしてきます(また,後述する付合との関係でも実効性のある請求とはいえません)。そこで,そもそもなぜこのような約定があるか考えてみると,本件の担保目的物はパイプです。Bがその後Cに工事をしていることから分かるように,かかるパイプはそれだけ持っていても意味があるものではなく,それを設置する技術,設置先の顧客先を持っている人が設置して,初めてその代金と形で利益が出るのではないでしょうか。そのため,Dとしては,むしろ,Bにパイプを使って欲しい。その挙げた利益からBには融資金を弁済してほしいと考えるのではないでしょうか。ただし,本件ではCからBに代金が支払われていません。そのため,Dとしてはこれを回収することになります。以上から導かれる手段は,物上代位(304条1項本文)ということになるでしょう。
2 譲渡担保と物上代位
まず,譲渡担保自体は非典型担保ですから,当然譲渡担保の物上代位を定めた明文規定はありません。そのため,物上代位に関する304条1項が類推適用されるのかが問題になりますが,譲渡担保が担保であることに争いがない以上,類推適用されるというのが通説的立場です[1]。判例も物上代位を認めています(最決平成11年5月17日民集53巻5号863頁)。
- 譲渡担保の法的構成
- 譲渡担保に関する法的構成には所有権的構成や担保権的構成など様々議論があります。しかし,そのいずれの見解からでも物上代位は認められるでしょうから[2],敢えて議論する実益はないでしょう。
3 請負代金に対する物上代位
もっとも,本件で問題なのは,BがCに対して有する代金債権は,請負契約(632条)に基づく代金支払請求権であるということです。304条1項本文には「請負」という文言はありません。また,請負というのは,請負人がなした仕事の価値もその報酬に加味されます。そうすると,単純に担保目的物が転化した債権だともいえません。
しかし,他方で,請負というのは,ある材料に対し,労務を加え,仕事を完成させるものです。そうすると,この材料部分については,売買代金債権に近いものを見出せるのではないかとも思えます。
そうすると,一律に否定するのではなく,ケースバイケースなのではないか,という結論に至るはずです。実際に判例(最決平成10年12月18日民集52巻9号2024頁,百選7版Ⅰ78事件,百選6版Ⅰ81事件)も,「動産の買主がこれを用いて請負工事を行ったことによって取得する請負代金債権は、仕事の完成のために用いられた材料や労力等に対する対価をすべて包含するものであるから、当然にはその一部が右動産の転売による代金債権に相当するものということはできない。したがって、請負工事に用いられた動産の売主は、原則として、請負人が注文者に対して有する請負代金債権に対して動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使することができない」と原則論を確認した上で,「請負代金全体に占める当該動産の価額の割合や請負契約における請負人の債務の内容等に照らして請負代金債権の全部又は一部を右動産の転売による代金債権と同視するに足りる特段の事情がある場合には、右部分の請負代金債権に対して右物上代位権を行使することができる」としています。
本件でのBのCに対する仕事内容は,本件パイプをCの建物の壁に埋め込むという内容です。そうすると,かかる仕事内容から分かることは,本件ではパイプ自体に何かを加工しているのではなく,設置工事にBは労力や新たな材料を割いているに過ぎないということです。そうすると,請負工事代金のうち,工事費用を抜いた部分はパイプそのものの価値であり,パイプの転売をしている部分だといえるのではないでしょうか。つまり,本件では,代金600万円のうち,パイプが500万円,工事費用が100万円ですから,このうちの500万円は転売による代金債権と同視するに足りる特段の事情があるといえるでしょう(パイプの割合が大きく,この部分の取引が主だという点からもかかる結論は維持されるでしょう)。
ただし,本件の被担保債権額は300万円ですから,Dが代位できるのは300万円の範囲までということになるでしょう。
- どの文言に引き付けるか
- 本論点について,従来の議論では否定説と肯定説が対立していました。否定説は,「売却」の文言を捉え,請負である以上,物上代位は否定すべきだと主張してきました。これに対し,肯定説は,広く「滅失又は損傷によって」というべきだとしてきました[3]。上記判例はそのいずれともいえない中間的見解なのではないかと思います(原則否定,例外肯定)。そして,転売による代金債権と同視できるかを規範としている以上,「売却」に引き付けて考えるのが素直でしょう。
- 判例の射程
- 判令の事案は担保権設定者が,何ら担保目的物に加工をしていない(本件もそうです)という点にあります(具体的には,目的物である機械を取得した上で,それを設置したという事例です)。そのため,目的物をさらに加工したような場合にどのように考えるかについては判例の射程外です[4]。
- 流動集合動産譲渡担保と物上代位の関係
- 個々の動産が集まった集合体を目的とする譲渡担保を集合動産譲渡担保といいます。そして,集合動産譲渡担保の中には,集合体からの動産の流出と流入が繰り返される形態と,繰り返されない形態があるとされており[5],前者を流動集合動産譲渡担保といいます。流動集合動産譲渡担保は,その担保目的物から取引を行うことを許すことで担保権設定者に経済活動の機会を与え,被担保債権の弁済の原資を確保させるとともに,かかる原資を逸失分の動産の補充に充てさせることで担保の維持も図る,といった性質を有しています。
- 流動集合動産譲渡担保の場合,担保権設定者が有している担保目的物から生じた債権は,上記のとおり担保目的物を補充するための原資であり,これを担保権者が奪ってしまうことは,自ら担保を棄損することを意味します。そのため,判例(最決平成22年12月2日民集64巻8号1990頁)は「構成部分の変動する集合動産を目的とする集合物譲渡担保契約は,譲渡担保権設定者が目的動産を販売して営業を継続することを前提とするものであるから,譲渡担保権設定者が通常の営業を継続している場合には,目的動産の滅失により上記請求権が発生したとしても,これに対して直ちに物上代位権を行使することができる旨が合意されているなどの特段の事情がない限り,譲渡担保権者が当該請求権に対して物上代位権を行使することは許されない」としています。
- もっとも,本件は上記事案からかかる変動要素は読み取れませんし,単に鋼材に関する1回の取引に際し,譲渡担保が設定されたと見るのが素直でしょうから,かかる判例を意識した論述までする必要はないでしょう[6]。
第2 小問1(2)
1 物上代位と差押え
本件では,上記で物上代位を検討した請負代金債権がEに譲渡され(466条1項本文),確定日付ある通知がなされ対抗要件も具備されています(467条2項)。このような場合,Eとしては自分が優先するのだと主張するでしょう。これに対し,Dとしても物上代位した以上,自分が優先されると反論するでしょう。そこで,かかる利益関係を調整する規定として,かかる債権譲渡が「払渡し又は引渡し」(304条1項ただし書)に当たらないか問題となります。
これについては,304条1項ただし書きの趣旨をどう考えるかが問題になります。そして,参考になる判例は以下の二つです。
まず,抵当権者の物上代位と債権譲渡の優劣が問題になった最判平成10年1月30日民集52巻1号1頁(百選Ⅰ7版85事件,百選Ⅰ6版87事件)は,ただし書きの趣旨について,第三債務者を二重弁済の危険から保護する点にあるとしました。その上で,第三債務者は,差押命令の送達を受ける前に債権譲受人に弁済した債権についてはその消滅を抵当権者に対抗することができ,弁済をしていない債権についてはこれを供託すれば免責されるとし,第三債務者の利益が害されることはないのだから,「払渡し又は引渡し」に当たらないとしました。
これに対し,動産売買先取特権者の物上代位と債権譲渡の優劣が問題になった最判平成17年2月22日民集59巻2号314頁は,ただし書きの趣旨に第三者の利益保護を含むとした上で,動産売買の先取特権者は,物上代位の目的物が譲渡され,対抗要件が備えられた後においては,物上代位はできないとしました。
この両判決の差異は何でしょうか。平成17年判決は理由として「抵当権と異なり公示方法が存在しない」としています。また,平成10年判決も理由の一つとして「登記により公示されている」としています。そうすると,その権利に関して登記による公示の有無が,趣旨に第三者保護を含むかを左右するといっていいでしょう[7]。
そうすると,本件は動産譲渡担保ですから,登記による公示はありません。そのため,平成17年の射程が及ぶと考えるべきで,本件では「払渡し又は引渡し」があったといえるでしょう。
- 物上代位の趣旨
- 物上代位の趣旨としては,第三者保護(これを優先権保全とする見解もあります),第三債務者保護の他に,特定性維持という考えかたもあります。これは,払渡し又は引渡しによって他の財産と混入してしまった場合にまで物上代位を認めるべきではない,すなわち,物上代位が価値の代替物へ追求していくことから,その対象の特定がされていることを求める見解です。動産売買先取特権の物上代位と一般債権者の差押えの優劣が問題になった最判昭和60年7月19日民集39巻5号1326頁(百選Ⅰ7版79事件,百選Ⅰ6版82事件)は,特定性維持,第三者債務者保護,第三者保護の全てをその趣旨として挙げていました。しかし,上記平成10年判決,平成17年判決は,特定性維持については言及していません。平成10年の調査官解説(野山宏元「判解」民事篇平成10年度(上))24頁は,特定性維持(抵当権においては第三者保護も)は差押えの結果生じる反射的利益に過ぎないとしています。また,平成17年判決の調査官解説146頁も,特定性維持が反射的なものであることを否定はしていません(もっとも,第三者保護のほかに,差押えの趣旨目的に何が含まれるかにつき明示するものではないともしています[8])。そのため,答案においては端的に公示の有無から第三者保護が要求されるか,その結果どうなるかを示せばいいのではないかと思われます。
- 平成10年判決の理由付けについて
- 平成10年判決はその余の理由付けとして,まず,「払渡し又は引渡し」という言葉には当然には債権譲渡を含むものとは解されないとしています。しかし,平成17年判決は含むとしてわけですし,「当然に」と濁していることからしても,これが理由付けとして意味のあるものではないでしょう。また,抵当権設定者が差押前に債権譲渡をすることで容易に物上代位権の行使を免れるが,これは抵当権者の利益を不当に害するものだということも理由として挙げていますが,これも抵当権が公示されており,抵当権者を保護すべき一方で,第三者は保護の必要性が低いということを前提にした理由付けであり,結論を左右するものではないでしょう。現に,平成17年判決は物上代位を否定しました。そうすると,理由付けとしては,やはり,登記の有無から第三者保護の必要性があるか否かという点に尽きるのではないかと思われます。
- 動産譲渡担保の対抗要件
- 動産譲渡担保の対抗要件具備方法として,占有改定(183条)の他に,動産譲渡の登記という方法が実はあります(動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律7条2項5号)[9]。少し特別な知識ですから,答案で表すほどではないかなとも思います。また,本問では占有改定により公示がなされていますから,結局上記結論は変わらないでしょう。この点も踏まえるのであれば,公示方法としては登記と占有改定があるが,本件では占有改定によっているのだと示すことになるのでしょうか。なかなかそれを示す余裕はないのでは?とも思えます。
- 小問1を通じて:登記による公示の有無
- 小問1(2)においては,登記による公示の有無が結論を左右すると説明しました。実は小問1(1)の解釈についても,登記による公示の有無から説明する見解があります[10]。すなわち,当然に物上代位が認められないのは,登記による公示がないからだと考えるわけです。判例がこれを明示的に示しているわけではないため,かかる観点を答案に表わすかは難しいところですが,小問1(1)が(2)の解答を示唆しているともいえるでしょう。
- 小問1を通じて:物上代位の本質を考える
- これは基本書の最初の方に書いてある議論なのですが,物上代位の本質には,物上代位は価値の代替物に対する効力として当然に認められるものだという価値権説(従来の通説的立場とされています)と,物上代位をする者の保護のために特別に認められたものに過ぎないのだという特権説の対立があります(なお,大判大正12年4月7日民集2巻209頁は特権説に依拠したと評価されています。そして,上記小問1(1)(2)でそれぞれ示した解釈は,いずれもかかる対立からも一応は議論できるものです。(1)で示した物上代位を肯定する立場はどちらかといえば価値権説に近い立場です[11](もっとも,一定の規範による制限をかけていることからすれば,特権説の要素もあります)。他方,(2)の立場は,特権説に近い立場です。特権に近いからこそ,第三者保護も考えなければならないというわけです。
- 本件では,小問(1)で従来からの通説である価値権説に近い立場を確認しつつも,特権説にも思いを馳せる必要があるという示唆をしているのではないでしょうか。その上で,小問(2)はまさにその特権説からの理解を問うていると考えることもできるかもしれません。
第3 小問2
1 Cに対する請求
(1) 返還請求
まず,本件Fは鋼材を盗まれているわけですから,これを返して欲しいと考えるはずです。そこで,FはCに対し,所有権に基づき鋼材の返還請求を行う,ここから考え始めることになります。しかし,本件では,鋼材はパイプとしてCの不動産の壁に埋め込まれています。この様な場合,その分離は事実上不可能になり,「付合」[12](242条本文)したと評価できます。その結果,Cがその所有権を取得し,他方,Fは所有権を喪失します。そのため,Fの請求は認められません。
(2) 償金請求
そこで,次にFとしては,248条に基づいてCに対し償金請求を行います。これに対し,Cは盗難の事実を知らず又は知ることができなかった。つまり,Bが権利者であると信じていたのだから本件では即時取得が適用される場面だ(192条)と主張します。即時取得の効果は本来権利取得を規定したものですから,直接的には反論とはなりません。しかし,192条は,動産取引の安全を図る制度ですから,かかる規定が適用されるような場面では,「法律上の原因」(703条)が存在するのだといえるでしょう[13]。
もっとも,本件ではこれで直ちに終わるわけではありません。本件で,Fは,自身の鋼材が盗まれたと主張する立場です。盗難の場合に特別に原権利者を保護する規定はないでしょうか。これは193条にあります。Fとしては,193条により,盗品の回復が可能であるのだから,なお,請求は認められると反論するでしょう。ただ,この際に考慮したいのが,CがBに対価を支払っているということです。194条は「公の市場」[14]で盗品であることを善意で買い受けた場合には,盗品の回復には代価を支払わないといけないとしています。本件で,Cが鋼材の対価として支払ったのは500万円です(パイプの加工料も入っているので厳密には500万全額ではないかもしれませんが・・・)。そうすると,Fが鋼材の時価額400万円を請求した場合,Fはその対価として500万円を請求する権利を有していたわけですから,結局差し引きしていくと,Fの請求は認められないと考えることになるでしょう[15]。
以上から,FのCに対する償金請求は認められません。
2 Bに対する請求
(1) 即時取得
そこで,FとしてはBに対し,不当利得返還請求(703条)を主張していくことになるでしょう。本件で,Bには盗難の事実について疑うべき事情がありました。すなわち,Fが無権利者であると疑うべきであったともいえます。そのため,Bには少なくとも過失があり,即時取得に関する反論は認められません。
(2) 時価か転売額か
まず,Fの主張として考えられるのは,本件でBは鋼材について(パイプに加工した分を含みつつも)500万円で売っている。そのため,時価額400万円でなく,この売って儲けた500万円,これが利得なのだと主張することが考えられます。
しかし,ここで考えたいのが,かかるFの請求はもともと上記の通り所有権に基づく返還請求から始まったものです。そうすると,もともと請求できた鋼材について,その時価額は400万円なわけですから,転売額が高いからといって上乗せする,というわけにはいかないでしょう[16]。
(3) 対価の控除
それで,次に,Bは200万円を支払っているわけですから,かかる対価の控除は認められないでしょうか。すなわち,自分は200万円をAに支払ったのだから,実際の利得は差引200万円なのだという反論です。しかし,これは認められないでしょう。なぜなら,上記でも示したように,そもそも鋼材を返還する場合には,400万円相当の鋼材を返還しなければなりませんでした。そのため,返還請求の代わりに,不当利得を請求する場合において,請求額が対価分減少するのは不公平だといえるのではないでしょうか。また,BがAに200万円払ったというのは,あくまでAB間の話で,Fにとっては内部的なものに過ぎません。前述のCで194条について示しましたが,これがヒントです。すなわち,民法は内部的な対価の支払いを例外的に外部に主張する手段として,194条を置いています。そうすると,194条が適用されない場合には,対価の支払いの主張も認められないと考えるのが民法の規定とも合致します[17]。
そのため,対価の控除は認められず,FはBに対し,400万円を請求できます。
- 本件はいかなる請求に基づくか
- 添削をしていると,本件を不法行為で検討する答案が散見されます。確かに,不法行為でも同じ考えを類推し,論じることもできないことはないですが,上記議論は伝統的に不当利得の分野でなされてきたものであり,不当利得として論じるのが素直かと思います。
- 対価の控除に関する判例
- 上記の様に対価の控除を認めない見解は,不控除説と呼ばれます。大判昭和12年7月3日民集16巻1089頁は,不控除説に立ちました。その理由としては,窃盗犯から買い受けた際の売買とその後の転売は「一連不可分の関係」でないとしています。
- しかし,かかる判例の理由付けに対し,我妻債各下1086頁は,かかる売買→転売の流れは十分に連続している(因果関係が存在している)と批判しています。また,かかる不控除説と控除説の対立は,無資力である窃盗犯の危険を原権利者に負わせるのか,それとも転売したものに負わせるのかの違いであり,利益衡量の問題だとの評価もあります(すなわち,不控除説に立つと,本件ではBが無資力の可能性のあるAに責任追及していくことになります。これに対し,控除説ではFが無資力の危険があるBに対し,控除分を責任追及していくことになります)。
- そのため,利益衡量を緻密に分析する見解も存在します。すなわち,原権利者に過失があったような場合は控除を認める。しかし,過失もないような場合は全額請求できるという見解です[18]。もっとも,本件ではFの過失の有無が明らかではなく,かかる見解にまで踏み込む必要はないかもしれません。
- 上記の様に対価の控除を認めない見解は,不控除説と呼ばれます。大判昭和12年7月3日民集16巻1089頁は,不控除説に立ちました。その理由としては,窃盗犯から買い受けた際の売買とその後の転売は「一連不可分の関係」でないとしています。
- 小問1と小問2
- 小問1と小問2はいずれも公示が不十分な動産取引において,どのように静的安全と動的安全の調和を取っていくかということが問われていたのではないでしょうか。最終年の問題だけあって事案も長く,かなりの難問ですが,非常に良い問題ですから,ぜひ何度も検討してみてください。
参考答案
第1 小問1(1)
1 Dは,Bから本件パイプに譲渡担保の設定を受けている。そこで,かかる本件パイプに関する,BのCに対する請負代金請求権(632条)に対し,物上代位することが考えられる。まず,304条1項は先取特権に関する規定であり,直接適用はできないが,譲渡担保も担保である以上,物上代位の担保権者保護の趣旨が妥当し,304条1項が類推適用される。
2 もっとも,上記の様に,被代位債権は請負代金債権である。304条1項本文に請負に関する文言はない。しかし,他方で,本件代金の項目にはパイプ代も設けられており,売買(555条)の要素も観念できる。そこで,例外的に「売却…によって債務者が受けるべき金銭」(304条1項本文)といえないか。
(1) 請負代金は,その代金に請負人の労力も含むため,原則として担保目的物に関する売却代金とみることは出来ない。しかし,304条1項本文は担保目的物が売却された場合に,その価値代替物に代位を認める点にある以上,請負全体に占める当該担保目的物の割合,請負債務の内容に照らし,請負代金債権の一部に担保目的物の売買代金債権と同視できれば,例外的にその部分が売却…によって債務者が受けるべき金銭」といえる。
(2) 本件で,Bの負っていた債務は,本件パイプをCの不動産に設置するというものであり,本件パイプには何ら加工していないため,債務内容をパイプの売買とその設置工事であると考えることが出来る。そして,本件ではそのパイプの代金額500万円が請負代金600万円の80%以上を占める。そうすると,本件債務はかかるパイプの売却が主たる債務であり,当該500万円部分について,売買代金債権と同視できる。
そのため,本件ではかかる部分は「売却…によって債務者が受けるべき金銭」といえ,物上代位が認められる。
第2 小問1(2)
本件では上記被代位債権がEに譲渡され(466条1項本文),確定日付ある通知で,対抗要件も具備されている(467条2項)。そこで,これが「払渡し又は引渡し」(304条1項ただし書き)に当たるとして,物上代位が否定され,Eが優先されないか。
1 動産譲渡担保の公示が占有改定(183条)でなされる場合には,抵当権の様に登記によって公示される場合と異なり,外部から物上代位の可能性を判別できない。そのため,304条1項ただし書の趣旨は,第三者保護にある。そのため,被代位債権が譲渡され,対抗要件が具備されたような場合には,その第三者を保護するため,「払渡し又は引渡し」があったといえる。なお,ただし書の趣旨として特定性維持を挙げる見解もあるが,差押えの結果の反射的・副次的利益に過ぎないと考える。
2 本件では占有改定により公示がなされている以上,債権譲渡・その対抗要件の具備によって,「払渡し又は引渡し」があったといえる。そのため,Dの物上代位は認められず,Eが優先される。
第3 小問2
1 Cに対する請求
(1) まず,FはCに対し,所有権に基づいて鋼材の返還を請求するが,認められない。なぜなら,鋼材はパイプへと転化後,Cの不動産に埋め込まれ,事実上分離が不可能,すなわち,「付合」(242条本文)している。それによって,所有権が喪失しているからである。
(2) そこで,Fはかかる鋼材の価値であった400万円について,Cに対し,248条に基づき償金請求することが考えられる。もっとも,Cも本件パイプを上記の様に一種売買により取得している以上,Cにもかかる利益を保持する「法律上の原因」(703条)があるのではないか。以下検討する。
まず,本件で,Fは盗難の事実を知らず,また,知ることが出来なかった。これはひいては,後述の様にBが無権利者であったことに対し,善意・無過失であった。そのため,即時取得が成立(192条)する状況があった。もっとも,かかる場合にも,本件鋼材はAによって「盗難」されていたのであり,Fは回復請求できる立場にあった(193条)。ここからすれば,即時取得に関する反論は認められないようにも思える。しかし,他方で,「公の市場」で本件パイプ中の鋼材を買い受けたCはFに対し,代価500万円を請求できる地位にあった(194条)ことに鑑みれば,差引で100万円分Cが勝るのであり,Cが「法律上の原因」を有しているといえる。
そのため,請求は認められない。
2 Bに対する請求
(1) FはBに対し,不当利得返還請求(703条)を主張する。まず,Bには盗難を疑うべき事情があり,これはひいてはAが無権利者であることを疑うべき事情があったといえる。そのため,BにはAが権利者であると信じたことについて過失があり,即時取得が成立する立場ではなかった。Cのような反論は認められない。
(2) 次に,Fは,BがCにパイプを500万円で売ったのだから,「利得」は500万円だと主張することが考えられる。しかし,上記で示したように,本件不当利得返還請求は所有権に基づく返還請求の代替である。鋼材が返還された場合にそれにより回収できるFの利益は400万円であったのであり,その滅失をもって返還額の増加を認めるのはむしろ,不当利得の公平の趣旨に反する。そのため,かかる主張は認められない。
(3) それでは,Cより,自己はAに対し,300万円支払った。それ故にかかる対価を控除し利得は100万円であるとの反論が考えられる。しかし,上記で示した様に,鋼材の返還を求める場合には対価の控除なく返還請求できるのであり,不当利得の場合に対価の控除を認める理由はない。代価の支払いはあくまでAB間の内部的なものであり,かかる内部的な事情を第三者に主張できるのは,上記で示した194条の場合に限ると考えるのが民法の想定するところと考えるべきである。
そのため,Cの反論は認められず,FはBに対し,400万円の返還請求ができる。
以 上
[1] 道垣内担物308頁,松井担物193頁
[2] 特に,担保権的構成からは認められやすいでしょう。また,近時では所有権的構成に近い立場でも,純粋に所有権が移転すると捉えるのではなく,何らか担保としての性質からくる制約を課しており,純粋な所有権的構成を推し進めて物上代位を否定するという構成はなかなか厳しいのではないかと思われます。そのため,私見としては,本問で法的構成を議論する実益はそれほどないと考えます。
[3] 百選7版Ⅰ78事件解説
[4] これについては,目的物の同一性を加味し,物上代位を否定する見解,その加工の度合いに着目し,その加工物中の元の加工物の割合を乗じた額につき物上代位を認めるべきとする見解など様々あります(孝橋宏「判解」民事篇平成10年度(下)1053頁)。
判例の事案は物の同一性が問題になっていないため,上記規範なだけであり,これが問題になる場合には,その点に配慮した検討が求められるでしょう(上記調査官解説1057頁も「他の考慮要素については言及していないが,これは,他にどのような要素を考慮すべきかの判断を今後の裁判例の集積に委ねたものであろう」としています)。
[5] 松井担物210頁,もっとも,厳密にいえば同書はもう1分類を加え3分類としています。
[6] 上記22年判決の調査官解説(柴田義明「判解」民事編平成22年度(下)736頁)もあくまで流動集合動産譲渡担保においては直ちに権利行使できないことを述べたに過ぎないとしており,動産譲渡担保の物上代位の問題がでたからといって飛びついてはいけないでしょう。
[7] 志田原信三「判解」最判民事篇平成17年度(上)144頁もそのように考えています。また,その他同様の趣旨を示すものとして,百選Ⅰ7版79事件・85事件解説,道垣内担物64・154頁,松井担物49頁などがあります。
[8] 道垣内64頁は特定性維持も一応趣旨の一つとしています。
[9] 道垣内333頁,松井担物215頁
[10] 百選Ⅰ7版78事件解説
[11] 百選Ⅰ7版Ⅰ78事件解説
[12] 「付合」とは,不動産に付着し,分離復旧が事実上不可能になる場合か,社会経済上著しく不合理な場合とされます。我妻=有泉・コンメン民法452頁
[13] 内田債各560頁も,「即時取得の規定は,権利の帰属を終局的に決定する趣旨であるから,もはや不当利得は問題とならない」としています。
[14] 「公の市場」とは,公設の市場に限らず,広く一般の店舗を意味するとされています(我妻=有泉コンメン民法410頁)。本件でも,Bは工場を経営しており,Cはそこで契約し,買い受けているのでしょうから,「公の市場」での取引であったと認定していいのではないでしょうか。
[15] 内田債各561頁も同趣旨述べています。
[16] 我妻債各下1087頁は「時価より高く転売したときは,その差額は―Bの才能の結実として―Bの利益に帰し,取得した時価より廉く転売したときは,その不足額は―Bは自分の財産の管理を誤ったものとして―Bの不利益に属する」としています。
また,事例で学ぶ282頁も参照
[17] 同趣旨のものとして,事例で学ぶ282頁
[18] 我妻債各下1086頁