河童のひとりごと

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旧司法試験平成21年第2問

平成21年度第2問

 

被相続人Aは,A名義の財産として,甲土地建物(時価9000万円),乙マンション(時価6000万円)及び銀行預金(3000万円)があり,負債として,Bから借り受けた3000万円の債務があった。

Aが死亡し,Aの相続人は嫡出子であるC,D及びEだけであった。C,D及びEの間で遺産分割の協議をした結果,甲土地建物及びBに対する負債全部はCが,乙マンションはDが,銀行預金全部はEが,それぞれ相続するということになり,甲土地建物はC名義,乙マンションはD名義の各登記がされ,Eが預金全額の払戻しを受け,Bに遺産分割協議書の写しが郵送された。

ところが,Cは,Bに対する債務のうち1000万円のみを返済し,相続した甲土地建物をFに売却した。

この事案について,特別受益寄与分はないものとして,以下の問いに答えよ。なお,各問いは,独立した問いである。

1 Bに対する債務に関するB,C,D及びE間の法律関係について論ぜよ。

2 乙マンションは,Aが,死亡する前にGに対して売却して代金も受領していたものの,登記はA名義のままになっていた。この場合,Dは,だれに対し,どのような請求をすることができるか。

 

(出題趣旨)

小問1は,遺産分割協議の際に金銭債務を共同相続人の一人に負担させる合意がされた場合について,金銭債務が共同相続人にどのように相続されるかを前提として,上記の合意の法的性質と債権者に対する効力等を論じさせ,債務の相続,引受等についての基礎的理解とともに論理的思考力を問うものである。小問2は,遺産でない財産を含めて行われた遺産分割協議について,相続開始前の買主と共同相続人との関係,遺産分割協議の錯誤,共同相続人間の担保責任等を検討させ,遺産分割協議に瑕疵があった際の法的処理に関する論理的思考力及び判断能力を問うものである。

 

第1 小問1

1 BのC・D・Eに対する請求

(1) 原則論

 本件BはAに対して,3000万円を貸し付けていました。その後,Aの死亡により,当該債務はその嫡出子C・D・Eに相続されました(882条,896条本文,887条1項,900条4号)。この際にまず確認しておきたいことは,被相続人の債務を複数の相続人が相続した場合に,その債務は「共同相続」として「共有」(898条)に服するのではなく,相続分に応じて,分割して相続することとなります(899条,427条)[1]。分割の原則は債権債務関係における大原則です。

 そうすると,BはC・D・Eに対し,それぞれ1000万円ずつ請求できるというのが原則のはずです。本件では,すでにCが1000万円を弁済していますから,その残部につき,D・Eに対し請求できるはずです。

 

(2) 遺産分割協議の結果

 しかし,本件では遺産分割協議がなされ,Cが負債を全部引き受けています。本件事情からも分かるように,共同相続財産のうち,9000万円と高額な甲マンションをCが取得することになったため,その代価として負債を引き受けることになったのでしょう[2]。そうすると,DやEとしては,Cが引き受けたのであるから,Cが被払うべきだ。自分たちは支払わないと主張するでしょう。本件でCが支払ってくれればいいのですが,Cが無資力になってしまった場合はどうでしょうか。Cは甲マンションを取得したものの,それを売却し,消費散財しやすい金銭に代えています。そうすると,Cは無資力であり,Bが請求しても支払うことができないということも十分に想定できます。

 しかし,これは認められません。上記の様にあくまで債務はD・Eが負っているのであり,これをBの同意なくC・D・E間で勝手にCに引き受けさせるのはいわゆる免責的債務引き受けであり,債権者Bの同意なくしては認められません(仮に,Cに十分に資力がある場合に,Bが上記分割を承認し,3000万円を請求することは自由です)。

 そのため,BはD・Eに対し,それぞれ1000万円ずつ請求することができます。

2 D・EのCに対する請求

(1) 求償

 そして,D・EがBに対し各々1000万円を支払った場合,D・EはCが払うはずであったのにとの不満を持つはずです。

 そこで,支払ったD・EとしてはCに対し求償請求を行うことになるでしょう(根拠条文としては,不当利得[3]や702条1項でしょうか)。

 

(2) 遺産分割の債務不履行解除

ア 問題の所在

また,D・Eとしては,Cが債務を負担するからこそ,高価な甲マンションを譲ったと考えるはずです。そうすると,D・Eとしては債務を度外視して,もう一度遺産分割をやり直したいと考えるかもしれません。そうした場合には,本件では遺産分割によって生じている債務を支払う義務を遅滞しているとして541条に基づいて解除することが考えられます。しかし,そもそも遺産分割を解除することはできるのでしょうか。

 

イ 遺産分割の債務不履行解除の可否

 まず,遺産分割について債務不履行解除を行った場合にどのような利益が問題になるでしょう。例えば,遺産分割が覆れば,それを基礎にした法律関係が影響を受けます。相続人やその者からの権利取得者が想起できるでしょうか(詳細は後述)。

 判例は,遺産分割について債務不履行解除を否定しています(最判平成元年2月9日民集43巻2号1頁,家族法百選7版71事件,)。その理由として判例は,①遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了し,その後は右協議において右債務を負担した相続人とその債務を取得した相続人間の債権債務関係が残るということ②民法909条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ,法的安定が著しく害されるということを挙げています。

 かかる判例に依拠すれば,債務不履行解除はできないということになるのでしょうか。

 

  • 判例の射程を考える[4]
  • 上記の理由付けについて,まず前者について,遺産分割はその性質上交換・贈与などの性質を有するのであり,狭義の終了により分割のすべてを終了したと割り切ることはできないのではないかとされています(現に,処分行為である地上権の設定について解除が認められています)。そのため,判例の理由付けの重視すべき部分は後者であるとされています。そこで,かかる理由付けをもう少し掘り下げて考えるに,この場合の法的安定は何をさすのでしょうか。解除しても第三者の利益は種々の条文で図られます(545条1項ただし書,192条等)。そうすると,この場合の法的安定とは,相続人間の法的安定ということになります。現に,判例は遺産分割の合意解除を認めています(最判平成2年9月27日民集44巻6号995頁)。これは相続人間で合意がある以上,法的安定は問題にならないという趣旨でしょう。つまり,債務不履行解除をしてしまうと,債務不履行を起こした相続人はいいものの,それ以外の相続人が自分に責めに帰すべき事由がないにもかかわらず,解除により自己の権利状態を覆されてしまう。それでいいのかという考えがあるわけです。
  • そうすると,本件では解除を主張するのがD・Eであり,それ以外の相続人は債務不履行を起こしているCしかいません。そのため,解除できるという構成も判例の射程外として取りうるのではないでしょうか(もっとも,合意解除は,私的自治の下当事者間で新たに行われる契約であるといえます。そのため,上記①の理由付けとの関係でも問題なく,合意解除を認めたと考えれば,履行遅滞解除にはいかなる場合も射程外はないとの帰結になるでしょう)。

 

  • 小問1内の関係性
  • 小問1でBが問われているのは,上記の様にBは遺産分割の影響を受けないということの示唆です。そして。それ故に相続人内部間の問題を考える必要があるのです。

 

第2 小問2

1 Gへの請求

Dは遺産分割により乙マンションを取得したと考えていました。しかし,その乙マンションはGに渡ってしまっていたわけですから,まずはGに対し,その引渡しを請求したいと考えるでしょう。しかし,本件では,Aが死亡前にGに対し乙マンションを売買(555条)し,その所有権を喪失(176条)している以上,それを相続したDらも乙マンションを共同相続することはなく,遺産分割の結果として,Dは乙マンションの所有権を取得しません。そのため,DがGに返還請求をすることはできません。

 

2 錯誤

その場合に,Dとしては,乙マンションがあると思っていたのだから,当該遺産分割は錯誤により無効である(95条本文)と主張するのではないかと思います。しかし,法は遺産分割に瑕疵があった場合に,担保責任(911条)により処理する旨明文化しており[5],共同相続財産に遺産分割した財産が含まれていなかった場合にそれは「要素」に錯誤があったとまではいえないでしょう(他人物売買について錯誤無効とならないのと同じ議論です)。そのため,錯誤無効によることは出来ません。

 

3 担保責任

 そうすると,Dの採る手段としては上記担保責任によることとなります。この場合に,どの条文を準用するかは争いがありますが(563条ないし570条)[6],いずれにせよ,条文上損害賠償請求と解除が可能です。例えば,Dは他の相続人に対し,損害賠償請求が出来るでしょう。

 もっとも,問題は解除です。上記で述べたように履行遅滞解除と同視すれば解除できないということになるかもしれませんが,担保責任であることを考えると,判断は分かれるのではないでしょうか。

 

  • 担保責任に基づく解除が認められるか
  • さて,担保責任に基づく解除が認められるかですが,二宮周平家族法」(第3版,新世社)374頁は「瑕疵の程度がひどくて分割の意味がない場合には,分割のやり直しもできる(…解除に相当)」としています。学説には解除も認めるものも少なくないようです[7]
  • これに対し,前掲平成2年度調査官解説は,「本判決(合意解除)の射程が及ばない」としたうえで,「これを肯定する見解も少なくないが,瑕疵担保を理由とする解除は,債務不履行の場合よりも必要性が少なく,法的安定を害するとして,否定説が有力である」ともしています。遺産分割に瑕疵が存在していた場合に錯誤無効が成立しうることからすれば,そのような内在する瑕疵について(その程度がひどければとの留保はあり得ますが),相続人の法的安定はある程度害されてもやむを得ないともいえるかもしれません(結論は皆さんにお任せします)。

以 上

 

 

参考答案

第1 小問1

1 BのC・D・Eに対する請求

(1) 本件の権利関係

本件で,BはAに対し,消費貸借契約(587条)に基づく貸金債権3000万円を有していたところ,Aが死亡し,その相続人であるC・D・E(887条1項)が当該債務を相続した(882条,896条本文)。そして,金銭債務はその性質上,相続によって共有(898条)状態になるのではなく,相続分(900条4号)に応じて分割され相続される(427条,899条)。そのため,本件では,C・D・Eがそれぞれ10000万円ずつ相続する。

 そして,本件でCは既にBに1000万円を弁済しているため,BとしてはD・Eに対してそれぞれ1000万円を請求していくこととなる。

(2) D・Eの反論

 これに対し,D・Eは遺産分割協議によってCが全額支払うこととなった以上,自らに支払う義務はないと反論することが想定されるがこれは認められない。Bの同意なくD・EがCへの免責的債務引受の効力を受けることは出来ないからである。

 そのため,BがC・Dにそれぞれ1000万円の支払いを請求すれば,その請求は認められる。

2 D・EのCに対する請求等

(1) 不当利得返還請求

 D・Eは上記Bの請求を受けて支払いをした場合,本来であればBが支払うものであったとして,それぞれ1000万円の不当利得返還請求(703・704条)を行うことが考えられる。

(2) 債務不履行解除

 もっとも,本件ではAの財産として甲土地建物(時価9000万円),乙マンション(時価6000万円),銀行預金(3000万円)が存在したところ,Cが甲土地建物を,Dが乙マンションを,Eが銀行預金を相続している。そうすると,Cが一番価値の高い甲土地建物を相続しているところ,これはCが上記債務を引受けるとしたからであると思われる。そうすると,Cがそれを支払わない以上,遺産分割の前提が崩れているのであり,D・Eとしては遺産分割を解除(541条)したいと考えるはずである。そこで,遺産分割の解除が認められるか。

ア 判例は遺産分割の債務不履行解除を認めない。その理由は,①遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了し,その後は右協議において右債務を負担した相続人とその債務を取得した相続人間の債権債務関係が残るということ及び②民法909条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ,法的安定が著しく害されるということとする。しかし,遺産分割は交換や贈与の性質をもつのであり,それを解除する余地がないとは思えない(①)。そして,解除について取引の安全を図る規定(545条1項ただし書き,192条等)が存在すること,及び上記様にそもそも遺産分割の結果は債権者の影響に帰するものでないことからして,法的安定とは相続人間の法的安定を意味する。そのため,解除を主張する者以外の相続人が,まさに債務不履行を起こしている相続人の場合には,それを保護する必要はなく,債務不履行解除が認められる。

イ 本件で解除を主張するD・E以外の相続人は,まさに上記貸金債務の支払いを遅滞しているCである。そのため。債務不履行解除は認められ,再度遺産分割がなされる。なお,この場合,D・EそれぞれがCに対し,解除の意思表示を行う(544条1項,540条)

第2 小問2

1 Gへの請求

 まず,Dとしては自己が相続し,遺産分割で取得したはずの乙マンションがGに渡っているとして,所有権に基づきGに返還請求を主張することが想定される。しかし,相続以前に乙マンションはGに売却され,Dはそもそも相続していなっかたのであるから,かかる請求は認められない。

2 C・Eへの請求(要求)

(1) 錯誤無効

 そこで,Dとしては遺産分割のやり直しを想定するはずである。そこで,まず考えられるのが遺産分割の錯誤無効(95条本文)であるが,これは認められない。後述する担保責任規定(911条)からも明らかであるが,共同相続財産内に想定した物が存在していなかったことが判明した場合も,法は担保規定によることを想定しているのであり,「要素」に錯誤があったとはいえない。そのため,錯誤無効によることはできない。

(2) 担保規定

ア 損害賠償請求

 そこで,DとしてはC・Eに損害賠償請求(911条,563ないし570条)を主張することが考えられる。これによれば,相続分に応じ,DはC・Eに2000万円ずつ請求できる。

イ しかしながら,やはり,Dとしては遺産分割をやり直したいとも考えるはずである。そこで,遺産分割の,担保責任による解除は認められるか。

(1) 上記の様に,解除の可否を左右するのは相続人間の法的安定であるところ,遺産分割に内在する瑕疵がある場合に,それにより解除されることは相続人として受忍しなければならない制約であるといえる。これは上記の様に錯誤無効が認められることからも肯定される。もっとも,解除による法的安定の阻害は否定できない以上,遺産分割の内容に鑑みて,担保責任による解除は重大な瑕疵がある場合に限られる。

(2) 本件で,乙マンションは時価6000万円と,相続財産合計1億8000万円のうちの3割をも占めるのであり,遺産分割においても重要な考慮要素であった。それを欠いたことは遺産分割の前提を崩すものであり,重大な瑕疵といえる。そのため,担保責任による解除は認められ,遺産分割をやり直すこととなる。

以 上

 

[1]可分債権の当然分割を認めた判例として最判昭和29年4月8日民集8巻4号819頁,連帯債務について,分割され相続されたのち,相続人間で連帯するとしたものとして最判昭和34年6月19日民集13巻6号757頁があります。

[2]上記の様に,可分債務は共同相続財産となることなく,当然に分割債務となることからすれば,遺産分割の対象ではないはずです。しかし,実務においては,預金債権や債務などを遺産分割の調整材料とし,当事者間の同意があれば共同相続財産に取り込む運用がなされています。

[3]二宮家族364頁

[4]篠原勝美「判解」民事篇平成2年度319頁以下

[5]右近健男「遺産分割協議の無効・取消・解除」法教№254,2011年11月,15頁,二宮家族367頁等

[6]前掲遺産分割協議の無効・取消・解除15頁,前掲調査官解説325頁

[7]前掲遺産分割の無効・取消・解除16頁