18歳のAは,唯一の親権者で画家である父Bに対し,真実はバイクを買うためのお金が欲しかったのに,知人からの借金を返済するためにお金が必要であるとうそをついて,金策の相談をした。この事案について,以下の問いに答えよ。なお,各問いは,独立した問いである。
1Bは,Aに対し,Aの借金を返済する金銭を得るために,Bが描いた甲絵画を,これまで何度か絵画を買ってもらったことのある旧知の画商Cに売却することを認め,売却についての委任状を作成し,Aに交付した。しかし,その翌日,Bは,気が変わり,Aに対して,「甲絵画を売るのはやめた。委任状は破棄しておくように。」と言った。ところが,その後,Aは,Bに無断で,委任状を提示して,甲絵画をCに50万円で売却した。この場合,Bは,Cから,甲絵画を取り戻すことができるか。
2Bは,かねてからAがその所有する乙自動車を売却したいと言っていたのを幸いとして,その売却代金を自己の株式購入の資金とするため,Aの代理人として,Dに対し,乙自動車を60万円で売却した。この場合,Aは,Dから乙自動車を取り戻すことができるか。また,Bが,以前A名義の不動産を勝手に売却したことがあったことなどから,Aの伯母の申立てにより,家庭裁判所において,乙自動車の売却の1か月前に,親権の喪失の宣告がされ,確定していたのに上記のような売却をしたときはどうか。
(出題の趣旨)
小問1は,代理人になろうとする未成年者の詐欺により代理権が授与された後に本人から代理権授与が撤回された場合,代理権授与の撤回(解除)と詐欺による代理権授与の取消のそれぞれの場合における表見代理の成否等取引の相手方の保護について検討させ,代理に関する基礎的な理解力と論理的思考力等を問うものである。
小問2は,親権者が子に対する法定代理権を濫用した場合の利益相反行為該当性と権限濫用の法理,行為当時法定代理権が消滅していた場合における表見代理の成否等子の保護と取引の相手方の保護とのバランスについて検討させ,代理に関する基礎的な理解力とその応用力等を問うものである。
第1 小問1について
1 BがCに対して,絵画の返還を請求する場合,所有権に基づく返還請求権としての甲絵画引渡請求を主張することとなります。その要件は①自己所有②相手方占有です。そして,①に関して,本件ではAを代理人としてCと売買契約(555条)を結んでいます。これが有効に帰属すれば,Bは所有権を喪失するため(176条),請求は認められないことになります。そこで,代理の要件(99条1項)[1]を満たすか検討するところ,AはBの交付した委任状をCに提示し,これにより顕名をしていたといえます。そして,AはBに授与された代理権の範囲内でCと甲絵画の売買契約締結を締結したとも思えます。
そこで,本件では代理権が存在しているかによって結果が左右されます。
2 いかなる根拠によって委任契約(代理権)を消滅させるか
まず,委任契約が消滅すれば,代理権も消滅する(111条2項)[2]ところ,BはAに「甲絵画を売るのはやめた」と述べています。これは第一に,委任契約(643条)の解除(651条)ととれるでしょう。他方で,本件でBはAに嘘をつかれて委任契約を結んでいるため,詐欺取消(96条1項)とも構成できます。
このように,本件ではかかる2つの構成が考えられます[3]。そして,仮にこれにより代理権が消滅すれば,無権代理として(113条1項)売買契約はBに帰属せず,Bの請求は認められることになります。
3 解除の場合
委任契約を解除した場合,その効力は将来効です(652条,620条)。そして,一度存在した代理権が消滅したわけですから,その保護としては代理権消滅の表見代理が考えられます(112条)。Cの善意無過失が認められるかを検討することになるでしょう。
4 詐欺取消しの場合
(1) 112条
詐欺取消しの効力は遡及します(121条本文)。そして,112条が111条の次に規定されていることから分かるように,112条は一度存在した基本代理権が事後的に消滅した場合を規定したものです。そのため,基本代理権が遡及的に消滅するような場合には,その適用がありません。
(2) 112条―96条3項の適用
もっとも,本件Cが詐欺取消しによって生じた代理関係に利害関係を有する「第三者」であるとし,96条3項により,詐欺取消しを否定する構成も考えられます。すなわち,Cが善意(無過失[4])であれば,「第三者」にあたり,BはCに対し代理権の消滅を対抗できず,Cが権利取得することとなるわけです。本件で詐欺の事実について,善意無過失は認められるでしょう(本件で後述するようにCがAの代理権の有無を疑うべき事情はあり得ますが,詐欺を疑うべき事情が見受けられたとは思えません)。
(3) 109条:発展論点
また,109条を考えることもできるでしょう。本件で「表示」とは委任状の提示です。そして,「表示」とは観念の通知であるものの,その性質が許す限り意思表示の規定が類推されるとされており,本件でも代理権を詐欺により取消したことで,その「表示」も取消され,109条の代理権は成立しないようにも思えます。もっとも,本件で注意したいのは,委任状が回収されていないことです。このような場合にも「表示」が撤回されたといえるか問題となります。
本条の趣旨は代理権の与えられていることの「表示」を信頼した第三者を保護し,取引の安全を図る点にある。そのため,あたかも代理権が与えられていることを表示するような外観がなお,存在する場合には,なお趣旨が妥当し,「表示」があったといえ,撤回は認められません(撤回を相手方が了知しなければなりません)[5]。
本問では委任状が回収されず,なお存在したことで代理権が与えられていることを表示するような外観がなお,存在しています。そのため,「表示」があったといえる。そして,Cが善意・無過失であれば表見代理が成立します。
(4) 109条について―96条2項の適用
もっとも,そのような構成を採らずとも,96条2項を適用することで,Cの保護は図れるかもしれません。すなわち,AがCに代理権授与の表示をしたのはBにだまされたためであり,これは96条2項の第三者による詐欺であると考えることができます。そして,この場合に善意(無過失)であれば(おそらく認められるでしょう),「表示」が認められ,表見代理が成立します。
※本件構成の悩み
上記の様に96条2項・3項を使っての構成は,池田清治『基本事例で考える民法演習2』(初版,日本評論社)169頁以下で紹介されています。しかし,私見としては,ここは109条の「表示」の解釈を行う方が,後述の設問との整合性を意識した構成ができるのではないかと考えています。四宮和夫・能見善久『民法総則』(第6版,弘文堂)309頁においても,表見代理による,とされており,伝統的には表見代理を純粋に適用する処理が検討されてきたようです。ただ,池田教授は現行考査委員のみならず,当時も旧司法試験委員を務めていますから,96条2項・3項による構成の方が試験向きではあるのでしょうか。
(5) 代理権に善意・無過失
96条2項・3項によらないとすれば,本件では上記の様に表見代理についての無過失が認められるか特に問題になります(厳密にいえば109条と112条で対象は異なるのですが[6])。
これを肯定する事実としては委任状が存在したことが挙げられます。委任状があれば代理権が存在すると考えるのが通常です。
反対に,否定する事実としては本件売買が高額であるということが挙げられます。また,未成年者ということも挙げられます。そのような者に契約を任せるでしょうか。
ただ,どちらともいえない事情としては,AがBの子供であることが挙げられでしょう。子供であるから任せるといえます。ただ,子供であるがゆえに親の財産を持ち出し処分しかねないともいえます。また,旧知という事実も,Bに尋ねるのは容易であるともいえるし,旧知であるがゆえに取引に応じやすいともいえるでしょう。
結論はいずれにせよ,説得的なあてはめが求められるでしょう[7]。
※なお,本問では未成年者であるAが代理人として法律行為をしているが,それによる取消しは認められません(102条)。
第2 小問2前段について
1 前提として
本件では,AはDに対して,所有権に基づく返還請求権としての乙自動車引渡請求を主張することになるでしょう。小問1同様に,DはAD間の売買契約により,Aの所有権が喪失したことを主張することになります。
すなわち,本件で,親権者たるB(818条1項)は子であるAの財産上の地位に変動を及ぼす一切の行為につき子を代表する権限(法定代理権)を有します(824条本文)。これにより,Aに売買契約が帰属すると主張することになるでしょう。
2 親権者の利益相反
もっとも,本件ではBに内心において自己の株式購入の資金に充てる目的がありました。Aとしては,このようなBが自分のためになした契約が自分に帰属するというのは納得いかないでしょう。そのため,Aは,本件売買は「利益…相反…行為」ではあると主張するでしょう。仮にこれに当たるのであれば,法定代理権が認められず(826条1項),特別代理人なくして行われた行為は無権代理となります(113条1項)。
ア 利益相反行為の判断方法:基本論点
826条の趣旨は,子の福祉の保護であるが,他方で,包括代理権を信頼する相手方の取引の安全を図る必要があります。そして,特別代理人制度の手続の法的安定性を考えれば,ある程度の画一的な判断を要します。そのため,「利益…相反…行為」は外形的・客観的に判断することになります。
これは形式(外形)的判断説[8]とされる説であり,判例(大判大正7年9月13日,大判昭和2年6月13日など)も採用するところです。
イ 本件で,外形的・客観的にみて,法的効果はAに帰属し,Bは何ら利益を得るものでないです。AB間に利益相反関係はありません。そのため,「利益…相反…行為」に当たらない。
3.親権者の代理権濫用
もっとも,本件では,上記のように子に利益を与える意図がなく,単に自己の利益のためだけに代理行為をしています。
ア 親権者の代理権の濫用:基本論点
代理権の濫用は許されず,かかる場合には代理行為の効果は本人に帰属しません[9]。しかし,取引の安全を図るために,93条但書を類推し[10],悪意又は有過失の場合に限ってこれを認めるべきです。ただし,親権者は子との利益相反行為に当たらない限り,親権を行使する広範な裁量を有している(824条本文)ため,親権者に子の代理権を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情[11]がない限り親権者の代理権濫用にはあたりません。判例もかかる見解です(最判平成4年12月10日,百選Ⅰ6版26事件,百選Ⅰ7版48事件)。
イ 本件ではBは売却代金を自己の株式購入資金に充てようとしており,全くもって自己の利益のために行動しています。そのため,子の利益を無視して自己又は第三者の利益を図ることのみを目的としてされるときといえ,特段の事情があり,本件は代理権の濫用があったといえるかもしれません。もっとも,本件ではA自身も売却をかねてから望んでいたことや,未成年者であるAはまだまだBに養われる身分であり,上記株式の運用でAの生活の資にもなるのだ,と考えるのであれば逆の結論も取りうるでしょう。
仮に代理権の濫用ありとする場合,かかる事情を売買の相手方であるDが悪意であれば,Bに効果帰属しないため,Bに所有権が存在し,当該請求は認められます。
第3 小問2後段について
1 前提として
AはDに対して,所有権に基づく返還請求権としての乙自動車引渡請求権を主張します。
そして,前段と異なり,本件でBの売却行為時には親権を喪失しています(834条本文)。すなわち,法定代理権はなかったといえ,無権代理となります(113条1項)。
※よく答案をここで終わる方が多いです。しかし,Dの立場に立って考えてみてください。通常親権者が代理して売却に臨んできた場合に,まさかその契約が帰属しないと思うでしょうか。仮に,そうなれば取引の安全を害さないでしょうか。当事者の目線に立った答案作成が求められます。
2 表見代理規定によるDの保護
そこで,本件では112条の適用の有無が問題となります。特に,表見代理の典型的な適用場面は任意代理である中で,「代理権の消滅」の要件について,112条の「代理権」に法定代理権が含まれるかが問題となります。
(1)上記のように表見代理の取引の安全の趣旨は,法定代理権であっても妥当する。そのため,「代理権」には法定代理権が含まれるといえるでしょう[12]。
(2)本件でも親権の喪失という「代理権の消滅」があったといえます。そして,善意・無「過失」について,特に「過失」については,親権の喪失については通常知りえないし,喪失から1か月しか経っていないことからすれば,無過失といえるでしょう。
よって,AのDに対する請求は認められません(もっとも,このような帰結でよいのか後述するように悩ましいところです)。
第4 本問についてより考える―代理の根拠と表見代理(112条)の法定代理権への適用[13]
表見代理人について,法定代理権の場合にも適用があるかについては条文に限定がないため,従来から争いがあります。これは,代理における効果帰属をどのように根拠づけるかによります[14]。
まず,その根拠を代理人と相手方に意思表示があり,その意思表示の効果を法が認めたことによる取引の安全におくものがあります。上記解説も,設問ごとの整合性を保ちやすいため,かかる見解に依拠しました。
これに対して,任意代理と法定代理を区別する見解があります。かかる見解は,本人が代理権の授与によって代理の効果を引きうけることを欲したことに根拠を求めます(いわゆる権利外観法理に近い立場です)。そのため,任意代理については表見代理は肯定されるが(小問1の「表示」の論点をかかる見解に依拠すれば,委任状を回収しなかったことがゆえに未だ代理の効果を引き受けることを欲していたと考えるのでしょう),法定代理については直ちにはこれが妥当しません。もっとも,かかる場合にも,法定代理人の代理によって利益を受ける立場にあるため(いわゆる報償責任原理),それによる負担もやむを得ないと考えれば,表見代理の適用を正当化できます。
もっとも,本問でもそういえるだろうか。本問で小問2後段の上記結論について,あまりに子の保護に欠けるのではないか。現に後者の関係からは,制限行為能力者の法定代理権については,その意思に基づいて代理権を信じる状況を発生させていないため,表見代理を適用できないとの主張がなされている。加えて,本問では特に親権を喪失するような状況で,子に利益があったのかも疑問である。
これに対する,1つの解答としては,小問2前段の親権者の利益相反に関する判例法理でしょう。すなわち,親権者の利益相反でそうあるように,親権者の法定代理権については,それに対する信頼も強く,取引の安全を重視せざるを得ないのです[15]。
- その他の構成
- もっとも,それでも親権の喪失があった本件は親権者の利益相反の場合とは異なるという議論もできるでしょう。いずれにせよ,子の保護と取引の安全のいずれを優先するのか設問ごとの矛盾なくしっかりと記述することが求められます(これは出題の趣旨も求めるとこです)。
参考答案
第1 小問1
1 BはCに対して所有権に基づく返還請求権としての動産引き渡し請求権に基づいて請求し,その要件は①所有②占有である。②はCに占有があり認められる。①については当初はBに所有権があった。
2 もっとも,本件では売買により(555条)Bは所有権を喪失(176条)したと考え得る。本件では売買の合意に際して,Aを代理人として行っているため,代理(99条1項)の要件を満たす必要がある。そして,代理権の存在の要件について,Bは後述するように詐欺(96条1項)ないし解除によって委任契約(643条)が消滅したことを理由として代理権の消滅を主張する(111条2項)。
3 まず,解除によった場合,解除の効力は将来効であり(651条,620条),代理権は将来に向かって消滅する。そのため,「代理権の消滅」(112条)についての表見代理がCより主張される。Cが善意無過失であればCが所有権を取得し,請求は認められない。
そして,本件でCは善意であった。また,「過失」について,代理権に関する調査義務を尽くしていたかが問題となるところ,確かにAは未成年であった。しかし,Cにとって旧知の仲のBの息子である以上,代理人としてやってくるのも不思議ではなく,かかる委任状を確認しただけで注意義務は尽くしていた。善意・無過失といえる(ただし書き)。
そのため,Bはその所有権を喪失し,請求は認められない。
4.次に,詐欺取消しを考えるに,その効力は遡及する(96条1項)。
そして,111条の次に112条が規定されていることからして,112条は当初から基本代理権がなかったような場合には適用されない。そのため,Cが112条の表見代理の主張をなしたとしても認められない。
5.そこで,Cとしては109条の表見代理を主張する。まず,109条の「表示」は観念の通知であるところ,可能な限り意思表示の規定が類推適用される。そして,詐欺取消しでかかる「表示」も取消される。
もっとも,BがAへの委任状を回収しなかったことを新たな「代理権」の「表示」(109条)行為と見ることはできないか。
(1) 109条の趣旨は,本条の趣旨は代理権の与えられていることの「表示」を信頼した第三者を保護し,取引の安全を図る点にある。そのため,あたかも代理権が与えられていることを表示するような外観が存在する場合には,なお趣旨が妥当し,新たな「表示」があったといえる。
(2) 本問では委任状が回収されず,なお存在したことで代理権が与えられていることを表示するような外観が存在している。そのため,「表示」があったといえる。
そして,本件でCは上記同様に善意・無過失といえる(ただし書)。そのため,109条の表見代理が成立する。
よって,Bは所有権を喪失し,絵画を取り戻せない。このようにいずれにせよ表見代理によって取引の安全が図られる。
第2 小問2前段
1 Aの請求は小問1同様所有権に基づくもので,問題となるのはAに所有があるかである。すなわち,Bを代理人とし,AD間で売買(555条)が成立すれば,Aは所有権を喪失する(176条)。
2 18歳で成年に達しない(4条)Aは「父」Bの親権に服する(818条1項)。かかる場合,親権者は原則子の財産管理の法定代理権を有する(824条本文)。もっとも,本件ではBは株式投資目的で売却している。「利益…相反する行為」(826条1項)については「特別代理人」によるため,かかる場合は無権代理(113条1項)となる。そこで,「利益…相反」の判断基準が問題となる。
(1) 826条1項は子の保護を図る趣旨である一方で,法が包括的代理権(824条1項本文)を与えている以上,取引の安全にも配慮する必要がある。そのため,「利益が相反する行為」は客観的に判断する。
(2) 本件では代理の法的効果は子Aに帰属するのだから何ら外形的・客観的には「利益…相反」とはいえない。
3.もっとも,上記Bの主観が考慮しえないか。
(1)代理権につき濫用があれば,代理制度の趣旨を没却する以上,原則効果帰属しない。ただし,取引の安全から93条但し書きを類推し,相手方の悪意または有過失を要する。なお,親権者の広範な裁量(824条本文)に鑑みて,法の趣旨に著しく反するときに濫用と考える。
(2)本件では,自己の株式投資という全く私益目的で代理をなしており,親権者として代理権を付与された趣旨に著しく反する代理権の濫用といえる。よって,Dが悪意ないし有過失なら,本件売買は無効で,Aは自己の所有に基づいて自動車を取り戻すことができる。
第3 設問2後段
1 Bの親権が喪失(834条)した場合,上記と異なり,AD間の売買は原則無権代理として有効にならない。
2 そこで,表見代理(112条)を考えるに,もとあった親権者の法定代理権が基本「代理権」といえるか。
(1) 上記のように表見代理の取引の安全の趣旨は,法定代理権であっても妥当する。そのため,「代理権」には法定代理権が含まれる。
(2) 本件でも親権の喪失という「代理権の消滅」があったといえる。そして,親権者が喪失していることは通常取引の相手方は想定しがたいため,Dは善意無過失だったと考えられる。よって,表見代理が成立しAD間の売買契約によりAは所有権を喪失するため,自動車を取り戻すことはできない。
なお,かかる帰結は子の保護に欠けるようにも思える。しかし,親権者が子に変わって取引に臨むことは現によくあることで,かかる場合に表見代理を成立させないことはその取引の安全にあまりに反する。子の保護が取引の安全に遅れざるを得ないことは上記の親権者の利益相反の判断基準に際しても私見が想定するところである。
以 上
[1]一般的にいわれる任意代理の要件(99条1項)は①代理人の法律行為②顕名③①に先立つ代理権授与です。
[2]よく予備校本等で解説されている委任と代理の関係の論点ですが,本問で論じる実益はありません。代理権授与を無名契約と扱おうが,単独契約と扱おうが,代理権が最終的に消滅することに争いはないからです。これに争いが生じるのは,制限行為能力者の代理人が代理権の授与を取消す場合に,本人の単独行為とすれば代理人側からは取り消せないのではないかというような場合です。
[3]なお,本件では「気が変わり」との事情の下,「売るのはやめた」といっているのであり,詐欺には気づいていない,そこで,詐欺と構成できないのではないかとも思えます。しかし,取消権の行使(123条)について,理由を付すことは要求されておらず,取消と認めるにたる意思表示さえあれば,その他の取消し原因にも流用できるとされており,本件では解除・詐欺の2つの構成が想定できます。
以上は,30講532頁,佐藤隆夫執筆部『別冊法学セミナー基本法コンメンタール民法総則平成23年法改正まで対応』194頁など
[4]詐欺取消しの「第三者」に無過失を要求するかは争いがありますが,近時の学説の有力説は,これを要求します。民法改正後は無過失が要求されるとされており,かかる見解に依拠する方がよいかもしれません。なお,その理由としては原権利者の帰責性が(虚偽表示の場合に比べ)弱いことが挙げられます。
佐久間総則175頁,山本総則244頁
[5]大判昭和6年10月28日民集10巻975頁もこのような処理を行っています。ただ,学説には新たな「表示」があったかという視点で検討する見解もあります。
[6]佐久間則284頁は,109条は代理権が存在しなかったことを対象とするのに対し,112条は過去に代理権が存在していたことを知っていたが,その消滅を知らなかったこととしています。
[7]「過失」とはしばしば調査義務の懈怠と表現されます。「過失」の当てはめにおいては①特定の事実から調査義務を認定し,②また,特定の事実からその懈怠ないし履行を認定するとよいでしょう。
[8]これに対して動機や目的,必要性,実質的効果を判断する見解を実質的判断説といいます。しかし,基準として不明確であるとの批判があります。
[9]判例は代理権濫用について,有権代理であるが例外的に効果帰属しないと考えています。無権代理と考えているわけではないので注意してください。ただ,民法改正後は無権代理となるようです。
[10]代理人において本人に効果帰属させる意思に欠ける点はないが,代理人は自己の利益を図る意思で本人に法律効果を帰属させる意思表示をしていることが心裡留保類似であるとする理由付け(山本総則439頁)もありますが,多くの見解が心裡留保類似の関係はないとします。最高裁は単に悪意又は有過失の場合に本人保護の結論を導く場合に同規定が最適であるからただし書を類推しているに過ぎないとされます。
佐久間総則289頁,我妻総則345頁も,「かような背信的意図をもっていることを相手方が知りまたは知りうべかりしときは,相手方の立場を考慮することなく,本人の利益を図ることが適当である」としています。
[11]しかし,いかなる場合に特段の事情といえるのか判例は必ずしも明らかではないです。もっとも,判例は,これに該当する場合とは「子の利益を無視して自己又は第三者の利益を図ることのみを目的としてされる」ときとしており,かつ,「子自身に経済的利益をもたらすものでないことから直ちに第三者の利益のみを図るものとして親権者による代理権の濫用に当たると解するのは相当でない」としています。このことからして,子の経済的な利益に直接的な関係がない場合に,直ちにこれに当たるとは考えていないとされています(田中豊「判解」民事篇平成4年度518頁)。例えば,親権者の内心における利益追求の意思が特に強い場合など極端な場合がこれに当たります(もっとも,それも一例に過ぎないですが)。
[12]法定代理につき112条の適用を認めた判例として,大判昭和2年12月24日民集6巻754頁が挙げられます。しかし,これに対しては学説から強い批判があります。
[13]佐久間則276頁,山本総則442頁
[14]761条の日常家事処理権に110条の適用があることから,法定代理権に110条の適用があるとする見解があります。しかし,これに対しては761条の場合は,婚姻が当事者の意思によったということ等からあらゆる法定代理権と同視できないとの批判があります。
佐久間総則277頁
[15]少し古い文献ですが,幾代通「法定代理権と表見代理」法教№48,12頁以下の一節が興味深いです。同稿は,親権者の包括的な代理権等を指摘したうえで以下のように述べます。「…要するに,民法の無能力者(原文ママ)制度というものは,未成年者など無能力者のためには親や親族たちが愛情と良識をもって配慮するであろうということを基本的には信頼し,これらの人々の直接または間接の意思によって無能力者の財産が外部の世間の荒波から守られるであろうという考えに基づいている。…要するに親や身内の者のお粗末が本人の不利益に作用しても仕方がない,親や身内の者の当たりはずれは本人の運・不運として諦めてもらわなければならない場合もあることを認めるわけである。…これは…無能力者制度というものが現実にはたす社会的機能を考えるときには,必ずしも暴論と決めつけえないものをも含んでいる。…無能力者制度というのは…現実には,無能力者一般ではなくて,財産らしい財産を現実に保有している,つまり,有産の無能力者のために,その財産が不当に減少したり消滅したりしないように保護することを,その社会的機能としている。…法定代理制度の恩恵を受けるのは,その親や先祖や身内が優秀で有能であったことの余慶にあずかる人たちである。そうだとしたら…お粗末によって不利益を被ることがあっても,やむを得ないのではないか…本人自身の能力や資質によってというよりは,生得の運命的なものによって並の人より好条件に恵まれた人はまれに…同じく生得の運命的な不運によって右の好条件を減殺されることが有っても…取引の安全という社会的要請とのかねあいのうえでは…やむを得ないのではないか,ということである。」
正当化する根拠は様々あるにせよ,子の保護が取引の安全に劣後することはやむを得ないのでしょうか。