河童のひとりごと

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旧司法試験平成20年第1問

平成20年度第1問

Aは,工作機械(以下「本件機械」という。)をBに代金3000万円で売却して,引き渡した。この契約において,代金は後日支払われることとされていた。本件機械の引渡しを受けたBは,Cに対して,本件機械を期間1年,賃料月額100万円で賃貸し,引き渡した。この事案について,以下の問いに答えよ。

1 その後,Bが代金を支払わないので,Aは,債務不履行を理由にBとの契約を解除した。この場合における,AC間の法律関係について論ぜよ。

2 AがBとの契約を解除する前に,Bは,Cに対する契約当初から1年分の賃料債権をDに譲渡し,BはCに対し,確定日付ある証書によってその旨を通知していた。この場合において,AがBとの契約を解除したときの,AC間,CD間の各法律関係について論ぜよ。

 

 

(出題趣旨)

小問1は,解除の効果と「第三者」(民法第545条第1項ただし書)の意義・要件,動産賃借権の対抗力の有無とその根拠,対抗力の有無から導かれる解除者と第三者との関係及び解除者が権利を主張するための要件などを論じさせ,基本的知識とその応用力を試すものである。小問2は,債権譲渡の有効性と対抗要件に関する基礎的理解を前提としつつ,債権譲渡が小問1の帰結に影響を及ぼすか否かについて,前記「第三者」や民法第468条第2項の「事由」等との関係を検討させ,基本的知識に加え,論理的思考力及び判断能力を問うものである。

 

 

第1 小問1

1 総論

 AはBとの売買契約を解除(541条)したわけですから,その目的物である本件機械を返してほしいと考えます。本件機械はCが占有していますから,Aは自己の所有権に基づいて本件機械の返還を請求することになるでしょう。

 しかし,これに対してCは,当該解除は「第三者」(545条1項但し書き)である自己には対抗できないはずだと反論するでしょう。

 

2 「第三者」[1]

 解除の効力は遡及する(直接効果説)と考えられるところ,545条1項ただし書きの趣旨は,この解除の遡及効を制限する点にあります。そうすると,「第三者」とは,解除された権利関係を基礎として,解除までに新たな権利を取得した者を指すといえます。

 そして,「第三者」のその余の要件について,まず,通説は権利保護要件として対抗力(不動産であれば登記)を備えることを要求します。これは,解除権者にそれほど帰責性がないことに鑑み,第三者が保護される要件を加重するものです(なお,判例[2]はこれを対抗要件としていますが,通説は,対抗関係にないことを理由にそれを否定します[3]。解除後の第三者において対抗関係を観念する通説の立場からして,権利保護要件とすることが穏当ではないでしょうか)。

 そこで問題になるのは,Cの第三者性を基礎づけるのは,CがBとの間で結んだ賃貸借契約(601条)であるところ,かかる動産賃貸借が対抗力を備えるのかということです。

 

  • 「第三者」の主観面
  • 本件では主観面が事案にないため省略しましたが,一応解除の「第三者」についてその善意・悪意は問わないとされています。その理由としては,債務不履行状態があっても解除されるかは分からないということが挙げられます[4]

 

3 賃貸借契約の対抗力

 債権関係はあくまでその債権債務の当事者間でしか主張できない,というのが民法の原則です。賃貸借契約についても,それを第三者に主張することは原則できず,「物権は賃貸借を破る」という標語とともに従来から承認されてきた議論です。もっとも,不動産賃貸借については,605条や借地借家法の規定により,対抗力が認められています。

 ここで問題になるのは,動産賃貸借について,対抗力は認められるのかということです。これについては以下の2見解が存在します。

 

  • 対抗力否定説

 上記不動産賃貸借の対抗力に相当する条文が動産賃貸借には存在しないことに鑑み,対抗力を否定する見解です。

  • 対抗力肯定説

これに対し,対抗力を肯定する見解も存在します。かかる見解は,目的物の移転の効力(本件でいえば解除による原状回復)の問題として議論する。すなわち,目的物の移転を受け,動産賃借人にその効力を主張するには,例えば,指図による占有移転(184条)などの引渡しを受けなければならないところ,「以後第三者のためにその物を占有することを命じ」とは,賃借人に従前と同様の法律関係に基づいて(つまり賃借人として)占有せよと命じることになると考えるわけです(指図による占有移転の効果は賃借権によって制限されるとも評価しています)[5]

 本件で,仮に対抗力否定説に依拠すれば,Cは「第三者」に当たらないのであり,請求が認められます。

 

  • 対抗力肯定説・否定説のいずれに依拠するべきか

 上記対抗力否定説について,我妻教授はドイツ民法を引き合いに肯定するものの,「わが民法の解釈としてはいささか無理であろうか」ともしています[6]。また,池田清治『基本事例で考える民法演習』(初版,日本評論社)48頁でも「根拠に乏しく,また,605条に相当する規定もないことから,現在ではあまりみかけない見解になっている」と評されています。

 ただ,出題の趣旨からすれば,対抗力を肯定する答案も前提にしているようですから,解釈の下対抗力肯定説に依拠することを否定する出題ではないのかもしれません(なお,その場合には,対抗力ある賃貸借に敗れるわけですから,賃料請求の可否の論点に移行し,賃貸人たる地位の移転の論点が問題になるでしょう。同論点については各自テキストで確認してみてください)。

 

  • 賃料相当額の請求
  • 対抗力を否定し,請求を認めた場合,同時に賃料相当額の不当利得返還請求も問題になりえます(703,704条)。ただ,Cは善意の利得者であり,その返還義務を負わない(189条1項)といえるでしょう[7]

 

第2 小問2

1 前提として

 AがCに対し,本件機械の返還請求ができるのは小問1で確認したところです。もっとも,本件ではそれでいいのかという問題があります。すなわち,本件では,BからDに賃料債権が将来に渡って一年分譲渡されています。仮にCがAに本件機械を返還したにも関わらず,これを支払わないといけないとすると,これは非常に酷な結果となります。もちろん,AがCに返還請求をした時点で,上記賃貸借契約は履行不能となり終了する,そのため,賃料債権も消滅すると考えられなくもないです。しかし,それは,あくまでAB間の解除を前提にするのであり,かかる解除がDに主張できなければいけないわけです。

 そこで,AC間の請求の当否(小問2でCが「第三者」といえるか)を考えるに際しては,まず,DがCに対し賃料請求ができる状態にあるのか考えることになるのです。

 

  • 小問1との違い
  • そのような利益状況だけで「第三者」性の帰結を変えていいのかと思われた方もいるかもしれません。しかしながら,「第三者」に該当するかは,後述もするように結局利益衡量の下,その者を保護すべきかの問題ではないかと思います(「第三者」該当性として権利保護要件を要求する通説の理解もこれに通ずるところがあります)。本問のCは民法の制度上動産賃貸借に対抗力が付与されない故に小問1では敗れたのであり,その保護すべき基礎は少なからずありました。そのため,その余の事情が付加されることで「第三者」性を再度検討することも不可能ではないのではと考えます。

 

  • 債権譲渡について 
  • 本件では,将来1年間にわたっての賃料債権が譲渡されているわけですから,一応は将来債権譲渡の問題となります(ただ,本問でそこまで求められてはいないでしょう。ただ,出題の趣旨が「債権譲渡の有効性」としているため,一言は触れておきたいです)。これに関して,最判平成11年1月29日民集53巻1号151頁(百選Ⅱ7版28事件)は,譲渡人の営業活動の制限及び他の債権者との平等の観点から,公序良俗により無効になる余地を明らかにしました[8]。なお,将来発生する債権の譲渡については,発生前に対抗要件を備えることは可能であるとされています(大判昭和9年12月28日民集13巻2261頁)。

2 「事由」

 DがCに対し,請求をしてきた場合,当然CとしてはAが契約を解除し,本件機械の返還請求をしてきたことで,賃貸借契約は履行不能となり,Dの賃料債務も消滅すると主張します。

 しかし,そのためには,本件解除が「通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由」(468条2項)でなかればなりません。解除自体は通知後になされています。そこで,「事由」が存在するか問題になります。

 これについては通知時に解除原因(債務不履行)が発生していなくとも,その発生の基礎があれば通知後に解除原因が発生することで解除が認められるとする見解です[9]。468条2項の趣旨は,

一方的に債権譲渡をされてしまう債務者について解除前の事由について主張させ,それによって保護する点にあるところ,債務不履行があれば解除されるという双務契約の性質は,解除前から存在していた以上,債権譲渡によって債務者のかかる地位を害するべきではないと考えるわけです(また,後述するように本件債権の譲受人Dの「第三者」性が否定される以上,敢えて事由を否定し,Dを保護する必要もないという価値判断もあるでしょう)。

 

3 「第三者」

 もっとも,Dとしては,かかる解除の効力を「第三者」(545条1項ただし書き)であると反論することが考えられます。本件Dは上記の様に債権を譲り受けており,特に,Cと異なり対抗要件も具備しています。

 これに関しては参考になる判例があり,大判大正7年9月25日民録24輯1811頁は,解除によって消滅する債権の譲受人は,「第三者」にあたらないとしました。しかし,本件で悩ましいのは,本件賃料債権が賃貸借契約の解除によって消滅するのではなく,AB間の売買契約の解除によって派生的に消滅するに過ぎないということです。このような場合に,「第三者」該当性をどう考えればいいのでしょうか。

 そこで,上記大正7年判決がなぜ,「第三者」性を否定したのか,その理由を見るに,同判決は仮に解除できないとすると債権の譲渡によって債務者の解除が阻害されてしまう。それは酷であるとの理由を挙げています。前述の様に結局のところ,「第三者」該当性はそれにより保護されるものと,それにより不利益を受ける者の比較衡量ではないでしょぅか。そこで考えるに,本件で「第三者」性を否定すると,上記の様にAが解除の効力を主張できなくなってしまいます。それに対し,上記の様に,そもそも本件の賃貸借は対抗力を欠き,Aに劣後するものであったわけですから,Aに優先しDを保護する必要はないのではないかということがいえます。

 以上から,Dは「第三者」に当たらず,Cは解除をDに対し主張できます。Dの賃料請求は認められません。

 そして,この場合,やはりCはAとの関係で「第三者」には当たらず,Aの返還請求は認められることになるでしょう。

 

  • Dの保護としては妥当だったのか
  • 上記の様な構成は果たしてDの保護として妥当なのかは非常に悩ましいところです。これに対する解答として私見を述べると,まず,小問1でも示しましたが,動産賃貸借に対抗力がないというのが民法制度の建前ですから,そこから派生して不利益を受けるのもやむを得ないということが挙げられるのではないでしょうか。また,本件が将来債権譲渡であることにも着目すべきかもしれません。すなわち,前述の様に判例は将来債権の譲渡を認めるに際して,その不発生は譲渡人との間で調整すべしとしています。本件では譲渡人であるBです。そして,このBこそが本件で債務不履行を起こし,一番責められるべき立場なわけですから,DはAやCとの関係で敗れる一方でBに対し責任追及するべきというのが実は一番すわりのいい結論なのかもしれません(そう考えると,小問1も敗れたCはBに責任追及すべきとなり,これまた座りの良い結論ではあるのかもしれません)。

 

  • 本問の悩み
  • 上記小問2の構成は,出題の趣旨にも鑑みて構成したものですが,果たしてこのような構成が正しいのか実際のところ自信はありません。ただ,小問2で重要なのは,本件機械を変換しないといけないにもかかわらず,その賃料請求は受けるかもしれないCの保護,債権譲渡を受けたDの保護,ここをどのように考えるかこれに尽きるかと思います。その利益衡量が表れていれば,多少の構成の違いは気にすべきではないのかもしれません。

 

 

 

参考答案

 

第1 小問1

1 AはCに対し,所有権に基づく返還請求権としての本件機械の引渡請求を主張する。Aは一度Bに本件機械を売却し,所有権を喪失しているものの(555条,176条),それを解除し(541条),所有権を復活させている(545条1項本文)。そのため,本件機械の占有者であるCに対し,その返還を請求できる。

2 しかし,これに対し,Cは自己が「第三者」(545条1項ただし書)にあたり,解除の効果を主張できないと反論する。そこで,「第三者」の意義・要件が問題となる。

(1) 解除の効果はその契約の効力を遡及的に無効にするものであるところ(直接効果説),545条1項ただし書の趣旨は,その遡及効を制限する点にある。そのため,「第三者」とは,解除された権利関係を基礎として,解除前に新たな権利を取得した者を指す。

 そして,解除原因があっても解除されるとは限らないことからして,「第三者」の悪意・善意は問わない。もっとも,解除権者(原権利者)は債務不履行を受け解除するのであり,帰責性が低いため,その均衡から,権利保護要件として,対抗力を具備することを要する。

(2) 本件で,Cは解除前にBとの間で賃貸借契約を結んでいる(601条)。そのため,解除前に解除された売買契約による本件機械の移転を基礎にし,新たな権利を取得したものといえるようにも思える。しかし,Cのかかる動産賃貸権は,対抗力がない。不動産賃貸借と異なり,現行民法は動産賃借権に対抗力を備えるための規定を設けていない(605条)。そのため,権利保護要件を欠く以上,「第三者」には当たらず,請求が認められる。

 なお,返還までの賃料相当額をAは不当利得に基づき返還請求できる(703条)。もっとも,Cが賃貸借を信じすでに支払っている部分がある場合には,その返還を免れる(189条1項)。

第2 小問2

1 総論

 本件でもAはCに対し,本件機械の返還請求を行う。もっとも,本件では小問1と異なり,BがCに対する将来の賃料債権1年分を譲渡している。これにより,CはDから請求を受ける以上は自己が「第三者」にあたると反論する。そこで,DがCに対し,賃料を請求しうるか検討する。

2 債権譲渡

 まず,BはAに賃料債権1年分を譲渡している(466条1項本文)。

このような将来債権の包括譲渡も認められる。将来債権が発生しない場合の不都合は,あくまで譲渡人への責任追及で処理すべきだからである。なお,かかる将来債権譲渡が譲渡人ないし他の債権者の利益を過度に害する場合は公序良俗に反し無効となる(90条)余地もあるが,このような事情も本件ではない。そして,本件では,確定日付ある通知により対抗要件も備えている(466条2項)。

そのため,DはCに対し,賃料を請求できるようにも思える。

 

2 解除の「事由」該当性

 しかし,これに対し,Cは本件で上記の様に売買契約が解除され,Aに返還請求がなされる結果,本件賃貸借は履行不能で終了し,賃料債権も発生しないはずであると反論する。

 もっとも,かかる主張が成り立つためには,かかる解除が「事由」(468条2項)といえなければならない。

(1) 468条2項の趣旨は,自己の意思に関係なく債権が譲渡されてしまう債務者を,従前生じてていた事由を主張させることで保護する点にある。そのため,「事由」とは債務者を保護するものとして従前から存在していた自由であると考えるべきである。そして,解除についてはその契約の総務契約の性質として仮に債務不履行がなくともその基礎はあったといえるし,またその解除の効力で債務者の保護が図られるため,「事由」といえる。

(2) 本件でも,「事由」として解除及びそこから派生する賃料債権の消滅を主張できる。

3 「第三者」 

 もっとも,Dは上記の様に賃料債権を譲り受け,対抗要件も備えている。そのため,Cとは異なり「第三者」にあたるとDは反論する。

 しかし,上記で示し様にBC間の賃貸借契約及びそこから生じる権利関係はもともとAに対抗できないのであり,その債権を譲り受けたDが「第三者」として保護に値するほどの権利を取得したとは思えない。むしろ,本来であれば本件機械を返還してもらえたはずのAをDへの債権譲渡をもって保護しなくする方が不当な結論といえる。上記でも示したようにこのような債権を滅失する場合の不都合性はDの譲渡人Bに対する責任追及で行うべきものといえる。

 そのため,Dは「第三者」にあたらず,DはCに賃料請求できない。

4 結論

 その結果,やはりCもAとの関係で「第三者」ではなく,返還請求が認められる。なお,賃料相当額の請求については小問1同様であ

 

[1]我妻債各上198頁

[2]大判大正10年5月17日民録27輯929頁

[3]潮見基本債各Ⅰ47頁,山本契約206頁など

[4]内田債各100頁

[5]我妻物権192頁,我妻債各中453頁 

[6]我妻物権192頁

[7]基本事例で48頁

[8]平成11年判決以前には,最判昭和53年12月15日判時916号25頁が存在しました。同判例は「始期と終期を特定し,その権利の範囲を確定することによって,これを有効に譲渡することができる」としていました。しかし,上記平成11年判決は「右債権が見込み通り発生しなかった場合に譲受人に生ずる不利益については譲渡人の契約上の責任追及により清算することとして,契約を締結するものと見るべきであるから,右契約の締結時において右債権の発生の可能性が低かったことは,右契約の効力を当然に左右するものではない」としています。

 詳しくは上記平成11年判決百選解説を参照のこと。

[9]中田債権537頁,宇野栄一郎「判解」民事篇昭和42年度481頁