Aは,平成18年4月1日に,Aが所有する建物(以下「本件建物」という。)をBに「賃貸期間平成18年4月1日から平成21年3月末日までの3年間,賃料月額100万円,敷金500万円」の約定で賃貸し,Bは,敷金500万円をAに支払い,本件建物の引渡しを受けた。Bは,平成19年4月1日に,Aの承諾を得て,本件建物をCに「賃貸期間平成19年4月1日から平成21年3月末日までの2年間,賃料月額120万円,敷金600万円」の約定で転貸し,Cは,敷金600万円をBに支払い,本件建物の引渡しを受けた。その後,平成19年7月1日に,AとBは,両者間の本件建物に関する建物賃貸借契約を合意解約すること,及び合意解約に伴ってAがBの地位を承継し,Cに対する敷金の返還はAにおいて行うとともに,平成19年8月分以降の賃料はAがCから収受することを合意した。そして,Bは,Aに預託した敷金500万円の返還を受けて,Cから預託を受けた敷金600万円をAに交付するとともに,Cに対して,AB間の上記合意により平成19年8月分以降平成21年3月分までのCに対する賃料債権全額をAに譲渡した旨を通知した。
以上の事案において,CがAB間の建物賃貸借契約の合意解約に同意しない場合,Cに対する賃貸人がAとBのいずれであるかについてどのような法律構成が考えられるか,また,Cに対して敷金返還債務を負担する者がだれかについてどのような法律構成が考えられるかに言及しつつ,BC間及びAC間の法律構成を論ぜよ。
(出題の趣旨)
適法に建物の転貸借がされた後に,賃貸人と賃借人(転貸人)が転借人の同意を得ないで,①原賃貸借契約の合意解約をし,これとあわせて②転貸人たる地位の移転の合意,③敷金返還債務の引受の合意,④転貸賃料債権譲渡の合意をした場合,これらの合意によって転貸借関係はどうなるか,その前提として,①ないし③の合意に転借人の同意を要するか否かについてどのような法律構成が考えられるかを検討させることを通じて,基本的知識の理解と論理的思考力,判断能力を問う問題である。
第1 本件の前提状況
まず,本件の前提状況を確認しましょう。本件で,AはBに対し,平成18年4月1日,本件建物を,賃貸期間を同日から平成21年3月末日,賃料100万円,敷金500万円との約定で賃貸しました(601条)。そして,その後,BはCに対し,平成19年4月1日,本件建物を,賃貸期間を同日から平成21年3月末日,賃料120万円,敷金600万円との約定で,Aの承諾の下,転貸しました(612条1項)。
そして,平成19年7月1日,AはBとの間で,本件賃貸借契約を合意解約し,①AがBの地位を承継すること,②Cに対する敷金の返還はAが行うこと③平成19年8月分の賃料は,AがCから収受することを合意しました。しかし,Cはこれらに同意していない,というのが,本件の前提です。
第2 合意解約の効力
本件で,ABは合意解約を行っていますが,合意解約と転貸借と聞けば,ある判例が思いつくはずです。すなわち,判例(大判昭和9年3月7日民集13巻278頁,最判昭和62年3月24日判時1258号61頁)は,賃貸借を合意解約しても,転借人に対抗できないとしています。かかる理由付けとしては,一般的に,現賃貸借人の矛盾挙動の禁止,398条,538条の存在が挙げられます[1]。そうすると,本件では,賃貸借の合意解約も,それに伴う各合意内容も対抗できないのではないか,とも思えます。
しかし,上記判例の趣旨をもう一度考えてみると,上記判例が合意解約を対抗できないとしたのは,それにより,転借権を失う転借人を保護しようと考えたからです。そうすると,本件の様に,あくまで転貸人の地位を承継する,つまり,Cがそのまま本件建物を使用してよい,とされる場合は,合意解約及びそれに伴う転貸人たる地位の承継の合意等も許され,転借人に対しても主張できる,というのも決して判例に反するものではありません。
そこで,本件では,上記議論を前提に,Aが転借人の地位を承継するという立場をまず挙げることが出来るでしょう(なお,この際,いわゆる賃貸人たる地位の移転の論点も参考になるでしょう。すなわち,賃貸人たる地位の移転は免責的債務引受の側面があるものの,その賃貸人としての債務は没個性的で,同意を要しないという議論です[2])。
他方で,反対の立場としては,転借人は,なおBである,という立場でしょう。かかる立場は,上記の様に,転借人や敷金の返還について変動が生じてしまえば,転借人であるCに何等かの不利益があると考えるためです(何等かとは何かについては後述します)。
本件では,かかる両者の立場から,上記の各合意の効力を検討することにる3でしょう。
- 合意解除が対抗できない場合の法律関係
合意解除が対抗でなお,きない場合の法律関係について,矢尾渉「判解」民事篇平成14年度(上)356頁以下が詳細な検討をしています。まず,同解説は,見解としては以下の4つがあるとしています。
①賃貸借の合意解除が効力を生じないとする見解②転借人との関係では,転借権を存立せしめる限度で賃貸借も存続しているとする見解[3]③賃貸人が賃借人の地位を引き継ぐとする見解[4]④転借人が転貸人の地位を引き継ぐものとする見解[5]
本件で,転借人の立場を承継するとした見解は,上記③の見解です。また,引き継がないとした見解は,②の見解です。①については,判例は合意解除を対抗できないとしているだけで,効力の発生は肯定しているため,本件でそれに依拠することはあまり適切ではないでしょう。また,④については,本文の誘導からして除外されていると考えるのが素直でしょう。
第3 Aが転借人となるとする見解に依拠した場合
1 BC間
まず,Aが転借人になる(AC間で直接賃貸借関係が生じる)わけですから,Bは関係なくなります。そのため,BはCに対し,賃料を支払うように請求することは以後できませんし,CもBに対し,賃貸人に対して請求できる権利主張ができなくなります。
そして,特に問題になるのは,Bが負っていた敷金返還債務がどうなるでしょう。本件ではAがBとの合意でこの地位を承継します。しかし,Cとしては,自分はBに返してもらおうと思っていたのであり,Aがその地位を引き受けるのは困ると主張するでしょう。具体的には,これは免責的債務引受であり,Cの同意なくして許されるのかという話です。
これについては,いわゆる賃貸人たる地位が移転した場合の,敷金の承継の議論が参考になるでしょう。かかる議論について,判例(大判昭和5年7月9日民集9巻839頁,大判昭和11年11月27日民集15巻2110頁)・通説は,敷金返還債務は新賃貸人(転貸人)に承継されるとされています[6]。その理由としては,まず,敷金が賃貸人にとっての担保であるところ,賃貸人の移転に伴い,その移転も認めるべきだという性質論にあります。また,賃借人側の保護としても,移転に際して,それまでの旧賃貸人に対し負っていた債務を清算し(明渡時説の修正,最判昭和44年7月17日民集23巻8号1610頁),承継されること,敷金の機能がある程度は果たされることが挙げられます。
そのため,本件で,敷金の返還義務を負うのは,Aであり,Bではないということになるでしょう(なお,判例・通説を前提にすると,返還義務が実際に生じるのは明渡時です)。
2 AC間
まず,Aが転貸人となる以上,Aは毎月120万円の賃料請求ができます。AはBとの間で,賃料の将来債権譲渡(466条1項本文,467条2項)を受けていますが,賃料支払い請求権は,賃貸人たる地位に基づいて生じるもので,かかる合意がなくとも,請求はできます。なお,Aは従前Bに請求していた賃料よりも高額な賃料を請求できることになりますが,Cは従前と変わらぬ額の請求を受けるのであり,Cに不利益がない以上,問題ないとしていいでしょう。なお,Cは賃貸人対し請求できる各権利を,Aに対し請求できます。
また,上記で述べたとおり,Aは敷金返還義務をCに対し負っています。
第4 Bがなお転貸人であるとする見解に依拠した場合
1 BC間
まず,かかる見解に依拠した場合,Bは賃料債権をAに譲渡していますから,Cに対し賃料請求はできません(譲渡の是非については後述します)。それに対し,Cは賃貸人に対し請求できる権利を,Bに対し請求できます。
問題は,敷金返還債務です。上記と異なり,本件で転借人はBのままですから,むしろ,Bに返還債務を負わせるというのが,性質論からして素直です。また,転借人はBのままですから,清算の後,Aに移転するわけでもありません。そうすると,本件の敷金債務の移転は,単なる免責的債務引受であり,Cの同意なくしては許されないということになるでしょう。そうすると,Bが敷金返還義務を負うのであり,Bがなお,転貸人であるとする見解に依拠した場合のCの利益はここにあるといえるでしょう。
2 AC間
さて,本件では,AはBより賃料債権の譲渡を受けています。しかし,上記でもわかるように,Bがなお転貸人であるという見解に依拠した場合のCの利益は,法律関係が変動しないというところにあるようです。そうすると,そもそもかかる債権譲渡は許されるのかということを考えなければなりません。
ここで考えたいのは上記敷金返還債務との対比です。すなわり,前述の敷金の議論が債務の免責であったのに対し,BがAに債権を譲渡するというのは,あくまで権利の譲渡のはずです。権利の譲渡は自由ですし,何より,Cには債権譲渡禁止特約という防衛手段もあったはずです(466条2項本文)。そうすると,本件でかかる債権譲渡の効力まで否定するのは難しいのではないかと思います。
そのため,Aは賃料請求権を有しているというのが素直な帰結でしょう。
第5 両見解の比較
本件で,転貸人をAとする見解は,法律関係を非常に簡明にします。それに対し,Bとする見解は,法律関係を非常に複雑にします。それ故に,Aとしては,自己に転貸人たる地位が承継したと主張しているのでしょう。
他方,Cが上記見解を否定しているのは,自己が法律関係の変動に巻き込まれたくない,という点でしょう。特に,敷金返還債務の所在について,Cとしては,なおBに対し返還を請求したいと考えるのでしょう。
かかる両見解のいずれによるべきでしょうか。最後に自分なりの見解を示せるといいでしょう。
参考答案
第1 転貸人たる地位の移転
1 合意解除の転貸人への対抗
本件では,賃貸人Aの「承諾」の下適法に転貸借貸借契約(612条1項)が成立している。そして,本件では基本賃貸借は合意解約されているところ,基本賃貸借に依存する転貸借契約にこれを対抗できるのか。
(1) 合意解除自体は当事者間の問題で同意なく出来るが,転貸借を承諾しておきながら,それを覆し,転借人の地位を覆すことは,矛盾挙動であり,信義則上許されない(1条2項,398条・538条参照)。そのため,賃貸借契約を合意解約し,転借人にその明け渡し請求をする場合は,それは転借人に対抗できない。
(2) 本件でもかかる解約は,まず,明渡請求に伴う範囲で転借人Cに対抗できない。
2 合意により転貸人たる地位の移転が起きるか
それではかかる場合に転借人Cの同意なくして,転貸人たる地位がAに移転するか。
(1) 転貸人たる地位はAに移転するとする見解
上記,合意解約が許されない趣旨を,転借人がその賃借権を奪われることを防止する点に捉えれば,転借人たる地位が移転する際には,何ら転借人にとって状況は変わりないように思われる。実際に,転貸人たる地位の移転は契約当事者たる地位の移転であるところ,確かに,契約当事者たる地位の移転は義務を免れる点で免責的債務引受の側面を有し,原則その債権者の同意を要する。しかし,転貸人が負う使用収益させる義務(601条)は没個性的で,債権者に不利益は生じないといえる。そのため,同意なくしてAに転貸人たる地位が移転する。
(2) 転貸人たる地位はBに留まるとする見解
しかし,上記,合意解釈が許されない趣旨を,転借人が従前と異なる法律関係に組み込まれることを防止する趣旨と考えれば,転貸関係が変更することで生じる,法律関係の錯綜を防止するため,転貸人たる地位は転借人の同意ない限り移転しない,とも考えられる。
(3) そこで,以下では両見解を比較検討する。
第2 BC間の法律関係―CのBに対する敷金契約に基づく敷金返還請求
1 転貸人たる地位が移転する場合
転貸人たる地位がAに移転した場合,BがCに対し,敷金契約に基づいて負っていた敷金返還をする負担はどうなるのか。
(1) 敷金契約の趣旨は賃貸人に対して賃貸借契約において賃借人が負担する一切の債務を担保することにある。そのため,敷金関係は新転貸人に承継され,その者が返還の負担を負う。ただし,承継される敷金の金額は,賃貸人たる地位の移転時における,賃借人の旧賃貸人に対する債務を控除した額である。
(2) 本件では新転貸人Aがその義務を承継し,返還の負担を負う。なお,かかる場合に基準になる敷金は,転貸借関係の承継を問題にしている以上,転貸借契約の範囲,すなわち,600万円となる。これについて,既に発生した債務を控除した上で承継される。
2 転貸人たる地位が移転しない場合
これに対して,転貸人たる地位が移転しない場合は,転貸人の地位に付随した移転ではなく,単なる免責的債務引き受けである。そのため,これについては転借人Cの同意を要する。Cの同意がない本件では,Bがなお,敷金返還債務を負っている。
第3 AC間の法律関係―AのCに対する債権譲渡契約,賃料支払請求
1 転貸人たる地位が移転する場合
賃料債権は,その賃貸人としての地位に生じるため,転貸人たる地位がAに承継される以上,その後の賃料支払請求権も,Aに生じる。そのため,そもそも,本件のBとの債権譲渡(466条1項,467条2項)の有無にかかわらず,賃料の支払いを請求できる。
そのため,期限が到来次第AはCに対して請求できる。なお,この場合の請求額は転貸借契約に生じた債権の譲渡を受けている以上,月額120万円である。かかる結論は,従来AがBに対して請求していた100万円よりも高額の請求を許すことになるが,Cの立場に変動がない以上,問題ない。
2 転貸人たる地位が移転しない場合
かかる場合には,債権譲渡がなければ,AはCに対し,賃料請求ができない。
かかる場合,譲渡を認めてしまっては,請求を受ける相手方がBからCに代わってしまい,転貸人たる地位が移転しないとした趣旨を没却するのではないか,Cの同意なく譲渡は認められないのではないかとの反論が想定される。
(1) しかし,賃料債権の譲渡は,敷金の引受とは異なり,権利の処分である。権利の処分は原則自由であり,債権の譲渡も譲渡禁止特約(466条2項)がない限り自由であるとされている。そのため,転借人の同意は債権譲渡を妨げる事由ではない。
以上から,転借人の同意は不要であり,当該反論は失当である。
(2) そのため,本件で,Aは請求をなしうる。なお,その額は月額120万円である。
第4 両構成についての私見
以上のように考えると,転貸人たる地位を移転するとするのが,Aにとっては法律関係が簡明な状態で,Cに賃料請求できるという点でAにとって利益となる。
他方,Cの主張している,転貸人たる地位が移転しないという立場が,Cにもたらす利益は,敷金返還債務について,従前同様Bに対し,請求できるという点である。この際に,CがBに対する敷金返還請求にこだわるのは,まず,従前と異なる法律関係に巻き込まれないという利益があるからだと思われる。しかし,上記のように,賃料債権の譲渡等により,容易にその利益が失われるのであり,それほど重視すべき利益には思われない。また,敷金返還政務が新転貸人に移転することで,新転貸人の無資力のリスクをCが負うという点も考える事が出来る。しかし,そもそも新転貸人の方が旧転貸人よりも無資力のリスクがあるという根拠はないのみならず,賃料債権が契約終期までAに譲渡されている本件では,その収入を得ることのできるAの方が無資力のリスクがないはずである。
以上からして,転貸人たる地位はAに移転するとした場合に,Aの利益を犠牲にしてまで保護すべきCの利益はあるとは思われない。あくまで,合意解約が対抗できないのは,Cの転借権を保護するためであり,それが保護される場合に,それを越えて,従前同様の法律関係を保護するものではない。
よって,私権は,Aに転貸人たる地位が承継される見解を採用する。
以 上
- 2つの見解をそれぞれの項目で比較するため,かかる答案構成を行いましたが,本文で解説したような構成でも構わないと思います。自分が論じやすい方法を採用して下さい。
[1]潮見基本債各149頁,山本契約527頁
[2]潮見基本債各158頁
[3]我妻各論中464頁
①②の見解については,上記調査官は,当事者の欲しない賃貸借関係を強制的に存続せしめ,または擬制するという無理が生じ,法律関係が複雑になる(転借人が賃借人に賃料を支払えば,賃貸人と賃借人の間で不当利得の問題が生じる)としています。本件では,債権譲渡がなされており,論じる実益は乏しいでしょう。
[4]上記調査官解説は,③が最近では有力であるとしています。③の見解には,賃借料が転貸料より高い場合は,賃貸人が損失を受けるという問題があるとされています。かかる問題について,上記調査官は,転借人の立場が従来と変わらないことからすれば,不当な結論ではないとしています(本問はむしろ,転貸料の方が高い場合ですね。もっとも,転借人の立場が変わっていないことからすれば,不当なものではないでしょう)。なお,③の見解によった裁判例として,東京高判昭和38年4月19日下民集14巻4号755頁,同昭和58年1月31日判時1071号65頁が挙げられます。
[5]③④について,山本契約529頁
[6]潮見基本債各200頁,山本契約506頁