河童のひとりごと

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旧司法試験平成18年第1問

平成18年度第1問

 

Aは,Bに対し,A所有の甲絵画(時価300万円。以下「甲」という。)を200万円で売却して引き渡し,BはAに代金全額を支払った。Bは,その1か月後,Cに対し,甲を300万円で売却して引き渡し,CはBに代金全額を支払った。現在,甲はCが所持している。AB間の売買は,Bの詐欺によるものであったので,Aは,Bとの売買契約を取り消し,Cに対し甲の返還を求めた。

1⑴ Aの取消しがBC間の売買契約よりも前になされていた場合,AC間の法律関係はどうなるか。考えられる法律構成を2つ示し,両者を比較しつつ,論ぜよ。

⑵ ⑴の場合において,Cが甲をAに返還しなければならないとき,BC間の法律関係はどうなるか。

2 Aの取消しがBC間の売買契約よりも後になされた場合,AC間の法律関係はどうなるか。考えられる法律構成を2つ示し,両者を比較しつつ,論ぜよ。なお,これらの構成は,1⑴で示した2つの構成と同じである必要はない。

 

 

(出題趣旨)

本問は,動産売買契約の詐欺による取消しと第三者との関係について,取消しの前後の各場面において,考えられる法律構成(即時取得,対抗問題,詐欺による取消し前の善意の第三者保護など)から2つを提示し,比較検討する能力を問うものである。また,取消し後の第三者が目的物を返還しなければならない場合における売主との関係(売主の担保責任など)につき,提示された法律構成との整合性を保ちつつ論じることも求められる。

 

第1 総論

 本問は事案処理を求める問題でなく,通説が本当に妥当であるかを有力説との対比を通じて図るものです。そのため,現行司法試験においてはそれほど出題される様な問題ではなく,旧司法試験の過去問の中でも優先度は低いのではないかと思います。ただ,頭の体操にはなるかとは思いますので,余裕がある方は取り組んでみてください。

 本件で,Aは自己の所有物である甲絵画をCから取り返すべく,所有権に基づく返還請求権としての甲絵画引渡請求権をCに対し,主張していきます。本件で,Aは一度甲絵画をBに売却し,その所有権を喪失しているものの(555条,176条),当該売買契約をBの詐欺を原因とし,取消しているため(96条1項),当該売買契約は遡及的に無効となり(121条),Aの請求は認められるのが原則です。しかし,本件ではCがBから本件甲絵画を購入しているのであり,かかるCを保護しなくてよいのかというのが今回も問題です。

 そして,小問1は取消後の第三者の問題であり,小問2は取消前の問題を問うものとなっています。

第2 小問1の前提として,取消前の第三者に対する一般的理解

 まず,Cを保護する法律構成としては,Cは本件詐欺取消しとの関係では,「第三者」(96条3項)にあたり,保護されないか問題となります。

 しかし,通説[1]は,96条3項の趣旨は,取消の遡及効を制限する点にあり,「第三者」とは取消前の第三者であるとしています[2]。そのため,小問1の様に取消後に甲絵画を取得したようなCは「第三者」にあたらず,保護されないことになります。

 

第3 小問1における法律構成:178条による処理

 以上を前提に,取消後の第三者について通説[3]は,不動産については177条による処理を図っています[4]。本件では動産ですから,178条による処理を行うことになるでしょう。

 すなわち,通説は,遡及効というのは法的擬制に過ぎず,実際は取消しの相手方から取消権者である原権利者への復帰的物権変動が観念できると考えるわけです。そして,かかる復帰的物権変動と,取消しの相手方から第三者への権利変動は二重譲渡類似の関係にあり,178条によってその処理を図るべきだと考えるわけです。

 そうすると,本件で通説に従った処理をすれば,小問1では,178条,小問2では96条3項によって処理することとなります。

 

第4 通説の問題点とその他の構成の可能性

 しかし,上記構成を論じ,その両者を比較したときに,ある疑問点が思い浮かぶのではないでしょうか。すなわち,取消前の第三者の際には,遡及効を前提とした議論をしています。しかし,これに対し,取消後の第三者の場面においては,遡及効は法的擬制にすぎないという前提の下議論しているわけです。これは前と後で矛盾しているのではないか。そのような疑問が生じてきます。

 これは,現に通説に反対する有力説からなされている批判です[5]。有力説は取消後の第三者の事例においても,遡及効を貫徹すべきであるとして,不動産の事例においては94条2項の類推適用,動産の事例においては192条によって処理すべきだと主張しています。

 また,有力説は次の批判もしています。すなわち,仮に177,ないし178条の適用によって処理する場合,通説はその「第三者」が悪意であってもよいとしている。しかし,取消前の第三者について,96条3項が問題になる場合,悪意者は保護されないにもかかわらず,取消後の第三者で保護されるのはおかしい。それでは,いち早く取消した者が,取消さずに放置していた者より保護されないことになってしまう(いち早く取消すと,取消後の第三者の処理になり,悪意の第三者にも敗れることになります)という批判がなされています。

 そのため,第三者について善意の要件が問題になる表見法理(不動産なら94条2項類推適用,動産なら192条)を問題にすべきだと考えるわけです。

 本問ではこの通説の矛盾点について,自分はどう考えるのか言及することが出来れば文句なしの答案となるでしょう(もっとも,本番にそれを考え答案に表わすことは不可能かと思います。そのため,178条と192条の構成を示すことができれば,十分に合格答案かと思います)。

 

  • なお通説を維持するための説明:遡及効の矛盾
  • まず,遡及効に関する理解の矛盾については,次のような説明がなされています[6]。すなわち,取消前の第三者の場合でも,やはり,遡及効から生じる復帰的物権変動があり,177・178条の適用の基礎はあるのだとします。しかし,取消前の第三者との関係で,取消前の第三者に登記の欠缺の主張を許すことは,遡及効による権利復帰を無効化するものであり,原則第三者にはこれを主張するだけの正当な利益はないのだとします。しかし,96条3項の場合には,さらに例外的に第三者を保護するのだと考えるわけです(厳密にいうと,詐欺取消し及びそこから生じる復帰的物権変動を封じるわけです)。そうすると,96条3項は遡及効(により生じる原権利者への復帰的物権変動)の制限と考えることができ,取消前と取消後で矛盾しないのだという説明ができます。

 

  • なお通説を維持するための説明:第三者の主観の問題[7] また,いち早く取消すことによる差異については,民法は取消すかどうかの判断は取消権者に委ねているのであり,取消可能であることを知ってから時間をかけてその判断をすることは非難できない,むしろ,取消した者はその実態に合致した登記手続を行うのは当然であるとの議論がなされています。
  •  上記の様に有力説は,177・178条構成だと,第三者が悪意でも保護されてしまうと批判します。しかし,177・178条の構成においても,背信的悪意者は保護されないことも考慮した時,本当にそのような批判が妥当するでしょうか。すなわち,192条の悪意は何かを考えたとき,これは取消原因についての悪意,つまり詐欺の事実についての悪意となります(通常の192条の悪意は前主が無権利であることですが,本問の様に事後的に取消された場合は,主観の対象についてこのような修正がなされます)。二重譲渡の事例において悪意者でも保護されるのは,一つの物を巡る売買については例え,ある売買がなされても,他にその物が欲しいと考える者は所有者に働きかけ,それを取得してもよい,それは自由競争なのだという考えが根底にあります。しかし,本件の様に取消しによる所有権の復帰が問題になる場合においては,かかる自由競争状態が直ちには妥当しません。むしろ,詐欺を受けた者がいて,その者が詐欺取消しを行使し,権利を回復しようとしているのであれば,それを尊重するべきで,それを知ってなお,権利取得する者は自由競争の範囲を逸脱した背信的悪意者ではないかと考えることができるわけです。そうすると,192条の悪意と178条の場合の背信的悪意者はその内容を等しくするのであり,そこの差異はないのではないかと考えることがきでます。

 

第5 小問1(1)の構成から生じる小問2の差異

 Cが甲絵画をAに返還しないといけない場合,甲絵画を奪われてしまったCとしてはBに対し,その責任を追及することになるかと思います。具体的には,絵画に関する損害を賠償して欲しいと考えるのではないでしょうか。

 上記の様に小問1(1)において,178条構成,192条構成を採ると,小問1(2)においては以下のような帰結が導かれるのではないでしょうか。

 まず,178条構成の場合,これは二重譲渡の事例でそうあるように,目的物を移転させる義務を自己の責めに帰すべき事由をもって怠ったとし,債務不履行に基づく損害賠償請求(415条前段)を行使していくことになるかと思います。

 これに対し,取消の遡及効を貫徹し,そもそも本件Bは無権利者であったとするのであれば,これは他人物売買であるということになり,他人物売主の責任に基づく賠償請求を行使することになるでしょう(561条後段)。

 

  • 本問で返還しないといけない場合とは・・・
  • 本件で,Cが甲絵画を返還しないといけない場合とは,例えば,178条構成ではCが背信的悪意者にあたる場合です。そのような場合に,Bに対する損害賠償請求を認めていいのでしょうか(信義則違反,権利濫用,損害軽減義務違反など構成は色々と出来るでしょう)。また,192条による場合,Cが返還しないといけない場合とは例えば,Cが悪意の場合です。この場合561条後段より,請求が認められないのではないでしょうか。また,仮に過失があって返還したような場合は,過失相殺の規律を受けないでしょうか(418条参照)。

 

  • 賠償の範囲
  •  従来からの通説は,他人物売買の様な担保責任は法定責任を規定したものであり,賠償範囲は信頼利益(契約に要した費用など)に限るとしてきました(我妻榮『債権各論中巻1(民法講義V2)』(初版,岩波書店)271・277頁)。これに対し,債務不履行に基づく損害賠償請求によれば履行利益の範囲に賠償範囲が拡大されるのであり,賠償される範囲は広いことになります。もっとも,民法改正により,法定責任説が排除されるのではないかとされていること,近時では561条についても履行利益まで賠償範囲を拡大する見解(権利移転義務の不履行と捉えます)が有力であること[8]からすると,それほど実益ある議論かは怪しいところです。

 

第6 96条3項の構成と,192条の構成の優劣[9]

 上記の様に,小問2においては,96条3項による見解,192条による見解を検討することになります。

 96条3項の構成と192条の構成を対比した場合,次の点について考えられるかと思います。まず,争いはあるものの,取りあえず条文上96条3項は「第三者」の主観的要件として無過失を要求していません。また,192条の「占有を始めた」の要件について判例・通説は占有改定(183条)では足りないという解釈論を採用しています。これに対し,96条3項の構成の場合は,そもそも対抗要件を具備する必要がないというのが判例・通説の見解ですし,仮に対抗要件の具備を要求しても,対抗要件である引渡しに占有改定も含まれますから,96条3項の方が有利ではないのかという考え方ができます(ただし,本件の適用において差異はありません)。

 

  • 96条3項と過失の要否[10]
  • 96条3項について過失が要求されるかについて,これを論じた判例は見当たらないとされています。これについて,文言上要求されていない以上不要であるという見解もありますが,学説の多数は必要説にたっているとされています。その理由としては,94条2項の場合と比べ,詐欺取消しの場合は原権利者の帰責性が小さい。そのため,第三者を保護するには,それと均衡がとれるだけの信頼を要求すべきで,無過失を要するという点を挙げています。仮に,無過失必要説にたてば,この点に関する192条との差異はないことになるでしょう。

 

  • 96条3項と登記の要否[11]
  • 96条3項の「第三者」に登記を要するかについて,通説はこれを不要としています。その理由としては,原権利者は96条3項の適用の結果として権利を失い,第三者がその権利を取得する。そうすると,両者は対抗関係にたたないというのが一つの理由です。判例も不要とする見解に依拠しています(最判昭和49年9月26日民集28巻6号1213頁,百選7版Ⅰ23事件,百選6版Ⅰ23事件)。これに対し,必要説は,原権利者の帰責性の小ささに着目し,権利保護要件としての登記を要求すべきだとしています[12]。しかし,これに対し,不要説は,登記の具備は権利取得後の問題であり,第三者の信頼に影響を与える時点以降の問題であるとし,権利保護要件としての登記も不要としています。

 

 

 

 

参考答案

第1 小問1(1)

1 AはCに対し,所有権に基づく返還請求権としての甲絵画引渡請求権を行使する。本件で,確かに,Aは一度甲絵画をBに売却し(555条),その所有権を喪失している(176条)ものの,その後,Aは本件売買を,詐欺を原因とし取消している。これにより,売買は遡及的に無効となり(121条本文),Aはなお所有権を有する。そのため,原則として甲絵画を占有するCに対し,返還請求を行使できるように思える。

2 そこでかかる場合のCの保護について,まず178条による保護が考えられる。

 すなわち,前述の遡及効も法的擬制にすぎず,実際には原権利者への復帰的物権変動が観念できる。これと,第三者への物権変動の二つをみると,二重譲渡類似の関係が観念できる。そこで,動産の物権変動を規律する178条で処理することが考えられる。

 本件では,Cが引渡しを受けている以上,「第三者」にあたれば,Cが優先することになる。これに関して,178条は自由競争の範囲内で物権変動を規律するものであり,自由競争を超えた背信的悪意者でない限り,単純悪意者も「第三者」として保護される。そのため,Cが背信的悪意者でない限り,Aの請求は認められない。

3 もっとも,上記の遡及効を貫徹すれば,Cは無権利者Bより甲絵画を譲り受けたことになる。そこで,192条により,Cが所有権を取得し,Aの請求が認められないという構成も考えられる。そのため,かかる構成による場合,Cが192条の要件を満たせばAの請求は認められない。

4 両者の比較

(1) まず,後述する様に,Cが取消前にBと売買したような場合は96条3項で処理することとなる。かかる場合は,取消の遡及効を前提に議論するにもかかわらず,取消後の第三者の事例においては,上記の様に遡及効を法的擬制にすぎないとする。この様に,取消前後で差異があるのではないかという点が問題になる。しかし,取消前の事例においても復帰的物権変動は観念し処理することは出来る。そして,96条3項は,詐欺取消しの主張を封じ,かかる復帰的物権変動を生じせしめる遡及効を制限するという点にその趣旨を捉えることが出来,遡及効の理解に何ら矛盾するところはない。

(2) 次に,Cが保護される主観面に差異があるのではないかということが考えられる。すなわち,上記の様に178条の構成によれば,Cが背信的悪意者である場合を除けば保護される。これに対し,後述もするが,取消前の第三者の事例においては,96条3項で処理されることになるが,その場合には悪意者であるCは保護されない。

 しかし,これについては以下の様に考えることができる。すなわち,96条3項の悪意とは取消原因,すなわち,詐欺の事実についての悪意である。そして,取消しにより所有権の復帰がなされることを知りながら,敢えてその権利を取得することは,もはや自由競争の範囲を超えており,背信的悪意者と評価できる。そのため,主観面について178条によるか192条によるかで差異はないといえる。

(3) 次に,上記検討を踏まえ,両見解を比較していく。まず,上記の様に,いずれを採るかでそれほどの差異はないと考える。そこで,私見としては,これはBの占有を信頼したCをいかに保護すべきなのかという公信力の問題であり,上記の様な復帰的物権変動という技巧的構成を採るより,192条による方が素直でないかと考える。また,不動産の場合は,192条でなく,94条2項の類推で処理することになるところ,かかる処理は適用範囲・射程が不明確であるという問題が生じる。しかし,192条による場合は明文規定を直接に適用するもので,不明確という問題は生じない。そのため,私見としては192条によるべきと考える。

第2 小問1(2)

1 178条による場合,CのBに対する売買契約に基づく引き渡し請求は,Bの責めに帰すべき事由により,履行不能となるから,損害賠償請求権(415条前段)に転化するのであり,これを行使し,甲絵画を失った損害を填補していくことになる。

2 これに対し,遡及効を徹底し,192条による場合,Cは所有者でないBと売買を行った,すなわち,他人物売買ということになる(560条)。そのため,561条により処理することになる。

3 ただし,Cが甲絵画をAに返還するということは,Cの主観面に問題があったのであり,Bに対する損害賠償請求が何等か制限される余地はある。

第3 小問2

1 まず,小問1と異なり,Cは取消前に売買を行っている。そこで,96条3項により保護することが考えられる。すなわち,96条3項の趣旨は遡及効の制限にあり,取消前の第三者を保護する,そのため,取消前の第三者であるCは96条3項で保護されると考えるのである。

2 他方で,小問1同様,無権利者Bからの譲り受けであることを考えれば,192条によることも考えられる。

3 両見解のいずれによるか

 まず,形式的に考えれば,96条3項の方が,主観要件が善意のみでCに有利に思える。ただ,詐欺取消の場合の原権利者が94条2項の場合に比して帰責性が低いことに鑑みれば,その均衡から第三者の主観要件として無過失を要求することもでき,この点に差異はないことになる。

 ただし,192条の「占有を始めた」要件に関しては,原権利者保護の均衡から占有改定(183条)では足りないとされており,この点について差異が生じる。もっとも,本件では,Cが既に甲絵画を所持している以上,占有改定にはよっていないのであり,この点で差異はない。

 そのため,両見解で差異は生じないのであり,また,いずれも明文規定を直接に適用するものである以上,いずれによってもよいと考える。             

以 上

 

[1]佐久間総則175頁,山本総則242頁

[2]なお,「第三者」について,取消後の第三者も含むとする見解もありますが,本問ではそこまでの言及は求められていないでしょう。これについては,山本総則242頁以下参照。

[3]佐久間総則177頁,山本総則247頁,佐久間物権85頁

[4]大判昭和17年9月30日民集21巻911頁(百選7版Ⅰ53事件,百選6版Ⅰ51事件)

[5]佐久間物権86頁,山本総則247頁

[6]佐久間総則91頁以下

[7]佐久間物権89頁以下,山田卓生「法律行為の取消しと登記」争点100頁

[8]山本契約239頁,潮見基本債各Ⅰ71頁

[9]これについての言及として,事例で学ぶ110頁

[10]佐久間総則175頁,山本総則244頁

[11]佐久間総則176頁,山本総則244頁

[12]また,不要説は判例の射程については以下の様に論じています。すなわち,上記昭和49年判決は第三者が仮登記を移転していた事案であり,なすべきことはなしていた。それ故に登記不要説に立ったのだとしています。