Aは,Bに2000万円の金銭を貸し付け,その担保としてBの父親Cが所有する甲不動産(時価2500万円)に第1順位の抵当権の設定を受け,その旨の登記をした。Bは支払期限までにその債務を弁済せずに行方をくらませた。
そこで,Cは,この抵当権の実行を避けるため,Aに対して複数回に分けて合計800万円をBに代わって弁済するとともに,残りの債務も代わって弁済する旨繰り返し申し出たので,Aはその言を信じてBに対して上記貸金債権について特に時効中断の手続をとらないまま,支払期限から10年が経過した。他方,その間に,Cに対してDが1000万円,Eが1500万円の金銭を貸し付け,その担保として,甲不動産につきそれぞれDが第2順位,Eが第3順位の抵当権の設定を受け,いずれもその旨の登記を了した。
以上の事実関係の下で(Cが無資力である場合も想定すること),Aが甲不動産に対して有する第1順位の抵当権設定登記の抹消を請求するため,Eはいかなる主張をし,他方,Aはこれに対していかなる反論をすることが考えられるかを指摘し,それぞれについて考察を加えよ。
(出題の趣旨)
時効制度に関するいくつかの論点の検討を求めるものである。すなわち,時効援用権者の範囲(後順位抵当権者は先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用できるかなど),時効援用権に対する債権者代位権の行使の許否(債務者が物上保証人であり援用により抵当権の負担が消滅する場合),及びその要件,並びに物上保証人による債務承認行為は時効中断事由かなどである。
第1 本問のEのすべき主張とその思考過程
- 本問の利益状況
- まず,そもそも本件でEがAの抵当権登記の抹消を請求したいのはなぜでしょうか。本件でAの貸付額は2000万円です。800万円は弁済されているものの,未だ1200万円の債権を有しています。そして,第二抵当権者Dの貸付額は1000万円です。そのため,時価2500万の甲不動産の抵当権を実行してもEが得ることができるのはおそらく300万円(2500-1200-1000)程度であり,これでは到底貸し付けた1500万円は回収できません。もっとも,Aの抵当権を抹消出来ればDの1000万円を差し引いても自己の1500万円を丁度回収できます。そこで,抵当権の抹消を請求しようとしているのです。
抵当権者たるEの抵当権抹消の主張は,抵当権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消登記請求権に基づくことになります。同請求権の要件①抵当権と②それに対する妨害です。本問ではかかる要件を満たすことは問題ないです(②はAの抵当権登記の存在)。しかし,これに対し,Aからは本件抵当権の設定はBに対する消費契約に基づく貸金返還請求権についての抵当権である(登記保持権限の抗弁)との反論が想定されます。
そのため,本件でEが考えるのはいかに上記貸金返還請求権を否定するかです。本件で貸金返還請求権の成立自体は争いようがないです。そのため,貸金返還請求権を消滅させる方法を考えなければなりません。貸金返還請求権の消滅原因としてよく行われるのは弁済,や相殺などですが,いずれもEに出捐が生じるものである。Eとしては出捐なく,貸金返還請求権を消滅させたいと考えるでしょう。
そこで,本件の特殊事情を考えるに,本件では貸金債権について特に時効中断の手続をとらないまま,支払期限から10年が経過しています。かかる事情から想起される消滅原因としては「消滅時効」(166条,167条)が挙げられるのではないでしょうか。
- 時効の効力の発生時期と援用の関係
- なお,反論として期間の経過で当然時効の効力が生じるのか,時効の援用があって初めて生じるのかという論点を論じることもできるかもしれません(最判昭和61年3月17日民集40巻2号420頁,百選第7版40事件(6版39事件))。同事件は,145条,146条の当事者意思の尊重の趣旨からして,時効の効果は援用によって初めて確定し,また援用によって初めて生じるという見解に立っています(不確定効果説・停止条件説)。本解説においてはあまりに当然すぎる議論であること,出題の趣旨に言及がないことから省略しています。
第2 Eを主張権者としての時効
1 前提
まず,Eとしては自己を主張権者としての時効を主張することとなります。
消滅時効の要件は①「権利を行使することができる時」(166条1項)から,「10年間行使しない」(167条1項)ことと②「当事者」(145条1項)による「援用」です。
本件で①は問題なく,②について考える必要があります。
2 後順位抵当権者と時効の援用:基本論点
本件でAからは,後順位抵当権者に過ぎないEは「当事者」に当たらないとの反論があるでしょう。
145条の趣旨は当事者の意思の尊重にあり,かかる趣旨からすれば「当事者」は時効によって直接に利益を受けるものに限定されます。判例も一貫してこの立場です(最判昭和48年12月14日民集27巻11号1586頁)。
そして,判例(最判平成11年10月21日民集53巻7号1190頁,百選7版41事件(6版40事件))は,後順位抵当権者について直接に利益を受けるものではないとしています。判例は「…先順位抵当権の被担保債権が消滅すると,後順位抵当権者の抵当権の順位が上昇し,これによって被担保債権に対する配当額が増加することがあり得るが,この配当額の増加に対する期待は,抵当権の順位の上昇によってもたらされる反射的な利益にすぎないというべきである。」とし,時効の援用を否定しています。
また,当該判例は不動産の第三取得者と比較し,「不動産の譲渡を受けた第三取得者…は,右被担保債権が消滅すれば抵当権が消滅し,これにより所有権を全うすることができる関係にあり,右消滅時効を援用することができないとすると,抵当権が実行されることによって不動産の所有権を失うという不利益を受けることがあり得るのに対し,後順位抵当権者が先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができるとした場合に受け得る利益は,右に説示したとおりのものにすぎず,また,右の消滅時効を援用することができないとしても,目的不動産の価格から抵当権の従前の順位に応じて弁済を受けるという後順位抵当権者の地位が害されることはないのであって,後順位抵当権者と第三取得者とは,その置かれた地位が異なるものであるというべきである。」という理由も述べています。上記反射的利益論を基礎づける理由付けです。答案おいては判例を意識した論述が求められるでしょう[1]。
- 別の視点から判例の射程を考えると
百選第7版41事件の解説においては判例に関する詳細な分析がなされています。
同解説は,まず,後順位抵当権者も第三取得者も抵当権が消滅することで権利内容の回復を受けることには変わりないのではないかと問題提起します。
そして,判例の理由付けのうち,第三取得者に関する理由付けを核心とすれば,第三取得者と後順位抵当権者の違いは抵当権者と第三取得者の間にある物的負担のような「直接の法律関係」を観念できるかであることになる。しかし,先順位抵当権者と後順位抵当権者の間には優先弁済の順位の先後関係という「直接の法律関係」があるのではないかとしています。
その上で,同解説は,時効の相対効との関係を決定的な理由としています。すなわち,民法上,時効の効力は相対効とされているところ,抵当権に基づく妨害排除により登記を抹消すれば,登記を抹消するがゆえに時効の効力は実質的には全ての者に及ぶことになる。しかし,それでは先順位抵当権者は本来であれば相対効の下,なお優先弁済を受けるはずであった一般債権者との関係でも劣後することになってしまう。それ故に,後順位抵当権者は時効の援用ができないと考えるわけです。
そして,以上のように述べたうえで同解説は,当事者として直接の利益を受けるかの基準を①時効によって消滅する義務や負担といった「直接の法律関係」を見いだせるか。②その「直接の法律関係」が実体法上,当該援用権者との間でのみ消滅したと扱うことができるような「可分」なものであるかで判断されるとする(つまり,本事件は②を欠くと考えている)。なお,無資力時に代位が許されるのはその効力が責任財産保全のため,解釈上債権者全体に生じ,かかる可分性の問題が生じないからであるとしています。
本問で,仮にEの時効援用を許せば,Eは第2順位抵当権者になります。しかし,時効は相対効である以上,Dとの関係では,Dはなお第2順位抵当権者だったはずで,ここに上記同様の問題意識が生まれます。
答案においてこれを論じることはなかなか難しいと思いますが,ぜひこのような理解も押さえておいてください。
3 Cについての時効の援用(Cが無資力の場合)
(1) まず,物上保証人であるCはその時効によりで物上保証の負担を免れるのであり,直接の利益を受ける者,すなわち,「当事者」にあたります(最判昭和42年10月27日民集21巻8号2110頁)。そのため,原則,消滅時効の要件を満たします。そして,Eとしてはかかる時効の援用を代位行使(423条1項)することになります。
要件について,「自己の債権」,すなわち,責任財産保全の趣旨から要求される被保全債権としての金銭債権は,EのCに対する1500万円の貸金債権(587条)です。そして,「債権を保全するため」とは責任財産保全の趣旨からして無資力を意味するところ,本件はこれに当たります。「債務者に属する権利」とは時効の援用権です。
2 「一身に専属する権利」:発展論点
もっとも,時効の援用権はその性質上「一身に専属する権利」(423条1項ただし書)といえないかが問題となります。
ただし書の趣旨は,一身に属する権利は責任財産とすべきではなく,その帰属者に行使するか任せるべきという点にあります。そして,時効の援用も当事者意思の尊重の趣旨から認められる以上,原則としてこの趣旨が妥当し,「一身に専属する権利」といえます。
しかし,債務者が自己の債務を弁済できない場合(無資力時)にまで債権者の利益の犠牲の下,債務者の意思を尊重すべきではないです。そのため,債務者が自己の債務を弁済できない場合(無資力時),援用権は「一身に専属する権利」とはいえないです。
本件では,Cは無資力状態であり,時効の援用権は「一身に専属する権利」ではないこととなります。判例も時効の援用を認めています(最判昭和43年9月26日民集22巻9号2002頁)。
3 物上保証人による承認:論点
しかし,本件で,物上保証人Cは複数回に分けて合計800万円をBに代わって弁済するとともに,残りの債務も代わって弁済する旨繰り返し申し出ていました。かかる債務承認行為が「承認」(147条3号)に該当し,時効は中断されているとの反論が想定されます。
しかし,承認が時効中断事由とされた趣旨は,債務を負う債務者が承認し,当事者間で権利の存在が明確化される以上,債権者が権利保全の措置を行わないのもやむを得ないという点にあります。そのため,承認の主体はあくまでかかる強い信頼を生じせしめる実際の債務者であり,債務を負わない物上保証人がなした債務承認行為は「承認」とはいえないです。判例(最判昭和62年9月3日民集29巻10号1537頁)もこの立場です。
4 信義則(権利の濫用)[2]:現場思考
しかしながら,本問で上記承認をなしていたのはBの父であるCです。このことが結論を左右しないでしょうか。つまり,単なる物上保証人の場合と異なって,より強い信頼が生じないか(実の父親が債務を承認しているのだから支払ってもらえるだろうという信頼,少なくとも父親との関係では時効を援用されないだろという信頼)という観点が問題となります。そこで,例えば信義則(1条2項)の問題(権利の濫用(1条3項)としてもよいです)として論じることができるでしょう。
※ 信義則のあてはめの相場
もっとも,上記62年判例の『時の判例』解説[3]は,「現在の通説・判例を前提にすると,主債務者に対する関係で時効中断の措置を講じておかないのは,まず,債権者の落ち度であるといってよく,このことは,保証人や物上保証人が債務を認めていたからといって,大きな差異はないのではないか,ということになろう。そうすると,消滅時効の援用を信義則違反というためには,余程の事情が必要であるといってよいだろう。」としています。そのため,信義則違反かはかなり厳格に考えることになるでしょう。
他方で,上記平成11年事件の調査官解説[4]によれば,11年事件と関連する別訴訟(被担保債権の不存在確認訴訟)があり,それにおいては,債務者の夫である物上保証人が,暴力団組長であることを背景に債権者側に圧力をかけていたということが問題になっていたとします。そして,その中での時効の援用は競売の妨害を目的としたもので,信義則に反するとしたのが,別事件であり,仮に本件で債権者代位訴訟を提起した場合には,信義則で排除された旨解説されています。消滅時効と信義則についての裁判例やその解説を概観するに,信義則違反とするには,まさに行われようとしている債務の履行や担保の実行を,積極的に引き延ばす(責任を免れる)意図を要求しているように見えます[5]。
これに対して,本件は父親が猶予を懇願した事例であり,信義則違反とまではいえない事案というのが筋かと思われます。ただ,信義則違反という認定をしても間違いとまではいえないかと思います。重要なのは,事案から当事者の不満を拾い上げ,それを信義則までつないであげることでしょう。
参考答案
第1 Eを援用権者とする消滅時効
1 本件でEはAに対して抵当権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消登記請求権を主張する。そして,Aの抵当権設定登記はAのBに対する金銭の貸付け(587条)を権原とするものであるから,これについての消滅時効を主張する。
すなわち,本件では「権利を行使することができる時」(166条1項)から,「10年間行使しない」(167条1項)との主張である。
2 しかし,これに対してAからは後順位抵当権者であるEは「当時者」(145条1項)にあたらず「援用」できないとの反論が想定される。そこで,「当事者」とはいかなるものを指すか。
(1) 145条の趣旨は当事者の意思の尊重にあり,かかる趣旨からすれば,「当事者」は時効によって直接に利益を受けるものに限定される。
そして,後順位抵当権者は,先順位抵当権の被担保債権が消滅すると後順位抵当権者の抵当権の順位が上昇し,これによって被担保債権に対する配当額が増加することがあり得るが,この配当額の増加に対する期待は,抵当権の順位の上昇によってもたらされる反射的な利益にすぎない。そのため,時効によって直接に利益を受けるものといえず,「当事者」には当たらない。
(2) 本件でもEは「当事者」ではなく,消滅時効を主張できない。
第2 Cを援用権者とする消滅時効(Cが無資力の場合)
1.そこで,EはCの消滅時効を代位行使(423条1項)できないか。まず,CはBの債務について自己の甲不動産に抵当権を設定する物上保証人である。前述の「当事者」の要件について考えるに,物上保証人であるCはその時効によりで物上保証の負担を免れるのであり,直接の利益を受ける者,すなわち,「当事者」にあたる。そこで,Eとしては時効の要件を満たすと主張する。
2.それに加え,債権者代位権の要件を満たすと主張する。すなわち,「自己の債権」(被保全債権)はEのCに対する1500万円の貸金債権(587条)であると主張する。そして,「債権を保全するため」とは責任財産保全の趣旨からして無資力を意味するところ,本件はこれに当たり,「債務者に属する権利」とは時効の援用権であると主張する。
もっとも,これに対しEからは,時効の援用権はその性質上「一身に専属する権利」(423条1項ただし書)であると反論が想定される。
(1)ただし書の趣旨は,一身に属する権利は責任財産とすべきではなく,その帰属者に行使するか任せるべきという点にある。そして,時効の援用も当事者意思の尊重の趣旨から認められる以上,原則としてこの趣旨が妥当し,「一身に専属する権利」といえる。
しかし,債務者が自己の債務を弁済できない場合(無資力時)にまで債務者の意思を尊重すべきではない。そのため,債務者が自己の債務を弁済できない場合(無資力時),援用権は「一身に専属する権利」とはいえない。
(2) 本件では,Cは無資力状態であり,時効の援用権は「一身に専属する権利」ではない。
そのため,Eは時効の援用権を代位行使できる。
3 しかし,これに対し,Aからは本件で,物上保証人Cは複数回に分けて合計800万円をBに代わって弁済するとともに,残りの債務も代わって弁済する旨繰り返し申し出ていた。かかる債務承認行為が「承認」(147条3号)に該当し,時効は中断されているとの反論が想定される。
(1) 承認が時効中断事由とされた趣旨は,債務を負う債務者が承認し,当事者間で権利の存在が明確化される以上,債権者が権利保全の措置を行わないのもやむを得ないという点にある。そのため,承認の主体はあくまでかかる強い信頼を生じせしめる実際の債務者であり,債務を負わない物上保証人がなした債務承認行為は「承認」とはいえない。
(2) よって,本件の債務承認行為も「承認」といえず,時効は中断していない。
4 もっとも,Aからは本件ではBの父であるCがAに対して複数回に分けて合計800万円をBに代わって弁済するとともに,残りの債務も代わって弁済する旨繰り返し申し出たので,Aはその言を信じてBに対して上記貸金債権について特に時効中断の手続をとらなかった。それゆえに,本件で時効が援用されることはそのAの信頼を裏切ることになり,信義に反し許されないと反論が想定される。
(1) 物上保証人の債務承認が「承認」に当たらないこと,個別具体的な事情で時効の援用を左右すれば永続した事実状態を尊重する時効制度が揺らぎかねないことからすれば,信義則の適用範囲は特に強い信頼が生じ,時効の援用を犠牲にしてもやむをえない場合に限定すべきである。
(2) 本件で,確かにCは債務を変わって弁済をする旨を申しでていたものの,だからといってAが時効の中断の措置を取れなかったわけではないはずである。そのため,Cの態度を信じ,怠慢に中断をしなかったAの信頼はそれ自体保護すべきものか怪しい。C自身が特段Aの抵当権実行を妨げる悪性の意図を有していたとも思えない本件では時効の援用を犠牲にしてもやむを得ないともいえず,本件で時効の援用をすることは信義に反しない。
そのため,Eは時効の援用を代位行使できる。そして,かかる場合抵当権設定登記の抹消が認められる。
[1]百選第6版Ⅰ40事件の解説においては判例に関する詳細な分析がなされています。「当時者」に関する一般的な議論の参考になるため余裕がある方には目を通して頂きたいです。
[2]山崎敏彦「消滅時効の援用と信義則・権利濫用」判例タ№514,146頁以下
[4]佐久間邦夫「判解」民事編平成11年度(下)589頁