AはBとの間で,A所有の土地上に2階建住宅を新築する工事について,請負代金を2000万円とし,内金1000万円は契約締結時に,残金1000万円は建物引渡し後1か月以内に支払うとの約定で請負契約を締結した。この事案について,以下の問いに答えよ。なお,各問いは独立した問いである。
1 Aは,Bが行ったコンクリートの基礎工事が不完全であるとして,Bに工事の追完を求めたが,Bは基礎工事に問題はないと主張してその後の工事を進めようとしている。AはBとの契約関係を終了させるためにどのような主張をすることができるか。
2 Aは,Bに内金1000万円を支払い,Bは約定の期日までに建物を完成させてAに引き渡した。ところが,屋根の防水工事の手抜きのため,引渡し後1週間目の大雨によって建物の2階の書斎に雨漏りが生じ,書斎内のA所有のパソコン等が使い物にならなくなってしまった。雨漏りによるパソコン等の損害を50万円,屋根の補修工事に要する費用を100万円とした場合,AはBの請負残代金請求に対してどのような主張をすることができるか。
(出題趣旨)
本問は,請負契約における債務不履行責任と瑕疵担保責任の関係を踏まえ,目的物に瑕疵がある場合等に当事者が主張すべき法的主張を事案に即して展開する能力を問うものである。小問1は,目的物完成前の債務不履行に基づく解除及び641条による解除についてその要件効果を問い,小問2は,目的物完成後の634条による瑕疵担保責任等と請負代金債務との同時履行の抗弁及び相殺の主張の可否,効果を問うものである。
第1 小問1について
1 本件でAが不満に思っていることは,基礎工事の段階で既に不完全なものであり,そのまま作成されても困る。工事をやめてもらいたいと考えるでしょう。そのため小問1は契約関係の終了を問うているわけです。
そこで,AがBとの請負契約(632条)を終了させるための法的手段を考えるに,これは解除でしょう。本件では契約時の瑕疵は特段ありません。ただし,問題はいかなる根拠に基づいて解除するのかということです。
2 641条に基づく解除
どのように解除の規定を想起していくか,考え方は色々とあると思います。例えば,請負契約が問題になっているわけですから,請負契約の規定で何かないかと考えてみるといいでしょう。そうすると,641条が見つかります。
本件では,未だコンクリートの基礎工事を行ったにすぎず,「請負人」たるBの「仕事」である住宅の築造が「完成しない間」にあるといえます。そのため,641条に基づいて解除することができます。もっとも,その場合,Aは「損害を賠償し」なければなりません。本件Aとしては,出捐なく解除したいと考えるのではないでしょうか。
3 内金を手付として解除(559条,557条1項)
内金とは,代金の一部支払いために交付される金銭をいいます[1]。場合によっては内金も手付と解することができます[2]。
そこで,本件で交付された内金を手付として解除することも考えられます。しかし,これについても641条同様に,Aとしては出損なくして解除したいと考えるでしょう。
4 債務不履行に基づく解除(541条ないし543条)
(1) そこで,Aとしては出捐なき解除として,原則的な法定解除原因による解除を考えるのではないでしょうか。この場合,「債務」とは請負契約によって生じる仕事完成義務です。
Aとしては,どのような不履行を考えるでしょうか。
これについて,未だ工事の途中であり,今後工事を進め完成することも考えられる。現時点において,遅滞は観念しえない,という考えもあるでしょう。しかし,請負の仕事完成義務中も,ある程度段階的な仕事があると考えれば,基礎工事が十分でない以上,その基礎工事の段階での仕事完成義務は果たされておらず,遅滞している[3]と評価できるでしょう[4]。
また,その基礎工事が果たされていない結果として,基礎が出来ていない建物は意味がなく,ひいては,その後の仕事完成も無意味になると考えることもできます。この場合,Bが基礎工事を追完する意思がない以上,当該時点で既に仕事完成義務は不能であるともいえるでしょう[5]。
いずれにせよ,遅滞や不能を自分なりに評価して欲しいです[6]。その余の要件の検討も忘れずに行いましょう。
- 仕事の完成があるかどうかは全行程を終了しているかどうかにより判断されます(東京高判昭和31年12月20日)。そして,終了して初めて瑕疵担保の問題になるのであり,基礎工事段階での本問では635条本文によることは出来ないでしょう[7]。
(2) 635条但し書きによりかかる解除はなしえないと反論
ア 一応は完成している部分について
これに対し,Bとしては,既に完成している部分もあるのであり,それにもかかわらず解除するのはおかしいと考えうるのではないでしょうか(もっとも,基礎工事は不完全なのであり,それにどれだけ利益があるのかは怪しいところです)。
請負契約は仕事の完成をその目的とするところ,仕事の完成には瑕疵のない完全な仕事をする義務も含まれるため,請負人の担保責任は債務不履行責任の特則といえます[8]。
そのため,上記法定解除原因にも635条ただし書きは適用され得るといえます。そして,それにより,解除が否定されないでしょうか。
635条但し書きの趣旨は社会不経済の防止にあるところ,土地の工作物が完成して初めて社会不経済の防止が要請されるため,仕事が完成するまでは原則適用はされない[9]と考えることができます。
もっとも,既に完成した部分についても,その内容によってはその収去が社会的不経済と評価されるかもしれません。そこで,その工事内容が可分で,当事者が既施工部分の給付について利益を有する時には特段の事情なき限り上記社会的不経済の防止の趣旨が妥当し,解除を否定すべきでしょう(大判昭和7年4月30日民集11巻780頁参照)[10]。
本件では,Aは基礎工事が不完全であると主張しているところ,そのような建築物については,その完成部分の給付についても利益を有するとはいえず[11],解除は妨げられないでしょう。
第2 小問2について
1 BのAに対する請負契約に基づく1000万円の報酬支払い請求に対するAの抗弁としては以下のようなものが考えられます。
2 同時履行の抗弁権
(1) 主張する意味
同時履行の抗弁権は履行遅滞による遅延損害金の発生をその違法性がないとして阻止する効力があります。そのため,Aとしては単に代金の支払いを一時的に阻止するだけでなく,遅延損害金発生防止の観点からも,同時履行の抗弁権を主張します。
(2) 要件
ア 損害賠償請求権(634条2項前段)
(ア) 「瑕疵」[12]とは個々の契約の趣旨に照らして目的物が通常有すべき品質・性能を欠いていることを意味します。本件では,Bの行った屋根の工事が手抜きであったため,雨漏りが発生している。通常住宅については,雨漏りなく居住できるのは当然です,かかる家屋は契約の趣旨に照らして,通常有すべき品質・性能を欠いていると評価でき,「瑕疵」があるといえます。
そのため,「瑕疵の修補…請求」ができます(634条1項本文)。また,本件ではただし書も問題にならないでしょう。
(イ) そして,その場合に「損害」として挙げられる修補に要する費用とパソコンについてはそれが賠償範囲に含まれるのでしょうか。結果としては含むとしていいかとは思います。
- 瑕疵修補請求と損害の関係[13]
- そのため,本問で損害の範囲はそれほどメインの検討ではないでしょうから(後述の同時履行の範囲,相殺の可否がメインでしょう),634条2項,416条2項の検討を端的に示したうえでその余の検討に移るのが無難でしょう。
- 本問において,屋根の補修工事に要する費用は,まさに瑕疵修補に代わるものですから。634条2項に基づく請求は認められるのではないかと思います。問題は,パソコンに関する損害です。これは本件からかなり派生して発生しているため,634条2項から素直に認めてよいのかという問題が生じます。これについて,学説には634条2項によってよいとする見解(ただ,その損害の範囲の認定に当たっては特別損害(416条2項)の検討を要するのではないかと思われます)と,注文者に対する財産を保護する義務を観念し,その不履行(415条)を考えるべきとする見解があります。理論面ではいずれでもいいとは思いますが,後者にしてしまうと後述の同時履行との関係で難しくなるのではないかと思われます。すなわち,保護義務と構成すると,代金請求権と同時履行の関係に立つと直ちに認定していいのか(瑕疵修補に代わる損害賠償請求権は634条2項後段があります)難しい問題が生じます(ただ,634条2項の問題としても,同時履行に立っていいのかという問題は生じるかもしれません)。
- 瑕疵修補請求をするか
- 修補請求については損害賠償請求ではなく,瑕疵修補としたうえで,同時履行(533条)を主張するという構成も間違いとはいえません。ただ,私見としては,手抜き工事をするような者に修補を頼まないのではないか,他の業者に頼んでその費用を賠償請求するのが筋なのではないかと考えます。
イ 同時履行の範囲[14]
634条2項後段が533条を準用しているため,同時履行の抗弁権を主張できます。もっとも,本件では損害額より報酬額の方が多くなっています。そこで,報酬支払の全額を拒否できるでしょうか
双方が金銭債権であることからすれば損害賠償請求権の範囲で報酬債権と同時履行の関係に立つとも思えます。しかし,533条の趣旨は当事者間の公平を図る点にあります。
請負人が不完全な仕事をして目的物を引き渡しておきながら,通常の債権同様損害賠償請求権の範囲でのみしか同時履行の関係に立たないというのでは当事者間の公平を害することとなります。なぜなら,不足する部分について遅延損害金が発生し続けるからです(また,瑕疵修補請求は完全履行請求の性質を有するため,瑕疵収保の場合は全額につき同時履行を主張できることとの均衡も考えるべきです[15])。
そのため,瑕疵の程度や各契約当事者の交渉態度等にかんがみ,信義則に反すると認められる特段の事情がある場合を除き(1条2項),全額の拒絶ができます。これは最判平成9年2月14日民集51巻2号337頁も採用するところです。
- 信義則に反する特段の事情[16]
- 平成9年判決の事案は,瑕疵の存在箇所が10箇所と少ないものでした。そして,その修補にかかる費用は報酬残債権の10分の1程度にとどまっていたという事案です。その上で,瑕疵である居室の床のゆがみが障子の開閉に支障を生じさせていたことから,瑕疵が重要でないとまではいえないとしました。また,当事者の契約交渉経緯や交渉態度に関しても,注文者Yは引き渡しを受けて間もないころ,損害の程度を報酬債権額の1割程度と合理的に判断したうえ,これに相当する1000万円を弁護士に預けて請負人Xとの交渉に当たらせていたところ,Xは自ら代金減額を申し出ていながら適切な対案を示すことなく,交渉を打ち切ったものだと認定し,信義則に反しないとしました。なお,傍論ですが,平成9年判決は,契約が幾つかの目的の異なる仕事を含み,瑕疵がそのうちの一部の仕事の目的についてのみ存在する場合には,信義則上,同時履行関係は,瑕疵の存在する仕事部分に相当する報酬額についてのみ認められるとしています。
- 平成9年判決は特段の事情につき,634条1項ただし書を参照し,瑕疵の内容が契約の目的や仕事の目的物の性質に照らして重要でなく(634条1項ただし書きとの均衡でしょう),かつ,その修補に要する費用が修補によって生ずる利益と比較して過分である認められる場合であるとしています。瑕疵修補を請求した場合との均衡に配慮した判示といえるでしょう。
3 損害賠償請求権と報酬債権の相殺(505条1項本文)
(1) 主張する意味
上記の様に同時履行の抗弁権を主張することでAは遅延損害金を免れます。しかし,それだけでは遅延損害金の提供を受ければ代金を払う必要が生じます。そこで,Aとしては上記で成立する賠償金の範囲においては払いたくないと考えるのではないでしょうか。
(2) 相殺の可否[17]
本件で両債権共に金銭債権で双方の債権が「同種の目的」を有します。また,「双方の債務が弁済期にある」といえます。
もっとも,「債務の性質」が相殺を許すものである(505条1項ただし書)といえるでしょうか。本件では上記の様に自働債権に同時履行の抗弁権が付着しています。
自働債権に同時履行の抗弁権が付着している場合に相殺が認められると,事実上当該債権の債務者は先履行を強いられることになり当事者間の公平という趣旨を害するので,かかる債権は「債務の性質が相殺を許さない」といえるのが原則です。
もっとも,注文者が請負人の請負代金請求に対して自己の請負人に対して有する損害賠償請求権を持って相殺するというような場合には,相手方に対して抗弁権の喪失による不利益を与えることにはならず,実質上の請負代金の減額を認めることになり当事者の便宜にもなる[18]ので,かかる相殺は例外的に認められます(最判昭和51年3月4日民集30巻2号48頁,最判昭和53年9月21日判時907号54頁)。
本件でも,相殺の意思表示(506条1項前段)により,相殺の効力が生じます。
- 請負人からの主張の可否[19]
- これは,同時履行を認めたのは請負人による不完全な物の提供に対して報酬請求を認めるのは注文者にとって酷であるという価値観によります。請負人から報酬債権を自働債権とする相殺を認めると注文者は不完全な物の提供に対して報酬を支払うことになり,注文者の同時履行の抗弁権による利益を害するため,そのような行使については認められません。しかし,注文者としてはかかる利益を放棄するのは自由であり,損害賠償請求権を自働債権,報酬請求権を受働債権とした相殺は趣旨に反せず,例外的に認められるのである。)
(3) 遅延損害金の生じる時期
なお,この場合,相殺の効力を相殺適状時に遡及する(506条2項)と考えると,上記のように全額につき同時履行の抗弁権を認め,遅延損害金の発生を防止した趣旨を没却してしまいます。そのため,相殺の意思表示の翌日から,遅延損害金は発生すると考えるべきでしょう(最判平成9年7月15日民集51巻6号2581頁)。
以 上
参考答案
第1 小問(1)
1 前提としての解除
本件ではAB間に請負契約(632条)が成立しているところ,未だ基礎工事の段階で「完成」していないのであるから,注文者Aは「賠償」し,その解除(641条,540条1項)をすることで契約を終了することができる。しかし,注文者Aとしてはかかる出捐のある手段でないはなく,出捐のない手段によりたいと考えるはずである。そこで,出捐なき解除方法を検討する。なお,かかる点からして,内金を手付(557条1項)とみて解除することも手段として相当でない。
2 履行遅滞解除
(1) そこで,Aとしては,Bが仕事完成義務を遅滞しているとして,履行遅滞解除を主張することになる。すなわち,本件ではBの上記仕事完成債務について,注文者であるAが基礎工事は不完全であると主張しているにもかかわらず,Bは基礎工事が完全であるとし,それに応じようとしない。
かかる場合,確かに,請負契約は期日までに完成させればよいため,遅滞と評価するのは早計にも思える。しかし,かかる仕事完成義務であっても,当然終了させなければならない段階を終えておらず,今後もその追完はなされないであろうといえる場合には,遅滞を観念しうる。
(2) 本件でも,基礎工事はその後の建築物の安全性を大きく左右するものであり,当然終了させなければならない段階を終えておらず,遅滞といえる。そして,Aは追完を求め「催告」をしており,Bには帰責性もある。そのため,履行遅滞解除が認められ,契約が終了する。
(3) なお,この場合にBは,既に基礎部分が完成しているのであるから635条ただし書きの適用ないし,その趣旨からして解除はできないと反論する。
確かに,瑕疵担保責任の規定は,瑕疵担保責任の特則であると同時に,仕事の完成を懈怠したとして債務不履行責任の特則でもあるため,541条の場合にも適用され得る。しかし,かかるただし書きの趣旨は,社会経済の損失を防止する点にあるといころ,その趣旨がまさに妥当するのは完成後であり,完成以前の本件では直接適用されない。また,既に完成した部分について,上記趣旨に鑑みて,利益ある部分については解除を認めるべきでないという考え方も想定しうるが,本件のような基礎工事が不完全な場合にはそのような利益は認められない。
以上からして,Bの反論は認められない。
3 結論
よって,Bには帰責性を欠くような事情もなく,Aが解除の意思表示をした時点で,契約関係は終了する。Aとしては上記主張をすべきである。
第2 小問(2)
1 同時履行の抗弁権
(1) 総論
ア Aとしては,代金支払義務について,履行遅滞による遅延損害金の発生を防止するため,瑕疵修補に代わる損害賠償請求権(634条2項前段)との同時履行(634条2項後段,533条)を主張する。
2 損害賠償請求権の存在
(ア) 「瑕疵」
「瑕疵」とは,個々の契約の趣旨に照らして目的物が通常有すべき品質・性能を欠いていることをいうところ,本件では,Bの行った屋根の工事が手抜きであったため,雨漏りが発生している。通常住宅については,雨漏りなく居住できるのは当然であり,かかる家屋は契約の趣旨に照らして,通常有すべき品質・性能を欠いていると評価でき,「瑕疵」があるといえる。そのため,AはBに対し「瑕疵の修補…請求」ができる(634条1項)本文。なお,ただし書について本件でも問題になるような事情はない。
(イ) 賠償の範囲
本件で,屋根の補修工事は上記屋根の瑕疵から「通常生ずべき損害」(416条1項)であり,その賠償範囲に含まれる。また,パソコン等の損害についても,たまたま書斎に存在したものとして「特別…損害」とすることも考えられる。しかし,その場合でも,債務者であるBは防水工事の手抜きに際してそれによる財産的被害を予見できたであろうから,これも賠償の範囲に含まれる。そのため,合計150万円が賠償の範囲となる。
そして,瑕疵の修補に代えて賠償を請求することで,損害賠償請求権が認められる。
(3) 同時履行の範囲
もっとも,本件で請負代金は1000万円であるところ,150万円でその全額に対し同時履行の抗弁権を主張できるか。
ア 同時履行の抗弁権の趣旨は,当事者間の公平であるところ,全額について同時履行の抗弁権が成立しないとすると,その残額について遅延損害金が発生してしまう。これは仮に瑕疵修補請求を選択していれば全額拒絶できたことと比して不均衡である。そのため,瑕疵の程度(634条1項ただし書参照)や各契約当事者の交渉態度等にかんがみ,信義則に反すると認められる特段の事情がある場合を除き(1条2項),全額の拒絶ができる。
イ 本件では,上記屋根の防水工事の手抜きは重要な瑕疵であるし,特段Aの交渉態度の不誠実さも認められない。そのため,信義則に反する特段の事情はなく,全額の拒絶ができる。
2 相殺
次に,Aは上記賠償請求権,代金債権の両債権について,相殺(505条1項本文)を主張する。もっとも,上記の様に自働債権である賠償請求権には同時履行の抗弁権が付着している。このような場合は「債務の性質がこれを許さない」(ただし書)として許されないのではないか。
(1) 確かに,同時履行の抗弁権が付着する自働債権につき相殺を許せば,その相手方の利益を奪うことになり相殺は許されない。しかし,請負代金請求に対し,賠償請求権で相殺するような場合は,代金減額請求権と機能することに主眼があるのであり,同時履行の必要はない。そのため,「債務の性質がこれを許さない」とはいえない。なお,この場合に,上記遅延損害金の発生を同時履行の抗弁権をもって防止したことを没却しないために,相殺の効力は相殺適状時に遡及する(506条2項)ことを形式的に考えるのではなく,相殺の意思表示の翌日から遅滞の責任を負う。
(2) 本件で,「債務の性質がこれを許さない」とはいえない以上,相殺が認められ,150万円分の支払いを免れる。
3 結論
このように,Aとしては同時履行の抗弁権及び相殺に関する主張をすべきである。
以 上
[1]山本契約220頁
[2]注民(14)債権(5)114頁は,「手付は「内金」(内入金,前渡金)とは異なる。内金は代金又は報酬の一部前払いであって,必ずしも解除権留保の対価として交付されるものではないからである。しかし,両者のいずれであるかは必ずしも名称のみによって決すべきでなく,すべての事情特にその金額と代金意思をとの比率を斟酌して慎重に当事者の意思を解釈すべきであり,…判例もその趣旨である。」としています。
[3]なお,このような場合,催告しても意味はなく,もはや催告は不要と解してよいでしょう。本件では追完を求めているため,ここから認定してもよいです。
我妻債各中614頁
[4]着手の遅滞の例ですが,新注民(16)債権(7)123頁は「請負人が,仕事に着手すべき時期にあるにもかかわらず仕事に着手しないときは,注文者は。541条によって契約の解除をなしうる。もっとも,請負において完成が眼目であるから,着手遅延を理由とする解除において要求される541条の「相当の」期間の判断にあたっては,期日までに完成を期待しうるかどうかが重要だろう」としています。
[5]前掲注釈民法123頁においても「請負人の責めに帰すべき事由によって完成が不能とみられるに至ったときは,注文者は,完成すべき期日の到来を待たずに534条によって契約を解除しうる」としています。
[6]注文者の一方的主張に従う義務はあるのか
本件で気になるところとしては,あくまでAが一方的に基礎工事は不完全であると主張しているだけであるということです。もっとも,注文者のAが不完全といっているわけですから,Bとしてはそれに従ってすべきととりあえずは考えておいていいかと思います(本問はいかなる状態から基礎工事が不完全と判断したかが明らかでなく,何ともいえません。ただ,小問2との関係でいえば,瑕疵があったことは前提にしていいのではないでしょうか。なお,我妻債各中614頁は,「仕事のやり方について,注文者がどの程度の指示を行いうるか,また注文者の委任する技術者がどの程度の監督をなし得るかは,いずれも契約によって定まる。但し,注文者は,材料や老労力に差異を生じない限りは,特約がなくとも,指示をすることができる」としています)。
[7]そのため,そもそも635条本文で解除できないか。⇒完成していないためできない,との検討も可能ですが,他の検討内容との関係からしてそこまでの展開の余裕はないかと思われます。
[8]我妻債各中631頁
[9]我妻債各中641頁,山本契約695頁
[10]前掲注民152頁は,「(635条但書について)…以上の場合は,土地の工作物が完成された場合であり,工作物が完成される以前には,債務不履行の一般原則に従って,解除することができる,しかし,工事の進行程度と債務不履行の態様を相関的に考えて,原状回復に重大な社会的損失を与える場合には,やはり本条但書の趣旨に従って解除はできないと考えるべきである。」としています(また,上記大判昭和7年を引用しています)。
同様の趣旨のものとして,我妻債各中641頁
[11]潮見基本債各Ⅰ223頁においては,利益について,「合理的な注文者なら既施工部分を引き取った後に請負人の負担(損害賠償の負担)において第三者に追加工事をさせて仕事を完成できるならば,原則として一部解除に止めるべき」としています。そうすると,基礎工事に問題が有ると主張されている本件では引き取っても更に追加工事をさせることはないため,利益を否定することになるでしょうか。
[12]前述の様に,仕事の完成と瑕疵の区別は一応全行程を終了しているかどうかです(東京高判昭和31年12月20日)。終了していれば瑕疵担保の問題になります。
[13]山本契約683頁
[14]山本契約689頁,潮見基本債各240頁
[15]もっとも,これをいってしまうとパソコン部分についてはどうなのかという問題が生じるのは前述のとおりです。
[16]八木一洋「判解」民事篇平成9年度(中)189頁
[17]山本契約690頁,
[18]昭和51年判決も「目的物に瑕疵がある場合における注文者の瑕疵修補に代わる損害賠償請求権は,実質的に,経済的には請負代金を減額し,請負契約の当事者が相互に負う義務につきその間に等価関係をもたらす機能をも有するものである」としています。また,昭和53年判決も,「相互に現実の履行をさせなければならない特別の利益があるものとは認められず,両債権の間で相殺を認めても,相手方に対し抗弁権の喪失による不利益を与えることにならない…むしろ,…相殺による調整機能を図ることが当事者双方の便宜と公平に適い,法律関係を簡明ならしめる…」としています。
[19]潮見基本債各241頁