河童のひとりごと

完全に趣味です。誤り多数ご勘弁

旧司法試験平成15年第2問

平成15年度第2問

 

Aは,Bから登記簿上330平方メートルと記載されている本件土地を借り受け,本件土地上に自ら本件建物を建てて保存登記を行い,居住していた。Aは,本件建物を改築しようと考え,市の建築課と相談し,敷地面積が330平方メートルならば希望する建物が建築可能と言われたため,本件土地を売ってくれるようBに申し込み,Bは,これを承諾した。売買契約では,3.3平方メートル当たり25万円として代金額を2500万円と決め,Aは,代金全額を支払った。

以上の事案について,次の問いに答えよ(なお,各問いは,独立した問いである。)。

1 本件土地の売買契約締結直後に,本件土地建物を時価より1000万円高い価格で買い受けたいというCの申込みがあったため,Aは,Cとの間で本件土地建物の売買契約を締結した。しかし,専門業者の実測の結果,本件土地の面積が実際には297平方メートルであることが判明し,面積不足のためにCの希望していた大きさの建物への建て替えが不可能であることが分かり,AC間の売買契約は解除された。

Aは,Bに対してどのような請求ができるか。

2 数年後,Bは,Aへの移転登記が未了であることを奇貨として,本件土地をDに売却しようと,「Aはかつて賃借人だったが,賃料を支払わないため契約を解除した。」と虚偽の事実を告げた。Dは,事情を確かめにA方に出向いたが,全く話をしてもらえなかったため,Bの言い分が真実らしいと判断し,本件土地を買い受け,移転登記をした。

AD間の法律関係について論ぜよ。

 

 

(出題の趣旨)

本問は,数量不足の担保責任と二重譲渡に関する問題である。小問1は,数量指示売買の定義と本件への当てはめ,契約解除の可否,代金減額請求による不当利得返還請求,責任の性質と損害賠償の範囲など,基礎的知識を事案に即して展開する能力を問う問題である。小問2は,背信的悪意者排除を含めて,対抗要件による問題処理の基本構造を正確に理解しているかをみた上で,所有権の取得を対抗できない賃借人を保護する必要性と方法を考えさせるものである。

 

第1 小問1について

1 本問の解答の指針

本問を考えるに当たっては,当時者の視点に立って,主張を想起していくことが重要です。まず,本件では,購入した土地について,転売の相手方が要求していた面積に不足していることが明らかになり,転売契約も解除されてしまっています。そのため,Aとしてはこのような土地は不要であり,支払った代金全額を返還して欲しいと考えるのではないでしょうか。

 

2 代金の原状回復

(1) 総論

そこで,Aとしては原状回復請求権(545条1項)(AB間の契約の解除を理由とする。)を主張することになるでしょう。もっとも,それに際して,いかなる根拠に基づいて解除するのかが問題となります。本件では,履行遅滞解除(541条)や履行不能解除(543条)を基礎づける事実はありません。もっとも,予定していたよりも面積が不足しており,量の観点で問題があることに着目すれば,数量指示売買(565条)による解除に気付けるのではないかと思います。 

 

(2) 「数量…指示…売買」(565条)の認定[1]

判例は「数量…指示…売買」といえるためには,「一定の面積,容積,重量,因数または尺度あることを売主が契約において表示し,かつ,この数量を基礎として代金額が定められた売買である必要がある」としている(大判大正13年4月7日新聞2253号15頁,最判昭和43年8月20日民集22巻8号1692頁)。

すなわち,〔単位数量当たりの金額〕×〔契約数量〕⇒代金額確定という定式を想定しているわけです[2]

 

 

 

  • 平成13年判決[3]

 もっとも,最判平成13年11月22日判時1772号49頁は,かかる定式にあてはまっていなくとも数量指示売買に当たることがあるとしています。売り主が一定の面積を保証しており,これが代金算定額の重要な基礎となっている場合には数量指示売買に当たるとされました(具体的には①坪単位価値の値下げ交渉が有ったこと②買主が実測図を要求したこと③目的物が小規模宅地であったこと④公簿面積が実測面積と一致することを買主が認識していたことを認定しました)。かかる判例は,より契約解釈を実質的に行っていると評価できます。かかる判例に鑑みて,近時では数量が契約において重要な要素として取り込まれたかを重視する見解もあります。

 

(3) 本件の検討

本件では3,3平方メートルあたり,25万円として,これを基礎に330平方メートル分の代金額が決定されています。そのため,数量指示売買にあたるでしょう。

 

(4) その余の要件

本件では面積が「不足」し,「買主」たるAは「その不足を知らなかった」といえます。

そのため,本件では「残存する部分のみであれば買受けなかった」[4]といえれば,解除及びその原状回復による代金返還請求が認められます。

 

  • 解除を認めていいのかという悩み

さて,本件では転売の意思は,契約後,事後的に生じています。そのため,契約時には,転売に不足するのであれば買受けない,という意思は無く,「残存する部分のみであれば買受けなかった」という意思はなかったのではないかとも思えます。

 もっとも,契約時,改築しようという意思はありました。この観点からすれば,改築できないことをもって,「残存する部分のみであれば買受けなかった」として解除を認めることもできるかもしれません。

 しかし,そうしてしまうと,後述の損害賠償との関係で問題が生じます。すなわち,後述するように,本問で損害賠償として請求するのは,転売利益です。そして,増改築というのは,当該土地を保持しつつそれを改良するものであるのに対し,転売はそれを手放すというものです。そうすると,解除と損害賠償で,主張が相違するのではないかという問題が生じます。

 また,Aの居住権の保護という意味でも悩ましさがあります。すなわち,後述するように,本件売買で,Aの賃借権には混同が生じ,消滅します。そうすると,これを解除してしまうと,Aは住居を失ってしまうのではという問題が生じます。もちろん,後述する混同の例外の議論は同様に可能ですが,そもそも,それを認めていいのか議論はあるでしょう。仮に,認めたとしても,わざわざ再度賃貸借の関係にAは戻したがるのか,という問題もあるでしょう。Aとして,増改築にそれほど強い関心がないのであれば,そのままでいいという場合もあるのではないでしょうか(もっとも,これは本件事案からなんとも言えません)。

 この点について,出題者の意図は趣旨からよく分かりません。設問2との対比からして,混同の例外は想定していないようです(そういいきっていいかも怪しいところですが)。とりあえず,参考答案は,無難に代金の返還,減額分の不当利得(これについても本来的には,代金の全額返還が認められない場合の一部返還のはずで,解除を認めないときに問題になるはずなのですが…),損害賠償請求を検討しました。私見としては,悩ましいというか,問題としてなんだか変だなと思うところです。

 

2 代金減額分の返還

(1) 代金額が返還されないとした場合に備えて,Aとしては,せめて足りなかった分の代金は返還してほしいと考えるでしょう。そこで,不当利得返還請求権(703)を主張することが考えられます。本件では売買によって代金が支払われているため,「法律上の原因なく」といえるかが問題になります。そこでこれに関し,数量指示売買に基づく代金減額請求権を検討することになります。

 

(2) 代金減額請求権

本件土地は本来受け取れるはずの330平方メートルから33平方メートル「不足」していました。そして,「部分の割合に応じて」すなわち②50万円の「代金…減額…請求」権を有することとなります(563条1項)。そのため,既に代金として支払っていた,かかる②50万円についてはBが「法律上の原因なく」「利益」を有することになります。そして,250万円について,Bの「利益」及びAの「損失」,両者の因果関係は認められます。

そのため,請求が認められるでしょう。

 

3 転売利益

(1) 次に,Aとしては数量が足りなくて売買に至らなかった転売利益について請求したいと考えるでしょう。その際に主張するのは,数量指示売買担保責任に基づく損害賠償請求権です。

 

(2)要件の検討―損害賠償の範囲

本件で,Aは「善意の買主」であるから「損害賠償…請求」をなしうる(565条,563条3項)ようにも思えます。しかし,本件でAには,転売利益である1000万円の損失が生じているところ,かかる履行利益も損害賠償の範囲に含まれるのでしょうか。同条の法的性質と関連して問題になります。

本条の責任は,特定物売買の場合,不足分については原始的一部不能である以上,その限度で債務は消滅するため,有償契約における対価的均衡を保つために公平の観点から法律が特別に認めた法定責任である,とする立場があります[5]。かかる立場によれば,契約は一部原始的無効であったと考えるため,履行利益を観念できません。そのため,信頼利益の範囲で損害賠償できるに留まり,履行利益である転売代金を請求することはできないということになります。

 

※ 判例はいかなる見解に立っているのか

570条の瑕疵担保責任の場合と異なり,同条の法的性質を,指示された数量の給付の不履行を定めた債務不履行責任の特則である,とする学説もあります(債務不履行責任説)。

しかし,かかる立場も,判例の読み方としては法定責任の立場の方が説明しやすいとしています[6]。例えば,最判57年1月21日民集36巻1号71頁(百選Ⅱ7版51事件,百選Ⅱ6版51事件)も「土地の売買契約において,売買の対象である土地の面積が表示された場合でも,その表示が代金額決定の基礎としてされたにとどまり売買契約の目的を達成するうえで特段の意味を有するものでないときは,売主は,当該土地が表示どおりの面積を有してたとすれば売主が得たであろう利益について,その損害を賠償すべき責めを負わないものと解するのが相当である。」としています。これは,原則として履行利益の賠償を認めない,すなわち,法定責任説に近い立場であるといえます。

 

  • 判例の特段の意味とは

かかる「特段の意味」を認める場合について,57年判決の調査官解説[7]は,必ずしも明らかではないとしつつも,「土地の面積の表示が売買にあたり買主の示した特定の使用目的その他の売買の目的に適合するものであることを担保する趣旨でなされ,売買をめぐる諸般の事情からみて,売り主が不足分の土地の引渡又は引渡に代る損害の賠償を保証しているとみられる場合に限られる」としています[8]。そして,土地の転売は多種多様な土地の使用形態の一つに過ぎないのであり,買主が転売に重点をおいて評価したかどうかは売り主にとっては分からないのであるから,単に後に転売の利益を喪失したというのでは足りないとしています。

 本件では,転売は事後的な事情ですから,かかる特段の意味はないと考えていいでしょう。

 

第2 小問2について

1 DはBから土地を取得したところ,Aが居座っています。そのため,Dとしては,当該土地を返してほしいと考えるでしょう。そこで,DはAに対して,所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求を主張します。この要件は①自己所有②他者占有であるところ,DはBから本件土地を購入し(555条),所有権を取得しています(176条)(①)。また,本件土地はDが占有しています。

 

 

  • 所有権に基づく建物収去・土地明渡の訴訟物

この際の訴訟物について通説は返還請求権であり,建物収去は含まないと考えています(旧1個説)。その理由としては,建物収去は土地明け渡しの手段ないし履行態様であって、土地明け渡しと別個の実体法上の請求権の発現ではないと考いう点が挙げられます[9]

 

2 Aの反論:「第三者」の意義

177条の趣旨は登記による公示を促し不動産取引の安全を図ることにあり,かかる趣旨と文言からすれば,「第三者」とは,当事者及びその包括承継人以外のもので,登記の欠缺を主張するに正当な利益を有する者であるとされています。

また,同条は自由競争を前提にしており,かかる趣旨と文言からして,単なる悪意者であれば自由競争の範囲内として「第三者」にあたるとされています。もっとも,自由競争の範囲を逸脱し,信義(1条2項)に反する背信的悪意者については「第三者」にあたらないとされています。

 さて,本件でAは,Dが背信的悪意である,という反論をしていくことになるのでしょうか。

 

 権利濫用の抗弁という構成

 通常,背信的悪意者の抗弁は対抗要件の抗弁に対して,その再抗弁として主張されます。そのため,既に対抗要件を具備している相手方が請求をしてきた場合には,背信的悪意者の抗弁の本来的な位置づけと異なるため,権利濫用の抗弁であるという考えがあります。そのため,本件でもかかる構成に立てば,権利濫用を検討することになるでしょう。

 

  • 背信的悪意者の抗弁構成

 もっとも,大島眞一『完全講義民事裁判実務の基礎上巻〕』(第2版,2013年,民事法研究会)275頁では,それでもなお,背信的悪意者の抗弁と構成する見解も紹介されています。すなわち,背信的悪意者排除論は対抗関係にあるうちの背信的悪意者に該当する者を排除する理論としたうえで,上記の場合にも背信的悪意者の抗弁と構成できるとしています。実際,最判平成18年1月17日民集60巻1号27頁(百選Ⅰ6版56事件,百選Ⅰ7版57事件)はそのような構成を採用しています。

  • 昭和40年調査官の示唆
  • これに関して,最判昭和40年12月21日民集19巻9号2221頁の調査官解説(高津環「判解」民事篇昭和40年496頁)が参考になります。同解説は「所有権は未だ乙に移転しないという甲の言を信じたというのであるから,厳密な意味での悪意者ではないかもしれない」としています。本件でも賃貸借契約を解除したとのBの主張を信じているため,厳密な意味での悪意者ではないかもしれません。しかし,そうすると,そもそも背信的悪意者の論点が問題にならなくなってしまいます。もっとも,上記調査官解説は,信義則違反(本解説では権利濫用)構成に鑑みれば,全く背信性を否定できるような事例ではなかったのではないかとしている。本件でも,Aは居住し,その利益を有しているわけですから,全く権利濫用の要素がないとはいえないでしょう。ただし,本件Aの対応に鑑みれば,権利濫用であると結論付けることはできないでしょう。

 

  • 平成10年判決から考える

 しかしながら,近時では,「第三者」の検討に際し,主観面以外の事項を考慮する判例も現れています。最判平成10年2月3日民集52巻1号65頁は,「通行地役権(通行を目的とする地役権)の承役地が譲渡された場合において、譲渡の時に、右承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置、形状、構造等の物理的状況から客観的に明らかであり、かつ、譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは、譲受人は、通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても、特段の事情がない限り、地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらないと解するのが相当である」としました。この判例は,「第三者」の判断に,主観以外の具体的利益状況を持ち込む道を開いた判例であると評価されています[10]。そうすると,「第三者」であるかについて,悪意であるかにこだわらず,広く比較考量する考えも全く否定できないわけではないのでしょうか。現に平成10年判決の調査官解説は,「本判決の射程がどこまで及ぶかは問題である」とした上で,(客観的に明らかであり)「の要件は,「物理的状況から客観的に明らかである」というものであるから,本判決の射程距離が抵当権その他の担保物権に及ぶとはいえないが,通行地役権以外の地役権や地上権その他の用益物件には及ぶと解する余地があろう」としています。そうすると,本件は,あくまで所有権が問題になっているわけであり,平成10年判決の要件を参考に,「第三者」性を検討するというのは難しいかもしれません[11]。現に,上記平成18年判決も悪意については検討しており,主観を抜きにした比較衡量を行っているわけではありません。ただ,出題の趣旨からして,177条の検討でも構わない(むしろ求めている?)ようです。そのため,少し冒険的ですが,参考答案は平成10年判決に依拠した起案をしてみました。なお,平成10年判決は理由付けとして,「登記の欠缺を主張することが信義に反するような事由がある場合には,当該第三者は,登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらない」としています。

 

 

3 Aの反論2-AB間の賃貸借契約(601条)による正当権限の抗弁

(1) 次に,Aは,賃貸借契約を結んでいるとして,正当権限の抗弁を主張するでしょう。本件では借地借家法10条1項の対効力も備えています。しかし,本件Aは,本件土地を購入しており(555条),所有権を取得しています(176条)。それにより混同が生じ,賃借権は消滅したとのDの反論が想定されます。

 

  • 混同の根拠条文

かかる場合に何条に基づいて混同が生じるか判例は明らかにしていません。賃借権は物権ではないが,生活の基盤・地上権に類似すると考えれば,179条1項本文準用により消滅すると考えることができます。また,520条を準用するという考え方もあるでしょう。いずれにせよ,なぜ混同が生じるか,条文は素直に適用できないことを前提に,自分なりに説明できるといいでしょう。なお,後述する昭和46年判決の調査官解説は,179条1項・520条の文言にはそのまま当たらないが,直接適用の場合と異にする理由もないため,その効果を認めるのは当然だろうとしています[12]

 

(3)混同の例外

ア 問題の所在 

仮にAが本件土地を購入していなかったらならば,借地借家法10条1項でDに賃借権を対抗できました。そのため,本件のような場合に賃借権が消滅すると考えていいのでしょうか。

イ 法的構成

これに関する法的構成としては,179条1項ただし書きを準用できるとする構成や,第三者との関係で所有権が主張できないのならば,そもそも混同は生じないとする構成などがあります。いずれにせよ,Aを保護するための構成を自分なりに示せるとよいでしょう。

  • 判例はいかなる根拠に基づいているか 

これについて判例最判昭和40年12月21日19巻9号2221頁)はいかなる見解に依拠しているか明らかではないです。「いったん混同によって消滅した右賃借権は,右第三者の所有権取得によって…なかったことになる」とするのみです。もっとも,最判昭和46年10月14日民集25巻7号933頁は,抵当権の実行の事例ですが,179条1項ただし書きを準用した上で,混同の例外を肯定しました。同判決は,179条1項但書は「他の物権が,その物に対する第三者の権利に優先する権利であって,特にこれを所有権と両立させる価値のあるときには,例外的にこれが消滅しないとする趣旨である」としました。

  • Aが未登記で放置していたことについて

ただし,本件はAが数年間登記を移転しない状態で本件土地を放置していたことに起因するとこもあり,それを特に悪性と評価すれば,Aは保護の必要がないと構成できるかもしれません。もっとも,本件で混同の例外を認められなければ,Aは居住権を喪失するのであり,かかる重大な不利益に鑑みれば,なお,保護すべきにも思えます。実際に,上記昭和40年判決も,9年あまり放置していた事例ですが,最高裁は,この点について触れていません[13]。居住権保護を優先した結果といえるでしょう。

 

  • AがDに対応していないことについて

 本件では,AがDに対応していないという点で落ち度はあるかと思います。しかし,これもAの居住権保護を考えれば,結論を左右するものではないと考えるべきでしょう。実際に,上記昭和46年判決も,執行裁判所の取調べに際し,土地の賃借権者が賃借権の申し出をしていない事例でしたが,混同の例外を認めています[14]。 

 

以上から,正当権限が認められ,当該請求は認められないというのが座りのよい結論かと思います。

 

5 DのAに対する賃貸借契約の基づく賃料請求[15]

DはBとの売買契約に付随してAから賃貸人たる地位を承継するのが当事者の合理的意思であり,601条より賃料請求ができます。この場合,賃貸人たる地位の移転は契約当事者の地位の移転であり,免責的債務引き受けの側面を有します。しかし,賃貸人の使用収益させる義務は没個性的であるため,賃借人に不利益はなく,その同意は要しません。また,登記を具備している以上,登記の要否も問題になりません。

そのため,DはAに賃料請求ができます。

 

  • Dが賃借権の土地は不要と考えていたとしたらどうか。

 本件で,Dは,混同の例外という特殊な状況下で,賃貸人たる地位を負うことになっています。そのため,Dとしては,賃貸人たる地位を承継したくないという場合も想定でいます。そこで,賃貸人たる地位の移転を認めAD間を拘束するだけの合理的意思あるのかは一考要するでしょう。

 かかる問題について,判例最判平成11年3月25日判時1674号61頁)は,「自己の所有建物を他に賃貸して引き渡した者が右建物の所有権を第三者に移転した場合に,新旧所有者間において賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても,これをもって直ちに賃貸人の地位の新所有者への移転を妨げるべき特段の事情があるものということはできない」としています。その上でその理由として,「右の新旧所有者間の合意に従った法律関係が生ずることを認めると,賃借人は,建物所有者との間で賃貸借契約を締結したにもかかわらず,新旧所有者間の合意のみによって,建物所有権を有しない転貸人との間の転貸借契約における転借人と同様の地位に立たされることとなり,旧所有者がその責めに帰すべき事由によって右建物を使用管理する等の権原を失い,右建物を賃借人に賃貸することができなくなった場合には,その地位を失うに至ることもあり得るなど,不測の損害を被るおそれがあるからである」としています。かかる判示からわかるように,賃貸人たる地位の移転は,賃借人の保護にもなる理論であり,新賃借人側の事情のみで例外を認めることは出来ないわけです。

 かかる判例を前提にすれば,本件でも賃貸人たる地位は移転すると考えるべきでしょう。

 

 

参考答案

第1 設問1

1 代金全額の原状回復請求(545条1項)

(1) まず,Aとしては本件土地が不要であるとしてBに対し,代金全額の返還を請求する。この場合,本件では売買契約(555条)を解除して原状回復を主張する。そして,かかる解除は565条の準用する563条2項を主張することになる。

(2) まず,本件売買が「数量を指示して売買」にあたるか。その判断基準が条文上明らかでなく問題となる。

ア 本条の趣旨は数量を前提とした売買につき,その数量を信頼した者を保護する点にある。そのため,単に数量が関係する場合では足りず,原則として,一定の面積,容積,重量,因数または尺度があることを売主が契約において表示し,かつ,この数量を基礎として代金額が定められた売買をさす。

イ 本件では3,3平方メートルあたり25万円として面積を表示し,かつ,これを基礎に330平方メートルの代金額が決定されているため,「数量を指示して売買」にあたる。

(3) もっとも,本件契約は当初自己の居住地の改築のために購入している。そして,解除はその後転売がうまくいかなくなったためになしている。そうすると,「残存する部分のみであれば買主がこれを買い受けなかったとき」とはいえない。

 そのため,解除は認められず,代金全額の返還請求はできない。

2 不足土地分の代金の不当利得返還請求

 もっとも,本件でAは,Bに対し,不足分の代金減額請求権(565条,563条1項)を有していた。そのため,33平方メートル分の250万円について減額請求権が認められたのであり,これについては「法律上の原因」のない「利得」である。そして,Aは「そのために」「損失」を負っていたといえる。

以上から,不足分の250万円ついては不当利得返還請求が認められる。

3 転売利益の損害賠償請求

(1)565条,563条3項に基づいての請求

 本件で,Aが「損害」と主張するのは,Cに転売したとすれば得ることができたはずの転売利益1000万円であり,いわゆる履行利益にあたる。そこで,565条の損害賠償の範囲として履行利益を含むか。

ア 特定物売買の場合,不足分については原始的一部不能である以上,その限度で債務は消滅するため,有償契約における対価的均衡を保つために公平の観点から法律が特別に認めた法定責任である法定責任である。かかる場合,履行利益を観念できない。そのため,信頼利益の範囲で損害賠償できるにすぎない。

イ そのため,本件でも履行利益である転売利益は損害賠償の範囲に含まれない。

(2) もっとも,本件で数量分があることにつき特別の意味がある場合には,黙示の保証が認められ,その「債務」の不履行を主張して損害賠償請求(415条前段)をすることも不可能ではない。しかし,本件で,転売はあくまでAB間の売買後事後的に生じた事情にすぎず,契約時に転売を見越してその数量が特別の意味を持っていたわけではない。そのため,かかる例外の観点からしても,請求は認められない。

第2 設問2

1 DはAに対して所有権に基づく返還請求権としての土地明け渡し請求権を主張する。本件DはBより本件土地を購入し(555条)所有権を取得している(176条)。そして,Aが当該土地を占有している以上,請求は認められないようにも思える。

2 これに対して,Aは,本件DはAの居住利益を害するような所有権取得を行っており,「第三者」(177条)に当たらないと反論する。

(1) 177条は自由競争を前提にしており,信義(1条2項)に反し,登記の欠缺を主張する利益を有しない者は「第三者」に当たらない。

(2) 本件でDは,Bが「Aはかつて賃借人だったが,賃料を支払わないため契約を解除した。」と虚偽の事実を告げたため,Aが所有権を取得したことについて,Bからは推知できなかった。加えて,Dは,事情を確かめにA方に出向いたが,Aには全く話をしてもらえなかった。そのため,Bの言い分が真実らしいと判断してしまっていた。他方,Aには登記を移転せず放置していた点で責めに帰すべき事由もあった。そのため,確かに,本件ではAの居住利益を害するような明渡請求であったことは否定できないものの,Dに非難できない条が多々ある反面,Aには落ち度もあったのであるから,Dを信義に反し,登記の欠缺を主張する利益を有しないとはいえない。Dは「第三者」にあたる。

3 そこで,次にAとしては,Bとの間で結んだ賃貸借契約(601条)を正当権限として主張することが考えられる。Aの賃借権は,Aが土地上に保存登記をした建物を有していたため,借地借家法10条1項の要件を満たしている。

しかし,上記の様に,Aが一時Bから土地を購入し,所有者となっていることと,賃借権の地上権との類似性からすれば,179条1項本文の直接適用は出来ないものの,法律関係の簡明化の趣旨はなお妥当する状況であり,混同(179条1項本文準用)が成立し,賃借権は原則消滅する。

しかし,本来売買がなければ,Aの賃貸借はDに対しても主張できた。かかる点に鑑みればAを保護すべきにも思える。そこで,A保護の法律構成が問題となる。

(1) 179条1項ただし書きの趣旨は,法律関係の簡明化のために混同を規定した本文に対して,なお,保護すべき利益がある場合にその例外を認めた点にある。そのため,なお,賃借人を保護すべき事情がある場合には,179条1項ただし書きを準用し,保護すべきである。

(2) 本件では,上記の様に,混同が成立しなければ,Aは,賃貸借によって享受していたはずの居住利益を喪失してしまう。かかる不利益に照らせば,確かに,Aは登記の移転を怠り,また,Dの問い合わせに誠実な対応をしていない面もあったものの,なお,保護すべき必要性が存在する。そのため,179条1項ただし書きが準用され,Aの賃借権は消滅せず,かかる賃借権をDに対抗できる。

 そのため,Dの返還請求は認められない。

3 なお,かかる場合に,Dは所有権取得に付随して法律関係の簡明化と使用収益させる義務の没個性に鑑みて,Bより,Aの同意なくして,賃貸人たる地位を取得する。そして,Dは移転登記を受けており,Aに賃料の二重支払いの危険もない以上, Aに対し賃料請求が(601条)できる。

                                   以 上

 

[1] 山本契約301頁

[2] 潮見基本債各Ⅰ75頁

[3] 潮見基本債各Ⅰ75頁,山本契約301頁

[4] 通常人を基準とし,客観的に判断するとされています。山本契約303頁

[5] 潮見基本債各Ⅰ74頁,山本契約302頁

[6] 潮見基本債各Ⅰ74頁

[7] 淺生重機「判解」民事篇昭和57年度76頁

[8]山本契約304頁は,単に数量の確保を目的とした場合か(数量指示売買),数量が契約目的達成の点で特別な意味をもつか(数量保証売買)で二分する立場を紹介し,判例に由来する立場であるとしています。

[9] これに対し,土地所有権に基づく妨害排除請求権としての建物収去請求権と,土地所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権の2つであるとする見解もあります(2個説)。しかし,これに対しては,同一人の同一土地に対する同一時期の妨害として,占有によるもの(=返還請求権の対象)とそれ以外のもの(=妨害排除請求権としての対象)とは併存できないとの批判があります。

 また,建物収去土地明渡請求権という物権的請求権を新たに認める見解もあります(新1個説)。しかし,伝統的な物権的請求権3分類を変更する理論的根拠に欠けるとの批判があります。

 以上は,司法研修所『改定紛争類型別の要件事実―民事訴訟における防御の構造』(初版,2006年,法曹会)

[10] 百選解説参照

[11] なお,上記調査官解説103頁は,二重譲渡事例の場合は,両権利が非両立関係にあるため,177条の例外を認めるにはよほどの事情を要するが,不動産に対する制限物権を有する者が,当該不動産を取得した第三者に対し,制限物権を対抗しようとする場合は,両者の権利は両立するため,利益衡量によって対抗力を決することが出来るとしています。かかる,説明からしても所有権の対抗において,平成10年判決を持ち出すのは厳しい?のでしょうか。平成18年の調査官解説(松並重雄「判解」民事篇平成18年度(上)54頁)も消極的に解しています。

[12] 奥村長生「判解」民事篇昭和46年度367頁

[13] 高津環「判解」民事篇昭和40年度497頁

[14] 奥村長生「判解」民事篇昭和46年度369頁

[15] 潮見基本債各155頁,山本契約496頁