酒屋を営むAは,飼育している大型犬の運動を店員Bに命じた。Bが運動のために犬を連れて路上を歩いていたところ,自転車で走行していたCが運転を誤って自転車を犬に追突させ,驚いた犬はBを振り切って暴走した。反対方向から歩いてきた右足に障害のあるDは,犬と接触しなかったものの,暴走する犬を避けようとして足の障害のために身体の安定を失って転倒し,重傷を負った。
DがA,B及びCに対して損害賠償を請求できるかについて,それぞれに対する請求の根拠と,A,B及びCの考えられる反論を挙げ,自己の見解を論ぜよ。
(出題の趣旨)
動物占有者責任(民法第718条)の成立とその責任者である占有者の意義及び損害の発生に加功した者の責任の在り方を問うとともに,被害者にも損害の発生ないし拡大に係る要因がある場合における法的評価を問う問題である。複数の責任者が存在するときの責任関係を整理・分析し,事案を全体的に眺めて公平な結論を導く能力があるかをみた。
第1 本件について,法律論を離れて捉えると・・・
本件は被害者Dの事故について,A・B・Cに対し,その事故によって生じた損害の賠償請求を行うものです。しかしながら,事案を見るだけでも,本件A・B・Cには,自分の責任ではないという理由があるのではないでしょうか。例えば,Aとしては,確かにBに対し,散歩をさせてはいたが,まさか本件のような事態によって事故が起きるとは思わなかったと主張するのではないでしょうか。また,Bとしても,確かに,大型犬を逃がしてしまったが,それはC車が突っ込んできたものであり,止めることは出来なかったのだと主張するでしょう。最後に,A・B・C全員が主張するのは,本件でDは重傷を負ってはいるが,それはDが足に障害があったからであり,本件事故のみに起因するものではないとの反論です。
その他にも当事者について考慮すべき事情は多々ありますが,本件ではそのような当事者の主張を何等か法律上の根拠に結び付け,公平な結論に導いていって欲しいというのが,本件で考えて欲しいところです(そのため,以下の解説はあくまで一例であり,そういった当事者の主張が何等か法律論として構成できていればいいのではないかと思います)。
第2 Cに対する請求
1 動物占有者の責任
(1) 総論:立証責任[1]
まず,Dとしては,Cに請求するに際して,動物占有者の責任に基づいて請求することが考えられます(718条本文)。まず,当然のことですが,本件で当事者間には何ら契約関係はないため,Dが賠償請求を行うには不法行為に基づくことになります。もちろん,709条に基づくこともできますが,Dとしては,まずは718条に基づくことになるでしょぅ。なぜなら,718条の方が立証の観点で有利だからです。
709条による場合,請求者は加害者の故意または過失を立証しなければなりません。これに対し,718条は条文を見てわかるように,請求者は①「動物」による権利侵害②損害の発生③①と②の因果関係④事故当時相手方が動物を占有していたことを立証すればよく,相手方が注意をもって管理していたという過失に関する主張は,相手方の抗弁に回ります(718条ただし書き,立証帰任の転換)。なお,このような,過失の立証責任が転換される既定のことを中間責任[2]といいます(無過失責任より重くはないが,立証責任を転換し,通常の過失責任よりも加害者に重い責任を負わせているという点で,両者の中間の責任だということです。使用者責任や工作物専有責任もこれに当たります)。
(2) 占有者と占有補助者[3]
もっとも,本件でBとしては自分はちょっと犬を散歩するため,一時期的に預かっていただけであり,「占有者」ではない,そのような重い責任を負わせないで欲しいと反論することが考えられます。ここについては見解が分かれています。
・「占有者」であるとする見解
718条の趣旨は,危険責任,つまり,動物という危険物を占有している以上,それによる責任も負わせようという点にあります。そして,動物を事実上保管している者はその危険を防止できるとし,いわゆる占有補助者も「占有者」に当たるとする見解です。民法の立法者はかかる見解に依拠していたとされます。
・「占有者」でないとする見解
これに対し,現在の通説は,上記の様に中間責任という重い責任を負わせる以上,占有補助者に過ぎない者は,危険責任を負わせることができるだけの独立性を有していないとし,「占有者」該当性を否定します。
本問で仮に後者の見解に依拠するのであれば,718条によることは出来ず,709条によることになるでしょう。
2 709条に基づく責任
仮に,718条を否定したとすれば,709条に基づく責任を追及することになるでしょう。この場合に,Bが争うこととしては,本件では(ふりきってとあるので)自分としてはしっかり犬を連れて散歩していた。しかし,そこに意図せず,Cが突っ込んできたために,自分は手を放してしまったのだ,という反論です。つまり,「過失」がないといいたいわけです。
これについては,肯定も否定もできるのではないかと思います。
- 過失を肯定するかこれに関して,上記最判昭和37年は以下の様に判示しています。「蓄犬は,一般に家人に対しては温順であるが,未知の人に対しては必ずしもそうでなく,また音響その他外界の刺激により容易に昂奮する性癖を有する動物であるから,犬を戸外に連れ出す者は,万が一犬が昂奮した時にも十分これを制御できるよう,自己の体力,技術の程度と犬の種類,その性癖を考慮して,通行の場所,時間,犬を牽引する方法,その頭類等について注意を払うべき義務がある」。また,最判昭和56年11月5日判タ456号90頁は,かかる判例を前提に,外界の刺激による動物の行動についても,これを制御し,事故防止の措置をとることを要求しています。ただ,このような評価は犬をよく散歩させている方には酷すぎやしないかとも思えるかもしれませんね。そのため,個人的には結論はどちらでもいいかなと考えています。
- なお,それでは718条を否定した意味があるのかと考える方もいるかもしれませんが,あくまでそれは立証責任の転換を防止するものであり,事実の評価ついては709条も718条も変わらないのではないかと思います(実際に709において犬の評価を綿密に行なった判例・裁判例は多々あります)。
- 本件は,特に大型犬であることにも着目すべきでしょう。つまり,確かに,自転車が突っ込んでくることまで具体的に予見はできないかもしれません。しかし,そのような突発的な外界刺激で混乱を起こすのが犬であり,大型犬である以上,振り切られることも予想できたであろう。それに備えて犬を制御できるような方法をとるべきだ,ということです[5]。
- 本件で,過失を肯定するかに当たっては,718条ただし書きについて考える必要があるかもしれません。718条ただし書きの意義については,通常払うべき程度の注意義務を意味し,異常な事態に対処できる程度の注意義務まで課したものでないと解されています(最判昭和37年2月1日民集16巻2号143頁)。しかし,他方で,特に,犬について,裁判例は免責を容易に認めない傾向にあるとされています[4]。
- 因果関係
- 本件では犬が直接接触してDが重傷を負ったわけではなく,Dが避けようとして転倒した事例です。そのため,因果関係を欠く,との反論も考えられなくはないですが,大型犬に誘発されて生じている以上,因果関係を否定するまでではないかと思います。答案例においては,紙面の都合から省略しましたが,論じてもいいかと思います。
3 素因と過失相殺
もっとも,本件では,Dが重傷を負ったのは,足に障害を負っていたことも相まってです。そうするとBとしては全部が全部自分の責任ではないぞ,と反論したいわけです。かかる障害は「過失」ではないため,722条2項を直接適用はできません。しかし,722条の趣旨は損害の公平な分担にあるところ,被害者の素因[6]が影響し,損害が拡大した場合に,それを損害判定に斟酌すべきとの考えも否定できません。
本件でも,かかる公平の趣旨が妥当する(もしくは,~の場合には妥当する)と考えるのであれば,過失相殺される旨示すべきでしょう。
- 素因と過失相殺に関する判例の変遷
- かかる論点につき,判例は以下のような変遷があります。まず,最判昭和63年4月21日民集42巻4号243頁は,心因的疾患(外傷性心因傷)について類推を肯定しました。また,最判平成4年6月25日民集46巻4号400頁は,身体的疾患(事故前に羅患していた一酸化炭素中毒が拡大に起因)について,類推を肯定しました。もっとも,この様な流れに待ったをかけたのは最判平成8年10月29日民集50巻9号2474頁(百選7版Ⅱ102事件,百選6版Ⅱ94事件)であり,被害者に身体的特徴(平均に比して首が長い)があった事例において,「被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても,それが疾患にあたらない場合には,特段の事情が存しない限り,被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるにあたり,斟酌することはできない」としました。もっとも,かかる判例によって素因に関する事例が全て解決できるわけではありません。例えば,本問のような障害は「疾患」としていいのでしょうか(「疾患」とは通常,やまい,とされますが,足の障害はやまいなのでしょうか)。判例は,何が疾患であるかについては明らかにしていません。例えば,本問のような障害について,生まれながらの障害であったような場合に,それも「疾患」とするかは判断の分かれるところではないでしょうか(前掲窪田400頁も同趣旨)[7]。答案例においては悩みを見せながらも肯定しましたが,逆の結論もありうるかと思います。
- 素因と因果関係
- 本件の様に素因も原因として結果が生じたような場合に,因果関係がないという評価もできるかもしれません。しかし,判例は本問のような事例ではあくまで,過失相殺によって処理しているとされます[8]。
第3 Bに対する請求
Bに対しては,まず709条による請求が立つでしょう。
ただ,本件では,BとCが時間的場所的に近接した中で,Cの過失行為を原因とし,共同して事故を起こしていますから[9],共同不法行為の責任(719条1項前段)を負うのであり,不真正連帯債務となるでしょう。
なお,Cとの関係で過失相殺を肯定した場合には,Bとの関係でも過失相殺がされるでしょう。
- 共同不法行為に関する判例の見解[10]
- これに対しては学説からは主観的な共同も要件とした類型も特に意味を持たせるべきであると批判があります。具体的には,①主観的な関連共同性をも有する場合を強い関連共同,主観的な関連共同性を欠き,単に客観的共同性を有するに過ぎない場合を弱い関連共同とした上で,後者について結果寄与度に応じた減責を認めるべきだとする見解があります(なお,独立の不法行為が競合したにすぎない場合を競合的不法行為としたうえで,これについても寄与分に応じた減責を認める見解もあります)。その理由として,「共同不法行為によって被害者の被った損害は,各不法行為者の行為のいずれとの関係でも相当因果関係に立つものとして,各不法行為者はその全額を負担すべきものであり,各不法行為者が賠償すべき損害額を案分,限定することは連帯関係を免除することとなり,共同不法行為者のいずれからも全額の損害賠償を受けられるとしている民法719条の明文に反し,これにより被害者保護を図る同条の趣旨を没却することとなり,損害の負担について公平の理念に反することとなるからである」としています。
- ただ,かかる平成13年判決の調査官解説(三村晶子「判解」民事篇平成13年度(上)240頁以下)はあくまで競合事例故の処理であり,因果関係自体が不明な事例においてはその射程は妥当しない。寄与分減責の余地はあるとしています。もっとも,本問は競合事例ですから,かかる反論は認められないでしょう。
- しかし,最判平成13年3月13日民集55巻2号328頁(百選7版Ⅱ102事件,百選6版Ⅱ95事件)はそのような寄与度に応じた減責を否定しました。同判例は,「被害者との関係においては,各不法行為者の結果発生に対する寄与の割合をもって被害者の被った損害の額を案分し,各不法行為者において責任を負うべき損害額を限定することは許されないと解するのが相当である」としました。
- 判例(最判昭和43年4月23日民集22巻4号964頁)は,共同不法行為の要件については,「共同行為者各自の行為が客観的に関連し共同して違法に損害を加えた場合において,それぞれ独立に不法行為の要件を備えるときは」としており,①相互の意思連絡を要するとする見解(主観的共同説)ではなく,客観的共同説を採用し,②また,それぞれが因果関係を有することを要するとしています。かかる判例の見解に対しては,独立に不法行為の要件を備えているのであれば,別途共同不法行為を主張する実益はないとの反論がなされていますが,実務においては取りあえず共同不法行為の主張をするのが通常となっています。
第4 Aに対する請求
Aに対しては,特にCに対し,動物占有者の責任を否定した場合は,動物占有者の責任を検討することになるでしょう。なお,Aは直接動物を占有するものと認定されるわけですから,ただし書きの免責は使用者責任の様に単に選任・監督を尽くしていたというだけでは認められません[11]。Cが犬の散歩において犬を逃がさないよう,設備を整え散歩させることが要求されるでしょう。なお,Aの責任はCを通して顕在化しているのであり,本件事故に関して,Aも共同不法行為の責任を負う,不真正連帯債務となると考えていいでしょう(使用者責任とも構成できるわけですから,その際に不真正連帯債務となることとの均衡も考えるべきでしょう)。
なお,過失相殺が問題になることについては上記の通りです。
- 仮にCの動物占有者の責任を肯定した場合は
- 仮に,Cの動物占有者の責任を肯定するのであれば,Cが一番危険を防止できるとの価値判断を尊重させたわけですから,Aに対しては動物責任を否定するのが筋ではないかと思います。その場合には,709条や,使用者責任(715条1項本文)によることになるでしょう。
以 上
参考答案
第1 Bに対する請求
1 まず,DはBに対し,動物責任者の責任(718条1項本文)に基づいて損害の賠償を請求する。
Bはこれに対し,自己はAに散歩を命じられ,一時的に連れていた占有補助者にすぎないため,「占有者」にあたらないと反論する。そこで,占有補助者が「占有者」にあたるか。
(1) 718条1項が立証責任を転換し,中間責任を規定している趣旨は,動物を占有し,支配している者はその危険を防止すべき義務があるという危険責任にある。そして,確かに,占有補助者もその危険を防止する可能性はあるものの,中間責任のような重い責任を負わせるほどは動物を支配しているとまではいえない。そこで,占有補助者は「占有者」にあたらない。
(2) 本件でも,占有補助者にすぎないBは「占有者」にあたらず,動物占有者の責任に基づいて請求はできない。
2 そこで,DはBに対し,不法行為(709条)に基づいて損害の賠償を請求する。
本件で,Bは散歩していた犬を放してしまい,Dが転んでしまう契機を作ってしまった。それにより,Dは転倒し,重傷を負い,それによる損害が生じた。
これに対し,Bは,本件事故は急に自転車で走行していたCがぶつかってきたために放してしまったのであり,このような事態は予見も回避もしえなかった,過失がないと反論する。
しかし,犬は外界の刺激により突如驚愕・興奮し,暴走する性質をもつ。そのため,犬を散歩させる者は,何等か外界の刺激が生じうることは予見すべきであるし,それにより,突如暴れる犬を放たないよう十分に準備し,散歩しなければならない。特に,本件では大型犬を連れているのであり,一度暴れれば制御が容易ではないことは予見できたはずである。そのため,Bとしては,しっかりといざというとき放さないような牽引方法を準備し,または,安全な順路を選択すべきであった。しかし,これを怠ったのであるから,過失がある。そのため,反論は認められない。
以上より,DのBに対する損害賠償の請求はその要件を満たす。
3 もっとも,これに対し,Bは本件で,Dが重傷を負ったのは,Dが右足に障害を負っており,それ故に身体の安全を失い転倒したからである。そのため,かかる素因は「過失」とはいえなくとも,722条2項の趣旨が妥当し,その類推により減額すべきと反論する。
(1) 722条2項の趣旨は,損害の公平な分担にあるところ,素因による損害の拡大が公平の趣旨に反するような場合は,その趣旨が妥当し,722条2項を類推すべきである。
(2) 本件で,足の障害は個人の身体的特徴に留まるものではない。そのため,本件では右足の障害というD固有の事情で損害が拡大したのであり,いかに障害であるとしても,その損害額において斟酌しえないのは公平の趣旨に反する。そのため,722条2項を類推し,損害額を減少させるべきである。そのため,かかる反論は認められる。もっとも,加齢により生じた障害や,生まれつきの障害など,その責めに帰すことができないような場合は,その損害算定において通常より減額しないなど考慮すべきである。
第2 DのCに対する請求
1 まず,DはCに対し,不法行為(709条)に基づき損害の賠償を請求するところ,Cは運転を誤る過失の下,自転車を犬に衝突させ,結果として上記Dの損害を生じせしめてしまった。そのため,709条の賠償責任を負う。
また,719条1項前段の「共同の」とは客観的に不法行為を共同することをさすところ,かかるCの過失行為と,上記Bの過失行為が競合し,上記損害を生じせしめたのであるから,客観的に不法行為を共同したといえ,719条1項前段により,Bの責任との間で不真正連帯債務となる。
2 これに対し,CはBとの寄与分に応じ,減責されるべきだとの反論をすることが想定されるが,本件ではB・Cそれぞれの行為が結果と因果関係をもっている以上,全額を賠償するのが不法行為制度の原則であり,そこに寄与分を観念し,減責を認めるべきでない。
3 なお,この際,上記同様に過失相殺がされる。ただ,この際,過失相殺の方法についてCの反論が想定されるが,被害者の救済の趣旨の下,上記のように連帯債務とした趣旨からして,各々の加害者と被害者Dを過失相殺するのではなく,加害者側全体の過失を合算し,これと過失相殺すべきである。
第3 DのAに対する請求
1 DはAに対し,動物占有者の責任(718条1項本文)に基づいて損害賠償請求する。そして,本件Aは本件の大型犬を飼育し,その「占有者」である。そして,その犬が上記の様に,Dに重傷及びその損害を発生させたのであるから,請求は認められるように思える。
2 これに対し,Aは,本件ではBという犬の散歩に不適切ではないものに,散歩を命じ,その監督をしていたのであるから,「注意をもってその管理をした」(718条1項ただし書き)と反論する。
しかし,使用者責任のような場合と異なり(715条1項ただし書き),犬の占有者は第1に責任の負うものであり,その専任・監督を果たすことで責任を免れる者でない。占有補助者を使用する者はその占有補助者の行う行為について十分犬による損害を防止できるよう,取り計らわなければならない。例えば,本件では,Bに散歩を命じるに際し,積極的に大型犬の散歩に十分な器具を用意する。散歩の順路を設定するなどしなければならず,それをしていない以上,「注意をもってその管理」をしたとはいえない。そのため,反論は認められない。
3 そのため,Aも賠償責任を負い,これもBを介してB・Cとともに共同不法行為となり,その支払い義務は不真正連帯債務となる。
以 上
なお,判例は賃借人,受寄者,運送人は2項の保管者にあたると考えていますが,今日の占有理論からすれば,これらの者も占有者です。そのため,現在では2項は空文化しているとされています。
[4]潮見基本債各Ⅱ147頁
[5]星野雅紀「動物占有者の賠償責任」判例タ№476,58頁においても「犬を散歩のため進行することは,自ら人等との接触の機会が多くなり,それだけ事故発生の危険性が増大する。そのため,飼い主としては,事故防止の措置が一層強く要求される。」「できる限り車両等の交通量の少ない安全な場所と時間を選んで散歩させる等,散歩時間散歩コースを選択する配慮も必要である。」としています。
注民(19)債権(10)不法行為319頁も同趣旨です。
[6]素因について窪田不法行為398頁は,①病気や障害を被り易い素質(特異体質・精神病質)②既往症・持病(高血圧・結核等)③年齢や事故による器質的変化や機能障害としています。
[7]学説の整理(潮見基本債各Ⅱ109頁)
かかる論点について,類推を肯定する見解は,被害者は自己の危険領域内について生じた結果に責任を負うべきだということを挙げています。これに対し,否定する見解は,素因の形成について被害者に帰責性がないような場合は,減責を肯定できるのかとしています(加害者は被害者のあるがままを受け入れるべきだという考え方です)。
これに関して,平成8年の調査官解説(長沢幸男「判解」民事篇平成8年度(下)824頁)は,「損害の公平な分担という損害賠償の基本理念による」からであり,「本人の責めに帰すべき事由によるものであるからではな」いとしています。ただ,同調査官は「通常の加齢による骨の変性」は疾患にあたらないとしており,結局決を左右するのは疾患の範囲ではないかと考えられます。しかし,平成4年判決の調査官解説(滝澤孝臣「判解」民事篇平成4年度211頁)は疾患の判断方法は平成4年判決からは明らかでないとしています。
私見としては,結局これは公平の観点から損害額を割り引くべきかの問題であり,その一つのメルクマールが「疾患」なのではないでしょうか。そのため,それにあたるか微妙なケースで「疾患」該当性をぐちゃぐちゃと争うよりは,自分なりに帰結を示し,なぜそのような帰結が公平なのかを示すべきではないかと考えます。
ただ,平成4年判決の調査官解説は,素因事例を①原因不明事例(因果関係自体不明な場合)②原因混在事例(被害の一部が被害者の素因に起因している場合)③原因競合事例(素因が事故と競合し被害至った場合)と分類した上で(ただ,②と③は連続的なもので区別不明瞭),あくまで②や③の場合であるからだとしています。ただ,かかる見解にたっても本問は②や③の事例であり,過失相殺として議論していいでしょう。
[9]異時事故の場合,第1事故と第2事故が時間的場所的に近接し,第1事故が第2事故の原因となり,各事故と損害との間に因果関係が存在する場合,関連共同性が認められるとされています。
『(財)日弁連交通事故相談センター東京支部・民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準(平成18年度)下』113頁