平成14年度第2問
Aは,20歳の息子Bが資産もないのに無職でいることに日ごろから小言を言っていたところ,BがCから500万円の借金をしていることを知り,その借金を返済してやりたいと考えた。しかし,Bは,「親の世話になりたくない。」と言って,これを拒否している。AがBの上記債務を消滅させてやるためには,いかなる法律的方法があるか。AC間に新たな合意を必要としない場合と必要とする場合とに分けて論ぜよ。
(出題趣旨)
本問は,債権の消滅に関する民法の横断的な知識・理解を問うものであり,民法第474条以下の債権消滅原因及び保証・債権譲渡など債務者の意思に反する債務消滅を可能とするための法律行為についての基本的な理解を見るとともに,債権の消滅につき債務者の意思を尊重することの合理性についての問題意識を問うものである。
第1 総論
本問は事例解決というよりも一行問題に近い部分があり,現行制度においてどこまで意義がある問題かは難しいところです。しかしながら,後述するように事案の分析を通じ,判例の射程や事案分析の視点を学ぶことのできる問題ではないかとも思います。ぜひ,余裕がある方は取り組んでみてください。
第2 事案分析の視点
まず,確認したいのは,本件でCはBに対し,消費貸借契約(587条)に基づく貸金返還請求権(500万円)を有しています。原則として,これは債務者Bが債権者Cに弁済すべきものです。しかし,本件では資産もなく,無職であるBはこれを返す事ができません。そこで,父親であるAが何とかしてやろうという問題です。そして,この事案で着目すべきはBの姿勢です。Bは「親の世話にはなりたくない」とAの援助を受ける気がありません。本問はこのようなBの意思を尊重すべきかという点が一貫して問われています。
第3 第三者弁済
まず,原則的債務消滅手段は「弁済」です。そのため,まず,最初の視点としては,Aが代わりに弁済する,すなわり,第三者弁済(474条1項)でしょう。ただし,これに関して,本件で問題になるのは,上記のようにAが弁済することは「債務者」Bの「意思に反」するのではないか(474条2項)。そうすると,Cには「利害関係」が必要ということになりますが,これがあるのか,ということです。
これに関して,判例は,債務者の意思を尊重する趣旨から,「利害関係」を有するものとは,物上保証人や担保不動産の第三取得者のように,弁済をするについて法律上の利益を有する者である,としています(最判昭和39年4月21日民集18巻4号56頁)。
そして,事実上の利害関係しかないような場合には,「利害関係」は認めめられないとしています(債務者の妻の姉妹の夫について否定した事例[大判昭和14年10月13日民集18輯1165頁])。
そうすると,本件でも単にBの父親に過ぎないAは,事実上の利害関係しかなく,第三者弁済は認められない,ということになるでしょうか。
なお,第三者弁済についてはAC間に新たな合意は不要です。
- 「利害関係」に関する議論[1]
474条2項の趣旨に関しては,他人の弁済により恩義を受けることを潔しとしないとする場合(俗に武士気質などともいわれます)に,その意思を尊重するの点にあるとされています。しかし,ここで疑問に思われるのが,今の時代に武士気質がどこまで妥当するのか,ということと,後述するように,Aが勝手にBの債務を消滅させる手段は多々存在するのであり,敢えてかかる限定的な解釈をする必要はないのでは,ということです[2]。
実際に474条2項の解釈が問題になった最判昭和39年4月21日民集18巻4号565頁の調査官解説(枡田文郎「判解」民事編昭和39年度107頁)においても,「第三者の弁済について債務者の意思を尊重することは,民法の他の規定(462条2項,519条)と首尾一貫せず,…法律上債務者の意思を尊重しなければならない特殊事情の存在も,少なくとも現在では,認められないことなどから,一般に,右規定は妥当でないと言われている。」としています。また,「本判決は機いまだ熟せずという観点からと思われるが…」ともしており,必ずしも先例性の強い判例ではないことを示唆しています。私見としては,474条2項の趣旨としては,かかる武士気質の視点の他にも,過酷な求償を防止するという視点があります。かかる点から考え,そのような弊害がないのであれば,比較的緩やかに「利害関係」を認めてもいいのではないかと考えます[3]。
なお,主たる学説の見解としては,①利害関係を事実上の場合にまで拡張する見解[4]②第三者が弁済した場合には,利害関係の存在を事実上推定し,当該弁済が社会的にみて不正不当な目的追求のための方便としてされていることの反証がない限り,債務者の意思に反しても有効であるとする見解[5]③債務者が遅滞なく履行することを理由として第三者の弁済に対し反対の意思表示をした場合に限るとする見解などがあります[6]。
第3 保証
その他の手段としては,まず,代わりに責任を負うということですから,「保証」は思い浮かぶのではないでしょうか。すなわち,AがCとの間で上記貸金債務に関する保証契約を結び,その履行として弁済する(446条1項),というものです(なお,これについてはBの意思に反しても当然できます(462条2項参照))。
第4 債務引受:免責的債務引受と債務者意思の尊重
次に,その他にAがBの債務を消滅させる手段としては,保証に類似した手段,すなわち,併存的債務引受が思い浮かぶのではないでしょうか(ただ,知識的には少し細かいところかなとも思います。知らなかったという人は短答でも出ますから,勉強してみてください。)。さらに,併存的債務引受とくれば,免責的債務引受も思いつくはずです。そこで,債務引受について考えていくことになります。
まず,基本事項[7]として確認したいのは,債務引受には債務者が債権債務関係から離脱せずに,引受人とともに債務を負続ける「併存的債務引受」と,債務者が離脱し,引受人のみがその責任を負う「免責的債務引受」があるということです。
この両者の違いとして,まず,挙げられるのは,免責的債務引受は債務者が変わる性質をもつということです。そのため,免責的債務引受については,債権者に不足の損害を被らせることのないよう,債権者の同意がいるとされています(最判昭和30年9月29日民集9巻10号1472頁〔契約上の地位移転に関する判例〕)。
もっとも,本件では,BよりもAの方が支払能力の点で優れているようですから,Cは喜んで同意するのではないでしょうか。
ただし,この場合に問題になるのは,上記のように本件ではBが協力してくれない中,ACの2者間で処理してもいいのかということです。これに関して,前述の第三者弁済との様に,債務者の意思を尊重する必要はないかという点が問題になります。判例には,免責的債務引受については債務者の同意が要るとしたものがあり(大判昭和12年6月25日法学(東北大学)6巻10号84頁),かかる判例に従えば,AC間のみで免責的債務引受をすることは認められないことになります。他方で,併存的債務引受については,判例も2者間での締結を認めています(最判昭和41年3月1日民集82号589頁)。そのため,かかる判例に従えば,本件では,併存的債務引受ならば許されることになるのでしょうか。
- 上記474条2項の理解との関係
- 併存的債務引受について2者間で認めるのは,併存的債務引受の性質を保証に近づけて考える理解を前提に,保証は債務者の意思に反してもできるのであるから(462条2項参照),併存的債務引受も2者間で認めようという価値判断かと思います。しかし,そう考えると,併存的債務引受を許せば,結局引受人が支払うこととなり,債務者の意思の尊重は図られないのではないかということです。そして,前記の474条2項の理解からすれば,免責的債務引受についても,債権者・引受人の2者間で認めるべきではないか[8]というのが私見です[9]。
- なお,中田債総581頁は債務者の同意がいるとするのが判例・通説であるとしています。これに対し,潮見531頁債総は,同意を要しないとしています(債務者は利益を受けるのであり,差支えないとしています)。
- 履行引受
- 債務引受と似た手段で,履行引受というものがあります。これは,第三者弁済をなすべき義務を債務者におうというものです。そして,履行引受は債務者・引受人間の合意で成立するものである以上,Bの協力が得られない本件では,これが成立することはなく,敢えて論じる実益があるかは怪しいところです。論ずるにしてもなるべく短めにしましょう。
第5 その余
その余の手段としては,AがCから上記貸金債権について債権譲渡を受け(466条1項),Bに対し,その債権を免除(519条)する,といった方法が考えられます債権譲渡は少し構成として考えづらいかもしれませんね。ただ,Bから債権が無くなればいいわけですから,目的から考えていけば見つかる手段かもしれません)。
これらは,AC間の新たな合意を要する手段といえるでしょう。
- かかる手段により,Bの意思に反してでも債務は消滅させる事が出来る以上,474条2項の解釈において,判例を固持する必要があるのか,私見としては疑問です。
参考答案
第1 AC間に新たな合意を要しない場合
1 第三者弁済
まず,Aが,BがCに負う貸金債務(587条)を消滅させる方法としては,弁済が考えられる。もっとも,かかる債務に関して,Aは「第三者」であるから,474条1項によることになる。しかし,本件では,Bは「親の世話になりたくない」という意思をもっており,Bの親であるAが代わって弁済することは「意思に反」する(474条2項)といえる。そのため,Bが弁済するには「利害関係」を有する必要がある。もっとも,Bは単にAの親というだけで,何らかかる弁済に法律上の利害関係を有していない。そこで,親であるから肩代わりしてやりたいというような事実上の利害関係しかない場合にも,「法律上の利害関係」を有するか。
(1) 判例は「利害関係」とは法律上の利害関係であるとする。これは,他人の弁済により恩義を受けたくないという武士気質に由来するものである。しかし,現代において,かかる武士気質は強く妥当しないのではない。また,462条2項や519条,後述する手段からも明らかな様に,民法においては債務者の意思を尊重せず,債務を消滅させる手段は多々ある。そのため,かかる趣旨を重視すべきではない。そして,474条2項には,弁済の結果として過酷な求償権の行使から債務者を保護するという点があるのであり,かかる点から考えるべきである。すなわち,仮に事実上の利害関係しかない場合にも,弁済の結果として債務者に対し過酷な求償がなされるような場合を除いては「利害関係」は認められる。
(2) 本件で,Aは事実上の利害関係しかないものの,親としてBに肩代わりして支払おうとしている。そうすると,弁済の結果として求償権が生じてもそれを行使することはないであろうから,債務者に対する過酷な求償権の行使は認められない。以上から,Aには「利害関係」があり,第三者弁済によることができる。
2 なお,その余の手段としては,AB間で併存的債務引受を行い,Aがその履行としてBに500万円を支払うということが考えられる。かかる手段がAB間の新たな合意を要しないのは,債務者を交代するものでなく,債権者に不足の損害は生じないため,免責的債務引受の様に債権者Cの同意は要しないと考えるからである。しかし,本件でBはAが支払うことに反対しているのであり,AB間でその合意が成立する余地はない。そのため,かかる手段によることはできない。また,同様の点からAB間での履行引受もその手段として取り得ない。
第2 新たな合意を要する手段
1 保証
まず,AC間でBの債務につき保証契約を締結し,その履行としてAが弁済することが考えられる。かかる手段はBの意思に反しても可能である(462条2項参照)。
2 債務引受
(1) 次に併存的債務引受をAC間で行い,Aがその履行として500万円を支払い,債務を消滅させることが考えられる。併存的債務引受は債務者との関係を残しつつ,新たに引受人が履行の負担を負う点で保証に類似する。そして,保証が債務者の意思に反しても可能である以上,併存的債務引受も当然可能である。
(2) これに対し,AC間で免責債務引受を行う場合はどうか。
ア 判例には,債務者の意思を尊重する趣旨から,債務者の同意なく,免責的債務引受はできないとしたものがある。しかし,そのような債務者の武士気質は現在の民法下では強く認められないのは上記の通りであり,債務者の同意なく免責的債務引受は可能である。これは,結局,保証や併存的債務引受が債務者の意思に反してでもなされ,結果的に債務が消滅してしまうこととの均衡からしても妥当な結論といえる。
イ 本件でも,AC間の合意のみで免責的債務引受が認められるのであり,これにより,BがCに負う債務は消滅する。
3 債権譲渡
また,AがCとの間で債権譲渡の合意をし,上記債権を譲り受けた上で(466条1項),Bに対し免除する(519条)ことが考えられる。
第3 まとめ
以上が,AがBの債務を消滅させてやる手段である。本件ではCはAに支払ってもらうことで不都合はないのであり,むしろ,無職で資産もないBよりもAに支払ってほしいと考えるはずである。このような債権者Cの希望も考えられる中で,無資力のBの意思を尊重する必要はそもそも乏しく,また,上記のように民法上も必ずしも債務者の武士気質を尊重していないのであるから,上記検討結果が妥当と考える。
以 上
- かかる参考答案は,本件で種々の手段を比較するため,474条2項の解釈について,学説の見解を採っています。単に474条2項の処理だけが問われているような場合に,敢えて学説を採るべきかは難しいところです。条文上利害関係が要求されている以上,474条2項を全く無意味とすることにも抵抗がありますし,かかる参考答案とは違って「利害関係」はあくまで法律上の利害関係だとする答案でも良いでしょう(上記参考答案は少々突飛です)。ただ,その場合にはなるべく他の手段との矛盾がないような説明を心掛けたいです。
[1] 潮見債総327頁,中田債総326頁は,あくまで判例は,法律上の利害関係で判断しているとしています。
[2] 潮見債総327頁はあくまで立法論としての批判であるとしています。
[3] 同様の趣旨を論じるものとして,半田吉信「建物賃借人の地代弁済と第三者弁済」星野英一ほか編『別冊Jurist民法判例百選』(第5版新法対応補正版,2005年,有斐閣)83頁
なお,旧注民(12)債権64頁においては,求償権の点においても,債権譲渡や保証契約でも同じことが起きるとし評価しています。そうすると,474条2項は全く無意味な規定と考えるのでしょう。
[4] 我妻債総244頁,内田債総37頁
[5] 於保不二雄『債権総論新版 法律学全集』(初版,有斐閣,1972年)
[6] 山中 康雄『債権総論』(初版,巌松堂書店,1953年)
[7] 潮見債権総528頁,中田債総578頁
[8] 仮に第三者弁済と切り離しても,免責的債務引受は免除に近いのだと考えれば,同意は要しないとの結論も取れるでしょう。
[9] 内田債総244頁