Aは,妻とともに,子B(当時18歳)の法定代理人として,Cに対し,Bが祖父からの贈与により取得した甲土地を,時価の500万円で売却して引き渡し,所有権移転の登記をした。Aは,妻の了解の下に,その売却代金を,AのDに対する500万円の債務の弁済に充てた。Aは,Dに弁済する際,甲土地の売却代金により弁済することを秘していたが,Dは,そのことを知っていた。AがDに弁済した時,A夫婦は無資力であった。その後,Bは,成人した。
1 A夫婦が売却代金をAのDに対する債務の弁済に充てるために甲土地を売却したものであり,Cは,甲土地を買い受ける際,そのことを知っていた場合において,次の各問について論ぜよ。
⑴ Bは,Cに対し,甲土地の返還を請求することができるか。
⑵ CがBに対して甲土地を返還したとき,Cは,Bに対し,500万円の支払を請求することができるか。
2 A夫婦が売却代金をBの教育資金に用いるつもりで甲土地を売却したが,売却後に考えが変わり,売却代金をAのDに対する債務の弁済に充てた場合において,Bは,Dに対し,500万円の支払を請求することができるかについて論ぜよ。
(出題の趣旨)
本問は,代理権と侵害回復方法に関する。1(1)では,利益相反行為,代理権濫用といういわば定型的な問題についての基礎的な見解を,1(2)と2では,議論が残されている問題を与えて,基礎的な知識に依拠しつつ事案を分析し解決する能力を,見ようとした。2では,不当利得返還請求権,債権者取消権などが考えられるが,どれによる場合にも,財貨の移転・帰属を整理した上で要件を検討することが期待された。
第1 小問1(1)
1 本件の前提
本件でBは第三者のCに対し,土地を返してほしいという主張をしていきます。かかる場合に,BがCに対して主張するのは,所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権です。その要件は①自己所有②相手方占有であるところ,原則これは認められるでしょう。
2 Cの反論
これに対して,Cは①の要件を否定するために以下のように反論します。
すなわち,Bの年齢は18歳で,未成年者(4条)であるため,「親権者」(818条1項)たる父Aは,子であるBの財産上の地位に変動を及ぼす一切の行為につき子を代表する権限(法定代理権)を有する(824条本文)。そのため,A を代理人とする本件売買(555条)はCに効果帰属し,B は所有権を喪失しているという反論です( 176条)。
3 利益相反行為
しかし,これに対し,本件でAは,内心において自己の弁済に売買代金を充てる目的がありました。実際に,代金はBの懐には入っておらず,そのような場合にまで,効果帰属され手は困るとBは考えるでしょう。
そのため,本件売買は「利益…相反…行為」ではないか問題となります。仮にこれに当たるのであれば,法定代理権が認められず(826条1項),特別代理人なくして行われた行為は無権代理となります(113条1項)。
ア 利益相反行為の判断方法
826条の趣旨は,子の福祉の保護であるが,他方で,包括代理権を信頼する相手方の取引の安全を図る必要があります。そして,特別代理人制度の手続の法的安定性を考えれば,ある程度の画一的な判断を要します。そのため,「利益…相反…行為」は外形的・客観的に判断することになります。
これは,形式(外形)的判断説[1]とされる説であり,判例(最判昭和42年4月18日民集21巻3号671頁,家族百選57事件)も採用するところです。
イ 本件で,外形的・客観的にみて,法的効果はAに帰属し,Bは何ら利益を得るものでないです。AB間に利益相反関係はありません。そのため,「利益…相反…行為」に当たらないということになります。
- 利益相反の当てはめの注意点
利益相反行為の当てはめについては,判例の見解に依拠するにもかかわらず,主観面を考慮した当てはめをしてしまう答案をよく目にします。外形的・客観的に見て,Bが自己の利益と他者の利益の間に板挟みになっていないかが問題になるかという点に注意してほしいです。また,後述の代理権濫用の議論と混同する答案もよく目にします。
4.親権者の法定代理権濫用
もっとも,本件では,単に自己の利益のためだけに代理行為をしています。そこで,このような代理権の濫用行為から本人を以下に保護すべきか問題となります。
ア 親権者の代理権の濫用
代理権の濫用は許されず,かかる場合には代理行為の効果は本人に帰属しません[2]。しかし,取引の安全を図るために,93条但書を類推し[3],悪意又は有過失の場合に限ってこれを認めるべきです。ただし,親権者は子との利益相反行為に当たらない限り,親権を行使する広範な裁量を有している(824条本文)ため,親権者に子の代理権を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情がない限り親権者の代理権濫用にはあたりません。判例もかかる見解です(最判平成4年12月10日,百選Ⅰ6版26事件,百選Ⅰ7版48事件)。
イ 本件では,A夫婦は売却代金を自己の債務の弁済に充てようとしており,自己の利益のためのみに行動しています。そのため,これは,子の利益を無視して自己又は第三者の利益を図ることのみを目的としてされているといえます。いじょうから,特段の事情があり,本件は代理権の濫用があったといえます。
そして,売買の相手方であるCは,かかるB土地売買の代金はAが自己の債務に弁済するつもりであるということ,すなわり,代理権濫用を認識していたため,悪意であったといえます。
以上から,Bに効果帰属しないため,なお,Bに所有権が存在し,当該請求は認められます。
- 特段の事情
- いかなる場合に特段の事情といえるのか判例は必ずしも明らかではないです。もっとも,判例は,これに該当する場合とは「子の利益を無視して自己又は第三者の利益を図ることのみを目的としてされる」ときとしており,かつ,「子自身に経済的利益をもたらすものでないことから直ちに第三者の利益のみを図るものとして親権者による代理権の濫用に当たると解するのは相当でない」としています。このことからして,子の経済的な利益に直接的な関係がない場合に,直ちにこれに当たるとは考えていないとされています(田中豊「判解」民事篇平成4年度518頁)。例えば,親権者の内心における利益追求の意思が特に強い場合など極端な場合がこれに当たります(もっとも,それも一例に過ぎないですが)。
第2 小問1(2)
上記のように代理行為の効果がBに帰属しない以上,BC間には契約関係がありません。そのため,CがBに対し500万円の返還を請求する際に主張するのは,不当利得に基づく返還請求(703条)です。もっとも,本件では代金をAが弁済に充ててしまっており,事実上Bに代金は帰属していません。
そこで,本件ではかかるBに「利益」(利得)があるといえるのか,これが結論を左右するでしょう。
- 「利益」(利得)をどう考えるか
小問1(1)と異なり,(2)では所有権に基づく返還請求権は構成できません。金銭は,特別の場合を除いては,物としての個性を持たず,単なる価値そのものであり,価値は金銭の所在に随伴するとされています。そして,金銭は占有あるとこに,所有ありと考えられており(最判昭和39年1月24日判時365号26頁,百選Ⅰ7版74事件,百選Ⅱ6版77事件),所有権者と占有者が一致するとされているため,所有権に基づく返還請求が出来ないわけです。
もっとも,それでは,あまりに酷な結果になってしまいます。例えば,後述するような騙取(横領)金弁済のような事案など,請求を全く認めないというのはあまりに酷な結論であり,採用できないでしょう。そこで,通説は,実質的にはその利益は,その金銭を喪失した者に帰属しているのだと考えるわけです。以上の様に,金銭の返還を考えるに際しては,実質的に考えて誰にその利益が帰属すべきか,帰属しているか考えることが重要です。
そのため,上記Bについて,代金がBの懐に入っていないのであるから,「利益」(利得)がないというのも,実質的に考えれば頷けなくもないわけです。しかし,ここで気になるのが,小問2との関係です。すなわち,後述するのと同じように,BはDに対し,請求していけばいいのではないかということです。つまり,BはCの請求を受けたとしても,Dに対し請求できるのであるから,Bへの請求を認めてもいいのではないかという話です。かかる点を重視すれば,Bへの請求も認められるということになります。
ただ,そのような結論を採用した時に,気になる点が2点あります。まず,小問1(1)との関係でどうなのかという話です。すなわち,小問1(1)では,子の保護の観点から,Bの請求を認めました。それにもかかわらず,小問1(2)では,Bに負担を課していいのかという点が気になります。Bは,後でDに対し請求しろというのは,そもそも負担ですし,仮にDが無資力になった際の不利益はBが受けるのかという問題があります。そうではなく,Bへの請求は否定した上で,Bが無償で土地の返還を受けた場合には,その後Dへの請求はできない,その後の請求はCがDに対ししていくべきだ(請求の負担,Dの無資力のリスクはCが負担すべきだ)と考えるべきだとはいえないでしょうか。また,本件Cは,上記のように代理権濫用について悪意だったのであり,Bを犠牲にし,そのようなCを保護しないといけないのかという点も気になるところです。
いずれにせよ,BC両者の利益に配慮し,検討したいところです。
第3 小問2
1 Dへの請求を考える上での前提
本件では,A夫婦は,甲土地をBの教育資金に用いるつもりで売却しています。そのため,小問1と異なり,当該売買が代理権の濫用であるとは評価できません。そのため,代理行為はBに帰属し,Cに対し,土地の返還は請求できません。
BとしてはAに,その代金の引き渡しを請求(702条1項)が出来るに留まります。
しかし,本件では,A夫婦が売却後に考えが変わり,当該売却代金500万円をAのDに対する債務の弁済に充ててしまっています。加えて,現在A夫妻は無資力であり,BがA夫婦から代金の引渡しを受けられなくなってしまっています。
かかる場合にBはどうすればよいでしょうか。まず,A夫妻にお金がないのが悪いわけですから,この資力が回復すればいいと考えることができるでしょう。また,A夫妻にお金がないのであれば,お金をもっている人から回収すればよいはずです。特に,本件では,Dは,弁済の金銭が,Bの土地を売った代金であることを知っていたわけです。そうすると,知っていて受け取るとはどういうことだ,とBは考えるわけです。Bとしては,Dから取り返してやりたいとも考えるでしょう。
2 詐害行為取消権(424条1項本文)
(1)詐害行為取消権の要件[4]
詐害行為取消権の要件は,まず,①債権者を害することを知ってした法律行為(詐害行為)(424条1項本文)が挙げられます。また,詐害行為取消権の趣旨である責任財産の保全の趣旨からすれば,②詐害行為前に被保全債権の存在[5],③債務者の無資力も要します。さらに,④受益者または転得者の悪意(ただし書き)⑤「財産権を目的」とする法律行為(424条2項)なども要件として挙げられます。
(2) 詐害行為の判断方法
債務者のなした法律行為が詐害行為に当たるかについて,判例は相関関係説(行為の客観的性質と主観的要素,債務者がとった手段の相当性を総合的に判断する見解[6])を採用しているとされます。
判例は,弁済の詐害行為該当性について,弁済は原則として詐害行為とならず,債務者が債権者と通謀し,他の債権者を害する意思を持って弁済した場合にのみ詐害行為になるとしています(最判昭和33年9月26日民集12巻13号3022頁)。そうすると,AD間の通謀までは認められない本件では,詐害行為とはいえないのでしょうか。
- 相関関係説以外の見解
以上の相関関係説に対し,客観的要件と主観的要件を分けて検討する見解を二元説といいます。予備校本の解答でたまに見かけますが,学説で採用するものも少なく,おそらく試験では上記相関関係説の認定が問われます。試験対策としては,相関関係説について抑えるべきでしょう。
- 本件弁済が詐害行為にあたるのか
前掲中田債権253頁においては,詐害行為の成否の基準について以下の様に述べられています。
「第1は,債務者の財産…が行為によって減少するかどうかである。減少する場合には,行為が無償行為か,有償行為か,有償行為の場合は,減少額がどの程度か検討する。この場合,債務者の認識があれば足りる。第2に,債務者の財産が減少しない場合,配当率が減少するかどうかである。弁済や相当価格の物での代価弁済が問題となる。第3に,財産も配当率も減少しない場合でも,財産が不動産から金銭に代わることにより,隠匿・消費が容易になるのではないかである。相当価格での不動産売却,担保の供与による借入れが問題となる。第2・第3の場合は,①債務者の行為の目的・動機の妥当性,②目的・同期との関係での手段としての相当性,③債務者と受益者の通謀・害意の有無,④債務者が既に無資力状態にあったのか,その行為により無資力になったのか…などを検討する」かかる記述からも分かるように,中田教授は,弁済の詐害行為該当性判断において,通謀は,一つの考慮要素に過ぎないと考えているようです。中田債総251頁には,「単純な弁済を詐害行為と認めた最上級公判裁判判例は見当たらない。」との記述もあります。そのため,本件でも係る見解に依拠すれば,詐害行為という認定も可能かもしれません。それに対し,潮見債総265頁は,判例では,通謀的害意ありとされる場合は,狭く絞り込まれる傾向がある。としています。改正後の民法では,弁済の詐害行為該当性は厳格に判断されることが予定されており,詐害行為を否定するという答案も間違いではないかもしれません。上記33年判決の調査官解説[7]も,弁済が詐害行為に当たる場合について,「破綻に瀕した債務者が、他の債権者に対する弁済を回避する目的で,ことさら縁故者に対し(殊に自然債務に近いような債務を),意を通じて弁済したような場合は,詐害行為と目されるのではないか」とかなり限定的に解しています。
(3) 仮に要件を満たすとした際の効果
この場合,責任財産保全の趣旨から,第三債務者の下にあった物は債務者に返還されるのが原則です。しかし,金銭は消費散在しやすく,責任財産保全の趣旨に反しかねません。そのため,取消権者は例外的に自己に引き渡すよう請求でき(最判昭和37年10月9日民集16巻10号2070頁)。かつ,取消権者はその返還債務を被保全債権と相殺(505条1項)できます。これにより,事実上の優先弁済を受けるわけです。
3 不当利得返還請求(703条)
(1) 次に,Dに対し,直接請求する方法として,まず,Dは500万円を得ており,「利益」(利得)があります。また,Bは500万円を取得できず「損失」があります。そして,
本件のような三者間の場合に,は因果関係が認められるかが問題となります(BはAに対し請求権を有しているためです)。
本条の因果関係は公平の趣旨から社会通念上の因果関係で判断するとされています[8](最判昭和49年9月26日民集28巻6号1243頁は,「社会通念上Xの金銭でYの利益をはかったと認められるだけの連結がある場合には,なお不当利得の成立に必要な因果関係がある」としました)。
本問で,Bは,Aが無資力であるがゆえに,結局Bの横領により,代金を受け取ることが出来ず,「損失」を受けました。他方,Dが「利益」を取得出来たのは,Aが横領し,代金をBに渡さないままDに弁済したのがその要因です。以上からして,「利益」と「損失」の間に,社会通念上の因果関係があるといえます。
(2) 騙取金弁済の応用(横領金による弁済)
もっとも,AがDに支払ったのは,債務の弁済のためです。そこで,かかる法律行為による場合もなお,「法律上の原因なく」といえるかが問題となります。
本条の趣旨が公平にあることからすれば,「法律上の原因なく」とは財産価値の移動をその当事者間において正当なものとするだけの実質的相対的理由のないことを意味します。そして,本来帰属すべき金銭が帰属せず,横領され第三者への弁済に用いられた場合,特に債権者が悪意または重過失の場合は,もはや正当なものとするだけの実質的理由はないと考える事が出来るでしょう。
そのため,Dが悪意ないし重過失といえれば,請求は認められます。
- 騙取金弁済ではないことついて
本件は,騙取金弁済(最判昭和49年9月26日民集28巻6号1243頁,百選Ⅱ7版77事件,百選Ⅱ6版74事件)を横領に読み替えて論述する必要があります。ここで,横領の場合に,騙取金弁済の考えを類推してよいのかという点が問題になりますが,同論点は,望ましくない財貨の移動を公平の観点から修正する点にその意義があり,横領事例にも同様の議論が妥当するといえるでしょう。実際に,昭和49年判決も「金銭を騙取又は横領して」としており,その射程は横領にまで及ぶと考えていることは明らかです。
- 騙取(横領)金弁済の悪意・重過失の対象
確かに,昭和49年判決は,悪意・重過失の対象を明らかにはしておらず,かかる構成も取れないわけではないかもしれません。しかし,私見としては,不当利得と詐害行為はそもそも目的を異にするのであり,同列に扱う必要はないのではないかと考えます。また,本件で仮に弁済の詐害行為該当性を否定した場合に,Dの救済手段がなくなってしまうのであり(Dは無資力までの認識はありません),その点からも,悪意・十過失の対象は騙取金であることのみをもって足りるのではないかと考えます。
上記の様な,不当利得構成は,詐害行為取消権制度が存在するにもかかわらず,敢えて認めるべきではないとの批判があります[9]。また,かかる構成は認めた上で,詐害行為取消権類似の構成とすべきだとし,騙取金である認識のみならず,無資力の認識も要する,という見解もあります。
参考答案
第1 小問1(1)
1 BはCに対し,所有権に基づく返還請求権としての甲土地明渡を請求する。Bは甲土地を当初所有し,またCが甲土地を占有していた。
これに対し,Cは,BC間の本件土地売買(555条)によって,Bは所有権を喪失している(176条)と反論する。
ここで,親権者たるA(818条1項)は18歳で未成年(4条)の子Bの財産について,その財産管理に関する法定代理権を有している(824条本文)。そして,代理人として,本件で売買契約を締結している。
もっとも,本件で,Aは自己の債務の弁済のために契約に臨んでいる。そのため「利益が相反する行為」(826条1項)といえないか。仮にいえる場合は「特別代理人」なくして行われた行為は無権代理(113条1項)となる。そこで,「利益が相反する行為」の判断基準が条文上明らかでなく問題となる。
(1) 826条1項は子の保護を図る趣旨である一方で,法が包括的代理権(824条1項本文)を与えている以上,取引の安全にも配慮する必要がある。そのため,「利益が相反する行為」は,あくまで外形的・客観的に判断する。
(2) 本件で,AはBの代理人として本件売買に臨んでおり,その法的効果は本人Bに帰属する以上,外形的・客観的にはAの利益となるわけではない。専ら,本人のための行為である。そのため,外形的・客観的にみて,AとBの間に利益が相反する関係はない。以上から,「利益が相反する行為」とはいえない。
2 しかし,それではBの保護にあまりに欠けないか。そこで,Bを保護する法律構成が問題となる。
(1) 代理権をその趣旨に反して濫用することは当然許されない。かかる場合は取引の安全にも配慮しつつも,93条但し書きを類推し,相手方が悪意または有過失の場合に無効となる。
もっとも,親権者の子の財産に関する広範な裁量に鑑みて,子の代理権を授与した法の趣旨に著しく反する特段の事情がある場合に代理権の濫用といえる。
(2) 本件で,Aはもっぱら自己の債務の弁済という私欲のためだけに代理人として行動しており,子Bについては何ら考慮していない。そのため,子の代理権を授与した法の趣旨に著しく反する特段の事情があり,代理権の濫用といえる。
そして,本件Cは,Aが代金を弁済に充てること,すなわち,代理権濫用の事実につきしっており,悪意であるから,本件売買は無効である。
3 そのため,所有権はなおBにあり,請求は認められる。
第2 小問1(2)
CはBに対し,500万円の支払請求として,不当利得返還請求(703条)を主張する。上記のように返還によりCが不動産を返還した場合には,その代金を受けるまではCに「損失」がある。もっとも,その対価としてCが支払った代金はBの下にはなく,AがDに弁済している以上,Bに「利益」(利得)はないと考えるべきである。
確かに,Cの請求を認めた上で,BがDに対し,後述するような不当利得返還請求を行うべきという考えも想定される。しかし,そのような,後発的紛争による負担や,後のDの無資力の危険は,代理権濫用につき悪意であったCに負わせるべきで,代理権濫用の被害に遭った子Bに負担させるべきではない。
そのため,請求は認められない。
第3 設問2
1 前提
まず,本件で,A夫婦の甲土地売買は,売却代金をBの教育資金にするために行ったものである。そのため,小問1の場合と異なり,子の代理権を授与した法の趣旨に著しく反する特段の事情はなく,代理権の濫用はない。そのため,甲土地の所有権はBからCに移転している。そして,それにもかかわらず,A夫婦は代金をBに渡すことなく,Dに対して弁済してしまっている。そして,現在A夫婦は無資力であり,BはAに対し,代金の引き渡し(702条1項)を請求しても実効性に欠ける。かかる状況を前提に,BのDに対する500万円の支払請求権を検討する。
2 Bの,AのDに対する弁済についての詐害行為取消(424条1項本文)
(1) 本件で,AのDに対する弁済を取消し,その500万円自己への引渡しを請求することが考えられる。なお,本来取消された金銭はAに帰属するのが原則であるが,Aに金銭が帰属した結果,消費・散財され,責任財産保全の趣旨を害することを防ぐため,例外的にBへの引渡し請求が認められる。
(2) そこで,要件を検討するところ,まず,責任財産保全の趣旨から詐害行為前に生じた金銭債権としての被保全債権を要するが,BのAに対する代金の引渡請求(702条1項)がこれにあたる。また,上記趣旨からして債務者の無資力を要するが,本件でAは無資力である。
(3) 次に,「債権者を害することを知ってした法律行為」(424条1項)とは,主観と客観を相関的に考えるところ,義務的行為である弁済は客観的には詐害性が低く,主観的に相当の悪性を要する。具体的には,債務者債権者間の通謀を要する。
本件では,通謀までは認められず,詐害行為取消は認められない。
3 BのDに対する500万円についての不当利得返還請求(703条)
(1)本件では,Bは代金を受け取らず500万円の「損失」を受け,また,弁済を受けたDは500万円につき「利益」(利得)を得ている。
そして,本件のような三者間の不当利得事例において,「利得」と「損失」間の因果関係は,公平の趣旨から,社会通念上の因果関係で判断するところ,本件で,Bは,無資力のAが,代金をDに弁済してしまったため,代金を得ることができず「損失」を受けている。他方,かかる弁済でDは利益を受けている以上,両者間には,社会通念上の因果関係がある。
(2) もっとも,本件でDは弁済として500万円を受け取っているのであり,「法律上の原因なく」とはいえないのではないか。
ア 本条の趣旨が公平である以上,「法律上の原因なく」とは財産価値の移動を正当化する実質的な理由がないことである。具体的には支払われることが不当な金銭であることにつき悪意または重過失のときはこれにあたる。
イ 本件で,Dは甲土地の売却代金で,Aに処分権限がない不当な金銭(横領金)であることについて悪意であった。そのため「法律上の原因なく」といえる。
以上から,BのDに対する請求は認められる。
以 上
[1]これに対して動機や目的,必要性,実質的効果を判断する見解を実質的判断説といいます。しかし,基準として不明確であるとの批判があります。
[2]判例は代理権濫用について,有権代理であるが例外的に効果帰属しないと考えています。無権代理と考えているわけではないので注意してください。ただ,民法改正後は無権代理となるようです。
[3]代理人において本人に効果帰属させる意思に欠ける点はないが,代理人は自己の利益を図る意思で本人に法律効果を帰属させる意思表示をしていることが心裡留保類似であるとする理由付け(山本総則439頁)もありますが,多くの見解が心裡留保類似の関係はないとします。最高裁は単に悪意又は有過失の場合に本人保護の結論を導く場合に同規定が最適であるからただし書を類推しているに過ぎないとされます。
佐久間総則289頁,我妻総則345頁も,「かような背信的意図をもっていることを相手方が知りまたは知りうべかりしときは,相手方の立場を考慮することなく,本人の利益を図ることが適当である」としています。
[4]潮見債権総246頁,中田債権238頁
[5]もう少し具体的に説明すると,詐害行為以前に発生した債権の債権者は,詐害行為以前の債務者の一般財産を引当てにし,取引に入っているため,責任財産回復について保護すべき利益を有するという考えによります。
潮見債総247頁
[6]潮見債総263頁,中田債権248頁
[7] 土井「判解」民事篇昭和33年度261頁
[8] 潮見基本債各341頁
[9] 百選Ⅱ7版77事件解説