ネット上の中傷「加害者を減らしたい」 お笑い芸人のスマイリーキクチさん

2015年03月13日

すまいりーきくち 1972年、東京都生まれ。お笑い芸人として活動していた1999年から10年以上、身に覚えのない殺人事件の犯人だとインターネット上に書き込まれ続けた。自身の経験をまとめた著書「突然、僕は殺人犯にされた」(竹書房)を出版。ブログでも積極的に発信している。
すまいりーきくち 1972年、東京都生まれ。お笑い芸人として活動していた1999年から10年以上、身に覚えのない殺人事件の犯人だとインターネット上に書き込まれ続けた。自身の経験をまとめた著書「突然、僕は殺人犯にされた」(竹書房)を出版。ブログでも積極的に発信している。

 川崎市の多摩川河川敷で中学1年の少年(13)が刺殺体で見つかった事件で、真偽が不明な「犯人」情報がインターネット上であふれ出した。根拠の無い情報が原因で10年以上にわたってインターネット上で「殺人犯」と誹謗(ひぼう)中傷を受け続けたお笑い芸人のスマイリーキクチさん(43)は自身のブログ内で「自分の言葉と行動に『責任』を持とう」と呼びかけ話題になった。

 インターネット上で犯人探し、「私的制裁」が横行する現状をスマイリーキクチさんはどのように見ているのか。発言の根底にはネット上の中傷による「加害者を減らしたい」という思いがあるという。ロングインタビューでお届けする。【聞き手・石戸諭/デジタル報道センター】

 ◇「言葉の集団リンチ」に見える

 −−川崎市の事件でも真偽の不確かな情報がネット上にあふれました。

 スマイリーキクチさん 問題は少年事件にとどまりません。大人でも同じです。名字が同じだからという理由で犯人の親族だと疑われ、ネット上に情報が流されるといったことも起きています。誰かが個人を無作為におりの中に放り込む。その人に対して集団で強い言葉を発する。僕には「言葉の集団リンチ」に見えます。川崎の事件も第一報を聞いたときから「これはまずい事件になるのではないか」と思いました。ネットで調べていたら、犯人探しが始まっていたので、これは過熱すると思いました。

 僕はネット上の「私刑」に、ずっと違和感を持ち続けています。彼らは何を根拠にたたくのか。なぜ被害者をないがしろにするのか。今回の川崎市の事件で考えないといけないのは被害者、そして残された被害者遺族の人権です。13歳で生きる権利を奪われています。事実であったとしても、顔にあざがある写真を載せたり、拡散したりしていることも僕には理解できません。

 10年後、20年後に遺族の方がネット上で事件と関係ないことを検索した時、ふとしたことでこの写真を見たらどう思うでしょうか? 加害者の実名を見つけたらどういう気持ちになるのかな、と。そういう気持ちを考えてから公開してもらいたいと思っています。

 ◇「加害者」を「被害者」にしてはいけない

 −−この事件だけでなく、「正義感」による「犯人探し」が止まらない現状があります。これをどう見ていますか。

 スマイリーキクチさん ゆがんだ正義感だと思います。ブログにも書きましたが、犯人とされる情報や顔写真が載ったサイトをリツイート(転載)することも同罪です。こうした情報は簡単には消えません。不確かな情報を流すことは簡単です。ツイッターのリツイートは2回のクリックでできてしまいます。

 考えることよりも、感情に流されてクリックしていないか。よくよく振り返ってほしいと思います。怒りの矛先を不確かな情報の拡散につなげてはいけない。被害者が私的制裁をしてほしいと話してもいないのに、「被害者のために」と自身の行為を正当化する。被害者のためにと思うなら、もっと想像力を働かせられるはずです。

 (今回の事件の)加害者が許せない、というのは気持ちは僕も同じです。だからこそ、僕は加害者は加害者のまま罪を償ってほしいと思っています。

 (ネットで氏名や顔写真などの情報を流したことで)もし加害者から「名誉毀損(きそん)だ」と訴えられたらどうするか。民事訴訟を起こされたらどうするか。裁判で損害賠償の支払いを命じられ、加害者にお金を支払うことになったらどうするか。加害者を被害者にしていいのか、と問いたいです。

 みんな自分の言葉に責任を持たないことが一番怖いことです。加害者の自宅とされる場所から生中継するような事態も起きています。それ見てあおる人たちもいました。ネット上の誹謗中傷だけでなく、実際に被害が起こる可能性もあるでしょう。加害者の家族に暴力がふるわれるようなことが起きたらどうでしょうか。軽い気持ちで加担した「私刑」から新しい事件を生むだけではないでしょうか。それでは問題は解決しません。

 一方で、犯人探しで過熱し、週刊誌で報じられ、日弁連が抗議する……。こうした流れの中で事件の被害者が置き去りにされているように思えます。本当に必要な支援や対策を考えることができているのでしょうか。

 −−そのような考えに至ったのはご自身の経験が大きいのでしょうか?

 スマイリーキクチさん そうですね。ネットで中傷に加担する人はいじめや集団暴行の加害者の心理とまったく同じだと思います。

 本来、いじめや集団暴行で命を落とした事件を憎むなら、集団で1人あるいは少数をおとしめることをやめないといけません。ところが、「あいつらがやったなら俺たちも集団でやる」「集団なら何をやってもいい」と集団で抵抗できない人を選び、言葉を浴びせる。僕はこれを加害者への「憑依(ひょうい)」と呼んでいます。憎むべきはずの加害者と同じ行動を取っている。

 僕を「殺人犯」にした人たちと集団暴行の加害者は同じ価値観を持っていると思います。

 ◇いまだに続く「殺人予告」

 −−事件に直接関係ない人たちまで事件に関係があるかのような情報も流れています。

 スマイリーキクチさん 逮捕された3人の容疑者以上に「犯人」の名前が挙がりました。これも簡単には消せないでしょう。「あの事件で逮捕はされていないが、関係しているらしい」とうわさが流れたらどうでしょうか。自分の名前を検索したら、事件や犯人グループと関連づけられている情報が残っている。これがもとになり、名前を挙げられた人たちが就職や結婚という人生の節目を迎えた時に何か問題が起きるかもしれません。

 インターネットの言葉は生き続けます。書き込んだ人はその言葉にどこまで責任が持てるのでしょうか。僕のところにはいまだに「殺人犯」という言葉が来ます。「真実を話せ」「事実を言え」「なぜ自分をかばうのか」……。

 事実無根であると本も出版させていただき、こうして取材をお受けしたり、講演の依頼も頂いたりしてます。しかし、現実はまだ「殺人予告」が来ますし、「殺人犯」だと信じている人もいます。ぱっとインターネットで事件を調べて、僕が殺人犯だという偽の情報にたどり着き、信じ込むようです。発信できる立場にいる僕ですら、まだ払拭(ふっしょく)できないのだから、ネットの言葉は簡単には消えないというのがわかっていただけると思います。

 ◇「自分が常に正しい」という価値観ほど怖いものはない

 −−キクチさんの事件では検挙された加害者から誰一人謝罪が無かったという話もありましたね。「責任」という言葉とつながります。

 スマイリーキクチさん 検挙された方々はみんな普通の社会人で、それなりの社会的地位の人もいました。しかし、検挙されても謝罪よりも被害者意識の方が強いようです。「私は悪くない」から始まって、最初は「犯人が憎い」「許せなかった」と言いますが、なぜ自分がやったかと問い詰められると、「ネット上の情報にだまされただけだ」「最初にウソを書いたやつが悪い」「みんなやっている人がいる。何で自分だけ」。そして「私もストレスを抱えてつらい」……。

 最後には「キクチのせいで犯罪者にされた」となる。「私が書いた回数は少ない」と言い張る人もいました。でも、万引きは1回でも犯罪になります。人を殴るのが1発ならいいのか、という話になりますか。

 ネット上で事件関係者のプライバシーを暴いている人たちが、もし取り調べを受けたとしても同じことを言うと想像しています。

 仮に少年法がもっと厳しく改正されたとしますよね。未成年でも実名報道になって、テレビでも新聞でも顔写真が出る、名前も出る。そうしたらネット上の中傷は無くなると思いますか。僕は無くならないと思う。彼らは「新聞がやっている、テレビがやっている。だから俺たちもやる」となるだけで、結局、中傷に加担する人たちは、今と同じことを別の理由で正当化して続けていくだけだと思う。常に逃げ道を探して、無責任で人ごとになる。どうして中傷するのか、もっと根本から考える必要があるでしょう。ヘイトスピーチも差別表現も根は同じだと思います。

 自分が「常に正しい」と思うことほど怖い価値観はない。人間、生きていれば納得がいかないことはたくさんある。その中で折り合いをつけないといけません。繰り返しになりますが、ストレスがあったとしても中傷は正当化されないのです。そこは絶対に忘れないでほしいと思います。

 −−現実には中傷を受けた被害者が訴えにくいという話もあります。

 スマイリーキクチさん 僕も講演をしていると、そのような質問をよく受けます。警察にどうやって相談するか。証拠の集め方など具体的に動画を使ってまとめようと思っていました。本だけでなく動画の方が分かるかな、と思っていたところです。

 僕が被害を受けていたころよりも、大きな社会問題になっています。ネットで書くのは一瞬でできますが、削除することは簡単ではありません。サイト運営会社や検索会社も削除要請に応じてくれません。業界内で自主ルール作りであったり、何らかの対策をたてたりすることは必要だと思います。

 −−書き込む人が「情報の発信者」という意識を持つのは難しいですね。

 スマイリーキクチさん チェック機能が働かないですよね。僕もブログに書く時は妻に読んでもらい、チェックを受けます。自分1人しか分からない表現になっていないか、自分の気持ちはちゃんと伝わっているか。川崎の事件について書いた時はアップするまで2日かかりました。

 僕はネガティブな感情でネットに書き込んでしまうというのは、その人が何らかのシグナルを発しているのではないか、と考えています。何かがしんどいとか、悩みがあるとか。その人が抱えている何らかの問題が書き込みの背後にあるのではと思うのです。シグナルだと思って、周囲が対応を考えることも大事じゃないかなと。

 −−インターネットの無責任な発信で人生を狂わしてしまう可能性もあります。

 スマイリーキクチさん その通りですね。インターネットで人生を棒に振るほど、バカなことはない。インターネットは自分を表現できる場です。だからこそ、もっと自分を大事にしてほしい。みんなが書き込んでいるから書くなんて理屈で変なリスクを背負ってほしくない。

 匿名の発信だからといって、調べられないわけではありません。警察が捜査で特定すること自体は決して難しいことではないのです。今でも残っていますが一時期に比べて「殺す」「爆破する」といった書き込みは減ってきたと思います。書き込めば捜査の対象になる、と利用者が意識しているからでしょう。同じように誰であってもプライバシーを暴いたり、疑わしいという理由で名前を書いたりすれば、中傷に当たります。これは捜査の対象になる可能性がある。そう思って、もっと自分を大切に扱ってほしいです。

 ◇「誹謗中傷」加害者を減らしたい

 −−キクチさんが考えている対策は「ネット誹謗中傷の加害者を減らす」ということだと思いました。

 スマイリーキクチさん そうですね。「被害者になったらどうする」という観点だけでなく、「加害者にさせないためにどうするか」という観点も必要です。

 僕から伝えたいのは、人の人生を潰そうと躍起になれば、自分の人生も潰れますということです。そして、「凶悪事件の加害者だから何をやってもいい」という感覚もおかしい、と。まずあなたは「被害者」じゃない。その感覚が元で加害者になってしまう。書いていることを自分の家族や学校の友達に言えるか。そうやって問うことが必要だと思います。

 ツイッターなどSNSは閉じられた世界ではありません。講演では書き込む前に「一度、止める」って話をします。「『一』に『止』めると書くと正しい」になるでしょって話です。一度、考えようってことです。「誰々のため」という言葉はそんなに簡単に使っていいものではありません。

 自由の名の下に何をやってもいいなら差別もヘイトスピーチも許容される「表現の無法」になるだけです。川崎市の事件のような悲惨な事件を無くすためには、どうすればいいのか。自分がネット中傷の加害者にならないためにどうしたらいいのか。対策を取らず今と同じままなら、ネットは10年前も10年後も変わらず、増えるのは誹謗中傷だけです。

 みんなでもう一度、考えましょう。

     ◇        ◇

 昔の殺人事件に関与していたとする事実無根の書き込みに約10年間、悩まされてきたスマイリーキクチさんは2008年、ブログに悪意の書き込みをされたとして警察に被害届を提出。その後、警視庁は悪質な事例について、名誉棄損容疑などで摘発した。

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