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<川崎・中1殺害>ネット「犯人捜し」 情報拡散に責任意識を

毎日新聞 4月21日(火)15時44分配信

 ◇<記者の目>川崎・中1殺害事件=石戸諭(デジタル報道センター)

 凶悪事件が発生するたび、インターネット上で「犯人捜し」が起きている。特に過熱するのは少年事件だ。真偽が不確かな関係者の名前、住所、顔写真が掲載されるのは当たり前。家族とされる人の写真までアップされる。「加害者を許せない」という正義感や処罰感情を背景に、ネット上で繰り広げられる無責任な「犯人捜し」はまさに「私刑」だ。安易な情報拡散で「私刑」に加担すると、名誉毀損(きそん)などで訴えられる法的リスクを負う。どれだけのネットユーザーがこのことを理解しているのだろうか。

【りょうた君ごめんなさい…現場に集まるメッセージ】

 川崎市の中学1年、上村遼太さん(13)が殺害され、17〜18歳の少年3人が殺人や傷害致死の非行内容で家裁送致された事件でも「私刑」が起きた。少年法は61条で、20歳未満の少年が関与した事件について、少年の特定が可能な報道を禁じている。そのため、新聞・テレビ各社は少年の実名などを明かしていない。週刊誌の対応は分かれたが、リーダー格の少年(18)の実名掲載に踏み切った「週刊新潮」も他の2少年は匿名だ。賛否はあれど、メディアとして一定の判断基準を持っている。

 ◇差別や暴力扇動 削除追いつかず

 しかし、ネット上ではそうしたことを意識している人はごくわずか。「無法状態」のネット空間では、関係者に対する差別的な表現や報復を扇動する文言が飛び交い、「(加害者を)殺せ」といった暴力的な言葉まで見かける。少年法を議論する以前の問題だ。

 川崎市の事件では、発生直後から「犯人グループ」として10人近い少年の実名や顔写真がアップされた。真偽に関係なく「疑い」の段階で書き込まれ、中には住所や家族関係などの情報もあった。誰かが掲載した情報が、事実かどうか確認されないまま次々と拡散されていった。

 動画配信サイトを使い、逮捕された少年の自宅前とされる場所から生中継したネットユーザーが現れたほか、ニュースアプリ「スマートニュース」が3少年の実名と顔写真とされる情報が載ったサイトを「記事」として転載する事態も起きた。運営会社は「利用規約に違反」「運用基準に抵触」として、サイト上で閲覧できないようにしたが、一度広がった情報は簡単に消えない。

 「無法状態」を止めるにはどうすればいいのか。検索大手ヤフーは「プライバシー保護」の要請が高い情報を検索結果から削除する際の基準を新たに示したが、「表現の自由」「知る権利」とのバランスなど課題は山積している。対策は、現実の後手に回っている。

 ◇仮に事実でも名誉毀損可能性

 そんな現状だが、私たちにできる対策もある。影響を自覚しないまま、「私刑」に加担する「加害者」を減らすことだ。そのためにはネット上で中傷に加担したら何が起きるかを知る必要がある。

 根拠の無い情報が原因で、ネット上で「殺人犯 死ねば」などの中傷を15年以上受け続けているお笑い芸人のスマイリーキクチさん(43)に先月、インタビューし、ニュースサイトで紹介した。事件の発生から間もない時期に、自身のブログで「自分の言葉と行動に『責任』を持とう」と呼びかけたキクチさんの発言は大きな反響を呼んだ。キクチさんが「責任」という言葉を使うのには理由がある。

 キクチさんを中傷し続けたネットユーザーの一部は警察の取り調べを受け、書類送検された。それでも彼らは一切、謝罪しなかった。「ネット情報にだまされた。だましたほうが悪い」「殺人犯がテレビに出ているのが許せなかった」。加害者意識のない言葉を繰り返したという。

 キクチさんは「私も事件の犯人は憎い。一方で『凶悪事件の加害者だから何をやってもいい』という感覚もおかしいと思う。軽い気持ちで『私刑』に加担したあなたが新たな『加害者』になる。それで何か問題は解決しますか」と問いかける。

 ネット上の名誉毀損事件に詳しい深澤諭史弁護士は「事実であろうとなかろうと、過度のプライバシー暴露や差別表現は、名誉毀損が成立する可能性がある。訴えられた人は『そんなつもりはなかった』と話す人が多い」と、キクチさんと同じように当事者意識の低さを問題視する。

 たとえ善意で広めた情報でも、「加害者」になる法的リスクが発生する。発信者は特定され、その思いは一切関係ない。これが現実だ。誰でもネットを使い、多くの人に発信できるということは、誰もがリスクを背負う時代になったことを意味する。

 情報を拡散する前にもう一度、「本当に書いてもいいか」と自分に問うてみよう。キクチさんは言う。「インターネットで人生を棒に振ってはいけない」と。

最終更新:4月21日(火)18時17分

毎日新聞