2011年11月03日

2011 ALL JAPAN直前企画③ 鈴木駿平(国士舘大学)

2011 ALL JAPAN 直前企画③ 鈴木駿平(国士舘大学)

「無垢」

今年の1月、京都の花園大学で行われた男子新体操の講習会で、鈴木は模範演技者を務めた。昨年の活躍、そして今年は最上級生になるという期待を込めての抜擢だったのだろう。
同じ模範演技者の中には、谷本竜也(当時、花園大学)がいた。鈴木は谷本にずっとあこがれていて、このとき、そのあこがれの選手と一緒に自分が「模範演技」をやるということが信じられない、という面持ちでいた。
しかし、谷本は、鈴木に対しても気さくに、「駿平くんはさ~」と声をかけきたという。当の鈴木は、そのとき、「今、谷本さんが駿平くんって言った。自分のこと知ってるんだ…」と感激してしまったのだという。

同じ模範演技者であり、年齢もたった1つしか違わない。
それでも、ジュニア、高校時代から全国レベルで活躍してきた谷本は、鈴木にとっては「雲の上の人」だった。だから、声をかけられただけでもどぎまぎしてしまう。

鈴木駿平は、そんな人間だ。

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昨年の8月、インカレ直前の国士舘大学の試技会を見に行かせてもらった。東インカレは1日だけ見ていたものの、正直、そのころの私は、まだ選手の顔と名前がちゃんと一致していないような状態だった。 それだけに、過去の成績などを気にせず、フラットな目でその日、演技を見ていたのだが、終わってから、山田小太郎監督に、「誰が印象に残りましたか?」と聞かれたとき、名前を挙げたのが、鈴木だった。 rg-lovers-280109.jpg


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このころの鈴木は、正直言って、「ノーオーラ」だった。
うまそうにも強そうにも見えない。
ものすごく、かっこいいわけでもない。
フロアにも自信なさげに入ってくるし、演技中も「どうだ!」と見栄を切るようなところもない。
どや顔もしない。

ただ。
彼の演技にはノイズがなかった。
邪念がないと言ってもいい。

大学生くらいになれば、選手は普通、いろいろなものをしょっている。すでに何年間もこのスポーツに打ち込んできているのだから、その間にさまざまな経験を重ねているだけに、なかなか「無心」な状態を作ることは難しい。
しかし、このころの鈴木の演技は、とにかく「無心」な感じがしたのだ。
試技会のあとに、山田監督の指導を受けている様子も見たが、「こんなに体の大きな大学生が?」と驚くほど、素直でひたむきだった。
女子だと、こういう雰囲気をもっているのは、せいぜい小学生くらいまでだと思うが、2010年のインカレ前、鈴木はまだそんな選手だった。

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その無心さがいいほうに作用したのか。 昨年、選手としての鈴木は飛躍を遂げた。 インカレ15位、全日本12位。 その前年は、インカレ24位で全日本に出場もできなかった選手としては、上出来な年だった。 国士舘内の成績も、佐々木智生(当時1年)とほぼ並び、「国士舘のトップ選手」と呼ばれるようになった。 それでも、鈴木は、変わらなかった。 高ぶることもなく、相変わらず、いい人オーラがあふれたままだ。 試合会場でも、ありとあらゆる人に、「応援ありがとうございました」と挨拶しに来る鈴木。 ちっともえらそうにならない。 それが、彼の良さであり、2011年の彼の演技を見ている限り、「弱さ」にもなってしまっているようだ。
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鈴木は中学時代までは、水泳部だった。高校見学のときに、八王子実践高校で男子新体操に出会い、「これがやりたい!」と思ったという。鈴木は、男子新体操をやりたい一心で、公立高校に進学してほしがっていた親を説得して、八王子実践高校に進学した。 しかし、八王子実践高校の新体操部は決して強豪ではなかったし、鈴木の1つ上の学年がいる間は、なんとか団体も組めていたが、彼らが引退してしまったら、鈴木と1年下の水島勇貴(現在、国士舘大学j)の2人だけになってしまった。 2人しかいない部活には、顧問もほとんど顔を出さなくなり、鈴木と水島はいつも2人きりで、練習していたのだそうだ。 演技は、販売されているインターハイのビデオを買って、見よう見まねで作った。そのころ彼が繰り返し見ていたビデオでは、谷本らが華々しく活躍していたのだ。 もちろん、インターハイにも選抜に縁がなかった。 同じ学年の高校生には、福士や柴田がいた。 ジュニアや高校のころから、全日本選手権にまで出場するような選手たちからは、はるか遠いところにいる高校生、それが鈴木だった。 rg-lovers-237177.jpg


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5月の東インカレでの鈴木は悪くなかった。
いや、かなりよかったと私は思っている。

このとき、公式練習を見ていて、鈴木の演技が思った以上によく見えることに私は驚いていた。今年は、国士舘の練習で見る機会も多く、見慣れていたはずなのに、いざ会場のフロアで見る鈴木の演技は、練習で見る以上に「大きかった」のだ。

たしかに背が高く、手足も長い。
スケール感は出しやすい体には恵まれている選手だ。

だが、それだけでこんな風にはなれない。
鈴木の動きには、周囲の空気を動かす「なにか」がある。
東インカレの公式練習を見て、私は改めてそう感じていた。
技術や表現で、鈴木に勝っている選手は、たくさんいる。
ただ、この「なにか」は、誰もがもっているものではない。

はたして、東インカレでの鈴木は、かなり高い評価をもらった。
ノーミスだった種目はもちろん9点台に軽くのったし、驚いたのは最終種目のクラブだ。残念きわまりない落下があり、本人もかなりがっくりきていたのだが、それでも9点にのったのだ。
昨年までの鈴木なら、落下しても9点ということはなかった。
それだけ、彼に対する評価は高まってきているのだ、と確信できた得点だった。

鈴木に目標を聞くと、「ノーミスでいい演技がしたい」と言う。
それを思えば、ミスが出てしまった東インカレは、悔いの残る大会だっただろう。
だけど、それでも一定の高い評価を得られた自分、には自信をもってほしいと思った。

だって。
この東インカレで見せた彼の演技は、やはりほかの選手にはない「大きさ」をもっていたから。
そして、その大きさと相まって、1年前のノーオーラだったころとなんら変わらぬ「透明感」があったから。

大学4年生になってもこんなに「無垢」な感じの演技をする選手、は貴重だ。鈴木のように、高校から新体操を始め、高校では満足な指導も受けられず、結果も残せず、それでも大学で新体操をやってみようと思う子にとって、鈴木の存在は、大きな希望になるに違いない。

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残念ながら、最後のインカレは、鈴木にとって不本意な大会となってしまった。 東インカレではミスの出た種目はあったものの、彼の良さを存分に見せられた演技もあった。 しかし、インカレは…。 1種目目のリングは、ノーミスで9.200だったが、スティックでは落下1で9.175。 さらに2日目はクラブで、落下があり9.150。すべて9点台にはのってきていたが、「なんとなくしっくりこない」まま3種目目までが終わってしまった。それでも、ジャパン出場は疑う余地がなかった、はずが。最後のロープで引っかけるわ、落下場外あるわの乱調。8.650と久々に9点割れをしてしまい、終わってみれば、「ジャパン、大丈夫か?」という順位に落ちてしまった。 結果的には、増田とまったくの同点16位でギリギリ通過はできたが、まさかの展開だった。 インカレでの演技で鈴木が満足していないことはわかってはいたが、「まあ、ジャパンで頑張ればよいから」くらいに思っていた私は、「リベンジのチャンスもなくなるかも?」と思ったときは、本当にドキドキした。 なによりも、大学4年生なのだから。 「まさかあのロープが、演技の見おさめ?」と思うと、泣きそうになった。 通過がわかってから、「よかったね」と鈴木に声をかけたとき、「ジャパンで演技見られないかと思ってハラハラしたよ~」言いながら、私は本当に泣きそうになってしまった。鈴木は、ちょっと笑って、「泣かないでください~」と言ったが、当の鈴木も泣きそうな顔をしていた。 彼は、やはり、そういう選手なのだ。 rg-lovers-279936.jpg


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鈴木駿平は、決して自分を高く評価していない。
落下しても9点が出たときにも、心底驚いていた。
「今の自分ならそのくらい当然」とはまったく思えない選手だ。

だから、ミスした試合のあと、「プレッシャーがあった?」と聞いても、いつも「ありません。自分はプレッシャーとかはあまり感じないです。」と答えるのだ。
おそらく。
彼がイメージしている「プレッシャー」とは、「優勝したい」「負けられない」そんな気負いのことではないかと思う。たしかに、鈴木はそういうプレッシャーとは無縁かもしれない。
だから、彼は「プレッシャーはない」と言い続けているが、プレッシャーにもいろいろな種類がある。

たとえば、「応援してくれた人達の気持ちに応えたい」、彼ならいかにももちそうなそんな思いも、プレッシャーになることだってある。
自覚はなくても、やはり彼は、去年の彼とは違う。
謙虚さもやさしさも変わらないままで、背負うものだけは重くなっている。きっと自分でも気がつかないうちに。

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インカレでの「ギリギリ通過」で、おそらく鈴木は一度、どん底を味わっただろう。通過はできても、「自信」は簡単には回復できないんじゃないかと思う。なにしろ、もともとたいして自信なんてなかった選手なんだから。高く評価されても、「なんでかな?」「ほんとかな?」と思っていた選手なのだから。

でも。
そんなことはどうでもいいじゃないの!
と、彼の背中をどおんと叩いて言ってやりたい!

たしかに、あなたの演技を楽しみにしている人はいる。
期待している人もいる。
だけど、そんなことはどうでもいいんだから。
あなたはあなたらしく。
高校時代には「夢舞台」だと思っていた全日本のフロアで踊れることをただ、楽しめばいい。

そうすれば、あなたの動きは、だれよりも大きく伸びやかで、空気を動かすことができる。
そうなれば、あなたの演技は、見ている人の心に染み透っていく。
大丈夫。
なくすものなんてなにもない。
失敗したって、結果出せなくたって、あなたの演技を嫌いになる人なんていない。
ましてや、あなたに失望なんかしない。
「ちょっと惜しかった」と思うだけだ。

自分では気づかないうちにかかえてしまっているものがきっとある。
その荷物をおろして、のびのびと踊る鈴木駿平を、幕張では見たい。
それだけでいい。



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2011年11月02日

2011 ALL JAPAN直前企画② 増田快雄(青森大学)

2011 ALL JAPAN 直前企画② 増田快雄(青森大学)

「起死回生」

今でも、今年のインカレの個人総合2日目のおわりのほうの時間のことを思い出すと、ドキドキする。
あのとき、私は、「もしかしたらジャパンで、彼の演技が見られないの?」という恐怖と戦っていた。
よりによって同点16位でギリギリ、ジャパンに残ったと聞いたときには、腰が抜けるほどホッとした。

この2年、男子新体操に急激にのめり込んできた私が、最初に「見つけた!」と思った逸材。出会ったときは、まだそこまで目立った選手ではなかったけれど、「絶対いい!」と思った自分の嗅覚を自慢したくなるくらいに、伸びてくれた選手。

それが、増田快雄だ。

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彼が大学3年生のときの夏に、私は初めて青森大学の練習を見学させてもらった。当時は、大舌恭平もいたし、柴田、福士という当時の私でも名前を知っている有名選手がそろっていた青森大学の中で、「増田快雄」の名前は申し訳ないが、まだ私にはインプットされていなかった。 しかし、何度か通し練習を見ているうちに、彼の順番が回ってくるのが楽しみになってきた。 一言で言うなら、「個性的」だった。ええ? と思うような動きをする。そして、その動きが、とても魅力的で、なんと言っても、曲にとてつもなく合っていた。 たしかあの日は、スティックを何回も通していたと思うのだが、気をつけて見れば見るほど、すべての音に動きが合っていた。そして、体がとても柔らかい! とそのときは感じた。だから、こんなに音に合わせて動けるんだな、と思う柔らかさを彼はもっていた。(後で知ったのだが、決して柔軟性に恵まれているほうではないらしいのだが)腕ひとつ、上体ひとつとっても波うつように細かく動かせる柔らかさをもっているから、こんなにもひとつひとつの音を拾うような踊り方ができるんだな、と思った。 初めて青森大学の練習を見たその日、私は増田に、「今日見た中で、あなたの演技に一番感動した」と言ったと思う。「去年までの成績(大学2年のときはインカレ17位、ジャパン23位)よりずっと上の選手に見える」とも言った。 たしか、そのとき、増田は「えっ?」という顔をしていた。 だけど、本当にそう見えたのだ。 rg-lovers-279870.jpg


そして、その年、増田は、私の受けた印象とおりくらいの位置まで上がってきた。
インカレでもジャパンでも、出来のよかった種目では決勝にも残るだけの演技を見せ、評価も得た。

そう、やっぱり。
彼の演技は魅力的なのだ。能力だって高い。
そのわりに成績がふるわなかったのは、ミスしていたからなんだろう。
現に去年もミスした種目があったから、総合順位はインカレ9位、ジャパン20位にとどまっている。
彼は、ミスしなければ9点は出せる選手なのだ。
しかし、1種目は必ず、8点台に沈むミスをする。
それが、大学3年までの増田だった。

今年、大学4年になった増田の演技を、東インカレの前に青森で見たとき、あまりにいいので、ビックリした。1年前は、その個性や表現に惹かれた。その良さはもちろんそのままなのだが、今年になって、彼のもつ徒手能力のたしかさに圧倒された。

青森大学の選手たちは、総じてきれいな動きをする。足先が汚い、などの欠点は少ない。
しかし、そんな青森大学の選手たちの中でも、増田の姿勢や足先の美しさは抜けて見えた。
これだけの基礎があって、個性もあるとなると、認めないほうがおかしいだろう! そう思わせる演技を、増田はしていた。

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そして、5月の東インカレ初日に、増田は本領を発揮する。
この日のスティックとリングは、非のうちどころのない演技だった。
彼の特徴である、美しい背中のラインがよく見える、小さい跳躍のたびに、跳びあがる瞬間にしっかりと指先が床をつかむように伸びるのが見える。このつま先を見せられる男子選手は、なかなかいない。
そして、小さい跳躍でも、彼が跳べば高い。実際の高さ以上にふわりと見える、軽やかな跳躍なのだ。ここに彼のよさが凝縮されている。

東インカレでは、2日目のロープとクラブにミスが出てしまい、順位はおとしたが、初日の演技と評価で、やはり「ミスしなければかなりいける」選手であることを証明できたと思う。

ところが。
8月の全日本インカレ。
増田は1種目目のスティックで大場外を犯し、8.400に沈む。
上位の選手たちは、4種目9点台はそろえてくることを思うと、0.6のビハインドは大きい。
増田がいい実施で4種目まとめることができれば、メダルもいける! と私は本気で思っていただけに、このスティックのショックは大きかった。メダルどころか、もう1つでもミスしたら、ジャパンもあやうい? それくらい大きなミスだった。
それも1種目目。
マラソンでいえば、スタートしてまだ競技場から出る前に転んでしまったようなものだ。増田はひょうひょうとしているが、それでも大学4年だ。今年に懸ける思いは強かったはず。

「何位になりたい」というような目標をもつタイプではないようにも思うが、「魅せる演技」をする選手だけに、自分のいちばんいい演技を本番で見せたい! という思いは強かったはず。そのために練習してきたし、かなり冒険したプログラムにも挑戦してきたのだ。

それが、いきなり。
精神的なダメージがないはずはない。
残り3種目、なんとかまとめてほしい! もうそう祈るしかなかった。

リングでは大きなミスはなかったが、中盤すこしリングを落下したように見える部分があったり、緊張は伝わってくる演技だった。9.200。さすがに9点にはのったが、スティックの分を挽回するにはあと一歩という得点だ。初日の2種目での暫定順位は24位。ジャパン出場は、18位まで。まさに背水の陣になってしまった。

2日目。
東インカレではミスしたロープを、増田はまとめた。ロープをとてもしっかり見ている慎重な演技ではあったが、美しさに揺るぎはなく、いい演技だった。9.275。
最後のクラブ次第では、ジャパンの目が見えてくる。なんとかそこまで上がってきた。

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しかし、よりによってクラブは。 今年、増田がもっとも懸けている種目だったと言っていいだろう。 一度見たら、きっと誰もの印象に残ってしまう、今年の増田のクラブはかなり冒険した作品だ。実施がよかったとしても、審判によっては評価しないかもしれない、そんな演技なのだ。 ジャパンにいけるかどうか、が懸った場面には、あまりにリスキーな種目が最後に残ってしまった。しかし、これも運命。 ただ、祈るしかない。 増田が悔いのない演技ができるように。 そして、その演技を審判が認めてくれるように。 増田のクラブの演技は、「セクシー」だ。 多分、ここまでの演技力をもっている選手はなかなかいないと思う。 去年の学生チャンピオン・大舌恭平もセクシーさのある演技をしていたが、増田のセクシーさは、大舌とはまったく違う。 大舌はセクシーさのなかにも「さわやかさ」があるが、増田のセクシーさはワイルドなのだ。 たしかに好みは分かれる演技かもしれない。 が、こういう演技に挑む選手が出てきたということが、すごいと思うのだ。男子新体操の表現の幅はこうやって広がっていくと思うから。 はたして、インカレでの増田のクラブは…。 いい演技だった。増田の見せようとした世界は十分に描けていた。 女子側の観客席から、増田のセクシーポーズに合わせて「ひゅうっ」と声がかかった。観客席は、男子側だけでなく女子側ものりのりだった。女子の審判もみんな見ていた。 ・・・そんな演技、だった。
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ただ、惜しい落下は1回あった。 これでジャパンはなくなった? と思う落下だった。 フロアからおりた増田も脇のサブスペースで頭をかかえてしゃがみこんでいた。おそらく彼も「おわった」と思っていたのではないかと思う。 しかし、結果、この落下のあった演技で、増田は9.300を得る。 スティックでのへこみを、ほかの種目でなんとか埋めた! その結果、ジャパンに首の皮1枚のところでつながったのだ。 結局のところ、増田は今年も、「1種目はポカする選手」のままだ。 メダルにもまだ手が届かない。 だけど、そんなことはどうでもいいいようにも思う。増田は、間違いなく「記憶に残る選手」にはなかったのだから。それは、ある意味、メダルよりもずっと価値がある。 2週間後に迫ったジャパンでの増田には、私はなんの心配もしていない。彼は、インカレで一度死んでいるのだから。 もうジャパンでは、いい演技をする以外にやることはない。 幕張では、増田の「起死回生」の演技がきっと見られる。 なぜかそう信じられるのだ。                                      <撮影:村岡美穂>


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2011年11月01日

2011 ALL JAPAN直前企画① 柴田翔平(青森大学)

2011 ALL JAPAN 直前企画① 柴田翔平(青森大学)

「賭け」

だれだって人に弱みなんか見せたくない。
負けるに決まってる勝負なんかしたくない。
だから、自分は自分らしくあればそれでいい。
その結果、評価されなかったとしても、そんなことはどうでもいい。

柴田翔平は、私の目には、そんなタイプの選手に見えていた。
良きに悪しきに彼は、「自分」を貫くタイプの選手なのだろうな、と思っていた。不器用なまでに。
そして、それはそれでよいではないか、と思っていた。
結果がどうなろうと、それは一つの潔い生き方であるし、評価だってされるだろうと思えた。

彼には、それが似合うような気もしていた。

ジュニアのときも、高校時代も、そして大学生になってからも、「技術」には定評があり、高く評価もされてきた。しかし、意外と頂点を極めたことは少ない。それだけに、大学4年の今年を彼はどんな思いで迎えるのだろう、と思っていた。「学生最後の年だからこそ自分らしい演技を貫く」・・・多分、そうなんじゃないかと予想しつつ。

しかし、その予想は見事に裏切られた。
柴田翔平は、大学4年になった今年、「賭け」に出た。

タンブリングや手具操作は、もともとトップレベルの選手である。
ただ。
欠けているのは、「美しさ」。彼はずっとそう言われてきた。
その自分に「欠けているもの」を、今年の彼は手に入れようとしていた。
そのために、おそらく想像を超えるほどの努力をしてきたのだろう、と東インカレのときの彼の演技を見て感じた。

東インカレでのスティックとリングは、新しい作品だったが、どちらも今までの柴田のイメージとはかなり違った演技だった。技術はもちろん高い、迫力もある。さらに、去年までの演技には希薄だった「美しさ」や「艶」が出てきていた。
しかし、彼のようにジュニア時代から人に知られている選手となると、その演技スタイルや個性に対する評価はすでに決まってしまっている。いわゆる「柴田翔平らしい演技」を期待してしまうところが、観客にも審判にもあると思う。

その期待を裏切るような今年の柴田の演技は、評価が分かれるだろうとは予想できた。もっとも、東インカレでは、高い得点を得ることには成功している。新しい作品×2種目で挑んだ初日は、暫定首位となり、2日目も3種目目であるクラブは、昨年のジャパンでミスを犯した「アリエッティ」をしっかりまとめ、首位をキープ。しかし、最後のロープでミスが出る。ロープは、昨年と同じ演技だった。従来の柴田らしさが満載のスピード感あふれる演技。柴田翔平の真骨頂とも言える鉄板の作品で、優勝を決める展開だったにも関わらず、そこでミスが出てしまい、福士祐介に優勝を譲る結果になってしまった。

そして、今年の柴田の演技を、「らしくない」という向きもやはりあった。去年までのスピード感や、止まらず、誰よりも巧みな手具操作という印象が薄れたと評する人もいた。
たしかに、東インカレの時点では、彼は「賭け」に勝ったとも負けたとも言えないように見えていた。

続く8月のインカレでは、初日のスティックでつまずく。3回前転キャッチでまさかの落下場外。得点8.800。初日の暫定順位は17位。最後のインカレでの優勝を狙うには絶望的な初日の結果だった。17位は、2日目にミスが出ればジャパンの出場権すら失う可能性もある、そんな順位だ。優勝のプレッシャーと戦う覚悟をもって挑んだだろう大学4年のインカレは、まったく違う戦いになってしまった。

しかし、結果的には、この試合展開が、2日目の快進撃につながる。

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クラブは、やはり「アリエッティ」。昨年のジャパンでは、ミスはあったが、なにか「とてもいいものを見た」という気持ちにさせてくれたこの作品を、どこまでもやさしく、やわらかく彼は演じ切った。 「やさしく、やわらかく」だ。 そして、1つ1つの動きが、気持ちよく音にのっていた。 あのスピードまかせ、力まかせな演技をしていた柴田翔平が、だ。 今年の柴田の演技は、「見える線」がまったく違っている。 去年まではほとんどなかった曲線的なラインが随所に見えるのだ。「止まらない演技」が魅力だった彼が、あえて止まった姿を見せている。それは、見せられる「線」を、彼が手に入れたからに他ならない。 卓越した技術は持っているが、「美しさ」に欠けると言われてきた選手が、今年はその欠落を補うために、かつてないほどの努力をしてきたのだろう。「かっこ悪い」くらいに。プライドも捨てて。 クラブの演技からは、この1年間の彼の思いが伝わってくる。だから、物哀しげなアリエッティの曲とあいまって、胸に迫るものがあった。 rg-lovers-279724.jpg


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このときに、彼は「賭け」に勝ったと私は思った。
試合の勝敗だけで判断するなら、インカレ優勝を逃そうとしている彼は「賭けに負けた」に違いない。
しかし、新体操は芸術スポーツだから。表現するスポーツであり、何かを伝えるスポーツだから。
たとえ、結果は「負け」だとしても、その演技でより多くのことを伝えることができたならば、決して負けではないのだ。

柴田という稀代のテクニシャンが、最後の年に見せたこのセンシティブな演技は、「自分はここまで」とあきらめずに挑戦することでしか完成できないものだった。
「自分らしさを貫く」といえば、聞こえはいいが、つまり「あまんじる」ということだ。その安易だが、プライドは守れる道を、彼が選ばずに、最後の1年間、自分と向き合い、研鑽してきたからこそ、得られたものだった。

そして。
インカレ最後の種目・ロープに、柴田は東インカレとはまったく違う演技をもってきた。

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おそらく誰も見たことのないような、圧倒的な演技。 ザ・柴田翔平! というような演技だった。 どこまでも高く、強いタンブリングに、あっと驚くような手具操作が組み合わさったこのロープは、誰にも真似のできない演技だ。 シーズン開幕前の彼の言葉を思い出した。「出し惜しみのない演技をする」、彼はそう言った。その言葉が、まさにこの演技で体現されていた。 「今までにはない柴田翔平」を見せることに挑み続けた今年の彼が、まるで何かから解放されたように、いきいきと躍動するこのロープの演技は、観客も審判をもねじふせるだけの力をもっていた。9.550という最高得点を得て、総合順位も7位まで上がった。 7位は、決して満足のいく順位ではないだろう。が、いったん17位まで沈んでいたことを思えば、「さすが」としか言いようがない。 rg-lovers-279726.jpg


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そして、なによりも、この日、彼は
「いちばん柴田翔平らしくない(でも、すてきだと思える)演技」と、
「いちばん柴田翔平らしい演技」の両方を見せてくれた。
それは、どちらも見る人の心を動かす演技だった。
そのことに意味がある。

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これだけ人を感動させておきながら、「ジャパンに向けて、クラブの演技は変えました」とこともなげに彼は言う。 まだ何かに挑戦したくなったのか。 やりたいことは、どこまでもやればいい。 自分の納得いくまで。 それが、あなたの「自分らしさ」なのだから。 ※柴田選手の演技の動画が以下のURLにアップされています。  http://www.youtube.com/results?search_query=shoheishibata94&aq=f                                         <撮影:村岡美穂>


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