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青雲を駆ける 作者:肥前文俊

第一章 鍛冶編

第六話 作業開始

 耐熱煉瓦を組み上げ、隙間は煉瓦を砕いた粘土で埋めていく。
 熱さに強く、簡単には溶けたり割れたりしない丈夫な炉が出来上がった。
 高さは三.六メートル。幅は四〇センチ、奥行きは八〇センチの物だ。

 炉の形は独特で、反射する輻射熱を利用すれば、非常に高温になる。
 煙突は細く長い。熱を少しでも効率的にあげられるように作られていた。
 仮焼きも済んで、いつでも火を入れられる状態になった。

 ようやくだな、という実感があった。
 鍛冶場には薪が山のように積み上げられ、その横には同じように積まれた酸化鉄の山がある。

 二ヶ月かかって集められた仕事道具だ。
 もちろんエイジ一人で出来たわけではない。
 村の中から少しずつ手を借り、露出した鉄を掘るものや、薪を割るもの、炉を組み立てるものなど、かなり世話になった。

 エイジは自分の作業場をぐるりと見回した。
 鉄床も鎚も、ハサミもまだない。
 これから鉄製の道具を作っていく必要があった。

 代わりに、作業台は作られていた。
 日本式の昔ながらの鍛冶場ならば地面に非常に低い椅子に座って行うが、すべて現代式に高さを上げている。
 その為、立った状態で作業が出来るようになっていた。

 炉の完成を祝いに来たタニアが、感心したようにほうっ、と息を吐いた。
 鍛冶場は広い。
 火を使う以上耐火性が重要になる。

 煉瓦造りの壁は重厚で、新しいこともあって非常に綺麗だ。
 雨よけの天井などもしっかりとしていて、フェルナンドの仕事の仕上がりが良い事が分かった。

「完成おめでとうございます」
「タニアさん……ようやく作業開始です。もうすぐ勤めを果たすことができます。毎日無駄飯ぐらいですみませんでした」
「毎日すごく頑張って準備してたじゃないですか。出来るまでの準備も、お仕事の一つです。私はちゃんと働いていたと思ってますよ」
「タニアさん……ありがとう」
「おうおう。見せつけてくれるねえ」
「フェルナンドさん……。茶化さないでください」
「いや、視界の中に僕の姿が少しも入ってなかったみたいだからさ。少しぐらい言わせてくれよ」

 フェルナンドがハハハ、と笑うと、自分たちの世界を作り上げていたことを初めて自覚したのか、エイジとタニアは顔を真赤にさせた。
 特にタニアの恥ずかしがりようは強く、手で顔を隠しても、耳が真っ赤に紅潮しているのが分かった。

 エイジはしっかりと頭を下げた。
 この建屋に関しては、フェルナンドはエイジから一切報酬を受け取っていないのだ。

「素晴らしいものをありがとうございます」
「なに、村としての依頼だからね。男手も借りられたし作業自体は楽なもんだよ。それに煉瓦造りはめったにしないから、いい経験になった。それより、僕も作業を少し見ていっていいかな。興味あったんだ」
「他の村の鍛冶師ならともかく、この村の方なら全然構いませんよ。ただ、めちゃくちゃ暑いんで、離れて見た方が良いかもしれません」
「じゃあ宜しく。あと、マイクさんとジェーンさんも来てくれてるんだね」
「お隣だっていうだけなのに、ありがたい話です」

 エイジが入り口を見ると、ガッシリとした体格の夫婦が立っていた。
 目線が合うと、軽く頭を下げ合う。
 マイクは手に籠を持っていて、その中には干し肉とドライフルーツが積まれていた。
 ん、と無愛想に籠を突き出される。
 エイジが受け取ると、ジェーンがにこやかな笑みを浮かべた。

「鍛冶場の完成、おめでとう」
「マイクさん、ジェーンさん、ありがとうございます。毎日色々とご迷惑をお掛けしてますが、これから働いて少しでも返していきたいと思ってます。よろしくお願いします」
「うちの旦那がどうしても祝いたいって言うからさ」
「おぇっ!? 母ちゃんがどうしても、あいたっ~~!」
「まあ、こんな旦那だけど、これからもよろしく頼みます」
「く~~っ!」
「よ、よろしくお願いします」

 呻き声をあげながら帰っていくマイクさんを、呆然とした顔で見送ると、最後に村長が訪ねてきた。
 人口二五〇人超という、村としてはそこそこの規模が迎える、初めての鍛冶だ。
 治める立場として気にかけていたのだろう。

「えぇところじゃないか。フェルナンドはいい仕事するね」
「ありがとうございます」
「この調子で頑張ってくれよ」
「はい。任せてください」
「じゃあ、私も見学させてもらおうかね」
「村長もですか?」
「なんか、問題でもあるのかぇ?」
「いえ。どうぞ見ていってください。これが二ヶ月かかって作り上げたものです。そして、実際に満足に作れるまで、あとひと月、待っていただくわけですから」

 見学にまわったタニア、村長、フェルナンドを前に、エイジは動きまわった。
 炉に火がついて、すぐに鉄が溶けるわけではない。
 完成に多くの人間が見学に来る遥か前――未明から、エイジは一人、ここで火を焚いていたのだ。

 薪を炉に放り込む。
 パチパチと、弾ける音とともに、火が大きくなっていく。
 箱ふいごを動かし、風を送る。

 酸素を得て、木が真っ赤に光輝いていく。
 多量の輻射熱が発生し、エイジの顔に、全身に汗が噴き出る。
 とてつもなく暑い。汗が瞬く間に乾いてしまうのだ。

 長い時間が経った。
 炉の温度が上がるには時間がかかるが、いま、炉の中はとてつもない高温になっている。

「お待たせしました。準備ができたので、これから作業を説明します。まず、炉の温度がある程度上がったのを確認したら、酸化した鉄の固まりを炉に入れます。そして、先ほどと違い、今度は木炭を入れます」
「早いですね」
「段取りがよくわかってる動きだな」

 エイジの動きは早い。
 炉口から酸化鉄をスコップでどんどん入れ、かき混ぜる。その上に木炭を載せていく。

「次に、ふいごを止め、炉口を煉瓦で閉じます」

 炉口に煉瓦が積み上がっていく。中の様子がわかるように、ほんの少しだけ隙間が開いているが、炎が燃えるには不十分な隙間だ。
 炉口を塞いだことで、ほんの少し鍛冶場の空気が冷える。
 それと同時に室内が薄暗くなった。

 戸口から差し込む光が、鍛冶場をぼんやりと照らす。
 作業を見ていたフェルナンドが、不思議そうに首をひねっている。
 日常的に竈で火を使っているから、風を送り込めば火が強くなり、塞げば弱くなることは体感として分かるのだ。

「そんな事をしたら火が消えるんじゃないのかな?」
「普通はそう思いますよね。この真っ赤な鉄には、燃えるのに必要な酸素という成分が多量に含まれています。空気から酸素を取り入れられなくなった炎は、酸化鉄から酸素を取り入れようとします。見てください。炉の中でまだ火がついているでしょう」
「本当だ……」

 煉瓦の隙間からは炎の明かりが漏れ出ている。

「炉の温度はおよそ九〇〇~一二〇〇℃。九〇〇℃で酸化が還元され、一二〇〇℃まででスラッグと呼ばれる不純物が流れ出ます。温度は炎を見れば分かります。低い炎は赤く、高い炎は橙から黄色く、そして白くなります。……さあ、そろそろ良いでしょう。還元、そしてスラッグが流れ落ちた鉄を取り出します」
「九〇〇℃とかって何のこと?」
「どれくらい熱いかのことです」

 エイジはまたも素早く動き出した。
 煉瓦を取り出すと、スコップで鉄を取り出す。
 まずはどろどろに溶けた不純物が流れ落ちてきていた。
 溶岩のように溶けたそれは、ゆっくりと落ちていき、前に張った水に当たると大量の蒸気を上げて冷えていく。

 炉の奥で、鉄は真っ赤に燃え盛っていた。

「ほぉー、真っ赤に燃えとるのぉ」
「火傷しませんか……心配です」
「革手袋があるのでマシですね。実際はゆっくりしていると火傷します」
「危険な仕事なんですね」
「素早く動けば滅多なことにはなりませんよ。目指すのは鉄製の鎚です。今回は青銅製の鎚を使って、鉄の中に含まれる不純物を叩き出します」

 鉄床がないので、大きな石の上に置かれた鉄の塊を鎚で叩きつける。
 火花が散る。
 金屎かなくそと呼ばれる不純物が、花火のように辺りに飛び散る。
 飛び散る炎に、パッ、パッとエイジの顔が照らされる。

「溶けた鉄を叩くことで不純物を取り除き、形を整えていきます。今回は精度よりも早く作ることが鍵なので、スラッグをしっかりと取り除いたら、折り返し工程はしません」

 折り返し工程は成分の“まだら”をなくす方法だ。
 取り出したばかりの鉄は、その成分分布がまだらで、強度が一定しない。

 だが、エイジには今回作る鎚を最終的な道具にするつもりがなかったので、この工程を省く。
 冷めてきた鉄の塊を再び炉に入れ、赤く焼き付いてきたら、取り出して再び叩く。
 青銅の槍の穂先をたがねに代用して、柄の部分を作る。

「鉄の強度を上げる、水打ち、焼入れ工程に入ります。水打ちとは、鎚を水に濡らした状態で叩くことです」

 キィィン、キィィンと高く澄んだ音が聞こえる。
 炎で焼くことで、鉄の表面が酸化する。
 その場所の強度が下がるので、これを取り除く必要がある。

 水打ちは水の急激な温度上昇により、水蒸気爆発を起こさせることで、この酸化皮膜を取り除く処理のことだ。
 この時、爆発の振動が鉄を震わせ、驚くほどの澄んだ音を立てる。

「最後に鉄の成分を均一に保ち、強度を最高にまで高める焼入れです。水、もしくは油、珍しい所ではハチミツなどに真っ赤に焼けた鉄を入れます」

 エイジはバケツに鎚を入れる。
 シュゴっ、という蒸発の音とともに、バケツに火がつく。

 中身は油だった。一瞬で発火点を超え、油に火が灯る。
 そのまま一分ほど待っただろうか、充分に鉄の温度が下がったのを確認すると、鎚を引き出す。

「鉄の温度は下がれば下がるほど、硬度が増します。本当は雪で冷やしたいくらいですが川水を使うことで代用しましょう。……最後に硬くなりすぎた鉄に、充分な柔軟性を高める、焼戻し工程を行います」

 マルテンサイトとも言われる日本刀にも使われた技術の1つだ。
 焼戻しは作るものによって温度が変わってくる、熟練の技術が必要な作業だ。
 切るものは低く、鎚のように欠けて困るものは高めに仕上げる。

 すべての工程を終えたエイジは、炉の融解不純物を取り除き、風を送り込んで炉温を上げていく。

「こんな作業の繰り返しですね。つまらないものをお見せしました」
「凄かったです。一つのものを作るのに、すごく手間がかかっているんですね」
「うん。僕も感心しちゃったよ。スゴイねえ」
「うむ。これなら安心じゃ」
「本当はもっと色々手間がかかるんですが、今回は省いてしまいました。ひとつひとつ丁寧に作っていくので、ご協力をお願いします」

 黒々と光る鉄の塊。
 そこに柄を差し込むと、エイジにすれば見慣れたハンマーになる。
 だが、誰もが見たことのないその光沢に、他の人は魅せられていた。

 記念すべき――製作第一号だった。
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