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青雲を駆ける 作者:肥前文俊

第一章 鍛冶編

第四話 製作開始

 視界の先、大量の粘土があった。
 丘から歩いて二〇分。
 急な坂になった場所で、粘土層が露出している。

 エイジは青銅のなたで道中の枝を落とし、目印をつけていた。
 今後採集に来るのは、これを目印にすれば問題無いだろう。

「そういう訳で、最初にモノが出来るまでは、申し訳ないのですが借りという形で木材を提供していただきたいのです」
「わ、分かった」

 木材を切り出し、提供するのは木樵の仕事だ。
 当然対価を支払わなければいけなかったが、エイジには元手がなかった。

 鍛冶には大量の燃料が要る。
 制作費用の五割以上が燃料代というのが、この時代の鍛冶というものだった。
 また、製鉄を始める前にも、炉の材料の耐熱煉瓦のために大量の火が要る筈だった。

「思ってたよりも結構軟らかい。フィリッポさんは少し待っていてもらえますか?」
「ん、手伝う」

 エイジが粘土を掘り起こし、籠に移していく。
 岩盤などと比べると、粘土層はまだ柔らかい。
 青銅製のスコップのようなものでも、比較的楽に採取することができた。

 フィリッポは無言で手伝いをしてくれた。
 大きな体のためか、エイジよりもはるかに仕事が速い。

 頼まれたのは案内だけだ。
 無口だが、優しい人だな、とエイジは思う。

 三〇分ほどをかけて、籠いっぱいに粘土が集まった。
 背負えば数十キロの重さになる。
 エイジの肩に、ズシリ、と重さがかかった。
 鎖骨が軋むように痛い。

「一度、先ほどの伐採場所に戻りましょうか」
「て、鉄の採れる場所、ここの近く……荷物置いて、そっち行ったほうが良くないか?」
「お任せします」

 一度で両方を集めるには、牛車のような荷駄が必要だ。
 獣道を進む必要があるから、大きな車だとかえって移動が妨げられるだろう。
 手押し車を作る必要があるな。

 村には大工がいる筈だから、四輪車ではなく、二輪車を依頼してみよう。
 足元がキレイに整地されていないので、車輪は大きなものを作る必要があるだろう。
 作らなければいけないものが次々と増えて、頭が痛くなってくる。

 ふぅ、と一息つきながら、エイジはフィリッポの後ろをついていく。
 フィリッポは山道に慣れているからか、悪路も気にせずどんどんと進んでいく。

 段差や泥濘を出来る限り避けてはいるが、それも絶対ではない。
 時には気にせず進むこともあった。

 フィリッポはエイジの歩く速度に合わせてくれている。
 そうでなければとてもではないが付いて行くことは出来なかっただろう。
 しかも道中では藪を切り開き、危険な突き出た枝を切り倒すなどと、寡黙ながらも雄弁な態度を表してくれていた。

「フィリッポさんは幾つなんですか?」
「にじゅう……く? それぐらい」

 農家は暦にうるさい。
 種まきを中心に、時季が収穫に直結しているからだ。
 木樵であるフィリッポにとって、暦はそれほど重要ではないのだろう。

 自分より少し上になるのだな。
 エイジはこの木樵が頼もしい。

「ついた」
「ここですか。確かに天然鉄が露出していますね。初めて見た」

 赤く錆びた鉄の塊がゴロゴロと落ちている。
 重量にして数百キロはあるだろう。
 鍛冶作業の途中で出てくる廃棄物が五割としても、やはり二、三〇〇キロは鉄が採れる。
 それだけあれば、村の制作物などいくらでも造ることが可能だろう。

「村から最短で来るには、ここからどう進めばいいんですか?」
「ここを……こう、まっすぐ」

 村から西北西に進んだ位置にあるらしい。
 粘土の取れる場所は村からは北北西になる。

 エイジが少し高い位置に登ると、村長の家の一際高い屋根が見えた。
 なるほど……。直線距離にしたら一五分ぐらい。足場が不確かだから、二、三〇分で来れるな。
 大きな川があり、粘土が取れ、鉄が採れる。
 恵まれた場所に村があるのが分かった。

「ひ、日が暮れると、帰るのが、大変」
「そうですね。早く帰りましょうか」

 せっかく来たのに残念だが、鉄は持って帰れそうもない。
 エイジには、粘土だけで精一杯だったし、フィリッポは自分の仕事がある。
 流石に荷物持ちまで任せるわけにはいかなかった。

 これから鍛冶を始めるにあたって、必要となる資源を手に入れる方策が立ったことは、素晴らしく大きな前進だった。
 まずは小さな火炉の作成。そして鍛冶道具の作成が第一歩だ。


挿絵(By みてみん)


「これから何を造るんですか?」
「小型の窯です。あまり高温には出来ないんですが、木炭を作ることは出来るんですよ」

 物珍しそうなタニアの質問だった。
 いきなり自分の家に土の塊を多量に持ってこられたら、不思議に思うのも当然だろう。

 木炭は、枯死した木を伐り倒さず、直接火をかけてその場で炭にしてしまう方法もあるのだが、専門家でもないエイジがやれば、最悪山火事になる。
 そのため、まずは木炭用の窯を作る必要があった。
 村では冬越しのための薪はあっても、木炭は作られていなかったのだ。

 エイジの知る最も身近で小さい炉は、七輪だった。
 だが、これは温度が一定しない。
高温になった部分が毎回溶けてしまうので毎回補強が必要という不便さがある。
 今後も使用する考えがなかったが、原理としてはそれほど単純なものでも作れるという証だ。

 家のすぐ隣で、水を含ませて少し柔らかくなった粘土を練って組み立てていく。

「私も手伝います」
「では基礎部分は私が作るので、それを上に積みあげていってもらえますか」
「任せてください。これでも毎日力仕事してますから」

 にこりと笑って、タニアが遠慮なく粘土に手を伸ばしていく。
 クリームもなく、手仕事の毎日だ。
 荒れた手先が粘土にまみれていく。

「あはは、結構大変ですね、エイジさん」
「ありがとうございます。思ってたよりも力がいりますね」

 出来上がる頃には、二人とも汗だらけ、泥だらけになっていた。
 汗を拭う時についたのだろう、タニアの整った顔にも、泥がついていた。

 熱が登っていくように、円形の屋根を作り、煙突を取り付ける。
 平らな石を使い、粘土の表面を滑らかに整えていく。

 日が落ちかけていた。
 真っ赤な空は、どこまでも澄んで美しい。

 湿った粘土が乾燥するのに、三日ぐらいかかる。
 その間に二輪の手押し車を相談し、煉瓦を作っていく。

 それが出来たら、ようやく錬成炉の製作にとりかかる。
 継続的に良い物を作ろうと思ったら、そのための優れた道具が必要になる。

 エイジはなぜか、そのことを誰よりも深く理解していた。
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