2015-01-28
これは『ビッグ・フィッシュ』ではない〜ティム・バートン監督『ビッグ・アイズ』における嘘の衰退(ネタバレあり)
ティム・バートンの最新作『ビッグ・アイズ』を見た。50年代から70年代にかけて実際に起こった事件をもとにしたものである。
主人公はマーガレット(エイミー・アダムズ)とウォルター(クリストフ・ヴァルツ)のキーン夫妻。横暴な夫のところから娘のジェーンを連れて逃げてきたマーガレットが惚れて結婚した日曜画家のウォルターは天才的なマーケティング力がある男で、妻マーガレットが描いた大きな目をした子どもの絵を自分が描いた絵として大々的に売り出す。マーガレットは夫に強要されて渋々影武者として絵を描き続け、ウォルターは妻の絵を自分の作品としてプロモーションして「人気画家」に。絵が酷評された際にウォルターが怒って暴力を振るったのをきっかけにマーガレットとジェーンはハワイに逃亡。マーガレットはエホバの証人に入信し、大きな目の子どもの絵は自分が描いたとメディアに告白。事態は裁判に発展し、法廷でマーガレットとウォルターが実際に絵を描くことになる。結果、マーガレットは勝訴し、自分の作品を取り戻す。
話としては、女性の権利が軽んじられていた時代に夫のDVを受けた女性芸術家が自分の作品を取り戻すまでを描いた作品で、女性史の映画でもあり、また芸術史の映画でもある。マーガレットにちゃんと打ち解けて話せる女友達ディーアンがいて、夫のDVがひどくなると疎遠になるが、最後はマーガレットの復権を喜んでくれるという描写があるあたり、夫婦だけに焦点をあてた話になっていないところは女性史映画としておもしろいポイントだ(ただ、この映画ではマーガレットとディーアンはだいたいマーガレットの前夫かウォルターの話をしているのでこの二人の会話ではベクデル・テストをクリアしない。マーガレットとジェーンが仕事のことなどを話したりする場面があるので、ここでベクデル・テストをクリアする)。夫の影武者としてずーっと絵を描き続けるマーガレットはあまりにも卑屈に見えるかもしれないが、どっちかというとマーガレットは性格も作風も今ではいわゆるアウトサイダー・アートとかアール・ブリュットと言われるものに近いんじゃないかと思って見ていた。自分の作品をとてもパーソナルなものだと思い、名声とかなくても絵を描ければ…と思ってしまうあたりの浮き世離れした感じは、ある種の内気な芸術家の一典型といえるのかもしれん。そんなマーガレットが夫に反抗するきっかけがエホバの証人に入信したから…というのは史実のとおりだそうで、このへんを美化も否定もせず距離をとって描いているあたりはなかなか興味深いと思う。
しかしながらこの内気な芸術家の物語と衝突するのがウォルターのストーリーラインで、正直、私は観ていてけっこう戸惑ってしまった…というのも、私が一番好きなバートンの映画は『ビッグ・フィッシュ』で、あれは「ひたすら人の心を喜ばせるウソを突き続けることこそ芸術だ」というバートンの芸術家としての理想をとても独創的にかつ楽しく描き出した作品だと思うからである。ところがこの作品では「人を楽しませるウソをつく」のは、むしろ悪役であるウォルターだ。ウォルター役のクリストフ・ヴァルツがとにかく達者な役者だからというのもあるが、ウォルターの超人的なウソつきぶりと芝居っ気にはまったく呆れてしまうしとにかくひでえ野郎だと思う一方、この映画における見世物としての楽しさは圧倒的にウォルターが担っている。しかしながらこの映画の最後では、ウォルターは弱いものを踏みつぶしてウソをつき人を楽しませていた男として断罪されて終わるし、またそれが当然だということが一貫して示されていると思う。これは『ビッグ・フィッシュ』にあった、「人を傷つけない楽しいウソ」と紙一重のものである一方で対極にあるものでもあるのだ。で、戸惑いつつもちょっと考えたのだが、『ビッグ・フィッシュ』がバートンの芸術家としての理想を描いた作品だとすれば、『ビッグ・アイズ』はバートンの芸術家としての良心を描いた作品なんじゃないかと思う。芸術の精髄とは出来のいいウソをつくことで、オスカー・ワイルドの『嘘の衰退』はこれが主要なテーマである。しかしながらそのウソは弱いものを貶めたり踏みつけにするようなことがあってはならない(これはワイルドのユーモアたっぷりのエッセイでは触れられていないテーマだ)。途中、ウォルターがすっかり落ち込んで怒っている孤独なマーガレットを丸め込もうと『嘘の衰退』を引用して「芸術を模倣する人生だな」'Life imitating art'(ここ、翻訳が「模倣アート」とかになっててひどかったのでたぶんこれからの引用だって皆わからなかったのでは?)というところがあるが、これはバートン流の『嘘の衰退』との折り合いの付け方をなんとなく暗示しているのではないかと思った。『嘘の衰退』は「政治家がつくような嘘は芸術的とはいえない」ということにも触れているのだが、人を踏み台にウソで成功を目指すウォルターの嘘はどちらかというと芸術家よりは政治家がつく利益のためのウソに近く、弱いもの、心優しいものを傷つけるウソだ。この映画に表現されたバートンの芸術家としての良心には、「芸術家はウソをつくものだが、人を傷つけるウソは芸術じゃない」という意識があるのではないかと思う。
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