二種類の二人称
youとthou

現代英語では二人称はyouしかないが、エリザベス朝の英語では、youとthouの2種類あった。翻訳では使い分けがむずかしく、残念ながら正確に伝わらないが、ていねいなyouと、親しみをこめたthouの違いは、詩や劇の世界にかなり大きな影響を与えている。おもしろそうな作品はぜひ原文に当たって確かめてみたい。
ちなみにyouは元来二人称の複数形だったものを単数形として借用したものであり、本来の単数形はthouである。単数形としてのyouは、you - your - you - yours - yourselfと変化する。一方、thouの変化は、thou - thy - thee - thine - thyselfだ。
劇作品では初対面でyouと呼びかけたのに、恋心が動くとthouに変化するという具合に使い分けられる。youとthouのこうした働きを存分に利用したのが『じゃじゃ馬ならし』だ。ペトルーキオはじゃじゃ馬のカタリーナとの初対面で

Good morrow, Kate-- for that's your name, I hear.
(おはよう、ケート。そういう名前でしたよね。)

とyouを使ったり、

Myself am mov'd to woo thee for my wife.
(私の妻になってくれとおまえに頼みにきたんだ。)

とthouに転じたりして、相手との距離をころころ変えて、一種のゆさぶり作戦に出る。一方、カタリーナはペトルーキオに対してほぼ一貫してyouを用い、こころを許さない。しかし、ペトルーキオの本心を知ったあとでは、

Nay, I will give thee a kiss; now pray thee, love, stay.
(さあ、キスをしてあげます。だから、帰るなんて言わないで。)

とthouを使う。ペトルーキオは、カタリーナが自分に対してthouを使ってくれるこの瞬間を、じっと待っていたのだ。
シェイクスピア全作品解説,キーワードシェイクスピア作品一覧 キーワード一覧
Copyright (C) 2003 Hiroyuki Todokoro