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■国家と歴史〈上〉

 一冊の本がドイツで論争を巻き起こしている。

 ヒトラーの著書「わが闘争」。戦前のドイツで反ユダヤ主義をあおり、ナチスのイデオロギーの柱になった。戦後は一貫して国内での出版は許されてこなかった。その禁書が来年早々、封を解かれ世に出る。

 ナチス発祥の地、バイエルン州ミュンヘン。復活祭休暇の今月3日、かつてナチスが旗揚げ集会を開いたビアホール「ホーフブロイハウス」は、国中から集まった客でにぎわっていた。

 「あんな本を世に出したらドイツの恥だ」「ウソだらけの内容で、もはや何の影響力もない」。客たちに話題を振ると、口々に感想を述べた。

 「わが闘争」は戦前に1千万部以上が出版された。戦後は著作権を持つバイエルン州が出版を禁じてきたが、ヒトラー死後70年の今年末、著作権が切れる。

 ミュンヘンにある公立「現代史研究所」は2012年から本の出版準備を進めてきた。ヒトラーの主張の誤りを指摘する注釈を本文の倍以上つけたもので、他ならぬバイエルン州との共同計画だった。州議会も出版への補助金支出に賛成した。

 ところが、州は一転して態度を変えた。

 13年秋に州幹部がイスラエルを訪問。その直後、協力関係を一方的に破棄した。「ユダヤ人の犠牲者への配慮」が理由だった。