日銀の岩田副総裁が、就任後初めて京都で講演した。内容は今までの彼の主張の繰り返しだが、依然として理論的に不可解で、実証データと矛盾している。彼は異次元緩和の波及経路を次のように説明する。
インフレ目標の設定とそれに向けた大胆な金融緩和を行うことにより、世の中の人々が予想する将来の物価の動き、つまり予想インフレ率が上昇します。そうすると、物価の上昇を織り込んだ将来の実質的な金利負担、つまり予想実質金利が低下することになります。

マネタリーベース(赤)とBEI(青)

まず最初の「予想する将来の物価の動き」が問題だ。先日の黒田総裁のデータを上に再掲するが、異次元緩和が始まってから、BEI(予想インフレ率の代理変数)は下がっている。これは岩田氏の「当座預金残高が10%増えると、予想インフレ率は0.44%ポイント上がる」という定量的な(反証可能な)理論を明らかに反証しているのだ。

ところが岩田氏はこのBEIを名目金利から引き算し、次のような図で「実質金利の低下」を説明する。この図によれば、日本の国債トレーダーは、実質金利-1~1.5%の国債を何十兆円も買い続けていることになる。これは普通預金より収益が低くリスクの高い不合理な投資であり、常識では考えられない。実際の実質金利は、名目金利-コアコアCPIの0.9%ぐらいというのが市場の見方である。

キャプチャ

こういう矛盾が生じるのは、前の記事でも書いたように、BEIは株価に連動して動くもので、予想インフレ率の指標にはならないからだ。これは従来から日銀が表明してきた見解であり、総裁・副総裁がそれを無視してこういう荒唐無稽な「波及経路」を主張するのは、世界の中銀からバカにされるだろう。

Woodfordなども指摘するように、ゼロ金利状態では中銀が短期金利を直接操作できない以上、インフレを起こすこともできない。したがって日銀が「インフレにするぞ!」と宣言すればインフレ予想が起こるという岩田理論は、日銀が念力でインフレを起こすという「超能力理論」である。日銀にそういう超能力があるのかどうかは興味ある実験だが、今のところ完全な失敗である。

記者との質疑応答では「緩和の効果が出てないじゃないか」という質問には「金融政策で潜在成長率を上げることはできない」とか「効果が出るのには時間がかかる」などの言い訳に終始した。彼の半年前の話では、マネタリーベースが倍増したらBEIは急上昇して5.7%になっているはずだが、なぜ1.6%に下がっているのか。

経済学は定量的な学問なのだから、政策もその評価も定量的に語るべきだ。それが黒田総裁の信奉するポパーの反証可能性理論である。岩田氏の念力理論は明白に反証された。2015年4月までに2%のインフレ目標が未達なら辞任するという彼の公約も生きているので、ちゃんと実行してほしい。