集団的自衛権の行使解禁を目指す安倍晋三首相。その理由は、首相の二冊の本に書かれている。
「集団的自衛権の行使とは、米国に従属することではなく、対等となることです。それにより、日米同盟をより強固なものとし、結果として抑止力が強化され、自衛隊も米軍も一発の弾を撃つ必要もなくなります」(『新しい国へ』文春新書、二〇一三年)
米国と日本がしっかり結びつけば、抑止力が高まるというのだ。現状を見てみよう。尖閣諸島を国有化して以降、日本は何度も米国に「尖閣は日米安全保障条約の範囲内」との確認を求めている。
米国は「アジア回帰」とはいうものの、中国の台頭によって相対的な影響力は低下している。それでも最強の米国に対し、日本は集団的自衛権行使を解禁するから、中国との間で紛争が起きた場合、積極的に関わってほしい、としがみつく姿勢が一連の法制からうかがえる。別の見方をすれば、外交による問題解決を棚上げした自衛隊の「人身御供化」である。
「われわれには新たな責任があります。この日米安保条約を堂々たる双務性にしていくということです。(略)いうまでもなく軍事同盟というのは“血の同盟”です。日本がもし外敵から攻撃を受ければ、アメリカの若者が血を流します。しかし、今の憲法解釈のもとでは、日本の自衛隊は、少なくともアメリカが攻撃されたときに血を流すことはないわけです。(略)双務性を高めるということは、具体的には集団的自衛権の行使だと思います」(『この国を守る決意』扶桑社、二〇〇四年)
米国による日本防衛義務を定めた第五条、米軍へ基地を提供する義務を定めた第六条により、日米安保条約は双務性を帯びている。片務的だったのは基地提供義務だけあった旧安保条約だが、首相は集団的自衛権行使に踏み切らなければ双務性ではないと主張する。行使解禁は、安倍首相の政治理念であることが分かる。
昨年、来日したオバマ米大統領は尖閣に日米安保条約が適用されると言明する一方で、問題のエスカレートは大きな過ちであると強調した。中国とのもめごとに巻き込まないでほしいというメッセージだ。
集団的自衛権の行使解禁が東アジアの安定につながる保証はどこにもない。 (半田滋)
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