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旅客船沈没1年 韓国は変わったか

4月16日 23時55分

矢野尚記者

韓国南部で旅客船セウォル号が沈没した事故から16日でちょうど1年となりました。死者・行方不明者が300人を超えた惨事。さらに安全に対する意識不足が事故を招いたと指摘され、韓国社会は大きな衝撃を受けました。
あれから1年。今、韓国は、セウォル号の事故とどう向き合おうとしているのか。ソウル支局の矢野尚平記者が解説します。

国じゅうが追悼

去年の4月16日、韓国南部の沖合で起きた旅客船セウォル号の沈没事故では、修学旅行中だった高校生など295人が死亡し、今も9人の行方が分かっていません。

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事故から1年となった16日には、各地で犠牲者を追悼する行事が行われました。
セウォル号が沈んだ現場海域に近いチンドの港では、地元の中学生が「会いたい、あなたの笑顔に」とつづった犠牲者を追悼する手紙を読み上げました。そして穏やかに晴れた空に向けて黄色い風船を飛ばしました。
地元メディアによりますとこの日だけで韓国全土の120か所以上で追悼の行事が行われました。1年前の事故の衝撃と悲しみがいかに大きかったかを表しています。

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焦点は船体の引き揚げ

事故を巡り、今、焦点の一つになっているのが、海の底に沈んだままになっているセウォル号の船体の引き揚げです。犠牲者の遺族や生還した人たちが引き揚げを求めていますが、とりわけ行方不明者の家族は、ぜひ引き揚げてほしいと強く思っています。今なお行方不明の9人は船体の中にいるとみられているからです。

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イ・グミ(李金姫)さんの長女で高校2年生だったチョ・ウナ(趙恩和)さんは、当時、セウォル号に乗っていて、今も行方不明のままです。私たちの取材にイ・グミさんは「海を見るだけで悲しくなる。1年もたつのに、セウォル号の中にいるあの子を私は見つけてあげることができない…」と涙ながらに話していました。

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何とか娘を見つけ出したいと、イさんはこの1年、署名活動などを通じて船体の引き揚げを韓国政府に訴え続けてきました。また大学を訪れて学生たちにみずからの体験を語る活動も行いました。娘のウナさんは将来は公務員になって親孝行したいと話していたといいます。最愛の娘を突然奪われたうえ、海の中にいる娘を供養したくてもできない辛さをイさんは語りました。そして二度と同じような事故が起きないような国を作ってほしいと学生たちに訴えかけました。

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最新の世論調査では60%を超える人が引き揚げに賛成していますが、一方で日本円で100億円以上の費用がかかる見込みで慎重論もあります。パク・クネ(朴槿恵)大統領は16日、引き揚げに前向きな姿勢を改めて示しており、今月中にも最終的な判断を下すとみられています。

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韓国は変わったのか

社会全体の安全に対する意識の不足がセウォル号の事故を招いたのではないか。いわば「安全不感症」が被害を拡大させたとも指摘され、韓国社会は大きな衝撃を受けました。
韓国政府は、事故を受けて組織の見直しを進め、新たに「国民安全庁」を創設。人命救助にあたる特殊部隊の大幅な増員などに5年間で3兆円余りを投じる計画です。

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同じような事故を繰り返さないため、安全意識を向上させようという機運がかつてなく高まった韓国。しかし、この1年では、韓国社会は大きく変わったとまではいえないと感じます。
セウォル号の事故の後も、ソウル中心部で地下鉄の駅に止まっていた電車に後続の電車が追突する事故が起き、およそ250人がけがをしました。また、マンションの建設工事現場の近くで歩道が突然陥没し、歩行者2人がけがをするなど、安全対策をしっかり講じていれば防げたとみられる事故が相次ぎました。いずれも利益や効率を重視しすぎたために起きた事故といえます。そして、そうした利益や効率を重視する考え方を変えるのは簡単なことではないと思います。そうした考え方が韓国の成長を支える原動力になってきたからです。

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韓国の社会問題が専門のクンミン(国民)大学のぺ・ギュハン教授は、「韓国はこれまで、まだ起きていない事故の防止に積極的にお金を使うことは、むだづかいであるかのように考えてきた。安全のための措置を惜しまず、安全のためにより多くの投資をする。そんな考え方に変えていくことが重要だ」と指摘しています。

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それでも韓国では、次世代の子どもたちに安全意識を高めてもらおうという活動は増えています。ソウルにある「安全体験館」は火災の消火訓練や、地震や地下鉄事故などが起きた際の避難方法を体験できます。突然の事故にいかに対処すべきかを身をもって学べるこの施設は、セウォル号の事故以降、1日600人の定員は連日予約でいっぱいだといいます。訪れた人は「子どもの時から安全意識を高め、大人も子どもたちを守れる力が養える」と話していました。

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多くの国民は、1年前、テレビの生中継で沈みゆくセウォル号とともに多くの若い命が失われていく瞬間を目の当たりにし、その衝撃は一人一人の胸に深く刻み込まれました。
救えたはずの命を救えなかった。このことを韓国の人たちは忘れないと思います。刻まれた思いを教訓として具体的に活かしていくためにはどうすればよいのか。韓国社会は今、もがいているようにも感じます。
1年という節目は過ぎても、 セウォル号事故の教訓をどう生かして安全な社会を構築していくのか。韓国はこの重い課題とこれからも向き合っていくことになります。


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