2015-04-16 矢部宏治のトンデモ本の正体は『改憲ノススメ』
矢部宏治のトンデモ本の正体は『改憲ノススメ』
矢部宏治のトンデモ本『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』を今日未明3時前に読み終えた。そのあと4時間ほど寝て起床したのだが、あまりに怒り心頭に発したためか、今朝は血圧がいつもよりずいぶん高かった。本を読んでこんなに激怒したのは3年ぶり。そう、あの孫崎享のトンデモ本『戦後史の正体』を読んで以来である。
- 作者: 矢部宏治
- 出版社/メーカー: 集英社インターナショナル
- 発売日: 2014/10/24
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログ (25件) を見る
- 作者: 孫崎享
- 出版社/メーカー: 創元社
- 発売日: 2012/07/24
- メディア: 単行本
- 購入: 31人 クリック: 410回
- この商品を含むブログ (88件) を見る
上記2冊の間には直接の関係がある。矢部宏治は孫崎のトンデモ本を含む創元社の「『戦後再発見』双書」のプロデューサーなのである。
今朝は時間がないので、こまごまとした批判は改めて別記事にて行いたい。
この記事では結論を書いておく。
『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』はタイトルに偽りありである。書名は『(リベラル・左派のための)改憲ノススメ』とでもすべきであった。著者の狙いはずばり、世の「リベラル・左派」を「改憲派」に転向させることにある。孫崎享が『戦後史の正体』で、わずか4ページの「押し付け憲法論」で片付けた日本国憲法、特にその9条2項に矢部は照準を絞り、この条項の「改正」を説く。孫崎のトンデモ本によって岸信介や佐藤栄作に対する「リベラル」の考え方を「転向」させて彼らが「改憲論」を受け入れる下地を作っておいた上で、準備万端で繰り出したのが矢部自身の手になるトンデモ本である。矢部宏治とは、9条改憲のエヴァンジェリスト(伝道者)にほかならない。これが私の結論だ。
また、少し前から指摘し続けているように、矢部宏治の「原発」論はデタラメである。矢部の論考の誤りを矢部の本自体に書いてある事実から論証することさえ可能である。つまり、矢部の議論は自家撞着に陥っている。これについても項を改めて述べたい。
私がこれまで目にしたこの本の書評のうちもっとも本質に触れていると思うものは、一昨日にもご紹介した「アマゾンカスタマーレビュー」に掲載された、星1つの最低点をつけた書評である。あまりにも核心をずばりと突いていると思うので、以下に再掲する。
http://www.amazon.co.jp/review/R1RBUPS4GBJ6WL/ref=cm_cr_pr_cmt?ie=UTF8&ASIN=4797672897
★☆☆☆☆ 嫌韓本と同じジャンルの被害者ファンタジー本, 2015/1/18
投稿者 てつおくんのともだち
レビュー対象商品: 日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか (単行本(ソフトカバー))
私にはそうは思えません。米軍撤退とか原発廃止、そういう主張をする政党を選挙で国民が選べばいいだけでしょ。残念ながらそうはならないとしたらそれが現在の国民の選択だということ。鳩山政権をアメリカが倒したみたいな事を彼らは言いたいわけだけどそうじゃない。世論の支持がなくなったから鳩山は続けられなくなった。官僚が協力しないとかアメリカが官僚とぐるだからとかいろいろ書いてるけど、それなら鳩山がだめでもまた同じ主張の政治家を国民が選べばいいんだし。国民世論がアメリカによって操作されるからそんなことできない?だったら憲法改正だってできないよね。
だからそういう政党が国民の支持を得るためにはどうしたらよいのかということを我々は考えるべきなのであって、アメリカを敵視するとか憲法改正とか、何を枝葉にこだわってるのかねという気がします。
国民世論の意志と力で適切な政治的指導者を選べば米軍の問題も原発の問題も変えられるのです。しかしそこを見ずに問題の根源はアメリカだと批判する本です。
先日目にした蓮池透さんのインタビューのなかに「被害者ファンタジー」という言葉が登場しました。この手の本になぜ需要があるのかをうまく説明できる言葉ではないかと思います。嫌韓本・嫌中本なども同じ事が言えると思います。嫌韓本・嫌中本の場合は太平洋戦争での日本の加害性に向き合い認める事ができず、加害者だと言われて鬱屈した感情を持っている人を対象とします。実は韓国・中国が加害者で、日本国民は被害者であると「隠された真実」を「暴露」し、偏狭なナショナリズムを肯定することによって鬱屈とした気持ちを解放してくれるわけです。
この本の場合も同じような構図だと思います。
基地問題や原発の問題を自ら解決できない鬱憤を、外部に迫害者を設定し、巧妙にしかけられた「法的・歴史的トリック」を「暴露」し、自らを被害者だと自認することによって解放してくれる。
単純に投票行動によって変えられることなのに、非現実的な憲法改正という解決法に逃げて終わり。被害者ファンタジーに浸れて読者は満足。そういう本だと思います。
一つ一つの歴史のエピソードは面白いけどね。
ただ、上記の書評には一点だけ非を唱えざるを得ない。それは、書評子が憲法改正を「非現実的」としていることだ。
上記書評が書かれたあととはいえ、矢部宏治の狙いにずばり嵌った池澤夏樹が朝日新聞夕刊で「左折の改憲」を勧めるコラムを書いた。自民党の第二次改憲草案を「立憲主義にもとる」と批判しているらしい三浦瑠麗、舛添要一、小林節の3人に至っては、安倍晋三に「堂々と憲法九条を改正せよ」を迫っている(『文藝春秋』2015年5月号=未読)。
つまり、9条改憲という一点において、池澤ら「リベラル」*1も、三浦・舛添・小林ら「保守」も、「9条改憲」の一点においては、極右の安倍晋三と意見が一致しているのである。
自民党の構想では、「世論や公明党に理解の得られそうな条項」で憲法改正を国民に「試食」させたあと、第2段階で「9条改憲」を行うという段取りになっているらしい。しかし、その構想は池澤を代表とする「リベラル」の転向によって、最初から「9条改憲」へと突き進む方向へと転換される目も出てきたのではないかと思うようになった。矢部のトンデモ本を酷評した上記カスタマーレビューは「例外中の例外」であって、多くの「リベラル」が矢部のトンデモ本に星5つをつけたレビューを書いている事実からも、「9条改憲」の脅威がこれまでになく現実味を帯びてきたと思わずにはいられない。