ある”強烈な記憶”と,その時の”どうでもいいような記憶”が結びついて,どうでもいい方の記憶を長い間折に触れて思い出す,って研究面白いですね。私にもそういう記憶あります。
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その日が3月の凄く晴れた日で,昼から休みになった帰りに国道沿いのラーメン屋で替え玉頼んだのを覚えてる。
官公庁からの補助金が終わって,自分の事業部の売上集計と,次年度からの予算を親会社に提出してすぐだった。その日も親会社の社員たちが入る正門ではなく,人ひとり入れるかどうかの狭い裏口から敷地に入ると,工場から独特の鼻を突く臭いがして,うんざりしながらタイムカードを押して席に着いた。
ただいつもと違って,朝礼が終わると「すぐに親会社の社員のところに行くように」と言われて,建物続きの親会社のエリアに向かうことになった。建物続きとは言え,子会社の社員はセキュリティカードを渡されてなかったので,正門の守衛に電話して,入口を解錠してもらって中に入る。
小さな会議室に居たのは二人。会ったこともない親会社の子会社を統括してる部門の社員と,自分が勤めていた会社の本社の人事部長。きょとんとしたまま、促されて席に着く。
『来月いっぱいで,契約を解除したい』
親会社の人間が挨拶もそこそこに切り出したかと思うと,人事部長が退職の書類の説明を始める。矢継ぎ早に話されて,借り上げ寮の引き上げの話に差し掛かったところで,ようやく正気に戻って,「何にも聞いてませんけど!」と声を荒げる。
親会社社員が面倒くさそうに契約書を人事部長に出すように言って,こう切り返したのを今でも覚えてる。
『あなたの契約ね、あなた契約社員でしょ?それが,今年の3月で満了になってるんですよ。それで,今年は継続しませんってことです。でも準備必要でしょうから,来月まで待ちますよってこと』
最後の「こと」が凄く強調されて言われたのを,今でも凄く鮮明に覚えている。今思えばこの話も,もう少しゴネることが出来たのかもしれないけど,20代そこそこで近くに親類縁者も,休日に遊びに行くような友達もいないし,インターネットも引いてなかった時の話なんで,頭が真っ白になった特論青年は,相手の言うことに「あ、はい」くらいしか返せてなかった。
国道沿いのマズイけど長距離トラックの運転手たちに何故か人気のラーメンが,その日は余計にまずく感じたのに,安い替え玉で夕飯分の腹を膨らませて,誰も居ない借り上げ社寮に戻った。
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その何日か後で,少し冷静になって社長(親会社の出向社員)や人事部長に詰め寄ってみたけど,主な理由は2つだった。
- 研究開発費を官公庁の補助金で賄ってきたけど,それが今年から無くなるので,雇うお金がない
- 3年間で開発した商品が,それほど売れてない
『たったそれだけで,簡単に解雇されてしまうもんなのか』と思った。一応,親会社は上場企業だったし,そんなひどいことしないだろうという甘えもあったのかもしれない。
みっともない言い訳してもいいなら,雇用期間の給料の3分の2は補助金から出てたし,その頃の年収が250万くらいだったけど,3年間で開発した2つの商品の売上は,微々たるものとは言え2千万強あったので,特論青年一人の雇用+研究費ならなんとかなってたはずだったし。
でも,そんなものも親会社からしてみれば,『開発終わったんだし,契約辞めさせて,営業に注力すべき』だったんだろうと思う。なるほど短期的には非常に合理的だと思う。短期的には。
よく大学のキャリア・サポートセンターとかで,「中小企業でも優良企業でー」とか,「中小企業で企画から上市まで経験できるー」なんかの謳い文句を喋ってる人を時々お見かけするが,あんなのはハッキリ言って,ただの誤魔化しでしかない。
この子会社だって連続で黒字達成してて,自治体から研究開発型企業という表彰も受けて,親会社からは『経営を分離して,上場させよう』って話もあったくらい。
不景気まっただ中に,一瞬で,退職金もなしにあっさりと辞めさせられることだって,普通に中小企業にはある(あった)。
中小企業にしろ,スタートアップ企業にしろ,雇用の安定性が完全に約束されていないのに給料が安いってケースこそ,真のブラック,『黒の王』とでもいうべき存在で,この国にはゴロゴロ転がっている。これから就活する方々には,やりがいとか本人でもよく定義付けできないバズワードで,コンビニの殺虫灯に群がる蛾のようにインターン生を集めているような『黒の王』にはなるべく近づかないように注意してもらいたいと思ってる。
もちろん,特論青年の人格に問題があったのかもしれないし(大いにあると考えているが),会社が考えてたほど売上ないってのも事実だったろうし,契約社員で満期になれば再契約しないってことも常識の範囲内ってのも,わかる。
一方で,同期の契約社員2名は特論青年が解雇通知を受けたその日に正社員になって,今でも働いている。彼らの事業部の一人当たりの売上高は,1千万にも満たなかったんだ。
―ほら,どす黒いナニカが湧き上がってくるのを感じるだろ?
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会社をクビになって困ったこととか,やればよかったなーと思うことを列記すると,
- 失業保険貰えばよかった;これに関しては,特論青年はすでに実家もなかったし,借り上げ社寮がなくなると,ハローワークに通えなくなってしまったので,貰う機会逃してしまった。今考えると,超もったいない。
- クビになってもやけにならずに,社外の人に「退職します」メールを送っとくべきだった;あの時ずっと探してたのにーと最近になって言ってくれた企業の方がいたので。
クビになったショックと飢え(冗談抜きに)への恐怖で頭が回ってなかったの一言に尽きる。この恐怖はまず冷静さを失うというところが怖い。
「低賃金できつくても質の高い仕事をしろ」「食べられるだけで感謝しろ」「計画的なやりくりをしたら暮らせるだろう」というのは実に無茶な話です。質の高い仕事には高い賃金が、食べられることを感謝するには充実した衣食住が、やりくりを考えるには先を考えられるだけの生活の余裕が必要なんですよ
— お菓子っ子 (@sweets_street) 2012, 5月 16
たぶん,これは真理だと思う。
余談ではあるが,この話の後,求職中に何度もこの会社とその親会社の仕事を私に進めてきた絶賛TVCM中の『なんとかルート ほにゃらら』は履歴書の職歴も読めない会社だ。それ以来,一切,信用しないようにしてる。
あと,何度もサービス停止申込してるのに,未だにダイレクトメール送ってくるのやめてください。特論でした。