日本経済団体連合会の政策提言「人口減少への対応は待ったなし-総人口1億人の維持に向けて-」が酷評されているようです。経団連が目標とする合計特殊出生率(2020年に1.8、2030年に人口置換水準の2.07)が非現実的であることはさておき、経団連・批判者双方の事実認識に問題があります。
経団連:人口減少への対応は待ったなし (2015-04-14)
経団連の提言では、フランスとスウェーデンが少子化対策で成果を上げた先進諸国とされています。フランス(本土)の合計出生率は1993年に1.66まで低下しましたが、その後反転上昇し、2000年代末以降は2.0前後で推移しています。この上昇を「少子化対策の成果」としているわけです。
しかし、この見方に問題があることは、下の記事でイギリスを例に説明済みです。
各世代(コーホート)の出生率は、1960年代後半生まれ以降で下げ止まっていますが、上昇傾向にはありません。
合計出生率の低下と反転上昇はテンポ効果(コーホート出生率が一定でも、晩産化が進行する過程では合計出生率は低下し、晩産化が止まると上昇する)によるもの*1であり、少子化対策の成果とは言い難いということです。出生率の高い国からの移民の増加の影響も無視できません。
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出生率の情勢指標*2は、1966年には女性1人当たり子ども2.9だったのが、1975年には1.9、1990年には1.6へと低下したが、その後また上昇し、2010年頃には2で安定する。女性が作る子どもの数が減ったということも多少はあるが、その主な原因は、女性が子どもを作る時期が遅くなったことである。[…]情勢指標の低下が華々しい様相を呈し、出産奨励主義者の間に一時パニックを引き起こすほどであったのは、とりけ女性が母となる平均年齢が上昇したためである。実際はいかなる時点においても、子どもを作る者としての生涯の全期間にわたって女性が産む子どもの最終的な数が、2人より下に落ちたためしはない。*3
出生率低下の主因が非婚化であるとの経団連の指摘はその通りです。女の約1/3が生涯無子(childless)になると予測されています。
非婚化の主因が若者の経済力の低下(就労環境の悪化)という指摘も誤りではありませんが、これだけではミスリーディングです。正確には「男の経済力の低下」です。
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「女性は収入が高い男性を求め、安定した収入を得る若年男性が減少していることが未婚化の原因である」という説は、私が1994年にいくつかの論文で示し、『結婚の社会学』(丸善ライブラリー、1996年)で世に問うたが、これほど、長い間政策やマスコミから無視され続けたものはない。私は国の審議会やマスコミへのコメントなどで何度も述べているが、ほとんど反応はなく、「仕事を続けたいから結婚しない」という「俗説」の蔓延を止めることはできなかった。
内閣府の平成25年度「家族と地域における子育てに関する意識調査」における「若い世代で未婚・晩婚が増えている理由」に対する未婚者の回答の上位は以下の通りです(複数回答)。
男(n=126)
- 54.8%:経済的に余裕がないから
- 43.7%:独身の自由さや気楽さを失いたくないから
- 39.7%:結婚の必要性を感じてないから
- 35.7%:異性と知り合う(出会う)機会がないから
- 25.4%:趣味や娯楽を楽しみたいから
- 22.2%:希望の条件を満たす相手にめぐり会わないから
- 20.6%:異性とうまくつき合えないから
女(n=103)
- 57.3%:独身の自由さや気楽さを失いたくないから
- 38.8%:希望の条件を満たす相手にめぐり会わないから
- 36.9%:経済的に余裕がないから
- 36.9%:結婚の必要性を感じてないから
- 36.9%:異性と知り合う(出会う)機会がないから
- 36.9%:仕事(または学業)に打ち込みたいから
- 31.1%:趣味や娯楽を楽しみたいから
すなわち、経済(就労)面での男女平等が、女から見た「結婚相手として魅力的な男」を減少させているわけです。日本以上に「女が輝いている」シンガポールや香港では、日本以上に出生率が低下しています。2014年の合計出生率は、シンガポール1.25、香港1.235です。
アメリカでも、女の学歴の高さと無子の割合には明確な正の相関があります。リベラル/フェミニストの要望通りに女をキャリア競争に駆り立てると、子供とのトレードオフのために出生率が低下するわけです(キャリアを得るためには子供を失わなければならない)。
男女平等はリベラル/フェミニストが望んだことでなので、彼らが経団連を批判するのは筋違いということです。男女を同等化すると、もぐら叩きのように経済格差が拡大し、非婚化が進むメカニズムは重要です。
経団連は「街コン」を提唱したことを批判されていますが、「金持ち女子と貧乏男子の結婚促進」ならどうだったでしょうか。実現すれば効果的なはずですが、現実性は極めて乏しいと言わざるを得ません。「夫は稼ぐ人→稼がなければ夫ではない」という女の観念は、おそらく本能に根差したもの(進化の産物)であり、容易に変えられるとは考えにくいためです。
いくら経済的に余裕がある女性が増えたとしても、男性を養うため何かを犠牲にする覚悟を女性が持ってくれないかぎり、高所得女性と低所得男性のカップルは増えることはないだろう。
そんな女性の意識改革が将来においても起きるのか、現状を鑑みると展望は極めて暗いと言わざるをえない。
結婚の社会学―未婚化・晩婚化はつづくのか (丸善ライブラリー)
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女性は、自分や自分の父親より経済力がつきそうな男性を選ぼうとする。
ある研究会でこの話をしたところ、ある女性研究者から「私は、結婚相手を経済力で選んだわけではない。話があうから選んだら、たまたま自分より年齢や学歴や収入が上だっただけ」と反論された。
しかし、ここで、考えなければならないのは、異性を「好きになる」という無意識の過程に働く社会的な力である。
精神分析学の知見によると、女性は、父親をモデルとして理想の男性像を作り上げる。父親以上の社会的能力を身につけた男性でないと、魅力を感じない構造になっている。
http://t.co/DAVvCbRh3Fアラサー女子たちの「お父さん」たちは優しいし、娘に教育はいらん!なんて言わずにバンバン進学費用や留学費用を出してくれるし、門限は厳しくないし、お小遣いは沢山くれるし、就職の相談にものってくれる。並の同世代彼氏じゃ叶いませんわ…。
— 北条かや (@kaya8823) 2015, 2月 18
- 男女の働き方・所得の均等化
- 女の上方婚志向
- 社会の持続
の三つが同時に成立できない(トリレンマ)とすると、3.(総人口1億人の維持)を目指すなら、1.を否定せざるを得ません*4。経団連にはそこまで踏み込んでもらいたかったものです。