エクササイズを楽しむ人なら誰でも心に抱くであろう疑問があります。「運動前の静的ストレッチはパフォーマンスを低下させる」「疲労の原因は乳酸ではなかった」など、これまで正しいと考えられてきた通説を覆すような事実が発表されています。科学ではまだはっきりとわかっていないことがまだまだ沢山ありますが、「常識的にそうだと考えられてきたが、実際に科学的データによっても裏付けられている」ことを列挙しました。大切なのは情報にもとづいて実践することです。
1.とにかく身体を動かしましょう。気に入ったものから始めてみればよいのです。どのような運動であれ、健康に直接つながる効果をもたらすということです。ともかく、何か始めてみましょう。
2.目標をもち、進捗をたしかめましょう。最高のトレーニングでも、自分にはまったく合わないものもあります。半年、1年、5年先にどうなりたいのかをじっくり考えましょう。また「短期間で達成できることは過大評価され、長期間で達成できることは過小評価されることが多い」点も忘れないようにしましょう。何kmくらい歩けるようになったか、何キロの重量を持ちあげられるか、どのくらいうまくテニスのサーブが決まるか、そして気分はどうだったかといったことも観察するのです。
3.何か新しいことに挑戦しましょう。研究で二つ以上の運動のテクニックを比較するとき、結果が「AはBよりも効果的です」や「AとBに違いはありません」ということはまずありません。「Aにはこうした長所と短所がありますが、Bにはこういう長所と短所があります」という結論になることがほとんどなのです。また、どのようなプログラムであれ、何年か経つと効果が薄れ、マンネリ化してきます。いつも同じぺースで自転車をこぎ、同じ五種類の筋力トレーニングを続けても、効果はほんのわずかです。折に触れて新しいことに挑戦すると、身体が新しいやり方に慣れようとするので、つねに新鮮な気持ちでいられます。
とにかく運動を楽しんでくださいね。
◆自転車や徒歩で通勤するほうが燃焼カロリーは多くなる?
◆体重を減らすには筋卜レより有酸素運動がいいか?
◆運動をすると食べる量が増えて太るのではないか?
◆脂肪燃焼ゾーンはどうやって活用すればいい?
◆痩せるためには食事制限と運動のどちらが有効か?
◆摂取カロリーと燃焼カロリーの差はそのまま体重の増減になる?
◆太っていても健康でいられるか?
◆DNAの老化は運動で阻止できるか?
◆骨密度を維持するための運動とは?
◆水中でおこなう運動のメリットとデメリットは?
◆ランニングは膝に悪い?
◆スポーツを長年続けることで身体にはどのような影響があるか?
◆少量のアルコールでも翌日のトレーニングに影響するか?
◆体調が悪いときも運動したほうがいいか?
◆疲労骨折のリスクを減らす方法とは?
◆ハードな運動から回復するのに必要な時間は?
◆マッサージはどのくらい効果があるのか?
◆運動後の冷風呂で身体の回復は早まるか?
◆捻挫をしてしまったら、どのくらい休養すればいいか?
◆ヨガとトレーニングを比べてみると?
◆ヨガは有酸素運動になるか?
◆体幹をどう鍛えるべきか?
◆運動前の最適なウォーミングアップ方法とは?
◆ストレッチでケガを防げるか?
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◆腕立て伏せなどの自重トレーニングはウエイトを使ったものと同じ効果があるか?
◆フリ―ウエイトとマシンの違いとは?
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◆体重を減らすには筋卜レより有酸素運動がいいか?
一般的に、エアロ(有酸素運動)は痩せるのに最適な方法といわれています(カロリー摂取量も控えた場合)。ところが、ウォーキングマシンやエアロバイクを使って何時間も運動をしているのにまったく痩せられないという人が後を絶ちません。理由は次のどちらかが考えられます。
(1) 痩せるには一般に考えられているよりも多くの努力が必要。
(2) エアロが効果的というのは誤解で、痩せるのにもっと適した方法が存在する。
(2)の「もっと適した方法」として頻繁に紹介されているのは、ウェイトトレーニングです。しかし、実際は(1)が正解だということが実証されています。エアロと筋トレとを直接比較すると、運動による燃焼カロリーの多さでは当然、エアロが勝ちます。ただし運動後の時間に燃焼されるカロリーを比べると、筋トレに軍配が上がります。
1977年に実施されたある研究で、歳をとるにつれて安静時代謝率が徐々に下がることが明らかになりました。寝ている間も生命を維持するために燃焼するカロリーの量は、筋肉量の減少(30代半ばに始まり、無情にも人生の最後まで続きます)に影響されるということです。筋トレはこの筋肉の減少プロセスを遅らせる手立てになりますし、筋肉を増やすこともできます。筋トレは活発な新陳代謝を助けるのです。筋トレは、身体を刺激して炭水化物の代わりに脂肪を多く燃焼させてくれます。といっても、それで長期的に見て脂肪の蓄えが減るかどうかは明らかではありません。ただし、単純な事実として、健康な人は動きまわったりモノを持ちあげたり階段を上ったりと日常生活での活動量が多い傾向があるので、そのぶん燃焼されるカロリーも多めです。こうした事実から、米国スポーツ医学会(ACSM)は2009年にそれ以前の公式見解を覆し、筋トレは減量に効果的な場合があると認めました。
筋トレと減量に関する研究例は豊富にあります。2007年の研究(『米国臨床栄養ジャーナル』に掲載)では、164人の太り気味の中年女性を2年間にわたって追跡調査しました。被験者の半数は週2回ウエイトトレーニングをおこない、もう半数には有酸素トレーニングを推奨するパンフレットを渡すだけに留めました。ウエイトを実施したグループの体重増加は約1.4キログラムで、腹部の脂肪の増加率は7パーセントでした。一方、パンフレットを渡しただけのグループでは体重増加は約2キログラムで、腹部の脂肪のなんと21パーセントも増加しました。この結果は筋トレが健康に良いことを示す明らかな証拠といえます。ただし、エアロよりも減量効果があるというわけではありません。当然と思われるかもしれませんが、エアロと筋トレを組み合わせた運動がもっとも効果的です。
韓国の研究で、エアロを週6日実施した場合と、エアロとウエイトを週3日ずつ実施した場合を比較しました。その結果、表面脂肪と腹部脂肪を減らしながら筋肉量を増やすには、エアロとウエイトを組み合わせたトレーニングがもっとも効果的であるとわかりました。
ウエイトトレーニングに新陳代謝の活性化や脂肪燃焼効果などの多くのメリットがあるという点については、疑いの余地はありません。しかし健康を目指すのであれば、エアロと組み合わせた運動がもっとも効果的なのです。
【まとめ】
カロリーの燃焼にもっとも効果があるのは有酸素運動だが、筋トレで筋肉をつけると、新陳代謝を活発な状態に保てる。最大の成果をあげたいのなら両方のアプローチを組み合わせるべきである。
◆運動をすると食べる量が増えて太るのではないか?
2009年、『タイム』に「運動しても痩せない理由」という特集記事が掲載されました。この記事では、ジャーナリストのジョン・クラウドが運動をして痩せようとする試みに失敗したいきさつが述べられています。彼は「強めの運動を短期間で一気に実践すると体重の増加につながる可能性がある」と警告していますが、この結論に至るまでのいくぶんひねくれた論理展開は、肥満研究者の間で非難の的となりました。
それでも、この記事では重要な問題が提起されています。つまり、熱心に運動をしても体重が減らない人がたくさんいるということです。それと運動をするとおなかがへるのも本当です。簡単な算数で何が問題かを考えてみましょう。たとえば自転車で出かけ、30分で約10kmペダルをこいだ後、疲労回復ドリンクを一気飲みしたとしましょう。運動で280kcalを燃焼し、直後に270kcalを摂取したことになります。これではカロリー燃焼は多いとはいえません。軽めの運動で燃焼されるカロリーを食べ物に換算すると、驚くほど少量なのです。体重を減らすのは容易ではないとおわかりいただけるでしょう。ただし、これだけでは運動で体重が増えるという証拠にはなりません。
運動の負荷を上げればそれだけおなかが減るというのは事実ですが、食べる量を減らした場合も同様におなかが減ります。燃焼カロリーよりも摂取カロリーが少ないと、あなたの身体は敏感にその変化を察知し、生理学的にも実際の行動においても現在の体重を保とうと努めます。運動では痩せにくいのではありません。どのような方法でも、痩せるのは難しいのです。
もちろん、エリートアスリートたちは運動によって体重を減らし、それを維持しています。というより、長距離ランナーや水泳選手、ツール・ド・フランスに出場するような自転車選手の場合は相当なカロリーが必要なので、逆に大変な思いをしながらカロリーを摂取しているのです。
問題は、どのくらいの運動が必要かという点です。これについてはハーバード大学による研究がヒントになります。この研究では、34,000人の中年女性を13年間にわたって追跡調査しました。
その結果(2010年に『アメリカン・ジャーナル・オブ・メディスン』に掲載)、調査期間中に一度も体重が増加しなかったのは、被験者のうち22パーセントだけで、この人たちは、典型的なアメリカの食事を摂り、毎日平均して一時間ほど中程度の運動をしていました。それよりも運動量が少なかった人は、体重が増えました。毎日一時間というのはかなりの運動量です。週に数回ジムに通って30分程度の運動をすれば痩せられると考えていた人たちにはショックな結果かもしれません。トレーニング後はつねに食べるものに気をつけなければならないということなのです。
しかし、運動がもたらす他のメリットを過小評価してはいけません。たとえば心血管の健全性やストレス解消など、体重が減らなくても徐々に効果の表れる運動のメリットがあります。運動は、私たちが知るかぎりもっとも強力な健康改善の方法です。何より、運動そのもので体重が増えることはありませんので。
【まとめ】
運動のみでの減量は簡単ではない。中年の女性の場合、一日に一時間の運動をしても、体重の増加を防ぐ程度の効果しかないことがわかっている
◆脂肪燃焼ゾーンはどうやって活用すればいい?
減らしたいのが脂肪であるなら、炭水化物ではなく脂肪そのものを燃焼させられたらいいと思いませんか?これが、運動器具メーカーやフィットネスの第一人者たちがよく使う、かの有名な「脂肪燃焼」ゾーンの考え方です(ジムのマシンでよく見かけるワードですね)。脂肪燃焼ゾーンを保つコツは頑張りすぎないこと、というメッセージもよく耳にします。もしこれが事実なら喜ぶべきことですが、残念なことに、これらの主張は論理的にも生理学的にも無理があります。
まずは基本的な真実から。運動をすると脂肪と炭水化物が燃焼されるのは事実です。どのような割合で燃焼されるかは、運動の負荷によって異なります。軽い散歩なら脂肪が85パーセント、炭水化物が15パーセント程度です。ジョギング程度になると、炭水化物の燃焼量が増えます。速度を上げれば上げるほど炭水化物の燃焼量は増え、最高負荷では最終的に脂肪が30パーセント、炭水化物が70パーセントほどの割合にまでなります。脂肪と炭水化物の割合が半々になるのは、最高負荷の6割程度の負荷で運動したときです。といっても、人によってかなりばらつきがありますし、フィットネスが向上するにつれて、脂肪と炭水化物の割合が入れ替わる時点の運動負荷は増大していきます。こうしてみると、脂肪を燃やすには低負荷での運動が適しているように思えます。ところが、ここでは総燃焼カロリーが無視されています。散歩で100kcalを燃焼した場合、そのうち85kcalが脂肪の燃焼分だというのは本当です。ただ、散歩と同じ時間、軽めのランニングをして500kcalを燃焼すれば、脂肪の燃焼量は250kcalになるので、そちらのほうがはるかに効率的だといえます。最高負荷での運動は健康とフィットネスの両方について多くのメリットがありますが、長時間続けるのは困難なので、脂肪を燃焼するという目的であれば中程度の負荷での運動がもっとも効果が高いといえます。
しかし、脂肪燃焼という考え方にはさらに根本的な問題が残されています。それは、身体活動の後に身体が回復する仕組みに関連しています。トレーニングで主に炭水化物を燃焼した場合、トレーニング後の数時間で摂取するカロリーは炭水化物の燃焼分を補給するために使われます。一方、トレーニング中に多くの脂肪を燃焼するよう調整した場合、炭水化物は満タンのままです。すると、トレーニング後に摂取するカロリーは、そのまま脂肪として蓄えられてしまうため、脂肪を燃焼するための努力がまったく無意味になってしまうのです。
この現象は2010年に、オーストラリアのガーバン医学研究所で実証されました。炭水化物の代わりに脂肪を燃焼させるよう遺伝子操作されたマウスでは、使われなかった炭水化物はそのまま脂肪に変わってしまったのです。この研究論文の主筆であるグレッグ・クーニーは「この結果は脂肪燃焼を促進するという宣伝文句の薬にお金を費やすべきでないと忠告してくれている」と述べています。この研究データを見れば、ソファに座ってテレビを見ている間に奇跡的に痩せられるという特効薬についてのイメージが誤りだとすぐに気づくでしょう。
これまでのところ、脂肪が燃焼する割合を確実に押し上げてくれるのは、ご想像のとおり運動だけです。さまざまな研究により、数か月間のトレーニングを経て以前よりも多くの脂肪を燃焼できるようになることが明らかになっています。もちろん、そのおかげでマラソンレースの後半になっても十分に体力を温存できるようになるかもしれませんが、それは体重を減らすためにはあまり重要ではありません。重要なのは、あくまでもゴールにたどり着くまでに何カロリーを燃焼したか、なのですから。
【まとめ】
低負荷の運動は高負荷の運動よりも脂肪を燃焼する割合が高いが、全体的に見ると燃焼カロリーは高負荷の運動より少なくなる。体重が減るかどうかは、燃焼カロリーが摂取カロリーを上回ったかによって変わる。
◆痩せるためには食事制限と運動のどちらが有効か?
1kcalは1kcalというのが簡潔さを重んじる従来の栄養学の考え方。といっても、良好な健康状態というものは燃焼カロリーと摂取カロリーの単純な引き算よりも複雑です。2010年の研究(米国スポーツ医学会の学会誌『メディスン・アンド・サイエンス・イン・スポーツ・アンド・エクササイズ』に掲載)では、人間の身体は運動によって燃焼されたカロリーと食事制限によって摂取されなかったカロリーの違いを区別できることが示唆されていて、そのどちらも重要だと判明しました。
ルイジアナ州立大学によるこの研究では、やや太り気味の被験者36人を3グループに分けました。
第1グループは6か月の研究期聞を通して、摂取カロリーと運動量をともに変化のない状態に保ちました。
第2グループではカロリーの摂取量を25パーセント抑えました。
第3グループではカロリーの摂取量を12.5パーセント抑えると同時に、身体活動によって燃焼されるカロリーを12.5パーセント増加させました。
第2グループと第3グループの「マイナス分のカロリー」は総量だけ見ると同じですが、第2グループでは食事だけでカロリーを抑えているのに対し、第3グループでは食事と運動でカロリーを減らしています。結果、第2と第3の2つのグループで減った体重は同じでした。しかも、もともとの体重の10パーセント減という素晴らしい成果です。さらに、全身の体脂肪が25パーセント、そして腹部の脂肪も25パーセント減りました。こちらも、2つのグループで違いはありませんでした。
この事実から見れば、体重の減り方はマイナス分のカロリーと対応していて、そのマイナス分が食事によるか運動によるかには関係がないように思われます。ところが、より詳細に調べてみると、この2つのグループに重要な違いが見つかりました。食事制限と運動を併用した第3グループでだけ、インスリン感受性、LDLコレステロール、最低血圧が改善していたのです。これらは心疾患と糖尿病の重要な危険因子ですが、その変化は鏡や体重計には表れないものです。
この研究により、「フィットネス対ファットネス(身体の健全性と肥満この論争に新たな視点が生まれました。サワスカロライナ大学のスティーブン・フレアが強く主張しているように、心血管系リスクを測るうえでは体重とBMIではなく有酸素能力のフィットネスのほうがより重要と考える研究者が出てきたのです。非常に太っている人は往々にしてもっとも不健康ですし、非常に痩せている人もまたもっとも不健康といえるので、体重(BMI)と有酸素能力のフィットネスの関係を区別して考えるのは難しい面があります。しかし先のルイジアナ州立大学での研究結果は、たんに痩せているだけでは得られない健康上のメリットがあることを示しています。運動も必要ということです。ただし、これで万事解決というわけではありません。ルイジアナ州立大学の研究で調査対象となった危険因子は他にもありました。収縮期血圧とHDLコレステロールです。これらは、第二、第三のグループで違いが見られませんでした。つまり、収縮期血圧とHDLコレステロールは、有酸素能力のフィットネスではなく体重に影響されるということになります。「ファット・バット・フィット(太っていても健康)」な人たちは、やはり健康上のメリットをいくらか逃しているといえそうです。一言でまとめるのは難しいですが、食事と運動はどちらもあなたの健康状態を最適に保つために重要であり、どちらか片方をないがしろにすべきではないといえます。
【まとめ】
減少カロリーが同じであれば、それが食事制限によるものでも、運動によるものでも体重の減り方は同じ。ただし、血圧やコレステロール値などを改善するには運動が必要。
◆摂取カロリーと燃焼カロリーの差はそのまま体重の増減になる?
体重管理の基本的な考え方は単純です。食べ物として取り入れるエネルギーが、身体活動と新陳代謝により燃焼されるエネルギーよりも多ければ、それが体重の増加分になります。食べる量よりも燃焼する量のほうが多ければ体重は軽くなります。自然界では、エネルギーを無から生み出したり消し去ったりすることはできないため、物理学者の立場からすればこれは疑いようのない真実といえます。(エステで揉んでもらって痩せるというのは迷信です)
ただし実際はもう少し複雑です。「燃焼カロリー」の部分が、私たちの予想どおりにはいかないからです。たとえば、毎日の食事に60kcalのチョコレートチップクッキーを一枚足したらどうなるか考えてみましょう。脂質約450グラムで約3500kcal相当となるので、計算上は月に約231グラム。一年に約2.7キログラムずつ体重が増えていくことになります。ところが、実際はこのようにはなりません。2010年の論文(『アメリカン・ジャーナル・オブ・メディスン』に掲載)にその説明があります。体重が増えはじめると、体は新しい組織の細胞を修復したり、交換したり、維持したりするために代謝エネルギーを使わなければなりません。すると、身体活動に変化がなくても、いままでより多くのカロリーが燃焼されるようになります。その結果、体重の増加ぺースは時間の経過とともに遅くなり、数年後には合計2.7ポンド分のところで増加が止まります。たとえそのクッキーを残りの人生でずっと食べつづけたとしても、です。
残念ながら、一日に60kcalずつ節制すると、これとは逆の現象が起こります。最初のうちは体重が減少するものの、痩せた部分の組織を維持するためのエネルギーを使わなくてもよくなるので、燃焼されるカロリーの量は減り、最終的には体重が減らなくなります。そして、通常の食事に戻すと(たいていの人は、目標の体重まで痩せた時点でそうします)、体重はもとに戻ります。これがリバウンドの原因のひとつです。
体重を一定に保とうとする働きは、体重の増減だけによって生じるのではありません。コロンビア大学の研究では、毎日のカロリーを正確に計算するため被験者の食事は流動食のみとし(摂取カロリーの構成は、コーン油、ぶどう糖、カゼイン・タンパク質がそれぞれ40パーセント、45パーセント、15パーセント)、肥満グループと標準体重グループとも体重が10パーセント増える(または減る) ように食事を制限し、新陳代謝の結果を観察しました。この研究の結果が2010年に発表されました(『アメリカン・ジャーナル・オブ・フィジオロジー』に掲載)。それによると、体重が減ることによって被験者の筋肉の効率は約15パーセント高まりました。これは、たんに体重が減ったからだけではなく、脂肪や炭水化物を燃焼させる酵素の割合が変化したからでもあります。「効率が高まる」というと良いことのようにも思えますが、実際はカロリーの燃焼量が少なくなるので、軽くなった体重を維持するのが難しくなります。
一方、体重が増えると、被験者の筋肉の効率は25パーセント低下し、もとの状態に向かって再び体重が減っていきました。
こうした結果からは、いったん体重が増えてしまった後で痩せるのがいかに大変か、厳しい現実を突きつけられますが、同時に実用的な知恵も与えてくれます。筋効率がもっとも大きく向上したのは、もっとも低い負荷で運動したときだったのです。これは、運動というよりも日常生活の身体活動レベルに相当します。したがって、研究者たちは「体重が軽くなった人は運動の負荷を強めにすれば筋効率の向上を回避できるかもしれない」と提案しています。軽くなった体重を維持するには、運動の時聞を長くするよりも、負荷を強めたほうが効果的といえそうです。
【まとめ】
体重が減ると体が体重を増やそうとするので、筋肉の効率が高まって新陳代謝が遅くなる。
※筋肉の効率が上がる=消費カロリー量が減少する
◆太っていても健康でいられるか?
体重を減らすための方法は世の中にあふれでいます。誰でも一つはこだわりの方法論を語れるといってもいいくらいです。脂質を控えるのがいいという人もいれば、炭水化物を控えるほうがいいという人もいます。脂肪が燃焼しやすい低負荷の運動がいいという人も、最大負荷での運動がいいと信じている人もいます。カロリーの摂取量を抑えるべきだという人もいれば、カロリーの燃焼量を増やすべきだという人もいます。ウエイトトレーニングに重点を置くのがいいという人もいれば、有酸素運動を重視すべきという人もいます。
このように、矛盾する方法論はいくらでも見つかります。このため、万人に当てはまる簡単な減量法はないように思えます。ただし、すべてが謎に包まれているわけではありません。食事と運動、ホルモン、脂肪貯蔵などとの複雑な関連性について調査した多くの研究のおかげで、減量の謎は解明されはじめています。運動と食習慣が身体に与える影響がわかれば、その人にとって最適な減量方法を見つけやすくなり、「脂肪燃焼ゾーン」という夢のような概念が存在するという誤解が広まることもないでしょう。さらに、痩せていることと健康であることは必ずしもイコールではないということも明らかになってきています。運動の成果は体重ではなく、有酸素能力のフィットネスで測るべきだという視点も重要です
「脂肪は身体に悪い」とか「肥満の人が爆発的に増えている」という話は毎日のように聞こえてきます。ですから、2009年に肥満に関するさまざまなトピックを扱う雑誌『オベーシティ』で、予想外の実験結果が発表されたときにはちょっとした話題になりました。カナダとアメリカの合同チームが実施した、1万1326人の成人を対象にした12年にわたる追跡調査(カナダ統計局の全国人口健康調査のデータを使用)の結果、肥満者(肥満度指数BMIが25~30)が調査期間中に死亡する確率は、標準体重の人(BMIが18.5~25)よりも17パーセント低いことが明らかになったのです。体重と健康の関連性について、私たちは長年誤解してきたのでしょうか。これからは「太って長生きしよう」という方針に切り替えるべきなのでしょうか。実は、この結果は肥満の研究者にとってはまったく驚くに値しないものでした。体重はかつて考えられていたような絶対的な指標ではないという証拠が山ほどあるからです。ただし、早まってジムを退会しないように。長期的な健康に関しては、フィットネスのほうが体重よりもはるかに有用なバロメーターだと判明しています。このことは、痩せているけれどあまり運動しない(新陳代謝が良いので運動しなくても大丈夫だと信じている)人たちにも当てはまります。
サウスカロライナ大学のスティーブン・ブレア教授は1994年の研究で、健康上の問題を引き起こす原因である肥満と運動不足とを区別しようと試みました。「肥満でもフィットネスを適切に維持していれば『肥満のリスク』はありません。リスクは消えてしまうのです」とブレアは主張しています。肥満でもフィットネスが良好な人は、標準的な体重で運動しない人と比べて死亡する確率が半分だとも述べています。これは、運動を始めても体重がなかなか減らずにすぐに嫌になってしまう人(おそらくはそのまま運動をしなくなってしまう人)にとって非常に重要です。ブレアは、1週間に計150分間の中程度の運動、または計75分間の強めの運動という指標をクリアしていれば、体重の多寡にかかわらず運動のメリットを得られると述べています。このことを考えれば、先に示したカナダ統計局の結果は驚くに値しません。2005年にアメリカで実施された同様の研究でも、ほぼ同じ結果が出ています。この研究でも、わずかに余分な脂肪をつけた高齢者のほうが長生きすることがわかっています。
前述のカナダ統計局による研究論文の著者の一人で、ポーランドのカイザーパーマネンテ健康研究センターに所属するデイヴィッド・フィーニーは、「歳をとるにつれ体重は軽くなり、身体はもろくなっていきます」と述べています。つまり、高齢者(この研究の期間内に死亡した人の大半は高齢者でした)にとっては、少し余分に体重があったほうが、高齢になると経験しがちな病気や事故を乗り越えやすいのです。フイーニーはさらに、高血圧などのチェック体制ができたおかげで、ここ数十年間で肥満であることによるリスクが低減しているかもしれないと主張しています。とはいえ、この研究によって肥満が「無罪放免」になるわけではありません。BMIが35を超える人は、標準体重の人よりも研究の期間中に死亡する確率が36パーセントも高かったのです。ただし、同研究ではBMIは脂肪の危険度を測るもっとも効果的な方法ではないということも指摘されています。
オタワの東オンタリオ研究所小児病院の研究者で、ブログ『オベーシティ・パナシーア(肥満の万能薬)』に肥満研究の最新情報を載せているトラヴィス・ソーンダーズは次のように述べています。「BMIは集団調査でもっとも威力を発揮します。しかし、個人に対してはうまく機能しません」。これは、どこに脂肪を蓄えているかが、脂肪の量と同じくらい重要であることを意味しています。厄介なのは腹部の脂肪、とくに皮下脂肪ではなく内臓脂肪です。一方、腰まわりからお尻、そして下半身についた脂肪はそれほど問題ではないとソーンダーズは主張します。現在、多くの医者が内臓脂肪の量を測る指標として胴まわりを測定しているのは、このような理由によります。それから、少し奇妙に聞こえるかもしれませんが、肥満の問題は寿命との関連だけでは判断できないということも覚えておく必要があります。心疾患や高血圧や糖尿病など肥満と大いに関係のある症状は、老後の生活の質に重大な影響をもたらします。カナダ統計局の研究結果も体重を気にしなくていいと主張しているのではありません。具体的な体重を目指すという見当違いな目標にとらわれがちな私たちが意識すべきは、「人生をいかに健康に過ごすか」という点なのだということを教えてくれているのです
【まとめ】
太っていてもフィットネスが良好な人は、デスクワーク中心の痩せている人より死亡する確率が低い。健康の度合いを測るには、BMIよりも有酸素能力のフィットネスのほうが適している場合がある。
肥満度指数(BMl)は、体重(キログラム)を身長(メートル)の2乗で割って計算します。身長1.75メートル、体重75キログラムの男性のBMlは、75÷(1.75×1.75)=約24.5です。BMlが18.5~25は標準、18.5未満は痩せすぎ、25を超えると太り気味、30を超えると肥満と考えられます。
◆DNAの老化は運動で阻止できるか?
2009年のノーベル医学生理学賞は、DNAが損傷することなく繰り返し複製される仕組みを発見した三人の研究者に授与されました。テロメアは、染色体の末端部にある短いDNAです。染色体が複製されるとき、デリケートな末端が切れないよう保護カバーの役割を果たします。残念ながら、テロメアは歳を重ねるにつれどんどん短くなります。テロメアの短縮による細胞の老化は、あらゆる老化現象と関係があります。老化の実体は細胞の老化なのです。
昔から、運動は「若さの源泉」であり、血管を柔軟に保ち、筋肉を鍛え、頭脳を明断にするものだと考えられてきました。しかし、こうしたさまざまな効果が実現される仕組みは、詳しく解明されていませんでした。2010年のコロラド大学による研究(『メカニズム・オブ・エイジング・アンド・デベロップメント』に掲載)に、その手がかりがあります。生理学の専門家がテロメアの長さと有酸素運動の相関関係を調べるために被験者を運動習慣のない若者(18~32歳)、運動習慣のある若者、運動習慣のない高齢者(55~72歳)、運動習慣のある高齢者の4つのグループに分けて調査をおこないました。運動習慣のある被験者には、週5回、最低でも45分間の激しい運動をしている人を対象にしました。その結果、2つの若者グループのテロメアはほぼ同じ長さでした。運動習慣のあるグループでは、高齢者のテロメアのほうがごくわずかではあるものの短かったことがわかりました。高齢者で運動習慣のないグループのテロメアは極端に短いことがわかりました。さらに高齢のグループを対象としてテロメアの長さと有酸素運動の能力(最大酸素摂取量)を調査した結果、有酸素運動能力がある人ほどテロメアが長いことがわかりました。つまり、有酸素運動によってDNAを実年齢より数十年も若く保つことができるのです。これは運動習慣のない人たちにとっては悪いニュースですね。最近の研究では、789人の心臓疾患のある被験者を調査したところ、テロメアが短い患者ほど4年以内に死亡する確率が高いこともわかっています。
この研究では、相関関係と因果関係を切り離せない点に注意すべきです。他の潜在的な因子の影響でテロメアが長いまま保持されたり、運動する意欲が上がったりすることも考えられるからです。しかしドイツのザールラント大学でおこなわれた別の調査によると、その可能性は低いようです。コロラド大学の結果と同様、年配のランナーやトライアスロン選手のテロメアの長さは若い被験者と差がないこと、また年配で運動習慣のない人のテロメアが極端に短いことが確認されています。ドイツでの他の研究で、トレッドミルで習慣的に運動させているマウスとまったく運動をさせていないマウスを比較したところ、わずか3週間後に運動していたマウスのテロメラーゼ(テロメアを伸長させる酵素)が高レベルで活性化していたことがわかりました。日常的に運動をしている人ほどテロメアが長いのは偶然ではないようです。少なくとも運動効果のもたらすメリットを証明しているといえるでしょう。
【まとめ】
運動は細胞の老化を遅らせる。細胞の老化は、DNA端部の保護キャップであるテ口メアの短縮と関係している
◆骨密度を維持するための運動とは?
ここでのポイントは「維持」です。成人の骨格の95パーセントは女性で17歳、男性で19歳までに形成されます。いったん骨格ができあがってしまえば、その後、確実に進行する骨質劣化を完全に抑えることはできません。この戦いに勝ち残るには、骨に体重のかかる状態、つまり座っているときよりも、立って体重を支えているときの状態が重要であると考えられています。最近では、筋力トレーニングが骨の強化に重要な役割を担っていることもわかっています。
「この10年ほどで、骨は従来の認識以上に強い存在であることがわかっています。負荷を与えれば、それに応えてくれる優秀な組織です」とブリティッシュ・コロンビア大学医学部教授ヘザー・マッケイは述べています。骨を強化するトレーニングと筋力トレーニングには多くの共通点があることも明らかになってきました。その一つは、負荷をかけるほど強くなる点です。どれだけ強化できるかは、それまでの鍛え具合、荷重耐性、負荷のかけ方によります。マッケイらによる調査では、激しい運動を短時間で一気におこない(垂直跳び、スクワットなど)その合聞に休憩を挟むほうが、穏やかな運動を長時間続けるよりも骨の強化に効果があるとわかりました。ウエイトを用いれば、ターゲットを絞りながら骨に負荷をかけることが可能になります。マッケイは「筋肉量が増加すると、骨周辺の筋肉が圧縮され。“曲げ荷重”力を作りだし、骨が強化されるのです」と説明しています。またウエイトトレーニングでは、手首などの痛めやすい部分にターゲットを絞れます。こうした利点は、エリプティカルマシンをどれだけ使っても得られないものです。
マッケイによる別の調査では、小学生が一日に1回(朝、正午、下校前)、5~15回垂直挑びをすると、骨密度が著しく高まることも明らかになっています。成人骨格の4分の1は思春期の早い段階で形成されるため、子どもに骨を強化する運動をさせるのは大切です。飛び跳ねるだけのような小さな動きでも、ただ立ったり歩いたりするよりも効果的であることも確認されました。骨のミネラル密度は、持久力系のトレーニングよりも体力強化系のトレーニングをした人のほうが高いことを多くの研究が証明しています。これは、筋肉を増強する運動がランニングのような体重負荷のかかる運動よりも骨のためになるという説を裏づけています。
しかし2009年の研究(『ジャーナル・オブ・ストレングス・アンド・コンディショニング・リサーチ』に掲載されたミズーリ大学のパメラ・ヒントンらによる研究)は、それほど単純に差別化できないと忠告しています。ランナー、自転車選手、ウエイトトレーニングをしている男性を比較したところ、骨密度が一番高かったのは、ウエイトトレーニングをしていたグループでした。しかしその理由は彼らがたんに大柄だったからにすぎません。ランナーグループはみな痩せていましたが、骨そのものは身体のわりにきわめて頑丈でした。ただし、ランナーと自転車選手の骨密度には大きな違いがありました。これは、ランニングによる衝撃の反復が骨密度を高めることを示唆します。ヒントンはサイクリング、水泳、ボート漕ぎをする人には筋力トレーニングやランニングのようなハイインパクトトレーニングをするよう勧めています。同様に、衝撃の少ないエリプテイカルマシンでトレーニングをする人も、インパクトを補う必要があります。「機械の動きに合わせて身体を動かすだけでは衝撃は不十分です」とヒントンは述べています。サッカーやバスケットボールのようなスポーツ(およびステップエアロビクスのような運動)には、二つの長所があります。断続的なジャンプとランニングによる衝撃が骨密度を増大させ、筋力を強化するのです。ヒントンの研究からは必ずしもウエイトトレーニングやランニング、跳躍のすべてをする必要はないことがわかります。ただし、筋力強化か、インパクトのある運動のどちらかは必須です。
【まとめ】
筋肉を鍛える運動(筋力トレーニングなど)やインパクトのある運動(ランニングやパスケットボールなど)は、サイクリングや水泳やエリプテイカル卜レーニングよりも骨の強化に効果がある。
骨折が良いニュースであった試しはありません。ただし、骨折する部位によって「不幸度」は異なります。臀部の骨折は複雑で、治癒後も以前の状態を完全に取り戻すことが難しくなります。同様の箇所として脊椎と手首が挙げられます。
【脊維の鍛え方】
近年の研究では、抵抗トレーニングよりも、重量を背負ったランニングのほうが、骨密度を刺激し、効果的であることが示唆されています。
【手首の鍛え方】
ビセップカールなどの上半身の抵抗トレーニングで、手首の骨を集中的に鍛えられます。
【臀部の鍛え方】
スクワッ卜、レッグプレス、ハムストリングカ一ルなどの下半身の抵抗卜レ一ニングによって、腰まわりの骨を強化できます。
◆水中でおこなう運動のメリットとデメリットは?
健康のために運動をしなければいけない人ほど、運動を始めにくい状況にあるものです。関節炎を患っていれば関節が痛みますし、太っていれば体重の負荷でケガをしやすくなります。高齢者は転んで骨折しかねません。こうした難題をすべて解決できるのが水中での運動です。水中エアロビクスやアクアフィットネスといったクラスのあるスポーツジムも多いでしょう。衝撃の少ない水中運動であれば、運動によるケガを回避しやすくなります。しかし最近では、水中か陸上かにかかわらず運動効果は変わらないという意見もあります。
水中エアロビクスと水泳の決定的な違いは、水中で立つか、水に浮くかです。水圧は下へいくほど強いので、脚には胸部よりも強い水圧がかかります。そのため、血液が手足から心臓へと送られるときの負担は、陸上に比べ水中のほうが少なくなります。これは心拍数が低くなることも意味します。つまり、水中で陸上と同等の有酸素運動の効果を得たければ、陸の上よりも激しく動かなければいけないのです。それでも多くの研究者が水中運動は身体に不安を抱える人に適していると報告しています。2009年の研究では腰痛患者に4週間の水中プログラム(エアロビクス、ストレッチ、筋力強化など)をおこなわせたところ、同じプログラムを陸上でおこなった場合と比べて飛躍的な改善が見られました。水圧と水温が運動中の痛みの伝達を軽減し、浮力が関節と筋肉の負担を軽くしたことで、可動域が広がったためではないかと推測されています。
さらに股関節や変形性膝関節症をもつ患者を調査すると、短期的に大きな効果があることがわかりました。ただし、その継続性についてはさらなる調査が必要であるともしています。高齢者ほど、関節痛、バランス感覚の衰え、骨密度の低下などのさまざまな身体のトラブルを抱えています。高齢者にとって、水中運動ほど魅力的なものはないでしょう。
62~65歳の女性50人を対象におこなった2008年の研究では、水中運動は陸上でのウォーキングよりも心血管系の状態、瞬発力、柔軟性を大きく改善させることもわかりました。もちろん、水中でのエアロビクスやストレッチや柔軟運動と、たんに歩くことを比較するのは公正さに欠けるかもしれません。ポイントは、陸上よりも水中での運動が優れているということではなく、水中では陸上ではできない運動を痛みをともなわずにおこなえるということです。
ただし、水中トレーニングのメリットは実はそれほど大きなものではないと指摘する見方もあります。2009年にフランスの研究者が、慢性心不全や冠動脈疾患のある被験者に水中運動を3週間続けさせました。死亡リスクが低下するという予測に反し、現実には血管内の一酸化窒素量が上昇していました。あくまで仮説ですが、水圧による血液循環の変化が、(先に述べた心拍数の低下に加え)心臓血管系にさらなる負担をかけたことに起因している可能性があります。現段階では、この答えは明確になっていません。
【まとめ】
水中エアロビクスのような運動は関節への負担が少なく、転倒するリスクも少ない。水圧のために心拍数は低くなるものの運動効果は陸上とほぼ同じである。
◆ランニングは膝に悪い?
この問題は、ランニングを始めたいと思っている人を躊躇させ、経験豊富なランナーをも不安にします。日常的にランニングをしていると膝の痛みを感じることもあるでしょう。「楽しみのためにしている運動のせいで、10年か20年後に足をひきずることになったらどうしよう」と心配になるのも当然です。幸い、こうした不安を解消してくれる研究結果が、この数年で発表されるようになってきました。
まず、2008年にオーストリアの放射線科技術者チームが、ランナー7人の膝をMRI撮影したデータを紹介しました(専門誌『スケルタルラジオロジー」に掲載)。被験者たちは、1997年のウィーンマラソンへの参加前にもMRI撮影に協力しています。MRIによる診断では、レントゲンしかなかった時代に比べ多くのことがわかります。調査結果によると、ランニングを続けていた6人には、新たな膝関節の損傷は見られませんでした。しかし走ることをやめてしまった1人だけは、膝関節がひどく悪化していたのです。スタンフォード大学の長期研究では、1984年以来、ランナー45人と非ランナー53人に定期的なレントゲン検査をおこなっています。最新の結果が2008年に医学誌(『アメリカン・ジャーナル・オブ・プリベンティブ・メディスン』) に発表されました。初回検査から14年が経過した段階で、膝の関節炎の発症率はランナーが20パーセント、非ランナーは32パーセントでした。この二つの研究により、ランニングは膝を悪化させるものではなく、むしろ損傷を予防するものであるという仮説に信憑性が出てきましたが、スタンフォード大学のエリザ・チャクラバルティ博士は「デー夕が限られているので現時点では結論を出せません。“膝の保護”だけのためにランニングを強く勧めることはできません」と述べています。
それでも、この仮説には説得力があります。米国スポーツ医学会は、体重が450グラム増加すると、膝にかかる負荷が1800グラム増すと報告しています。毎年450グラムずつ体重が増えると、10年後には変形性膝関節症の発症率は50パーセント高くなることになります。こうしたことからも、減量効果のあるランニングが膝を保護するという説は有力だと思われます。ただしこの2つの研究には、被験者が偏っているという欠点があります。どちらの被験者も深刻なケガをしたことのないアマチュアランナーでした。検査の精度を高めるためには「ランナーと非ランナー」の対比ではなく一般人から無作為に被験者を選ぶべきです。その意味で興味深いのは長期に及ぶフラミンガムの心臓の専門家による調査です。9年間をかけて1279人の医学面とライフスタイル面の包括的なデータを検証してみたものの、運動(ランニングを含む)と変形性膝関節症との関係性は見つかりませんでした(2007年の『アースライティス・アンド・リサーチ』に掲載)。
当然ですが、運動は実利的な効果のためだけにおこなうものではありません。「たとえ膝のうずきや痛みを抱えることになっても、この“生きる歓び”に優るものはありません」。このように考える方もたくさんいると思われます。
【まとめ】
「ランニングは膝を痛める」という従来の常識とは異なり、非ランナーに比べるとランナーの方が関節炎発症率が低いことがわかっている。
◆スポーツを長年続けることで身体にはどのような影響があるか?
スポーツと老化に対する認識は、この数十年間で劇的に変化しています。これは、2004年に73歳のエド・ホイットロックがマラソンでサブスリー(3時間以内で完走すること)の新記録を打ち出したことでもわかります。2時間54分48秒というタイムは驚異的なもので、完走者約1400人のなかでも26位につけるものでした。このように、高齢者の身体能力はこれまでに考えられていたよりはるかに順応性があることがわかりはじめています。しかし「使わなければ衰える」ことも数々の研究が明らかにしています。肉体的、精神的な若さを維持するためにはどんな運動をすればいいか熱心に研究されているのも、そのためだといえます。
しかし、ホイットロックのようなアスリートにとって一番気がかりなのは、老いていく肉体に運動が及ぼす効果ではなく、加齢が5キロマラソンのタイムに及ぼす影響です。「マスターズ」(通常は40歳以上が対象となる)は北米で急速に広まっているスポーツの大会です。優れた選手たちの経験からはモチベーションの保ち方や年齢に応じたトレーニング方法などについて、貴重な情報を得られます。若いときに身体を痛めつけると、よほどうまくケアしないかぎり50代であちこちにトラブルを抱えるはめになります。競技場やスケートリンク、ジョギングコースにいた当時の自分に償ってほしいと思うかもしれません。時計の針は戻せませんが、老化の進行は遅らせることができます。あらゆる老化現象(筋力の低下、体重の増加、動脈硬化、関節硬化など)は運動で遅くできるのです。運動で予防できるのは身体の疾患だけではありません。脳へ送られる血液の循環がよければ認知機能の低下を防げますし、運動が細胞の老化を減速させることも報告されています。
有酸素運動が、緑内障、黄斑変性症、白内障の発症リスクを飛躍的に低下させることも、2009年にローレンスバークレー国立制究所のポール・ウィリアムズの研究によってわかっています。有酸素運動と眼庄の聞には因果関係が存在するかもしれませんが、重要なのはその具体的な作用についてではなく、疫学研究のおかげで運動が最高の老化防止策だと判明したことです。当然ながら、多くの競技スポーツは身体に故障をもたらします。サッカーやホッケーの経験者は変形性膝関節症の発症率が高いといわれています。2006年のスウェーデンの調査によると、サッカーやホッケー選手が変形性膝関節症を発症する割合は、現役時代の膝の損傷と完全に一致していました。2008年にチュニジアのプロサッカーチームに所属していた45歳以上の元選手を調査したところ、現役時代に深刻な膝の故障をしたことがない選手は、他の選手よりも痛みや機能的な不具合が少ないこともわかっています。
変形性関節症を起こすような故障をしてしまったら、ランニングで改善してみるのもよいかもしれません。ランニングの効果は最近の研究で実証されているからです。まわりに膝痛を訴える高齢者ランナーがいる人にとっては信じられない話に聞こえるかもしれませんが、ウィリアムズらのデータによると、運動をしない人ほど年を重ねるごとに痛みが増加していくことが明らかになっています。
ウィリアムズはこう述べています。「高齢者ランナーにとって、体が変化するかではなく、いかに肉体が変わらないかです」
◆肉体の老化プロセス
定期的な運動には、老化を遅らせる効果があります。ただし、米国スポーツ医学会は、運動と身体活動に関して「どれだけ身体を動かしても、生物学的な老化プロセスを完全に停止することはできなしづと述べています。主な老化プロセスを見てみましょう。
・感覚器、信号伝達細胞などが衰えてバランス感覚が悪くなる。反応時聞が遅くなる。
・のどの渇きに関する感覚や水分を蓄える機能が衰え、
脱水症状になりやすくなる(気温が高い場合はとくに)。
・70歳までに腰椎の屈曲が20パーセント低下し、腰痛のリスクが高まる。
・40歳以降、筋力が低下する。衰えは上半身よりも下半身のほうが早い。
30歳以降は、年間1~2パーセントずつ筋肉量が減っていく。
・40歳以降、骨密度が毎年0.5パーセント低下する。
女性は閉経後、年間2~3パーセント骨密度が低下する。
・40代~50代の10年で、身長が約1センチ低くなる。
・最大心拍数か'年間0.7拍短くなる。1拍当たりで拍出される血液量も減少する。
・VO2MAX(最大酸素摂取量)が10年間で9パーセント減少する。
・運動開始後の酸素摂取への対応速度が遅くなり、ウォーミングアップの重要性が増す。
・30代~60代にかけて体脂肪(特に内臓脂肪)が増加し、70代で減少する。
・70歳までに足首の屈曲が30~40%狭くなり、転倒のリスクが高まる。
【まとめ】
30代半ばを過ぎると、筋肉量は毎年2~3パーセント、有酸素能力は10年ごとに約9パーセント減少していく。しかし日常的に運動することでこの進行は遅らせられる。
◆少量のアルコールでも翌日のトレーニングに影響するか?
これは、どのくらいの量を「少量」とするかによります。2010年、ニュージーランドのマッセイ大学がある研究結果を発表しました。激しいトレーニングの後に「適量」のアルコールを摂取した場合、筋肉の回復が遅れるというのです。脚の運動をおこなった被験者は、運動後90分の間にオレンジジュースかスクリュードライバー(ウォッカとオレンジジュースを混ぜたカクテル)のどちらかを飲んで就寝しました。その後の3日間、両グループ間で脚の痛みについての差は見られませんでしたが、筋力の損失については、アルコールを摂取したグループのほうが1.4~2.8倍も大きかったのです。この研究での「適量」は体重1キログラムにつきエタノール1グラムでした。平均体重が87.6キログラムだった被験者たちにとって、アルコール度数が5パーセントのビール6.5本分に相当します。この研究論文の主筆であるマシュー・バーンズは次のように述べています。「科学論文で報告されているアスリートの膨大な飲酒量と比べれば、この研究の飲酒量は『適量』です。これはニュージーランドに限ったことではなく、接触型スポーツがさかんな西洋諸国の大半に当てはまります」たしかにアスリートの驚異的な飲酒量については、多くの論文で取り上げられています。
バーンズはラグビー選手を対象にした研究で、試合後の飲酒量がビール22本分にもなった事例を挙げています。一般人の平均的な飲酒量はこれよりもはるかに少ないため、バーンズは運動後の摂取アルコール量を半分(体重1キログラムにつきエタノール0.5グラム)にして追跡研究を実施しました。
その結果、喜ぶべきニュースが発表されました(『ヨーロピアン・ジャーナル・オブ・アプライド・フィジオロジー』に掲載)。この研究では、アルコールのグループとオレンジジュースのグループで筋肉の回復に差が見られなかったのです。現在、バーンズらはさらに研究を進めています。その結果、アルコールの摂取量が多くなると、筋肉自体ではなく中枢神経系に影響が生じ、脳から筋肉に送られる信号が弱まることが示唆されています。筋肉や、コルチゾールとテストステロンといったホルモン濃度にもなんらかの変化が生じている可能性もあります。バーンズはトレーニング後の飲酒から回復するプロセスには、水分と炭水化物の補給も関係していると述べています。アルコール度数が4パーセントを超える飲料には利尿作用があります。たとえば、アルコール度数の強い酒をスタンダードショット(25ミリリットル)で一杯飲むと、その4倍の量(100ミリリットル)が尿として体外に排出されてしまいます。この問題は簡単に解決できます。そう、アルコールと水を一杯ずつ交互に飲めばよいのです。トレーニング後にきちんと回復するためには、運動終了後の2時間で貯蔵エネルギーを補給することがきわめて重要です。いくつかの動物実験では、アルコールによって炭水化物の貯蔵量の回復力が阻害されるという結果が出ましたが、これについてはまだ議論の最中です。明らかに問題なのは、アルコールの摂取によって、有効なカロリーの摂取量が減ってしまう場合です。2003年にオーストラリアの自転車選手を対象におこなった研究では、トレーニング後の食事でアルコールを摂取した場合、炭水化物の貯蔵量に変化はありませんでした。ところが、トレーニング後の食事のカロリーを減らしてその分をアルコールのカロリーで補った場合、8時間後の炭水化物の貯蔵量は食事+アルコールの場合と比べて50パーセント低く、24時間後も低いままでした。これらの研究結果は、一晩に1~2杯飲む程度なら健康やパフォーマンスに悪影響はないという通説と一致しています。実際、飲酒量が少量または適量であればさまざまなメリットがあるほか、心疾患のリスクも20~40パーセント低くなるといわれています。
【まとめ】
2~3杯の飲酒なら翌日のトレーニングには影響はないが、4~5杯(但しその人の体重によって異なる)以上になると筋肉の回復が遅れたり、必要な栄養素の摂取が阻害される可能性がある。
◆体調が悪いときも運動したほうがいいか?
この質問の答えははっきりしています。体調が悪いとき、身体は、その原因を撃退するための体力を必要としています。ですから、わざわざ運動してよけいな体力を使うことはありません。とはいっても運動が日常生活の一部になっている人は、多少調子が悪いときに運動しても症状が悪化しないかどうかを知りたいはずです。深刻な病気の場合には当然、運動は避けるべきです。問題は軽い風邪などで気分はよくはないけれど、衰弱しきっているというわけでもないという場合です。これについては、ホノルル州立大学(インディアナ州)で運動競技のトレーニングプログラム担当主任を務めるトーマス・ワイドナーが提唱した「首チェック」というルールが用いられることが多いようです。体調不良が首から上の症状(くしゃみや鼻水やのどの痛みなど)なら運動してもよく、首から下の症状(発熱や筋肉痛や咳など)なら様子を見たほうがいいというものです。ワイドナーは1990年代に2つの少々風変わりな研究に携わりました。被験者をライノウイルス(典型的な風邪ワイルス)に感染させて、風邪のときに運動してもよいかどうかを調べた数少ない研究です。
最初の研究では、ウイルスを注入された45人の被験者は、翌タからのどの痛みを訴えはじめ、3日目には本格的な症状に発展しました。ワイドナーは病状が最悪の状態にある被験者にトレッドミルを使った検査を受けさせ、その結果を健康なグループと比較したのです。結果は意外なものでした。ランニングの成績や肺機能など生理反応のどれをとっても、両グループに違いは見られなかったのです。つまり、風邪を引いてもアスリートとしてのパフォーマンスが低下するというわけではないのです。
2つ目の研究では、風邪ウイルスに感染した被験者50人のうち半数に、最大心拍数の70パーセントでの運動を1日おきに40分間おこなわせ、もう半数は安静にさせました。その結果、両グループの症状の重さと継続期間には差は見出せず、意外にも運動をした、グループのほうが安静にしていたグループよりも少しだけ気分がよくなったと報告しました。
この2つの研究は10年以上も前のものですが、ワイドナーによると、この実験に対する反証は現在に至るまで一つも出ていません(進んで風邪を引きたいという被験者を集めるのは容易でないことも考感すべきかもしれません)。風邪を引いているときの軽い運動が気分を若干よくするというワイドナーの発見を裏づける事例はたくさんあります。一般的には、軽い運動によって気道の通りや血の巡りがよくなるので症状の回復が早まったり、すっきりした気分になる効果があると考えられています。また、中程度の運動による免疫機能の向上効果は十分に実証されています。マウス実験では、45分間のトレッドミル走でウイルスに打ち克ちやすくなる効果があるという研究結果もあります。体調不良時に身体を動かすことにはメリットがありそうです。ただし、少なくとも現時点では、風邪のときに軽い運動をしても症状が悪化することはない、う程度の理解に留めておくのが無難といえるでしょう。
【まとめ】
鼻水やのどの痛みなど「首から上」の症状なら、風邪を引いていても運動による悪影響はない。場合によっては、少し回復が早まることもある。
◆疲労骨折のリスクを減らす方法とは?
2010年冬季五輪の男子フィギュアスケートで、エヴァン・ライサチェク選手は疲労骨折を乗り越えて、みごと金メダルを獲得しました。タイガー・ウッズは左足を2度も疲労骨折しています。疲労骨折はアスリートにとってごく身近で、かつ恐ろしいケガといえます。ランニングやジャンプをおこなうスポーツでよく見られる疲労骨折は、最低でも8~10週間の休養をとるしか治す方法がないため、アスリートにとってこの診断が下されることはシーズンの終了を意味するからです。
骨は生きている組織で常に破壊と修復をバランスよくおこなっています。繰り返し衝撃を受け蓄積されるダメージが修復のペースよりも早いと、微細なひびが骨に入りはじめ、複数のひびが徐々につながって最終的に疲労骨折が生じます。疲労骨折は何週間、何か月もの衝撃が繰り返し積み重なってできる髪の毛ほどの細さのひび割れです。疲労骨折を避けるための、もっともシンプルかつ重要なアドバイスは、丈夫で健康な骨をつくることです。とはいえ最近の研究により、疲労骨折のリスクを減らす要因はもう2つあると示唆されています。
アイオワ州立大学の研究ではコンピュータモデルを使って、歩幅を変えることによる骨の損傷・回復効果を推測しました。基本的には歩幅を短くすると1マイル(約1.6キロ)ごとの歩数(および骨に響く衝撃の回数)は増えますが、1歩ごとの衝撃は若干小さくなります。この研究では10人のランナーにさまざまな歩幅でトレッドミルを走らせました。データを解析した結果、歩幅を10パーセント短くすると、疲労骨折のリスクを3~6パーセント減らせることがわかりました。ランニング時の歩幅を変えるのは簡単ではありません。しかし、他の複数の研究でも、経験の浅いランナーの故障は主に歩幅が大きすぎることに起因するという結果が出ています。エリートランナーはランニングの速度にかかわらず1分間に約180歩を刻みますが、経験の浅いランナーはそれよりも歩数が少ないのです。歩幅を短くして回転を速くすれば、疲労骨折のリスクを低減させられそうです。
疲労骨折を防ぐもう一つの方法は、ミネソタ大学による研究の結果から見えてきます。39人の女性ランナー(半数は疲労骨折の経験あり)を対象に、骨と筋肉の大きさ、構造、密度を測定したところ、予想どおり疲労骨折したことのあるグループはすねの骨が7~8パーセント小さく、9~10パーセント弱いという結果が出ましたが、そうした骨の数値の違いは、ふくらはぎの筋肉の大きさに比例していました。疲労骨折した経験の有無と骨密度には関連が見られませんでした。つまり、疲労骨折のグループに属していた被験者は、カルシウム不足のせいで疲労骨折したわけではなかったのです。彼女たちの骨が弱かったのは、足の筋肉が不足していたためでした。
それなら対処方法は簡単です。ふくらはぎを鍛えるカーフレイズなどで筋肉を強化すればよいのです。筋肉が増えれば、走ったり跳んだりしたときの衝撃を和らげやすくなり、すねの骨を強化する効果もあります。これが当てはまるのは、すねだけではありません。あらゆる骨の強化に最適の方法は「骨を包む筋肉」の強化なのです。
【まとめ】
疲労骨折を起こさない強い骨をつくるには、骨の周囲の筋肉を強くするのが最善の方法である。またランニング時のストライドを短めにするのも効果的である。
◆ハードな運動から回復するのに必要な時間は?
長時間にわたるハードな運動後の身体の痛みは、ときにレースそのものよりも辛いと感じられる程です。トライアスロンや長時間のハイキング、長距離レースに参加すると、身体は損傷の原因となるストレスにさらされ、回復には時聞がかかります。身体の部位によって、回復に要する時間は異なります。通常、急性の疲労なら1~2日で消え、免疫システムは最長で7日前後低下します。筋肉の疲労は数週間続くことがあります。ここ数年、長時間の持久系スポーツが心臓障害を引き起こす可能性があるという懸念が高まっています。運動の間、数時間にわたって非常に高い心拍数が続くためです。いくつかの研究ではマラソン後のランナーに心筋の損傷を示す酵素が測定されるなど「心外傷」が生じることを示す証拠が見つかりました。
これらの主張を精査するために、カナダのマニトパ大学では、磁気共鳴画像法(MRI)を使用して、マニトパ・マラソン大会の参加者の心臓を詳細に分析しました。その結果(2009年に『アメリカン・ジャーナル・オブ・カーディオロジー』に掲載)、マラソン直後には損傷の証拠が見られたものの、心機能は1週間以内に通常状態に戻っていたことがわかりました。つまり、マラソン中は心筋に負担がかかるものの、その後は脚の筋肉と同じように回復するということです。脚の痛みはレースの翌朝に階段を下りるときや、ベッドから起き上がるときでさえ辛いといったことでもわかるため、心筋のダメージよりもはるかに知覚しやすいといえます。このような遅発性筋肉痛(DOMS)は、レース後1~2日間でピークを迎え、最長で1週間ほど続きます。痛みがそれよりも長引く場合には、より深刻な損傷の可能性があるので臨床医に診てもらうほうがよいでしょう。痛みが消えてからも筋肉疲労が数週間ほど続くことはよくあります。
2007年のデンマークの研究では十分にトレーニングを積んだランナーを対象にマラソン1週間後に調査をしました。その結果、痛みはもはや問題ではなくなっていました。電極を使用して筋収縮を起こしたところ、筋肉自体は完全に回復していることがわかりました。しかし、被験者が自主的に筋肉を収縮させようとしたところ、レース前よりもかなり筋力が落ちていたのです。この結果から、マラソン後も続く疲労は神経筋に由来しているということが考えられます。脳が筋繊維に送る信号が送信経路の途中で妨害されているのです。
研究者たちの努力にもかかわらず、回復プロセスを早める方法はまだ解明されていません。1984年の実験では実績のあるマラソンランナーを2グループに分け、片方のグループはレース後1週間は完全に休養させ、もう片方のグループは1日に20~45分ほど走らせました。1週間後、休養したグループでは運動を続けたグループよりも足の筋力が回復し、筋肉に蓄えられたエネルギーも若干高いレベルを示しましたが、それほど大きな差はありませんでした。別の複数の研究でも似たような結果が出ていることから考えると、様子を見ながら徐々に練習に復帰するのが良いといえそうです。レース後4~5日間は、いきなりランニングを再開するのではなく、ウォーキング(または負荷の少ないサイクリングや水泳)から始めると良いでしょう。その後は時間の経過とともに運動の強度を上げていき、レース後から2週間を目安に通常のトレーニング量に戻します(逆テーパー方式)。重要なのは身体の状態に合わせた柔軟な対応です。3週間経ってもまだ足が重く感じられるなら、それは限界近くまで頑張った証拠です。自分をほめてあげましょう。回復の時聞をもう少し長めにとるのもお忘れなく。
【まとめ】
マラソンなどの苛酷な運動後、身体はおよそ1週間以内で通常の状態に戻るが、神経筋疲労は数週間ほど続く場合がある。
◆マッサージはどのくらい効果があるのか?
マッサージの効果を研究する上での最大の問題はプラシーボ効果を制御できないという点です。カナダのスポーツマッサージ療法士協会の元会長は「マッサージは二重盲検法で実験できない分野です」と認めています。ですから、2008年のポーランドのポズナン医科大学による研究の結果に似た話はいくらでもあります。この研究では、被験者に両腕を使って難しい運動をさせ、片腕だけをマッサージして、その後4日間の回復具合を評価しました。その結果、被験者はマッサージを受けたほうの腕が楽になったと報告しました。ただし、腫れや可動域など測定できる指標ではマッサージの有無による違いは見られませんでした。
現在のところ、マッサージの研究のほとんどはこれと同じようなもので、事例証拠は多くあるものの、確たる事実に欠ける状態です。とはいえ、ここ数年間ではプラシーボ効果の問題を回避して過去の通説を覆す研究がいくつか出てきました。長い間、トレーニング後の筋肉痛は乳酸の蓄積により生じ、マッサージには溜まった乳酸を押し流す効果があると考えられてきました。しかし現在、この説は大いに疑問視されています。2010年のクイーンズ大学の研究では、運動後のマッサージは乳酸の排出を促すどころか、排出を遅らせることが明らかになっています。主任研究員のマイケル・チャコフスキーは、マッサージの手の動きで組織が圧迫され、その結果、血管も一緒に押されるので血液が流れにくくなるためだと考えています。
オハイオ州立大学ではプラシーボ効果の影響を避けるために、ウサギを使ってマッサージの仕組みを研究しました。まず、鎮静状態のウサギに足の筋肉の収縮を引き起こす神経刺激を与え、運動をさせました。次にスウェーデン式マッサージ(代表的なスポーツマッサージ)を真似た「円を描くような圧迫を加える」機械を運動後のウサギに1日に30分間使用しました。結果は明白でした。運動の4日後の測定では、マッサージを受けたウサギは失われた筋力が59パーセント回復したのに対し、安静にしていたウサギでは14パーセントしか回復しなかったのです。マッサージを受けた筋肉では損傷した繊維が少なく、また、マッサージを受けたウサギは体重が減っていました。これは、マッサージにより腫れが防止されたためと考えられます。興味深いことに、運動の1日後にマッサージを施した場合には、これほど明白な結果は出ませんでした。つまり、マッサージは早期に受けるほど効果があるということです。研究主任の卜―マス・ベストは、ウサギの結果を人間にそのまま当てはめて考えることはできないと忠告しています。とはいえ、こうした研究結果はマッサージの継続時間や頻度や力加減を解明する助けになるはずです。現在のところ、適切な力加減は感覚によって決まりますが、頻度と継続時聞は「懐具合」との兼ね合いになりそうです。スポーツマッサージの専門知識がある腕利きの療法士を見つけることが何よりも大事といえそうです。
【まとめ】
マッサージに乳酸を押し流す効果はないが、筋肉痛の回復を早める可能性がある。
◆運動後の冷風呂で身体の回復は早まるか?
トレーニング後にほかほかの湯船に浸かることほど魅力的なものはありません。ところが、エリートアスリートの聞では、そのまったく逆の行為が話題を呼んでいます。10~15度の冷風呂が、骨がきしむほどのタックルに耐えるアスリートや、3時間の厳しいレースを走り抜くマラソンランナーなど、さまざまなアスリートの疲労回復に用いられているのです。2度のオリンピック出場経験を誇る中距離ランナーのケビン・サリヴァンは週に何回かは、激しいトレーニング後に冷たい水を張った浴槽に足を浸けると述べています。「レース前に脚の張りや疲労を感じている場合は、レースの前日まで冷風呂を利用します」
冷風呂が良いというのは、運動による筋肉の損傷と関係しています。トロント大学の運動生理学者グレッグ・ウェルズによると、激しい運動は筋肉の「微細な損傷」を引き起こします。それにより筋肉の成長が促され、回復後には以前より強化されます。しかし、この損傷は痛みも引き起こすため、翌日のトレーニングに影響します。運動後に冷風呂に入ると血管が収縮するので、損傷した部位に溜まった老廃物を早く排出する効果があるのです。「スポンジを絞るようなものです」と説明されます。風呂から上がって冷えた部分が再び温まると、新鮮な血液が流れ込んで治癒を促進するというわけです。これが冷風呂の基本的な理論ですが、実験では結果にばらつきが見られます。実験によって手順や条件が異なるため、比較しにくいという問題があるからです。
例を見てみましょう。
◆2007年の研究(『ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・スポーツ・メディスン』に掲載)では、被験者は5度の冷水に1分間浸かった後で1分間休憩するプロセスを3回繰り返しました。しかし脚のトレーニングを実施した後の痛み、腫れ、筋肉の損傷を示す数値はどれも、室温の水に浸かった場合および冷風呂に浸からなかった場合と比べて改善が見られませんでした。
◆2009年のオーストラリアの研究では、サッカー選手を対象に、10度の冷水に1分間浸かった後で1分間休憩するプロセスを5回繰り返しました。その結果、被験者は体温と同じ温度の温水に浸かった場合よりも一日後の痛みと疲れが和らいだと報告しました。ただし、体力の回復速度や損傷を示す数値に変化は見られませんでした。
◆2009年にオーストラリアで実施された別の実験では、被験者は10度の冷水に5分間浸かった後で2分半休憩するプロセスを2回繰り返しました。その結果、痛みが和らぐとともに体力とスピードの回復も早まりました。ただし、筋肉の損傷を示す数値にはやはり変化はありませんでした。
3番目に紹介した研究はウエスタンオーストラリア大学によるもので、この研究では、先に述べた条件と手順で得られた結果を、「コントラスト療法」という有名な手法(5度の冷水と40度の温水にそれぞれ2分間ずつ交代で浸かるプロセスを6回繰り返す方法)で得られた結果と比較しています。コントラスト療法の目的は、一回だけではなく何回も「スポンジを絞る」ことです。ところが、この方法で得られた結果は、冷水に浸かるだけの場合の数値よりも悪いものでした。深部の筋肉組織の温度を変化させるには2分間では短すぎたのではないかと考えられています。これは、冷風呂に1分間しか浸からなかった研究で効果が見られなかったことの説明にもなります。冷風呂の効果を正確に実証することは難しいにもかかわらず、多くの研究者は、冷風呂の治療効果について慎重ながらも楽観的です。ここで紹介した研究の結果を考えあわせると、冷却効果を浸透させるには5~10分を目安にするのがよいといえそうです(靴下を履いたままにするとより快適です。また、5度より低い温度の冷水は使用しないでください。組織が損傷する危険があります)0
【まとめ】
10度の水に5分間以上浸かると筋肉痛の回復を促進する可能性がある。
◆捻挫をしてしまったら、どのくらい休養すればいいか?
スポーツ医学の父ともいわれる古代ギリシャの医師、セリュンブリアのへロディコスは結核にかかったときに、マッサージと蒸し風呂とレスリングという精力的なプログラムでこれを治そうとしたといわれています。それから2500年が経ち、医療はめざましい進歩を遂げました(現在の医学の観点からは結核の治療にレスリングは効果なし、マッサージは一応の効果あり、蒸し風呂は・・・場合によります)。へロディコスの時代から変わらない原則が一つあります。ケガを予防するか、少なくともケガの芽を早期に摘みとるほうが、本格的にケガをしてしまってから治療するよりも何倍もましだということです。海外では10代の男性がケガをする最大の要因は、アイスホッケーやラグビーなどの接触型のスポーツです(女性の場合はサッカーとバスケットボールです)。しかし、非接触型のスポーツでも、テニス肘やランナー膝など身体の酷使により生じる症状があります。趣味でランニングを楽しむ人の実に70パーセントが毎年1回はケガに直面しているという驚くべき推計もあるほどです。こうした実情を考慮すると、たまのケガは運動につきものだと理解することは重要かもしれません。それでも正しいケアをすれば、もとの状態に回復しやすくなります。
フィギュアスケートのアナベル・ラングロワ選手は、2010年冬季オリンピックの1年前、練習中に腓骨を骨折しました。医師はリハビリのためにあらゆる手段を模索し、そのなかには2回の外科手術も含まれていました。ところが、1つだけ医師が勧めなかった方法があります。それは、ケガをした足を完全に休めることです。この数十年間でスポーツによるケガに関する医学の見解は変わりました。ケガ直後の激痛と腫れが引いた後は(この期間は数日で終わることもあります)ケガをした部位を動かしたりわずかに負荷をかけたりするほうが筋肉の治癒が早まり、早期の回復が促され、再発のリスクも減らしてくれるというものです。この考えは、まだあまり広く受け入れられていません。早すぎる時期に患部を刺激してしまうことにもつながりますし、そもそも人は患部への負荷を本能的に避けようとするからです。ラングロワは「頭ではケガをした箇所を守りたいと思っていた」と述べています。しかし主治医は手術から2週間も経たないうちに足に体重をかけるよう指示したのです。もちろん、まだ骨は折れたままで手術の傷も完全にはふさがっていない状態でした。「指示を聞いて本当にびっくりしました」と彼女は述懐しています。早期運動療法の目的は、アスリートをできるだけ早く競技に復帰させることだけではありません。ケガをした部分を長期間かばいすぎると、筋肉が衰えてしまい、治癒プロセスに悪影響が及んでしまうのです。
カナディアン・メモリアル・カイロプラクティック・カレッジで講師を務めるショーン・シスルは次のように説明します。「損傷した筋肉が負荷を与えられずに治癒すると、たいていの場合その筋肉は少し収縮した状態になり、以前よりも弱く、周囲の組織よりも繊維化し、硬くなってしまいます。すると、活動を再開したときに筋肉の結びつきが弱いままになってしまうのです」2010年のブラジルの研究(『組織学と組織病理学』に掲載)で、このプロセスが説明されています。筋肉が損傷したラットを安静グループと二つの運動療法、グループ(損傷の1時間後に運動を開始したグループと損傷の3日後に運動を開始したグループ)の3つに分け、筋肉の回復を比較しました。運動療法グループはどちらも安静グループよりも多く筋繊維を再生しましたが、繊維化した瘢痕組織が減ったのは損傷の1時間後に運動を開始した早期運動療法グループのみでした。人聞とラットでは回復のスピードが違うので、この結果をそのまま人間には応用できませんが(そもそも、まったく同じケガの状態の被験者を探して同じ実験をするのは至難のわざです)人聞についても早期運動療法の原則は当てはまると考えられます。ただし条件があります。損傷した筋肉の運動療法を始める前に、瘢痕組織を十分に強くして筋肉の再断裂を防ぐ必要があるのです。この期間中(軽度の損傷なら3~7日程度)は、RICE処置、すなわち、Rest(安静)、Ice(冷却)、Compression(圧迫)、Elevation(高挙)により回復を促します。この期聞が過ぎたら運動療法を開始してもよいでしょう。シスルは始めは損傷部位を無理のない範囲で動かす程度にし、徐々に負荷を上げ、最後に機能的な活動にまでもっていくのが正しい手順だと説明します。この手順はRICEのR(安静)をM(Mobilizationすなわち運動療法)に置き換えてMICEと覚えるとよいかもしれません。必要以上に動かしてしまったかどうかは、痛みを目安に判断します。
エリートアスリートと違って一般人には経過をしっかりと見守ってくれる医師がいるとは限りません。そのため、リハビリのぺースを早めすぎてしまう危険があります。初期の痛みと腫れが1~2日経っても治まらない場合は、医師かスポーツ療法士にきちんと診てもらいましょう。ただし、多くのスポーツでよく起こる「ちょっとひねった程度」のケガなら早期運動療法(活動的なリハビリ)の原則を心に留めておく価値は十分にあるといえます。動かせる範囲をできるだけ早期に完全に元どおりにして、筋肉に負荷をかける治療に進みましょう。痛みを感じるほど激しく動かすのはよくありませんが、ケガをかばいすぎて、治癒後の足かせにしてしまうのはもったいない話です。
【まとめ】
軟部組織のケガの直後にはRICE (安静、冷却、圧迫、高挙)が効果的。急性の腫れが引いたらMICE (運動療法、冷却、圧迫、高挙)に切り替えるとよい。
【積極的なリハビリ―足首の捻挫の場合】
従来、足首の捻挫の治療といえば、ギプスで患部を完全に闘定してしまうことでした。しかし最近では、医師や療法士は機能的リハビリを重視するようになっています。機能的リハビリは、四つの基本的な段階で進めます。
1.関節可動域
軽症の捻挫では、関節可動域の回復プロセスを負傷直後から始められます。
◎アキレス腿のストレッチ
タオルを使い、足首を体のほうに引き寄せます。痛みを感じたら手をゆるめます。伸ばした状態を15-30秒保持し、これを5回繰り返します。
2.漸進的な筋力強化
腫れと痛みが引いたら、床に足の裏を押しつけるなどの単純な静的運動をおこないます。その後、運動に少し動きを取り入れます。
◎足首の外反
抵抗をつけるためにゴムバンドを用い、足の甲を外側に向かつて引っ張ります。1秒で引っ張り、4秒かけてもとの位置に戻します。
3.固有感覚向上トレ一二ング
足首に体重をかけても痛みを感じなくなったら、バランスと姿勢制御の回復のためのリハビリを開始し、将来的な捻挫の再発を防ぎます。
◎ワブルボード
椅子に座った状態で足をボードに乗せ、足を離さずに、時計回りと反時計回りにボードを回転させます。次に立った状態でこれをおこないます。
4.活動に合わせたトレ一二ング
痛みを感じずに歩けるようになったら、回復後におこなう種目や活動に特化した訓練をおこないます。
◎8の字運動
まず歩行やランニングから始め、次に、後ろ向きのランニングや8の字のランニングなど動作の難易度を上げていきます。
◆ヨガとトレーニングを比べてみると?
約2000年前に確立された伝統的なヨガの8つの「支則」のうち、身体の健康に関係する教えは1つしかないとされています。その他は、道徳的基本、気の流れ、悟りを得るための瞑想などについての教えです。最近は気軽にヨガを試す人が多くなっていますが、たまたま参加したヨガのレッスンで、みなさんは「呼吸と精神集中」といった通常のスポーツクラブではお目にかかれないようなレッスンに出くわすかもしれません。ヨガには常に広い意味での「健康な状態」を考えるという側面があります。改めて述べるまでもありませんが、科学はヨガのメリットも細かい項目に分けて評価しょうとします。たとえば、ヨガは身体的、精神的、感情的なストレスが引き起こす「闘争か逃走か」反応の制御に役立つという説があります。
ストレスホルモンのコルチゾールは内分泌系を通じて生理作用を引き起こし、人の行動にも心理にも影響を及ぼします。心拍数、血液粘度、血圧がそれぞれ上昇することで脳から信号が送られ、それがストレスとなって神経系が反応するのです。こうした状況が頻繁に発生すると、体調を崩しやすくなりますが、ヨガをした日は1日を通してコルチゾールの値を下げられるという研究結果が複数あるのです。ヨガはストレス、精神状態、睡眠傾向などにプラスに働くこともわかりました。
もちろん、ヨガ以外の運動でも同じ効果を得ることができます。2008年にラトガース大学が実施したハタヨガと筋力トレーニングの比較研究では、被験者に50分間運動をさせ、その後「不安感」「緊張感」「冷静さ」といった心理的要素がどう変化するか、15分おきに測定しました。その結果、ヨガは「不安感」と「冷静さ」で、筋力トレーニングではすべての測定項目でプラスの効果があることがわかりました。面白いことに、ヨガの効果は運動の直後に測定したときにもっとも顕著で、その後一時間のうちに効果、が薄れていきました。一方の筋力トレーニングは効果の持続性が高く、疲れが回復するにつれてよりメンタル面が改善していきました(注意しなくてはならないのは、筋力トレーニングは「適度な運動」、ヨガは「軽い運動」と被験者が考えていたことです。筋力トレーニングの方が、効果が大きいという前提があったということです)他の研究でわかっているのは、ヨガとヨガ以外の運動には類似点が多いということです。メリーランド大学は2010年に81の研究を改めて検討したうえで、健康への効果について「ヨガは他の運動と同等の効果をもつか、あるいはより効果的だといえる可能性がある」が、「綿密な研究が不足している」との見解を出しています。ヨガにあって他の運動にはない秘密の要素を見つけ出した研究はまだありません。現時点ではっきりといえるのは、ヨガのクラスに参加するのも、水辺をのんびり自転車で走るのも、心身に良い効果をもたらすということです。
【まとめ】
他の運動と同じく、ヨガはストレスホルモンの低減と気分のコントロールに役立つ。
◆ヨガは有酸素運動になるか?
数年前、ネバダ大学ラスベガス校が調査したところ、高校の陸上選手に簡単なヨガの後に1マイル走らせると、タイムが平均で1秒よくなったことがわかりました。ただしこの大学では、やる気を高めるかけ声(「君なら記録を出せるぞ!」) を20分聞かけ続けるとタイムが5秒縮まったという実験結果も出ているので、それを知っていれば、とくに驚くような結果ではありません。
運動能力を考えるときに、心と体を切り離すのは簡単ではありません。とくにヨガについてはそういえるでしょう。ヨガの語源には「つなぐ」「1つにする」という意味があり、その日的は、身体や呼吸、心を1つに結びつけることです。サンフランシスコ在住の医師で、2007年に出版された『メディカルヨガ ヨガの処方箋」(中原尚美訳、間部朋子院修、2011年、バベルプレス)の著者ティモシー・マッコールは、「身体に効果が表れれば必ず心にも作用しますし、その逆もしかり。それがヨガなのです」と語っています。身体への効果を目的にヨガを始める人もますます増えています。2008年の調査では、1580万人ものアメリカ人がヨガを実践していて、そのうち49.4パーセントの人が健康のためにヨガを始めています(5年前の調査では、健康のためにヨガを始めたと答えた人はわずか5.6パーセントでした)運動としての視点で眺めてみると、ヨガには素晴らしい効果がたくさんあり、望ましくないと思われる点はあまり見当たりません。カリフォルニア大学デービス校による2001年の調査では、週に2回、90分のハタヨガのクラスを8週間おこなうプログラムで、被験者の筋力、持久力、柔軟性が驚くほど向上することがわかりました。バランス感覚や骨密度の改善が見られた調査結果もあります。ヨガは体重の負荷を利用する運動でもあるので、こうした結果は不思議ではありません。ただ、ヨガにはさまざまなスタイルがあり、どれを選んでいいのか困惑します。そのため、ヨガをやるとどのくらい体力が向上するのかという質問にも簡単には答えられません。他の運動と同じく、その効果はどのような動作を、どのくらいの頻度で、どれほど意欲的に取り組むかで変わります。
ヨガを、たとえばエアロビクスに匹敵するような、心臓血管にも良い運動と考えていいのかといったことについては、さらに意見が分かれます。カリフォルニア大学デービス校の研究では6パーセントほど心臓血管機能の改善が見られましたが、同様の効果が確認されなかった研究もいくつかあります。45分のパワーヨガ(アシュタンガヨガ)を被験者におこなわせたノーザンイリノイ大学の2002年の研究では、被験者の心拍数は有酸素運動の目安となる閾値を下回っていました。2007年の研究でもハタヨガのレッスンを一回受けた場合、「太陽礼拝(普通はヨガプログラムの最初におこないますこの間は心拍数が適度な数値まで上昇しますが、平均のエネルギー消費量はのんびりと散歩したときと同じくらいしかなかったことがわかりました。ヨガに有酸素運動の効果がないわけではありません。ノーザンイリノイ大学の研究主任カレン・リゼスクトによれば、パワーヨガを長年にわたって1日も欠かさず続けている「やる気に満ちた人」の場合は、心拍数が適度な高さまで上昇し、維持できると考えられています。ヨガの長所と短所を踏まえたうえで、有酸素運動については他の運動を取り入れるべきです。「バランスのとれたアプローチをすることが、ヨガの尊ぶべき本質です」と指摘するマッコールは、自らもヨガの他に、ハイキングや自転車、ダンスなどを実践しています。
【まとめ】
ヨガの効果はそのスタイルとレベルによって変わる。柔軟性と筋力への一定の効果はあるが、有酸素運動の代用にはならない。
◆体幹をどう鍛えるべきか?
最近、よく話題になるのが体幹です。ヨガにピラティス、バランスボールなどの様々なフィットネスプログラムで、「体幹を鍛えよう!」といううたい文句が定番になっています。腰痛から運動によるケガに至るまで、体幹の筋肉の弱さがその最大の原因であるという点では、多くの研究者の意見が一致しています。ただし、カルガリー大学ランニング障害クリニック所長で運動生理学者のリード・ファーバーは「体幹とは何かという点では、意見が一致していません」と述べています。体幹という場合、腹筋と腰の筋肉ばかりが意識されますが、骨盤まわりの筋肉や臀部の筋肉も運動しているときに身体を安定させるうえで重要な役割を果たしていることから、いまではこれらの筋肉も「体幹」の一部と考えられています。
ファーバーは、ある女性(40歳)を例に挙げています。その女性は膝の痛みでクリニックを訪れました。女性はみごとに割れたシックスパックの腹筋をしていました。週に6日ピラティスかヨガをしていたのです。しかしその女性は身体のバランスが悪く、片足立ちで膝を曲げる簡単な片足スクワットすらできませんでした。膝の痛みの根本的な原因は、臀部の筋力不足だったのです。ファーバーのクリニックでの7か月聞に及ぶ研究でも同じ傾向が実証され、対象となった患者の92パーセントは臀部の筋肉が極端に弱いことがわかりました。そして、4~6週間、臀部を強化したことで患者の89パーセントに改善が見られました。同じく、デラウェア大学の研究では、バスケット選手と陸上選手がシーズン中に足をケガをする一番の要因が、臀部の筋肉の弱きであるという結果が出ました。
腹筋を鍛える運動についても、どれも同等の効果をもたらすわけではありません。米国スポーツ医学会の2008年の年次総会で発表された研究では、胴部を丸めながら起き上がる従来の腹筋運動は、主に腹部の表面にある「シックスパック」と呼ばれる筋肉を使うもので、身体の安定に重要な「深層部の腹筋」はあまり使われていないことが明らかになりました。オーバン大学のミシェル・オルソンはEMG(筋電図)電極を使って、様々な体幹運動による筋肉活性化の比較実験をおこないました。ピラティスは「ハンドレッド」(仰向けで両脚を45度に上げ、両手は身体の横に置く)や「ダブルレッグストレッチ」(ハンドレッドのポーズで両手を上げて頭の後ろまで伸ばして45度を維持する)のように胴部を動かさないので、深層部の筋肉を強化するには腹筋運動よりもずっと効果があることがわかりました。ファーバーは、クリニックでの診察の経験から臀部の運動がもっとも重要だと述べています。これはサッカーからサイクリングまで幅広く関係する筋肉です。臀部の運動は重要なことを思い出させてくれる、とファーバーは述べています。「割れた腹筋があっても、必ずしも体幹が安定しているわけではないのです」
【まとめ】
臀部の筋肉と深層部の腹筋は、体幹の安定とケガの予防の面でシックスパックと呼ばれる腹部表面の筋肉よりも重要である。
‐臀部の強化について‐
骨盤と臀部の筋肉は運動中の身体の安定に非常に大きな役割を果たしています。これらは「体幹」の一部であり、腹筋運動をする際に同時に鍛えるべきです。以下の運動を、運動後(運動前ではなく)におこないましょう。徐々に回数を増やし、最終的には20回3セットおこなうようにします。3つの運動では2秒で外側に動かし、1秒で戻る動きを、常に意識しておこないます。
◆股関節外転筋
1.片足にバランスバンドをつけます。
2.バンドをつけた足を、膝を伸ばしたまま外側に動かします。
◆股関節屈筋
1.片足にバランスバンドをつけます。
2.バンドをつけた足を膝を伸ばしたまま前方に動かします。
◆臀部外旋筋(座位)
1.座った状態で、バランスバンドをつけたほうの足を外側に動かし、
ゆっくりともとの位置に戻します。
2.両膝は合わせたままにします。
◆運動前の最適なウォーミングアップ方法とは?
今までトレーニング前の静的ストレッチがもたらすマイナスの効果について述べました。「なるほど!これからはウオーミングアップなんかしないで、すぐに運動を始められるな」と考えた方もいるかもしれません。しかし残念ながら、それは正しい考えとはいえません。運動に備えて身体を整える方法をわずかに変えるだけで、トレーニングや大会でのパフォーマンスに大きな違いが出ることがわかりはじめているからです。
2006年にこの問題を研究した米軍の研究チームによれば、ウォーミングアップの主目的は「筋肉や腱の柔軟性を高める、血流を末端にまで行き渡らせる、体温を上げる、自発的な協調運動を向上させる」などです。軽くジョギングすれば体温が上昇するなど、簡単に目的を達成できることもありますが、重量を上げる、ボールを投げる、バスケットコート内で横に素早く動く、といった場面で使われる筋肉を調整するには、軽いジョギングでは不十分で、使用する筋肉を可動域いっぱいに動かす運動をしなければなりません。最初は力を入れずにゆっくりと筋肉を動かし、徐々に勢いをつけていきます。これは動的ウォーミングアップと呼ばれるもので、従来のストレッチのように静止状態を保つのではなく、動きながらストレッチをおこなうことを重視します。
過去10年、動的ウォーミングアップの原理についていくつもの研究がおこなわれてきました。米軍の研究では入隊したばかりの兵士に動的か静的どちらかのウォーミングアップを10分間おこなわせました。静的ウォーミングアップをした兵士と、ウォーミングアップをまったくしなかった兵士に比べ、動的ウオーミングアップをした兵士は、敏捷性とパワーに関する3つのテスト(往復持久走、メディシンボール投げ、五段跳び)で高いパフォーマンスを発揮しました。こうした研究の多くはウォーミングアップの短期的な効果に注目していますが、研究者が一番関心を示すのは、ウォーミングアップがその後におこなうトレーニングにどう影響するかという点です。ワイオミング大学は2008年の研究で、動的ウォーミングアップを繰り返しおこなうことで、長期的な効果が得られるのかどうかを調査しました。米軍の研究でおこなわれたのと同じ方法を用いて、大学のレスリング選手らを4週間観察したところ、動的ウォーミングアップをした選手は、体力、持久力、敏捷性、無酸素性運動能力(幅跳び、腹筋運動、腕立て伏せ、600メートル走など)の測定値全体が向上しましたが、一方の静的ストレッチをした選手は、どの測定結果にも改善が見られませんでした。動的ウォーミングアップの細かい内容については、自分がこれからやろうとしている運動に必要かどうかで変わってきますが、ルイジアナ州立大学のジェイソン・ウィンチェスターは動的ウォーミングアップを、基本となる3つの段階に分けることを提案しています。
1.低負荷でリズミカルに動くことで心拍数と体温を上昇させる。
例)ジョギングか水泳か自転車こぎのどれか一つを最低5分間。
2.動的な基本練習を数分間おこない、
筋肉を必要なだけその可動域内で動かす。
例)スクワット、腕回し、スキップをそれぞれ10回ずつ。
3.その後におこなう運動に備えて、その運動に
見合った動きをして仕上げる。ウエイトトレーニングを
するのであれば、負荷を軽くして数回持ちあげます。
テニスの試合の前なら、何球かグラウンドストローク
(1回ごとにバウンドして跳ね上がってきたボールを打つこと)も
いいでしょう。
本格的に走る前には、短い距離を何本か軽く走ってみてください。
この基本的なルールは、ウォーミングアップ後におこなう運動に備えて筋肉を調整するものですので、どのようなスポーツにも当てはめられます。運動が激しくなればなるほどウォーミングアップは慎重におこなわなければなりません。
【まとめ】
動的ウォーミングアップをおこなうことで筋力や持久力を損なうことなく運動の準備ができる。
<動的ストレッチの方法>
レースやトレーニンクの前のウォーミングアップを、5分間の軽めのジョギングから開始します。その後、以下の運動を10回繰り返します。
◆ハイニ一
ふとももをゆっくりと高く上げることを意識しながら前に進みます。歩幅をかなり短くし、背筋をまっすぐに伸ばすことに注意します。
◆ヒールキック
かかとを臀部に接触するまで跳ね上げながら、ゆっくりと前に進みます。歩幅は短くし、主に膝下を動かすことを意識します。
◆ウォーキングランジ
ふとももが地面と水平になるように、上体を低くして大きく前に踏み出し、その状態から、逆足で同じ動作をおこないます。
◆ストレッチでケガを防げるか?
ストレッチをすべきなのか、しないほうがよいのか?
20年前なら、こんな疑問を持つ人はほとんどいなかったでしょう。しかし現在、地道な研究によって長年信じられていた仮説が覆され、ストレッチと柔軟性、ケガ、パフォーマンスとの関連性についての科学的な見解は大きく変化しています。従来おこなわれてきた運動前の「静的」なストレッチは役に立たないばかりか、筋力、スピード、持久力を低下させることが明らかになっています。最新の研究は、効果的なウォーミングアップ方法として「動的」なストレッチを推奨しています。従来のストレッチ以外にも、ヨガやピラティスなどの運動によって、柔軟性を高め、体幹を鍛える人が増えています。これらの運動はまだ研究されはじめたばかりですが、その効果が徐々に明らかになりつつあります。スポーツ科学者とアスリートで大きく意見が異なるのがストレッチです。初心者からプロ選手まで、レベルを問わず誰もがストレッチをしますが、その裏では「ストレッチをしてもケガや筋肉痛の予防にはならず、時にはパフォーマンスが緩慢になる」という研究結果が続々と発表されています。
カルガリーでアイスホッケーについての研究をおこなっているマイク・ブラコは選手たちが「ハムストリング(太股の裏側の筋)と鼠径部のストレッチに異常にこだわっている」ケースを挙げています。ストレッチは試合前の儀式のようになっているため、選手とっては研究から得られたデータなどどうでもいいのです。答えの出ない疑問も残っています。ストレッチの方法も目的も、人によって違うからです。そこで、まずストレッチがケガを予防するのかどうかを検証し、次に運動前のストレッチが最高のパフォーマンスを引き出すのかどうか、さらに運動後のストレッチが筋肉痛の回復(予防)に役立つのかどうかを確認することにします。誰でも身体がこわばると筋肉を伸ばそうとします(つまりストレッチをします)。もっとも一般的なのは「静的」ストレッチで、身体の部位をできるかぎり伸ばし、その姿勢を30秒ほど維持します。身体の可動域が広がり、その状態を持続します。しかし、柔軟性が高いほうがケガをしにくいという説にはいくつかの矛盾があります。筋肉が損傷するのは、身体を可動域内で動かしながら大きな負荷をかけて筋肉を収縮させているときです。バレリーナやアイスホッケーのゴールキーパーでなければ、通常の可動域を超えて開脚しようとすることはありません。マギル大学のスポーツドクター、イアン・シュリアは次のように主張しています。「ケガは、身体を可動域内で動かしている際に生じます。なぜ、可動域を広げることがケガの予防につながるのでしょうか?」(『ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・スポーツ・メディスン』で2000年に大きく取り上げられた論文)この問題を解明するために何百もの研究がおこなわれています。疾病管理予防センターは2004年に361の研究を検証し、「ストレッチがすべてのケガの軽減に関係するわけではない」という結論を導きました。さらに同センターは、「運動によるケガを防止するためにストレッチがおこなわれていますが、科学的な根拠はなく、直感や、なんとなくそうしたほうがいいといった研究結果がもとになっている」と述べています。同様の調査は2008年にも実施されましたが、結論は同じでした。
ここで注意すべきなのは、ストレッチの効果が証明できないからといって、ストレッチに効果がないと断定することはできないという点です。ストレッチプログラムを組むときは、個人のニーズや運動に合わせてアレンジする必要があります。ですからストレッチプログラムを総体的に研究しても陵味な結果しか得られないのです。ブラコが述べているアイスホッケーの選手のように、日頃実践しているストレッチに深い愛着を感じているのであれば、それをやめさせる十分な根拠はありません。ただし、ストレッチをするタイミングとその方法については慎重に考えなければならない理由がいくつもあるということなのです。
【まとめ】
ストレッチで身体の可動域は広がるが、ケガの発生率を低下させる効果は科学的には確認されていない。柔軟性を高める効果は、運動前ではなく運動後のストレッチのほうが高い。
◆筋肉をつけるためにタンパク質をどれくらい摂取すべきか?
ジムでものすごく重たいバーベルを上げている筋骨たくましい男性のバッグのなかには、かなりの確率で大量のプロテインパウダーが入っています。これは「筋肉を増やすためにはタンパク質
を食べなければならない」という考え方が根強いことの証拠でもあります。しかし、それが本当に正しいのかはわかりません。アスリートとタンパク質の関係を研究しているマックマスター大学のスチュアート・フィリップスは「長年、人びとがその効果を信じて愛用してきたものに疑いの目を向けることは難しいことですが、プロテインを多く飲むことで本当に筋肉がつきやすくなるのかという点は、追究すべき大きな問題です」と述べています。
このテーマに対するアスリートと研究者の見解は、真っ二つに割れています。運動をおこなう人が実際にどれくらいの量のタンパク質を必要とするかについては、精鍛な研究が長年、数多くおこなわれてきました。マックマスター大学ではタンパク質には含まれるが炭水化物や脂肪には含まれない窒素を調べることで、タンパク質が被験者の筋肉の増減に及ぼす影響を測りました。そして、摂取された食物を記録し、排地物や汗を採取して調査したところ、本格的なアスリートでさえ、運動習慣のない人に比べ、体内でごくわずかに多くタンパク質が使用されているにすぎないという意外な結果が出ました。その数値はボディビル雑誌などが推奨しているタンパク質の摂取量よりもはるかに少ないものでした。タンパク質の使用量がもっとも多かったのはウエイトリフティングの初心者で、これは筋肉をより短期間で発達させる必要があるためです。逆に、ベテランのボディビルダーは、多くの筋肉量があるにもかかわらず、初心者よりも少ない量のタンパク質が使用されていました。こうした研究結果は、これからボディビルダーになる人にとって悩みの種になります。実験室にいる研究者のアドバイスに従うべきなのか、それとも、ジムにいる筋骨隆々とした人びとのアドバイスに従うべきなのか。経験則に身をゆだねるか、それとも・・・といったところですね。
フィリップスは、現在の研究技術がまだ不完全であるとすれば、その中聞がもっとも適切だと思われると述べています。カナダとアメリカの現在の食生活ガイドラインでは、1日に体重1キロごとに0.8グラムのタンパク質を摂取することを提案していますが、本格的な持久系アスリートは体重1キロに1.1グラム、本格的なパワー系アスリートは1.3グラムの摂取が合理的であるとするデータがあります。これらの数値は北米の一般人が食事制限のない場合に平均して摂取する1日当たりのタンパク質(体重1キロにつき1.6グラム)より少ないといえます。つまり、ダイエットのために特別なカロリー制限をしていないかぎり、一般的なバランスのとれた食事をしていれば、運動によるタンパク質のニーズが満たされるということです。カロリー制限をしていても、タンパク質摂取の割合を高めれば、トレーニングをしながら筋肉量を保ち、かつ減量することが可能だと考えられます。摂取するタイミングも大切です。タンパク質はトレーニングが終了してから約1時間以内に摂取すると、効果的に筋肉を発達させることができます。2009年のマックマスター大学の研究は、トレーニング後に摂取するタンパク質の最適な量は約20グラムであると報告しています(『アメリカン・ジャーナル・オブ・クリニカル・ニュ-トリション』に掲載)。これは約550グラムのスキムミルク、または目玉焼き4個、あるいは牛肉約90グラムから摂取できます。トレーニング直後にタンパク質を適切に摂取するのにプロテインは便利ですが、ツナサンドイッチでも同様の効果を得られます。
もちろんスポーツジムの常連と同じように、特大サイズのシェイカーでプロテインを飲むことには、それほど害はありません。「タンパク質を余分に摂取しても、それが腎臓に蓄積されたり、骨を破壊することはありません」とフィリップスは述べています。タンパク質を摂取しすぎることによるデメリットは、持久系・パワー系のパフォーマンスでともに重要な役割を果たす炭水化物の摂取が妨げられることです。このため、賢いアスリートはタンパク質の過剰摂取を避けています。
でも、筋肉を「太らせる」には、やはりプロテインの摂取が不可欠のような気がしてしまいますね・・・。
【まとめ】
従来の見解に反し、北米に在住する一般的な人は、毎日の食事から筋力トレーニングで筋肉を発達させるのに十分なタンパク質を摂取できている。
◆腕立て伏せなどの自重トレーニングはウエイトを使ったものと同じ効果があるか?
アメリカでは毎年1月になると、今年こそは身体を鍛えようと意気込む大勢の人たちがスポーツジムに入会します。4150万人のアメリカ人が、スポーツクラブの会費を年間合計で187億ドルも支払っています。しかし2月になると、新規会員の多くはジムに通うのは不便で、時聞がかかり、おっくうであることに気づきます。しかし、自宅用に運動器具を購入したくても、これらの装置は非常に高額です。この問題の解決策となるのが、バーベルルやウエイトマシンの代わりに自分の体重を用いる自宅でのトレーニングです。運動がどれだけ長続きするかは「便利さ」にかかっています。医師から運動を勧められた心臓病などの患者が長く続けられるのは、特別な器具のある近くのジムや病院でのプログラムではなく、自宅でおこなうプログラムのほうです(2005年のコクラン共同計画の調査)。他の研究によれば、自宅で運動をおこなっていた人の67パーセントは、2年後もまだ運動を続けていたのに対し、ジムで運動をおこなっていた人の2年後の継続率は36パーセントでした。自分の体重を利用する運動(自重トレーニング)で得られる効果は、運動開始時点の体力とトレーニングの目的次第です。2009年に日本でおこなわれたある研究では、平均年齢66歳の被験者に、スクワット、カーフレイズ、膝の屈伸など足の運動を中心とした自重トレーニングを課しました。週2回、10か月間のトレーニングの後、被験者は平均で足の力(フォース)を15パーセント、パワーを13パーセント増強しました。データによれば、最大の効果があったのはプログラム開始前にもっとも力の弱かった被験者でした。この人たちは、自分の体重がかなりの負荷になっていたのです。
しかしこの結果は、自重トレーングの弱点も浮き彫りにしています。自重トレーニングでは、ある程度の筋力がついた後で負荷を上げるのが難しいのです。もちろん、腕立て伏せなどの一般的な運動でも、椅子に足を乗せたり、片腕でおこなったりすることで、負荷は調整できます。手の位置を変えることでも、鍛える筋肉の部位を変えることもできます。しかしアーノルド・シュワルツェネッガーのような筋骨隆々の身体を目指しているボディビルダーにとって、このレベルの調整ではジムでの特殊な運動の代わりにはならないでしょう。筋力とパワーを最大限まで高めるためには、ジムのウエイトとマシンを用いて細かな調整をしながら、自宅では簡単にできない、さまざまな筋肉に集中的に負荷をかける多様なトレーニングをおこなうべきなのです。一般人がフィットネスを向上させたい場合や、テニスやバスケットボールなどのスポーツをしている人が調整の一部としておこないたい場合などは、腕立て伏せ、懸垂、腹筋、チェアディップ、スクワットなどの自重トレーニングによって、十分なトレーニング負荷を得られます。
【まとめ】
ビギナーにとって自重トレーニングは一定の効果がある。
◆フリ―ウエイトとマシンの違いとは?
フリーウエイト(固定されていないダンベルやバーベル)とトレーニングマシンのどちらを選ぶべきかは、運動時にどれだけ身体を安定させたいかによります。初心者がマシンを使う最大の利点は、誤った動作を防げることです。マシンは基本的に一方向にしか動かず、それに従うことで正しいフォームで運動をおこなえる仕組みになっています。逆にいえば、これがマシンの最大の弱点でもあります。日常生活やスポーツでは、筋肉を動かすときにマシンがしてくれるようなサポートはないのです。
ニューファンドランド・メモリアル大学のスポーツ研究者デビッド・ベームは「マシンは非常に安定していますが、フットボールの土のフィールドを走り回るときや、テニスコート上で片足でフォアハンドストロークを打つときの動きとは大きく異なります」と述べています。これは年配者が車から降りるときなど、日常生活での動きにも当てはまります。そのため、フリーウエイトはマシンよりも機能的なトレーニング効果が高いと考えられてフリーウエイトはマシンに比べ不安定なため、運動時に全身のバランスをとらなければならないからです。上腕二頭筋カ―ルなどの単純な運動をおこなうときのことを考えてみましょう。ウエイトマシンを使うと、二頭筋が集中的に強化されます(もちろん、それが二頭筋カールをおこなう本来の目的です)。しかし、起立状態でのダンベルを用いた片腕カールでは、身体が垂直に保たれるため、二頭筋だけではなく、背中の伸筋や腹部、大腿四頭筋などの他の筋肉も使われるのです。
南カリフォルニア大学で運動や老化と生体力学の関係を研究しているジョージ・セーレムは、フリーウエイトでは「他の筋肉の力を借りようとする」と述べています。他の筋肉を使うことで、フォームが不適切になったり、ウエイトを重たく設定しすぎたりして、背中をねじってしまうなどの問題が起きることもあります。しかしフリーウエイトは全身を用いて安定性を確保し、パワーアップするのには有効なのです。安定度をさらに下げるために、バランスボールの上でウエイトトレーニングをする人も
います。この場合は、体幹と背中の中心の筋肉を使う必要があります。ベームは「筋力を向上させるためにはできるだけ重いウエイトを持ちあげなければなりませんが、バランスボール上ではあまり重いウエイトは持ちあげられません」と述べ、バランスボールでバランスをとりながらウエイトを持ちあげるのは健康とフィットネスの改善を目的とする一般人向きであり、パフォーマンスの向上を目的とするアスリートは平面でのフリーウエイトが重要であるとしています(2010年『カナディアン・ソサイエティ・フォー・エクササイズ・フィジオロジー』に掲載)。マシンには安定性のほかにも利点があり、上級者もそのメリットを享受できます。筋肉を部分的に強化できるために、弱点を集中的に鍛えやすいことと、各動作でつねに一定の抵抗力が与えられるよう設計されていることです。またマシンを多く備えているジムを利用する最大のメリットは、プレートの取り替えなどに時間のかかるフリーウエイトに比べ、時間を有効に使えるという点です。結論としては、マシンは安全かつ簡単に運動をおこなえるという点で初心者に適しているといえます。ただし、セーレムは、経験を積みながらフリーウエイトを主体としたトレーニングに移行することがベターだと述べています。
【まとめ】
マシンは安全で使いやすいが、フリーウエイトはより「現実的」なチャレンジを筋肉に与え、筋肉のバランスを発達させ安定させる。
◆筋力とパワーの違いとは?
メジャーリーグの投手の指先から放たれた速球が、キャッチャーミットに届くまでにかかる時間は0.5秒ほどです。1967年の研究によると、打者は判断を下すのに0.26~0.35秒、パットを振るのに0.19~0.28秒間かかります。つまり、体重の3倍の重さのベンチプレスができるほどのパワーがあっても、それを瞬時に解き放つことができなければ、優れた打者にはなれないのです。
パワ―(力)は「筋力(フォース)×速度(スピード)」こと定義され、瞬間的な力を発揮する能力を示します。レッグプレスマシンで重いウエイトを持ちあげるために必要なの筋力のみです。瞬間的に高く飛び上がるためには、筋力と速度の両方が必要です。このため、ほとんどのスポーツでは筋力よりも「パワー」が重要になるのです。パワーを強化するためのトレーニングは、筋力トレーニングとわずかに異なります。もっともシンプルな方法は、通常よりも少し軽い負荷を、速く、爆発的な動きで持ちあげるというものです。米国スポーツ医学会は、最大重量の60パーセントまでのウエイトで、3~6回を1~3セットおこなうことを推奨しています。ただし、筋力トレーニングとまったく同じ種目をするのではなく、、ボックスジャンプ、ジャンプスクワット、メディシンボール投げなど、複数の関節を使用する機能的な運動を重視しておこなうことが大切です。目的は、ハムストリング筋の「筋力を鍛える」ことではなく、「瞬間的なジャンプ力」を鍛えることだからです。
選択するトレーニング種目も、目的に合ったものにすべきです。アスリートは、試合時に近い動きを、実際のスピードを想定しておこないます。たとえば、2009年の調査(『ジャーナル・オブ・ストレングス・アンド・コンディショニング・リサーチ』に掲載)では、野球選手はバットを振る速度を上げるために、1日に100回前後(週に3回)素振りをするようアドバイスしていますが、「ドーナツ」と呼ばれる重りをパットにつけることは推奨されていません。スイングのスピードが遅くなるためです。また、メディシンボールを用いた激しい回転運動でも、パワーとスイング速度を向上させられることがわかっています。
ゴルフのような、穏やかに見えるスポーツでもパワーが大きく影響しています。トロント大学のグレッグ・ウェルズによる2009年の研究によると、足のパワーの指標となる垂直跳びの記録は、ゴルフ上級者のドライバーショットの飛距離と関連しています。この点を意識しているゴルファーは多くありません。ウェルズは「ゴルファーは従来、筋肉を強く、大きくすることを重視してきました。このため、スイングの速度が上がらず、ボールを強く打てない選手が多くいます」と述べています。
パワーが問題になるのは、アスリートだけではありません。健康の専門家が、高齢になるにつれて日常生活で「機能的強度」が重要になるというとき、それは筋力ではなくパワーを指している場合が多くあります。たとえば、椅子から立ち上がるには、持続的な筋力よりも瞬間的な力が必要です。最近の研究では、軽いウエイトを用いた素早い動きをおこなうことで、高齢者のバランスの改善や骨の強化などに効果があることがわかっています。とはいえ、パワーは筋力なくしては生まれません。通常の筋力トレーニングも続けるようにしましょう。いつもの運動に少し瞬発力の動きを取り入れるだけで、試合や日常生活での効果を実感できるようになるでしょう。
【まとめ】
パワー=急激に強度を発する能力は、多くのスポーツにおいて重要である。
◆筋肉を大きくせずに鍛えるにはどうすればいいか?
腕のたるみが気になったあなたは、身体を鍛えようと決心しました。ジムでは上腕二頭筋カールなどの腕を鍛える種目を、軽いウエイトを使って回数を多め(たとえば30回)にしておこないました。重たいウエイトでトレーニングすると、筋肉がついて腕がもっと太くなってしまうと思ったからです。
このような経験に身の覚えのある人が多いかもしれません。これは誤った運動のアプローチです。軽めの重量を用いた運動で「筋肉を引き締める」という考えは正しくはありません。身体のどこかを指で突いてみて、力を入れていてもその部分が柔らかいとしたら、それは脂肪を突いているからであって、筋肉がたるんでいるわけではないのです。軽いウエイトで回数を多くすると筋肉が引き締まるという神話のために、多くの人が十分な筋トレ効果が得られない「軽すぎるウエイト」を使っています。筋肉を際立たせるには、二つの基本的な方法があります。筋肉を大きくするか、筋肉を覆っている脂肪を減らすかです。脂肪を減らすには、全身の脂肪を減らさなくてはなりません。腕の脂肪だけを部分的に減らすことはできないのです。ここを勘違いしてはいけませんよ!
長い間、筋肉を増やすには、最大挙上重量の40~50パーセントで筋トレをおこなうべきだと信じられてきました。上級者なら60パーセント近くに設定することもあります。しかし最近の研究では、もっとシンプルなルールが明らかになりつつあります。それはセットの最後に「それ以上その種目を続けられなくなる重量・回数で筋卜レをおこなう」というものです。大きな効果が期待できない軽すぎるウエイ卜で筋トレをおこなう人が多いという調査結果がいくつもあります。とくに女性は、筋肉を大きくしないようにする傾向が強いことがわかっています。ジムでトレーニングをする女性を対象にした2008年のニュージャージーでの研究では、38パーセントの女性がわずかな筋トレで、大きくて「隆々とした」筋肉がついてしまうと考えていることがわかりました。仮に筋肉をつけるのは良くないという考えを受け入れたとしても、何をすれば筋肉が大きくなるのかについて誤解があるのはたしかです。見方を変えれば、多くの女性が抱いている「わずかな筋トレで筋肉が著しく大きくなる」という認識は正しくないので、どちらに転んでも隆々とした筋肉を身につけることがない彼女たちは、ラッキーだといえるかもしれません。軽重量での多数回のトレーニングは、筋持久力の向上には役立ちます。ただしこの場合でも、効果を得るためには各運動のセット終了時に限界に近い力が必要になるように重量・回数を設定する必要があります。筋肉を際立たせたい場合は、重いウエイトを用いて、回数を少なくしておこなうのがベストです。たとえば各種目六6~12回を1セットとして、最大6セットおこないます。他にも、筋力アップ、有酸素運動効果、減量をバランス良く目指すために、回数とセット数を調整する方法もあります。
【まとめ】
最大挙上重量の40~50パーセントより軽いウエイトで筋肉の「強化」をおこなうと効果は少ない。
◆どれくらいの重さのウエイトを何回くらい持ちあげればよいか?
紀元前六世紀にオリンピックで6度のレスリングチャンピオンに輝いたクロトンのミロは、トレーニングのために毎日仔牛を持ちあげ、成長した雌牛になってもそれを続けたといわれています。この伝説には2つの教訓があります。1つは、筋力を鍛えつづけるには、少しずつ負荷を上げるべきであること。もう1つは、どのような器具を用いるかは、それほど重要ではないということです。
筋力トレーニングを始める場合に良い指針となるのが、米国スポーツ医学会の指標です。「8~12回程度持ちあげるのが限界の重さで、全身の筋肉群を鍛える」というものです。この方法で3~4か月聞は良い結果が得られますが、それ以降は、筋肉を強く大きくするのか、筋肉の持久力を発達させるかのどちらかに決める必要があります。強く大きな筋肉をつくるための一般的な方法は、重たいウエイトを、繰り返しの回数は少なく持ちあげ、長い休憩をとるというものです。通常、各種目で4~6回の繰り返しを3セットおこない、セット聞に3分の休憩をとります(セット数と回数を混同しないようにしましょう。ウエイトを10回持ちあげ、短い休憩をとり、もう一度それを繰り返した場合、「10回を2セット」おこなったことになります)。
すべての人が、大きな筋肉を必要としているわけではありません。たとえば自転車選手は、持続時間の短い爆発的なパワーを得ることよりも、何時間もペダルをこぎ続けられる持久力のある筋肉を発達させることを望みます。この場合に最適なアプローチは、軽いウエイトで、休憩時聞を短くして回数を増やすことです。他にも、短時間・高強度のトレーニングとして現在人気のクロスフィット法や、ノーチラスマシンの発明者アーサー・ジョーンズが開発した「ハイインテンシティ・トレーニング」(高筋力トレーニング)などのさまざまなアプローチがあります。高筋力トレーニングでは、各種目を1セットのみ、リフトは15秒以上をかけてゆっくりとおこないます。これらのプログラムは正しくおこなうことで、著しい効果を生み出します。ただし、これらが従来のプログラムより優れているかという点について、はっきりとした結論は出ていません。
2008年の研究(『ジャーナル・オプ・ストレングス・アンド・コンディショニング・リサーチ』に掲載)は、従来のトレーニング方法(筋肉の量を増やす方法と、筋肉の持久力を高める方法)と、「低速度」のプログラムとの比較実験をおこないました。低速度プログラムでは、被験者は10秒かけてウエイトを持ちあげ、4秒かけてもとの位置に降ろしました(従来のプログラムでは、この一連の動きを1~2秒でおこないます)。予想どおり、筋肉量を増やすための「高負荷で回数を少なく」した運動をおこなったグループはもっとも筋力を発達させ、持久力を高めるため仁「低負荷で回数を多く」したグループはもっとも筋持久力を向上させました。「低速度」グループの結果は、その中間に位置するものでした。この研究をおこなったオハイオ大学教授シャロン・ラナは「低速度トレーニングでは、筋力と筋持久力の両方の効果を得られます。従来型の方法は、それぞれの目的において、低速度トレーニングよりもわずかに良い結果が得られると思われます」と述べています。最近おこなわれたいくつかの調査でも、1セットのみのトレーニングはフィットネスの維持には十分なものの、最大限の筋力を得るためには複数セットの運動が必要であると結論づけています。きわめて具体的な目標(できるだけ二頭筋を大きくしたいとか、重たい牛を持ちあげたいとか)がないかぎり、さまざまな方法を用いることで多くのメリットを得られるでしょう。トレーニングを続けながら、さまざまなセット数、回数、さらにはウエイ卜を持ちあげるスピードなどを試してみてください。きっと、自分に合ったトレーニング方法を見つけることができるでしょう。
【まとめ】
ウエイトの重量や何回繰り返すかにかかわらず、筋肉発達でもっとも重要な要因は、最後に筋肉の疲労限界に達すること。
◆スリムになりたいだけの人でも筋卜レをすべきか?
古代ギリシャやローマ時代の彫刻のような「完壁な」プロポーションを目指して、熱心にウエイトトレーニングに励む人は、1900年代のはじめにはかなり大勢存在していました。このブームの大きさを物語るように、1901年にロンドンのロイヤル・アルバートホールでおこなわれた初の大規模なボディビルコンテストの審査員には、シャーロック・ホームズの生みの親であるコナン・ドイルの姿もありました。筋骨たくましい人たちが壁一面の鏡で自分の姿をチェックしている現在の情景は当時と変わっていないようにも思われます。
初心者は、ジムにいる筋肉もりもりの人たちを見ると、筋力トレーニングは自分とは無縁のものだと考えてしまうこともあります。しかし、筋トレは一部の人の専売特許ではありません。筋肉の強さはすべてのスポーツや日常生活において重要な役割を担っているのです。科学は、30歳以降に始まる筋肉量の減少を防ぐことが、老化を遅らせるために非常に効果的な方法であることに気づきました。ウエイトルームであれ自宅であれ、ダンベルやバーベル、マシン、自分の体重を用いた筋力トレーニングを運動メニューに組み込むべきです。筋肉が増え見映えの良い身体つきになることは、あくまでも始まりにすぎません。筋トレは、実にさまざまな効果をもたらしてくれるのです。
おおまかに分けて、ジムには二種類の人がいます。スリムな体形を目指してトレッドミルを走る人と、筋肉を大きくするためにウエイトマシンを使う人です。前者のように体を絞りたいと考えている人にとって、ウエイトトレーニングは時間の無駄だと思うかもしれません。しかし、それは間違いです。癌や心臓病、糖尿病、認知症などのリスクを軽減させるなどの効果があるということで、このところ有酸素運動に非常に大きな注目が集まっています。それに対し、筋力トレーニングは、どちらかというと実用的な目的(早く走る、遠くにボールを投げる、高くジャンプする、見映えをよくする) のためにおこなうものと考えられがちです。この二つの運動には、従来考えられていたよりもはるかに多くの共通項があることがわかってきました。たとえば、筋力トレーニングをおこなうことで、糖尿病患者の体内のぶどう糖とインスリンのレベルが調整されやすくなることがわかっています(有酸素運動トレーニングより効果的におこなえる場合もあります) 。また、高血圧から鬱に至る幅広い症状のコントロールにも筋トレは役立ちます。もっとも重要なのは、筋トレには他の運動にはないメリットがあるということです。人は30歳以降、毎年約1~2パーセントの筋肉を失っていきます。これは、老後を健康に過ごしたいと考えている人にとっては大きな問題です。家具や重たい買い物袋を持ちあげたり、高齢になっても人の手を借りずに生きていくためには、筋肉を維持しておく必要があるのです。また、筋肉量の維持は他にもいろいろな効果があります。
マックマスター大学のスチュアート・フィリップスが述べているように、筋肉量が増えると基礎代謝が高まります。筋肉量が減るとカロリー消費量や食物を代謝する能力が低下し、肥満や糖尿病をはじめとするさまざまな問題を招きやすくなることがわかっています。驚きなのは、筋肉が増えると骨の強度の維持にも役立つことです。1980年代に登場した「メカノスタット理論」では、筋肉によって骨の強化を促す圧力が与えられるとされています。現在、筋トレは骨の強度を保つためのもっとも重要な方法の一つであると見なされています。ジムで運動をする人は、減量や筋力アップ以外にも、さまざまな目的をもっています。健康の増進、スポーツのパフォーマンス向上、質の高い日常生活を送ること等。目的が何であっても、筋力トレーニングに少しの時聞を割く必要があるのです。
【まとめ】
30代のはじめから毎年筋肉量の1~2パーセントが失われていく。筋力トレーニングによりこのプロセスを減速させ、骨を強く保つことができる。
◆階段の上り下りは健康に良い?
1978年から毎年開催されているエンパイアステートビルの階段(1576段)駆け上りレースは、間違いなくハードなトレーニングになります。ただし、階段での運動の効果を得るために、わざわざ超高層ビルの階段を上ったり、階段上り競争に参加する必要はありません。
アイルランドの研究は勤務先で定期的に階段を使うことで驚くほどの運動効果が得られることを明らかにしています。「階段の昇降は特別な運動器具を用いずに日常のなかでおこなうことができ、また強度を適切に上げることのできる数少ない運動です」とユニバーシティ・カレッジ・ダブリンのコリン・べーハム教授は述べています。
現在、階段レースはチャリティイベントとしてさかんにおこなわれるようになっています。ウェブサイト「Towerrunning.com」(そのモットーは、「エレベーターではなく、階段を使おう」)には、世界中でおこなわれている100以上の階段レ-スのリストが記載されています。こうした「摩天楼ランニング」の運動効果が、2010年にイタリアで調査されています(『スカンジナビアン・ジャーナル・オブ・メディスン・アンド・サイエンス・イン・スポーツ』に掲載)。注目すべきは、手すりを使った階段の駆け上がりには、ボートこぎのような効果があり、「全身を使った最大限の運動」をおこなえるという結果が出たことです。また、運動のエネルギーの約80パーセントは身体を重力に逆らって上に持ちあげるために、5パーセントは手足を前後に揺らすために、15パーセントは踊り場で小さな半円を描きながら走るために使用されることもわかっています。階段の昇降は運動強度が高く、有効なトレーニングになります。エンパイアステートビルの最上階までの最短記録は9分33秒ですが、ベーハムらは、高層ビルを駆け上がらなくても、階段上りで十分な効果が得られるとしています。
彼らは、女子大生8人に8週間のプログラムをおこなわせました。週に5日、1日に2回、199段の階段上りをおこなうというものです。被験者は1分間に90段の。ペースで階段を上ったため、頂上への到達に2分かかりました。プログラム終盤では1日に上る回数を5回に増やしましたが、それでも1日の運動時間の合計はわずか10分です。この実験の結果、被験者は有酸素運動の能力を17パーセント向上させ、健康に害を与えるLDLコレストロールの値を8パーセントも減少させました。これは、一日に30分間のウォーキングをした場合と同等の効果です。この実験をおこなった研究者たちは現在、階段ではなくステッピングマシンを用いた運動が、高齢者にも適用できるかどうかを調査しています。「これはとても運動強度が高いため、健康状態を短期間で向上させることができます。短時間の運動が好きな人には便利な方法です」とベーハムは述べています。
一般的には、たしかな効果を得るためには少なくとも一度に10分間の運動が必要だとされていますが、十分に強度が高ければ、より短時間の瞬発系の運動によっても運動効果を得られるという主張もあります。ベーハムは、健康維持のためには階段以外の運動もすべきだとしていますが、彼らの研究の成果は、日常のちょっとした心がけによって健康になれることを教えてくれています。
【まとめ】
1日に2分間の階段上りを5回おこなうだけで、ジムに通わなくても大きなフィットネス効果が得られる。
◆上り坂と下り坂の最適な走り方とは?
上り坂のランニングは肺に、下り坂は足に負担がかかります。どちらもうまく対応しなければ、快適なランニングが一気に辛いものになってしまいます。2010年のオーストラリアでの研究が、坂道の走り方についての貴重なアドバイスを与えてくれます。
この研究では、被験者に起伏の激しい約10キロのコースを走らせ測定をおこないました。心拍モニターに加え、酸素消費量を測定するポータブル・ガス分析器、速度と加速を測定するGPSレシーバー、ピッチと歩幅を測定する「アクティビティモニター」を用いての実験です。その結果、ほとんどのランナーは二つの大きな過ちを犯すことがわかりました。坂を上る速度が速すぎ、下る速度は遅すぎるのです。
ランナーが上り坂を平地と同じ速さで走ろうとすると、酸素の消費量が増え呼吸が激しくなります。そのため坂を上りきった後で回復に時間をとられるのです。この研究をおこなったクイーンズランド工科大学の研究主任アンドリュー・タウンゼントは「この結果は、上りでスピードを落とせば、その後で素早く速度を上げられる可能性があることを示しています」と述べています。下りでは、まったく逆の現象が観察されました。ランナーのほとんどは、心肺機能による制限ではなく、坂を下るときに感じる不快な衝撃のために、十分な速度で坂を下れないのです。坂を下るときのコツとしては、坂のふもとに到達しても、できるだけその速度を維持し、呼吸がきつくなって速度が落ちるまで走り続けることです。
もちろん、坂を下るときに速度が落ちやすくなることには理由があります。足への負担が大きくなり、ケガのリスクが高まるのです。ですから下り坂のトレーニングは、ゆるやかな坂での短時間のスプリントに抑えておくことが望ましいといえます。「上りはゆっくり、下りは速く」というシンプルなヒントは、ランニングのエネルギーをうまく配分するのに役立ちますが、自分にとって正しいバランスを見つけるためには、やはり実際に試してみることです。タワンゼントは、「いつものトレーニングコースにある坂道で、さまざまなスピードを試してみて、どの程度の速さがよいかを感覚的に身につけていくことが良い練習になるでしょう」と述べています。
【まとめ】
ランナーの多くが、上り坂では速すぎ、下り坂では遅すぎるスピードで走っている。
◆走り方が正しいかどうかを知るには?
ランニングは、ゴルフや水泳などの高度な技術が求められるスポーツよりも、食事や呼吸などの「基本的な動作」との聞に共通点が多くあります。子どもは誰に教えられることもなく、はるか昔の祖先がそうであったように、自然に走ることを覚えます。とはいっても、颯爽と美しいフォームで走れる人とそうでない人がいることも事実です。
ここで浮かぶ疑問は二つ。まず、数週間のランニングワークショップを受講することで、それまでの人生でずっと続けてきた走法をすっかり変えられるのかという点、もう一つは、走法を変えることは本当に意味があるのかという点です。
この分野では、長期的な研究はあまりおこなわれていませんが、最初の疑問への答えは、おそらく「イエス」です。2004年の南アフリカでの研究では、20人のランナーが1週間の集中的なプログラムで「ポーズメソッド」にもとづく走法を学びました。ポーズメソッドとは、着地時に身体をS字型にすることを意識する走法です。結果、被験者の歩幅は短くなり、身体の上下動と膝への衝撃が減少したのです。ただし、これらの変化がその後も維持され、被験者にとって徐々に自然な走り方に感じられるようになるのかについてはまだ検証されていません。二番目の疑問は議論の的になっています。膝への衝撃が低減すれば、ケガの発生率が低下するはずですが、本当にこうした効果があるかどうかは、まだ実証されていないのです。問題は低減された衝撃がどこかに消えてくれるわけではないという点です。膝への衝撃が減るぶん、たとえば足首に強い負荷がかかるようになるのです。この研究に携わったロス・タッカーは実験後2週間以内に、20人の被験者ランナーのうち14人にふくらはぎやアキレス腱の問題が発生したと報告しています。
2005年のコロラド州立大学によるポーズメソッドの研究でも、8人の被験者に12週間メソッドの講習をおこなったところ、上下動が少なく、短い歩幅の走法を習得できることが明らかになりました。ただし被験者のランニング効率(特定のスピードにおける酸素の消費量)はランニング後に平均で8パーセントも悪化していることがわかりました。さらにこの研究では、興味深い報告がなされています。ランニング効率を向上させた唯一の被験者はグループのなかで一番ランニング経験が少なく、実験開始時の歩幅がもっとも大きかったランナーでした。考えられる結論としては、経験のあるランナーはすでに最適な歩幅を習得していたため、新しい技術を学ぼうとしたことによって逆にランニング効率を低下させたということです。ポーズメソッドそのものが、人によってはランニング効率を低下させるということも考えられます。現時点では、より良い走法を学ぶことで何が起こるのかについては、最終的な結論は導かれていません。しっかりしたシステムのもとで練習をおこなえば、走法を変えられることはわかっています。それでもいまのところの最善策は、直感的に自分に最適な走法を見つけるために、ただ走ってみることなのかもしれません。
【まとめ】
努力すればランニングフォームは変えられるが、ランニングフォームを変えることでケガのリスクが減ったり、速く走れるようになるかは現時点ではわかっていない。
◆固い地面を走るとケガをしやすくなる?
多くの人は固い地面で走ると足に大きな衝撃がかかり、ケガをしやすくなると考えています。しかし、実はこれを科学的に証明した例はほとんど見られません。逆に、人は走る表面の固さがどのようなものであっても、衝撃が同じになるようにストライドを調整しながら走っていることが多くの研究で証明されはじめています。また、地面がランニングに及ぼす影響は、その固さではなく、「表面の滑らかさ」であると見なされるようになってきています。意外ですね。
着地面の固さの違いを身体が自動的に調整しているという驚くべき主張は、1990年代に初めて提示されました。様々な着地面を用いた実験の結果、被験者のランナーは筋肉の収縮程度や膝を曲げる角度をわずかに変えることで、どのような固さの地面で走っても上下動が同じになるよう、無意識に調整して走っていたことが明らかになったのです。
2002年のフロリダ大学マーク・ティルマンによる研究もこの考えを支持する結果になりました。衝撃を感知する靴の中敷きを使用して実験したところ、アスファルト、コンクリート、芝生、人工トラックの上でランナーの足にかかる力には違いはありませんでした。ただし、これを疑問視する研究もあります。2010年のブラジルでの実験では、アスファルトの上で走った場合、芝生の上を走った場合と比べてストライドごとに12パーセント圧力が高くなることがわかっています。それでもこの相違は、表面の固さの違いを考慮すれば、驚くほど小さなものだといえます。
スタンフォード大学の生体力学研究者キャサリン・ボイヤーは着地面の固さではなく「滑らかさ」に注目すべきだと述べています。舗装された平らな表面ではストライドがほぼ同じになり、ランニング時には筋肉や関節、骨に同じ圧力が繰り返しかかります。このため、トレーニングの強度を急に上げると足の酷使によるケガの発生につながるというのです。まだ解明はされていませんが、同じことがトレッドミルにも当てはまると考えられています。対照的に未舗装の表面では、毎回、着地面が微妙に異なるため、身体への衝撃もわずかに変化し、ケガの発生率を低下させます。ただし、あまりにも表面が不均衡な場合には、足首をひねったりする危険もあります。「ポイントは真っ平らでも、過度に凸凹でもない、適度な不均衡のある表面上を走ることです」と、ボイヤーは述べています。
今のところ屋外でおこなった研究では、地面とケガの発生率に相関は見出されていません。ただしこれは、相関が全くないということではなく、この問題が予測されていたよりもはるかに複雑であることを示すものです。認識されていることの一つは「特異性の原則」です。つまり、一種類の表面のみでトレーニングをしていると、身体は他の表面で走るための適切な準備をできません。マラソンレースの準備をするのであれば、芝の上のみで練習しないようにすべきであり、トラックレースの準備をしているのであれば道路のみで練習しないようにすべきです。
【まとめ】
様々な表面上でのランニングに適応するランニング時、足は着地の衝撃を和らげるためにパネのように作用します。同じように、地面にも衝撃を和らげるパネのような作用があります。地面によるバネの働きが変わると、ランナーは膝の角度と筋肉の緊張度を変えることによって自動的に足のバネの働きを調聾しているというものでした。その結果、地面の固さにかかわらず、ランナーの身体の上下動は一定に保たれているのです。滑らかで凹凸の少ない場所でのランニングは足への負担が大きくなる。さまざまな状態の道を走ることでケガのリスクを減らすことができる。
◆表面の種類
①砂利または土:
手入れの行き届いた砂利道や小道は、理想的なランニングコースです。安定し平坦でありながら、しなやかでもあります。士の上も良いコースです。ただし轍や穴に気をつけましょう。
②コンクリート:
もっとも固い表面で、ランナーの多くは敬遠します。ただし一番の問題は、表面があまりに平坦なことで、身体への衝撃に変化を与えられないことです。他の地面と併用するようにしましょう。
③アスファルト:
多くの道路で使用されているため、便利だといえます。ただし、雨水の排水を促すための傾斜がつけられている場合(中央が高く、両脇が低くなっている)、足に偏った負荷がかかることがあります。交通事情が許せば道路の反対側も走るようにしましょう。
④芝生:
ウィンブルドンのテニスコートのような芝であれば、ランニングにとって理想的です。しかし通常、芝の表面には凹凸があり、足首をひねるリスクがあります。なるべく平坦な芝の上を走るようにしましょう。
⑤人工の陸上用トラック:
アスファルトよりも柔らかく、距離も正確に測れます(通常は1周400メートル)。ただし、いつも同じ方向で周囲していると身体に偏った負荷がかかり、ケガのリスクが高まります。逆回りでも走るようにしましょう。
◆運動時のもっとも効果的な呼吸方法は?
鳥も馬も、動作に合わせて呼吸をします。ならば人間もランニングやサイクリング、ボート漕ぎなどをするときには、そのリズミカルな運動に合わせて呼吸するのが自然だと考えてもおかしくありません。ここ数十年の研究から、様々な運動において、初心者であれベテランであれ、またその速度にかかわらず、呼吸と運動中の動作には関係があることがわかってきました。無意識に動作と呼吸を合わせることによって、パフォーマンスが向上することを示唆する研究もあります。ただし最新の研究は、呼吸法に集中することがパフォーマンスを低下させる要因になりうることも示しています。馬はストライドと呼吸を同じタイミングでおこないますが、これは地面に蹄が触れる衝撃で、肺と呼吸筋がリズミカルに揺すられることによる必然的な動きです。鳥の身体も羽ばたきに合わせて呼吸をしなければならないような構造になっています。一方、人聞は直立歩行をするため、足の着地による衝撃によっても呼吸筋は動きを妨げられません。しかし1970年代の研究では、トレッドミルやエアロバイクで運動をした一部の被験者の呼吸速度が歩調やペダルをこぐ動きと自然に一致することを示しています。ストライド(右足が地面に着地するごとに数える)と呼吸(息を吐き出すごとに数える)の割合は被験者によって異なり、1対1、2対1、3対1、3対2、4対1が多く、5対2の場合もあります。ランナーの聞でもっとも一般的に見られるパターンは、1呼吸に2ストライドの割合です。
1993年のスイスでの研究で、ピッチに合わせた呼吸をするランナーの消費エネルギーがわずかに少なくなる可能性が指摘されると、コーチたちはランナーに意識的にそのような呼吸をするよう指示しました。しかし、呼吸と合わせることで運動が楽になるかどうか、カロリー消費が減るかどうかは、長年の研究によってもはっきりとわかっていません。呼吸と運動効率の明確な相関は見出されておらず、効果が見られる場合もごくわずかなものでしかありません。それでも、「正しい」呼吸パターンが存在するという考え方はなくなりません。
最近の研究結果は、呼吸の意識的なコントロールからは、マイナスの効果が生じうることを示しています。ドイツ、ミュンスターのスポーツ科学センターでは、被験者を周囲の環境に・意識を向けて走るグループと、呼吸に意識を集中して走るグループとに分けて実験をおこないました。呼吸を意識して走ったグループの呼吸は深くなり、呼吸回数も低下し、結果として、約10パーセント多くのエネルギーを消費していることがわかりました。これは、無意識にゆだねることで適切な呼吸のリズムが見つけやすくなり、逆に意識的に呼吸を制御しようとすると適切なリズムを見つけにくくなるためだと考えられています。ただし、様々な研究から、運動初心者に役立つ呼吸に関するアドバイスが得られます。たとえば、口か鼻のどちらか片方で呼吸するより、両方で同時に呼吸するほうが多くの酸素を容易に吸い込めます。また、ウエイトトレーニングでも、呼吸のタイミングが重要です。息を止めてしまわないように気をつけ、ワエイトを持ちあげるときに吐き、降ろすときに吸い込みます。一般的に、有酸素運動を始めたばかりの人が息切れしている場合は呼吸法のせいではなく、ぺースが速すぎる場合がほとんどです。ペースを落とし周囲の景色を楽しみながら自然に呼吸するとよいでしょう。
【まとめ】
身体の動きに合わせて意識的にリズミカルな呼吸をしようとすると運動効率が低下することがある。
◆最大心拍数はどうやって測るのか?
ジムの壁に貼られているポスターやエアロバイクの表示器には、よく運動時の最適な心拍数の目安が書かれています。「ウォームアップ」「脂肪燃焼」「有酸素」など、目的にあった心拍数のゾーンを保つことは、さまざまな運動で最大の効果を得るために大切です。たとえば最大心拍数の75パーセントで運動をしたい場合、まず自分の最大心拍数を知っておかなければなりません。よく知られた最大心拍数の計算方法は、「220-年齢」です。広く普及している、とても簡単な方法(最新型のトレッドミルでの心拍数算出にもよく用いられています)ですが、実は正しい値が得られるとはかぎりません。テキサス大学の田中弘文(カーディオ・ヴァスキュラー・エイジング・リサーチ・ラボラトリの責任者)は「この公式にはほとんど科学的根拠がない」と述べています。事実、この公式は、1970年代初期の研究結果にもとづいて単純な経験則として作られたものです。これらの研究の被験者には、喫煙者や、心臓疾患の薬を服用する患者が含まれており、ほとんどの被験者は55歳以下でした。田中氏は「208-0.7×年齢」という精度の高い公式を考案しています。
ただし、この公式によって導かれるものもあくまでも平均値です。心機能には個人間での先天的な違いが大きく、三人に一人の割合で最大心拍数から10拍以上もの誤差が出ます。運動ゾーンのカテゴリーが変わるほど大きな誤差です。また最近の研究により、有酸素トレーニングでの心臓強化で、最大心拍数が1分間当たり最大10拍ほど減少することもわかっています。
信頼できる唯一の測定方法は、実際に心臓をその最大の速さで鼓動させることです。通常は実験室でトレッドミルを使った心臓へのストレステストによって測定しますが、心拍モニターを装着して徐々に加速しながら走り、最後の数分を全力疾走することによっても適切な値を得られます(全体で15~20分間走る)。アトランタ在住のランニングコーチ、ロイ・ベンソンは、最後に100メートルのグラワンドを2周ほど全力疾走するなかでの測定が理想的だとアドバイスします。「100メートルごとに心拍数を確認し、できるだけ加速します。上限に達して一定時間維持される値が最大心拍数です」
レースに参加すれば、観客の応援や競争心によってやる気が高まり、最大心拍数に達するほどのスピードで走りやすくなります。このときスピードは徐々に上げるようにしましょう。いきなり全力疾走をすると、最大心拍数に達する前にスピードを維持できなくなってしまいます。正しい最大心拍数を知れば、自分がどのトレーニングゾーンにいるのかを把握しやすくなります。ただし、注意すべき点がいくつかあります。気温や湿度が高い環境では、汗で血液量が少なくなり、運動強度が低くてもしだいに心拍が速まります(「カーディアックドリフト」と呼ばれています)。涼しく乾燥した状態では逆の現象が発生し、同じ速度で走っていても心拍数はいつもより低く保たれます。心拍モニターは便利な道具ではありますが、トレーニングをどの程度の強度でおこなっているかの最終的な判断は、自分の感覚を基準にすべきだといえるのです。
【まとめ】
従来、最大心拍数の算出に用いられてきた「220-年齢」の公式の精度は低い(とくに高齢者)。より精度の高い公式もあるが、正確な数値を知る唯一の方法は最大心拍数テストを受けること。
◆有酸素運動はどれくらいの強度でおこなうべきか?
運動を始めたばかりの人は頑張りすぎてしまいがちです。トレッドミルのスピードを無理な速さに設定しては後ろにはじき飛ばされることを繰り返し、数日もするとやる気を失ってしまうことも珍しくありません。一方で、雑誌をめくりながら超スローぺースでエアロバイクのペダルをこぐ人もいます。適切な運動をおこなうためには何が目安になるのでしょう?
有酸素運動の強度は、身体の反応に応じて三つに大別できます。もっとも楽なのは「有酸素ゾーン」で、心臓と肺は筋肉に十分な酸素を送りつづけられます。もっとも難易度が高いのは「無酸素ゾーン」で、筋肉は血液から酸素を得ることができません。その境界線となるのが「閥値ゾーン」で、酸素不足に陥った筋肉が「対応」を開始することで血中に乳酸が急速に溜まっていくのが特徴です。
トレーニングにおいて、各ゾーンにどれだけの時聞を費やすかは各人の目的や好みによりますが、目安になるのは毎週の練習の70パーセントを有酸素ゾーン、20パーセントを闘値ゾーン、10パーセントを無酸素の運動に割り当てるというものです。この割合は、持久系のトップアスリートのトレーニングデータに基づいて割り出されたものです。こうしたトップアスリートのトレーニングにおいては、最大限の効果が得られるハードなトレーニングをしつつ、それが次のトレーニングの支障にならない程度に疲労を抑えることも大切です。運動を始めたばかりの人は、「容易な」有酸素運動の割合が多いことに驚くかもしれませんが、いつも激しい運動をおこなえばよいというものではないのです。どのゾーンにあるかを知るための方法には様々なものがあります。実験室で、異なる運動強度で血中の乳酸塩を測定して、関値が生じる運動の速度や心拍数を正確に測定する方法があります。また、心拍のモニターもトレーニング強度の監視に役立ちますが、この方法には限界があることも知っておくとよいでしょう。意外にも、本人の感覚にもとづく判断も最新の測定技術を用いた場合と同じくらい正確です。
1987年のリパプール大学での研究やその後の研究によっても、本人の「運動強度の自覚」が信頼できる指針になりうることが確認されています。ウィスコンシン大学のカール・フォスターによると、こうした強度の自覚を難しく感じるのは全体の約10パーセントの人のみ、自信家ですべてをコントロールしたいという意志をもつタイプ(弁護士や外科医などに多い)だということです。「彼らはトレッドミルの速度を徐々に上げ、トレッドミルから落ちてしまうようなスピードになっても、『軽い」『とても軽い』『中くらい』などと言いつづけるのです」とフォスターは述べています。
他には、「トークテスト」と呼ばれる簡単な方法もあります。運動中、まとまった内容の会話を支障なくはっきりとしゃべれる場合は、その運動の強度が有酸素ゾーンであることを示します。闘値に達すると呼吸が激しくなるため、短めの言葉しか話せなくなります。無酸素ゾーンに入ると、せいぜい一度に一言か二言しか話せません。これを目安にして、自分がどの強度で運動をおこなっているかを判断できるのです。フォスターらは、アスリートたちに自由に練習をおこなわせると、トレーニングを頑張りすぎてしまう傾向があることも明らかにしています。常に練習強度に細心の注意を払うことで(一人でいるときも、声を出して確認することなどによって)、過度な練習や軽すぎる練習になってしまうことを避けられるでしょう。
【まとめ】
「トークテスト」によって運動のレベルが「有酸素」、「閾値」、「無酸素」のどのゾーンにあるかを判断できる。有酸素ゾーンに練習全体の7割の時間を費やすことが重要です。
◆筋肉をつけるのが目的でも有酸素運動は必要?
世の中には、たえず新たなエクササイズのブームがわき起こり、そして消えていきます。なかには1950年代に空前の人気を誇り、1970年代後半に復活したトランポリンのように、思い出したようにブームが再発するものもあります。ただし、いつの時代でもその基本は変わりません。あらゆるフィットネスプログラムでもっとも重要な要素は、持続的でリズミカルな運動であるということです。北米では、この運動は「エアロ」または「カーディオ」と呼ばれています(エアロは酸素を必要とすること、カーディオは心臓系および循環器系を強化することを意味します)。「エアロビクス(有酸素運動)は比較的新しい言葉で、1968年に空軍所属の研究者ケネス・クーパーが、『エアロビクス』というタイトルの書籍を出版してベストセラーになり生みだされたものです。本来は有酸素運動効果のあるすべての運動を指します。カラフルなレオタードを身にまとう人々で印象深い1980年代風スポーツジムのクラスのみを指す用語ではないのです。有酸素運動はさまざまな形で実践できます。慣れてくれば、屋内や屋外を問わず、ジムや通勤途中(あるいはトランポリンの上)など、どこでもおこなえるようになります。
それでは本題に入りましょう。エアロバイクでどれほど激しくペダルをこいでも、目に見えて二頭筋が発達したり、投げるボールが速くなったりはしません。そのため、有酸素運動をないがしろにする人も少なからずいます。とくに、有酸素運動があまり好きでない人にはその傾向があります。しかし、これは健康面でもパフォーマンスを高める意味でも好ましくはありません。有酸素運動の能力の測定には、もっとも激しい運動をおこなっている際に筋肉に取り込むことができる酸素量(VO2MAX)を基準として用いることがあります。ウォ-キング、ランニング、サイクリング、ステップエアロビクス、水泳、ダンスなどにより、大きな筋肉群を継続的に動かすことで、この能力を向上させることができます。これらの運動は心肺系の機能を強化する運動であることから「カ-ディオ・エクササイズ」と総称されることがあります。有酸素運動のメリットとしては、心臓の強化、血液を循環させる小動脈の増加、筋中のミトコンドリアの成長促進などがあり、筋力トレーニングのメリットとはかなり違います(筋力が向上する主なメカニズムは、筋繊維の増大と、脳からの指令を伝える神経経路の強化です) 。そして有酸素運動と筋力トレーニングはどちらも重要であり、一方のみでは不十分です。現在、身体を動かすことのメリットはよく知られるようになりました。心臓病、糖尿病、関節炎などのリスクが軽減され、寿命が延び、体重とストレスが減り、鬱の発生率が低下し、認識機能が改善するといったメリットです。注意すべきなのは、これらの効果は筋力トレーニングではなく、有酸素運動と密接に関連しているという点です。また、有酸素運動にはスポーツのパフォーマンスを向上させるという効果もあります。これは、従来は有酸素運動とは直接の関係がないと思われているスポーツ種目にも当てはまります。
例えば、スノーボードの2009年ワールドカップ出場選手を対象にした研究によると、エア口バイクで測定した選手の有酸素運動能力は、彼らの最終順位を予測するもっとも信頼できる指標の一つであることがわかりました。また、他競技に比べると「アスリート的要素」が少ないと見なされることもあるゴルフでも同じです。カナダのナショナルチームに所属するこ四人のゴルファーの身体的・生理学的な特徴を調べた2009年の研究では、選手のランニング能力とトーナメントでのパフォーマンスの間にかなりの関連が見出されました。有酸素運動の能力が優れていれば、種目を問わずベストの状態で長時間、運動を続けられるのです。
もちろん、誰もが毎日、本格的な有酸素運動トレーニングをしなければならないというわけではありません。プロのサッカー選手は自らのVO2MAXの約70パーセントで動いていて、この数値は効果的な有酸素運動をおこなうための最低ラインである約50パーセントを優に上回るものです。ですからサッカーはプレーそのものが効果的な有酸素運動であることがわかります。一方、野球やアメリカンフットボールのプレーは立ったまま静止している時間が長く、これらの競技そのものが有酸素運動になることはあまり期待できません。ウエイトトレーニングを中心とした運動をおこなう人の多くは、有酸素運動の代わりに「サーキットトレーニング」を取り入れています。サーキットトレーニングも筋力トレーニングの一種ですが、種目聞の休憩を数秒しかとらないことで心拍を高く保ち、心肺と筋力の両方を同時に鍛えることを目的としています。ただし過去30年間の研究では、通常のサーキットトレーニングのVO2MAX値は50パーセントをわずかに下回ること、が多いことがわかっています。もっと運動の強度を上げインターバルを短くすることが必要なのです。これはクロスフィット(有酸素運動と筋力トレーニングを組み合わせて総合的におこなうアメリカで人気のトレーニング法)などで実践されている方法で、ほぼ休憩なしの高い強度の運動がおこなわれています。結論としては、さまざまなスポーツのパフォーマンスを改善するうえでも、健康状態を改善させるためにも、有酸素運動は必要不可欠です。ウェイトトレーニング後の10~15分間のエアロマシンや、有酸素運動系のスポーツなどを週2回程度おこなうだけで大きな効果があります。必ずしもジョギングをしなくても大丈夫です。ジョギング後と同じような体感が得られる運動をすればよいのです。
【まとめ】
運動の目的が何であれ有酸素運動は重要。ゴルフなどの「リラックスした状態」で行うスポーツでも有酸素運動の能力が重要なことがわかっている。
◆一日で最も運動のパフォーマンスが高まるのは?
2008年の北京オリンピックでは、体操と水泳競技の決勝の時間帯をアメリカのテレビで生中継できるように従来の夕方から早朝に変更し、大きな論争の的になりました。朝の3時に1500メートルを全力疾走したり、最大重量でベンチプレスすることを想像すれば、多くのアスリートが憤慨した理由がわかるでしょう。このような時間帯に普段と同じようなパフォーマンスが発揮できないであろうことは、多くの人が経験的に理解できることです。睡眠と覚醒のリズムから考えて、時間帯によってパフォーマンスが異なることは簡単に理解できます。しかし、それだけですべてを説明できるものではありません。人間には体内時計があり、視床下部と呼ばれる脳の部分によって、体温、ホルモン分泌、睡眠、摂食のサイクルが約24時間周期で管理されています。この結果、身体のさまざまな機能は覚醒している時間帯を含め、一日を通じて微妙に変化しており、運動能力にも微妙な変化をもたらすのです。
フランスとチュニジアの研究で被験者に1時間ごとにエアロバイクの全力疾走(ウィンゲートテストと呼ばれる)を行わせたところ、午後6時ごろがもっともパフォーマンスが高く、午前6時と比較して8~11パーセントも良い値が得られました。また、背筋、上腕筋、垂直挑び、水平跳び、無酸素パワーを調査した他の研究でも、午後6時前後の数時間がもっともパフォーマンスが高く、ランニング、水泳、フットボール、バドミントン、テニスなどのスポーツを対象にした研究でも、同様の結果が出ています。
スペインでの研究は短距離走選手の就寝・起床時聞と食事時聞を約2時間、前後にずらすことでパフォーマンスのピーク時聞を約2時間前後に、ずらせることを明らかにしました。ただし、覚醒時間の長さとパフォーマンスとの関係や食事や就寝時間の変更が体内時計を変化させ、結果的に体内に化学的な変化をもたらしているかどうかについては、はっきりとしたことはわかっていません。多くの研究者は、一日の間に約1度の幅で推移する体温が時間帯によるパフォーマンスの違いを生み出している主な要因であると考えています。中核体温(環境の温度に影響されない内臓などの深部体温)が上がることによって、筋肉が弛援し、代謝反応や神経信号の伝達は速くなります。
グアドループ島での2010年の研究では、垂直挑び、スクワット、自転車スプリントのパフォーマンスが、午前7時~9時と、午後5時~7時の二つの時間帯で違いがないという結果が出ました。従来の研究とは異なる結果が出た理由として、グアドループ島の温暖で高湿度の気候が被験者の身体を温め、わずかな体温の変化によって生じる差を無効にしたのではないかと考えられます。
これらの結果は、早朝にスタートする10キロレースやフルマラソンの準備をしているランナーを不安にさせるかもしれません。しかし、レースの時間帯に合わせたトレーニングをすることで、その時間帯でのパフォーマンスを高められることもわかっています。
1989年のジョージア大学の研究では、早朝にトレーニングをさせた被験者が、早朝の閾値ぺースでの自転車走で酸素効率に大きな向上があったことがわかりました。また、夕方にトレーニングをさせた別のグループでは、夕方のテストセッションでより大きなパフォーマンスの向上が見られました。
2007年のフィンランドの研究では、筋力トレーニングで類似した結果が示されました。また、早朝の運動が一日を通じたストレスホルモンのコルチゾールレベルを変動させ、早朝のパフォーマンスを高めていることも示されました。つまり、午前7時に最高の状態でレースに臨みたければ、できるだけ毎日同じ時間帯にトレーニングをすることが望ましいといえます。ただし、こうした研究結果にかかわらず、運動にもっとも適した時間とは、その人の一日の過ごし方次第だともいえます。睡眠、ストレス、疲労などの要因のほうが、体温のリズムがもたらすわずかな違いよりも大きいと考えられるためです。また、個人間の相違も考慮すべきです。これらの研究のほとんどは、一般的な睡眠リズムをもっ被験者を対象にしており、極端な朝型、夜型の人は対象外にしています(たとえばHPER2遺伝子に変異があり、午後8時以降には起きていられないような人であれば、ピークパフォーマンスは午後6時より前になるはずです)
【まとめ】
多くの人にとって、身体上のパフォーマンスのピークは体温がもっとも高くなる午後6時前後。毎日、同じ時間帯に定期的にトレーニングすることで、その時間帯におけるパフォーマンスを向上させることができる。
◆筋肉が痙攣するメカニズムは?
2010年、ブリガムヤング大学が奇妙な研究結果を報告しました。60ミリリットルのピクルスジュースを飲むと、筋肉の痙攣が45パーセント早く、平均で約85秒以内に収まる効果があるというのです。
すぐに収まるというわけではない点が面白いところですが、気になるのはそのメカニズムです。長い問、痙攣の原因は汗によって脱水状態になったり、塩分とともに電解質が失われることによるものだとされてきました。しかし、ごく少量のピクルスジュースは全身に水分を補給したり、電解質レベルを正常にするためには不十分です。そもそもジュースが小腸によって吸収されるよりも前に、痙攣を低減する効果は生じているのです。最近、痩撃は疲労、筋損傷、遺伝などのいくつかの要因から生じる「神経筋制御の変化」と関係する現象であるという仮説に注目が集まっています。新しい理論は、痙攣を迅速に抑える方法は提供しないものの、適切なトレーニングとぺースを維持することで発生率を抑えられることを示唆しています。
痙攣については1世紀以上も前に、高温で湿度の高い環境下に置かれている鉱夫や汽船労働者を対象にした研究がおこなわれました。これらの観察結果から、汗で失われた水分と塩分を補給することで痙攣を抑えられるという説が普及しましたが、その効果を実際に証明した比較対照実験はこれまでにありません。トライアスロンの選手を対象にしたケープタウン大学の研究でも、痙攣しがちな選手とそうでない選手の水分と電解質のレベルが、レース前後でほとんど違いがないことが明らかになっています。ブリガムヤング大学の別の研究では、被験者に運動によって体重の3パーセントに相当する汗をかかせたところ、電気刺激による痙攣の発生には違いがありませんでした。神経筋が痙攣の原因だとする理論は、1997年にケープタウン大学の運動生理学者マーティン・シュルナスによって、初めて提案されました。それは、痙攣するのはもっとも激しく使用されている筋肉であることが多いというような、単純な観察結果に基づくものでした。シュルナスは「もしそれが脱水症のような全身性の問題ならば、なぜ全身が痙攣を起こさないのか?」と疑問を呈しています。さらに、運動競技の会場で手当をおこなっているスポーツ医は、痙攣を和らげる最良の方法は、患部を伸ばすことであると知っています。これも、痙攣が全身性ではなく局所性の問題であることを示すヒントになっています。筋肉は神経系によって運ばれる2種類の反射信号のバランスをデリケートに保っています。収縮を誘発する興奮性入力と、弛緩を誘発する抑制性入力です。シュルナスは、運動に関連するいくつかの要因が興奮性入力を増やし、抑制性入力を減らすことで、このバランスが崩されると考えています。これが起きると筋肉は過敏になり、このアンバランスが続くと、筋肉は痙攣するというのです。
このバランスに影響を与えて筋肉を過敏にさせる要因には疲労や筋繊維の破損があり、もっとも酷使している筋肉で痙攣が生じやすいことの説明にもなります。マワス実験では、ピクルスジュースに含まれる酢が、これらの反射信号を変えうることが示唆されています。また、痙攣が遺伝と関係があることを示唆する研究結果もあります。逆に、筋肉を伸ばすことは抑制性の反射を誘発し、多少の痛みはともなうものの、痙攣を終わらせるための効果的な方法だと考えられます。
興味深いことにトライアスリートを対象にしたシュルナスの研究では、痙攣を起こした人は起こさなかった人よりも、レース前に高い目標を設定し、自己ベストに対して相対的に速いペースでレースを進めていたことが明らかになっています。同じくシュルナスの研究(正式には現時点では未発表)は痙攣を起こした人がレース直前の週にハードな練習をおこない、筋肉損傷と関係する酵素の血中濃度を高めていた傾向があることに気づきました。十分にトレーニングし、現実的なゴールを設定し、レース前にしっかりと休養をとることで痙攣を完全に防ぐことはできないにしても、その発生のリスクを減らせます。ただし、まだ科学は痙攣のメカニズムを完全には解明できていません。電解質に富んだバナナを運動の前に食べることが痙攣の防止に効果があると感じているのなら、それを続けてもよいでしょう。まだピクルスジュースを飲んだことがない人は、一度試してみてもよいかもしれませんね。
【まとめ】
痙攣は従来、発汗による電解質の損失が原因だと考えられていたが、最近の研究は、筋肉の疲労に関連する神経の反射作用のバランスが失われることが原因であることを示唆している。
◆筋肉疲労の原因は乳酸ではない?
従来、乳酸は運動における諸悪の根源だと考えられてきました。激しい運動をして「酸素負債(体内で必要な酸素の供給ができない状態)」になったとき、筋肉のエネルギーを枯渇させて動けなくするのも、次の日に筋肉痛になるのも、すべて乳酸のせいだと考えられてきました。少なくとも、運動生理学者は約一世紀にわたってそう信じてきました。
しかし、現在ではこの考えが誤りであることが明らかになっています。実は、乳酸は筋肉痛を生じさせる物質ではなく、筋肉にとって不可欠の燃料だったのです(「乳酸塩」と呼ばれるイオンは生体内にあまねく存在し、プロトンと結合して乳酸を形成します) 。
乳酸神話の起源は、1907年におこなわれた実験遡ります。カエルを用いた実験で、血流を遮断して筋肉に酸素が供給されない状態にしたうえで筋肉に刺激を与えたところ、乳酸が生じました。次に酸素供給がある状態で同じ刺激を与えると、乳酸は消失しました。この実験から酸素のない状態で筋肉を収縮させると乳酸が生産され、その蓄積によって筋肉疲労が生じるという仮説が導かれ、以来、生理学者は数十年にわたってこの仮説に基づいて研究を続けてきたのです。
乳酸=悪者という説にはじめて疑いの目を向けたのは、1970年代、カリフォルニア大学バークレー校のジョージ・ブルックスによる実験です。ブルックスの意見が広く受け入れられるようになったのは、ここ10年以内の出来事です。ブルックスは、乳酸が生産されるのは、酸素が不足したときだけではないことを明らかにしました。実は細胞内にある炭水化物は休息中も乳酸に換えられているのです。この乳酸の約半分は、筋肉収縮の基本的な燃料となるATPにただちに変換されます。ATPに変換されて使用される乳酸の割合は、運動中には75~80パーセントに達します(酸素が不要なため)。残りは血流に入り、心臓へのエネルギー供給、または肝臓によってぶどう糖(筋肉を動かすための別のエネルギー源)に換えられます。どの細胞が乳酸を生産し、消費しているのか、また身体がこのバランスをどう維持しているのかという問題は複雑であり、現在も活発に研究がおこなわれています。ただし、その実用性は明確です。持久力を鍛えているアスリートとトレーニングをしていない人は同程度の乳酸を生み出しますが、アスリートのほうがはるかに効率的にそれを燃料として使えることが明らかになっています。これが、アスリートの血液の乳酸レベルが急激に上昇しない理由です。
運動で、「乳酸性闘値(※)」をわずかに超えないようにすることを目標にするのは良い考えです。ただし、その目的は身体が速く乳酸を消費できるようにすることであり、乳酸によって筋肉が毒されることを避けることではありません。乳酸が犯人ではないとしたら、筋肉に疲労をもたらしているものはいったい何なのでしょう?たとえばコロンビア大学の研究者は、筋肉の収縮力を低減させるカルシウムの漏出が原因であると報告しています。しかし、真犯人を明らかにするためには、まだ多くの謎が残っています。現時点では、疲労をたった一つの要因に結びつけることには無理がありそうです。乳酸は価値の高い燃料ではあるものの、筋肉組織内に酸が増加することによって、筋収縮を妨げ、不快感を生じさせるという可能性は依然として残っています。ただし、運動後、1~2日後に突然生じる筋肉痛を、乳酸の責任にする理由はありません。なぜなら、激しい運動の1時間以内には、血中の乳酸値は標準レベルに戻るからです。
【まとめ】
乳酸は「筋肉に痛みを感じさせる老廃物」ではなく、筋肉にエネルギーを供給する有用な燃料である。
(※)乳酸性闘値とは?
乳酸性闘値の定義とその生理学的なメカニズムについては、まだ科学者の聞で議論が続いています。ただし、基本的な考え方はいたって単純です。ゆっくりとしたペースでランニングやサイクリングをしているとき、体調に問題がなければ、何時間でも継続できると感じます。しかし、徐々にペースを上げていくと、どこかの段階で速度を落とすか止まらざるを得なくなります。このプロセスのどこかに、長くは継続できない状態でエネルギーが燃焼しはじめるポイントがあります。それは、乳酸が血液中に蓄積する比率が劇的に増加するポイントです。乳酸性閲値とはこのポイントを指します。一般的に、この乳酸性関値は約1時間持続できるぺース、および他の生理学的な変化、たとえば、呼吸が激しくなる変化点と対応しています。このため、乳酸性闘値を知るための目安として「トークテスト」が用いられることもあります。この閥値に到達するぺースは、レースでのパフォーマンスやトレーニング内容を判断するうえで効果的な指標になります。アスリートの多くは、定期的に乳酸性関値を測定し、トレーニング成果の判断や練習計画の検討に用いています。長い間、科学の世界では、乳酸は痛みや疲労の原因となる有害な老廃物だと信じられてきました。しかし、これは相関関係と因果関係との混同から導かれた、誤った結論でした。筋肉が「酸素負債(連動に見合う十分な酸素が供給されないため、非効率的なエネルギー燃焼が必要になるときこの状態になると、乳酸が多く生産されます。しかし、実際は乳酸は老廃物ではなく、燃料と呼ぶべきものなのです。ただし、血液の乳酸レベルが上昇する地点を好気的代謝(筋肉に十分な酸素が供給されている状態)から嫌気的代謝(酸素が不足しているために、そのぺースでの運動をいつまでも続けられない状態)への移行地点を把握するための目安として利用できます。乳酸性闇値とは血液中で乳酸が急速に蓄積しはじめる時点(有酸素運動ではなくなる時点)を示し、トレーニングの成果を見るための指標として用いられています。
◆脳は疲労とどのような関係があるか?
現在、スポーツ科学で大きな注目を集めているのは、疲労の原因は何かという問題です。以前、しきりに「悪者」扱いされていた乳酸への注目は薄れはじめ、精神面が持久力に限界を設けているという点についての研究がさかんに行われるようになっています。また、運動中の脇腹の痛みや、その後の筋肉痛や痙攣などの厄介な現象の原因も解明されはじめています。これらを理解しておくことは、運動する人にとってとても重要だといえます。
10キロ走や自転車競技などに参加して、体力の限界に近い状態でゴールした瞬間を思い浮かべてください。息は切れ、心臓は脈打ち、足の感覚は鈍くなっています。身体は火照り、大量の汗が噴き出しています。まるで、身体の燃料がゼロになってしまったようです。こうしたさまざまな現象はすべて、疲労の感覚と結びついています。では、あなたをこれ以上、速く、遠くに進めないようにしている真の「犯人」は何なのでしょうか?科学者はこれまで数十年にわたって、この問いへの答えを探求してきました。しかし、ここ数年で勢いを増している急進的な理論に従えば、その答えは存在しません。なぜなら、問題の立て方が間違っているからです。持久力の限界をテストする研究では、被験者がそれ以上走れなくなるまで(トレッドミルの上にいられなくなるまで)、少しずつトレッドミルのスピードを上げていきます。しかし、現実の競技ではそのような状況になることはありません。人聞は完走することを目指しながら、たえず無意識に速度を調整して走っているからです。トレッドミル上で限界まで速く走る実験では、10キロレースを最大限のスピードで走ろうとするときに何が限界を設けているかはわからないのです。見落とされているのは脳の役割です。南アフリカの研究者ティム・ノークは、運動の限界を規定するのは、足の痛みや心臓の鼓動、肺の収縮などではなく「中央制御室」、すなわち脳であるという考えを主張しています。
脳は、体温、血液内の酸素量、筋肉信号などのデータを体中から集め、過去の経験に基づいて、どれだけ長く運動を続けるべきかを総合的に判断するのです。脳は心臓や他の器官に被害が生じる前に、どの程度、筋肉を動かし続けるべきかを自動的に調節しているのです。ただし、疲労が想像の産物であるというわけではありません。当然、身体には物理的な限界があります。しかし、この「中央制御室」理論に従えば、脳はほとんどの場合、身体が限界に到達する前に運動をやめさせようとしていることになります。この現象をもっとも端的に表しているのが持久系スポーツのラストスパートです。これは、初心者でも世界記録保持者でも同じです。ほとんどの人は、それまでどれだけ辛く感じていたとしても、ゴールが目前に迫ってきたとたんにスピードを上げられるようになります。生理的には何の変化もないのに、フィニッシュラインが視界に入ったとたんに脳がスピードアップを許可するのです。逆に、高温の室内で被験者にエアロバイクのペダルを限界値までこがせると、涼しい室内と比べ、はじめのひとこぎの段階からパフォーマンスは落ちます。被験者は脳の働きにより、無意識のうちに暑い室内での激しい運動を避けようとしているのです。疲労の原因が「周辺機器」なのか「中央制御室」なのかというこの議論は、現在の運動生理学で論争の的になっている最大のテーマの一つです。最終的な結論は出ていませんが、以前と比べて、脳が疲労に関して大きな役割を担っているという認識が一般的になりつつあることは確かです。この脳の働きは無意識に進行するので、人は身体の限界を超えることを意識的には決められません。そして、それはおそらく良いことです。私たちにできることは、どの程度の運動なら危険を冒さずにおこなえるのかを、脳にゆっくりと教えていくことです。たとえば、レースと同じぺースでトレーニングをすると、フィットネスが向上するだけではなく、脳はそのぺースでの生理学的なフィードバックに慣れていきます。「中央制御室」のスイッチを切ることはできませんが、徐々にそれを調整していくことはできるのです。
【まとめ】
運動時に「限界」と感じる時点は、筋肉や心臓、肺の生理学的な限界ではなく、脳による潜在意識のプロセスであることを示す研究結果が増えている。
◆マウスピースの着用でパワーやスピード、柔軟性は向上する?
NBAのスーパースター、マイケル・ジョーダンにはマウスピースは不要です。「ジョーダンがダンクシュートを決めるときに注目すればよくわかります。彼は舌を突き出しているのです」と、カナダ・ノバスコシア州の歯科医アニール・マッカーが述べています。マッカーが開発した「マッカー・ピュア・パワー・マウスピース」は、今ではさまざまなスポーツのプロアスリートにとって不可欠のアイテムです。
(へーそうなんだ・・・)
多くの人はここぞという場面で強く歯を食いしばろうとしますが、ジョーダンのように運動中に舌を突き出すと、必然的にあごが下がり、顔の筋肉を弛緩させられます。マッカーは、マウスピースをつけることで、あごや顔の筋肉をリラックスさせることができると主張しています。NBAのシャキール・オニールからNFLのテレル・オーエンスに至るスター選手の多くもマッカーが開発したこ2000ドルもするマウスピース(初心者向けのモデルでも600ドル )によってパフォーマンスが向上すると公言しています。そのライバルのアンダーアーマー社が製造するマウスピースは、2010年の冬季オリンピックの選手や、アレキサンダー・オベチキンをはじめとする約100人のNHL(ナショナルホッケーリーグ)の選手に愛用されています。
こうした高価なマウスピースを購入する前には、メーカーの宣伝内容の根拠である研究結果を吟味すべきです。これらの宣伝は必ずしも確固とした科学的な裏づけがあるものばかりではないからです。古代ギリシャのアスリートやローマの戦士が革ひもを噛んで競技や闘いに臨んでいたことからもわかるように、あごの位置が身体の他の部分に影響を与えるという考え方は古くから存在しています。麻酔のなかった南北戦争時代、アメリカの兵士たちは手術中の痛みを堪えるために弾丸を噛みしめました。最近では、短距離走者の多くが顔の筋肉をリラックスさせることを意識しながら走っています。映像がスローモーションで再生されるとき、全力疾走中の短距離走者の頬が大きく揺れているのを見たことがある人も多いでしょう。しかし、それがどういうメカニズムでパフォーマンスの向上につながるのかはまだ不確定です。いずれにしても、マッカーアスレチックス社はマウスピースによって姿勢、柔軟性、バランス、パワーが向上すると主張し、ユーザーからは持久力や回復力が向上したという声もあがっています。
アンダーアーマー社は反応時聞が速くなるという点もつけ加えています。これらの主張の根拠を見出すために、マッカーはラトガース大学での研究に出資しました。研究者のショーン・アーレントによっておこなわれたテストでマウスガードを使う接触型スポーツの選手(大学生、プロ)22人を対象にした「二重盲検法」(被験者だけはなく実験者にも実験の性質をわからないようにしておこなう方法)での調査では、すべての被験者は標準的なマウスガードと、マッカーによって最適に調整されたマワスピースを用いて運動テストを行いました。その結果、垂直挑び、30秒間のサイクリングでの最大パワー、10秒間の全力サイクリングでの最大および平均パワーで、わずかにマッカーのマワスピースをつけた選手のパフォーマンスが向上することがわかりました。違いが見られなかったのは、体重と同じ重さのバーベルを用いたベンチプレスの回数のみでした。
これらの結果は、マウスピ-スの効果について確固とした結論を出すには時期尚早だということを示唆しています。ただし、あごの位置と身体のパフォーマンスには一定の関連性があることを示唆する証拠は数多く見つかります。アーレン卜は「今後、マウスピースの効果が科学的に証明され、一部のスポーツで大きな意味をもつものになると確信している」と述べています。
【まとめ】
フィット感の高い特製のマウスピースは、あごをリラックスさせることでパフォーマンスを数パーセント向上させるという研究報告があるが、明確な結論は出ていない。
◆バランスボードやバランスボールの実際の効果は?
最近ではさまざまな形のバランス器具が販売され、他の流行りの運動器具とは違い、実はこれらの器具はたしかな医学的研究をもとにして生まれたものです。バランスボードは、何十年も前から足首の捻挫のリハビリに用いられてきました。いま、バランストレーニング(専用器具を使わないヨガなどを含む)は、ケガの予防や姿勢の矯正に役立つ無数の小さな「スタビライザー」筋肉を強化するとして推奨されています。ダッシュや素早い方向転換が多く求められるコートスポーツでは、そのメリットは明確です。ただし、それ以外のスポーツをする人にとっての効果については、まだ不明な点もあります。
カルガリー大学(理学療法士キャロリン・エメリーら)が高校のバスケットボール選手と体育受講学生1000人以上を対象に、バランスボードを用いたトレーニングの効果を調査したところ、どちらのグループもケガの発生率が低下したことがわかりました。たとえば、バスケットボール選手でバランストレーニングをしたグループの足首のケガの発生率は、しないグループよりも36パーセントも低いものでした。
効果に批判的な意見もあります。その根拠となっているのは、バランストレーニングとケガの発生率増加の関連性を示す二つの研究結果です。その一つ、スウェーデンのサッカー選手221人を対象にした2000年の研究で、膝の靭帯をケガした人がバランストレーニングをしたグループ内に4人いたのに対し、しないグループでは1人だけでした。ただし、この実験は結論を導くにはあまりにも母数が少ないといえます。
もう一つは、オランダとノルウェーのバレーボール選手を対象にした2004年の研究で、膝に問題を抱えている選手のケガの再発率が、バランストレーニングによって増加するという結果が出ました。
オーストラリア、ビクトリア大学の研究者コン・リスモリスは、2007年の論文(『スポーツ・メディスン』に掲載)で、「これらの結果は意外なものであり、注意深く検討すべきである」と述べています。リスモリスは、各種のスポーツを対象にしたバランストレーニングに関する21件の研究を調査し、他の研究ではバランスボードの使用中に被験者に単純な運動のみをおこなわせたのに対し、二つの否定的な結果が出た研究では、ボールを投げる、受けとめるなどの動作をおこなわせている点を指摘しています。リスモリスは、調査対象の21件の研究はバランストレーニングのポジティブな効果を裏づけるものだと述べています。これらの研究は、バランストレーニングが、ジャンプや敏捷性などの他の「神経筋」のトレーニングと同様、サッカー、バスケットボール、バレーボールなどのスポーツでケガのリスクを減らせることを示しています。また、単純なバランスの訓練によって、年配者が転倒するリスクを減らせるという証拠も示されています。ただし、すべての運動を不安定な板やボールの上でおこなうべきというわけではありません。たとえば、バランスボールの上でベンチプレスをすると、安定した状態では持ちあげられる重量を持ちあげられず、効果的な筋力の向上も見込めません。コネチカット大学のサッカー選手を対象にした2007年の研究では、不安定な表面でばかりトレーニングしていると「安定性を得るためには、機動性や筋力を犠牲にしなければならないと考えるアスリートをつくりだす可能性がある」と結論づけています。
最近の研究(『ジャーナル・オブ・ストレングス・アンド・コンディショニング・リサーチ』に掲載)で、フリーウエイトトレーニングの経験が豊富な被験者に不安定な表面(「ボスボール」や「ダイナ・ディスク」などのバランス器具)で運動をさせたところ、安定した表面での場合と同程度しか筋肉が刺激されないという結果が出ました。この研究者は、これはフリーウエイトトレーニングが「スタビライザー」筋肉を向上させるのに十分な効果をもたらしているためだと考えています。結論として導かれるのは、おなじみの答えですが、節度やバランスです。バランストレーニングは膝下のケガ予防や、年配者の転倒防止に役立ちます。しかし、バランス、ボールの上でばかりトレーニングしていると、他のトレーニングがもたらすメリットを逃してしまうことになりかねないのです。
【まとめ】
バランストレーニングは足首や膝のケガの再発防止にきわめて効果的だが、全体的な卜レーニング効果を高めるためには、安定面でのトレーニングと併用すべきである。
◆スポーツゲームは運動の代わりになるか?
2006年に任天堂のゲーム機Wiiが販売されて以来、スポーツゲームの運動効果についてさまざまな研究がおこなわれ、現在ではお堅い学術誌でも大きく取り上げられるようになっています。運動とゲームを組み合わせた「エクサゲーミング」が従来のテレビゲームよりも多くのカロリーを消費する点については、多くの研究者が合意しています。しかし、重要なポイントはそこではありません。問題はスポーツゲームが健康の増進に十分なカロリー消費を可能にするものなのかどうかという点、ゲームをすることで子どもが表に出てスポーツを楽しみたいと思うようになるのか、それともたんにゲームのみで満足してしまうのかという点です。
スポーツゲームは、いくつかの点でスポーツと共通しています。たとえばケガです。2007年には、29歳の男性がWiiのテニスゲームをやりすぎて肩に炎症を起こすという「Wii炎症」の事例が報告されました(『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスンに掲載)。他にも近くにいた子どもが振り回していたコントローラーが頭部にぶつかり外傷を負った8歳の少女の例や、2010年には初となる「Wii骨折」(Wii Fltのバランスボードから落ちて足を骨折した14歳の女の子)の例が医学雑誌に報告されています。記事として取り上げられるべきものもないと思いますが・・・
フィットネス(運動によってつくりあげられた良い健康状態)の向上についてはどうでしょう?運動のエネルギー消費量の比較研究では、「代謝当量」(MET)という単位が用いられます。「1MET」はソファの上で座っているときに消費するエネルギーです。同じ時間テニスをすると、平均で約8倍のエネルギー(8MET)を消費します。
2010年のオンタリオ州ウォータールー大学の学生51人を対象にした研究(『アメリカン・ジャーナル・オブ・ヘルス・ビヘイビア』に掲載)では、従来型のテニスゲーム(任天堂ゲームキューブの「マリオパワーテニス」)のMETは1.2で身体をまったく動かしていない状態とほとんど違いがありませんでした。一方、Wiiスポーツの「テニス」では平均で5.4METのエネルギー消費が見られました。これらの結果は、実際のスポーツと同じく、燃焼されるエネルギーはプレーの激しさによるという従来の研究結果を裏づけるものでした。たとえば、2007年におこなわれた被験者11人を対象にした研究では、wiiテニスのMETは2.5でした。また、2009年の研究(『オベーシティ』に掲載)では、wiiの「ダンスダンスレボリューション」や「ボーリング」のようなアクティブなゲームで消費するエネルギーは軽めのウォーキングに相当するとされています。ゲームでも実際のスポーツと同程度とはいかないまでも、ある程度のエネルギー消費が可能なのです。
アクティブなゲームが子どもの健康を向上させるかどうかという重要な問題については、6~12週間というかなり短い期間で調査をおこなった三つの研究があるのみです。2009年におこなわれた研究(『ペディアトリック』に掲載)では、ゲームによるBMI(体格指数)などへの影響は見出されませんでした。ただし、こうした指数に変化が表れるためには、もっと長い期間の調査が必要だとされています。北米の若者の4分の3は、週に10時間以上をゲームやパソコンに費やしており、その時間を生活のなかで不可欠な時間だと考えているという研究結果があります。この点から考えると、アクティブなゲームが、ゆっくりとした散歩レベルの運動の「擬似行為」であったとしても、まったく身体を動かさないよりはましだといえるでしょう。前述のウォータールー大学での研究を率いたスコット・レザーデイルは、1日に1時間アクティブなゲームをすることで、男性は週に483カロリー、年換算で3.3キロ相当の脂肪を燃焼できると述べています。「基本的には子どもにゲームをさせる場合は、なるべくアクティブなゲームをさせるべきです。ただしゲームが実際のスポーツの代わりになるのかどうかについては、現時点でははっきりとした答えは出ていません」とレザーデイルは述べています。
【まとめ】
アクティブなゲームは従来のゲームより多くのエネルギーを消費するが、運動量はゆっくりとした散歩と同じレベルである。
◆コンプレッションウェアの効果は?
NBAのスター選手がヒジにつけているサポーターから、マラソンランナーが履いている膝下までの靴下まで、最近のエリートアスリートはコンプレッションウェアを多用しています。
コンプレッションウェアが普及しはじめたのは1980年代。当時喧伝されたのは、冷却効果、吸汗性、着心地の良さ、保護効果などですが、対照的に最新のコンプレッションウェアが謳っているのは、腕や足を締めつけることで血流に影響を与え、同時に筋肉への震動を抑えて、持久力向上やパワーアップ、疲労回復に効果があるという点です。
コンプレッションウェアの起源は、血液凝固と循環障害の治療のために何十年にもわたって使用されてきた医療用のレギンスです。これは「段階的な」圧迫作用、つまり、心臓から速く離れた部位である足を強く締めつけることで血液凝固を減らし、心臓に血液を戻す速度を上げるという考えに基づいています。圧迫がアスリートにもたらす明維なメリットには、不慣れな激しい運動をした場合に表れる「遅発性筋肉痛(DOMS)」と呼ばれる筋肉痛からの迅速な回復があります。患部である筋肉のまわりに圧迫帯を身につけることで、腫れを管理しやすくし、血流を向上させ、細胞からすみやかに疲労物質をとり除くと考えられています。ただし、コンプレッションウェアが短距離走や垂直跳びなど瞬発系の動作のパフォーマンスを向上させるかどうかについては、意見の分かれるところです。
コネチカット大学のウィリアム・クラーメルは、1996年の論文で、コンプレッションソックスをはいたバレーボール選手が垂直挑びの記録を向上させたと述べ、その論拠として、コンプレッションウェアによって部位が安定し、不要な筋肉の震動が減少したという仮説を提示しています。最近の研究では矛盾する結果が報告されているものの、この考えはバスケットボール選手がコンプレッションショートパンツを好んではく理由になっています。コンプレッションウェアがランナーや自転車選手の持久力を向上させる理由として考えられるのは、「ふくらはぎの筋肉ポンプ」補助効果です。ふくらはぎの筋肉ポンプは、足を踏み出したりペダルをこいだりするたびに心臓に血液を送り返す動きをします。ふくらはぎを覆うコンプレッションソックスはこのポンプ機能を強化し、筋肉に効率よく酸素を送り込むと考えられています。
セントラルクイーンズランド大学のアーロン・スキャンランによると、コンプレッションソックスによるポンプ機能の向上効果が非常に高いと考えている研究者は多いようです。ただし、この持久力向上の効果については不明瞭な点も存在しています。スキャンランはその理由を様々な形や大きさのふくらはぎをもっ人に同じレベルの圧迫を与えるのが難しいためであると述べています。ランナーと自転車選手を対象としたいくつかの研究では、コンプレッションソックスによるタイムトライアルのパフォーマンスの向上や、筋酸素などの生理学的指標の変化が見出されていますが、同じ条件下での研究が必ずしも同等の結果を示すわけではありません。
2010年のインディアナ大学による研究(米国スポーツ医学会の年次総会で発表)は非常に興味深いものです。28人の被験者にコンプレッションソックスを使用・不使用それぞれの場合で三つの速度で走らせたところ、ランニング効率の平均値やストライドのパターンには違いが出ませんでした。ただし、個々の結果には相違がありました。被験者の4人がランニング効率を著しく増加させ、別の4人は大きく低下させていたのです。面白いのはランニング効率を向上させた被験者は実験前のアンケートで、コンプレッションソックスをはくことでパフォーマンスを向上できると予想していたことです。「コンプレッションウェアの効果には心理的な要素があるのかもしれません」と、この研究をおこなったアビゲイル・レイモンは推測しています。「コンプレッションウェアに良い印象をもち、身につけることが好きなのであれば、実際にパフォーマンスが上がる可能性があります。ただし、その効果は個人によってさまざまなのです」
【まとめ】
コンブレッションウェアが、激しい運動後の筋肉の回復を早めるという研究結果がある。
ただし、パワーや持久力の向上についてはまだ明らかになっていない点が多い。
パフォーマンス向上には心理的な要素も含まれているかもしれない。
◆裸足で走ることにどんなメリットがあるのか?
人は走るために生まれてきた。しかも裸足で。最近の「裸足ランニング」ブームは、2009年にベストセラーとなった書籍『BORN TO RUN 走るために生まれた』(クリストファー・マクドゥーガル著、近藤隆文訳、2010年、日本放送出版協会) や、長距離ランニングが人体の進化を形づくったというハーバード大学の人類学者ダニエル・リーバーマンの主張によって拍車がかかったようです。
裸足ランニングや足裏を保護する機能しかもたない「ミニマリスト」シューズでのランニングの有効性についての生体力学的な研究が始まっており、実際にそれを裏づけるような結果も報告されています。ただし、これらの研究成果は注意深く受けとめる必要があります。最新のランニングシューズがケガの増減に及ぼす影響については、まだはっきりとしていない点が多くあります。オーストラリアでスポーツシューズを研究しているクレイグ リチャーズは、2009年の論文(『ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・スポーツ・メディスン』に掲載)のなかで、最新のランニングシューズがケガを低減させるという明確な証拠は得られていないと述べています。シューズの研究者やメーカーが生体力学研究で得られた結果を誇張しているにすぎないと主張しています。メーカーのデータは着地時に足にかかる衝撃をそれがどのようにケガの低減に結びついているかは不明確であるというのです。2010年、リーバーマンは『ネイチャー』にアメリカ人とケニア人のランナーを比較した研究結果を発表しました。主な結論は二つ。まず、裸足のランナーは足裏の中央または前方で着地し、ランニングシューズを履いたランナーはかかとで着地する傾向があること。第二に、着地時に足にかかる垂直的なインパクトは、裸足よりもシューズのほうが約三倍大きいことです。メディアはこの結果を見て、裸足がシューズよりも「良い」という証明だと騒ぎたてました。しかし、リチャーズはこの研究はケガの発生率との直接的な関係を調べていないために、有用性が低いと述べています。また、2010年前半に大きな話題を呼んだ研究結果があります。バージニア大学のケイシー・ケリガンらはランニングシューズはハイヒールよりも足に悪いと主張したのです。ケリガンらの研究はランニングシューズは裸足よりも腰や膝関節に大きな捻りをもたらすことを明らかにし、このような結論を導きました。しかし、これは少しばかり強引な比較だと見るべきかもしれません。
過去10年、スポーツシューズは間違いなく大きな進化を遂げました。その結果、以前とは異なる意見が支持されるようになっています。たとえば、クッションにさまざまな高機能素材を使うことでケガの究極的な防止になるとはもう考えられていません。「ランニングシューズメーカーは、『ゲル』や『エア』を喧伝するのをもうやめるべきだ」とアシックス顧問を務めるオーストラリアのシューズ研究者、サイモン・バートルドは述べています。この意見が最近のシューズには反映されてきています。ナイキは裸足に近い感覚のベアボーンシューズ「フリー」を販売しはじめ、アシックスは「モーションコントロール」というコンセプトを声高に主張しなくなりました。ただし、さまざまな体形や体格のランナーがすべて裸足ランでメリットを得られるという証拠はありません。それに、アシックスの顧問であるバートルドの主張は多少割り引いて聞くべきでしょう。裸足感覚のランニングシューズ「ファイブフィンガーズ」の販売元であるビブラムはリーバーマンの研究に出資していますし、ケリガンとリチャーズはミニマリストシューズを製造販売する会社の創設者なのです。もちろん最新の裸足ラン研究に価値がないわけではありません。それどころか、これらの研究はランニングのメカニズムについての貴重な知見を与えてくれるものであり、ケガに見舞われがちなランナーが裸足(または裸足に近いシューズ)を適切に用いることでメリットを得られるかもしれないことを示唆しています。裸足ランを試してみたい人は、まず5分間ほど芝の上を走り、徐々に時間を増やしていくとよいでしょう。ただし、はっきりさせておくべき点があります。それは「裸足ランニングがケガのリスクを低減させるという説は、いまのところ証明されていない」ということです。
【まとめ】
裸足でのランニングでは、シューズを履いているときとは異なる足の動きや負荷が生じる。裸足ランとケガの低減を関連づける証拠はまだ得られていない。
◆スポーツごとに専用のシューズを履くべきか?
1980年代、バスケットボールのスーパースター、マイケル・ジョーダンと映画監督のスパイク・リーが登場するナイキのスポーツシューズ「エアジョーダン」のコマーシャルが流行しました。当時の子どもたちは、スパイク・リーが「秘密はシューズなんだろ!」と叫ぶ印象的なシーンを見て、シューズには魔法のような効果があるに違いないと考えたものでした。
シューズメーカーは数十年にわたり、スポーツシューズが足の動きに与える影響や膝への負荷について研究し、快適で耐久性と機能性に優れたシューズの開発に多額の投資をしてきました。その結果としてスポーツシューズは間違いな進歩を遂げました。しかし、スポースシューズに本当に宣伝どおりの効果があるのでしょうか?
各種のスポーツにおいて専用シューズを履くことのもっとも明白なメリットは、摩擦が得られることです。芝の上でプレーするサッカーのようなスポーツでは、シューズの裏にあるスパイクが‘ダッシュやストップ、方向変換にきわめて大きな効果をもたらしています。シューズの底面の摩擦は、ウエイトトレーニング時など、一般的には靴底の機能があまり意味をもたないと思われている局面でも効果を発揮します。2007年の研究では、よくグリップの利くシューズを履くことで、少ないエネルギーで重たいウエイトを持ちあげられることが明らかになっています。テニスやバスケットボールのようなコートスポーツも、それぞれに固有の負荷が靴底にかかります。2008年の研究(『アメリカン・ジャーナル・オブ・スポーツ・メディスン』掲載)では、ジャンプや急激な方向転換時に靴底にかかる圧力は、直線を走る場合の二倍であるとされています。コートシューズの構造では、こうした横の動きで生じる圧力が考慮されています。
一方、ランニングシューズは、踵からつま先へと力を伝える構造になっています。ランニングシューズを履いてコートスポーツをすると、思うような動きができないのはこのためです。スポーツ用に一足だけシューズを買うのであれば、自分にとって一番重要な種目に合ったものを選ぶようにしましょう。シューズがもたらすケガの予防効果についてはどうでしょう?この点については、科学ではまだ明らかになっていないことが多くあります。たとえば、足首までの位置を保護する「ハイトップ」と呼ばれるバスケットボールシューズでさえも、足首のケガの予防効果は完全には証明されていないのです。ハイトップシューズが足首を安定させ、その可動域を制限する点については多くの証拠があります。しかし2008年の調査(証憑べースの医療調査をおこなう非営利の独立研究機構コクラン共同計画が実施)では、バスケットボールシューズの種類とケガの発生率の聞には明確な関連性は見出されませんでした。
この問題はランニングシューズでも論争の的になっています。バスケットボールシューズと同じように、ランニングシューズが着地時に身体に伝わる衝撃をどのように変化させるかについても数多くの研究がおこなわれています。しかし、どのような種類のランニングシューズがケガの発生率を低下させるか(あるいは増加させるか)については、まだはっきりとした答えは出ていません。バンクーバーのアラン・マクギャピン・スポーツ医学センターの研究者たちは、毎年6万人が参加する10キロレース「バンクバー・サン・ラン」のトレーニングクリニックを通じて、過去20年にわたる、数千人の市民ランナーのトレーニング内容を調査してきました。2010年のバンクーバー冬季オリンピックで医療担当チーフを務めた同研究のジャック・タウントンはこう述べています。「ランナーのケガは一定の割合で生じていますが、ここ数年のシューズの進歩により、シューズが主因のケガの割合は低下しています」。タウントンは、男性はシューズを使用しはじめて4か月以上、女性は6か月以上経過すると、ケガが増加することを明らかにしています。一般的に男性のほうが体重が重く、シューズを早く消耗させることが原因だと考えられています。
2010年にタウントンが足の形にもとづいてランナーに各種のシューズ(「ニュートラル型」「安定型」「モーションコントロール型」など)を与え、13週間にわたって追跡調査をしたところ、ケガの発生率に低減は見られませんでした。むしろ、重たい「モーションコントロール型」のシューズを処方されたランナーは、ランダムにシューズを割り当てられたランナーよりもケガの発生率が高まりました。明確になりつつあるのは、各メーカーが売り込むさまざまなランニングシューズは、現在のところ大きな差を生み出していないということです。2009年のテキサス大学の研究(『ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・スポーツ・メディスン』に掲載)によれば、約320キロメートル以上使用されたランニングシューズで、「エア」「ゲル」「スプリング」式の各クッションがパフォーマンスに与える影響を調べたところ、これらのクッションの聞に明確な違いは示されませんでした。それでも、走るのであれば、どのタイプのランニングシューズであれ、テニスシューズやバスケットボールシューズよりもはるかに快適に走れることは間違いありません。ただし、最近は「裸足で走る」という選択肢も生まれはじめています。
【まとめ】
シューズを履くことでパフォーマンスは向上するが、どのタイプのシューズがケガを低減させるかについて明確な証拠は得られていない。
◆エリプティカルトレーナーはランニングと同じ効果がある?
米国スポーツ用品メーカー協会によれば、2007年にエリプティカルトレーナー(楕円軌道マシン)を使ったアメリカ人は2300万人以上で、2000年から3倍も増加しています。
エリプティカルトレーナーとはジムで目にする、下図のような運動器具です。
カナダでも足に衝撃がかかりにくいこの擬似ジョギングマシンの人気が高まっています。しかしエリプティカルでどの程度の負荷の運動をおこなえるのか、本当に怪我を低減できるのかについては、科学的には議論の余地を残しています。この点について、二つの代表的な研究が2005年におこなわれています。一番目は、トレッドミルとエリプティカルを使って、被験者に「きつい」と感じるレベルで運動をさせたアメリカのスクラントン大学での研究です。その結果、被験者の心拍数とエネルギー消費量は卜レッドミルのほうが大きくなりました。これは、被験者が卜レッドミル上を走っているときに、無意識的に、より激しく運動したことを示唆しています。一方、アイダホ大学の研究では、同一の心拍数になるようにエリプティカル、トレッドミル、エアロバイクで運動をさせた被験者が、エリプティカルを使っているときにもっとも楽だと感じていることがわかりました。その後も、この議論に決着をつけるような調査結果は出ておらず、トレッドミルとエリプティカルでの運動には、それほど大きな違いはないことを示唆しています。
アイルランドの研究では多くの人にとって気になる話題である、フィットネスと減量との関連について調査しています(『ジャーナル・オブ・スポーツ・メディスン・アンド・フィジカル・フィットネス』に掲載)。女性24人を三つのグループに分け、エリプティカル、トレッドミル、階段の昇降運動による12週間のフィットネスプログラムをおこなわせたところ、すべてのグループで同程度の心肺機能の向上と体脂肪率の減少が見られ、これらの運動のカロリー消費に大差はないことが示されました。ただし、明確な違いもあります。ウエスタン・ワシントン大学のスポーツ科学者キヤスリーン・クヌッツェンは、エリプティカルマシンのペダルに測定器(床反力計)を乗せて足にかかる負荷を測定しました。その結果、被験者が足の動きを速くした場合でも、足にかかる負荷はウォーキングと同レベルで、ランニングの三分の一でした。「同じ動作を繰り返すことによって生じるRSI(反復運動過多損傷)などの症状を抱えている人にとっては、エリプティカルは大いに役立つでしょう」とクヌッツェンは述べています。
エリプティカルでは足の動きが制限されるため、ランニングのように自由に筋肉を動かせません。この違いは、パーベルを用いるフリーウエイ卜と自分の体重を用いる自重トレーニングとの違いに似ています。エリプティカルは過度のトレーニングでケガをしたランナーにとっては筋肉のわずかに異なる部分を用いてトレーニングができるという大きなメリットがあるものの、ランニングの完全な代用品にはならないということです。エリプティカルではアームハンドルを用いた上半身運動も可能です。ただし研究によれば、多くの人はアームハンドルを主にバランスをとるために使っています。フロリダ州、バリー大学の研究(コンスタンス・マイヤーら)は、基本的にアームハンドルはカロリー消費量や想定努力率(運動をしているという意識)を高めるものの、心拍数には大きな違いをもたらさないことを明らかにしました。ただし足と腕を同時に動かすことによって、運動を長時間継続しやすくなる効果があることもわかっています。エリプティカルによる運動は大きなフィットネス効果があります。しかし、エクササイズでは日常的な身体の動きを意識することも大切です。限定されたエリプティカルでの動作は日常的なものとはいえないため、ウォーキングやランニング、サイクリングなどの運動と組み合わせるとよいでしょう。「毎日同じような動作ばかりをせず、さまざまな運動を組み合わせることが大切です」とクヌッツェンも述べています。
【まとめ】
工リプティカルマシンではランニングやサイクリングと同等の低いインパクトの有酸素運動をおこなえるが、「機能的な」筋肉を鍛えることには向いていない。
◆卜レッドミルと屋外ランニングとの違いは?
トレッドミル(ベルトコンベアーの上を走る器具)の上を走ることは、パン焼き機でパンを焼くことに似ています。本物志向の人は、機械任せではパン作りの真髄を味わえないといいます。一方、実用性を重んじる人は、パン焼き機は便利であり、味も手作りのものと大差ないといいます。同じようにトレッドミルにも、このマシンに批判的な人も認めざるをえない利点があります。屋内で使えるので快適な温度調整ができる、足場が良い、ペース調整が可能といった点です(テレビを見ながら走れるのも重要なポイントかもしれません) 。
しかし、これらのメリットは、トレッドミルでのランニングが屋外でのランニングとまったく同じ筋肉を使う運動であることを意味しません。春先の屋外レースに向けて冬の間中トレッドミルでトレーニングをしている人にとっては、気になる点でしょう。これは決定的な答えのないとても難しい問題で30年以上も研究がおこなわれており、大きく二つに意見が分かれています。トレッドミルは身体の中心を動かさず足を前後に動かしているだけなのでランニングとは根本的に別物という意見と、トレッドミルが一定のスピードで動くものであるかぎり、空気抵抗がないことを除けば実際のランニングと実質的には同じであるという意見です。
この問題を解くため、バージニア大学は2008年に測定器具を備えた特殊なトレッドミルと高速カメラを使ってランナーの関節の動きと衝撃を調べました(『メディスン・アンド・サイエンス・イン・スポーツ・アンド・エクササイズ』に掲載)。その結果、膝の動く方向やピーク時の負荷などにおいて統計上に有意な違いがあることがわかりましたが、全体としてはトレッドミルの生体力学は屋外ランニングにかなり近いものであると結論づけられています。ランニングコーチの多くも、経験から同様の結論を導いています。「両者には違いがありますが、とても小さなものです」と25年以上にわたってオリンピック選手や市民ランナーを指導してきたトロントの長距離走コーチ、ピーター・ピムは述べています。彼は、トレッドミルに1パーセントの傾斜を設定し、空気抵抗のなさを補う工夫をしています。ピムはトレッドミルの大きな長所として、着地面の柔らかきを挙げています。「膝への負荷が少ないため、関節に問題を抱えている人は、路上よりも多くのトレーニングが可能です」。それはトレッドミルの最大の弱点であるといえるかもしれません。冬の問中トレッドミルの上ばかり走っていると、屋外ランニングと同程度の負荷が筋肉にかからない場合があります。ピムは、トレッドミルのみで練習していた人がいきなりロードレースに出場すると、レースの前半に筋肉の痛みや張りを感じることがある述べています。
ロンドンの足装具士(ぺドーシストと呼ばれる、アスリート用のシューズや足の不自由な人向けの足底装具の専門家)のコリン・ドムブロスキ(オンタリオのファウラー・ケ、ネディ・スポーツ・メディスン・クリニック所属)のコリン・ドムブロスキによれば、卜レッドミルランナーがいきなり草地でのランニングやトレイルラン(舗装路以外の山野でのランニング)をした場合も同じです。平坦な着地面上のみを走るトレッドミルでは、起伏のある場所で姿勢を安定させるための筋肉を発達させにくいのです。
いずれにしても重要なことは双方のバランスです。トレッドミルに過度に頼らないようにしましょう。天候条件のために何か月も屋内でしかトレーニングできないのなら、10キロレースに参加するときには、屋外を数回ランニングして身体を慣らすとよいでしょう。
【まとめ】
トレッドミルで屋外ランニングとほぼ同等の効果を得られるが、屋外の固い路面に慣れるには時聞がかかるため、レース前に屋外ランニングで身体を慣らすことが大切。トレッドミルの傾斜を0.5~1度に設定することで、風の抵抗と同等の負荷が得られる。
◆トレッドミルの傾斜と負荷の関係
トレッドミルには空気抵抗がないため、屋外を走る場合よりもわずかに負荷が少なくなります。1マイル(約1.6キロ)7分のペースで走る場合、トレッドミルに角度を1度つけると、屋外ランニングと同等のエネルギー負荷がかかります。1マイル9分以下のペースの場合は、0.5度の角度で屋外と同等の負荷が得られます。
◆空気が悪い場所での運動は避けるべきか?
当然ながら、都市部の汚染された空気は身体に良いものではありません。運動をするならなおさらです。一度に吸い込む空気の量が増えることと、口呼吸が多くなることでフィルターの役割をする鼻腔を通らずに直接体内に多くの汚染された空気が取り込まれることが要因です。
光化学スモッグ警報が発令された場合や、汚染レベルがもっとも高くなる朝や夕方のラッシュアワー時は、屋外での激しい運動には慎重になるべきです。それでも、注意深く時間帯と場所を選ぶことで、健康的で安全な運動をおこなえます。大気汚染のレベルが高い場所での運動では、汚染物質が含まれた空気を吸引することで、気道に悪影響が生じ、発作的な咳や呼吸困難などの症状が表れます。しかし、現代の医学では、これらはより大きな問題の一部にすぎないとの見方が広がっています。
トロント大学の専門家(大学病院UHNのぜんそく・気道センターでディレクターを務めるケン・チャップマン)は「体内の血液はすべて、酸素を得るために肺を循環します。肺が炎症を起こすと、その炎症シグナルは全身に伝達されます」と述べています。その結果、汚染が激しい日には、脳卒中や心臓発作などの重大な症状が発生する確率が高まります。交通量が多い場所では、問題が増加します。
オーストラリアでの最近の研究では、被験者に4車線のハイウェイ沿いにジョギングさせたところ、わずか20分後に血液内の揮発性有機化合物(ガソリンに含まれる成分)が高いレベルに達しました。ただし、2006年の研究(吸入毒性の学術誌「インハレーション・トキシコロジー」に掲載)によれば、被験者が幹線道路から離れた位置で運動をおこなった場合、汚染の影響を受けるレベルは大きく低下します。幹線道路から200メートル弱ほど離れただけで、排気ガスによる汚染物質のレベルは4分の1以下に下がるのです。また、近隣に樹木が多い場合は、大きな保護効果が見られます。このため、道路から離れた位置にある、並木のある川沿いの自転車道の汚染レベルは、幹線道路沿いの自転車専用車線よりも劇的に低くなります。徒歩や自転車で通勤している人は、汚染レベルが高いときには自家用車やパスを使ったほうがよいと考えるかもしれません。しかし、それがつねに正しい選択であるとは限りません。
2001年のデンマーク・コペンハーゲンでの研究では、車と自転車で市内の同じルートを移動した場合のそれぞれの汚染レベルを測定しました。その結果、自転車で移動した被験者のほうが長時間路上にいて深く空気を吸引していたことを考癒しても、車で移動した被験者が車内で汚染された空気を吸い込むことのほうが、人体によくない影響を与えることが明らかになりました。
一方、2007年にアイルランドでおこなわれた、パスと自転車を対象とした同様の比較研究では、パスの車内のほうが空気の汚染レベルはひどかったものの、深く激しい呼吸をする自転車のほうが健康によくない影響を与えることが示唆されています。
このように研究によって結果が異なると、どの手段で通勤すべきか少々混乱してしまいます。ヒントを与えてくれるのが、オランダ・ユトレヒト大学での研究です。同大学では、車通勤から自転車通勤に切り替えた多数の人びとを対象にすることで、汚染レベルが比較的高い地域での車と自転車での通勤が健康に及ぼす影響を総合的に捉えようとしました。その結果、自転車通勤で汚染物質を吸い込むことで、平均で0.8~40日寿命が短くなることがわかりました。交通事故の可能性を含めると、これに5~9日間が加えられます。ただし、運動による健康状態の向上によって、寿命は3~14カ月長くなります。プラスマイナスで考えれば、自転車通勤のほうが健康に良いといえるのです。
このように長期的な視点に立てば、運動によって汚染された空気を多く吸い込んでしまうことを我慢する価値があるようにも思われます。ただし、この問題を、白か黒かという問題としてとらえる必要はありません。答えは、うまく妥協点を見つけることです。交通量の多い道や時間帯を避けたり、ランニングや自転車の速度を少し落とすだけで、大気汚染の悪影響を減らしつつ、運動を楽しめるのです。
【まとめ】
激しい呼吸をすると汚染された空気を多く取り込んでしまう。ただし早朝の交通量が少ない時間帯に運動をしたり、交通量の多い道路から数百メートル離れることで、取り込む汚染物質の量を大きく減らせる。
◆トレーニングの効果はどのくらい続けると生まれるか?
まず、嬉しいことに、トレーニングを開始してほんの数時間後に、身体は強く、健康になりはじめます。ただし「シックスパック」と呼ばれるような割れた腹筋がほしいと考えているのなら、少しばかり辛抱強くならなければいけません。
ウエイ卜トレーニングを数回おこなうと、脳は強い力を生み出すために、多くの筋繊維を同時に収縮させようとしはじめます。この「神経の目覚め」は、わずか数回の運動の後に生じます。筋肉が目立って大きくなるよりもずっと前から、力は強くなり始めるのです。
さらに、本格的なトレーニングをすれば、2週間後には筋肉中の個々の筋繊維が大きくなりはじめます。ただし、見た目にはっきりとわかるくらい身体が変化するには、時聞がかかります。脂肪組成と筋肉組成の変化は、通常は約9週間のトレーニングをしなければ、高度な機器を使ってもその変化は検出できません。
2010年の東京大学の研究によると、トレーニング開始2ケ月後に力の強さがもっとも向上し、三か月後に筋肉量の最大の増加が見られましたが、被験者が週に4回のかなり激しい運動をおこなっていた点を割り引かなくてはいけません。トレーニングの効果は開始日から出ますが、一般人がジムに通って彫刻のような見映えのする身体をつくろうとすれば、少なくとも6ケ月はかかるのが普通です。
体重の増減の予測はさらに難しくなります。体重は運動を始めたときの健康状態や病歴、運動経験、遺伝的要素、食習慣、運動の程度などに影響を受けます。減量に大きな効果があるのは有酸素運動です。筋力トレーニングと同じく、体形の変化がはっきりと自覚できるまでには時聞がかかりますが、そのずっと前に、健康状態や運動能力が大きく向上しはじめます。有酸素運動をすると、
「細胞内の発電所」と呼ばれるミトコンドリアが増えます。ミトコンドリアは筋肉内で酸素をエネルギーに変える働きをし、その数が増えるほど、速く、遠くまで走れるようになり、脂肪も燃焼しやすくなります。
約6週間のトレーニングで、ミトコンドリアの数が1.5倍から2倍も増加することが明らかになっています。健康状態は、わずか一回の有酸素運動の直後から改善しはじめます。運動の約四八時間後には、筋肉は血糖値を下げるためにいつもより多くのぶどう糖を消化するようになります。数回の運動後には、血糖値を効率よくコントロールするために、インスリン感受性(インスリンによる血糖値の低下などの効果)が改善しはじめます。
結論としては、体形をはっきりと変えるためには、数か月から数年の長い期聞が必要です。ただし運動の開始直後には、体内でさまざまな良いプロセスが始まります。体つきに変化が起きなくてやる気を保ちにくいと感じているのなら、それらの効果を得るためにはそれ相応の時聞が必要であることを思い出しましょう。
【まとめ】
筋肉の変化が見た目にはっきりとわかるまでには少なくとも3ケ月(9週間)のハードなトレーニングが必要です。そして、同じく持久力の大きな向上のためには少なくとも6週間のトレーニングが必要です。ただし、健康状態と運動能力は、細胞レベルではトレーニング開始から数日後に向上し始めます。
◆健康のためにはどの程度の運動をすればいいのか?
これは専門家の聞でも大きく意見が分かれている問題です。しかし、実は科学的にはかなりはっきりとした答えが出ています。意見が分かれているのは、それをどう世間に伝えるべきかという点なのです。ここ数十年の研究によって、以下の二つがきわめて明確な事実として認識されるようになりました。
①ごくわずかな運動でも健康に良い効果をもたらす(10分程度の運動でもよい)
② 運動をすればするほどその効果は高まる。
問題は、1番目の真実(わずかな運動でも効果がある)の実践ですら難しく感じている人に、2番目の真実(すればするほど効果がある)をどう伝えればよいか、という点です。
北米に住む大半の人が、ごくわずかな運動も困難だと感じています。2008年の調査(米国疾病管理予防センターによる)によれば、アメリカ人の4分の1が過去1か月間まったく運動をしておらず、
半数以下が、国民の健康向上のために政府が推奨している「週に5回、30分間の中程度の運動」という目標(「ヘルシーピープル2001」で指定)に届いていませんでした。カナダでも、週に4回、30分間の中程度の運動という政府目標を満たしていたのは、国民のわずか3分の1でした。
やはり、運動するのが好きという人はマイノリティーな訳です・・・。
国民の健康という観点から一番重要になるのは、運動習慣がまったくない人が、わずかでも運動を
するようになることです。50~71歳の25万人の男女を対象にした追跡調査(米国立保健研究機構による)によれば、意外にも、もっとも健康状態が向上するのは「運動する習慣がまったくない人が少しだけ運動をしはじめた場合」でした。
どうです?やる気が少しでてきましたか(笑)
国が定めたエクササイズのガイドラインは満たしていなくても若干の運動習慣がある人は、まったく運動習慣がない人よりも死亡率が30パーセント低く、さらに、中程度の運動の回数を増やすと、死のリスクは8パーセント、強めの運動を加えると12パーセント低下します。つまり、週に5回、約30分間、ほどほどの強度の運動をおこない、そのうち3回に約20分間の強めの運動を
入れると、あらゆる死因のリスクを半減できることになります。
ここまでは、何も問題ありません。しかし、政府のガイドラインが定める基準以上の運動をした場合に何が起きるのかを考えるとき、専門家の意見は分かれます。運動をすればするほど効果が上がると主張する科学者(ローレンスバークレー国立研究所の研究者ポール・ウィリアムズ)もいます。
11万人のランナーを対象に、各人のランニングの距離、速度、練習回数が健康状態に及ぼす影響を追跡調査した研究(1991年以来、ワィリアムズらが実施する「米国ランナー健康研究」) では、大量の被験者を通して有酸素運動と健康の間に、「用量反応(作用に対する人体の反応)」の関係があることが明らかになっています。これは、数多く激しく運動をするほど、より効果が得られるということを意味します。
この研究は、基準以上の運動を行うことで、糖原病や脳卒中、心臓発作などの代表的な死因から、緑内障、白内障、黄斑変性などの、実にさまざまな疾患によるリスクを約70パーセント減らせることを示しています。どの効果にも、被験者が毎日走る平均的な距離と速度が関連していました。たとえば毎日1.5キロほど多く走ると、緑内障になるリスクが8パーセント下がります。10キロ走で毎秒1メートル速く走ると(いつも10キロを53分で走る人が、40分で走る速さ)、心臓発作の
発症リスクが約50パーセント低下します。
ただし、過剰なトレーニングは免疫システムの働きを低下させる場合があることも事実です。栄養と睡眠が不足していると、さらにその危険は高まります。また、きわめて激しい練習を毎日何時間もおこなうエリートアスリートは、「オーバートレーニング症候群」=(過度の運動により疲労状態から抜けられなくなること)に悩まされることもあります。過度の運動がもたらす、こうした症状は、
健康になろうとして頑張りすぎ、青い顔をして走っているランナーだけではなく、あらゆる有酸素運動をおこなう人に当てはまるのです。
【まとめ】
週に5回、30分の運動(10分間程度でも)であらゆる死因リスク減らすことができる。運動の量を増やせば効果はさらに高まる。
◆有酸素運動と筋卜レ、どちらを先にすればいいか?
一流の重量挙げ選手と、一流のマラソンランナーの能力を兼ね備えている人はいません。毎日何時間も激しいランニングをしている人は、隆々とした筋肉を身につけにくくなり、毎日何時間も重たいパーベルを持ちあげている人は、長距離走などで求められる持久力を向上させにくくなります。アスリートの多くは、有酸素運動によって持久力を高めつつ筋肉も維持したいと考えており、これは運動を楽しむ一般人でも同じです。例えばプロバスケットボール選手は、瞬発力や身体の強さを必要としますが、同時にコートを40~60分間、激しく動きまわるための持久力も必要です。
カナダのサイモン・プレイザー大学でバスケットボールチームの筋力・フィジカルコンディションのコーチを務め、数々のオリンピック選手のスピードコンサルタントとしても知られるデレク・ハンセンは、エアロ(有酸素運動)とワエイト(筋力トレーニング)を効率よく組み合わせることが、その答えだと述べています。ハンセンは、バスケットボール選手に対しては「基本的にウエイトトレーニングやジャンプ、短距離、ダッシュをおこなったら、翌日は有酸素運動をさせることにしている」と述べています。一回のトレーニングセッションでウエイトトレーニングと有酸素運動を組み合わせる場合は、まずウエイトを先におこないます。バスケットボール選手には、どちらかといえば持久力よりも筋力の強さが求められるためです。
エアロとウエイトのうち、重要なほうのトレーニングを先におこなうというアプローチは、エリートアスリートの間でも広く採用されはじめています。最近まで、科学はこれを単なる便宜的な問題だととらえていました。たとえば、トレッドミルであまりにも疲れてしまえば、重たいパーベルを持ちあげることができなくなるので、結果として筋肉をつけにくくなるといった考えです。しかし最新の研究手法によって、種類の異なる運動の後に、どのような種類のタンパク質が筋肉内に生じるのかが解明されはじめました。筋肉を肥大させるための細胞内の作用は、持久力を強化するために用いられるのと同じ「マスタースイッチ」、すなわちAMPキナーゼと呼ばれる酵素によって部分的に決定されることもわかったのです。このスイッチはエアロとウエイトの両方を「オン」にすることはできないということです。つまり、このスイッチはオンになる際に、「筋肉を大きくする」か「持久力を高める」かのどちらかに照準を合わせます。そしてスイッチは、瞬時には切り替えられません。運動のはじめに有酸素運動をするか筋力トレーニングをするかで、どちらにスイッチが入るかが決まります。
「自分にとって重要なほうから始めるべき」というのが、エアロかウエイトかという問いへの答えです。夏に海辺でたくましい身体を披露したいのなら、ウエイトトレーニングから始めましょう。数週間後に控えた5キロレースの準備をしているのなら、有酸素運動をすべて終わらせてから、最後にウエイトトレーニングをしましょう。どちらも同じくらい重要だという人には、「毎日のセッションで、順番を入れ替えながら効果的に組み合わせていく」というハンセンのアドバイスが有益です。ハンセンは、この二つをうまく組み合わせ、練習メニューに変化を与えることで、身体機能や新陳代謝などに良い刺激が与えられるとも述べています。
【まとめ】
自分にとって重要なほうを先に行う。両方とも同じくらい重要な場合は、その日に鍛えたいほうから始める。
◆1週間に7分間の運動でも、効果があるの?
ここ数年、学界(米国スポーツ医学会の年次会議)でも、「高負荷インターバルトレーニング」(HIT)という短時間の運動による効果が大きな話題になっているようです。HITの支持者は、週にわずか7分間の強めのインターバル・トレーニングによって、従来の持久力トレーニングで得られるのと同程度のメリットが得られると述べています。カナダの運動生理学者マーティン・ギパラらによって興味深い実験がおこなわれました。30秒間できるかぎり激しくエア口バイクをこぎ、4分間休憩。この4~6回の繰り返しを1セットとして、週に3回被験者に行わせたところ、運動能力、筋肉の新陳代謝、心肺の状態に、週に5回、1日1時間の運動をした場合と同等の効果が見られた。
最近の研究(カナダ、グルフ大学のジェイソン・タラニアンらの研究)では、筋肉や心臓に血液を送る主動脈の機能を、HITによって一般的な有酸素運動のトレーニングと同じくらい向上させられることがわかっています。また、脂肪も燃焼しやすくなり、その状態が日常生活での軽い運動で持続することも明らかになっています。こうした結果は、これまで何十年もの問、ピークパフォーマンスのためにインターバルトレーニングを活用してきたランニング、水泳、自転車のエリートアスリートにとってはとくに目新しいものではないでしょう。
たとえば、1954年にはじめて1マイル4分の壁を破った英国のロジャー・パニスターの主な練習メニューが、60秒の全力疾走と2分間の休憩を10セット繰り返すインターバルトレーニングだったことはよく知られています。医学生だったパニスターは、1日のなかでトレーニングに使える時聞が昼休みの30分に限られていたため、このような練習メニューを考案しました。「HITは持久力トレーニングのすべてのメリットをもたらす万能薬ではありませんが、トレーニングの苦しみを味わう時聞を短く済ませる方法だといえます」とギパラは述べています。
HITがもたらす効果をさらに細かく調べるための研究も始まっています。西オンタリオ大学による実験では、被験者を30秒のスプリント走を3~6回、4分間の休憩を挟んでおこなうグループと、1度に連続して30~60分走るグループに分け、それぞれ週に3回のトレーニングを6週間おこなわせたところ、両グループの持久力の向上と脂肪の減少はほぼ同じでした。ただし、持久力向上の原因は違いました。長距離を走ったグループでは、心臓が送り出す血液量が増えたことが主な原因であったのに対し、HITのグループでは、血液から酸素を摂取する能力が、筋肉の強化によって改善したことが原因でした。
心臓と筋肉の強化はどちらも重要であるため、トレーニングをHITのみにするのは好ましくないといえます。有酸素運動とウエイトトレーニングをバランス良く組み合わせるのと同じように、HITと持久力トレーニングを併用すべきでしょう。また、高負荷の運動は危険をともなうと考えられています。運動習慣のない人や高齢者は、HITをおこなう前に医者の診断を受けるべきです。ただし、癌や心臓疾患など、身体にリスクを抱えた人でも、HITトレーニングによるメリットを得られるという研究結果もあります。(ブリティッシュ・コロンビア大学のダレン・ワオーバートンら)
しかし、良いことばかりではありません。数分で一時間と同じ運動効果を得るためには、それだけ激しく運動しなければならないのです。短くきつい運動をとるか、長くても軽めの運動をとるか、それは各人の好みしだいです。全力での運動は快適なものではありませんが、ともかくすぐに終わることだけは間違いありません。
【参考】
HITを取り入れるうえで指針になるのは、「短い時間の運動は、効果を得るために激しくおこなわなくてはならない」という考え方です。ある研究者(マックマスター大学のマーティン・ギバラ) は、「心地良い領域を超えた、きつめの運動が必要である」と述べています。
HITに興味のある人は、まず週に一、二回程度から始めてみましょう。
◆初心者:
運動習慣がなく、近所を散歩するだけで息が切れてしまうような人は、まずは、電柱から電柱までの距離を少し速めに歩くことから始めましょう。 ごくわずかではありますが、これでもHITの効果を得られます。電柱に着いたらまた速度を落とし、息が回復したらまた早歩きをします。これを繰り返します。
◆標準的な人:
1分間激しく運動をおこない、1~2分間休憩します。 (速度を落とすか、完全に運動をやめる)。これを10回繰り返します。これは中級者から上級者が有酸素運動をおこなう場合の基本となる運動です。
◆時間のない人:
30秒の全力での工ア口バイク、4分休憩をとり4~6回繰り返します(ギパラがおこなった実験)。これは、HITの効果を得られるもっとも短い運動です。
しかし、このような激しい運動を実験室以外の場所でおこなうことは簡単ではありません。それなりの経験と自己管理能力がある人(あるいは自分に罰を与える能力がある人)向きの方法だといえます。
自分に罰を与える能力って・・・(笑)
運動をおこなう前には、少なくとも5~10分間の準備運動をおこなってくださいね。
【まとめ】
「高負荷インターバルトレーニング」(HIT)と呼ばれる短時間の運動によって、長時間の運動と同等の効果が得られることがわかっているが、短期間で効果を得るためには強度の高い運動か必要となる。
◆運動をすると心臓発作が起きやすくなる?
2008年のベルリンマラソン。スタートからわずか数キロ地点で、カナダのダニー・カサップ選手が心臓発作で倒れました。幸いにも、観客の一人がその場で心肺蘇生をおこなってくれたおかげで、25歳のスター選手の命は救われました。
しかし、そのような幸運は、その数週間後に倒れた19歳のプロアイスホッケー選手、アレクセイ・チェレパノフには訪れませんでした。ロシアで開催されていたコンチネンタルホッケー・リーグの試合中に心臓発作に襲われた若きホープは、そのまま息を引きとりました。
並はずれた健康体の持ち主であるはずのアスリートの運動中の突然死。こうしたニュースを耳にすると、私たちはランニングシューズの紐を結ぶたびに、命を危険にさらしているのではないかという不安にかられます。チェレパノフの死後、在籍する若手プレーヤーと入団予定選手への厳格な健康診断を義務づけました。ただし、このような予防処置が心臓発作防止に大きな効果があるかどうかについては、いまのところ明確な答えは出ていません。
この問題の第一人者であるコネチカット州ハートフォード病院の心臓病専門医ポール・トンプソンは、運動の最中には致命的な心臓発作が生じる可能性が確実に高まると述べています。しかし、60分間運動をしている聞に高まる心臓発作のリスクは、運動がもたらす健康効果によって相殺できるともいえます。米国心臓学会は、毎日1時間の運動によって、残りの23時間で心臓発作に襲われるリスクが約50パーセント低下することを明らかにしています。
実際には、若いアスリートの運動中の突然死は、「人聞が犬に噛みつく」くらい稀にしか発生しません。それでも、こうした痛ましい事件は、スポーツを楽しむ一般人の心からなかなか離れてくれません。トロント大学の疫学者ドナルド・レデルメイヤーは、300万人以上のマラソンランナーを対象に、レース中に発生する心臓発作の確率を調べました。その結果、有酸素運動を100万時間おこなった場合、心臓発作で死亡するのは約二人ということがわかりました。平均的な45歳の男性が、平常時に心臓発作で死亡する確率と大差はありません。
また、確率から見た場合、マラソン大会の開催のための交通規制で防げる交通事故の死者数は、大会で突然死するランナーの倍近くになるという研究結果もあります。(英国医師会雑誌『BMJ』に掲載された2007年の研究)。もちろん、いくらこうした統計的な数字があるからといって、自分の命が危険にさらされるかもしれないという不安を拭いさることは簡単ではありません。運動中の心臓発作を防止するための調査も多数おこなわれています。
トンプソンがスポーツ中に突然死した人びとを検死したところ、その90%が以前から心臓になんらかの異常をもっていたことがわかりました。しかし、これらの異常を診断によって事前に特定することは有効とはいえません。なぜなら、これらの異常はとても一般的なものだからです。健康なスポーツ選手の心臓の約10パーセントは、心電図に異常値を表示します。さらに細かい診断をおこなうと、小さな異常が発見されるようになり、偽陽性(陰性であるにもかかわらず、誤って陽性の結果が出ること)の確率も高まります。レデルメイヤーもこれと同じ見解を示しています。前述のアイスホッケーリーグでの健康診断のような検査を現実的に有効なものにするには、相当に診断の精度を高くし、かつ費用を抑える必要があります。それが実現できなければ、その診断にかける人員や費用を、レース中に発生した心臓発作の対応に充てるほうが賢明です。心臓発作はごくまれにしか発生せず、またその事前の特定がきわめて難しいからです。ベルリンマラソンで一命をとりとめたカサップの場合も、倒れた原因はウイルス性の心筋炎(心臓の炎症)で、これは事前の診断では予測できない類のものでした。
【まとめ】
有酸素運動中に心臓を原因とする死亡事故が生じるのは、平均すると100万時間にわずか2回。そのうち94パーセントは、運動と関係なく存在する心臓の異常に起因している。運動をしないことで、むしろ心臓を原因とする死のリスクが高まる。
◆運動すべきでない暑さは、どれくらいか?
暑さは運動に適していないだけではなく、命の危険にもつながります。アメリカでは毎年のように、猛暑下での厳しいトレーニングの最中に突然倒れ、命を失うフットボール選手のニュースを耳にします。1960年以来、128人の高校、大学、プロのフットボール選手の尊い命が炎天下での練習中に失われました。
暑さによる危険を避ける基本的な方法としては、水分を十分に補給する、一日のうちで、最も涼しい時間帯に運動をする、直射日光を避ける、練習時間を短くする、練習強度を低くする、休憩を多めに入れる、などが挙げられます。しかし、このような方法を十分に意識すべきなのは、暑さがどの程度になった場合なのでしょうか?
それは、健康状態や運動する場所しだいです。太っていたり、体調がよくなかったり、水分が不足している場合は熱中症になりやすくなります。温暖な地域に住んでいる人は、熱帯地域に住んでいる人よりも、突然の暑さに見舞われた場合のリスクが高まります。ただし、人間の身体は気温の高い場所では激しい運動をしないように自動的に調整する機能をもっています。
ケープタウン大学による実験で、気温35度で被験者に20キロの自転車運動をさせたところ、被験者の脳からは、体温の上昇前の段階で、足の筋肉の動きを普段よりも抑えるための信号が出ていることがわかりました。これは高い気温に適応するための、無意識的な反応です。この研究のリーダー、ロス・タッカーは、「暑いなかで運動を始めると、すぐにペースはいつもより遅くなります。一分も経たないうちに人は無意識にペースを落とそうとするのです」と述べています。
それでも、突然の気候の変化で猛暑が訪れたとき、人は限界を超えて頑張ろうとする傾向があります。2010年、ミネソタ州のツインシティマラソンのメディカルディレクター、ウィリアム・ロパーツは、酷暑によって大量の犠牲者が出た最近のマラソンレース、8大会の分析結果を発表しました。これらの大会では、熱中症で大量のランナーが倒れました。現地の医療施設の対応が混乱し、応急処置の対応に大きな遅れが生じたほどです。ただし、これらのレースの大部分は、米国スポーツ医学会のガイドラインでは問題ない天候下でおこなわれていたのです。問題はレースが、ボストン、シカゴ、ロンドン、ロッテルダム、ロチェスター、ニューヨークのような、毎年数か月以外はすべて比較的寒冷な気候の北部の都市でおこなわれていたということでした。
スタート時点の「湿球黒球温度」(気温、湿度、太陽輻射を考慮した、酷暑の環境下での行動にともなうリスクの度合いを判断するための尺度)が、比較的程度の軽い「注意」(「ほぼ安全」と「警戒」の中間)に相当する21度であったレースにおいでさえも、大量の熱中症が発生してしまったのです。これらのレースはすべて、ランナーが暑さに慣れている真夏ではなく、春または秋におこなわれていました。つまり、重要なのは気温そのものではなく、相対的な条件です。気温が高いかどうかよりも、選手がどれだけ暑さに慣れているか(あるいは準備をしているか)のほうが重要なのです。
【まとめ】
気温が21度以上の環境での長時間の激しい運動には注意が必要。暑さに慣れるまでには、10日~2週間の期間が必要である。
◆スポーツに向いているかどうかは遺伝子によって決まる?
2008年、コロラド州のアトラススポーツ・ジェネティクス社が、「スポーツジェーン」と呼ばれる遺伝子テストの提供を開始しました。我が子のスポーツ選手としての才能が遺伝的にわかると知り、同社には熱心な親が全米から大勢訪れました。テキサス州から来た母親は次のようにコメントしています。「結果はとても役立ちました。テスト結果をもとに、息子にはもって生まれた才能に合ったスポーツをさせています」
テスト料は169ドル。対象となるのはACTN3と呼ばれる遺伝子です。2003年に始まったオーストラリアでの研究によれば、この遺伝子を調べることで、その人に向いているスポーツが持久力系のものか、スプリント・パワー系のものか、またはこの二つの組み合わせなのかがわかるとされています。テスト結果が本当に有益なものであるかはともかく(実際、その有効性については大いに議論の余地を残しています)、まだ幼稚園にも通っていないような幼い子どもから、大きくなったらどんなスポーツ選手になりたいかという夢を奪うのは、良い考えだとはいえませんね。それでも、遺伝子によってある程度向いているスポーツが決められているかもしれないという考えを、完全に否定することは困難です。
7か国、85,000人以上の双子を対象にした2006年の研究によれば、人の運動習慣の約62パーセントに遺伝的要因が関連しています。これは、家系による性格的要因の影響が大きいと考えられています。生活をうまく自己管理できる人はより多くの運動をする傾向があり、不安や抑うつを感じている人は日常的に運動をする比率が低くなります。激しい運動後に分泌されるドーパミン(これによって心地良さを感じる)の量などの生理学的な違いも関係するとされています。遺伝的に体重を減らしやすかったり、筋肉をつけやすい体質の人も、運動をする傾向が高まります。これらの結果は、運動向きの人とそうでない人が、ある程度遺伝的に決定されることを示しています。
しかしここ数年、興味深い動きがありました。こうした「運動遺伝子」の研究は暗礁に乗り上げてしまったのです。数千人規模の人々を対象にした運動についての行動を予測する遺伝子の塩基配列の研究がいくつもおこなわれました。その結果、運動向きかどうかに影響すると思われる塩基配列は、たしかに発見されはしましたが、そのような塩基配列は、一つではなかったのです。
2600人のオランダとアメリカの成人を対象とした2009年の研究では、運動に関連するDNA領域が新たに37も明らかになっています。つまり、運動にまつわるすべてに影響するたった一つの運動遺伝子というものは存在しません。何百もの遺伝子が組み合わさって、様々な側面に影響を及ぼしているのです。すべての遺伝子がスポーツ向きの人も、スポーツに不向きの人もいません。たとえば、体質的に減量が難しい人でも、精神的・身体的に優れている他の遺伝的特徴があるといえます。
運動の向き不向きは遺伝子によって決められないという結果を示す研究は、2009年にもおこなわれています。1950~76年に兵役に従事した120万のスウェーデン人の男性を対象にして、身体的健康と知性の相関が調査されました。そのなかには6294人の双子がいたため、遺伝的な特徴と後天的な特徴の区別に役立ちました。脳が急速に発達する15歳から18歳の聞に有酸素運動で身体機能を向上させた人は認知テストの成績が良く、その後の教育レベルも高いという結果、が示されました。ただし重要なのは、被験者間の違いの80パーセント以上が環境要因によって説明できる点です(遺伝的要因は15パーセント以下です)
つまり遺伝子は、たしかに私たちの運動のさまざまな側面に部分的に影響していますが、日常的に運動をするかどうかの選択は、あくまでも私たち次第ということです。運動する気が起きないのDNAのせいにしていた人は、新しい言い訳を考えはじめたほうがよさそうですね。
【まとめ】
運動能力や運動への趣向の違いはさまざまな遺伝子が影響している。ただし最近の研究は、その80パーセント以上が遺伝子ではなく環境に起因することを示している。
◆運動の効果はどれくらいで薄れはじめるのか?
運動によっていったん向上した健康レベルを維持するのは、それを得ることよりも簡単であることが多くの研究結果で明らかになっています。旅行中や試験前、仕事が忙しいときなどにいつものように運動ができなくても、わずかな運動をするだけで、苦労して手に入れたフィットネス(運動によってつくりあげられた良い健康状態)を失わずにすむのです。ただし、その期間には限度があります。デンマークの研究は、運動の量を減らしてから2~3週間後に、インスリン感受性と脂肪の燃焼能力が減少しはじめることを示しています。
忙しい現代人は、運動する時間をつねにひねり出せるとは限りません。そこで気になるのが、フィットネス(運動によってつくりあげられた良い健康状態)が目立って低下しはじめるまでの期間です。「デトレーニング」と呼ばれるフィットネス低下のメカニズムは、驚くほど複雑です。運動によって強化された筋肉、心臓、新陳代謝の機能は、それぞれ異なる比率で低下していくからです。持久力は運動をしなくても約2週間は維持できますが、4週間以上経過すると運動を始める前の状態に限りなく近づきます。とくに、運動を始めて聞もない人の場合、この低下は速くなります。逆に長期間にわたって運動をしてきた人がもつ大きな心臓や発達した毛細血管などは、数か月間にわたって持続する傾向があります。運動する時聞がない場合の、フィットネス維持のための良い方法を紹介しましょう。1980年代の研究によって、週当たりの運動の回数と時間を減らしても、運動の強度を同程度またはいつも以上にすることで、フィットネスを維持できることが明らかになっています。週に6回のトレーニングを習慣にしていた人は、週に2回、強めの運動をすることによって、心臓の大きさや酸素摂取力のような主なフィットネスの指数を維持できます。これは、高負荷インターバルトレーニング(HIT)で用いられている戦略と似ています。筋力トレーニングをしばらく休むことで、数週間にわたって、瞬発力の筋力が向上する場合もあります。これは、筋肉に休養が与えられ腱が発達するためです。ただし、その効果がいつまでも続くわけではありません。
東京大学の研究では、三か月の集中的なトレーニングをおこなった被験者の筋肉は、1か月の休養後にトレーニング開始前の状態に戻りました。ただし、トレーニングによって向上した神経筋は数か月間維持されました。有酸素運動と同じく、いったん発達させた筋力を維持することは、一から作りあげるよりもはるかに容易です。忙しいときも、短時聞でもかまわないので、できるだけ運動をする時聞をつくるようにしましょう。
【まとめ】
フィットネス(運動によってつくりあげられた良い健康状態)はトレーニングをしなくても約2週間は維持できるが、それ以上経過すると大きく低下する。ただし激しい運動をわずかでも行うことで、より長くフィットネスを維持できるようになる。