気温32度。
湿度90%。
ミャンマー北部亜熱帯の森。
アジア最後の秘境と呼ばれるこの密林の奥に天をついてそびえる氷の山があるという。
ミャンマー最高峰カカボラジ。
軍事政権の時代長い間近づく事さえ許されなかった。
謎に包まれたこの山に去年日本人の登山家が挑んだ。
カカボラジがあるのは中国インドとの国境地帯。
麓には240キロの道のりを歩いていかなければたどりつけない。
そこはジャングル。
人に襲いかかる生き物が待ち受けていた。
いや〜すごいな。
いや〜ようやく見えましたよ本当。
切り立った岩壁に囲まれたカカボラジの頂。
これまで誰も登った事のないルートから山頂を目指した。
しかし亜熱帯の高山には登ってみなければ分からない危険が潜んでいた。
落石落石!うわ〜!灼熱のジャングルから凍てつく氷の山へ。
幻の山に挑んだ2か月間の冒険を記録した。
ミャンマーの玄関口…去年9月3人の日本人登山家がこの町を訪れた。
カカボラジは長い間外国人の立ち入りが制限されてきた。
しかし民主化を進めるミャンマー政府から18年ぶりに登山の許可が下りたのだ。
リーダーは倉岡裕之さん。
ヒマラヤから南極まで秘境と呼ばれる場所に挑んできた。
一緒に登るメンバーは若手の中島健郎さん。
そして平出和也さん。
いずれも世界を舞台に活躍するクライマーだ。
カカボラジは78年前にイギリス人が初めて探検して以来登られたのは僅か1回。
エベレストでさえ年間300人以上が登る今日なお謎に包まれている。
カカボラジがあるのはミャンマー最北部のカチン州。
飛行機で行けるのはプタオという町まで。
そこから先はベースキャンプまで谷伝いに240キロの道のりを歩いていかなければならない。
そして標高5,881メートルの山頂を目指す。
全行程2か月の過酷な冒険だ。
9月12日登山隊はヤンゴンを出発。
カチン州に近づくにつれ眼下の景色は変わっていった。
カチン州のプタオに到着した。
3人はここで思いも寄らない知らせを聞いた。
ミャンマー人による初の登山隊が結成され彼らより一足早くカカボラジに向かっていた。
しかも登山隊8名のうち頂上に向かった2名の隊員が行方不明になっているというのだ。
カカボラジは極めて複雑な地形に加え亜熱帯に位置するため登るのには独特の難しさがあるという。
行方不明の知らせが届いてまだ3日。
捜索は始まったばかりだ。
先行したミャンマー隊の遭難。
これがこの後彼らにも影響を与える事になる。
9月15日。
カカボラジのベースキャンプまで240キロのキャラバンが始まった。
到着は3週間後の10月5日を予定した。
雨期とはいえ晴れると強い日ざしが照りつける。
倉岡さん!気温は30度以上になった。
沿道ではさまざまな生き物に出会った。
水辺に群がっているのは亜熱帯に生息するガの仲間。
色とりどりのチョウも姿を見せる。
ミャンマー北部の国境地帯はこれまで動植物の研究者がほとんど調査に入っていない。
花びらが幾重にも重なったユリ科の植物。
今回初めてミャンマーでその姿が確認された。
これはランの仲間。
木の上に根を張り花をつけている。
知られざる動植物が頂への道を彩っていた。
(雨の音)出発から5日目雨期特有の激しい雨に見舞われた。
小川からあふれ出した水で山道はすっかり姿を消してしまった。
雨の森は湿度が90%以上にもなる。
蒸れる雨がっぱは着ていられない。
荷物を運ぶポーターは地元の人々。
一人およそ20キロの荷物を担ぐ。
ふだんは農業を営む彼らにとってポーターの仕事は初めての経験だ。
雨の中招かれざる生き物が忍び寄ってきた。
雨が降ると活発に動き出し人の体温などを感じて接近してくる。
いつの間にか肌に取りつき血を吸う。
うわっ!出発から6日目。
ラボ村にさしかかった。
民族衣装を着た村人の歓迎を受けた。
この村に暮らすのはラワン族やリス族という少数民族。
カカボラジに挑む登山隊を歌でもてなしてくれた。
(拍手)まさかこんな所でっていう感じでしたけど。
サプライズ。
山岳民族の彼らにとってカカボラジは聖なる山。
しかし意外な事に山そのものの姿を見た事がないという。
もし山の姿や山頂からの眺めが撮影できたら見てみたいと期待された。
出発から1週間目の朝。
一行にトラブルが起きた。
ポーターたちが今日は休みたいと言いだしたのだ。
代わりのポーターを探したが人が集まらない。
ミャンマー人登山隊の捜索のため沿道の村々の住民が一斉に動員されていたからだ。
結局この日はキャラバンを中止せざるをえなかった。
彼らの国だし土地だしそういう所に入るんで外から来た僕たちは彼らのリズムに合わせるしかないですけど。
今後まだまだ長いですからちょっと不安な気持ちですね。
今回登山隊は10月中にカカボラジに登頂する計画を立てていた。
10月は雨期と乾期の変わり目。
この1か月が唯一山の天候が安定すると考えたからだ。
これを過ぎると雪が降り登頂は困難になる。
この時点で遅れは3日。
今後もトラブルが続けば限られた登頂のタイミングを逃しかねない。
遅れを取り戻そうと先を急ぐ登山隊。
しかし険しい道に阻まれた。
竹とツルで作られた粗末なつり橋。
下は濁流。
橋が落ちたらほかに道はない。
1人ずつゆっくり渡るため全員が渡り終えるのに優に1時間以上かかる。
プタオを出発して20日目。
最後の村タフンダンに到着した。
村は騒然としていた。
ミャンマー人登山隊捜索の最前線基地になっていたのだ。
捜索は地上と空から大がかりに行われた。
雲に包まれた険しい尾根。
そして不気味に口を開けた氷河。
3週間たった今も行方はつかめていなかった。
この村には山に入る前に是非会っておきたかった人が住んでいた。
ナンマー・ジャンセンさんは1996年に一度だけ成功したカカボラジ登頂のメンバーだ。
一緒に登った尾崎隆さんが亡くなった今ナンマー・ジャンセンさんはカカボラジの頂を知るただ一人の存在だ。
温暖化の影響でナンマー・ジャンセンさんが登った頃に比べ氷河が解け雪崩の危険性が高まっているという。
タフンダンから先はベースキャンプまで一気に登っていく事になる。
道は更に険しくなった。
ひたすらジャングルをくぐり抜ける事28日目の朝。
その瞬間は突然訪れた。
(中島)お〜ほんまや!
(中島)お〜!見えた!見えたついに。
ジャングルの上はるか頭上にカカボラジはそびえていた。
この天気で最初に見れてすごいいいです。
いや〜すごいな。
いやようやく見えましたよ本当。
かっこいいですねでも本当。
快晴の中くっきりと姿を見せるカカボラジ。
雨期は9月末に終わり乾期に入っていた。
10月は山の天候が安定するという読みは当たったようだ。
つい2時間前まではジャングル歩いてましたからね。
苔むしたジャングルの中からいきなり飛び出たって感じですけど。
こんな変わりようはなかなかないですね。
10月12日ベースキャンプに着いた。
到着は1週間遅れた。
長かった〜。
こんな長いキャラバン初めてですね。
ベースキャンプは標高4,000メートルに作られた。
雪を抱いたカカボラジの山頂。
尾根と谷が想像以上に複雑に入り組んでいた。
間近に見て初めて分かった特徴もあった。
晴れていても山肌から盛んに雲が発生している。
日中山肌の湿った空気が暖められて雲になり瞬く間に山を包みこんでいた。
「鳥が羽で包みこむ山」という名前の由来が理解できた。
(雪崩の音)更に谷からは絶え間なく雪崩も発生していた。
(雪崩の音)一体どこから登ればいいのか。
これまで山頂に挑んだルートは2つ。
1つは初登頂した尾崎さんが選んだ山頂の左側の尾根から登るもの。
そしてもう一つが遭難したミャンマー隊が登ったとされるルート。
いずれも谷を通っている。
谷の上部にはいつ崩れてもおかしくない巨大な氷の塊がせり出し雪崩の危険性が高かった。
倉岡さんが新たに考えたのは大きく迂回して雪崩の危険が少ない谷を登るルート。
山頂まではおよそ2キロ半にわたって尾根をたどっていく。
しかしこのルートにも気がかりな点があった。
尾根の途中に登山隊がゴジラの背と名付けた岩の峰がある。
のこぎりの歯のような岩を渡る事ができるのか。
登山隊はゴジラの背を越せるのか調べるためルート探索に出発した。
過去に誰も登った事がないルート。
何が待ち受けているか分からない。
岩場のある上部からは強い風が吹き降ろしてくる。
その瞬間だった。
おっでけえ。
あ〜ラク!ラク!ラク!強風にあおられ崩れた石が突然落ちてくる。
直撃されたらひとたまりもない。
登山隊は切り立つゴジラの背の下に着いた。
目の前に高さ30メートルの凍った滝が現れた。
両手のピッケルがなかなか氷に刺さらない。
氷にねじ込んでいるのはロープを通すためのハーケン。
足場のもろさに悩まされた。
落石落石!
(平出)うわ〜。
は〜い。
足…。
大丈夫だよ。
ようやくゴジラの背の尾根に近づいてきた。
(歓声)やった〜!ゴジラの背の裏側は雪の平原だった。
こちらへ回れば鋭い岩の上を通らなくても済む。
このまま進み正面の斜面を登れば山頂に向かえそうだ。
このルートから山頂を目指す事に決めた。
一旦ベースキャンプに戻った登山隊。
次はいよいよ山頂へ向かう。
しかし倉岡さんには一つ気がかりな点が残っていた。
ルートに選んだ山頂へ向かう尾根。
山頂近くに1か所だけ手前の尾根がかぶっているためどうしても見えない場所があった。
そこがどうなっているかは現場に行ってみなければ分からない。
まあ登れるだろうという気持ちが結構6割ぐらい占めてて今は。
でもそれは分からないんで。
それ100になったら山はつまんないんで。
万が一悪かった時にはもうその場でアウトになる可能性があって時間がすごいかかる。
あと危険度も増すと思います。
そこが不安なとこですかね。
カカボラジの天候は今のところ安定している。
このまま登頂日まで雪が降らないでいてくれればいいが…。
10月21日登山隊は最後まで同行してくれた地元のポーターたちに見送られベースキャンプを後にした。
山頂までは3日間の予定。
1日目は前回試したルートでゴジラの背の下側まで登る。
標高5,000メートルでキャンプを張った。
2日目は更に標高5,400メートルのキャンプ2まで登る。
そして3日目尾根をたどり山頂を目指す。
2日目キャンプ1を出た登山隊はゴジラの背の裏側に広がる平原を進んでいた。
雪の斜面を登れば尾根の上に出る。
うわ〜お!気温氷点下10度。
尾根の雪は固く締まって安定している。
このまま雪の尾根が続けば問題はなさそうだ。
正午過ぎ標高5,400メートル地点に到達した。
ミャンマーからはるかヒマラヤを望む壮大なパノラマが広がった。
中国・雲南省の山々が見渡せる。
そしてかなたに望めたのはヒマラヤ山脈の東端ナムチャバルワだ。
3日目登頂予定日。
いや〜こんないい天気。
一番いいんじゃない?これ逃したらないっていうぐらいのいい天気なんでねいや頑張りますよ。
午前6時いよいよ山頂への挑戦が始まった。
尾根伝いに山頂を目指す登山隊の前に鋭くとがった岩の峰が現れた。
岩の上をまっすぐは越せない。
側面の岩壁に張り付いた。
岩の間にたまった僅かな雪にピッケルを刺し体を支える。
岩の峰をなんとか突破した登山隊の前に初めて目指すゴールが姿を見せた。
ピラミッドのように天をつく頂。
カカボラジの山頂だ。
しかしここから尾根はだんだん狭くなりしまいにはナイフのようになった。
突然先頭の倉岡さんが歩みを止めた。
標高5,670メートル。
山頂まで直線距離で700メートルの地点だ。
ここから左に下がった部分は手前の尾根に隠れて下からは状況が確認できなかった所。
倉岡さんが気にしていたあの場所だ。
山頂までつながっていると期待していた尾根は深い谷で隔てられていた。
ルートを求め切れ落ちた尾根から谷に下りていった。
気が付くと天候も崩れだしていた。
更に下りてルートを探す。
右側は完全に…。
(平出)右側も切れてるね。
この先で尾根は完全に途切れ断崖になっていた。
天候は吹雪に。
視界は完全に閉ざされた。
登山隊はやむなく登頂を断念した。
翌日登山隊がベースキャンプへ戻ってきた。
お疲れさまです。
お疲れさまです。
どうもお疲れさまです。
ありがとうございます。
はあ〜。
お疲れさまです。
どうもありがとうございます。
うん…。
ふう〜。
持てる全ての力を出し切ったんですけど山頂には届かなかった。
もうすぐってとこで…。
下から見ると本当もうすぐなんですけどね。
悔しいですね。
山頂まで標高差210メートル。
あと一歩のところだった。
ベースキャンプも雪に覆われた。
唯一の登山チャンスだと見定めていた時期は足早に幕を閉じた。
鳥が羽で包みこむ山という名のとおりカカボラジは再び深い雲に覆われてしまった。
やっぱり頂上に立たないと全部クリアした訳じゃないんで。
裏側も全然見えてませんし。
ちょっと見ましたけど。
東側とかも見てない。
幻…まだまだ幻。
まだまだそのカカボラジっていう名前のとおりのベールに包まれた状態は今後も続くんじゃないかなと。
灼熱のジャングルから氷の山へ。
2か月に及んだアジア最後の秘境への挑戦。
準備を重ね技術の限りを尽くして目指した頂。
それでもたどりつけない世界があった。
幻の山カカボラジ。
謎のベールに包まれたまま再び密林の奥に消えていった。
2015/04/11(土) 21:00〜21:50
NHK総合1・神戸
NHKスペシャル「幻の山 カカボラジ〜アジア最後の秘境を行く〜」[字]
アジア最後の秘境ミャンマー。亜熱帯のジャングルの奧に氷に覆われたカカボラジ(5881メートル)がそびえる。謎に包まれた幻の山に挑んだ男たちの過酷な冒険を追った。
詳細情報
番組内容
アジア最後の秘境といわれるミャンマー、亜熱帯の密林。その奧に天を突いてそびえる山があるという。カカボラジ(標高5881メートル)。謎に包まれた幻の山の登頂に日本人クライマーが挑んだ。毒蛇や吸血ヒルがうごめくジャングルを歩くこと240キロ。ようやく目にしたのは想像を絶する剣が峰だった…。灼熱のジャングルから氷の山へ。過酷な自然に体当たりした2か月間の冒険を追った。
出演者
【出演】登山家…倉岡裕之,平出和也,中島健郎,【語り】松重豊,【声】樫井笙人,園部啓一,宗矢樹頼,逢坂力
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
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