目撃!日本列島「“釜石は負げねぇ”〜復興をラグビーに託して〜」 2015.04.12


切符一枚一枚に込められた思いが私たちの旅を楽しくしてくれているのかもしれませんね。
ありがとうございます。
岩手県と釜石市。
(歓声)4年後日本で開催されるラグビーのワールドカップ。
その開催都市の一つに選ばれた岩手県釜石市。
この町で長年人々に愛されてきたラグビーチームがある。
チームは震災で悲しみに打ちひしがれた人や困難に直面する人々を勇気づけてきた。
よし!よし!よし!よし!いけ〜!いけ〜!ラグビーで心を一に再び前に進もうとする釜石の人たちを見つめた。
岩手県北上山地の山あいを縫うように広がる釜石市。
日本最古の製鉄所とともに栄えてきた鉄の町だ。
津波で大きな被害を受けた地域ではかさ上げ工事が続いている。
町の姿が見えるのは4年後。
暮らしの再建にめどが立たず多くの人が町を後にした。
震災後人口は1割以上減少した。
この現状に危機感を募らせる人がいる。
濱登寿雄さん46歳。
町の衰退を食い止めるために大きな期待を寄せているのがラグビーチーム釜石シーウェイブスだ。
(観客)釜石!釜石!釜石!釜石の名を全国にとどろかせた…7年連続日本一の金字塔を打ち立てた。
東北出身の無名の選手たちが都会の強豪チームを打ち負かす姿は北の鉄人とたたえられたその活躍は当時鉄冷えによる苦境にあえいでいた釜石の人々を勇気づけた。
チームは新日鐵の合理化で14年前クラブチームとして再出発した。
ほかのチームに比べ限られた資金の中選手の補強もままならず成績は低迷。
現在トップリーグの下位にあたる地域リーグに甘んじていた。
新日鐵に憧れ地元の高校でラグビーに明け暮れた濱登さん。
ずっとチームを応援してきた。
復興への歩みが遅く人々が希望を見いだせない中町をラグビーで元気づけたいと考えている。
そんな思いを強くしたのは4年前の震災がきっかけだった。
濱登さんは津波で両親と妻そして1歳になる娘を亡くした。
勤めていた医療機関は全壊。
自宅も失った。
残された2人の娘とこの先どう生きていけばよいのか途方に暮れた。
誰とも会おうとせず一人悲しみに暮れていた。
そんな濱登さんの枕元にある日娘がそっと置いた新聞。
救援物資を運び町の人の役に立とうとするシーウェイブスの選手の姿があった。
勝とうな。
勝とう。
絶対に勝とう。
いくぞ!
(選手たち)はい!震災の痛手で存続が危ぶまれているチームのために何かできないか。
濱登さんは試合の案内係など自らボランティアを買って出た。
いいゲームだったよ。
いやいや本当に…。
チームのために心を砕く事で濱登さんは悲しみのどん底からはい上がろうとしていた。
シーウェイブスが試合をする会場にはいつも地元の応援団の姿がある。
メンバーの一人土肥守さん。
ひときわ大きな歌声でチームを励ましている。
土肥さんは12年前に釜石の病院に赴任。
赤字に苦しむ病院の改革を任されていた。
当時チームは大企業の看板を失うという逆境に直面。
土肥さんはひたむきにプレーをする選手たちの姿を自らに重ねた。
そういう感じですよね。
更にチームへの思いを深めたのが震災だった。
電気やガスが途絶える中次々と運ばれてくる重篤な患者。
1か月近く病院に泊まり込み不眠不休で働いた。
震災から2か月憔悴しきった土肥さんが外に出て目に飛び込んできたのが練習を再開させた選手たちの姿だった。
町の人たちからの期待を背負いながらもチームは結果を出せずにいた。
その中でひときわ強い思いを胸にグラウンドに立つ男がいた。
伊藤剛臣選手43歳。
日本代表として出場した試合数は歴代4位。
日本のラグビー界を背負ってきた。
3年前名門神戸製鋼から戦力外通告を受け自ら選んだのが釜石だった。
伊藤選手の持ち味はどんな相手にも決して当たり負けしない事。
自ら体を張ったプレーで勝利から遠ざかったチームに闘争心をかきたてた。
ちょっとさおい。
おいみんな聞いてくれや。
アンディが最後1人になったやんけ。
そんな簡単にボール出ないぞ。
かつて伊藤選手が新日鐵釜石から学んだものがある。
勝利に対する執着心。
若い選手に身をもって伝えたいと考えていた。
まあいろんな価値観があると思うんですが…練習でも一つ一つのプレーに熱を込めた。
町の人たちが立ち上がった。
濱登さんたちはかねてから壮大な計画を練っていた。
4年後に日本で開催されるラグビーワールドカップの誘致。
全国12か所で行われる試合会場の一つに名乗りを上げようというのだ。
大会を誘致できれば新しいスタジアムを核に道路やインフラの建設が進み復興が加速する。
町ににぎわいが取り戻せると見ている。
町の人たちから幅広い賛同を得なければ誘致は成功しない。
濱登さんたちは住民のもとに出向きワールドカップを開催する事が復興につながると説明して回った。
仮設住宅で暮らす高齢者にも理解を求めた。
(観客)釜石!
(観客)釜石!釜石!今シーズンチームは町の人々の期待に応えるかのように目覚ましい快進撃を続けた。
その中心には常に伊藤選手の姿があった。
チーム結成以来初めてトップリーグへの昇格戦に駒を進める事ができた。
OK!
(拍手)
(歓声)
(観客)釜石サンキュー!サンキューサンキュー!
(観客)こっからぞこっからぞ毎試合!
(観客)次あるぞ!次があるぞ!チームの勝利とともに町のラグビー熱も次第に高まってきた。
土肥さんたち応援団もグラウンドに駆けつけた。
昇格戦の1週間前チームに衝撃が走った。
(取材者)こんにちは。
失礼します。
伊藤選手が練習中に大けがを負ったのだ。
出場は絶望的。
全ての思いを仲間に託した。
(ホイッスル)ラストワンラストワン!トップリーグへの昇格を懸けた大一番。
(観客)釜石!釜石!釜石!釜石!相手は有望な選手を数多く擁する大企業のチーム。
負ける事は許されなかった。
(観客)釜石〜!勝ちにいくぞ〜!釜石から大勢の市民がバスで応援に駆けつけた。
(ホイッスル)試合開始から一方的に相手に押し込まれた。
得点を許し大きくリードを奪われた。
その時市民が動き出した。
グラウンドに釜石の応援歌が響き渡った。
釜石は負けない。
応援歌には震災後鎮魂の思いを込めた歌詞が加えられていた。
もう一回!
(観客)釜石!釜石!釜石!釜石!試合終了間際。
(歓声)選手たちは決して諦める事なく攻め続けた。
よしよし…よし!よし!いけ!いけ!
(歓声)つなげろ!つなげろ〜!つなげろ〜!うわ〜…。
(場内アナウンス)ノーサイドです。
80分間の激闘が終わりました。
(観客)釜石!釜石!悲願のトップリーグ昇格は逃した。
だが格上のチームを相手に最後まで食らいついた選手たちを町の人たちはたたえた。
頑張れ!お疲れ!ありがとうございます。
(拍手)試合会場を発表致します。
入替戦から2週間後。
岩手県。
(歓声)釜石が4年後のラグビーワールドカップの開催地の一つに選ばれた。
(一同)釜石!釜石!釜石がまさにラグビーの町として世界にアピールするチャンスが訪れたのだ。
ラグビーを突破口にして町の将来を切り開く。
釜石の底力が試されている。
2015/04/12(日) 15:25〜15:48
NHK総合1・神戸
目撃!日本列島「“釜石は負げねぇ”〜復興をラグビーに託して〜」[字]

『被災地・釜石を、ラグビーの力で再起させたい』。震災から4年、依然変わらぬ厳しい現実を前に、ラグビーW杯誘致を起爆剤に町の復興に挑む男たちの奮闘を見つめる。

詳細情報
番組内容
東日本大震災の爪痕が残る、被災地・釜石を、ラグビーの力でよみがえらせたいとする男たちがいる。4年後に日本で開催される、ラグビーのW杯の開催都市となり、それによる経済効果を、復興の起爆剤にしようと名乗りを上げたのだ。奔走する彼らの姿に、地元のラグビークラブ「釜石シーウェイブス」も奮起、市民を巻き込んだ快進撃が始まった。困難な状況に立ち向かう男たちの奮闘を見つめる。
出演者
【語り】濱田岳

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

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サンプリングレート : 48kHz

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