0先人たちの底力 知恵泉 キャリアアップの極意「藤堂高虎」 2015.04.14


上司の顔をうかがったり転職しようかと悩んだりほんと働くって大変ですよね。
いやもうすばらしい走りでしたよ。
森脇さん感動しました。
オリンピックいけるんちゃいます?東京オリンピック。
ええ期待してます!はい。
またお願いします。
お疲れさまです!よっしゃ。
あぁ〜お酒ちょうだいもう。
ちょっと増田さんいろいろ気遣って大変そうですね。
やっぱりね先輩の芸人さんをこうね持ち上げるというのはね疲れる。
でも増田さんサラリーマンをされていたから。
サラリーマンやってましたよ。
太鼓持ち。
いやサラリーマン向いてないから9か月で辞めたんですよ。
でもできな駄目ですね。
酒ちょうだい酒ちょうだい!酒ちょうだいもうほんまに。
はいはいもう。
こんばんは。
こんにちは。
こちらどうぞ。
どうもどうも。
よろしくお願いします。
有名な人?もちろんですよ!あのね今絶好調の大阪の某有名テーマパークの腕利きのマーケターさん。
ほら話題の映画の魔法使いの映画のエリアをオープンした。
あ〜!これはこれはどうもどうもどうも。
はじめまして。
はじめまして。
もうねさっきからすばらしいなと。
見た目がすばらしい。
特に胸板がすばらしいな思ってね。
そうですか。
お酒お酒早く早く。
おちょこおちょこ。
増田さん調子良すぎじゃないですか?どうも僕苦手なんですよ。
頂戴します。
でもマーケター。
具体的にはどういう仕事されてたんですか?簡単に言うと…うわかっこいい!そういう仕事ですね。
はあ〜会社を勝たせる仕事。
名言出ましたね早速。
すばらしい胸板です。
いやいや…。
働く皆さんに聞きました。
ほんと難しいですよね〜。
そんな私たちにキャリアアップの極意を教えてくれるのが戦国武将の…時は戦国。
実力の有る無しが生き死にに直結する厳しい世の中でした。
そんな時代に藤堂高虎は一介の武士から32万石の大名にまで大出世を遂げた人物です。
しかも徳川家康からあつく信頼されたいわば…実はこの高虎生涯で仕えた主君の数がとにかく多い!その数なんと10人に上ります。
敵味方関係なく渡り歩いたため「世渡り上手」「ゴマすり男」などなど何かずる〜いやつと思われがちでした。
しかしキャリアアップの陰にはたゆまぬ努力信念そして強みがありました。
高虎はどんな知恵でチャンスをつかんでいったのか?藤堂高虎の知恵を読み解くのは…徹底した分析をベースに大ヒット企画や商品を生み出す凄腕マーケターです。
大学卒業後に入社したのはシャンプーなどを扱う外資系メーカー。
激しい競争に負けず担当商品のシェアを3倍に伸ばすなど次々と結果を出してきました。
アメリカ本社を含め順調にキャリアアップしてきましたが37歳で転職したのは客足が低迷していた巨大テーマパーク。
限られた予算の中でチームをけん引しながら大ヒットを連発。
昨年度の来場者数は過去最多1,200万を超えました。
気鋭の仕掛け人と藤堂高虎。
今宵どう響き合うのでしょうか?という事で今日は藤堂高虎の知恵について見ていきたいと思います。
テーマはですねこちら。
でもそもそも藤堂高虎という人物増田さんはご存じでしたか?すいません僕は知りませんでした。
勉強不足ですいません。
でも森岡さんは?大好きなんです。
もうめっちゃくちゃ大好きです。
めっちゃくちゃ尊敬してます。
これは近々園内に藤堂高虎のアトラクションが出来そうですね。
出来るかもしれないですよ。
行列が出来るかもしれない。
まずこんなものを今日ね作ってみたんですよ。
高虎の歴代上司一覧という事で改めて見ていきますとず〜っといきまして秀吉の弟の秀長があって秀吉本人。
そして家康。
家康には特に重用されたと言われているんです。
実に10人。
こんなに?どっちか言うたら…あら。
どうもこんにちは。
どうもこんにちは。
今トイレから?ええ高虎の話だっていうんでねふんどしを締め直してたんです。
そうですか。
すいません。
ご一緒に。
どうもおじゃまします。
直木賞作家の安部龍太郎さん。
あっどうりで。
すごいね出てきた瞬間のオーラが違いました。
そうですか。
さすがでございます。
そりゃうれしいな〜。
先ほどのね主君がたくさんいたというのは当時としてはどうだったんでしょうか?これは主君…二君にまみえないという道徳律というのは…今で言えばプロ野球の選手たちが能力があって人望がある人ほどフリーエージェントでいい球団にスカウトされる。
これと同じ事が戦国時代に起こってたんですよね。
当時高虎は部下として上司を選んでいたわけですけれどもどうしてそこまで上司を変えていったのか。
まずはそこに見えてくる知恵からたっぷりと味わっていきたいと思います。
どうぞ。
ありがとうございます。
たっぷりとご賞味下さい。
ありがとうございます。
お〜。
藤堂高虎は近江現在の滋賀県に武士の家の次男として生まれました。
高虎はこの恵まれた体格を頼りに戦乱の世でどうステップアップしていったのでしょうか?高虎が最初に仕えた上司は北近江の大名…15歳の時姉川の戦いで初陣を迎えます。
ここで高虎はいきなり敵の首を取る手柄をあげます。
その後も最初に敵を討ち取る「一番首」の武功をあげるなど活躍。
しかしそんな働きにもかかわらず…17歳の時高虎は浅井家を離れます。
2人目の上司は浅井家から目と鼻の先の阿閉貞征。
しかしここでも高い評価を受ける事はなく高虎は僅か1年で見切りをつけます。
18歳で仕えた3人目の上司は磯野員昌です。
ここで初めてこれまでの武功を評価され80石で召し抱えられました。
その後織田信澄の家臣になり大役に抜擢されます。
「母衣衆」という騎馬隊に選ばれたのです。
「母衣衆」とは戦場で主君の伝令などを務めるエリート部隊。
ところが禄は80石のままでした。
高虎は給料アップを要求しますが信澄はこれを拒否。
「このままでは馬も飼えず十分に仕事を果たせない」として高虎は信澄のもとを去りました。
なぜ次々と主君を変えたのか。
高虎が残した教訓をまとめた「宗国史遺書録」の中にこんな言葉があります。
「正当に評価してくれない上司のもとにいても能力を発揮できない」。
高虎は自分が最大限に活躍できる場を求めていたのです。
高虎の転機は21歳の時。
豊臣秀長との出会いです。
秀長は秀吉の弟であり右腕と称された人物です。
高虎の武功を耳にしていた秀長は以前の3倍以上300石で高虎を迎えます。
5人目の上司でようやく存分に力を発揮できる基盤を固めたのです。
そして天正15年秀吉軍が九州に攻め入った時の事。
ある日…高虎はたった500の兵にもかかわらず仲間を助けるため真っ先に駆けつけます。
この高虎の素早い応援のおかげで…この活躍を知った秀吉は秀長にこう言います。
力を発揮できる場を自らつかみ取る事でキャリアアップを遂げた高虎。
32歳で2万石の領主にまで出世しました。
何かね自分の実力が上がっていくにつれてねいろんな場所を選んでより条件のいいところに行くっていうのは案外現代的な感じですよね。
そうですね。
当時はね合戦に出ると敵も味方もその人の働きぶりというのを見てるわけですよ。
そこで信用を得た人が後々にやっぱり上がっていくという事なんですね。
でも新しい上司を選んでねそこに行きました。
じゃあまたその人から離れようと思う時がくるわけですよね。
その段階では物足らなくなったって事なんですか?恐らく高虎が一番見たのは…生き方の心棒がどこにあるのか。
どんな志と理想を持ってるのか。
その事をですね…。
自分もそういうもの持ってるもんですからそういう自分より優れた上司のもとにやっぱり行きたかったんだと思います。
私もさまざまな上司にお世話になってほとんどの方がほんとにお仕えのしがいのある上司たちが多かったんですけど中にはやっぱ変わった方いらっしゃって。
とある外人の上司に巡り会った時にビジネスのその結果とかをレビューするタイミングの時に結構大きな損失を出してる事をそのミーティングの2日前に知った彼はもう慌てふためいてるわけですよ。
「俺はどう言い訳したらいいんだ。
どう言い訳したらいいんだ〜」とか言ってですね。
そのファイナンスのレポートをしてた紙をクシャクシャにして「こんなもの食ってやる」と言って口の中にガーッと。
ほんとですよこれ。
本当ですか?口の中まで入れてそのぐらい動揺してるわけですよ。
僕それ見ててうわこの人と多分一緒に仕事をしてても自分の考えた戦略とか策はついぞ世の中に出ていかない。
もしくは別の力が加わった時にそれをやるんだっていう筋が通った行動をしてくれるとはとても思えなかったですね。
ああいう今考えたらすばらしい反面教師だったと思うんですけど。
その直後にその上司の下から離れるためにですね…森岡さんは海外でも働いた経験がありますけれどもどういう思いで行かれたんでしょうか?私の場合はほんとに早く自分に実力を身につけるための厳しい場所。
日本で自分が慣れたところでずっと仕事をし続けるよりかは言葉も当時は英語もほとんどできなかったですし。
その状態でアメリカのど真ん中で一番人が注目する一番会社の基幹のブランドのブランドマネージャーとして行ったんですがもうそりゃ相当やられましていろんな意味でね。
でもそれはそれ求めて行ったので。
最後は結果を出してもう一段階昇進して帰ってきたんですけども。
取締役候補とまで言われていたそうなんですけどそういう立場でありながらなぜその後今の会社に転職という決断をされたんですか?私はですね出世する事自体が大きな組織で偉くなる事が僕の人生の目的ではなくて私はせっかく自分が一回しか生まれてこれなかって僕あと一回しか死ねないんですよね。
この死ぬまでの間に自分が世の中にどういう事を成し遂げられるのかっていう事を考えたらよりその自分の力をダイレクトに買ってくれて自分のこの考えた事を世の中にそのまま試させてくれるような活躍の場所で自分の力をやっぱ試していきたい。
テーマパークをやるようになって私の力を信じて買ってくれる上司にも巡り会って自分のいろんな考えた事世の中に投げ込んでみてほんとに世の中がどう変わるのかっていうほんとにぞくぞくほんとぞわぞわっていうかほんと冷や汗毎日みたいなそんな生活でより僕も成長できてますし。
ちょっと困ってるこの会社が自分の力でもしいい方にいくのであれば自分が生まれてきた値打ちというのが少しは増すかなというそういう気持ちではありましたね。
数々の武功をあげた高虎ですが実は腕っぷしだけではありません。
出世を遂げた背景には他の武将にはないある技能があったのです。
高虎はこんな言葉を残しています。
高虎が見つけた芸それは城づくりでした。
数々の城攻めを経験していた高虎は強い城とは何なのかを模索。
その設計を究めようとします。
研究を重ねた結果築城の名手となり日本を代表する城を任されていきます。
生涯で携わったとされる城の数は20以上。
「日本一城をつくった男」と言われています。
そんな高虎の代表作の一つが…特命店員の池田伸子です。
近田店長うちの店にも今年度もたくさんのお客さんに来て頂けるようにいいネタたくさんそろえました。
なので早速いってきます!
(池田)
築城に詳しい三浦正幸さんに伊賀上野城の最大のポイントに案内して頂きます
注意して下さいね。
わぁ〜。
これは怖いですよ。
これは高いですね!
(三浦)何分にも日本一ですから。
(池田)わ〜断崖絶壁じゃないですか!あ〜もういいです私ほんとに。
ほんとにもういいです。
鼻水たれてきちゃった。
アハハハ…。
この石垣…
10階建てのマンションに匹敵します。
つくられた当時は日本一高い石垣でした
(池田)そもそも攻める気を起こさせない。
攻められなければ絶対負けませんからね。
なるほど〜。
存在そのものによって戦意を喪失させてしまう。
それが高虎にとっての強い城だったのです
そんな高虎の考えがよく分かる城が愛媛県にあります。
瀬戸内海のそばにそびえる城…
難攻不落と言われるこの城。
その秘密は一体どこにあるのでしょうか?まず待ち構えるのは堀です
(藤本)今ちょうど目の前にあるお堀のこの幅が…
(池田)70!
この広い堀を満たすのはなんと海水。
今治城は海のすぐそばにある立地を生かし海水を引き入れて防御にしています
はぁ〜弓矢の距離。
そうなんです。
もしこの堀を越えたとしても高虎得意の石垣が行く手を阻みます
ならば城の入り口「虎口」から正面突破するしかありません。
敵が押し寄せるこの入り口に高虎は知恵を詰め込みました。
かつてここには門があり四角い空間になっていました。
ここにどんな強さがあるのでしょう?
やあやあやあ!やあ〜!ふう〜!
1つ目の門を何とか突破すると…
何だこの高い石垣は!
正面と左には石垣がそびえます。
右には門が立ちはだかります。
乗り越えようにもぐる〜っとやぐらで囲まれています。
すると…
・敵だ〜!
やぐらから一斉に攻撃が!
(池田)痛い!結構痛い。
痛いし!痛い痛い痛いです。
う〜!門しかないあとは!えいっ!うぅ〜!
鉄板で覆われているため刀もやりも鉄砲も効きません。
その時!
えっうえっ!うわ〜。
うわ〜!うっうっ…。
一歩も入れず…。
…とこんなふうに敵はこの四角い空間で絶対に倒されるためこれ以上中に攻め込む事はできない構造になっているんです。
石垣の上のやぐらは広い空間になっています。
多くの兵が体力を温存しながら敵を待ち受ける事ができます。
壁の鉄砲狭間から銃撃も可能
そして鉄の門の上には石落とし
門を破ろうとする敵を一気に攻撃できます
誰にも負けない強みを持った高虎。
秀長秀吉の死後は徳川家康からあつい信頼を受けます。
その築城技術を買われ江戸城の修築や大坂城の再建など幕府の重要な城づくりを任されていきます。
キャリアを更に積み上げ一介の武士からついに32万石の大大名にまで上り詰めるのです。
安部さん高虎が城づくりに目を向けたっていうのは何か理由があったんですか?一つはですね…あるいは石垣のどうつくれというような詳細な図を書いて寸法はこれぐらいだというような事までちゃんと指示してますから建築家的な好みがあったんですね。
それともう一つはこれから…すごいですね。
でも若い頃からそれを勉強してたわけじゃないんですもんね。
この人はね…関ヶ原の合戦の時にですね石田三成たちに勝つじゃないですか。
他の武将たちは非常に三成の事をお前のような思い上がりの男が大きな事をするからこんな事になったんだというような雑言悪口を投げつけていったけども高虎だけはですねちゃんと彼の前に座って「我が軍の戦いを見てくれただろう」と。
「我が軍のもし何か欠点があれば教えてもらいたい」というような事を言ったんですね。
そうすると三成は「どうも先手の大将が禄の少ない人が大将やってんじゃないか。
だからあそこら辺に統率の乱れがちょっとありました」というような事を言った。
そしたら実にそのとおりだったんで高虎はその先手の大将にですね禄高をあげて備えを十分にしたっていうそういうエピソードありますね。
すごいですね。
オンリーワンの強みを持つという知恵については森岡さんはどのように思われますか?好きな事じゃないともう絶対身につかないですよ。
頑張れないですもんね。
頑張れない。
つらい事の方が多いんですから。
たとえその自分が好きな事でもつらいんだもん。
つらい事ばっかりですもん。
その中ででもやっぱり続けられるのは好きな事だから。
森岡さんはどんなオンリーワンを持ってらっしゃるもしくは目指してらっしゃるんですか?私自身が目指してるのはですねこのマーケティングの世界というのはデータとかロジックを使われる方は結構いるんですけども私までマニアックに多分数学を使う人はあまりいなくて。
数学を使うんですか?数学をマニアックに使う事によってより精度が高い意思決定戦略の組み方ができるんですけど。
例えば「あなたは最近いつテーマパークに行きましたか?」という。
今最近である3か月前とか1年前とか4年前とか。
これを大体500人ぐらいの人に聞いたらですね私は1月から12月の月ごとの一体何%の人が何回その月に来るのかというマーケットの需要数を全部計算で出す事ができるんですよ。
ハロウィーンとか「ハリー・ポッター」とかああいうのをやるとどのぐらいビジネスが伸びるのかというのもかなり正確に把握する事ができて。
そういう意味で会社とか人々のこの努力をですね頑張りを勝つ確率が高いところに集めてくる事ができるんです。
ある意味森岡さんが一番の魔法使いですね。
いえいえいえいえ。
数字の魔法使いですね。
でもほんとに数字というところに自分がいっちゃったのは僕には弱点があったからで。
多分マーケティングというのは文系学問なので数学オタクは普通入ってこないんですよね。
もっとセンスとか感覚とかが重要視される世界なので。
私センスないんですよね。
ほんとにセンスがなくて例えばこのおちょこがどうかわいいのかって僕には分からないんですよ。
僕には分からない。
主観的な事ですから。
ほんとに分からない。
これが例えばこのパッケージとかねこのコマーシャルとか何がかわいいっていうのがもう見たらすぐ分かる人って結構いるんですマーケターって。
僕それ分かんないので。
だったら自分は得意の数字で勝負だという事で。
全ての感覚を数値変換して全部計算するという独自のやり方をそっからこうやってやりました。
じゃあそのオンリーワンの強みを持てたのは一つ自分の弱点を認識するっていう事から始まった。
必要に迫られて生き残るためにそういうやり方をこういうやり方じゃなかったら自分のやり方っていうのを見つけざるをえなかったっていうところですよね。
結果それが自分の好きなとこで勝負したおかげでものになったという事なのかなあと。
その考えに至ったっていうのは何かきっかけがあったんですか?私歴史とかも結構大好きでさまざまな人の生き方とか見て成功する人と失敗する人のパターンがあるんですね。
分析してたんですか?いろいろ分析しまして。
さすがマーケター!成功する人っていうのは間違いなくですね自分にとって…これがキーワードで。
花よりも実をとる?花っていうのは例えば親が喜ぶような会社に就職するといいとかね。
どこどこどこどこって有名どころありますね。
東証一部の大きいところ。
うわそこに通ったの!みたいな。
一族あげてお祝いしましょう!みたいな。
ああいうところっていうのは親は喜ぶんですけど結局会社と結婚してるにすぎないわけですよ。
会社と結婚。
なので職能…職能と結婚したかぎりはその職能を伸ばす事に誰よりもストイックに努力をするという生き方をしていくと簡単な話実力がつくんですよ。
実力がついたらどこでも雇ってもらえるようになるわけですよ。
そのためには先ほど申し上げましたけど一番経験値が積まれる一番厳しいとこですね。
誰ももう嫌がってこれ嫌っていうような仕事を「やる!」って飛び込むっていうんですか。
経験値がたまっていくとこれが1日2日じゃないです。
何年何年っていう間に…当時高虎は武功をあげてしかもオンリーワンの強みを持っていたわけです。
ただやっぱりそれだけじゃなかったんです。
人づきあい人間関係もうまかったんですよ。
非常に気の利いたきめ細かいお味でございます。
いいですね。
築城の名手となっていた高虎が…1枚だけでは高虎の設計図になってしまう。
秀忠様が選んでこそ将軍家の設計図になるのだ。
高虎の気遣いでした。
ちょっと遡ってこちらは…ある日高虎は家臣を集めこう言います。
自分が死んだら殉死しようと思う者は札に名前を書いて箱に入れるように。
すると70名以上の家臣が名乗り出ました。
高虎はその札を持って家康のもとを訪ねこう報告します。
「もしも自分に何かあれば…」。
高虎は優秀な人材が命を絶つ事はもったいないと思いこうした行動に出たと言われています。
すると上司である家康は「忠義のある部下がこんなにいるなんて」と感心。
高虎の部下への気遣い。
それが結果として家康からの一層の信頼につながったといいます。
家康は晩年こんな言葉を残しました。
いやうまいですね。
うまいいうかこれをね思いついてもなかなかいやらしい思ってできなかったりしますけどそれがしれ〜っと自然に普通にできてるんでしょうね。
やっぱり殉死をどう止める事ができるのかってこれは江戸初期の大変大きな問題だったんです各藩の。
それをこんなふうにですね知恵を使ってうまくね乗り切るっていうのはね…。
だから自分が上の立場やったらこうしてほしいなって思う事を下の立場から上の人に対してできてるんでしょうね。
多分彼は殉死の事もそうですけども恐らく最初のなんてあのテクニックはですね私前の会社ですごく上司をマネージするのが上手な方から教えてもらった事あるんですよ。
自分が何か会社に意見具申する時に完璧にしていかずにあえて弱点を2つ3つ残しておいてそれを相手に指摘させてあげる事で相手の人のものになるんだと。
お〜!そうやってあげた方が上司は気持ちよく支援してくれるようになるから意図的にやってはるっていう人。
すごくよくできる方なんですけどおっしゃってましたね。
僕それを聞いてなかなかそれが実行できなくてですね。
これをやるか死ぬかだみたいな感じでガーンって上司のところに行くこの浅はかな自分なので今見てちょっとこれはすごいなと思いました。
要はその部下の分といわゆる決める人っていうそこの境っていうのをちゃんと自分は意識してるというところで身を処してたんだと思うんですよね。
高虎本人が渡り奉公人であったからその部下の気持ちもよく分かったんだと思いますよ。
すごく器が大きいなあと思いますけどね。
そうですよね。
主人公ゆかりの地から「知恵泉」の特命店員が取って置きのネタをお届けする…
藤堂高虎にはちょっと変わった部下がいたんです。
それは…とう!
伊賀はもともと土地の人々の力が強く権力者に容易に屈しない気風でした。
高虎は彼らに…
その中から…
その忍びの末裔の方が今もこの地に暮らしています
ごめんください!・はい。
先祖は4代前まで藤堂藩に仕える忍びでした
澤村さんの家は火を専門に扱う忍びだったそうで今もその道具が伝わっています
これはね狼煙を上げた道具と言われてます。
(池田)すごいな〜。
これまわりに書いてあるのは?
(池田)これ澤村さんですね。
そういう組織された集団だったんですね。
次に見せて頂いたのは…
先端の黒い部分は火薬。
水にも強いよう特殊な配合で作られているそうです
伊賀の忍びによる諜報活動は幕府にも重用されます。
澤村さんの先祖はある歴史的なシーンでもその調査能力を発揮したといいます
(池田)あっ「ベルリ」。
(澤村)ベルリが来た時。
(池田)ここに「浦賀」という字もありますしね。
はぁ〜まさにその当時の。
嘉永6年澤村さんの先祖がペリーの黒船調査に行ったとされる記録です
記念としてパン2個たばころうそくなどをもらい受けたと書いてあります
残念ながら詳しい調査結果は分かりません。
忍びは藩直属の部下のため藩主に直接報告したと考えられます。
高虎が組織化した忍びは幕末まで脈々と続いていたんですね
黒船にも絡んでるんですか。
そうですね。
いや僕も初めて知りました。
というふうにも言われているんですよね。
さあ今日ここまで高虎の知恵を見てまいりましたけれどもその生き方それから知恵を見てきて改めて「キャリアアップの極意」っていうのは何だというふうに思われますか?そういう事だと思うんです。
結果としてたくさん経験を積んで実力を積んだ人が世の中に対して一番大きな影響力を行使できる事に近づいていくんだと思うんです。
ほんとにありがとうございました。
のれんを外してちょっと2回戦いきたいぐらいですよね。
話が盛り上がったんでね。
ほんとに皆さん今日はありがとうございます。
またご来店お待ちしております。
(一同)ありがとうございました。
2015/04/14(火) 22:00〜22:45
NHKEテレ1大阪
先人たちの底力 知恵泉 キャリアアップの極意「藤堂高虎」[解][字]

主君を何度も変えながら成り上がり、一介の武士から32万石の大大名にまで出世した戦国武将、藤堂高虎。現代社会にも通じるキャリアアップの極意を、高虎に学ぶ。

詳細情報
番組内容
主君を何度も変えながら成り上がり、一介の武士から32万石の大大名にまで出世を遂げた戦国武将、藤堂高虎。「世渡り上手」「ゴマすり男」のイメージを持たれがちな高虎だが、実は努力と信念の人だった。自分の能力を認めてくれる主君には忠義を尽くし、戦にも城作りにも非凡な才能を見せる。さらに主君にも部下にも気を遣う、人間関係の達人でもあった。藤堂高虎から、厳しい現代社会を生き抜くキャリアアップの極意を学ぶ。
出演者
【出演】USJ執行役員…森岡毅,作家…安部龍太郎,増田英彦,【司会】近田雄一

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
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