仮設商店街の未来を演劇にするんだってね。
これも大事なテーマだよね。
そうですね。
こっちのチームも波乱万丈です。
いろんなことが起こります。
「東北発☆未来塾」次回もお楽しみに。
(テーマ音楽)宮城県気仙沼市の波路上杉ノ下地区。
市の避難場所に指定されていた杉ノ下高台が津波に襲われここに避難した60人近くが犠牲になりました。
震災前気仙沼市は慎重に検討を重ねた上で避難場所を指定していました。
予想されていた津波の高さは8メートルでした。
気仙沼市の危機管理課長を務めていた…34年にわたって市の防災を担当しました。
あの日佐藤さんは市役所で会議中強い揺れに襲われます。
なんとか2階の部署に戻った佐藤さん。
その後震災の対応に追われる事になります。
震災前気仙沼市は大津波を想定した詳細な防災マップを作成していました。
佐藤さんはその指揮に当たっていました。
防災マップを作るにあたって重要な根拠の一つとなったのは過去のデータでした。
記録では明治29年の三陸津波が最大規模でした。
同じ規模の津波が襲った場合のシミュレーションでは杉ノ下地区のほぼ全域が水没するものの杉ノ下高台には到達しないという結果になりました。
更に沿岸にある全ての自治会で防災の勉強会を開催します。
その中でも特に熱心だったのが大きな被害が予想された杉ノ下の自治会でした。
しかしあの日想定を超える津波が気仙沼市を襲います。
津波は市街地の奥にある市役所まで達しました。
杉ノ下を襲った津波の高さは13メートル以上に達していました。
高台は完全に水没しここに避難した60人近くが犠牲になりました。
震災の対応に追われていた佐藤さんにその事実が伝えられたのは10日後の事でした。
佐藤さんは震災の翌年定年を待たずに気仙沼市を退職します。
その後高知県黒潮町から防災アドバイザーとして招かれました。
南海トラフ地震の巨大津波に備えるため杉ノ下の教訓を伝えています。
2015/04/13(月) 23:20〜23:25
NHKEテレ1大阪
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県気仙沼市 佐藤健一さん」[字]
東日本大震災に遭遇した人々の証言。宮城県気仙沼市で防災を担当していた佐藤健一さんは、指定避難所の高台が津波に襲われ、住民が犠牲になったことに責任を感じています。
詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した人々の証言。宮城県気仙沼市で防災を担当していた佐藤健一さんは、避難所に指定した高台が津波に襲われ、多くの住民が犠牲になったことに責任を感じています。
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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