(うどんをすする音)うどんをこよなく愛する香川。
うどんに日本一うるさいと言われるこの場所で男のうどんは屈指の評価を受ける。
口を滑るなめらかさ。
そして「エッジが立つ」と表現されるこの独特の断面。
極上のコシを持つ証しと言われる。
評判を聞きつけ年15万人が全国から押し寄せる。
厨房にはうどん一筋の男の厳しい声が鳴り響く。
だがこの男子供とうどんを見る目はめっぽう優しい。
700軒以上のうどん店がしのぎを削る本場香川で本物と認められた手打ち職人。
35年不器用に。
この素朴な食べ物を追い求めてきた。
(主題歌)子供の頃引っ込み思案で何をやっても続かなかった。
15歳でこの道に入り人生の扉が開いた。
若き日師匠からもらった言葉。
その答えを探し続けてきた。
11年見守り続けてきた弟子。
人生の岐路に立っていた。
切なる思いは伝わるか。
弟子に起きたアクシデント。
うどんにいちずな男たち。
その日々に密着!うどん職人森田真司の一日は朝4時に始まっていた。
森田は時間を無駄にするのが嫌いなたちだ。
歯を磨きながら車のエンジンをかける。
だが唯一時間を費やすものがある。
髪の手入れだ。
家を出ると森田の脳はもううどん一色だ。
うどんの出来に大きく影響する湿度や気温を体で感じ取る。
これから5時間かけて生地を仕込んでいく。
うどん作りは極めて繊細な作業の積み重ねだ。
小麦粉を塩水で練るという一見シンプルに見える生地作りも考える要素は数限りない。
混ぜる水や塩の量水温やその日の天候から計算した生地の熟成のスピード。
それら全てを勘案し例えば水は0.01リットル単位で日々調整していく。
一般にさぬきうどんはツルツルモチモチシコシコの三拍子が大切と言われる。
それらに決定的に影響を与えるのがうどんの中のたんぱく質グルテンだ。
グルテンの網目がきめ細かいほど三拍子そろった理想の麺になる。
その網目の細かさを決めるのがこの「足踏み」の作業だ。
鍵は生地全体にいかに均等にそして丁寧に力を加えられるか。
しかし踏み過ぎればグルテンは硬くなり過ぎてしまう。
そのギリギリを狙い森田は足の裏に神経を集中させて生地の弾力の変化を感じ取っていく。
開店30分前の10時。
真冬にもかかわらず既に長い列が出来ていた。
(店員たち)お願いします。
いよいよここから勝負の時間が始まる。
寝かせた生地を打ちのばしていく。
香川では極上のコシを持つうどんの証しとして特別に珍重される麺の形状がある。
グルテンの網目が細かいとゆでる時水分がゆっくり染み込むため外側ほど膨らむ。
この時麺の角が立つのだという。
こうしてエッジが立った麺はかんだ時外はモチモチ中はシコシコの理想的なコシになると言われる。
手打ちの作業でまず大事なのはスピード。
それによって生地の乾燥を防ぐ。
またこの時森田は生地を絶対に引きずらない。
僅かに浮かして生地を動かす事でグルテンの網目を引きちぎらないようにしている。
通常5分かかると言われる手打ちの作業を僅か3分で終えた。
森田はゆで時間をあらかじめ決めない。
モチモチしながらも芯のシコシコ感が際立つギリギリのタイミングを見定める。
森田のうどんはやはり見事なエッジが立っていた。
うどんは香川にあってあくまでも日常の食べ物。
決して高級料理ではない。
それでも一食一食高みを目指す。
それが森田の信念だ。
森田さんには職人としての他にもう一つの顔がある。
これまで9人の弟子を育て上げた師匠の顔だ。
この日独立した弟子の一人谷和幸さんを訪ねた。
4年前に開店し今や行列が出来る人気を誇っている。
森田さんの表情が曇った。
この日の生地は谷さんの指示のもと他の従業員が作ったものだという。
弟子に迷いが見えた時森田さんは何よりまず自分で生地を打ってみる。
足踏み作業の粗さを指摘した。
生地の硬さから塩の量も僅かに狂っていると見抜いた。
森田さんが常に弟子に伝えたい事。
毎日やるからこそ僅かずつ生じる作業のズレに自分では気付きにくい。
それをいかに自覚し改善していけるかが高みに到達できるかの分かれ目。
森田さんは打ちとゆでで生地のズレを修正し見違える出来に持っていった。
どうも。
僅かな滞在で森田さんは弟子の迷いを見事に晴らした。
年が明けた1月2日。
正月は香川のうどん店にとって書き入れ時となる。
この時期帰省した家族とうどん店に出向く人が多い。
7番4名様お子様2名様です。
いらっしゃいませ。
この日は通常の倍近い客が見込まれていた。
どんなに忙しい日でも全てのうどんを目指す状態に仕上げてみせるのが森田の真骨頂だ。
森田は自らの仕事をこなしながら店の隅々まで目を配る。
かき揚げの形が僅かに崩れていた。
午後3時。
昼のピークを乗り切ると森田は一人休憩室に籠もった。
森田は弟子や客の前で絶対に疲れた表情は見せないと決めている。
休むのはこの部屋の中だけだ。
翌日も厨房に入るとまたゲキを飛ばし始めた。
一つの信念がある。
いかなる時も客からお金をもらえるだけのうどんを出す心構えがあるか。
それが少しでも欠ければ必ずうどん作りのどこかの工程がブレていく。
だから森田は厨房以外の動きにもゲキを飛ばし続ける。
3日間で延べ3,000玉。
一年でも有数の忙しさを無事乗り切った。
(取材者)大変でしたね3日間。
この日も疲れはこっそり癒やし翌日の営業に備えていく。
平日の朝一人の常連客の姿があった。
この男性は香川中を食べ歩きこの店に落ち着いたという。
はい失礼いたします。
ありがとう。
ありがとうございました。
またお越し下さいませ。
おおきに。
この日森田さんのもとに悲しい知らせが届いた。
師匠泉川賢さん。
森田さんがうどん職人を目指した15歳の時に出会った人だ。
森田さんのうどん人生。
それは師匠からもらった言葉を胸に自問自答を続けた日々だった。
森田さんは小さい頃引っ込み思案な性格だった。
大きな体をからかわれても何も言い返せない。
高校に進んだものの周囲に溶け込めずひと月半で中退。
不安に駆られたが何をすればいいのか分からなかった。
見かねた父親に連れていかれたのが手広くうどんチェーンを経営していた親戚の泉川さんのところだった。
泉川さんはこう言って受け入れてくれた。
もともと何をやってもすぐに諦めてしまう性格。
深夜の仕込みのつらさにすぐに心が折れかけた。
でも1年を乗り切り泉川さんにうどんを見てもらった時。
笑顔で褒めてくれた。
ただ泉川さんはこう付け加えた。
「真心って何だろう?」。
意味は分からなかったが少しだけうどんを打つ自信がついた。
それから森田さんの腕は少しずつ上達した。
でも一生懸命やっているつもりでも時折心の弱さが顔を出す。
26歳の時支店の一つを任されていたにもかかわらず朝店に行くのがおっくうになり逃げ出す騒ぎを起こした。
泉川さんは森田さんを見る度同じ言葉を繰り返した。
「大事なのは心。
全てを尽くさなければ何も伝わらんぞ」。
のんびり屋の森田さんがようやく自分の店を構える事になったのは修業開始から実に20年目。
もう誰にも頼れない。
初めて尻に火がついた。
必死で働くとこれまでの自分がいかに甘かったか気付かされた。
当初店には全くお客が来なかった。
できる事思いつく事は全部やってみた。
小麦粉の種類や練り方。
水分を天気によってどう変えるのがベストなのか。
生地の踏み方を少しずつ変えては仕上がりの違いを研究した。
改めて痛感したのは1つの工程でも手を抜けば目指すうどんは出来ない事。
ただただ懸命にうどんと向き合った。
夢中で迎えた2年目のある日の事を森田さんは今も忘れない。
一人の女性が涙ながらに森田さんに話しかけてきた。
「夫の転勤で香川を出ます。
ここのうどんが食べられなくなるのが本当にさみしいです」。
不意に森田さんの目からも涙があふれた。
自分のうどんでこんな事を言ってくれる人がいる。
師匠が言ったあの言葉の意味が初めて分かった気がした。
「真心」という言葉をくれた泉川さん。
その葬儀の日が来た。
森田さんは弟子を代表して棺にうどんを納める事になった。
うどんには正直というか熱心ないちずな人ですね。
うどんにやっぱり気持ちをいかに込めるかっていうのを本当に大事にしてる方なんで。
うどんにこだわってるからもう妥協を許さないというか。
(取材者)これで行くんですか?
(取材者)どこまで?1月森田は東京の大手百貨店でうどんの実演販売を行う事になっていた。
この日から2週間店を留守にする。
だがその間もうどんの質は絶対に守り抜かねばならない。
店長代理は修業11年目の古賀毅。
うどん打ちの腕は折り紙付きで店の仕組みにも精通している。
だがここ数年伸び悩んでいると森田は感じていた。
どうしたらもう一段成長させられるか。
森田不在の店。
古賀は一番乗りで出勤してきた。
生地の仕込みを一人で行う。
この日の気温と湿度に合わせ練り方を調整しなければならない。
いらっしゃいませどうぞ。
森田に代わり古賀が打ち台に立つ。
店内を見渡し従業員を引っ張る。
しかし従業員との動きがかみ合わない。
うどんのゆで上がりに天ぷらがついてこられない。
最初の週末を乗り切った夜古賀は疲れきっていた。
(取材者)おはようございます。
2週間後。
森田が店に戻ってきた。
椅子の並べ方掃除のしかたに目を凝らす。
森田の表情が険しくなった。
そして古賀が打ったうどんを見た時だった。
うどんのコシがやや落ちている。
(古賀)はい。
なあ?2週間後の事だった。
定休日明けのこの日古賀が体調を崩し遅刻した。
体調管理も仕事のうち。
自覚が足りないとしかった。
(森田)仕事になったら調子悪いって理屈合わんだろ。
福岡出身の古賀が弟子に志願してきたのは11年前。
高校時代に食べた森田のうどんに衝撃を受けたのだという。
ふるさとを離れ懸命に頑張る古賀を森田も息子のように見守ってきた。
古賀にはただの職人で終わってほしくない。
この夜森田は寮で寝ている古賀におじやを作った。
古賀はこの日森田に言われたとおり自分を見つめ直していた。
(取材者)古賀さんですか?6日後古賀は一つの決意を固めていた。
まずは森田に店を任される店長に。
それを足掛かりに自ら独立し店を構えたい。
翌朝古賀は黙々と生地の仕込みを行っていた。
この日厳しい冷え込み。
どう対応するか。
古賀は僅かに水を足した。
森田が古賀の仕込んだ生地を打つ。
いつもより生地が硬い。
生地の出来は最高とは言えない。
だが森田は何も言わなかった。
はいどうぞいらっしゃいませ。
自ら生地を工夫した古賀。
森田はその覚悟を感じ取っていた。
(主題歌)生地の出来は森田の手打ちとゆでの技術があれば十分おいしいうどんに持っていける範囲。
森田は師として弟子の足りない分を補う。
翌日。
森田は古賀を打ち台に立たせた。
果てなきゴールを目指して森田の闘いは続く。
本当に一生懸命さっていうんですか。
それしかないと思いますよね。
それをやっぱり継続できるかできないかっていう事でしょうね。
小麦にうるさいんでこの人。
2015/04/13(月) 22:00〜22:50
NHK総合1・神戸
プロフェッショナル 仕事の流儀「手打ちうどん職人・森田真司」[解][字]
ツルツル、モチモチ、シコシコの3拍子がそろい、うどんの本場・香川でも、屈指の腕前と評される手打ち職人・森田真司!自他ともに認める“うどんバカ”、熱き闘いに密着!
詳細情報
番組内容
ツルツルしたのどごし。モチモチ、シコシコの食感。極上のコシを持つ証し=「エッジ」が立っていると評されるその男のうどんを味わいたいと、全国から年15万人が店に押し寄せる。うどんの本場・香川で屈指の腕といわれる手打ち職人、それが森田真司だ。元々は何をやっても続かない性格。職人として覚悟が定まらなかった若き日、師匠や客の言葉に力を得て、地道に前に進んできた。自他ともに認める“うどんバカ”、熱き闘いに密着
出演者
【出演】手打ちうどん職人…森田真司,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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日本語
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日本語(解説)
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