マツダは4月11日・12日に開催された「モータースポーツジャパン2015 フェスティバル イン お台場」にて、"草の根モータースポーツ"に参加するためのベース車となる「デミオ モータースポーツ コンセプト」を発表した。
2014年に発売された4代目「デミオ」は、1.3リッター直噴ガソリン「SKYACTIV-G 1.3」エンジンと、1.5リッター直噴ディーゼル・ターボ「SKYACTIV-D 1.5」エンジンを搭載する2モデルに集約され、先代型まで設定されていた1.5リッター・ガソリン・エンジン搭載車が日本仕様から姿を消した。代わりにいずれのパワー・ユニットもFFと4WD、MTとATが選べる品揃えで、充分に市場の要求に対応できると判断されたのだろうが、しかしこれでは、決して絶対数は多くないけれど確実に先代型から"取り溢す"ことになってしまうユーザー層がある。ジムカーナやダートトライアルなどの競技に参戦している人々だ。それらの競技で最も間口を大きく拡げた(エントリーしやすい)1,600cc以下のクラスに参戦するためのデミオが、現行モデルにはなくなってしまったのだ。もちろん1.3リッターのデミオでも出場は可能だが、それでは当然ながら1.5リッターのホンダ「フィット」や1.6リッターのスズキ「スイフト スポーツ」と勝負にならない。ただでさえ競技人口の減っている"草の根モータースポーツ"がこれ以上衰退したら、日本のモータースポーツ全ての凋落を招く。「自動車メーカーで働く者として、これは何としても食い止めなければならない」と考え、熱い使命感を燃やす人たちがマツダにはいた。実際にこれらの競技に参加されているマツダ社員の方々が、会社に掛け合い、その必要性を訴えて、ようやく発売が実現することになったのが、この1.5リッター・エンジンを積む「デミオ モータースポーツ コンセプト」と(今のところ)呼ばれているモデルである。
展示車両には"モータースポーツ"を分かりやすくアピールするため、フロントリップスポイラーやリアスポイラー、サイドスポイラーなどのエアロパーツが装着されているが、これは既に「MAZDASPEED」ブランドの純正アクセサリーとして販売されているもの。肝心の車体自体は、欧州など国外市場向けに生産されている1.5リッター直噴ガソリン「SKYACTIV-G」エンジンと、6速マニュアル・トランスミッションを搭載する「Mazda2」ほとんどそのものだ。
欧州仕様の1.5リッター・エンジンはスペックがいくつか用意されており、その最も高性能なバージョンでは最高出力115ps/6,000rpmと最大トルク148Nm(15.1kgm)/4,000rpmを発生するが、マツダの方によれば「排ガスの調整などにより、(日本で発売するモータースポーツ用デミオの数値は)若干変わるかも知れない」とのこと。新型「ロードスター」用の131psユニットが搭載されたら非常に魅力的だとは思うのだが、当然ながら後輪駆動の縦置き用エンジンをデミオにそのまま積むことは難しく、「この(モータースポーツ用)モデルのためだけにそんな仕様を新たに生産することは出来ない」そうだ。ごもっとも。既にラインで生産されている欧州仕様ほぼそのまままだから、草の根モータースポーツに相応しい手頃な価格で発売できるわけである。内装はベーシックなトリムのまま。シートも「競技に出る人はどうせ替えてしまうので」特にスポーティなものが装備されるわけではない。リア・ブレーキは1.3リッター・モデルよりも大型化され「先代の1.5よりも改善されている」そうだ。
発売は今年の秋頃を予定しており、気になる価格はまだ発表されていないが、「1.3ガソリンと1.5ディーゼルの間で、まあだいたいそのくらいになるだろうな、と思える価格」になるそうだ。ということは160万円前後か。モータースポーツのベース車両といっても、エアコンは装備されているし、ナビゲーションも用意されるという。ロールケージはユーザーが出場する競技の規定に合わせて装着する前提なので、標準では付いていない。ボディ・カラーも「この手のモデルによくあるような、白1色しか用意しない、ということはありません。いくつか選べるようにしたいと思っています」とのことなので、そのまま「デミオ スポルト」の後継として、競技に出場しなくてもスポーティなデミオが欲しいという人には人気が出そうな気もするのだが、マツダの方は「そういう需要はほとんど見込んでいません」と仰る。「欧州仕様ということでハイオク燃料指定になってしまいますから。競技に出るためでもなくわざわざこれを選ぶ人は少ないでしょう。一般道でスポーティに走りたいというだけの人にはディーゼルをお薦めします。速いし、燃料費もずっと安く済みますから」とのことだった。
それにしても、ニッチな需要のためにグレードを新設するなど、"Zoom-Zoom"と"走る歓び"を掲げるマツダだから出来たんでしょうね、と訊いてみると、「マツダでも大変でした」と担当者の方は仰る。「会社にこういうクルマの必要性を訴えるために、日本のモータースポーツの現状を語り、競技規定を説明して、実際に競技に参加している人たちの声を集め、コストの計算と販売台数の見込みを出して、会社に損はさせませんと説得し、ようやく認めてもらうことが出来ました」と話す。「ワークスで世界選手権に参戦するのもいいですけど、その前に、モータースポーツの底辺をしっかり支えることが自動車メーカーの義務でもあると思うのです。誰もが参加できる競技のためのクルマをなくしてしまって、モータースポーツの衰退に手を貸すことになったら、それで何が自動車メーカーだと」。
ご自身も参加されているそうですが、"草の根モータースポーツ"の魅力ってなんでしょう?
「まず、クルマを操る愉しさを知っている人なら、クローズされた安全な場所で思い切り走らせて、ストレス解消できるというのがありますよね。また、自動車メーカーで働く自分には、運転でもチューニングでも、クルマっていうのはどこをどうすればどうなるのか、それを自分で経験して知っていくというのが非常にためになります。実際に使用しているユーザーの方から話も聞けますし。それから、ジムカーナというのはライバルと直接戦うのではなく、結局は自分との戦いになるんですね。だから参加者同士が仲が良い。また、参加する人たちも実に様々な年代、職業の人がいますから、普段の生活では接点がないような人たちと知り合えて、人間関係が拡がります。職場や親戚にはいないような人にも、色々なことを相談できたりとかね。私にとってはその3つが全て大きな価値になります」
デミオのようなクルマを使うクラスの利点というのは、やはり競技専用車両ではなく、普段のアシにも使えるということでしょうか?
「お金があまり掛からないということは大きいですよね。このまま通勤にも買い物にも使えて、競技に出場するときにはタイヤを積んで会場まで行ける。1台しかクルマが持てない人でも参加できる。もっとお金に余裕がある人は、こういうの(横に置かれていたロードスターを指して)でやればいいし(笑)。野球だって、プロが使う道具と、草野球を楽しむ人たちが使う道具では違うでしょう? プロ用の道具しか売っていなかったら、草野球を楽しむ人は困るし、やろうと思う人がどんどん減ってしまう。我々自動車メーカーとしては、草野球をする人たちが買えて、しかもアマチュアの公式戦に使えるレベルの道具を提供しなければならないと思うんです」
先代デミオ(上の画像:左)は軽量な車重を武器に、ジムカーナでは今でも人気車種の1つだ。今回、現行型にもそのためのモデルが登場するというニュースは競技に出場している人たちの間で瞬く間に話題になり、この日も直接見に来られた方々が多かった。その一人の方に訊いてみると「(現行デミオは)ハンドリング・マシンとして期待できる」そうである。しかし、そんな人たちが一様にマツダの担当者に不満を漏らし、改善を訴えていたのが、タイヤ・サイズの問題。展示されていたデミオ モータースポーツ コンセプトには、現行デミオの「XD Touring」と同じ185/60R16というタイヤが装着されていた。このクラスで出場する人が多い競技の規定では、純正サイズより1サイズだけアップ可能とされている。ということは195/55R16まで使えるのだが、現在ジムカーナで使用されている各タイヤ・メーカーのハイグリップ・タイヤには、そのサイズが販売されていない。205幅なら各社から用意されているため、「売るつもりがなくていいから、取り敢えず195サイズのタイヤを装着した仕様を用意して欲しい」という声に対し、マツダの方では「そうするとチェーンが装着できないとか、メーカーの純正として設定するには満たさなければならない基準を通らなかった」と答えていた。もちろんマツダで担当されている方々も事情は重々承知しており、今はタイヤ・メーカーに働き掛けて、デミオで使えるサイズを発売してくれるようにお願いしているところだそうだ(ちなみに先代のデミオ スポルトは標準で195/45R16タイヤを装着していた)。
競技に出場されている方は、聞けば高価な高性能タイヤを1シーズンに3セットも買い換えるという。一般的なユーザーなら10年以上掛けて消費する本数だ。つまりタイヤ・メーカーにとっても非常に有り難い顧客であることは間違いない。だが、何よりも日本のモータースポーツをマツダと共に底辺から支えるため、どうかデミオ向けタイヤを用意していただけないものかと、Autoblog編集部からも切にお願いしたい。
By Hirokazu Kusakabe
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