村上春樹さんの奥さんとの対談本【村上春樹奇書:前編】
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村上春樹さんの特設サイト「村上さんのところ」がオープン期間が5月上旬まで延長され、嬉しいです。毎日のように読んでいるのですが、なかなか追いつけてなかったので……。

このサイト開設以来、そして質問に回答をいただいて以来、再び僕の村上春樹熱には激しく火がついております。毎日電車の中でサイトを読んでははてブしまくったり、未読作品を読みまくったりしています。

そんな折、ふと図書館で、村上さん関連の、まあ……「奇書」といっていいような、物珍しい本を2冊発見しました。
あまりに面白かったので、できるだけ簡単に紹介したいと思います。が、ついうっかり春樹熱にうかされて長くなってしまったので、前後編に分けます。

まずは前編。一冊目の紹介です。
このたび紹介させていただきます奇書は、『覆面雑談 あのひとと語った素敵な日本語』。2006年刊行。割と最近。

あのひとと語った素敵な日本語
「あのひと」+ユビキタスタジオ (著)

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とある女性と日本語について語り合う、みたいな内容の本なのですが、その「とある女性」が村上春樹さんの奥さんなのではないかという噂が、ファンの間でまことしやかに囁かれているのです。

もちろん本当かどうか、真相は闇の中ですが……たとえば、こんなことが書かれています。

 夫はそう言えばね、その昔、よく隠元豆を丼一杯茹でてね、「虫養いをする」といって食べてた。どんなに大きな虫なんだか? それから、カリフラワーも、山ほど。
 それだけ食べても、彼は運動するからまたお腹空くのね。で、お菓子は嫌いだから、野菜食べてる。(P14)

運動して野菜ばかり食べる小説家の夫。だいぶ絞られてきますよね。

あるいは、こんなことも言われていました。

 うちの夫は、自分たちに起こったことの「意味」についてなんて全く考えない人。<中略>
 夫は、ほんと考えないんですよ。<中略>
 私よく、自分たちのまわりで起こったことについて、「どうしてだと思う? どうしてこういうことが起きるの?」って聞くんだけど、「考えてもしょうがないじゃない」とか言われちゃう。
 とにかくあの人は、そこにある、それを、ある意味で受け入れる、ということかな。 あまり、ものごとにコメントしないのよね、だいたいが。<中略>
 たまーに答えてくれることありますけど、大体は答えないわね。
 ひとつは、結論というのは、時間が経たないと出ない、ということをよく言う。それが良かったことなのか、悪いことだったのか、についても。<中略>
 結論出さないで行く、っていうのはエネルギー要りますよね、きっと。(P90)

そういえば以前の村上春樹さんの小説は、登場人物が頻繁に「わからない」って言ってましたね。「小説なのに『わからない』で済ませちゃうんだ!」とびっくりしながら読んだのをよく覚えています(今なら「わからない」というのがひとつの回答になっているとわかりますが)。

ただ一方で、今回のサイトでは、村上さんは回答としてよく「それについてじっくりと考えてみてください」と言っています。
村上さんにとっては「じっくりと考える」というのは、ロジカルシンキングするとか分析するとかではなく、いろんな角度や距離からじっくりと納得いくまで眺めつくす、みたいな意味なのかもしれませんね。

さて、そろそろこの「夫」は村上春樹さんだと仮定して書くことにしますね。
夫との関係について、本書では、例えばこんなことが書かれています。

――長い間夫婦をやっていることは?

 愛情は手塩にかけて育てたわけじゃないよ。闘って来たんです。

――ほぉー。

 相手と闘うことによって、愛を深めてきた。(P133)

闘って深めてきた愛。まあ、そういう側面はみんなにあると思いますが、ここまでハッキリとそれがメインだと言い切れるのは、えっと、その、なかなか大変そうです。

どんなバトルだったんでしょうね? 村上春樹さん側から見ると、サイトだと、例えばこんな風に描かれているのですが、

こちらに向かって驀進(ばくしん)してくる機関車に向かって怒鳴ったりはしませんよね。それとだいたい同じことだと思われたらいかがでしょう? 無駄なエネルギーは使わないようにして、身の危険は素早く避ける、これしかありません。人生の知恵です。がんばって平謝りしてください。(source。5月上旬で消えるかもですが
あなたが平謝りに謝るしかないじゃないですか。コツもへったくれもありません。(source。5月上旬で消えるかもですが
「これはただの気象現象なのだ」と思われてはいかがでしょう。これは竜巻なんだ、これは突風なんだ、これはフェーン現象なんだ。そう思うと気持ちが(比較的)ラクになります。誰も天気に文句は言えませんからね。(source。5月上旬で消えるかもですが

奥さんからはどう見えているのか。以下でその一端をかいまみることができます。

(インタビュアーが、妻に「子どもが二人いるみたい」と言われ、その理由が、ひきだしを開けっ放しだったり、服を脱ぎっぱなしだったりするという話を受け)

 それで「子どもが二人」というのなら、私たち夫婦にとってもそれがいまだに喧嘩の最大のテーマです。「なんで抽斗を閉めないのか」とか、「何で脱いだものをそのままの形にしておくのか」とか、まさにそれ。(ページ不明)

(「やきもき」という日本語について)

 いつもしてます。

――誰に?

 夫に。約束忘れるし、時間忘れるし。もの忘れるし。
「これとこれをしなきゃいけないんだから出かけるわよ。用意して!」とか、いつもやってる。やきもきします。「鍵持った?」とか。(ページ不明)

全然深刻なバトルではなさそうです。親子か?

そして、喧嘩の最中は、こんな風になることもあるとのこと。

(「きょとん」という日本語について)

……とするのは向こう(夫)ですね。ほんと、「お前とぼけてるんじゃないだろうな」と言いたくなるくらい。
 話してても、すぐどっか行っちゃうのね。頭が。私が文句言ってる最中でもそうなって、「聞いてなかったんでしょ!?」「きょとん」、となる。(ページ不明)

 ものすごく喧嘩してて、急に「もう眠いから寝ない?」とか言う。言わないでしょふつうの人。それこそ私は「あっけにとられる」「きょとん」状態。「今まで怒ってたのは何だったの?」とか思っちゃう。

――ふつうそういう夫婦の言い合いはすぐに午前三時になり四時になり……

絶対ならないの。「じゃ悪いけど先に寝るね」だって。<中略>

「怒り心頭に発す」よ。
 でも寝ちゃうの。とにかく。怒ってようが何しようが、「あした」とか言って。で、その「あした」になると、コロッと忘れてるの。で私が「昨日の続きだけど、」と言うと、「えっ、まだ続きやるの?」って。「もうやめようよ」って。
 切り替えの人だからね。(ページ不明)

あー、この態度は、腹立って竜巻になったり機関車になったりするかもしれませんねw
でも、たいていの喧嘩は内容はくだらないので、この対応はベストパターンのひとつかと。できる人は「切り替え」という特殊能力を持ったごく小数の人に限られますが。

切り替えについては、彼も意識しているようですね。

ものを書く、あるいはなんらかのかたちで創作活動をおこなうときに、大切になってくるのは、創作意識を自由にオンにしたりオフにしたりできる能力です。この能力がないと、意識のフェイズが入り乱れて、日常生活が乱されたり、創作意欲が削がれたりします。僕の場合はこのオンとオフとの切り替えがかなりはっきりしており、それはとてもありがたいことです。机の前を離れると意識をオフにして、ただ無心に走ります。そして頭を休め、肉体をすっきりとさせ、気分転換をします。机の前に戻ると、再び意識をオンにします。そしてすぐに仕事の続きに取りかかれます。(source。5月上旬で消えるかもですが

格好いい。田口元さんみたいだな。

さて、ところで、奥様は、セルクル(諸事情によりこの言い回し)や浮気などについては、かなりラディカルな見解をお持ちの方でした(それとも女性はこういう人多いのかな)。
長いので引用はしませんが、ざっくり言うと、「夫が他の人と肉体関係があるかどうかは気にしない。気持がどうかだけが問題。気持ちが相手に移ったなら、怒る間もなくマッハ即効で別れる」。

一方で、夫は違うようです。夫は小説内では以下のように性をよく取り扱いますが、

 夫の小説は、セルクルがいろんなかたちで出てくるでしょ? それで私聞いたことがあるのよ。なんでそんなに出すのか、って。そうしたら、「わかんない」って言うの。「考えたこともないんだよ。とにかく出てくるんだ」って。(ページ不明)

自分自身は、

 うちの夫は、よそでセルクルをされるのはいやだ、って言うの。私、別にしてないけど。「なんでそこで線を引くの?」と訊いたら、「とにかくいやなんだ」。(P211)

ええ、まあ、そうですよね。わかります。

さて、村上春樹さんは実際はどうなのか。本件に関しては、例えば以下のように、ずっと明言を避けていますね。

(浮気について)そういうことがあると、うちの奥さんはしくしく泣いてなんかいないで、さっさとどこかに出て行っちゃうと思います。で、今でもここにこうしているという事実は、そのような事態がもたらされなかったということを示唆しているのではあるまいかと、僕としては理解しています。なんか国会答弁みたいなまわりくどい言い方ですが。(source。5月上旬で消えるかもですが

個人的な感覚としては、キッパリと「ない」と言ってしまうと小説から色気が抜けてしまうから明言しないだけで、ないんじゃないのかなあと思います。信じ過ぎですか?

あと、村上春樹といえば青山や表参道っていうイメージが強いのですが、それを覆すような証言もありました。

 夫は神奈川の家にすぐ行っちゃうし、そこに人が来るとすっとまた車で出かけて行ったりする。運転しているからということで、携帯にも出ない。人の気配が嫌いなのね。(ページ不明)

神奈川にも割といそうなのが意外でした。すっかり青山の住人になってるものだと思ってた。
それにしても「人の気配が嫌い」って、猫好きすぎて自分も猫みたいになったのでしょうか? むちゃくちゃ自由に生きている様子です。

最後に、この本を通して奥さんはとても格好いい人で、まさにこの夫にしてこの妻ありという感じでした。その一端を垣間見せる一節を引用します。

なぜ何か(表現活動を)しないのか、とよく言われるけれど、
自分の人生を全うする以上の自己表現はない。(あとがき)

普通に本としても、この対談相手が誰だかわからないの面白さがわからないですが、(仮定だとしても)村上春樹さんの奥さんだと思って読むと、むちゃくちゃ面白かったです。
ここに書いてある何倍もぶっちゃけトークが繰り広げられているので、興味ある方は手にとってみてください。

後編(二冊目)は、明日公開します。

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