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九州大学総合研究博物館助教 丸山宗利
 
 昆虫は世界で100万種以上が知られています。この時点であらゆる生物の中で最大の一群ですが、実際にはさらにその数倍は存在すると言われています。
 種というのは生物を認識する重要な単位で、基本的に種が異なれば、姿形や生活環境、習性が異なります。昆虫の場合、それが100万種も200万種も存在するのですから、それだけの数の生活があるということです。そして、その莫大な多様性の結果として、私たちヒトが思いつくような行動、文化的な行いは、たいてい昆虫のどれかが行っているという事実があります。
 今日はアリを例にして、さまざまな驚くべき事象を紹介していきます。

 そもそもアリとはなんでしょうか。実はアリはハチのなかまです。翅を失ったハチが歩行という手段でさまざまな生息環境に適応し、地球上のあちこちに繁栄していきました。
世界に2万種以上がいるとされていて、しかも、生物量というのですが、生物すべてをかき集めた重さが、ある地域では、全脊椎動物、すべての哺乳類やトカゲよりも、圧倒的にアリのほうが多いことがわかっています。とくに熱帯の森林ではそれが顕著で、実は熱帯の森林はアリに支配されているといっても過言ではないのです。そのような環境では、アリはさまざまな生物の捕食者であり、同時にそれぞれの巣が強固ななわばりを持つ強い存在です。
 さて、ヒトの文明を支える文化的な行動の一つに農業があります。もともとは狩猟採集を糧としていたヒトですが、約8000年前に農業を開始し、いまや地球上の大部分のヒトが農業にたよって生きているといっても過言ではありません。
 その農業ですが、実はアリのなかには明らかに農業としか言いようのない行動をとるものがいます。
 
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よく知られているものにハキリアリというアリがいます。ハキリアリは植物の葉を刈り取り、巣に運びこみ、巣の中で葉をかみ砕いて発酵させ、そこに菌を植え付けます。
 
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そして、そこに生じたキノコ状のものを餌をとしています。しかもハキリアリは、ほかの雑菌が繁殖しないよう、体に共生する菌が出す抗生物質のようなものを畑にまき、自分たちの餌となる菌だけが育つようにしているのです。餌となる菌はその抗生物質で死んでしまうことはありません。
 ここで思い浮かぶのは、われわれ人間が、畑に雑草を枯らす除草剤を散布し、その除草剤に耐性のある作物を植えるという農法です。環境に負荷をかけるなど問題もありますが、人が近代に入ってようやくたどりついたのが、この方法です。それをハキリアリは何千万年も前から行っていて、しかも自身にも自然にも問題なく完成された形でやっているのですから驚きです。
 
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また、アリのなかまには牧畜をするものもいます。ミツバアリというアリは、地下でアリノタカラというカイガラムシのなかまを牧畜します。アリノタカラはミツバアリの巣のなかで地中に張り出した植物の根から汁を吸います。アリノタカラはセミと同じカメムシ目に属するので、セミが木の汁を吸う様子を想像してください。
 植物の根は栄養が豊富で、アリノタカラは余分な栄養分、とくに当分をおしっことして排泄します。実はミツバアリはこのおしっこを唯一の栄養源として生活しているのです。
 いわばヒトの乳児が母乳に100%依存しているのと同じです。
 アリノタカラもミツバアリの用意した巣の中でしか生活できず、危険が迫るとミツバアリに運んでもらいます。
 
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つまり、両者は切っても切れない共生関係にあるのです。
 アリの巣は規模が大きくなると、翅のある雌アリと雄アリが出てきます。ある季節になるとこれら翅のあるアリが巣から飛び出し、ほかの巣の雄アリや雌アリと交尾し、交尾後に雌アリが一匹で巣を作り、新女王となります。 ミツバアリの場合、雌が巣から飛び出すときに一匹のアリノタカラを咥えて飛び立ちます。新女王はこの一匹のアリノタカラを増やして、新たに牧場を作るのです。この1頭のアリノタカラは、まさに嫁入り道具といってよいでしょう。
 
 生物の一番の目的は自分の子孫をいかに多く残すか、いかに効率的に残すかということです。そのときに一番手っ取り早いのは、他人に寄生して、栄養分などを得る方法です。
 アリの場合も、巣が丸ごと他のアリの巣に寄生することがあります。それを社会寄生というのですが、その方法はアリによってさまざまです。
 一番顕著な方法は奴隷制です。
 
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サムライアリの働きアリは夏の暑い日になると、クロヤマアリの巣に集団で侵入して、クロヤマアリの蛹や幼虫を奪ってきます。そしてサムライアリの巣の中で成虫になったクロヤマアリは、自分がサムライアリの巣の仲間だと思って働いてしまうのです。
 サムライアリの場合、自分で餌をとることも食べることもできません。ただクロヤマアリの巣から蛹を奪うことだけが仕事です。
 
 アリというのは基本的に目があまりよく見えません。しかし、外でも真っ暗な巣の中でも、仲間どうしで交信しあって、上手く集団生活を行っています。それはどのようにやっているのでしょうか。
 最近では音も使うことがわかっていますが、アリは化学物質を出すことによって、それが言葉となります。体中のあちこちにさまざまな化学物質を出す分泌腺があって、それを言語のように扱って、敵が来たことや幼虫がいる場所など、仲間どうしでやりとりしているのです。
 アリの巣は基本的に他の生物を寄せ付けません。同じ種のアリでも、巣が違えばなわばりを争う敵です。しかし、アリの巣の中にはさまざまな生物が居候しています。
 
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これが私の専門なのですが、たとえばアリヅカコオロギはアリに気付かれずに餌を奪います。アリスアブというハエの幼虫は巣の中で平然とアリの幼虫を食べてしまいます。クロシジミというチョウの幼虫はアリから口移しに餌をもらって生活します。いずれも化学物質をアリが使っているものに似せることによって、アリに気付かれずに巣の中で生活しているのです。アリとキリギリスの話のように、アリの巣は安全で餌がたくさんあって、上手く入り込んでしまえば天国のような場所なのでしょう。しかし、アリにとって、こうした昆虫の存在はほとんど意味がないか、迷惑な存在です。まさに居候といえるでしょう。
 
 アリに関する面白い話は尽きません。アリの社会というのはヒトでいう家族のようなもので、ヒトの社会とは異なりますが、観察すればするほど、ヒトの社会の鏡に見えることがあります。農業のような文化的に見える部分はもちろん、今日話した奴隷制などです。
そんなとき、ヒトが起こすさまざまな問題も自然の成り行きによるものではないかと考えることがあります。もちろん、ヒトには理性がありますから、さまざまな問題を解決していかなくてはいけません。そのときに虫を見て、生物たるヒトの行動の本質がわかれば、少しは客観的に問題の実態について理解できるのではないかとも思います。今日はアリだけの話をしましたが、身近な昆虫全般にもまだまだ面白いことがたくさんあります。これから虫がたくさん現れる季節になりますが、みなさんも身近な昆虫をじっくりと観察してみてください。きっと面白い発見がありますよ。
 

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