「Listening――あなたの声を聞きたい」は、記事をもとに読者の皆さんと議論を深める場所です。たくさんの自由で率直なご意見をお待ちしています。利用規約はこちら

Listening:<「論争」の戦後70年>沖縄イニシアティブ 猛反発の地元言論界

2015年04月14日

米海兵隊キャンプ・シュワブのフェンス前で。背景は辺野古の海=沖縄県名護市で3月
米海兵隊キャンプ・シュワブのフェンス前で。背景は辺野古の海=沖縄県名護市で3月
高良倉吉・琉球大名誉教授
高良倉吉・琉球大名誉教授
批評家・仲里効さん
批評家・仲里効さん
仲村清司・沖縄大客員教授
仲村清司・沖縄大客員教授

 ◇基地容認のタブー破る現実論の提言

 沖縄・米軍普天間飛行場の辺野古移設問題は、どこに向かっているのだろう? 移設が実現してもしなくても、問題は解決しない。沖縄の民意が無視されるか、普天間飛行場の危険が除去されないか、のどちらかだからだ。問題の答えは何なのか。どこの誰が出すべきものなのか。

 「沖縄イニシアティブ」と呼ばれる提言がある。2000年3月、那覇市で開かれた国際フォーラムで、琉球大の3人の教授が討議用草稿として発表した。沖縄は地理的・歴史的独自性を発揮し、日本社会の一員として率先して創造的な役割を果たすべきだ、という趣旨だった。

 しかし、激しい論争が起きた。

 「あれだけ反論されるとは。言ってはならないことを言ったということでしょう」。起草の中心、高良倉吉・琉球大名誉教授(琉球史)が振り返る。仲井真弘多(なかいまひろかず)・前沖縄県知事2期目の副知事であり、「辺野古やむなし」の立場だ。移設問題では多数派ではないが、イニシアティブの問題提起は今も注目に値する。

 イニシアティブは意図して沖縄のタブーに挑んだ。現実的な自己認識が重要だと指摘し、その延長で米軍基地の容認論に立った。沖縄の知識人にとっては、おきて破りの所業。地元紙上などで「裏切り者」呼ばわりされた。だが、そんな姿勢で沖縄の現実が前に進むのかと、まさにイニシアティブは問いかけていた。

 論点は二つ。一つは、沖縄の問題をさまざまな立場から自由に議論したいという主張である。

 「こと沖縄問題の議論で、『それを一番語れるのは俺たちウチナーンチュ(沖縄の人)だ』となったとたんに議論ではなくなる。僕はその構図が好きではない」と高良さんは言う。沖縄人とそうでない人に、発言力や発言権に差があるのか? この「沖縄という価値」「沖縄の体験」にかかわる問いは重い。沖縄史上、最も重大な体験というべき沖縄戦の評価に直結するからだ。たとえば。

 「地元メディアに載るのは、1945年の春から夏にかけて何があったかということ。必ず、戦争はひどい、いつまでも平和であってほしいと、アウトプットは皆同じ。そこから軍隊が戦争の原因で……と米軍基地問題にリンクする。その瞬間、戦争体験の話者は英雄視され、口を開く前から現代の基地問題に関するメッセージを発する価値を持つ者として位置づけられるわけです」

 いかに過酷な体験に基づく貴重な証言とはいえ、あらかじめ価値や解釈が定まっていては、その先に自由な議論はない。「(沖縄で戦った旧日本軍の)第32軍と今の自衛隊や米海兵隊が一緒なのかとか、考えるべき問題があるのに眼中に入ってこない。住民証言は歴史の非常に重要な基盤ですが、被害の立場を語ると同時に、あの戦争をより多面的に把握する作業も大事なんです」。沖縄の今を論じるには、70年前のある一点以外の視点も必要との主張である。

 もう一つの論点は、沖縄の問題解決能力について。イニシアティブ以前から、高良さんは「沖縄は問題の提起能力は高いが、解決能力が弱い」と懸念していた。それは今の辺野古問題にも通じるという。

 「みんな、県外移設をしろと言いました。県民大会や建白書で運動しました。でも、最終的には中央政府の方針を断念させきれなかった。それで仲井真知事に(埋め立て承認の)印鑑をおすなとシフトしていき、期待が高かっただけに、承認して逆に猛烈な反発が起こりました」

 知事一人が責任を負うことになったかのような構図に欠けているものは何か。「自分たちの運動がどれくらい東京に圧力をかけられたかを問うていない。怒りをぶつけるのと同時に、知識人たちの議論が一定の政策提言になっている必要がある。発話者がその問題に直接責任がないという形で議論しても、状況は前に進まないと思うんですよ」

 イニシアティブはつまり、沖縄言論界には、県民大会や決議文のような情念の意思表示だけでなく、具体的・実務的な作業も必要だと、その変革を訴えたわけである。

 さて、イニシアティブ批判論者の見解を聞いた。批評家の仲里効(いさお)さんはまず、イニシアティブが出た時期の政治的意味を問題視する。沖縄サミット(00年7月)の直前で、来ないと思われていたサミットの沖縄開催が決まり、前年には普天間飛行場の辺野古移設も決まっていた。

 「彼の場合明確に、日米安保条約がある以上、沖縄に基地があるのは当たり前、ということを前提にしている。そういう発言が沖縄の現状でどういう妥当性をもつのか。日本政府をオーソライズ(正当化)している。それが問題と僕は思います」

 やはり、第一には基地容認が批判の対象になっていた。では、タブー破りの提言はどうみたか。

 「沖縄戦やアメリカの占領という経験の中で沖縄の言論は培われ、それが沖縄人意識という形になっている。歴史的に根拠のあることだと思います。だからといって、他を排除はしない。物が言いたければ言っていい。問題は内容なんです」

 沖縄の問題解決能力についても「稲嶺(恵一)県政、仲井真県政は何をしましたか。解決能力がありましたか。(辺野古問題では)一連の選挙で沖縄の意思は出ている。そこからしか具体的な話は進まない。それが民主主義の最低のルールではないですか?」。イニシアティブの議論とは平行線のように見える。

 沖縄大客員教授の仲村清司さんにも聞いてみる。本土で生まれ育ち、約20年前に沖縄に移住した「沖縄人2世」だ。辺野古問題では、カヌーに乗って移設に反対している。だから「高良さんは今の混乱を招いた一人と思う。沖縄の現実認識を言うのなら、一昨年からの選挙で全部はっきりしている」と批判する。ただし、沖縄人かどうかが議論の前提になるような偏狭なムードには反対。「ヤマト(本土)と沖縄を二項対立させて、何が残るのか。僕も『寄留商人』なんて言われるんですが……」

 「沖縄の言論人が鍛えられると期待してやったんですが、同じ立脚点で議論してくれる人はいなかったですねえ。うん」と、高良さんはイニシアティブ論争を総括する。

 辺野古問題の出口はまだ見えない。次回以降も高良、仲里、仲村3氏らに話を聞き、沖縄の言論空間の紹介を続けたい。【伊藤和史】

………………………………………………………………………………………………………

 ■ノートから

 ◇政府が状況を複雑に

 「前の自公政権であれ民主党政権であれ今度の自公政権であれ、中央政府は沖縄基地問題を必ずしも沖縄県民を納得させる形で政策を推進したわけではない。日本国民は、そのことだけは反省した方がいい。今の沖縄県民が基地問題で取引して振興予算を獲得して納得しますか? 仲井真さんが、その程度の方程式しか持っていない人間と思っているんですか? ありえないです。自分たちが混ぜこぜにした状況を反省しないとダメです」

 仲井真前知事は辺野古問題で金銭的な条件闘争をしたのか、との疑問に対する高良さんの反論だ。沖縄は辺野古反対の一枚岩ではないが、反対・賛成の二分法で理解できる程度の単純なところでもない。

利用規約

投稿は利用規約に同意したものとみなします。
不適切な投稿の管理者への通報はコメント下のから行ってください。

最新写真特集