フミコフミオ、夫婦生活を考える。「18,000円の小遣いで生きていく覚悟」

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 こんにちは。僕はフミコフミオ。日刊キャリアトレックで夫婦生活について考える連載をはじめることになった。今回は僭越ながら人生の先輩として上から目線で皆さんにお金と結婚についてお話させていただきたいと思う。

小遣いが大幅に減額……

 大変突然で申し訳ないが、結婚を軽々しく捉えておられるヤングに僕は激しく警鐘を鳴らしたい。大好きな恋人や片思いのあの人と一緒に暮らしたい、将来出来ることなら結婚したい、二人なら喜びも悲しみもベッドも半分こ、お金はないけれど大丈夫、若い僕たちには恐れるものも失うものも何もない、ロケットのように飛び出せばいいのだから。そんなヤングは早く目を覚ましてほしい。
恋は盲目という都合のいい言い回しがある。それを念仏のように唱えてさえいれば勢いとゼクシィに掲載されているノウハウで結婚くらい乗り越えられると考えるのはありだけれども、実際は恐れるものも、失うものもあるよ。あるに決まってる。当たり前っしょ。

 恐れるもの、失われるもの。それは今そこに空気のようにある自由なのだ。想像してほしい。自由に出来ない自慰。自由に使えないお金。大学時代両手首を捻挫して自慰が出来なかった僕から言わせてもらうと、自慰をしなくても死ぬことはないがお金を自由に使えないと死ぬ。お金を自由に使えるかどうかということは死活問題なのだ。
 伴侶が専業主夫あるいは専業主婦にジョブチェンジした瞬間、お金は大きな怪物になって僕らに牙を剥く。残念ながら専業主夫の伴侶を持ったことはないが、専業主婦の伴侶を持った経験なら人並みにある。妻が専業主婦になった瞬間、僕の月の小遣いは18,000円に減額された。有無をいわさずだ。さりとて人は生きていかねばならない。生きるためには働かねば。「小遣いの減額とともに仕事やる気も減退しました」と言えば休めたり、減額分給与を上げてもらえたりするような職場は、労働環境の向上が見られる日本でもまだまだそれほどないはずだ。

飲食費をカットすることに

 出費を削るしかない。手っ取り早いのは飲食費のカットだ。
 僕は昼食をカロリーの高いカレーパン主体に切り替えた。腹が減るとカロリーメイトを1本づつ、口の中で溶かしながら食べた。カロリーメイト2本入りは100円前後で買え、チーズ、メープル、チョコ、メープルと味も豊富にあるので、役に立った。カレーパンに飽きてしまうとカロリーメイトをローテーションで1本ずつ食べた。1日50円の昼食。まだまだ苦しかった。女性のいない飲み会は断り、タバコは受動喫煙にシフト。それでも苦しかった。
 なぜ僕は悪いことをしていないのに苦しまねばならないのか。それも日本人らしく黙して耐えるでなく、なぜ、対外的に苦しさをアピールしなければならないのか。それは独身時代に溜め込んだヘソクリの存在を妻に悟られぬためだ。70キロあった体重が60キロを下回るほどの苦しみはそのまま隠蔽になる。それほどまでに結婚とは厳しいものなのだ。

 死ぬほどキツい苦行減量を乗り越えたけれども平成26年4月、神はいなかった。消費税がハチパーに上がった。アチャパー。アベノミクスの恩恵を受けていない我が家庭は、実質的に問答無用でさらなる小遣い減額となった。月1万円。より厳しい飲食代カットが求められたので、僕は毎日午前午後一本ずつ買っていたペットボトルをあきらめた。1日300円、月にして6千円の贅沢であった。なぜペットボトル飲料を辞めたのか申し上げると、ドリンクバーで元を取るのが困難であるように、原価が低いと知ってしまったから。人間とは醜いもので、一度そのように思ってしまうと一本のペットボトルがお金に見えてきてしまうから悲しい。
 とはいえペットボトル飲料の扱いを全面的に止めて、公園の水飲み場を見かけるたびに足を運びゴクゴク飲み出すと友人や同僚から「あいつ苦しいんじゃね」と嘲笑されてしまう。特殊な性癖をお持ちの方や耐性のない普通の方にはオススメできない。普通の僕らが取るべき行動は、ペットボトルの活用である。ペットボトル飲料の携行を止めたのを悟られぬよう、空のペットボトルに自宅でお茶をいれるのだ。ビバペットボトル!水筒代わりにするペットボトルは清涼飲料水のものは使わないこと、ラベルを剥がさないことが大事だ。同僚や友人からペットボトルの中身が自前だと悟られぬようにすることが何よりも大事。清涼飲料水のペットボトルにミネラルたっぷりの茶色い麦茶が入っていたらどう見られるか。ラベルのないペットボトルに口をつけている姿はどう思われるか。想像してほしい。

ペットボトルへの愛着

 完璧な隠蔽は不可能だ。しかし僕の経験からいうと、偽装していれば、偽装さえしていれば、仮にペットボトルの中身が自前だと露見しても、同僚や友人は一瞬、憐れみの色を瞳に浮かべこそあれ、次の瞬間には何もなかった何も見ていなかったかのように接してくれる。最悪「リサイクルしてるんだーエコだよねーっ」て棒読みはしてくれる。いずれにせよ、バレないのがベスト。サラリーマンをやっていて大事なのは面子であり、つまりそれは尊厳、プライドなのだ。仕事とお世辞で積み上げた同僚からの評価をペットボトル使い回しくらいのことで失ってほしくない。
「水筒代わりにペットボトルを使い、貧乏生活が同僚や友人に露見するのを恐れるくらいならば、本物の水筒にお茶を入れてくればいいじゃないか。水筒男子なんて言葉も一瞬だけ流行りそうだったではないか」。そんな声もあるかもしれない。甘い。18,000円の小遣いで生きていく覚悟が足りないと言わざるをえない。水筒は2千円程度する高級品。月の小遣いの2割をたかが入れ物に費やすのはもったいなさすぎる。されど入れ物という甘えは捨てて欲しい。それに水筒では訴求力が足りない。帰宅してペットボトルを洗うのと水筒を洗うのでは、どちらが切羽詰まった姿として伴侶の目に映るか。論を待たないはずだ。伴侶の情に訴え続け、抜け目なく小遣いアップを狙うのを忘れてはならない。結婚とはある種の冷戦なのだ。
 いいこともある。繰り返し続けているとただのペットボトルでも愛着が湧いてきて、やがて平日の戦友、相棒的な存在になってくる。こだわりのアイテムに愛着を持って使い続ける渋い男への第一歩である。

 とある休日のことだ。渋い大人への階段を登り始めた僕は、厳しい財政事情を通じて戦友となったペットボトルが、妻の手によってペットボトルロケットに改造され、大空に羽ばたくことなく地上で爆発、四散したとき、目から熱いものが流れるのを止められなかった。己の苦悩やあざとさや偽装が実体となって溢れ続けるのを止められなかった。 さすがにロケットにされたペットボトルをリサイクルして使う気にはならなかった。人でなくなる一線であるような気がした。その一線を越えるとき、それは消費税がテンパーを越えるときだと覚悟はしている。

( 執筆:フミコ・フミオ / 編集:仁田坂淳史 )

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フミコ・フミオ
会社員・ブロガー。海のみえる町からとりとめのない日常とサラリーマンの悲哀を当たり障りのない平凡な言葉で綴る。好きなアニメはガンダム。