授業実践記録
小学生に天皇を教える
岩手県公立小学校教諭 髙橋 智之一
1.はじめに
小学校学習指導要領では、「天皇の地位」の指導に当たって、「天皇についての理解と敬愛の念を深めるようにする必要がある」と書かれている。
小学6年生の3学期に行う公民的な授業では、主に憲法に記されている象徴としての立場や国事行為などについて学習をするが、これだけでは天皇陛下に対して「敬愛の念」を深めるには不十分ではないかと感じていた。
そこで、今回のような授業を組み立て、実践した。
2.目標
- 天皇の特徴を理解する。特徴とは、主に世襲であること、祭祀王(国や国民の安寧をお祈りする人)としての一面を持っていること、ながく続いてきた伝統があることの3点である。
- 天皇陛下と私たち国民とのつながりを土台として、天皇陛下に対する敬愛の念を深める。
3.授業記録
(『 』は教師の発問、指示、説明。が9名の児童の発言や反応)
(1)導入
クイズ形式で児童の関心を喚起する。
『今から、ある人について話します。 この人物が誰なのか、当ててください。 わかったら、静かに手を挙げます』
【クイズ】
- 私は、先祖から3つのものを受け継いでいます。
- 私は、125代目です。
- 私は、毎年必ず田植えと稲刈りをします。
- 私には、姓(名字)がありません。
「歴史上の人物?」「そんな人いるの?」「有名人ですか?」
- 私の宝を「大御宝(おおみたから)」と言います。
- 私の誕生日は、12月23日です。
- 私は、この写真の中にいます。 (皇室御一家の写真を掲示し、お子さん・お孫さんがいることを解説する)
- 私の写真です。 (天皇陛下ご正装の写真を掲示する)
ここまでで、8名の児童が挙手した。
(2)展開
『私とは、天皇陛下のことでした。補足説明をします』(以下の内容を説明)
- 三種の神器とは、
「八咫の鏡(やたのかがみ)草薙の剣(くさなぎのつるぎ)八尺瓊曲玉(やさかにのまがたま)」のことを言います。
皇位の証です。 - これほど過去にさかのぼれる家系は、世界にはありません。
- 今上陛下のお田植えとお稲刈りの写真を掲示して説明する。
- 大昔、姓は天皇が与えるものであり、天皇に姓を与える立場の人は存在しなかったので姓はありません。
- 天皇陛下のお名前は「明仁(あきひと)」とおっしゃいます。しかし、身分の高い方を本名で呼ぶのは失礼にあたるので普段は呼びません。
- 今上天皇とは、現在の即位している天皇の呼び方です。
写真をつかって皇室の御一家を紹介する。
『「大御宝」は、私の宝という意味です。天皇陛下は、何を宝物と考えているでしょうか。別の言い方をすると何を大切に思っているのでしょうか、という意味です』
【板書】
が宝物だと思っている
が大切だと思っている
『 に入る天皇陛下の宝物とは何でしょう。天皇陛下は、日々いろいろなことをなさっています。その中にヒントがありますからね。このようなことをなさっています』
(以下の写真資料を掲示し、最初に何をしているか児童に予想させ、その後に説明する)
- 内閣総理大臣の任命式
- 大使の認証式
- 外国の国王との晩餐会
- 被災地のご訪問
- 歌会始
- 神嘗祭に向かわれる写真
ここで〔資料1〕を配布し、簡潔に説明する。
『陛下は古式装束で神様にお祈りをします。大きなお祭りだけで年に30回くらいあります』
〔資料1〕主な皇室祭祀
1月1日 | 四方拝歳旦祭《元日》 | |
1月3日 | 元始祭 | |
1月7日 | 昭和天皇祭 | |
1月30日 | 孝明天皇例祭 | |
2月11日 | 賢所仮殿御拝(紀元節)《建国記念の日》 | |
2月17日 | 祈念祭 春分の日 春季皇霊祭 | |
4月3日 | 神武天皇祭 | |
6月16日 | 香淳皇后例祭 | |
6月30日 | 節折 | |
7月30日 | 明治天皇例祭 秋分の日 秋季皇霊祭 | |
10月17日 | 神嘗祭 | |
11月23日 | 新嘗祭《勤労感謝の日》 | |
12月中旬 | 賢所御神楽 | |
12月23日 | 天長祭《天皇誕生日》 | |
12月25日 | 大正天皇例祭 | |
12月31日 | 節折 |
*加えて毎月1日に 「旬祭」が行われています。
『皇室祭祀には、やり方の決まりがあり、寒い中、夜中におこなうこともあります。その大変さがわかる皇后陛下の歌を紹介しましょう』
新嘗の み祭果てて 還ります 君のみ衣 夜気冷え冷えし
(新嘗祭が終わり、夜明け前に帰ってこられた天皇陛下の服がすごく冷たかったという意味です)
『では、天皇陛下は自分のご先祖を含めた神様にどのようなお祈りをしているのでしょうか』
国民の安全(2人)国民の健康(2人)国の平和(3人)国民の幸福(1人)歴代の天皇が続くこと(1人)
『みなさんの予想は、ほぼ正解です。陛下の祈られる内容を違和感なく答えていましたね。でも、これはみなさんと同じですか。みなさんは神様にどんなお願いをするか、前にアンケートをとったでしょう。それを紹介しましょう』
- 勉強ができるようになりますように
- そろばんが合格できますように
- 本をたくさん買ってもらえますように
- 怪我をしませんように
『みなさんが神様にお祈りすることは、たいてい自分のことです。広くても家族のことですね。しかし、天皇陛下は違います。それは天皇陛下が歌会で読まれた歌にもあらわれています』
今上天皇の御製(天皇のお歌)お題「幸」
人々の 幸願いつつ 国の内 めぐり来たりて 15年たつ
『さて、先に黒板に書いた問題、に入る言葉は何でしょう。書いてください』
国民(4人)
すべての国民の命(4人)
日本のみんな(1人)
『大御宝…、天皇の宝物とは「国民」のことだったんですね。それは、昭和天皇、明治天皇など歴代の天皇も同じでした。それがわかる証拠を紹介しましょう』
明治天皇の御製
照るにつけ 曇るにつけて おもうかな わが民草の うえはいかにと
(意味…照るにつけ曇るにつけて思うのは、国民の生活はどうかということである)
『「天皇は国民の安心と幸せを願っている」「国民は宝物である」という考えは、初代の天皇から続く考え方です。初代天皇は誰でしたか』
「神武天皇です」
『その神武天皇がおっしゃった言葉の中に「建国の詔」というのがあります。建国の詔は、日本という国ができたときに、どのような国を造っていくのかという目標です。長い文章の中に次のような一節があります。
「いやしくも民(おおみたから)利(さち)あらば いかにぞ聖(ひじり)の造(わざ)〈天皇の仕事のこと〉に妨(たが)わん」
国民を幸福にすることこそ天皇の任務である、という意味です』
『天皇陛下は、国民を大御宝といって大事にしていました。では、一方の国民は天皇陛下のことをどんな言葉であらわしていたのでしょうか。次の( )には何が入ると思いますか』
【板書】大御宝の対になっている言葉は何でしょう。
ここで〔資料2〕を配布し、範読する。
〔資料2〕
【元気のでる歴史人物講座】(51)産経新聞2009年12月23日
今上陛下 国民と喜び、悲しみともにされ
今上陛下はめでたく御即位20年を迎えられた。陛下はすでに47都道府県ならびに5百余の市町村をご巡幸され、親しく国民生活をごらんになり、ことに災害にあった気の毒な境遇の人々に深く同情され、慰め、励ましてこられた。
常に国民と喜びと悲しみをともにされる天皇皇后両陛下のお姿に人々はどれほど悦(よろこ)びと励ましと勇気を与えられてきたかは計り知れない。
新潟県中越地震で被災した山古志(やまこし)村村長だった長島忠美(ただよし)さんの次の言葉は国民の気持ちを代弁している。
「私たちはあの時絶望の中にいました。しかし、両陛下がおいでくださった。私たちは一人ぼっちではない。これだけで勇気に繋(つな)がったと思います。天皇皇后両陛下は私たち政治家ではできないことをずっとやってきてくださっていると思うのです。それは大きな御心で国民全体を愛するということです。日本国民である以上、どんな人でも差別なく、すべての人を愛し続けていらっしゃる皇室の偉大さを私はこの災害の中で感じることができました」
国民を「大御宝」として慈しみ、国家の隆昌(りゅうしょう)と国民の安寧をひたすら祈り続けられる御皇室を戴いていることこそ、日本国民にとってこの上ない悦びであり幸せである。先月12日、皇居前広場で3万人以上の人々が集い、御即位20年奉祝式典が行われたが、参列した私はその幸せと悦びを多くの人々とともに身に沁(し)みて感じた。皇室の弥栄(いやさか)聖寿(せいじゅ)の万歳を心より祈念し奉る。
日本政策研究センター主任研究員
岡田幹彦
『山古志村の村長さんの言葉にある「大きな御心」を短くすると「大御心(おおみこころ)」になりますね。( )の中には「大御心」が入ります。「大御宝」に対して、国民は天皇陛下の「大御心」といって尊敬してきたのです』
『それでは、天皇陛下にはなぜこれほど人々を慰め、勇気付ける力があるのでしょうか。それは、125代もの昔から国民の幸せと安寧を祈り続けてきた伝統と、この祈りを血のつながった一つの家系が、ずっと受け継いできたという歴史にあると思います。自分のことを祈ってくれている人がいることはとても幸せなことです。
このような関係についてパナソニックの創業者・松下幸之助さんは、次のように言っています。
「日本の天皇制は、他の国がつくることも、お金で買うこともできません。それほど貴重で得がたいものを日本人は持っているのです」(『日本と日本人について』から)。
2千6百年も続く歴史を持っている国は、他にはありません』
(3)まとめ
『天皇陛下は、日々、みなさんの幸せと安寧を祈ってくれています。和歌にもよんでいます。そんな天皇陛下に対して皆さんはどう思いますか。自分の気持ちを歌であらわしてみましょう』
以下に児童の作品を紹介する。
- ありがとう みんなの願いも 届いてる
- 国民の 勇気の元は 天皇だ
- 国民を 幸せに導く 両陛下
- 天皇の 国民思う温かさ みんなの心に 光差し込む
- 喜びも 悲しみも ともにしてくれる 心優しい天皇陛下
- 人々の 幸福願い 皇室祭祀
- いつの日も 国をまとめていただいて 今日も人々幸(さち)をいただく
- 国民は 陛下のおかげで 幸せに
- 光差す 陛下の優しさ 国民に
- 絶望を 抜け出せたのは 陛下のおかげ
- 人々が 優しい心を持てるのは 陛下が国を大切にしているから
- 国民も 天皇陛下に 恩返し
- 天皇の 心と勇気をまねながら 私も平和を祈ります
『みなさんの気持ちは、きっと天皇陛下にも届くでしょう』
(授業終わり)
〔参考文献〕
- 『天皇陛下御即位20年 御成婚50年記念写真集』宮内庁監修(共同通信社)
- 『天皇たちの和歌』谷知子著(角川選書)
- 『天皇陛下の全仕事』山本雅人著(講談社現代新書)
- 『天皇論』小林よしのり著(小学館)
- 産経新聞(平成21年12月23日)