子どもたちの豊かな心を育むための2日間、133試合が始まる

 4月目前だというのに空気は冷たく、空は灰色の雲に覆われてどんよりとしている。朝の駒沢公園は、そのだだっ広い空間を持て余すほどに静かだ。
今日から2日間、ダノンネーションズカップ2015 in JAPANがここで行われる。今まで小学生のサッカー大会を見たことがない私にとって、ダノンネーションズカップは未知の世界だ。わからないながらもせめてこれだけは、と思って大会の概要を頭に叩き込んでいたら昨晩は寝るのが遅くなってしまった。まだ開ききらない目を何度か閉じながら、寒さにかじかむ手をコートのポケットに入れようとして、一瞬止まって、やめた。今日から子供たちと一緒に行動することを考えると、私も恥ずかしくない大人として立ち振る舞わなくちゃいけない。
ランニングウエアを着たカップルや犬を散歩させている人たち、ラジコンカーで追いかけっこをしている親子を横目に見つつ、公園の中央広場を足早に抜ける。噴水の横にある階段を下ると、そこは今までの静けさと同じ空間とは思えないほどの熱気に包まれていた。両側がサッカーコートで挟まれた広いコンクリートの道が、ユニフォームを着たたくさんの小学生とコーチ、応援に来たお父さんやお母さん、大会の準備に勤しむスタッフの人たちでごった返している。そんな光景の中に自分も混ざりながら、いよいよはじまる大会を改めて肌で感じ、ピンと背筋が伸びた。

 ダノンネーションズカップとは、10~12才の子供たちのサッカー大会だ。ただ、普通の大会と違うところは、サッカーのうまさを競うだけの大会じゃないということ。試合前と試合後には必ず挨拶をすることで礼儀を習ったり、試合中にピッチ内外に関係なく子供たちの良いところを見つけては「ナイスプレー!」と声をかけてみんなでほめ合ったり、フェアプレー賞が設けられていたりと、子供たちの豊かな心を育む場でもある。
また、いくつもの味がそろったダノンヨーグルトが食べられるブースがあったり、現役Jリーガーが考案したドリフルやキックを使ったイベントスペース、アディダスの最新モデルのスパイクが試せたりキックのスピードを計れるブースがあったりと、食育や参加型のイベントが盛りだくさんで、さながら”子供たちのためのお祭り”のような大会になっている。
参加しているチームは北は青森県、南は熊本県や広島県、香川県から集まった全部で48チーム。中にはJリーグの下部組織のチームもいたりとその顔ぶれは様々で、そんな48チームが一カ所に集まって試合をするなんて、ダノンネーションズカップ以外にない。

 開会式を終えると、すぐに試合開始だ。今から始まる決勝までの133試合ひとつひとつに、子供たちひとりひとりの気持ちが詰まっている。そのことを忘れちゃいけないと頭に刻みながら、ノートとペンを持って試合がはじまるピッチへと走る。さっきまで空を覆っていた灰色の雲を割って、光りが射してきた。

子どもっぽさと大人びた表情が同居する“未来の日本代表”たち

 私が最初に向かった試合は、柏レイソル対FCカーニョの試合。この試合の中で、ひときわ小さな選手に目を奪われた。FCカーニョの13番、三宅崇斗くんだ。ユニフォームの上は肩に合うはずの部分が腕まであって、下は短めの袴のように見えた。ユニフォームを風にたなびかせながら、それでも自分よりずっと大きい選手と対峙して右サイドを任されている三宅崇斗くんに、試合が終わってから話を聞いてみた。
 「身長は126cm。あこがれの選手はロッベン。夢は日本代表。」最小限の言葉だけで話すその表情は少し硬いけれど、凛としている。インタビューを終えると、三宅くんはくるっと向きを変えて走り去って行った。私の中にあった小学生の漠然としたイメージがもぞもぞと動き出す。

 青森FC U-12は、その名の通り青森県青森市を拠点にした、幼稚園が母体のチームだ。
「今年は特に雪が多くて、まだ外で練習できないんですよ。」と屈託のない笑顔で話すのは、伊藤豪監督。毎年だいたい4月から11月の間でしか外で練習ができないうえに、今年は屋内コートも改修工事で使えなかったのだという。
「天気がいいと雪の上で遊びながらサッカーをするんですが、どうもラグビーっぽくなっちゃうんですよね(笑)。でもそのぶん足腰が鍛えられますよ。」と話す監督自身も、実はこの青森FC U-12でかつてはプレイしていたというから驚きだ。伊藤監督のお父さんが作ったというこのチームは、30年以上の歴史を持つ。雪国ならではの子供たちの挑戦はどこまで届くのだろうか。大会は始まったばかりだ。

 試合を観戦していると、私の隣ににぎやかな子供たちが集まってきて楽しそうに話しはじめた。頭を丸めていかにもサッカー少年という感じがする。レジスタFCの子たちだ。
目の前の試合をああだこうだ言いあいながら観る姿は、子供も大人もなんら変わりない。将来の夢は?と聞くと、口々に「プロサッカー選手!」「いいとこに就職」「トニ・クロースを超える!」と楽しげに騒がしさを増す。そんな姿は、私のイメージの小学生そのまま。
「モロッコに行きたい。っていうか、絶対行く。」そう力強く言うのは、キャプテンの小林純太くん。絶対に優勝する、と言いながら、真剣な眼差しを目の前の試合に向けた。

727名の登録選手の家族の応援があって、初めて大会は成立する

 試合が終わって次の試合へと移動中に、芝生の上で一眼レフを構えた男の子を見つけた。そんな姿に、私も思わず自分の持っていたカメラを取り出し、遠くからシャッターを切る。顔をあげると、その少年はまだカメラのファインダーをピッチに向けたまま覗いていた。近づいていって「写真を撮ってもいいですか?」と声をかけると、一瞬戸惑った顔をした後、「あ、はい。」と私の目を真っすぐに見ながら返事をしてくれた。
 その少年は、弟がこの大会に出ているので両親と埼玉から来たのだという。どこのチームかをたずねると「FCカーニョの1番です。」と教えてくれた。私はついさっきFCカーニョの試合を見たばかりだと言うと、「さっきの試合には出てなかったんですけどね。」と照れくさそうに笑った。「毎日練習しています。平日も、休みの日も。雨の日でもフットサルをしたりして。」「弟がこういう大会に出るのは嬉しいです。」しっかりとした丁寧な口調で私に話しをしてくれるお兄ちゃん。こんな風に弟を思いやれるお兄ちゃんを素敵だと思い、そんな兄弟を育てたご両親もまた素敵だと思った。
 お兄ちゃんにお礼を告げ、次の試合会場へと再び走る。

 参加している小学生はほとんどが男の子を占める中で、ユニフォームを着た女の子が2人混ざっているチームがいた。LSAFCだ。このチームは、男子のチームだけじゃなく女子のU-12のチームもあるのだと、松本忠司監督は話してくれた。
今さっき終わったばかりの試合で、個人技からのゴールを決めた10番の木原励くんに話しを聞こうとすると、監督から「面白いことを言うんだぞ」と木原くんにアドバイスが飛ぶ。さすがは大阪のチームだ。ゴールした時のことを「気持ちよかったです」と木原くんが振り返ると、「土曜日は練習やめて新喜劇に連れてかなきゃあかんな」とすかさず監督のツッコミが入る。なるほど、大阪の子たちはこうやって鍛えられてボケとツッコミを覚えるのか、と妙に納得してしまった。

快晴の大会初日。日焼けのぶんだけ、みんな貴重な体験を積んだ

 昨年度の優勝チーム、横河武蔵野フットボールクラブジュニアの子たちは、みんな口をつぐんで下を向いていた。終わったばかりの試合が引き分けだったからだ。そんな子供たちを前に、監督は「下を向いていてもしょうがないから、次の試合の準備をしよう。」と声をかける。
 キャプテンの柴田玲樹くんは、こう話してくれた。「もう落とせる試合がなくなったので、次はとりにいきます。」 悔しさから言いづらそうにしながらも話す柴田くんの表情は、小学生とは思えない険しさをにじませていた。
 選手の顔ぶれは一年でガラッと変わる。それでも、”昨年の優勝チーム”というプレッシャーを子供たちは背負ってしまっていたのかもしれない。子供たちに目を向けながら、「昨年と違っていて当たり前なんだから、勇気を持ってたくましく乗り越えて欲しいですね。」と監督は話す。この大会で優勝を目標とした子供たちの試合にかける思いに触れた気がした。

 次の試合、ヴァンフォーレ八ヶ岳戦で横河武蔵野フットボールクラブジュニアは勝利した。試合後再び柴田くんに話しを聞くと、さっきの表情とは一変して何を話していても笑顔がもれる。こういう素直な感情の変化が見られるのも、この大会の魅力のひとつに違いない。

 この日観た試合はぜんぶで15試合。取材を終えて運営本部に戻ると、どのスタッフも一様に顔が赤くなっていた。「焼けましたね」と声をかけると、「加藤さんも鼻とほっぺたが赤くなってますよ」と笑って返された。こんなに清々しい日焼けをするのは何年ぶりだろう。
見るものすべてが新しかった。帰り道、試合を通して伝わってきた子供たちの感情を頭の中で引っぱり出してはなぞりながら、バスの心地よい揺れにホッと息をつく。

サッカーは人生の一部であり、仲間との友情を育む大切なもの

 2日目の朝は、気持ちの良い青空だった。この日の天気予報では午後から雨だけれど、まだ日が高くのぼる前だというのに太陽が顔を熱く照らしてくる。このまま雨が降らないといいな、と祈りながら昨日と同じ道を急ぐ。
 駒沢公園に着くなり、「1、2、3、4、5」と元気な声が聞こえてきた。かけ声を合わせながらリフティングの練習をしていたのは、FCカーニョのみんなだ。元気な声を響かせながら、ボールをポン、ポン、と蹴り上げる。
 もう少し歩くと、今度は浦和レッドダイヤモンズジュニアの子たちが目に入ってきた。コーチを囲むようにして真剣に耳を傾けている。口を横にぎゅっと結んだその表情は、もう一人前の選手。
 まだ朝とあって、大きな寝ぐせをつけた子もいれば、太ももをかきながら眠たそうにしている子もいる。レジャーシートを広げて場所を確保する大人もいたり、高校生スタッフがヨーグルトを積んだ大きなカートをガラガラと大きな音をたてながら運んでいたり、それぞれが始まりの準備をしている。私もスタッフジャンパーに着替えて、ペンとノートを持って第①コートへと向かう。

 三菱養和サッカークラブ巣鴨ジュニアの試合を見ていて、個の技術もしっかりしいていながら形を作って攻撃をしかける意識の高さを感じた。特に右サイドの35番 洪怜鎭くんと左の36番 中谷凪沙くん、センターフォワードの45番 篠原將浩くんの連係は見応えがあって、試合を面白くさせている。中でも篠原くんのゴールへの意識の高さはずば抜けているようにみえた。
試合後、篠原くんに話しを聞こうと思って近づいていく。正直言うと、私から何て声をかけたのか覚えていない。たぶんきっと、サッカーは好きですか?と聞いたんだと思う。自分が何を聞いたのかわからなくなるくらいに、篠原くんの口からでた言葉は衝撃となって私の心を打った。
「お母さんとか……親のおかげでサッカーをやれているので」 赤く染まった顔をして何度も何度も腕で口元の汗を拭っては真っすぐに私の目を見ながら、はっきりとそう言った。「親は仕事が忙しいのに僕を練習に連れてってくれたり、サッカーを習うお金を払ってくれて」。たった今試合を終えたばかりなのに、開口一番に親への感謝を話す篠原くん。その表情、声、すべてが真っすぐだった。わずかな擦れさえ感じさせない、真っすぐなものだった。 夢は?と聞くと、最高にキラキラした顔をしながら「フォワードです!」と即答。すかさず隣にいたチームメイトの洪くんから、「ゆっきー、そうきたか!」とつっこまれる。
二人にこの大会で一番思い出に残っているゴールはあったか聞くと「昨日のフロインツ戦の最後の最後0対0で、残り10秒くらいの時にフリーキックをとったんだけど、ゆっきーに合わせて巻いたボールを蹴ったらゆっきーがヘッドで決めてゴールして、勝った。ゆっきーが決めて嬉しかったし、アシストできたのも嬉しかったです。」と、笑顔をにじませながら友達のゴールを自分のことのように大事に話す洪くん。かたわらでうなずきながら聞く篠原くんも嬉しそうだ。どうして子供たちって、こんなに……。言葉にならない綺麗な感情を前にして熱くなった目頭を、眼鏡で隠す。2日目の取材は始まったばかりだ。

先輩の夢を信じて応援する姿勢が、チーム愛を受け継いでいく

 2日目ともなると、決勝トーナメントへの勝ち上がりをかけて一試合ごとのプレッシャーが重たくなってくるのは、子供たちだけじゃなく大人も同じようだ。「次の試合、引き分けたら得失点差だっけ?」「あと何点だね」「もう観てられない!」なんて、悲鳴に似た声と共に親御さんたちの会話も聞こえてくる。

 ESTRELLAS.FC対浦和レッドダイヤモンズジュニアの試合を観ながら、馴染みのある声援が聞こえてきた。ゴール裏のスタンド席の一角が、まるで埼玉スタジアムの浦和レッズのホーム戦のようになっていたのだ。声援の送り主は、同じチームの新5年生の子供たち。「僕たちは選ばれなかったけど、新5年生を代表して3人選ばれたから。」「試合には出たいけど、そのぶん応援します!!」「めっちゃ悔しいけど応援する!!」口々にそう言う浦和レッドダイヤモンズジュニアの子供たち。来年は角度を変えた景色から大会に挑めるのだろうか。その時はきっと、応援するチームメイトの声を体いっぱいに受けて試合に臨むに違いない。

 お昼が近づいてくると同時に、急に風が強くなって気温もぐっと下がってきた。枯れ葉が舞い飛んで、ピッチの上にも落ちていく。今日の天気予報はどうやら外れないようだ。本部では雨が降ることを想定し、運営スタッフから高校生スタッフに早めの指示が飛ぶ。こういう的確な判断も、大会をスムーズに運営するうえでとても大事なことだ。

夢の舞台をめざして全力を尽くすことが、明日の夢の実現に繋がる

 柏レイソル U-12の子供たちがハイタッチしながら喜ぶ姿のすぐ横で、セレッソ大阪 U-12の子供たちが肩を落として泣いていた。予選リーグでの敗退が決まったからだ。目を真っ赤にしながら泣いている子供たちを取材するのは酷かと思いつつ、意を決して監督に「選手に話しを聞いてもいいですか?」と聞いてみた。返事は予想通り「今は、ちょっと……」
 その気持ちもとても解るし、子供たちを守るのも監督の役目なので、素直に引き下がった。いや、引き下がってしまった。立ち止まって考える。この敗退の悲しみや悔しさも子供たちの経験の一つで、大会のありのままの姿だ。そう思い直すと心に決めて、もう一度チームのところに走って行き「どうしても今の気持ちを聞きたいんです」とお願いをした。この大会でオフィシャルライターを任されている私が伝えないと、この子供たちの戦った気持ちが残せない……そんな変な使命感もあったんだと思う。すると、考えながらも「よし、これも経験だ」と言いながら、取材することを受け入れてくれた。
 インタビューに答えてくれたのは、キャプテンの下川陽輝くん。
 「強豪チームと初めてやって、勝ち点も同じなかで負けて、決勝トーナメントに行けなかったのが悔しくて……本当に悔しいです。この大会に向けてチームメイトみんなで練習をしてきたので本当に悔しい。僕たちのチームは、どんな時も全力でひたむきで、100%やり抜くタフなチームです。これで自分たちは終わりじゃなんで、切り替えて一からみんなで練習をして頑張っていきたいです。」
 真っ赤に腫れた下川くんの目から、とめどなく大粒の涙がこぼれ落ちていく。肩をゆらし何度も嗚咽をまじえながらも私の話しに耳を傾けてくれて、真剣に答えてくれた。自分のいるチームを誇りに思う気持ちを、下川くんは私に伝えてくれた。

 FC Nadeshikoは、「ナデシコ」というくらいだから女子のチームなのかと思いきや、男の子だけのチームだった。チーム名の由来はナデシコの花が学校(学芸大学付属小学校)の校章のモチーフになっているからだと教えてくれたのは、山崎真監督。
「週一しか練習できない弱小チームなんですが、トップのチームと試合ができたらいいなと思って応募したら当たって。当選の知らせを聞いた時はすごく嬉しくて、でもその直後にヤバいな、と焦りました(笑)。子供たちも同じリアクションをしていました。」と、穏やかな顔をして山崎監督は話す。けれど出場が決まった後は練習にいつもよりはりが出て、良い経験になったそうだ。
この大会でFC Nadeshikoは、独自のスタイルを通していた。それはなんと、スタメンを子供たちで決めさせる、というもの。それには監督の「自分たちで考えてプレイして欲しい」という思いが詰まっていた。
毎試合前にミーティングをして、その時のアップの状況や生活態度を含めてスタメンが選ばれるのだという。誰が出ていないから可哀想だとかは一切なしで、勝ちにいくメンバー選考がされるのだそうだ。「想像以上にガチガチに勝ちにいくメンバーだったり、フォーメーションだったりするんです」と、子供たちに頼もしさを感じながらそんな様子を見守る監督の目は、あたたかかった。

各チームの夢と誇りが宿るリボン、48枚の重みを背負っていざ世界へ

 グループリーグが終わり、リボンの贈呈式が行われた。この”リボン”とは、参加している48チームそれぞれに1本ずつ用意され、チームごとの子供たち全員の名前が書き記されている。決勝トーナメントに勝ち上がったチームに同じグループだったチームからリボンが手渡される。負けたチームから勝ったチームへ、リボンのバトンがつなげられる。すべてのリボンが託される時は、優勝チームが決まる時だ。

 決勝トーナメントが始まったのと同時に、とうとう雨が降ってきた。スタッフジャンパーのフードをかぶって雨をしのごうとしてみるけれど、どうやったって濡れてしまう。メモをとるノートに雨粒がポタポタと水たまりをつくり、そのたびにインクがにじんでいく。試合をしている選手の髪が、ユニフォームが、濡れていく。雨あしが強くなるにつれて、足もとが滑って転ぶシーンが増えていった。それでも試合は、ひとつ終えるごとに熱を増していく。
準々決勝でヴィッセル神戸 U-12を破った川崎フロンターレ U-12の5番、甲斐翔大くんは「あと2つ勝てばモロッコなんで、死ぬ気で頑張ります」と話してくれた。「だめなことは叱ってくれて、いいことはほめてくれます。でも、サッカーのことになると厳しいです。」と両親のことを語る甲斐くん。今日の活躍をほめてくれるんじゃないのかな?と聞くと、「いや……厳しいんで。でもたぶん、優勝したらほめてくれると思います。でも厳しいです。」と、少しにがい顔をしながら話す。「だから絶対に優勝します。」そう言い切った甲斐くんは、内に秘めた闘志を冷静な表情から少しだけのぞかせていた。

 準決勝で川崎フロンターレ U-12に負けたヴァンフォーレ甲府 U-12の子供たちは、腕で目を拭いながら応援してくれた人たちのもとに行き、駆けつけたサポーターから拍手で健闘を讃えられる中、深々とおじぎをした。
甲府の子供たちは、全体的に背丈の小さい子が多い印象を受けた。それでもボールをキープしたり相手のプレスをうまくカバーしたりと体の使い方がうまいので、そのハンデを感じさせない。”体格差があっても、強くなれる。” ここまで勝ち上がってきたことは、その証明以外のなにものでもない。

大会を通じて成長したすべての子どもたちが今大会の勝者となった

 決勝は、柏レイソル U-12対川崎フロンターレ U-12。決勝ともなると、個の力だけじゃなくチームとしてのバランスもぐっと高いものを感じさせられる。特に川崎は、最終ラインからのビルドアップでサイドに散らし、クロスをあげてシュートという形がしっかりと出来上がっていた。ボールを蹴るんじゃなく、明確な意思をもってボールがさばかれている。

 ホイッスルが鳴った瞬間、川崎の優勝が決まった。均衡した試合の中で残り1分30秒のところで川崎が先制し、それが決勝点となった。
抱き合って喜ぶ小さな選手たち。その中で、今まで冷静に私の質問に答え続けてきた甲斐くんが号泣している姿を目にして、少し驚いた。腰に手をあて、空を仰いで泣いている。こぼれる涙をそのままに、声をあげながら。
あこがれの選手は、ペレ。ペスカドーラ町田の甲斐修侍選手を父親に持ち、2才の時からサッカーをはじめたという。お父さんと同じ利き足の左からくりだされるフリーキックやパスの数々は、他のチームの子供たちや監督だけにとどまらず、見ている人たちみんなをうならせるほど。サッカーのことになると厳しいというお父さんも、きっと今日の甲斐くんをほめてくれるだろう。
甲斐くんは、この大会のMVPに選ばれた。

 朝から夕刻までひたすらサッカーを観ては選手を追いかけてきた2日間が終わろうとしている。本当に濃い2日間だった。
私がこの大会で一番心に残ったことは、自分たちの感情に真っすぐな子供たちの表情だった。転んでも視線を落とさず前を見てすぐに立ち上がる姿。
シュートを外しては「仕方ないよ」と言い訳するかのように笑う大人に比べて、子供たちは悔しそうな表情を隠さない。勝つと笑顔であふれ、負ければがっくりと肩を落とす。その一瞬一瞬の表情すべてが、その時の感情に真っすぐだった。

 銀色のシャーレが川崎フロンターレ U-12に手渡され、「オーーー」のかけ声と共に、大会の合い言葉「ナイスプレーイ!」で、ダノンネーションズカップは幕を閉じた。
試合中の凛とした雰囲気とはうって変わって、表彰の記念撮影をする時になると前を向かない子がいたり列をはみ出る子がいたりして、なかなか次へと進めない。そんなところに小学生らしさを感じて思わず笑ってしまう。だって彼らはまだ、12才にもなってないのだから。

プロフィール

加藤未央(かとう・みお)
生年月日:1984年1月19日生まれ
出身地:神奈川
血液型:O型
TV:スカパー!サッカー「UEFA Champions League Highlight」ほか
RADIO:JFN「サタ☆スポ!」パーソナリティーほか