もう10年以上前になる話だ。

雨の第三京浜を走っていた。

時計の針は午後10時を回り、保土ヶ谷料金所まであと数分のところだった。

 

突然道路が消える。

次の瞬間ワイパーが唸り、視界を取り戻す。

対向車のあげる水しぶきが再び視界を奪う。

何度か同じことを繰り返していた。

 

港北インターを過ぎると雨がいっそう激しくなった。

このあたりはほんの1〜2キロの間だけ雨が強くなる不思議なエリアだ。

納車3ヶ月の新車はミニバンと呼ばれるジャンルの先駆け。独創性に富んだ(くさび)のようなスタイルだった。

 

 

 

 

 

 

 

NISSAN(ニッサン) PRAIRIE(プレイリー) 240G-7

排気量 2400cc 最大出力 140PS/5600rpm

最大トルク 20.22Kgm/4400rpm  7人乗車等、家族向けとしてはなかなかのツワモノ仕様である。

日産がアメリカ市場を意識して、パワーアップを図っただけのことはある。

それまで乗っていた1500ccのセダンとは、安定性と重量感、そして力強さに格段の差がある。

 

そんな新車の走りを楽しんでいる時だった。

突然ルームミラーが激しく瞬いた。

その中の後続車がみるみる大きくなって来る。

猛烈に車間を詰め、狂ったようにパッシングを繰り返している。

 

「グリズリーやホワイトベアの連中ではなさそうだ。彼らならパッシングよりもパトライトが先だ。」(注)

あわてず後続車をみきわめようとした。

注:当時よく見かけた覆面パトカーをその色から日産型をグリズリー、トヨタ型をホワイトベアと勝手に呼んでいた

 

それにしても実に不愉快なヤツだ。

「確かに制限速度で追い越し車線を走るのは迷惑かもしれない。

でも、ガラガラだしこの雨だ、少しぐらい車線変更の余裕をくれてもいじゃないか。」

 

アクセルを緩め、急ハンドルにならないように車線変更をしようとした。

 

ヤツは待てなかった。

車間を詰めた勢いで中央車線に踊り出た。

さらに加速し、アッと言う間に左後方の死角に入った。

 

「わかったよ。そんなに無茶しちゃアブないぜ。」

ヤツが追い越しやすいようにさらにエンジンブレーキで車速を落とした。

大雨の中での急なフットブレーキは返って危険と思ったからだ。

 

悪夢はそのとき始まった。

左側をすり抜ける白い車体。

ヤツは急ハンドルで左サイドから僕の前方へ入ろうとした。

幅寄せと高速な追い越しでこちらをビビらそうというわけだ。

 

だが、ビビッたのは次の瞬間だった。

ヤツはコントロールを失い、スリップしながら目の前に飛び込んできた。

信じられないことにそのまま中央分離帯の縁石に向かって突っ込んでいく!

 

「ズゴゴゴゴ!!」すさまじい水しぶきと土煙が舞い上がった。

 

衝撃で縁石がめくれ上がる。なんと!反動でヤツの車が回り始めたではないか。

ゆっくりと、まるでスローモーションのようにヤツのフロントがこちらを向く。

ヤツのハイビームが迫ってくる!

夜の高速道路、大雨の中で直進する車の目の前で別の車が水平回転しているのである。

その光景はフラッシュの光のように一瞬にして脳裏に焼き付いた。

 

反射的に左にハンドルを切っていた。ブレーキを踏んだかは覚えていない。

覚えているのはすさまじい急ハンドルと大きく体が左に傾いたこと。

車は大きく蛇行し、両手はハンドルについていくのが精一杯。

蛇行にあわせて体が左右に振られている。

 

何とか追突(正面衝突?)だけは避けられた。

 

状況はヤツと同じだった。

突発的とはいえ雨の高速で最悪の急ハンドルを切ってしまったのだ。

 

「ああ〜多分このまま横倒しになるだろう。コイツは車高があるからだめだろうな。

きっと痛いだろうな倒れたら。それにしても、もったいないよな。まだ買って3ヶ月だぜコイツ。」

パニックになりながらもこんな想いが頭をよぎった。

 

信じられないことが起きた。不意に蛇行が収まったのである。

NEWタイヤのグリップ力のおかげか?もって生まれた高い走行安定性のなせる技か?

とにかくこの雨の中、車は真直ぐ走ることをあきらめなかった。

感謝の気持ちをこめて、いつもよりやさしくブレーキを踏む。

幸いなことに周りに車はいなかった。

 

フッと我に返り、無意識にルームミラーを見た。

そこには後続車のヘッドライトに照らし出され、中央車線に横向きになって止まっているヤツのシルエットが影絵のように浮かび上がっていた。

 

ヤツを追い越してくる車は見えない。

 

心臓はドキドキ、手足はガクカク。思うように体が動かせない。

抑えようのない恐怖感で全身が震えている。ワイパーの切り替えさえままならない状態。

 

どうにか料金所にたどり着いた。

自分を追い越していく車はなかったので、閑散とした料金所は何か異様にさえ見えた。

 

「多分、このあと数分は1台もこないぜ・・・。」心の中でつぶやき、震えが止まらない手で料金を払った。

 

終 わ り。

 

忘れえぬ命の恩人「NISSANプレイリー240G-7」に捧ぐ。

 

 

エントランスへ