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「足りないのは起業家精神」SLUSH ASIA仕掛人が語る、日本のスタートアップエコシステムの課題【特集:New Order】

2015/04/14公開

 

フィンランド発の大規模スタートアップカンファレンス『SLUSH』が4月24日、『SLUSH ASIA』の名で東京・お台場に初上陸する。

特設された「ホワイトロック」と呼ばれる大型テントを舞台に、本家同様のロックコンサートのような演出の下、世界の有名起業家のスピーチやスタートアップのピッチコンテストなどが行われる予定。その全てが英語で進行するというのも、国内の既存のイベントにはなかった趣向だろう。

このイベントを仕掛けたのは、フィンランド出身で、大ヒットゲーム『Angry Birds』などを手掛けるRovio Entertainment日本法人元代表のアンティ・ソンニネン氏。約30の協力企業と200人を超えるボランティアを束ね、一般社団法人「SLUSH ASIA」として、若手起業家のための新たなコミュニティを形成したい考えという。

ソンニネン氏が北欧からの風を日本に持ち込むことを企図した背景には、Rovio、あるいはその後参画したBeatroboを通じて見てきた、日本のスタートアップ環境に関するある危機感があったという。

「『SLUSH ASIA』を発信源として、日本のスタートアップのエコシステムを変えたい」と話すソンニネン氏。彼の目には、日本の現状はどのように映り、そこにどのような解決策をもたらそうというのか。

起業家精神は先天的な才能か?

―― まず、本家『SLUSH』とはどんなスタートアップイベントなのかを聞かせてください。

4月24日、東京・お台場で初開催される『SLUSH ASIA』

4月24日、東京・お台場で初開催される『SLUSH ASIA

『SLUSH』は、ヒューレット・パッカードから独立した連続起業家の2人によって、2008年にフィンランドで始まったイベントです。

当時のフィンランドは、スタートアップのムーブメントがそこまで大きくなかった。就職先としてノキアのような大企業がいいと考えている人が多かったんです。

ご存知のように、スタートアップと大企業とでは抱えている問題が全然違いますから、スタートアップを始めようにも、参考にできるような人が周りにあまりいなかったんですね。

そこで海外での経験も豊富な2人が、「こうやったらスタートアップを作れる」という勉強会をオフィスで開いたのが始まり。せっかく面白いことになってきたし、それをイベント化しようとなったのが『SLUSH』なのです。

イベントをやるからには、世界中の人に来てもらいたい。でも、フィンランドは90年代にノキアのような世界的企業が出てきたものの、国内の経済状況は芳しくなかった。かつ、フィンランド人は寒くて暗い自分の国に、あまり自信を持てていなかったんです。

だからシリコンバレーに倣って夏に開催しようという人もいましたが、創立者の1人が「夏にやったら“寂しいカリフォルニア”にしかならない。誰もやろうとしない、他のどんなイベントとも比較できないコンセプトでやろう」と主張しました。

『SLUSH』とは、フィンランド語で「融けかけた雪」の意味です。フィンランドでは全く雪がない状態か、全部が雪で覆われている状態が好まれる。その間の中途半端な季節は靴が濡れるし、嫌がられます。『SLUSH』はそんな半端な季節である11月を開催月に選びました。

誰もやらないからこそ、独自のイベントを作れるという考え方です。

それからしばらく、創立者たちは本業と並行して非営利で運営してきましたが、だんだんと催すのが難しくなってきた。そこで2011年からは大学生の起業サークルがイベントを引き継ぎ、連続起業家はアドバイザーに回りました。

それから回を重ねるごとにイベントは盛り上がりを見せ、昨年は世界中から1万4000人の人が集まったのです。

この写真を見てください。昨年まで学生代表を務めていた25歳のミキ・クーシが、他国のトップであるイギリスのデーヴィッド・キャメロン首相と会談している印象的なカットです。これは『SLUSH』のムーブメントを象徴しています。

確かにこれはレアなケース。でも近年、フィンランドでは「あり得なくもない」シチュエーションになりました。僕も学生の時、フィンランドの大統領と話す機会がありました。

これが日本だったらどうでしょう? 安倍首相や隣国の代表と対等に話すなんてあり得ないと、多くの起業家が思っているのではないでしょうか。

―― その意識を変えるために、日本で『SLUSH ASIA』を開催しようと?

はい。僕らがこのイベントで伝えたいのは、「(スタートアップは)必ずできるとは言わないが、無理ではない」ということ。若くてもすごいことはできる、不可能ではないということを見せたいんです。

多くの人は、起業について「大学を卒業して社会人を数年やってからじゃないと難しい」などと言うと思いますが、「中にはそうでもない人もいるよ」と伝えたい。

自分はなぜこんなに使命感を感じているのか。もう一つの理由は、2013年の週刊『東洋経済』に載っていた特集記事にあります。

そこにあった調査によれば、「起業家精神は教えたり学んだりできるものだと思うか?」という質問に対し、「そう思う」と答えた人の割合は、世界主要国の中で日本が最下位でした。三木谷(浩史)さんや孫(正義)さんのようになるには、生まれつきの才能がないとできないとみんなが思っているということです。

でも、そうではない。フィンランドの例もあるので、ちゃんとやりさえすれば、あなたにだってできるということを僕は信じている。

SLUSH ASIAの運営は、有志の学生や企業の集合体で行われています。こういった動き方一つをとっても、「何でも可能だ」と感じられるような場を作りたいと思っています。イベントに来た人の心に勇気が沸いて、自分でもこういうイベントが作れるんだという考え方を持ち帰ってほしいんです。

「馬券を買う人」はいても、「走る馬」が不足している

―― ソンニネンさんが日本に来てみて、若者に「不可能じゃない」というメッセージを伝えたいと思った理由って何なんですか?

「日本には競馬で言うところの走る馬が不足している」とソンニネン氏

「日本には競馬で言うところの走る馬が不足している」とソンニネン氏

これは別に日本に限った話ではありません。10年前にはフィンランドにも同じような状況がありました。

でも、『SLUSH』が起こしたムーブメントを間近で見ることによって、やればできることはたくさんあると感じることができました。同じように、世界で成功している実業家のことをかつては「宇宙人」のように思っていましたが、Rovioでの活動などを通して多くの実業家と会う中で、彼らは確かにすごい人ではあるけれど、同じ人間だと知った。

彼らの一番すごいところは、「自分にはできる」と信じ切っていることなんです。

フィンランドやシリコンバレーと日本の大きな違いは、スタートアップを支援するエコシステムがうまくできているということでしかない。だから日本のスタートアップ企業は、もっと自信を持って世界の舞台に出た方がいいと以前から思っていました。

2013年に、個人的な週末プロジェクトとして『Startup Sauna Tokyo』という英語のピッチコンテストを開催したことがありました。その時、たまたま声を掛けたら孫泰蔵さんのような人も来てくれて、イベント後に「こういうイベントが開かれることで、世界はグッと近くなる」というような感想を漏らしていました。

「えっ? こんなことで?」というのが自分の正直な感想でした。簡単なことをやるだけで、何かが大きく変わるかもしれないということです。

そうした人たちを支援するエコシステムが作りたいと思い、1年くらい前から『SLUSH ASIA』開催を検討していたのですが、昨年の秋に本場の『SLUSH』で泰蔵さんと再会したことで、一気に現実の話になりました。

泰蔵さん自身も、これまでビジネスで大きな成功をしてきて、今度はエコシステム全体の中で役に立ちたいという思いがあったみたいです。SLUSH ASIAは、そういう人が集まったプロジェクトです。

―― シリコンバレーはある意味で“世界の経済特区”であり、投資の額もすごいですよね? 日本の投資環境と比べたら、到底あっちには勝てないという雰囲気があります。ソンニネンさんが言うような「パッション」は、そうしたものさえ打ち崩せると思いますか? フィンランドでSupercellやRovioが伸びたのも、モチベーションの力が大きかったんでしょうか?

2010年に創業したSupercellが最初に行ったピッチが『SLUSH』でのものでした。彼らはそのわずか3年後、3000億円の評価額でソフトバンクに買収された。

そこまで急激に伸びたのは彼らのやり方が正しかったからですが、彼ら自身も、『SLUSH』発のムーブメントに乗れたことが大きいと思っており、そのことに感謝しているそうです。

実際、フィンランドでは『SLUSH』のおかげでスタートアップの“種”が多くなってきています。

よく言われるのは、『SLUSH』創立者が、立ち上げ当時に学生向けに講演をした際のエピソード。卒業後に起業したい人がどれくらいいるか聞いたところ、600人中わずか3人しかいなかったそうです。それが、同じ質問を2013年にしたら、半分が手を上げるまでになった。起業家=カッコいい人というイメージができ上がってきたんですね。

だからフィンランドにはエンジェルインベスターがいっぱいいますし、シリーズAの投資をする人もいる。スタートアップエコシステムの初期段階はしっかりしています。

一方で、シリーズB以降になると、あまり投資を受けられる機会がないので、国外に出ざるを得ないというのが現状です。日本の状況はそれとは違います。日本では何百億のファンドを作った、といったニュースをよく聞くし、投資家の人と話すと「投資はしたいんだけどどこにしていいか分からなくて困っている」という相談を受けます。

競馬にたとえれば、お金を賭ける側の人の数が、走っている馬の数より多い気がします。フィンランドとはちょうど逆ですね。

本気で世界を変えたい、海の向こうでタイムマシン経営されるような会社を作ろうと考えている会社を、今後増やしていきたいと思っています。

だから、エコシステムのバランスをどう直したらいいかという質問への答えは、「今の日本に一番足りないのは起業家精神である」ということです。そのためにも、「まずは彼ら起業家は宇宙人じゃない」ということを伝えていかないといけないんです。

世界の共通言語は英語ではない。「つたない英語」だ

ソンニネン氏は「失敗してもいいから全力で頑張って」挑戦する若者の背中を押す

ソンニネン氏は「失敗してもいいから全力で頑張って」と挑戦する若者の背中を押す

―― 『SLUSH ASIA』では、スピーカーたちによる講演や、スタートアップによるピッチコンテストを全部英語でやるそうですね。

はい。これも、日本の起業家と海外との接点を増やしていきたいからです。

フィンランドでも、『SLUSH』が始まった2008年当時は、英語のスタートアップイベントがあまりありませんでした。アメリカ人やイギリス人の言葉でやるのは不公平だからあきらめようという声もありましたが、それでは海外からは誰も来てくれない。世界に与えるインパクトはまるで違います。

実際、日本に来る大物起業家の悩みもいつもそこです。英語OKのアクセラレーターはまだ少ないので、日本のスタートアップの機会損失になっています。それは以前のフィンランドの状況とすごく似ていますが、そのフィンランドのイベントである『SLUSH』は、今ではアメリカのテックメディアが「USのスタートアップイベントよりもよくできている」と書いてくれるまでになった。

日本では難しいと言う人も中にはいると思いますが、いろんな面白い技術が出てきた今の日本なら、あるいはもっと速いスピードでそこまでたどり着けるかもしれません。

日本語のスタートアップイベントは、もうけっこう多いのに、誰も英語でやろうとしない。だから、日本に来る外国人と日本人の両方に自信を付けたい。

世界の共通語は英語ではなく、「つたない英語」。フィンランドで使われている英語もなまりが強いです。とりあえずトライすることが大事。「失敗してもいいから全力で頑張って」と言いたいですね。

―― 日本に来られる方々の自信にもつながるわけですね。

最近では、日本からSXSWとかCESに行くスタートアップが増えました。ただ一方では、世界のイベントに出て行きたいけれど英語が不安でできていないという人もいると思う。『SLUSH ASIA』は、そういう人が自信を付けて出て行くための練習の場になったらいいと思います。

今、SLUSH ASIAには200人のボランティアが集まっています。その中で「起業したい人はどれくらいいますか?」という例の質問をしたら、4割の人が「したい」と答えたんです。

こういうイベントに積極的に参加する人たちの集まりですから、日本全体の縮図とは言えないかもしれません。でも、『SLUSH ASIA』に関わっている人たちの中では少なくとも、すでにそういう熱が生まれているんです。

デレク・シヴァーズの「社会運動はどうやって起こすか」という有名なTEDのスピーチがありますよね? それに照らし合わせるなら、まだ踊っているのは5、6人で、多くの人はその様子をバカにしているかもしれませんが、すでにムーブメントは始まっているんです。

以前はこういうことを考えているのは自分だけだと思っていました。でも今回はチーム。1回目から100%うまくはいかないかもしれませんが、「とりあえずトライしようぜ」ということでみんな生き生きしていますよ。

ここ東京から、新しいエコシステムが生まれそうな気がするんです。

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取材/伊藤健吾 文/鈴木陸夫(ともに編集部) 撮影/小林 正


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