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【久住昌之 全国ジャケ食いグルメ図鑑】完全なる“普通の蕎麦屋”

堂々たる角店ぶりの「やぶ平」
堂々たる角店ぶりの「やぶ平」
Photo By スポニチ

 話題のドラマ「孤独のグルメ」の原作者・久住昌之さんが、外観だけで店選びをする「全国ジャケ食いグルメ図鑑」。今回は東京・西荻窪の住宅地で見つけた蕎麦(そば)屋「やぶ平」。角地ならではの貫禄あるジャケット(外観)に誘われ、踏み入れた店内は味わい深い見事な“中ジャケ”。ここで昼からビール飲んで蕎麦をたぐる幸せったら、ありゃしません!

 雨上がりで晴れたお昼前、坂の上の角の蕎麦屋でビールの小瓶を一本。酒のみなら、それだけで「いいですね!」というシチュエーションじゃないですか。

 ここは西荻窪から徒歩十分ちょっとの、商店街からはほど遠い住宅地。地蔵坂という信号のある十字路だ。その角にこの「やぶ平」はあった。

 この堂々たる角店っぷりにひと目ぼれだ。削った角に「そば處(どころ)」とある。ストライプのテント幌(ほろ)が2階も1階もボロボロだ。でもそれがかえってこの店の貫禄に見えるのはボクだけだろうか。

 しっかり根を張ってなじんでいる植木もいい。入り口まで並ぶ植木鉢と、その花も生き生きして、この店の歴史と若々しさを同時に感じさせてくれる。これは入るしかない。

 時間は11時半。今まさに若い店員が洗いざらしの緑の暖簾(のれん)を今出したところだ。ボクは一番客で入った。店の中は外見の印象より狭い。かすかにお線香の匂いがして、タイムスリップしたような気持ちになりクラッとくる。アタリだ。

 壁にかかった木のお品書き、そして大きな柱時計など、期待を裏切らない、オーソドックスな気取りの無い町の蕎麦屋だ。店内が明る過ぎないのも落ちつく。入り口のガラス越しにお昼の日差しが目においしい。一卓だけ狭い小上がりがある。ジャケット(外見)だけでなく、中ジャケも味わい深い。こういう店が東京からは減った。

 まずはビールの小瓶を頼む。店内のテレビがニュースをやっている。テーブルにはさりげなく今日の新聞。こんな店で、蕎麦を待ちながらゆっくり昼間のビールを飲むシアワセったらない。白菜のおいしい漬物が添えられているのもうれしいじゃないか。

 店のお勧めと書いてある「肉せいろ」を頼む。850円。安い。「小海老おろし」にもかなり心を引かれた。常連と思われる男性客が入ってきてとろろ蕎麦を頼んだ。続いてご婦人のひとり客が入ってきて、天重セットを頼んだ。近所の人たちだろう。いい店だ。おばあちゃん、娘、その息子だろうか。三代の店員が働いている。

 肉せいろは、コシのある細めの白っぽい蕎麦が、豚肉の出汁(だし)が出た温かい汁に絡まって、ウマイ。三つ葉も効いている。蕎麦の量がしっかりしているのが正しい町蕎麦屋だ。茶色い寒天のデザートまで付いている。

 出前の注文の電話が鳴りだした。懐かしい連続ドラマの中に入り込んだようで、ボクはしばし陶然とその出演者になりすました。

 ◇やぶ平 創業63年。他のおすすめは天せいろ(1400円)、鴨南ばん、鴨せいろ(いずれも1100円)。2代目の平澤信一郎さんの妻・清美さんは「難しいことは何もしてません。お客さんに、おいしいよって言ってもらえるのが何よりです」。東京都杉並区善福寺1の8の9。営業は午前11時半〜午後3時、午後5時半〜午後8時。(電)03(3399)0888。火曜日定休。

 ◆久住 昌之(くすみ・まさゆき)1958年、東京都生まれ。漫画家、漫画原作者、ミュージシャン。81年、和泉晴紀とのコンビ「泉昌之」として月刊ガロにおいて「夜行」でデビュー。94年に始まった谷口ジローとの「孤独のグルメ」はドラマ化され、新シリーズが始まるたびに話題に。舞台のモデルとなった店に巡礼に訪れるファンが後を絶たない。フランス、イタリアなどでも翻訳出版されている。

[ 2015年4月10日 12:00 ]

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