只今、現地時間、午後6時7分。
フライト時間、11時間25分でした。
ボゴダは、コロンビアの首都。
アンジェリーナ・ジョリー&ブラッド・ピット主演映画「Mr.& Mres. Smith」で舞台になったボゴダですよ。
コロンビアだよコロンビア!。
興奮しちゃうね。
荷物が出て来るターンテーブルは、混雑もなくスムースだった。
まずは、旅人の定石、空港内でのマネーチェンジだろう。
サレントに着いて宿代を払うことになるかもしれないと考え、少し多めかもしれないが3万円を両替をすることにした。
前もって調べていないので、レートはわからない。
空港内両替商のレートは、1円が14ペソだった。
420,000ペソの札が、スタンプを押されてガラス窓越しに手渡された。
ボゴタからアルメニア(Armenia)へは国内線。
航空会社(アビアンカ・Avianca航空)から「eチケット」のメールが、出発前夜30日の深夜になって届いた。
コピーする時間がなく、現地にて、予約完了の通知メールでチケットを入手することにした。
ちなみにチケットは、Skyscannerdからたどっての14,223円。
セマナ・サンタ(Semana Santa)の真っ只中で、料金が上がっている。
(英語でイースター、日本語で復活祭のこと)
ちなみに、通常だと119ドルだ、そうです。
言葉は通じなかったが、受付カウンターで無事手に入れることができた。
ネット予約したチケットが、日本と14時間も時差のある地球の真裏・コロンビアでスムーズに運ぶことが、不思議だ。
フライト時間は、ボゴタ22:12発→アルメニア23:17着で一時間ほど。
5時間のトランジット。
空港内のフードコートでネット。
コロンビアの電圧は110〜120ボルトで、巧い具合にプラグは日本と同じ平2穴のAタイプ。
この対応はありがたい。
夕食は、このあと食べられないかもしれないとハンバーガーにした。
どんな片田舎に行くんだと思っているんだろう。
とにかく、もしかの為の食べ納めです。
ジュンペイさんから「今から、迎えに行きます」のメールが届いていて、一安心。
今のところ、旅は順調。
危険な感じもない。
深夜着(23時17分)なのが、ちょっと不安なだけ。
レストランで頼んだ飲物がアルコールだった。
ご当地ものだと飛びついた飲物が「Club Colombia」。
この頃、私の身体は、アルコールを受け付けない体質になっている。
メニューのジュースコナーに載っていたのに、ビールだったとは。
まだ、気を許すわけにはいかない。
もったいないから、飲み干してしまった。
まわりの席に、サッカー選手・クリスティアーノ・ロナウドに似た顔のが多く見えるのは酔ったせいか。
◇
定刻通り離陸した小型飛行機は、町灯りが手に届くほど近く見えるほどの低空飛行。
30分ほどすると、着陸。
そのまま滑走路を道路のように10分ほど走り続け、止まったところが空港だった。
時計は、ジャスト午後11時。
17分も早く到着している。
ジュンペイさんを待たしては申し訳ないと、スーツケースを手に急いで外に出る。
飛行機の到着が早かったからだろう、ジュンペイさんの姿はなかった。
時間が過ぎて行く。
何か、アクシデントでもあったのだろうか。
私からの連絡手段はない。
乗客は、迎えの家族とともに車に乗って空港を後にする。
タクシーの数も減っていく。
私の不安は、膨らんでいく。
乗客全員の姿が無くなり、タクシーを一台を残すのみとなった。
このタクシーが去ってしまえば、私の足は途絶えるということだ。
空港の扉が閉じられた。
空港内で仮眠をとることも許されない。
ジュンペイさんの姿はまだ、見えない。
来ないことも考えられる。
こんな殺風景なところで夜を明かすのは、危険だ。
タクシーの運転手に、値段交渉するしかないだろう。
サレントまで行けば、宿は探せる。
連絡は宿に着いてからでもいいだろう。
言葉は通じないが、1万円ほどで行くことができるようだ。
ここで多額の出費は痛いが、危険な行動は避けたい。
交渉が両立しそうになって、いざタクシーへとなって移動始めたところで・・・
「いとうさ〜ん!」
まぎれもない、私を呼ぶ声が聞こえた。
ジュンペイさんだ。
遭難した登山者のもとに、救急隊が現れた時の気持ちはこんなものだろうか。
「飛行機の音が聞こえなかったので、気がつかなかった」と恐縮している。
1時間ほど前に着いて待っていてくれたようだ。
いい人だ。
とんだハプニングに再会となった。
とにかく、一件落着で安堵した。
【南米コロンビアの旅の最新記事】