空っぽの知識(自作小説)

『空っぽの知識』の管理人、西織が生産する駄文のうち、小説成分だけを抜きだしたブログです。基本オリジナル。できる限り定期的に更新したいと思います。

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ウィザードリィ・ゲーム 第六章



 ウィザードリィ・ゲーム六章『伝説に挑む挑戦者』

 インハイ最後の予選『メイガスサバイバー』の試合が始まった。
 明星タイガと千頭和ナギニの前に、久能シオンと七塚ミラは、持てる全てを出し尽くして立ち向かう。


 最終決戦。
 とにかく楽しかった。




 第六章 伝説に挑む挑戦者


 メイガスサバイバーのサバイバル戦。
 三キロ四方のフィールドで、プレイヤーが一人になるまで戦い合うバトルロイヤル。ポイント戦と違い、こちらでは魔法士の敗北はゲームの敗北である。故に、ファントムは必死に自身の主を守り、そして他の魔法士を倒さんと奮闘する。
 スケジュールの関係で、テクノ学園における最後の予選がこのゲームになったのは偶然だろうが、一番盛り上がる競技が最後に来たことで、否応に見学する生徒たちの熱気は高まる。
 参加者は三ブロックに分けられる。一ブロックの参加者は二十ペアで、その中から、最後の三人になるまで戦い合う。
 予選を突破できるのは、全学年で九ペアである。
 試合開始前。
 明星タイガは静かに開始時間を待っていた。
 彼は今の時点で、『ウィッチクラフトレース』のエアレース。『ドルイドリドル』の解呪型の二つの予選を突破している。『ワイズマンズレポート』に関しては一歩及ばなかったために落としているが、それでもかなり良い成績である。
 また、彼は入学時からファントムと契約を果たしていたウィザードであったので、全校生徒を対象としたレーティングにも登録されていた。
 これは、夏のインハイにおいて、マギクスアーツの試合に出場できる権利を持っていることと同義だ。期間内にレーティングをあげることができれば、夏のインハイにおいて、『マギクスアーツ』にも出場できる可能性がある。
 彼は、自身の肉体の調子を確かめる。
 顔の左半分が人外のものと繋った、いびつな肉体の調子を確かめる。
「調整は万全かい? タイガ」
 そばに顕現した千頭和ナギニが、彼女らしからぬ優しげな声で話しかける。
「悪くない。魔力も安定しているから、存分にやれそうだ」
「そりゃ良かった。かかっ。そんで、アタシは今日、どうすればいい?」
「前衛でファントムの相手を頼む。取りこぼしは、俺が対応する」
 手加減をするつもりは欠片もなかった。
 こんなものは、デモンストレーションに過ぎない。学生のインターハイなど、児戯に等しい。ただこの場は、自分とナギニの実力を見せつけるための舞台でしかない。
 タイガにとって、ウィザードリィ・ゲームは手段でしかなかった。自分の実力を証明する手段。学校の成績表だけでは測れない、実戦で生きる技術の見せ場である。
 明星タイガの実家は、衰退した魔法の大家だった。かつては各界に影響を及ぼすほどの力を持っていたらしいが、タイガが生まれた時にはすでに没落しかけていた。そんな中で、実家を立て直すために、彼は幼い頃から英才教育を受けることになる。
 魔法の修行は、ただただ、辛かった。
 あの日々を良いと思うことなど、おそらく一生ないだろう。
 結局のところ、当時の修行は、今の彼にとってなんの役にも立っていない。今の明星タイガを作り上げたのは、中学時代の経験と、千頭和ナギニとの出会いだけである。
「時間だな」
 時計を見上げ、タイガは立ち上がる。色素の抜けた白い髪が揺れ、左の視界を隠す。今ではほとんど視力のない左目に、そっと魔力を通す。
 頭から指の先まで、細部にわたって彼の魔力は駆け巡る。自身の身の丈以上に湧き上がる魔力は、それだけで一つの暴力だ。それらを取りこぼすことなく鮮明に感じ取りながら、彼はフィールドに向かう。
 用意されたフィールドは、荒廃した都市だった。
 立ち並ぶ民家は全て廃墟となり、朽ちた木々や瓦礫が散乱する、死した都市。
 タイガのスタート地点は、アパート跡の屋上だった。見晴らしの良い場所で、三キロ四方のフィールドが軽く一望できる。
 今回のステージは、障害物が多く、隠れる場所に事欠かない。バトルロイヤルという視点で見ると、ステージの条件としてはかなり良い部類だろう。
 最も――タイガとナギニにとっては、大した問題ではない。
 試合開始のベルが鳴り響く。
 それを聞き終えると、タイガはナギニに命じた。
「薙ぎ払え。ナギ」
「仰せのままに、ご主人様、っと!」
 彼女は無造作にアパートから飛び降りると、豪快に土埃を立てて着地する。そして、大きく右腕を振り上げて、厳かに言葉を紡ぐ。
「『竜王覚醒・嵐龍(アスラ・ヴリトラ)』」
 振りぬかれた右腕は、周囲をえぐる竜巻となって突き進む。破壊の嵐は、地面を巻き上げ、枯れ木を蹴散らし、廃墟を粉々に砕いて砂塵に還す。その攻撃は、フィールドの果てまで一直線に貫き通されて、跡には一本の平坦な道が通っていた。
 たったそれだけで、三つのペアが脱落することになった。
 その結果を見届けると、ナギニの後を追い、タイガも屋上から飛び降りる。自身にかかる重力を減らし、周囲の風力を操作して優雅に地面に降り立つ。
 その時、タイガに向けて、狙撃が行われた。
 三方向からの同時狙撃。弾丸はナイフのような形をしており、音速の勢いでタイガを狙う。
 それを、タイガは微動だにせず弾き飛ばした。
 タイガの周囲で、微弱な放電が行われる。起動した魔法は、電磁力を利用して、間に斥力を発生させるものだ。身体に帯電した電気を、タイガは集中させて周囲に拡散させる。
 微弱な電磁波から、周囲の状況を解する。
 すっと、彼は指をさしてナギニに指示を出す。
「……ナギ。十時の方向だ」
「おっけー。だけどよ、後ろにも別のやつがいるぞ?」
「そっちは俺がやる」
「りょーかい」
 目にも留まらぬ早さで、ナギニがその場から飛び上がる。単純な跳躍で、彼女の足元の地面はひっくり返り、砂埃を舞わせる。数百メートルを一飛で移動した彼女は、すぐに敵を倒して戻ってくるだろう。
「――ん」
 そばにファントムがいなくなったことを好機と見たのか、率先してタイガを襲おうと動く影があった。明星タイガのファントムが強力であるのは自明の理であるので、このチャンスを逃すつもりはないのだろう。
 だが、あまりにも短絡すぎる。
 千頭和ナギニは確かに規格外であるが――その主である明星タイガもまた、人並みの魔法士ではないのだから。
 右手首にはめられた魔法デバイスに魔力を通す。起動させるのは物理魔法。周囲の空気を操作し、鞭のように敵を叩き伏せる。起動までにかかる時間はわずかのコンマ五秒。敵が自前の魔法を発動するよりも早く、タイガの振りぬいた空気の鞭が、相手を打ち据える。
 敵を叩きつけた後、返す刀で、すぐそばで機を図っているファントムに矛先を向ける。
「処理中断。挿入『散弾』。実行」
 デバイスに魔力を通すと、空気の鞭はバラバラにはじけて小さな弾丸となる。空気の弾丸はさながら機関銃のごとくばらまかれ、敵のファントムに浅くない傷を負わせる。
 中世の騎士風の格好をしたそのファントムは、全身から血を流しながらも突進してくる。人間では、ファントムの身体能力には敵わない。ならば、接近さえしてしまえば、ファントムの勝ちである。
 巨大な斧剣を掲げたファントムが、音速の勢いでタイガに迫る。常人では視認すら不可能であろうその一撃を、タイガは冷静に魔法式を組みながら対応する。
 振り下ろされる斧剣と、発動するタイガの魔法。
 斧剣が地面を叩き割るのと、タイガの魔法がファントムを八つ裂きにするのは、ほぼ同時だった。目測を誤った斧剣は、タイガのすぐとなりに振り下ろされていた。
 事切れたファントムは、静かに霊子体を散らして消滅する。
「おっと、遅かったか」
 敵を倒して戻ってきたナギニは、地面に付していた敵の魔法士に無造作にとどめを刺すと、タイガのそばに降り立って、ニヤニヤと笑う。
「絶好調じゃねぇか、タイガ。なんだよ、これじゃあアタシの出番、なくなっちまうじゃねぇか。もっと楽しませてくれよ」
「遊ぶんじゃない、ナギ。調子に乗ってると、足元救われるぞ」
「かか! そりゃあいい。ちっとくらい手を抜いた方が、楽しめるかもしれねぇな」
「ナギ」
「はん。心配すんなって。わかってるよ。取りこぼすなってんだろ」
 真面目くさったタイガの態度に、肩をすくめながらナギニは言う。
「運が絡む勝負はともかく、ステゴロの実力が試される競技で、負けは許されねぇもんな」
「…………」
 無言でそっぽを向くタイガに、ナギニはどこか優しげな視線を向ける。気を張り詰めたタイガを見守る姿は、どこか年長としての包容力を感じさせる。
 仕切りなおすように、ナギニは周囲を軽く見渡す。そこかしこで戦闘の余波を感じるが、しかし一つだけ、気になる点があった。
「なあ。タイガ。お前が気にしてた、なんとかコンセッションとか言う奴がいただろ?」
「コンセプトだ。シオン・コンセプト。……それで、それがどうしたんだ」
「それがな。どーも試合開始してから今まで、影も形も姿が見えねぇんだわ」
 これはどういうことかね、と。ニヤニヤ笑いながらナギニが言う。
 確かに、それはタイガも思っていたことだった。魔力の残滓も感じられなければ、電磁波を利用したサーチも彼らを捉えきれなかった。完全に姿を隠している。
 同じブロックで戦っていることは確実だが、相手が相手だけに不気味だった。確かに、今の彼は、かつてタイガが憧れたような実力を持っていない。それでも、彼の頭脳には一定以上の警戒が必要だと、タイガは思っていた。
 シオン・コンセプト。
 かつて魔法界の一世を風靡した、十歳に満たない二人の神童の片割れ。
 幼いタイガにとって、彼はヒーローだった。魔法の修行で苦しんでいる時にも、同年代に彼のような存在がいると言うことは心の支えだった。出来ないことではない。いつか必ず、彼に追いつく。憧憬を抱きながらも、目標として遥か先にそびえ立つ高い壁。
 タイガはそっと、自身の左目に手をやる。
 シオン・コンセプトは『自然魔法(カニングフォーク)』の実験で、事故にあったと聞いている。再起不能になる大きな傷を負ったという話だが、果たして彼は、『どこまで見た』のか。
 カニングフォークとは、世界とつながることと同義である。
 明星タイガは、左目と自律神経系の一部を引き換えに、一人では扱いきれないほどの膨大な魔力炉と、千頭和ナギニという得難いバディを得た。
 ならば、半身以上も犠牲にした伝説の神童が、何もなく戻ってきたはずがない。
 失ったからには、代償に見合う成果を身に刻むのが魔法士だ。
 もしそういった対価を持っていないのであれば――神童と呼ばれた少年は、本当に過去の栄光に成り下がるだけである。
『十五分経過。残り参加者、六ペアです』
 アナウンスが鳴り響く。
 メイガスサバイバーの予選通過条件は、ブロック内で三ペアになるまで戦い合うことである。六ペアと言うことは、下手をすると全員が一勝負ずつすれば、決着がつく可能性がある。
 タイガのすぐ近くには、人がいない。すぐ近くの参加者でも、一キロ先にいるくらいだ。彼らは、それぞれ目の前の敵と戦うだろう。
 さて、どうしたものかと、方針を思案し始めた時だった。
「おっと、噂をすれば影、ってところか?」
 ナギニのつぶやきに、タイガは視線を上げる。
 崩壊した廃墟の雑踏の中、四十メートル先に、自然体で立つ人影があった。痩身痩躯の不健康そうな顔色をした少年である。全体的に色素の薄いその姿は、その人生の多くを一つのことに費やしてきた証であると、タイガは知っている。
 かつて彼は、神童と呼ばれていた。
 ここまで姿形も見せなかった久能シオンは、残り六人になった段階で、明星タイガと千頭和ナギニの前に姿を表した。

※ ※

 残り六人のアナウンスが流れた瞬間、シオンはミラに指示を出し、『光誘導・色彩誤認』の展開を解いた。光の反射による透明化のみならず、シオンの使う概念強化の魔法によって、存在感そのものを消した彼らは、このタイミングまで、ずっと戦わずに隠れていた。
 このまま隠れ続けていても、試合終了まで逃げ切れる程に、完璧な身の隠し方だった。
 しかし、それでは意味が無い。
 ここで最強のバディを倒さずして、本当の勝利はない。
 一人、ステージに姿を表したシオンに、タイガが怪訝な顔を向けている。
 無理もない。ファントムが姿を表さずに、魔法士だけが立っているのだ。慎重な者なら、まず罠を疑うだろうし、力量のある者ならその無謀を笑うだろう。
 このサバイバル戦において、魔法士を囮に使うなどという作戦は、愚の骨頂なのだから。
 タイガとナギニが、二言三言、なにか言葉を交わしている。
 会話の内容は、おおよそ予想できる。「罠かどうか」の相談と「どうするべきか」ということだ。そして七割以上の確率で、彼らの選ぶ手段は決まっている。
 千頭和ナギニは単独で跳び上がると、四十メートルの跳躍を経て、シオンの前に着地した。
 衝撃で地面が割れ、風圧が大地を均す。攻撃でも何でもない、ただの移動ですらこの威力である。その勢いにのけぞらないように、シオンは精一杯踏ん張った。
 高い確率で、ナギニが単独で来るのはわかっていた。
 そして――ここからが、賭けの始まりである。
「よお、かくれんぼはおしまいか? 坊主」
「ちょっと、鬼退治ならぬ、竜退治がしたくてね。最高のタイミングを見計らってたんだ」
「かか! そーかそーか! そいつはいい」
 にやり、と。凶悪な美貌を更に歪めて、ナギニは腕を振り上げる。
「そんじゃあ――見せてみろよ、テメェの策をよぉ!」
 振り下ろされる彼女の腕は、嵐そのものだ。
 この至近距離で彼女の起こす竜巻を受ければ、まず間違いなく、シオンの身体はバラバラになる。耐えるか否か以前に、霊子体を保てない。
 故に――この一撃を生き残れなければ、シオンに勝機はない。
「っ!」
 全身に魔力を駆け巡らせる。外へと放出する魔力は、ほんの少しで構わない。あとは、このタイミングまで待つ間に、準備してきた魔法式へと、微弱な魔力を通すだけ。
 シオンは今日、手を覆う、ガントレット型の魔法デバイスを使用していた。武器としても利用できるガントレットは、直接魔力を操るのにうってつけだ。
 シオンの背後に、四つの球体が浮かび上がる。それらは魔力の塊だ。
 一動作における、魔力の放出量が少ないシオンにとって、大きな魔法はそれだけで時間が掛かる。だからこそ、はじめから魔力を体の外に出して維持しておき、少ない魔力で誘爆させるようにするという手段をとった。
 無論、純粋なエネルギーとしての魔力の保存は、霊子属性の魔法の中でも、かなり難易度の高い術式だ。高い技術と集中力を要するこの術式のために、シオンはここまでの戦いをひたすら逃げ回っていた。
 今、その成果を発揮する時だ。
 四つの魔力の塊が破裂し、疾走する。彗星のごとく奔る四つの線が、ナギニの起こそうとしていた竜巻を貫く。
 それで嵐の収束は解け、無軌道な風圧となって周囲に拡散した。
 巻き上げられる無秩序な力の余波に乗せられ、シオンの身体が高く宙を舞う。
 十数メートル高く打ち上げられた身体は、落ちただけでも大きなダメージを受けるだろう。全身を駆け巡り続ける魔力を必死でデバイスに通し、シオンはかろうじて風力操作の魔法を起動させ、落下スピードを減速させる。
 生き延びた。
 地面に降り立ったシオンは、休むまもなくすぐに後退する。
 自身の攻撃を防がれたナギニは、楽しそうに顔を歪め、喜びを言葉にする。
「かか! アタシの挨拶に耐えるかよ! だが、いつまで持つかな!」
 後退するシオンを、ナギニは追う。
 それは、猫がネズミをいたぶるのと似ている。ナギニが軽く撫でただけでも、ただの人間であるシオンの身体は、間違いなく粉々に吹き飛ぶだろう。シオンにとっては決死の戦闘だが、ナギニにとっては児戯に等しい。
 それでもナギニが本気を出さないのは、ひとえにシオンの策を見たいからだ。わざわざ一人で出てきたからには、何かしら狙いがあるのだろう。ファントムである七塚ミラの姿が見えないのは、奇襲を狙ってのことだと、ナギニは思っていた。だからこそ、彼らがやろうとしている策に、乗ってやるつもりで彼女はシオンを追う。
 そして――ナギニの性格ならば、すぐに仕留めようとしないだろうと、シオンは読んでいた。
 故に、彼は目的の地点まで、ナギニを連れ出すことに成功した。
 まだ形がしっかりと残っているビルに挟まれた道。狭くはないが、広場ほど広くもない中途半端な道の上で、シオンはミラに指示を出す。
「セット。『万華鏡・鏡迷宮(カレイドスコープ・ミラーラビリンス)』!」
 瞬間、ナギニとシオンを囲うように、無数の鏡が現れた。
「な――に」
 ナギニの表情から笑みが消え、驚愕に変わる。
 数十枚に及ぶ鏡が、二人を囲っていた。その物量に圧倒される。
 しかし、彼女が驚いたのはそれにではない。
 自身の身体が全く動かないことに、彼女は驚いたのだった。
「か、かか! なるほど、そういうことか」
 ぐるりと視界を見渡して、ナギニは事情を察したようだった。粗暴なようでいて知恵も回るのだろう。周囲の鏡が、シオンを映さずにナギニだけを映していることを、彼女は看破した。
 万華鏡・鏡迷宮(カレイドスコープ・ミラーラビリンス)
 ミラが作り上げた、鏡を無数に増やすスキルを利用して、『合わせ鏡・無限回廊』の力である「鏡に写った存在を閉じ込める」という効果をより強力にしたものだ。
『無限回廊』の時には、意志のある存在は閉じ込められなかったが、今回のスキルは、ファントムや人間といった『意志あるもの』の動きを封じることに特化している。
 これから脱出するためには、『精神力』と『神秘性』の高さが必要となる。
 そう、つまりは。
「はんっ。しゃらくせぇ!」
 神秘性のランクがAのナギニにとって、その拘束を振りほどくのは、そう難しくない。
 彼女は気合の掛け声とともに、魔力を周囲に拡散させる。自由になった両腕は乱暴に振り払われ、周囲を囲っていた数十の鏡は、残らず叩き割られた。
 鏡の破片がキラキラと辺りに降り注ぐ。
 ガラス片が舞うという、あまりにも危険すぎる雨であるが、シオンとナギニは、二人共それを不敵な目で見ている。
 ナギニは「この程度か」と目で語る。
 シオンは「まさか」と表情で返す。
 ガラスが降り注ぐ中、シオンはパチン、と指を鳴らす。
 粉々に砕け散った鏡たちは、それぞれが光を反射させ始めた。
 映り込む鏡の破片。それは、鏡の中で無数に分裂し、無限の万華鏡を創造する。
 次の瞬間、砕けた破片は綺麗に消え失せ、代わりに、今度は数百に及ぶ鏡の群れが、シオンとナギニの周りを囲った。
「ぐ、ぅう」
 ナギニの不敵な笑みが、焦燥で歪む。
 さすがの彼女も、ここまでの拘束力は予想していなかっただろう。驚いたように、周囲を覆う百を超える鏡に、苦笑いを浮かべる。
 一度目はあえて拘束力を軽くし、二度目に本気の拘束を行う。二つの落差によって、対象者の精神力にダメージを与える。いかに神秘性が高くとも、精神力にマイナス補正をかけることで、拘束を抜け出すまでのタイムラグを作ったのだ。
 そして、その僅かな時間こそが勝機となる。
 無数にある鏡の中で、四枚の特殊な鏡があった。
 その鏡には、それぞれ奇妙な紋章が浮かんでいる。それは因子を簡略化したデザインで、それぞれ、『竜』、『蛇』、『天候』『毒』を現すマークとなっている。
 ナギニが身に宿す因子を、露出させたのだ。
「プログラム実行。『ファクトダウン』!」
 シオンのデバイスには、すでに魔力が通っている。起動させる術式は、因子崩し。ナギニが一度目の拘束を振り払う間に起動させていた魔法式は、今か今かと発動を待っている。
 一歩を踏み込み、シオンは因子が露出した鏡に向けて、拳を叩き込む。
 通常、因子崩しを行うためには、先日の榊原カブトの刀のように、明確に因子が起動しているところに術式を叩きこむ必要がある。自然体でいるファントムにおこなったところで、それは通常の打撃と変わらないのだ。
 しかし、ミラの鏡はその因子を露出させる。
 元々は、『因子写し(ジーンレプリカ)』の副産物だ。相手の因子を写し取るならば、その過程で、因子そのものを抽出することもできるはずだ。
 そうして因子が映った鏡を叩き割ることで、本体の因子にも影響を与える術式。

 名づけて『万華鏡・鏡像解体(カレイドスコープ・プリズムアナトミー)』

 ミラとシオンの二人によって完成する合わせ技である。
 シオンは的確に、因子の映った鏡を破壊していく。一つを壊した程度では、ナギニを倒すことは出来ない。せめて竜に関する因子、千頭和ナギニの原始に直結する因子だけでも、壊してしまわなければならない。
 まず手近の『天候』の因子に傷をつける。
 続けて、『毒』を叩き割り、『竜』へと攻撃の手をのばす。
 そこで、タイムリミットが来た。
「ん、呵ァッ!!」
 なりふり構わないナギニの咆哮が、半分以上の鏡を割る。
 しかし、それでもまだ、拘束力は半分残っている。
 シオンはガントレットにひたすら魔力を通す。因子崩しを起動する魔力を供給できなくなった時は、彼の敗北だ。一杯一杯ではあるものの、目算であと少しは持つはずだった。
 ナギニの咆哮を懸命に耐えしのぎ、更に一歩、足を踏み込む。
 シオンはとうとう、『竜』の因子を傷つけることに成功した。
 がつん、と。千頭和ナギニに衝撃が走る。
 通常のファントムならば、構成因子が一つでも機能停止になれば、それだけで身動きがとれなくなる。三つも砕かれたナギニならば、それだけで霊子体を保てなくなるはずだった。
 だというのに。
「よくやった、勇む者よ」
 彼女は、強敵を称えるように口元を歪めながら、足を踏み落とす。
「だが残念だったな。――あと一手、足りない!」
 ナギニはその身に宿った因子を掘り下げる。
 起動させるのは『火』の因子。
 心中で高らかに謳いあげるは、崇拝の祝詞。
 それこそは原初の信奉であり、人の畏敬と希望をかき集めた、純粋無垢なる無比の礼賛。

『自然崇拝・火竜(アニミズム・アグニ)』

 輝かしい炎が周囲を照らした。
 千頭和ナギニの身体から噴出した激しい炎は、当たり一面に爆轟の渦を巻き起こし、全てを焦土へと変えた。
 一瞬だけ炎そのものとなったナギニは、やがてその身を元の姿に戻す。立ち上る炎が次第に勢いを収め、蒸気が満ちる中、後には焼きつくされた荒野が残るのみだった。
 少しやり過ぎたか、とナギニは反省する。この様子では、シオンの霊子体は跡形もなく蒸発してしまったことだろう。
 しかし、加減ができないほどに、ナギニは追い詰められたのだ。彼女の九つの因子のうち、基板となる『竜』の因子が傷つけられたことは、大きな影響を持つ。『竜』の因子が機能を停止すれば、その時こそナギニは霊子体を保てなくなるだろう。
 ――シオンにミスが有るとすれば、『蛇』の因子に傷を入れられなかったことである。
 ナーガラージャとは、蛇神の諸王のことを言う。そこから竜王の伝承に派生しているため、原始に最も近いのは、実は『蛇』の因子なのだ。
 壊すのは『竜』の因子だけでは足りない。最後の『蛇』の因子を壊せないのがわかったからこそ、シオンは一手足りなかった。
 そう、後一手。
 足りなかったのだ。

「ならば――」

 充満する蒸気の中、厳かな声が響く。
 まさか、とナギニは彼女らしからぬ驚愕を浮かべる。

「――あと二手、加えよう!」

 蒸気を散らしながら、久能シオンが飛び込んできた。
 彼の拳は、まっすぐに『蛇』の因子が映された鏡を叩き割る。如何なファントムといえども、死んだと思った相手が奇襲をかけてくれば、為す術もなく攻撃を食らうしかない。
 千頭和ナギニは、その身に宿す『蛇』の因子を、傷つけられた。


 そう――シオンは先ほど、確かに死んだのだ。
 霊子体を消滅させ、試合から退場した――はずだった。
 それを覆したのは、七塚ミラが、最初に自分で作っていたアクティブスキルの力である。
 通称『反射同調(ミラーシンクロ)』。
 ミラ曰く『合わせ鏡の入れ替わり』
 鏡に写った者とパラメータを揃えるという技だが、これは、大きなステータスを小さなステータスに移そうとすると、キャパシティオーバーで自壊するという欠点があった。
 それを解決する手段として、シオンが立てた策が、はじめから大きなステータスを、小さなステータスに合わせておくという手段である。
 つまり、はじめからミラを、シオンと同じステータスにしておくのである。
 無論、それではミラが人間と同レベルのステータスに落ち込んでしまう。ただでさえ低いステータスが、人間と同レベルになってしまえば、ただの人間にも負ける可能性が出てくる。
 だからこそ、ミラは終始身を隠し、サポートに徹していた。
 ファントムならば油断せずとも、只の人間に対してならば、油断せずに入られないだろうという、一つの賭けを持って。
 そして――シオンはその賭けに勝った。
 ミラの『反射同調(ミラーシンクロ)』によって復活したシオンは、炎が効果をなくすまで何度も復活を繰り返し、そして蒸気の影から、油断したナギニの懐に飛び込んだのだ。


 そして――
『蛇』の因子を破壊したシオンは、立ち止まらずにナギニへとその拳を叩き込む。
 未だ、身体の一部を炎と化しているナギニは『火』の因子で満ちている。そこに因子崩しを叩き込み、『火』の因子にも、その機能に制限を与える。
 ダメ押しの五つ目。
 ここまでやって、なおも動くことができるファントムなどそう居ない。
 居るとしたらそれは――正真正銘の、バケモノである。
「か、かか!」
 すなわち。
 六割以上の因子を傷つけられて、それでもまだ、高らかに笑う千頭和ナギニは、化け物だ。
「本当に、最高だぜ、お前!」
 麻痺した身体を、ナギニは全力で動かす。
 乱暴にたたきつけられた拳は、技も何もないただの暴力で、地面にクレーターをつくる。因子が機能を停止し、身体に満足に力が入らない状態でなお、千頭和ナギニは意志の力だけで、これだけの膂力を持っているのだ。
 その衝撃で、地面の欠片が飛来し、シオンの身体を貫く。
 近距離で銃弾に近い威力の破片を身に受けたシオンは、霊子体に瀕死の重傷を負った。このままでは、数分と持たずに死ぬだろう。
 一手加えても、化け物には届かなかった。
 そう、『一手』では、足りなかった。
「……言った、だろ」
 もう手はないのか? と目で語るナギニに、シオンは高らかに告げる。
「『二手』加えるって!」
 シオンは地面にたたきつけられながら空を見る。
 大空を駆ける、輝かしい翼を見上げた。
 ――その翼は、炎に包まれている。
 両腕を激しい炎の翼で包み、足には猛禽類の持つ鋭い鉤爪が表れている。目にも止まらぬ速度は、更に加速し、最速の勢いで獲物へと駆ける。
 それこそはガルダ。
 ナーガラージャの敵対者にして、ナーガ族を退治する聖鳥として崇められた神鳥である。
「やぁあああああああああああああああああああああああっ!!!!」
『ガルダ・レプリカ』
 三つの因子を取り込み、擬似的なガルダへとその身を変えた七塚ミラは、叫び声を上げながら、千頭和ナギニへとその鉤爪を突き立てんと空をかける。
 本日、何度目の驚愕か。
「な、にぃいい!!」
 もはや身体の感覚が三割近くしか残っていないナギニは、防御が間に合わない。
 ミラが向ける足の鋭い鉤爪を、為す術もなくその身に受けた。
「が、ぁ」
 ついに、ナギニの身体が傷を負う。
 五つの因子を傷つけられて、その身体の異常な頑丈さもなくなったようだった。前回は傷すら付けられなかったが、今回は深々と突き刺さり、その心臓をえぐりとった。
 千頭和ナギニの身体は、とうとう地面に倒れた。

※ ※

 喜びも、達成感も、感じるだけの余裕はなかった。
 綱渡りの決着。今はただ、緊張と興奮により脳内物質が垂れ流されていて、余計なことを考えるだけの余地はなかった。
 まだ終わっていない。
 七塚ミラの身体を動かしたのは、そんな反射的な意識だった。
 千頭和ナギニは強敵だった。はっきり言って、まともに戦って倒せる敵ではなかった。奇をてらい、策を弄し、賭けに勝ち、そうしてもぎ取った、綱渡りの勝利である。
 だからこそ、こんな勝ち方は二度と出来ないという焦燥がミラの中に満ちていた。
 まだ終わりではない。
 この試合は、ファントムではなく、魔法士を倒さなければ、決着がつかないのだ。
 その身に『ガルダ』を宿したミラは、ナギニの心臓をえぐりとったその鉤爪で、明星タイガを喰らわんと懸命に駆ける。
 勝たなければいけない。シオンが、あそこまで身体を張ってくれたのだ。
 ナギニが放出した炎に何度も焼かれ、それでも一瞬の隙のために、シオンはその痛みに耐えた。例え霊子体であろうとも、痛みはあるのだ。現実よりも多少緩和されているとはいえ、生きながらに焼かれる痛みなど、何度も味わいたいと思うはずがない。
 そんなシオンの覚悟に、報いなければならない。
 自分にできることは、ここで明星タイガを倒すことだ。勝ちたい、と強く思った。負けるのは悔しいし、死ぬほど辛かった。はじめての敗北の時に、シオンに八つ当りしたことを思い出した。あんな思いをするのは、もう嫌だ。
 悔し涙を拭いながら、ミラはずっと考えていた。
 なぜ自分が、これほどまでに勝利にこだわるのか。
 結論として、自分は勝ちにこだわっているわけではなかった。ただ、負けを受け入れたら、自分を見失ってしまいそうで怖かったのだ。
 シオンに八つ当たりしてしまったのも、それが理由だ。実力不足の自分では、負け試合が当たり前だが、心だけは屈しないと強く思った。
 ミラは、かつて『カール・セプトの鏡回廊』と呼ばれていた。
 来るもの全てを取り込み、下し、吸収する悪魔の迷宮。そこでの彼女は最強だった。他に比類することのない、最強の霊子災害だった。
 それを解呪したのが、シオンだった。
 あの時、ミラは負けたのだ。負けて、殺された。気がついた時にはファントムとして発生していたが、あの全てがなくなる感覚は、今でも心の奥底の恐怖として残っている。
 同時に――解放と喪失を与えたシオンに、どうしようもなく執着した。
 彼はあの時、自分から奪ったものを持っている。そんな確信に近い衝動に任せるまま、ミラはシオンにバディ契約を迫った。
 自分を解呪した彼ならば、きっと、失った以上に多くのものを、与えてくれると信じて。
 そして、今。
 ミラは勝利を得るために、空中を疾走している。
 鉤爪は、明星タイガの身体へと一直線に迫る。戦闘が始まってからここまで、めまぐるしく移り変わる戦況を前に、タイガは満足に対応できていない。かろうじて迎撃魔法の準備が整っているようだが、それが放たれるよりも早く、彼の心臓を貫くことができるだろう。
 瀕死のシオンが事切れるまで、あとすこし時間がある。
 ここで彼を仕留めれば、自分たちの勝利だ。
 そう、信じて。
 ミラはタイガの胸元に、足の鉤爪を突きおろし――
「え――?」
 自身の胸元から生えた竜の腕を、唖然とした顔で見下ろした。
「な、んで?」
 神速の勢いは、強引に引き止められ、地面に叩き落とされる。
 地面をその全身で砕きながら、ミラはその竜の腕の持ち主である、千頭和ナギニの姿を呆然と見つめた。
 なぜ?
 確かに彼女は殺したはずだった。心臓をえぐり、その体が倒れるのを見た。
 だが――霊子体の消滅までは、見届けていないのもまた、事実だった。
 ミラに一つミスが有ったとすれば、功を急ぐあまり、ナギニの死を十分に確認せずに、タイガへと向かったことである。
『天地創造・不死竜(アムリタ・ヴァースキ)』
 死してなお行動することのできる『不死性』因子のパッシブスキル。これこそが、千頭和ナギニの切り札であり、最後の隠し球だった。
 胸を貫かれ、地面にたたきつけられたミラは、残された僅かな時間で抵抗を試みる。
 しかし、反撃は間に合わない。今度こそ、千頭和ナギニは確実にミラの息の根を止めるだろう。ここまで追い詰めたからには、向こうも手を抜く余裕などないはずだ。
 フラフラの身体で、ナギニはミラの首筋に手刀を下ろす。
 ミラは敗北を覚悟しながら、それでも食い下がらんと、最後のスキルを使用する。
 そして、七塚ミラは、その霊子体を消滅させ、試合から退場した。

※ ※

 死した身体を引きずりながら、ナギニはなんとか体裁を保つ。
「かか」と彼女は乾いた笑い声を上げた。胸にあいた空洞には、生命活動を行うために重要な器官が失われている。正に、死んだ状態で無理やり行動している状態である。
「やあ、まいった」
 ナギニはそれでも無理やり笑う。
 いかに不死のパッシブスキルを持っていても、もう霊子体が限界だ。生身の時ならばともかく、霊子体である現在は、ルールとして、崩壊を間逃れない。
「まあ、なんだ」
 死にかけの身体で、力の入らない肺に精一杯空気を込めて、ナギニはタイガに言う。
「負けは阻止したんだ。許せ」
「ああ。よく働いてくれた」
 ナギニの健闘に、素直にタイガは礼を言う。
「先に休んでろ。試合を終わらせて、すぐに労ってやる」
「かか、そーかい。労ってくれるのか。そんじゃま、新刊でも、ねだってみようかね」
 ナギニは慈愛を感じる笑みを浮かべ、立ったまま、その霊子体を崩壊させた。
 あとに残ったタイガは、静かにその様子を見つめていた。


 ――彼女と出会ったのは、中学二年の時だった。
 当時のタイガは、年齢にしては優秀だったが、それでも神童に比べるとはるかに型落ちする、平凡な魔法士だった。その頃には二人の神童の名前は聞かなくなってきていたが、自身の息子に過大な期待を寄せる両親は、タイガの遅々として進まない成長に、苛立ちを覚えていた。
 名家である明星家の後継者が、神童でないことが認められなかったのだろう。
 タイガは中学二年のはじめに、カニングフォークの修行をさせられた。
 それは修行というには、あまりにも危険なものだった。
 自然に満ちた魔力を取り込み、自身の中にある魔力炉を活性化させるという修行。名のある霊地に行き、龍脈から魔力を汲み取るというのだ。龍脈を流れる魔力は、少量ですら人体にとっては危険であるのに、それを大量に取り込めというのだ。
 無論、失敗した。
 左目がはじけ飛びながらも、タイガは必死で、荒れ狂う大地の魔力を制御しようと試みた。中途半端に刺激した龍脈は暴走し、天変地異に等しい災害を起こしかけた。
 制御を失った龍脈は、やがて霊子災害として、竜の形を取った。
 その竜の中に取り込まれたタイガは、抵抗も殆どできずに、なすがままだった。
 もはや、自分の命どころの話ではない。その土地が地図からなくなってしまう規模の災害を前に、タイガは全てを諦めた。
 その時に、後に千頭和ナギニとなる、霊体の女性と出会った。
「あちゃぁ、こりゃ、随分派手に暴れさせたなぁ」
 その時の彼女は、ただの地縛霊だった。
 龍脈の暴走により、一時的に存在力を得ただけの、吹けば飛ぶような低級地縛霊。霊子災害となった竜の中で出会った彼女は、絶望に全てを諦めてしまったタイガに対して、手を伸ばしたのだった。
「そんなつらそうな顔すんなよ。アタシまで辛くなるだろ」
「この状況で、苦しむなって方が難しい」
「そーか? アタシは正直どうでもいいけどな。どうせ死んでるし」
 事も無げに言う彼女は、半透明な身体をひらひらと振ってみせる。
 その脳天気な言い方が癇に障ったタイガは、売り言葉に買い言葉で噛み付く。
「地縛霊のくせに、未練がないなんて嘘つくな。女々しく現世に残ってるくせに」
 虚を突かれたのか、地縛霊は目を丸くする。
 そして、切なげに目を伏せて、乾いた笑い声を上げた。
「はは。そーだな。未練タラタラだったよ、アタシは」
 外では、悪竜が暴虐の限りを尽くしている。九頭竜伝承の伝わるこの土地では、竜の霊子災害は、それだけで圧倒的な力を持っている。これを調伏できる魔法士はそう居ないだろう。
 内側にいる二人なら、ともかく。
「なー。少年」
「なんだよ、アバズレ」
「ちょ、クソガキのくせに、なんつー汚い言葉知ってるんだよ」
 ケラケラと何でもない風に笑いながら、地縛霊は言った。
「この状況、何とかしたい?」
「……何とか出来るんなら、とうの昔にやってる」
「だったらさ。アタシと一緒に、何とかしようぜ」
 そう言って、彼女はタイガに手を伸ばしてくる。
「アタシは生前、魔法使いだったんだ。ま、才能もなくて、知識だけご立派な三流だったけどね。だからまあ、この場でどうすればいいのか、だいたい分かる。二人共、ただではすまないけれど、生きて戻ることは可能だ」
 だから、もし生きて戻ることができたら、と。
 彼女はどこか恥ずかしそうに、自身の要求を告げた。
「アタシに、いっぱい本を読ませてくれよ」
 そうして、二人は契約を果たした。
 彼女たちが行なった方法は、暴れている竜の力と一体化し、そのまま自分たちの身体に取り込むという方法だった。地縛霊は、千頭和ナギニとなって、竜のファントムとして発生する。明星タイガは、自身の身体の機能を代償として、巨大な魔力発生炉を見に宿す。
 生き残りはしたものの、その後の二年間はとにかく制御の日々だった。ナギニは『竜』の因子を暴走させないように、複数の因子に分けて調整し、タイガは自身の身体を安定させるために、膨大な魔力を扱う修行を毎日行う。
 家を出たのは事故の直後の事だった。家族は引き止めたが、タイガは絶縁を言い渡し、姿を消した。後継人も何も居なかったが、ナギニと二人ならなんでも出来た。
 そして、魔法学府に入学し、今、実家に向けて復讐を行なっている。
 明星タイガは、お前らとは無関係で、実力をつけたのだと。
 そう、言い張るために――


 そうして、タイガは静かに試合の趨勢を見守る。
 アナウンスによると、残る参加者は四ペアになったらしい。後一人脱落すれば、試合は終わる。どこかの決着がまだついていないのか、と思った。
 身体で疼く魔力を強く抑える。最後の一瞬、七塚ミラを迎撃しようとして、思わず制御を手放してしまったので、魔力が暴れまわっているのだ。少しでも気を抜けば、自身の体を食い破ってくる竜の魔力が、彼の身体を駆け巡っている。
 なんとかそれを制御した彼は、どうするべきかと思案する。
 まだ余裕はあるので、自分から他の三ペアを倒しに行ってもいい。今ならば、どんなファントムが相手であろうと、倒せる自信がある。どんなファントムも、ナギニほどの実力はまずないのだ。最強のファントムのそばにいるからこそ、他のファントムに遅れを取ることはない。
 タイガは電磁波の魔法を使って、周囲を探知する。
 そして、すぐそばに、生きた存在が居ることを感知した。
「……まさか」
 ありえない、とタイガは頭を振る。
 あの傷で、まだ生きているなんてありえない。もう治癒する術など、彼にはないはずだ。
 ゆらり、と。
 タイガの視線の先で、一つの人影が動いた。
 その身体は、ボロボロどころか、一部が異形の者に変質していた。
 右肩からはしなびた炎の翼が噴出しており、左足と右手にはいびつな鉤爪が付いている。まるで無理やり合成されたキメラのような姿で、かつて神童だった少年は立っていた。
「シオン・コンセプト……」
 呆然と、タイガはその名を呼ぶ。
 それに対して、彼は。
 息も絶え絶えな様子で、タイガに言い返した。
「久能、だよ。明星」
 ここに、最後の決戦の火蓋が切って落とされた。

※ ※

 シオンの身体は、明らかに先ほど負った傷よりもひどい状態だった。
 流血による死こそ間逃れているが、彼の身体はあと数分も持たないだろう。キャパシティをはるかにオーバーした巨大な力を身に受けたために、身体のあちこちが負荷に耐え切れず崩壊している。瀕死だった状態が、重体に変わっただけの話である。
「が、は。ったく、ミラの、やつ」
 毒づきながら、シオンは背中に生えた炎の翼を、無理やり引きちぎった。
 とんでもない痛みが襲ってくるが、構わない。このまま翼を付けたままだったら、その炎で自身の体が焼かれてしまう。
 ――七塚ミラは、ナギニにとどめを刺される寸前で、一つの賭けに出た。
 そのまま反撃をしたところで、自分の攻撃が届くことはないだろうと彼女は確信していた。歯がゆいが、ファントムとしての性能が違いすぎる。背後から胸を貫かれた時点で、ミラはナギニに敗北しているのだ。
 それでも、彼女は最後まで勝利を諦めなかった。
 勝利に取り憑かれ、敗北を恐れたと言ってもいい。
 最後に彼女が使ったのは、『反射同調(ミラーシンクロ)』。
 ガルダの姿を模倣した状況で、その力をシオンに与えたら、十中八九無事では済まないのはわかっていた。それでも、出血多量で死にかけの状態よりは、僅かな時間であっても長く生存できるのではないかと、彼女は考えた。
 そして、七塚ミラは、その賭けに勝った。
 シオンは今、半死半生でありながらも、明星タイガの前に立っている。
「ふざけ、やがって。まったく、よ」
 血反吐を吐きながら、シオンは毒づく。
 まったく、どいつもこいつも、自分勝手にしやがって。
 シオンにはかつて程の力はないというのに、それでも誰もが、シオンに神童の頃と同じ賞賛を送る。お前はすごい、普通とは違う、と。憧れと羨望の眼差しを向け、シオンに分不相応な評価を押し付けている。
 癇に障る。
 いつでも、まるでヒーローを見るような眼差しで見てくる『彼女』の目に、苦痛を覚える。
 そんな彼女は、最後に託したのだ。
 ――お願い、勝って!
 本当は自分の手で勝利を得たかっただろうに、それが出来ない無念を抱えながら、今まさに退場しようとする間際で、彼女はシオンに託した。
 そこまでして勝利にこだわる彼女を、どうしてこばめようか。
「は、ぁ。はぁ、はぁ」
 シオンはタイガの前に立つと、よろけた身体を必死で支える。
 それに、タイガが声をかける。
「そんなになってまで、どうして立ち上がるんだ」
 意識を手放せば、試合は終わるが、楽になるだろうに、と言外に告げている。
「は、はは。いや、僕も本当は、もう諦めたいんだけどさ。すごく痛いし、すごく苦しいし、死ぬわけじゃないけど、もう死んだほうがいいくらいで、はっきり言って、こんなのありえないくらいなんだけどさ」
 珍しく饒舌に語りながら、今にも途切れそうな意識を必死でまとめて、彼は言う。
「うちのバディが、負けたら泣くんだよ」
 だから、と。
「勝たなきゃ、また泣かせちまう」
 それは、死ぬほど嫌だった。
 シオンは場違いなほど優しく微笑んでから、地面に向けて手をおろした。
 なりふりかまわず勝とうとしたミラに倣い、自滅してでも勝利しようと、彼は覚悟を決めた。
「『生体魔力』停止。『実行中魔法式』停止」
 一旦、自身の中にある全ての魔法機能を停止させる。
 そして――大地に流れる力の流れを、探り当てる。
「『龍脈』接続。『外部接続』認証」
 シオンの身体に、膨大な量の魔力が流れ込んでくた。
 それによって、彼の右腕は吹き飛んだ。
 構わない。元々、彼の右腕は事故の後遺症で生体としての機能を失っている。生身としての機能を持たない部位など、これから実行する『魔法』の前では、邪魔でしかない。
「『外部接続』実行。『龍脈解析』開始――完了。『内容回帰』処理」
 彼の身体の表面を、木のツタのようなものが包み始める。
 もげた右腕の部分も、それを補うかのように、植物が腕の形をとった。左足のいびつな鉤爪も、ツタに吸収され、跡形もなくなる。
 シオンという個人が、植物の化け物へと変貌していく。
「術式実行。『生命大樹・疑似龍(ユグドラシル・パターンドラゴン)』」
 全身を植物の竜と化しながら、シオンは歩き始める。
 彼の歩く地面には、花々が咲き乱れ、緑が廃墟を彩る。一歩ごとに、生命の息吹が吹き荒れる。荒廃した土地を侵食するかのごとく、彼の歩みは大地を潤した。
 彼の身体は、今や一匹の竜そのものだった。大地の営みと、生命の循環を体現した、霊子災害の一つである緑龍の姿。
 かつて彼が挑み、そしてその身を滅ぼされた、『自然魔法(カニングフォーク)』の一つ。
 霊子災害は規模や種類に応じて様々な形をとる。その中でも、竜の形を取るものは、最上級の規模と危険性を持っていると言われている。
 タイプドラゴン。
 大地の魔力を直接操り、自分の体を媒介として霊子災害レイスを再現する、カニングフォークの中でも禁呪に位置する大魔法。
 膨大な力は、一時的にシオンのステータスを底上げしているが、しかしそれは諸刃の剣である。次の瞬間にも自壊しかねない危うさを身に秘めた状態で、シオンはタイガに向き直る。
「明星。お前、神童に憧れていたって言ったな」
 かつてほどの実力をなくした神童は、ハリボテの虚勢を必死で張り、首席の魔法士に向かう。
 どいつもこいつも自分勝手だ。
 昔ほどの力はないというのに、誰もがシオンのことを、過去と同じように見てくる。
 その期待。その重圧。
 ずっと嫌ってきたそれらであるが――鏡の少女が望むのならば、今この時だけは、その称号を受け入れよう。
「だったら、教えてやるよ」
 植物と化した異形の右腕を水平に伸ばし、シオンは言う。

「来いよ凡俗。格の違いを見せてやる」

 ――その言葉に、明星タイガは。
「は、はは」
 十五年の生涯において、めったに浮かべることのなかった、無邪気な笑みを浮かべた。
「ああ――それでこそ、俺の知る伝説だ!」
 明星タイガはずっと、満たされぬものを感じていた。
 日々行うことは、常に自分との戦いだ。実家に居た頃はとにかく研鑚をつまされ、独り立ちした後は身体に住まう竜を押さえつける日々。
 そこに苦痛はあれど、達成感などあるはずもない。
 苦しい時、歯を食いしばるときに、いつも思い浮かべてきたのは、同年代の神童の姿だった。
 直接の面識はない。あるのはただ、風聞による評価と、事実としての彼らの実績だ。
 幾つもの魔法理論を解明し、数々の迷宮を踏破し、何度も霊子災害を調伏してきたという。その話を聞く度に、心が踊り、力がわいた。
 いつか必ず、それに挑もう。
 今の苦労が報われる瞬間があるとすれば、それしかない。
「行くぞ、シオン・コンセプト――いや、久能シオン!」
 明星タイガは左目に魔力を通す。そこにあるのは、竜の瞳だ。ひと睨みで他者を麻痺させ、畏怖と絶望を植え付ける高次の魔眼。
 全身を、竜の魔力が駆け巡る。制御などとうに放棄した。今はただ、この一瞬を全力で向かい討つためだけに、自身にできる全てを吐き出す。
 彼が纏うは漆黒の風と、煉獄の炎。嵐の化身たる力の一部と、吐出される炎をその身に宿し、明星タイガは緑の竜へと立ち向かう。
 嵐が暴虐を尽くし、業火が豊かな大地を焼き払う。
 それを押しとどめるのは、久能シオンの身体から絶え間なく流出する、植物の生の息吹である。地面から無数に生え続ける草木は、その身をムチのようにしならせて絡めとり、複数の枝葉がまとまり合って巨大な矛と盾になる。
 嵐と炎は植物に抑えこまれ、隙あらばその鋭い切っ先を突きつけんと草根の先が迫る。
 それは、神話の再現であった。
 絶大な力を持つ神に等しい存在が、互いを削り、喰らい、滅ぼさんとぶつかり合う。
 余波だけでフィールドは更地になる。そこに、シオンが大量の緑を育み、タイガがそれを伐採せんと力をふるう。
 植物がタイガの腕を抉る。嵐がシオンの足を粉砕する。草根がタイガの身体を絡めとる。炎がシオンの身体を焼きつくす。
 両者とも一歩も引く気はない。
 竜と化した鉤爪が肉を引き裂く。竜の魔眼が心臓を停止させる。互いが傷を負わせる度に、同じ傷を相手に与え続けた。
「明星――タイガ!」
 もげてしまってまともに機能しない足を、植物で補強して、シオンは駆ける。
「久能――シオン!」
 いたるところの骨を砕かれた身体を必死で起こしながら、タイガは迎え討つ。
 二体のドラゴンが、何度目かの激突を果たした。
 そして――

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