ウィザードリィ・ゲーム第二章『鏡の迷宮』
学内で、ファントム達による模擬戦が行われる。
そこには、ひたむきに勝負にこだわるミラの姿があった。
神童と呼ばれた少年に、ファントムの少女はなぜこだわるのか?
このへんから、作者の中でミラが泣き虫キャラとして定着してきた。
というわけで、続きからどうぞ
第二章 鏡の迷宮
「あんたとなら、何だってできるって信じてる」
確信のこもった言葉。
従兄妹に当たる少女は、堂々とシオンの前に立つ。自信に満ち溢れたその風体。彼女の瞳は、爛々と輝き、ただ先だけを見つめていた。
「私達が組めば最強だと思う。どう、シオン?」
答えのわかりきった問。
彼女といると心が踊った。次へ、次へと前に進むことが出来た。
彼と彼女は、競いあうようにして自己を研鑽し合った。好きなことのために努力できることは幸せだ。同学年の子どもたちが、好きでもない授業を学校で受けている中で、二人だけは、目的を持って物事を学ぶことが出来たのだから。
久我アヤネ。
思えば彼女こそが、シオンにとって初めての相棒であり、バディだった。
物理のアヤネと概念のシオン。
互いの得意分野をとことんまで追求し、はてに博士号まで授与された。若干十歳の子供が、学会で評価されるまでになったのである。
神童と、もてはやされた。
だから、二人は天狗になっていたのだ。
自分たちならなんだってできると。学術方面だけではない。実践であっても、大人など顔負けの活躍ができるのだと確信していた。迷宮探索にも意欲的に乗り出し、解呪不可能な神秘とされる迷宮も、いくつも踏破した。
例えば、熱量の遡行する氷の城塞。
例えば、雷を閉じ込めた雲の牢獄。
例えば、七重に円環する鏡の回廊。
例えば、人を呪殺する悪夢の迷宮。
そのことごとくを、彼らは解呪していった。
栄光をつかむ度に、彼らは増長していった。
だから――しっぺ返しを食らったのだ。
人工魔法(オーバークラフト)を極めたと過信した者が、次に手を出すのは自然魔法(カニングフォーク)である。
世界そのものに挑んだちっぽけな二人は、あっさりと敗北した。
カニングフォークの失敗は、大規模な霊子災害を引き起こした。ファントムと似て非なる存在である、霊子災害レイス。暴走した竜を鎮めるまでに、シオンは左半身を、アヤネは両足と内臓器官の一部を再起不能なまでに破壊された。
それは、二人の魔法士生命の終わりと同義であった。
※ ※
金曜日の夕方。
シオンは、定期健診のために、とある病院を訪れていた。
魔法事象によって起こった怪我などを専門で扱う総合病院が、都心の一角に存在する。テクノ学園から徒歩十五分ほどの距離。ただの病院ではなく、リハビリ施設やちょっとしたトレーニング施設などもある、十四階建ての建物である。
その最上階の一室は、もう四年もの間、一人の少女が貸しきっていた。
月に何度か、シオンは検査通院のついでに、その病室を訪問する。
「調子はどうだ? アヤ」
病室内に入ると、上半身を起こして、外の景色を見ている少女の姿があった。
不健康そうな白い肌と、青白い病院服が、幸薄さを表している。伸ばしっぱなしの髪の毛は、適当に手入れをされているのか、少々傷んでいた。触れるだけで壊れてしまいそうな儚さに、めまいのようなものを覚える。
久我アヤネ。
従兄妹であり、かつての相棒であり、――そして、今では負い目となっている少女である。
彼女は、シオンの方を振り向きもせずに、辛辣な言葉を返す。
「気分が悪い。帰って」
「そう……それじゃ、仕方ない」
アヤネの言葉に構わず、シオンはパイプ椅子を広げて座る。そして、手に持った荷物をベッドのそばの机に置いた。
「おばさんから頼まれたもの、持ってきた。なんか持ち帰るものがあったら、持ってくけど?」
「ない」
「そうか。なら、変わったことは?」
「ない」
「そりゃ良かった。学園には、行ってるのか?」
「あんたに、関係ある?」
振り向くと共に、ギロリ、と。憎々しげな瞳がシオンを突き刺す。
それをさらりと流しながら、シオンは肩をすくめて言う。
「せっかく研究科に受かったんだから、せめて登校くらいした方がいいぞ」
「うるさい。今更、あんなところに行ってなんになるっていうの」
「それじゃあ、なんで試験を受けたりしたんだ?」
シオンの質問に、アヤネは黙りこむ。
ジロッと、睨みの聞いた視線がシオンに向けられる。恨みがましいその瞳は、本心を語れない葛藤に耐えているように見える。
「……余計な、お世話だから、帰りなさい」
「……分かった。じゃあ、また」
刺々しい態度はいつも通りであるが、今日は一段とイライラしているようだった。こういう時は、早めに引き上げるに限る。
最後に、病室を振り返ると、またいつものように外の景色を眺めているアヤネの姿があった。頑なにそうするのは、入ってくる人間と顔を合わせたくないからである。その姿に寂しさを覚えながら、シオンは病室を出た。
「ふむ。今日はいつも以上に早かったな」
扉を閉めたところで、真横から声をかけられる。
「どうした? お姫様の機嫌でも損ねたか?」
「むしろ、僕と会って、あいつが機嫌を損ねないことはないんじゃないか?」
「なるほど、確かにそのとおりだ」
くつくつ、とその影は笑う。
半透明だった姿が、瞬時に実体化する。
その影は、中華風の道着を着た、二十代後半ほどの男性の姿を取る。時代錯誤な武人然とした男は、両腕を組んで壁に背をかけている。
皮肉げに笑う偉丈夫は、楽しげにシオンに語りかける。
「しかし、君も実に甲斐甲斐しい。アレからは邪険に扱われるのをわかっているだろうに、それでも毎週足繁く通っているのだからな。私だったら、あそこまでの敵意を向けられたら、思わず殺してしまいかねん」
「殺すなよ。自分の主人を」
冗談ではあるのだろうが、彼が言うと冗談に聞こえないのである。
飛燕(フェイエン)
それが彼の名前である。
二年ほど前から、アヤネと契約しているファントムだった。ランクそのものは因子三つのローランクという低い位だが、純粋な地力では並のファントムを凌ぐと言われている。どこで見つけてきたのかはわからないが、護衛として十分すぎるほどの存在だ。
飛燕は、肩をすくめながら、謝罪を口にする。
「ふむ、すまぬな」
「なんで謝るんだよ」
「なに、主人のことを思っての行動が、こうも毎度無碍に扱われていると、さすがに従者として謝罪の一つも口にしたくなる。君が来てくれなければ、アレは一週間、私以外の誰とも会話しないことも珍しくないからな。彼女はどう思っているかはわからんが、少なくとも私は、君の行動に感謝している」
「別に、感謝されるようなことはひとつもしてない。これだって、罪悪感のようなもんだよ」
本心からそう答える。
アヤネ自信が拒絶しているのだから、本来ならば構う必要はないのかもしれない。それでも毎週通いつめているのは、単に罪悪感を抑えられないからだ。
かつての相棒に対する、罪滅ぼし。
四年前の事故で、シオンは左半身を損傷したが、それでも日常生活を問題なく送れる程度には復帰した。しかし、アヤネは両足の機能を完全に失ったのだ。義足に切り替えるわけにも行かず、今でも痛みを覚えながらも、満足に動かすことの出来ない両足。
それを思えば、自分など恵まれている方だと思う。
「君にこんなことを言うのもおかしな話だが、一つ主の弁解をさせてくれ」
「なんだよ」
「アヤネはあれで可愛い所があってだね。今日も、内心は後悔しているに違いない」
「……藪から棒に何言ってんだ」
「いや何。アレが君に向ける態度は、なんともわかりやすいと思ってだね」
くっく、と笑いをこらえながら、彼は言う。
「今日だって、君の診察の日だとわかっていたからか、朝から随分とそわそわして時間を確認していた。髪の毛を整えようとしてもつれた姿など、傑作で君にも見せたいくらいだ」
「……冗談だろ。あのアヤが」
「戯言を言うならもう少し気を利かせるさ」
皮肉げに笑いながら、彼は言う。
「気持ちの上では複雑なんだろうが、はたから見ればこれほど簡単なことはない。アレは、君を恨むことで自分を保っているだけなんだよ」
「それは……」
「事故のことは聞き及んでいる」
彼の口から、初めて事故の話が出る。
「第三者の意見だが、あの事故は明確な加害者があるわけではない、災害のようなものだ。問題は、君と彼女の間に、復帰の差があるくらいだろう。だから、気持ちのやり場に困ってしまう。――自分を襲った不幸を誰かにぶつけないと、潰れてしまいそうなんだ。アレは」
なあ、可愛いところもあるだろう、と。楽しげに笑う。
飛燕はそこで肩をすくめておどけてみせる。
「最も、君にしたところで、あえて憎まれ役を買うことで自分を慰めているのだから、どっちもどっちだがね。まったく、君たちは実にいいコンビだ。バディとして、妬けるくらいに」
「よしてくれ。そんなつもりはない」
「違うと否定するか? まあ、それもいいだろう。結果は変わらんがね」
目を閉じて、笑いを堪えるように声を漏らす。どうも、暇つぶしの道具にされているような気がして、気分が良くない。
イラつきを覚えながらも、一つ尋ねたいことがあったので、我慢して向かい直る。
「なあ、一つ聞いてもいいか?」
「む、珍しいな。君の方から質問とは」
「あんたは、どうしてあいつと契約したんだ?」
飛燕は、二年前に突然現れた。
自分には関係ないと思い、むしろ新しく相棒を作れるようになったのだと、喜びもしたものだが、よくよく考えると疑問も多い。
今更といえば今更の疑問に、飛燕は片目を閉じてしばし思案する。
「どうして、と言えば、アヤネが私を見つけ出したからに他ならないな」
やがて、彼は考えをまとめたのか語り始めた。
「私が『発生』した時、まだ明確な形というモノを持っていなかった。規模は弱いが、霊子災害に近い存在だったな。それを、アヤネが観測することで、ファントムとして形を持った。その時に、彼女ならば仕えても構わないと思ったから、契約に応じた」
「仕える……か」
ふと、前から抱いていた疑問が頭をもたげる。
「そもそも、生物としての性能としては、ファントムのほうが数段上のはずなのに、お前らは人間にへりくだるんだな」
ファントムは霊体であるため、現世での影響は制限されるものの、その魂の質自体は、神霊のそれである。人間など比べ物にならないほど、魂の質は高い。暴走覚悟で力を集めれば、単体で街一つを滅ぼせる程度の力はあるはずなのだ。
故に、人間と契約するなどもってのほかだ、と突っぱねるファントムも中にはいる。そうしたファントムたちは、やがて暴走し、霊子災害として退治されることになる。しかし、大多数の登録ファントムたちは、魔法士と契約する道を選ぶという。
「もちろん、私達にもプライドはある」
シオンの疑問に対して、飛燕は頷く。
「元々、我々の精神の元となるのは、高次元にのし上がった魂だ。人格パターンとして人間の精神が含まれているが、それにしたところで、よくも悪くも『極めた』人間であることが多い。それなりの自負や誇りがある」
「なら、どうして人間の使い魔まがいの存在になろうとするんだ?」
「無論、契約をすれば、現世での影響力が増すというのは、第一に挙がるだろう」
迷わずに、彼は答えた。
「なんといっても、我々は霊体だ。例えば、今君を殴ろうとするにも、まず霊子界にアクセスして、現実を書き換えねばならん。常に魔法行使をしているのと変わらない。それが、契約をすれば霊体でもある程度、現実に影響を持てる」
より自由を得るために、魔法士と契約をする。
要するに、雇用契約のようなものなのだと、飛燕は言う。
「大多数のファントムの理由はこれだろう。ただ、自由を求めるからには、もちろん待遇が良くなければ割にあわない。やはり相性の合う人間を選びたいというのが、本心だろう」
「なら、それ以外は?」
「あとは、明確な目的があるタイプと、魔法士の人柄に惚れたタイプだな。前者ならば目的に似合った魔法士に交渉するだろうし、後者ならば、仕えるに値するとして従事するだろう。どちらにせよ、『こいつとならやっていける』と思わないと、いい契約は結べない」
「じゃああんたは、アヤに惚れ込んだから、契約したのか?」
「否定はすまい」
すっぱりと言ったものの、飛燕の口元は皮肉げに笑っている。
「だが、君も知っての通り、アレは目が離せない所があってね。可愛げがないくせに、歳相応の隙がある。手の掛かる子ほどなんとやらというが、我ながら、お人好しだと思っているよ」
苦笑を漏らしてはいるものの、その笑みはまんざらでもないといった様子だった。
つまりは、よい関係を築けているということなのだろう。
安心と、一抹の寂しさを覚えながら、シオンは最後に何気ない風を装って尋ねる。
「あんたの言うとおりなら、自分から契約を迫ってくるファントムってのは、よっぽどの確信があるってことか?」
「む? まあ、それが想像に難くないといったところだな」
質問の真意を測りかねているのか、曖昧な返事がかえってくる。
少し考える時間を取った後、「何にしても」と、飛燕はまとめるように言った。
「ファントムも知性がある以上、人間の人格と大して変わらん。いくら対等とはいえ、契約に寄って縛られるからには、それ相応の覚悟をするということだ」
ほかならぬファントムからの言葉は、シオンの胸に響いた。
※ ※
土日の間は、ミラの勧誘も受けることなく、平和に過ごすことが出来た。
近場の下宿暮らしなので、下手をすると押しかけてくるんじゃないかと心配していたのだが、さすがに杞憂だったのか、土日はずっと引きこもって生活していることが出来た。
そして、週が明けて月曜日。
学内で、面白い動きがあった。
「何してんだ。あれ」
昼休憩の移動中のことである。テクノ学園は、高校から大学院まである関係で、敷地内に様々な施設がある。実技場もその一つで、グラウンドよりも一回り小さい、魔法の鍛錬に使うための施設がいくつか存在する。
食堂に向かう途中にそこを通ったのだが、外からでも騒がしさがわかる様子だった。
「なんか、ファントムたちの模擬戦をやってるらしいぜ」
早速近くにいる生徒に尋ねたレオは、そう教えてくれた。
模擬戦。
通常、ファントムは現実世界で万全の状態ではいられない。存在するだけでも力を使うし、影響を与えようとすればすぐに内蔵魔力を使いきってしまうので、普段は霊体として生活している。彼らが実体を持って行動しようと思えば、魔法士の魔力供給が必須となる。
模擬戦なんて言えば、余計に難しい。それでもやる理由があるとすれば、そこにメリットがあるからなのだろう。
「企画は生徒会の方でしているから、生徒会の人間が霊子庭園を展開してるらしい。要するに、ファントム側の実力のお披露目会みたいなもんだろ」
生徒側の実力は、先日の実力テストが公開されているので、ある程度わかるとして、ファントム側もアピールとなるものを提示したいのだろう。
実態を持ったファントムは、身体能力も魔法力も人間の比にならない。契約相手がいないとはいえ、さぞ盛り上がる戦いが見られることだろう。
そういえば……今日は、ミラを朝から見ていない。
「もしかすると、諦めて別の契約者を探してくれてるのかもな」
だとすると、一安心である。
何度も断り続けるのも、精神的にきついのだ。
「ミラちゃんもさすがに脈が無いって気づいたんだろうなぁ。しかしもったいねぇな、シオン。せっかくファントムと契約するチャンスだったのに。しかもあんな可愛い子」
「なんだお前。ロリコンか?」
「高校生が中学生を可愛いって言って、ロリコン扱いはひでぇだろ」
くだらないことをぼやきながら、深く考えずにそのまま二人は昼食に向かった。
まあ、見る必要はないだろうと、シオンはそう思っていた。
※ ※
そして、放課後。
なぜかシオンは、ファントムたちの模擬戦が行われている競技場にいた。
「……なんで」
「こういうのはみんなで見たほうがいいだろ。な、姫宮?」
「う、うん。こないだ、試合観に行って楽しかったし」
ゲームの観戦は確かに、ハマる人は中毒になるというが、普段は大人しいハルノがやけにそわそわしているのを見ると、本当に楽しみなのだろう。
乗り気ではないのは、シオンとノキアの二人だけである。
そのノキアにしても、先程からしきりに「早く帰りたい」とぼやいているのだが、それをバディであるトゥルクが許さない。
「お嬢様。ご学友の皆様が誘って下さっているというのに、帰りたいとは何事ですか。度が過ぎた遊びは看過しかねますが、適度に交流を深めるのはいいことです。それに、他のファントムの実力を見る機会など、それほど多くありません」
「いいじゃないか。私には君がいるんだから。他のファントムなんて見ても仕方ないだろう?」
「そんなことはありません。ここに集まっている者達は、いわば我々のライバルとなる存在です。ならば、視察をしておいても損はないかと」
「……実はそっちが目的なんじゃないかい、トゥルク」
憎々しげに言うノキアに対して、何のことかとすまし顔でトゥルクは受ける。
そうして五人は、実技場の周囲で模擬戦を観戦する。
競技場には、三十人ほどのファントムが集まっていた。
その中で、二人が中央で戦いを繰り広げている。展開されている霊子庭園は、至ってシンプルな競技フィールドで、障害物もない闘技場であった。こういった施設で展開する霊子庭園では、特殊プログラムで廃墟や雑木林など、様々な競技フィールドを作ることができるのだが、今は模擬戦なのでシンプルな作りにしてあるのだろう。
トラを思わせる獣人型ファントムと、片腕が刃物になっているファントムが戦い合っている。戦闘内容は、単純な格闘戦で、霊子体が維持できなくなるまでの戦いのようだ。
さすがファントムの戦闘と言うべきか、その派手さは魔法士のそれをはるかに上回る。彼らが腕を一振りするだけで、フィールドには亀裂が走り、周囲に魔力の残滓が吹き荒れる。
ふと、フィールドの片隅で、そのバトルの様子を凝視する霊体を見つけた。
「お、ミラちゃんも来てんじゃん」
横でレオがつぶやく。
少し離れたところに、ミラの姿があった。彼女は、いつかのウィザードリィ・ゲームの時のように、真剣な様子で片時も見逃さないように戦闘を見ていた。身を乗り出さんばかりのその様子は相変わらず鬼気迫る感じで、どこか危うさすら覚える。
やがて、その模擬戦が終わり、次の模擬戦の相手が募集され始めた。
「はい! はいっ! わたしやる!」
真っ先にミラが立候補をした。
すると、周囲はどこかげんなりしたような様子を見せる。とはいえ、無視するわけにも行かないのか、ミラはフィールドの中央へと案内される。
ミラの対戦相手は、しなやかな体つきをした長髪の女性だった。長い手足はどこか蜘蛛を思わせる。見た目ではわかりづらいが、体には半透明の鎖が巻き付いているようだった。
「ゲーム、スタート!」
勝負が始まると、ミラは両手を広げて構えを取る。
瞬間、彼女の周囲に、円形の鏡が七枚浮かび上がった。
七枚の鏡を従えて、ミラは駆ける。
それを相手の女性は迎え討つ。女性の体に巻き付いていた鎖が実体化し、ミラへと迫る。
鎖の先端についた楔が、ミラの鏡を破壊する。構わず、ミラは無事な六枚の鏡を投擲するようにして、相手の周囲を鏡で囲おうとする。鏡と鏡が、重なりあうようにして自在に移動する。
ジュッ、と。漕げるような音がした。
鏡に投射された光が反射し、鋭い熱量となって地面を焼いたのだ。
彼女はどうやら、光の反射と増幅を利用して、擬似的なレーザーのようなものを作ろうとしているようだった。実際それは成功しているのか、対戦相手の足元を何度も焦げ付くような光の投射が行われている。
しかし、決定打にはなっていない。
それに対して、女性は鎖を振り回しながら、アクロバットに空中を飛び回る。立体的に動く相手を前に、ミラのレーザー作戦はなかなか命中しない。
相手の女性は、どうやらミラの戦い方を熟知しているようで、ミラ本人よりも周囲の鏡を優先して攻撃していく。乱射されるレーザーと、その間を縫うように縦横無尽に駆け巡る鎖の様子は、さながら美しき乱舞の様相である。
そして、五枚目の鏡が割られた時、ミラは足元をふらつかせてその場に倒れこんだ。
最後にトドメとばかりに、女性は鎖をミラに巻きつける。そうして楔の先端をミラに向け、勝負ありとなった。
「あちゃー、ミラちゃん負けちまったか」
見知った相手ということで応援していたが、負けてしまったので落胆が隠せない。
競技場から降りるとき、ミラは悔しそうな顔を隠しきれずに俯いていた。それでもすぐに切り替えているのか、観戦場まで下がると、次の試合を真剣に見学し始める。
先ほどの戦いの様子や、今日彼女の姿を見かけなかったことを思うに、どうやら彼女は、朝から休み時間の度に、模擬戦に参加していたようだった。だからこそ、戦い方も対戦相手に見切られているし、魔力の回復も万全ではない。それでも、最低限の魔力回復までは観戦し、戦えるようになったら試合に参加する、ということを繰り返しているのだろう。
なぜ、そこまでするのか。
今まで邪険に扱ってきたが、ふと、そんな興味が湧いてしまった。
「悪い。ちょっと、離れる」
今ならば、彼女の本心が聞けるのではないか。
そう思って、シオンはレオたちに断って、ミラのいる場所に近づこうと移動する。
近づいてミラに声をかけようと思ったのだが、そこにはすでに先客が居た。
「さっきの試合、惜しかったね、君」
襟のラインが緑なので、二年の先輩だろうか。バッジからすると、実技B科の先輩である。彼らは三人ほどで固まって、ミラに話しかけていた。
「君、朝からずっと試合してるよね。どうして?」
「んー、楽しいから、かな」
それまで危ういほどに真剣だったミラだが、声をかけられると笑顔で対応した。
思ったよりも人当たりはいいらしい。彼女は頭をかきながら、罰が悪そうに言う。
「ホントは勝ちたいんだけど、なかなか勝てないの。わたし弱いから」
「確か君って、一年のやつにバディ契約してくれってお願いしている子だよね。すごく噂になってるよ。ウィザードリィ・ゲームに出るためだって聞いたけど、ほんと?」
「うん。そうだよ」
自信満々に頷いたあと、寂しそうに笑う。
「ずっとお願いしてるんだけど、なかなかオッケーもらえないんだ。残念」
「七塚ちゃん可愛いのに、もったいないよな。どう? 俺たちなら、二年だから一年なんかよりも実力あるよ。契約しない?」
やはり、彼女くらい目立てば、こういう風に逆アプローチされることもあるのだろう。
アプローチした先輩がどれほどの実力かは分からないが、実技B科ならば期待できる。きっとウィザードリィ・ゲームに出るという目的は果たせるはずだ。
そう思って、シオンは安心した時だった。
「んー。ありがと。でも、ごめんなさい」
一瞬、耳を疑った。
声をかけた先輩方も、すぐに断られたことに驚いたのか、間の抜けた表情を晒している。
そんな彼らに、ミラは丁寧に頭を下げる。
「気持ちはすっごく嬉しいんだけど、ごめんなさい。わたし、心に決めた相手がいるの」
きっぱりとしたその言葉は、離れて聞いているシオンの心に強く突き刺さった。
心に決めた相手、というのは、おそらくシオンのことだろう。
どうして――なぜ、そこまでして彼女は。
シオンがその場で固まっていると、二年の先輩たちが会話を切り上げてこちらに向かってきていた。仲間内で、何やらぶつぶつと話をしながら。
「やーい。振られてやんの」
「うるせっての」
気安い感じの言葉の応酬だったが、すぐに印象が一変する。
「ちょっとした冗談だったのに、あいつ本気で謝ってきてさ」
「だよなー。あんなのこっちが願い下げだっつーの。つきまとわれてる一年に同情するなぁ」
「あいつ、単一因子だろ? ローランクでも、因子一つなんて珍しいにも程があんだろ。そんな奴がウィザードリィ・ゲームで勝ちたいなんて、百年早いって」
「だよなぁ。生まれ直して、一つくらい因子増やさねぇと勝ち目ないのに、何夢見てんだか」
ぎゃはは、と下品な笑いをあげる二年の先輩たち。
彼らの会話に、余計にシオンの足は硬直してしまった。
先輩たちの言葉の数々。その中には、明確に蔑みの感情が込められていた。
人から向けられる当然のような悪意ほど、つらいものはない。シオンはその場で動けず、立ちすくむ。苛立ちや苦しみの混じった怒りが、ふつふつと湧き上がるのを感じた。
しかし――シオンには、怒りを覚える資格はない。
シオン自身、ミラのことを拒絶しているのだから、彼女に同情する資格などないのだ。
だから、彼らの言葉から、気になったことを反芻する。
(単一因子、だって?)
通常、ファントムにはその能力の本質となる、因子がある。
ファントムが発生する時、彼らの無秩序な力をまとめあげるための、基礎となるようなものが因子である。大抵のファントムが、二つから三つの因子を身に含んでおり、それが彼らの能力の基本となる。現在では、最大で十の因子を持つファントムも観測されている。
ミラは、その中で因子を一つしか持っていない、いわばファントムとしては生まれたてのようなものだというのだ。
ファントム同士の力量差は、自身がよくわかっているはずだ。特にウィザードリィ・ゲームに出るファントムは、因子を四つや五つ持っていて当たり前である。もちろん、因子の数で勝負が決まるわけではないが、戦略の幅を考えると、因子の少なさは不利が前提となる。
そんな状態なのに、彼女はあんなにも、ウィザードリィ・ゲームにこだわっている。
シオンは隠れるようにして、ミラの様子を見る。
ミラは、相変わらず食い入るような目で模擬戦の様子を見ている。
現在の試合は、洋弓を持った鳥人と、全身から放電を行っているファントムの試合だった。どちらも一歩も引かない攻防で、見ていてハラハラする戦いが繰り広げられている。
全力をぶつけあってなお、どちらが勝つかわからない、ぎりぎりの勝負。
「……っ」
それを見つめていたミラの瞳から、一筋の雫が零れた。
彼女は目元を乱暴に拭うと、唇を噛み締めながらまたフィールドを見つめる。
その顔には、悔しさを必死でこらえる表情が浮かんでいる。自身の無力を噛み締めながら、それでも憧憬の視線を向け続けるその姿は、あまりにも痛々しかった。
――思わず、声をかけていた。
「どうして、そこまでして、ウィザードリィ・ゲームに参加したいんだ」
シオンの声に、ミラは驚いたように振り返る。
シオンを見とめると、顔を赤くして慌てて濡れた目元を隠す。彼女はゴシゴシと強く目元を拭った後、「あはは」と照れ笑いを浮かべて言う。
「恥ずかしいとこ、見られちゃったなぁ」
そうごまかした後、彼女は目を伏せる。
「参加したいんじゃ、ないよ」
隠し切れない嗚咽が間に挟まる。落ち込んだ声で、彼女は言った。
「わたしは……、一番に、なりたいの」
その声は、意外なほどに弱々しかったが、それでも、ちゃんと言った。
――今日一日で、彼女はどれだけの挫折を味わっただろうか。
力量差はわかっていただろう。しかし、わかっているのと実感するのでは天と地ほどの差がある。周りとの実力差をまざまざと見せつけられて、彼女はどう思っただろうか。心が折れそうになって、惨めさで心がいっぱいで、もう自信なんて一欠片も残っていないはずなのに。
それでも彼女は、ちゃんと言い切ったのだ。
一番に、なりたいと。
「お前。少し、時間あるか?」
「え?」
「こんな所で腐ってても仕方ないだろ。ちょっと、外の空気吸いに行くぞ」
そう言って、シオンはミラの手を取る。
霊体を実体化させるだけの最低限の魔力も、今のミラにはないのだろう。透けそうになる彼女の手を、シオンは手に魔力を集めて無理やり握る。コントロールが上手くきかない魔力は、周囲に飛び散り、キラキラと光があふれる。
構わず、彼は無理やりミラを連れ出す。
これ以上、彼女をこの場に居させたくなかった。
※ ※
自販機で、ファントム用の霊子飲料を購入し、ミラに渡した。
ミルクティーを手渡された彼女は、きょとんとした顔をした後、恐る恐る口をつけた。
「あ、美味しい」
「飲んだことないのか?」
「そんなことないけど、いつも飲むのは、味気ないのが多かったから」
「いつだったか、ハンバーガーは食べてただろ」
「アレは、見よう見まねで買って美味しかったから、ずっと買ってるの。飲み物も、美味しいのあるなんて、思わなかった」
ちびちびとミルクティーを口に含むミラの様子は、もっと幼い少女のようだった。
口ぶりからすると、本当に発生して間もないらしい。
シオンもコーヒーを一口飲む。苦々しさを、コーヒーの苦味で洗い流そうとする。
お互いに無言の時間が続く。
連れ出したはいいものの、どう話しかけてよいかわからない。
ミラは、どこか無理をしたように、明るく笑って言う。
「あはは。シオンったら、強引なんだから。これはあれかな。やっと、わたしのバディになってくれるのかな?」
お茶目な風を装っているが、少し語尾が震えていた。緊張しているのか、それともまだ感情の整理がついていないのか。顔は紅潮し、潤んだ瞳が、零れそうな雫を必死でとどめている。
唐突に、飛燕と話した時のことを思い出す。
真剣、なのだ。
無邪気に、がむしゃらにお願いをしているように思っていたが、彼女はずっと真剣だった。それを、本気にせずに邪険に扱ってきたのは自分のほうだ。
なら、こちらも真剣に答えるべきだろう。
「質問を、してもいいか?」
「な、なにかな?」
「僕にこだわる理由を、はっきりと聞きたい」
それは、これまでも何度か聞いてきたことだ。
けれど、今まではミラの誘いを断りたいがために聞いていた。最初から、ミラの言葉に耳を貸す気などなかったのだ。だが、今回は違う。
もう誤魔化さない。
「お前は、僕の過去を知っているんだよな? どこで聞いたんだ?」
「聞いたんじゃないよ。見てたの」
きっぱりと、彼女は涙の残る目で、真っ直ぐに答えた。
「一番近くで、シオンがすごいとこ、見たんだ」
「見てたって。四年前だぞ。見たところ、お前はまだ発生して一年も経ってないだろ」
当然の疑問に、ミラは顔を伏せる。
手の中のミルクティーに視線を落としたまま、彼女は恐る恐る、ひとつの単語を口にした。
「鏡のパズル……迷宮型の、霊子災害。鏡のパズルに、記憶ない?」
はじめ、ミラが何のことを言っているのかわからなかった。
だが、すぐに彼女の言わんとする事を思い出した。
「お前……まさか、『カール・セプトの鏡回廊』か?」
シオンの言葉に、彼女はこくん、と小さく頷いた。
カール・セプトの鏡回廊。
それは、シオンが十歳の頃に解いた、迷宮型の霊子災害だった。
円形に合わせ合う七重の鏡。
螺旋のように循環する鏡のパズル。
霊子災害とは、呪いが具現化し、周囲に災厄を振りまき始めるものの総称だ。いろいろとタイプはあるが、『カール・セプトの鏡回廊』の場合、移動せずに拠点を構え、その場で鏡を見た者を、永遠に鏡の迷宮に閉じ込めるというものだった。
なかなか凶悪な霊子災害であり、解呪に挑んだ魔法士のことごとくが迷宮に取り込まれて死亡し、三年近くで百人単位の被害者を出した。周辺一帯は立入禁止となり、接触不能措置が取られるようになったほどの災害である。
それを、退屈しのぎにとアヤネに誘われて迷宮に入り、思いの外手こずって、二日がかりで解呪した記憶がある。
はじめこそ、アヤネは自分が解くと息巻いていたのだが、術式の根底が概念属性であることが判明すると早々に諦め、結局はシオンが一人で解くことになった。
懐かしさを覚えながら、ミラの姿を見る。五年も前の話であるが、あれから五年かけて、ファントムとして顕現することが出来たのか。
彼女は罰が悪そうに顔をひきつらせながら、ポツポツと語り始めた。
「わたしの生前は、魔法使いだったの。もう何年前になるかわからない。今みたいに、体系化された魔法がない時代。世間から隠れながら、わたしは世界の神秘を学ぶのに、耽溺してた」
彼女の研究テーマは、鏡だった。
光を反射するという基本の物理属性から、鏡に写った存在をテーマにした概念属性まで、様々な角度から、鏡というものを解析していった。
いつしか、鏡に写った自分を追い求めた。その奥に、真理があると信じた。鏡の世界を作り出し、そのまた先に、先に、と、彼女は際限なく進み続けた。
そしていつしか、彼女は鏡の迷宮そのものとなった。
鏡の反射で光を丸め、七重の檻に閉じ込めた。
七重に円環する(カール・セプト)の鏡回廊。
暴走した彼女は、霊子災害として世間に名を轟かせ、そして、当時神童と呼ばれていた少年に退治された。解呪された後も、彼女の名前だけは残った。合わせ鏡の呪いの究極形として、伝承だけが伝播し、そしてひとつの方向性を持つに至った。
それが、七塚ミラ。
『合わせ鏡』を原始とし、『鏡』の因子を持つ、ファントムの発生である。
「わたしは生前、小さい世界に憧れていた。世界は自分だけがいれば良くって、自分を突き詰めていけば、いつか本質を理解できるって思ってた。だから、わたしは鏡の中の自分を追い求めたの。それはもう、極度のひきこもりだったの」
だけど、外の世界を知った。
久能シオンが、彼女の雁字搦めになっていた迷宮を解きほぐし、外の世界を見せてくれた。
「だから、シオンしか居ないって思った。シオンだったら、わたしをもっと遠くに連れてってくれる。わたしのようなちっぽけな存在を、最大限に使いこなしてくれるって、そう思った」
自分に力が足りないことは百も承知なのだ。
それでも彼女は、自分という存在を解明し、そして伝承にまで作り上げた久能シオンという魔法士を、求めたのだ。
「ウィザードリィ・ゲームにこだわっている理由は、発生してすぐに見たのが、試合の様子だったからなの。発生して、いきなり『あなたはファントムになりました。自由に生活してください』なんて言われて市民権を与えられても、何がなんだかわからなかった。そんな時に、近くで試合の中継が流れていた」
そこでは、ミラと同じ立場であるファントムたちが、活き活きとしのぎを削り合っていた。
彼、彼女たちは、一度死んだ存在だ。精神だけとなり、完全な肉体を持たず、あやふやな存在としてあるだけの彼らが、まるで生きた人間のように、目的を持って戦っている。
それを見て、ミラは気づいた。
自分は、ただひとつに憧れていたのだと。
だから彼女は内側に逃げた。鏡の中に逃げ、自分が唯一の存在であると感じたかった。外から来たものを取り込んだのは、他の人間を認められなかったからだ。そうして自分の中で閉じこもってだけいた自分は、やがて危険な存在として忌避され、誰からも見向きもされなくなった。そう――シオンが解呪するまでは、すべての人から忘れ去られていた。
認められたい。
わたしはここにいると、胸を張って言いたい。
「――一番に、なりたいの」
その言葉の裏には、悲痛な叫びがあった。
彼女はまだ、あの鏡回廊の中にいるのだ。鏡の中にいたころの自分に、囚われてしまっている。彼女が満足するまで、その呪いは続くことだろう。
今の七塚ミラの実力では、一番など程遠い。
ならば、自分の力を百%以上引き出してくれる存在が必要だ。
彼女はそれを、シオンにお願いしている。
「シオンだったら、わたしを一番にしてくれるって信じてる。だから、お願い」
ミラは改まった様子で、丁寧に頭を下げる。
「わたしと、バディになってください」
必死に悲痛に、なりふり構わず。
一番弱い部分すらもさらけ出して、彼女はただお願いをするのだ。
その姿に、シオンは別のものを思い出していた。
ああ――なるほど。
苦手なはずだと、彼は納得する。
断られても、何度も向かってくるミラの姿に、かつての相棒の姿が重なった。
口調も態度もぜんぜん違う。あの厚顔な従兄妹は、常に上から目線で、それが当然というふうにシオンを振り回していた。
しかし、アヤネの言葉の裏には、常に不安が見え隠れしていた。
強い言葉は不安の裏返し。シオンに断らせないために、そして断ったとしても、自分の意志は固いのだと、言外に伝えるように。
それに気づいてしまった今、もう、断ることは出来なかった。
「言っておくが、昔の僕を期待されても困る」
でも、と。
彼は照れそうな自分を隠すように、そっぽを向きながら言った。
「やれるだけのことは、やってやる」
そう言って、彼は手を差し出す。
ミラの表情がぱぁっと明るくなる。目尻に浮かんだ涙は、こらえる努力もされずに次から次にポロポロとこぼしていく。感極まりながら、彼女はシオンの手を取った。
久能シオンと七塚ミラのバディ契約は、その日のうちに結ばれた。
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