自作小説更新。
競技バトルファンタジー『ウィザードリィ・ゲーム』の開幕です。
科学と別に、魔法が技術体系として成り立っている世界。
魔法を使う専門家を魔法士と呼び、彼らは霊子生体ファントムと呼ばれる存在と契約し、バディを組む。
魔法士たちが知恵と技量と意志を競い合う、ウィザードリィ・ゲームが、興業として発展していた。
ここに、落ちぶれた魔法士と、夢見るファントムのバディの戦いが始まる!
というわけで、続きから第一章『バディ契約』始まりです
序
競技場は歓声と熱気にみちていた。
いつの時代も、どの世界であっても、競技大会というものは至上のエンターテイメントとして人を魅了する。選手たちが磨いてきた技を競い、意地を張り、しのぎを削る。それはまさに人と人のぶつかり合いであり、一つの芸術といえるだろう。
ウィザードリィ・ゲーム。
それは、魔法士たちの織りなす総合魔法競技会である。
魔法士たちは霊子庭園と呼ばれる結界を展開し、霊子体となって競技を行う。数多くの競技があるが、その中でも一番の人気は『マギクスアーツ』と呼ばれる競技である。
フィールドを覆うのは霊子庭園の結界。そして、競技場に設置されている巨大ディスプレイには、霊子庭園で行われている競技の一部始終が映っている。二人の魔法士が、手に持ったデバイスを振りかざし、互いの持つ魔法の全てをぶつけあっている。
どちらかが霊子体を保てなくなるまで戦うという、シンプルなルールが人気の所以だ。
耳をつんざくような歓声は、絶え間なく競技場を包んでいる。試合も第四回戦となり、盛り上がりは最高潮となっている。選手の戦況は均衡しており、一進一退の攻防はそれだけで観客の心を湧かせていた。
その様子を、久能シオンは居心地の悪い様子で見ていた。
彼のすぐ隣では、クラスメイトの葉隠レオが、興奮のあまり立ち上がって応援している。
「おいシオン見ろよ! ライトルのあの爆発魔法! すげぇぞありゃ」
「ああ、見てるよ」
「うお! 渡瀬の方も負けてねぇ! なんだあの凍結魔法」
いちいち騒がしい彼であるが、この場においてはレオの反応のほうが正常であり、周りを見渡せば、同じように興奮してまくし立てている観客も多い。
ちらりと、レオの更に隣に目をやると、そこには同じくクラスメイトの姫宮ハルノがいる。基本的に大人しい彼女は、奇声じみた歓声をあげることこそないが、両の手を強く握って、食い入るように画面を見つめている。彼女なりに興奮しているのか、試合の動向によって、かすかに身体を揺らしていた。
ウィザードリィ・ゲームの試合を見に行こうと、はじめに言い出したのはレオだった。地区予選のチケットが四枚あるとかで、仲間内で誘い合って競技場に来たのだ。実はもう一人、草上ノキアという少女も来る予定だったのだが、寝坊したので置いてきた。
試合そのものは確かに面白いが、周囲の熱気に当てられたせいで、少々冷めた気持ちをシオンは抱いていた。純粋に魔法競技としての盛り上がりに加えて、公営ギャンブルとしての側面もある所為か、一部は熱狂具合が過剰な様子が見られる。そうした様子を一歩引いて見ていると、冷めた自分を自覚してしまう。
賭博券でも買えばよかったかなぁ、などと思いながら、第四回戦の行く末を見守る。
現代において、ウィザードリィ・ゲームは魔法士の花型といえる競技試合である。二十年前に戦争が終わり、世界各地が復興した今、興業としての魔法の使用が世界中に広まった。
純粋に自身の肉体のみを使ったスポーツ競技もまだまだ人気だが、魔法競技はその戦略の多彩さから、見る側に多くのサプライズを与えてくれる。いわば民衆好みの娯楽となった。
シオンたちが通う国際魔法テクノロジー学園においても、戦闘前提の学科が存在するくらいだ。学内での魔法競技はどの学科においても必修科目であるし、多くの魔法士見習いがそれを楽しみに、学業に専念している。また、日本に六校ある魔法学府が、一年に一回集まってのインターハイは、世界中から注目されるイベントである。
気が付くと、歓声の様子が変化した。試合の決着が付いたようだ。
競技場に、二人の選手が姿を現す。霊子庭園の展開が解け、生身の選手が帰還したのだ。霊子庭園内で負った傷は現実界にはほとんど反映されない。多少の精神や肉体の疲労といったフィードバックはあるものの、死亡するようなことはまずない。
第四試合が終わり、昼休憩を挟んだ後、第五試合が行われる。今日は地区予選の決勝まで行われる予定だから、長丁場だ。
「やー。やっぱ間近で見るとすげぇな。魔力の残滓みたいなのも飛んでくるし、すげぇ臨場感あるぜ。なあ、姫宮?」
「う、うん。すごかった。まだ、ビリビリしてる」
おもいっきり背伸びして、楽しそうに話を振るレオに、ハルノが興奮を隠し切れない様子で、手を強く握りこんで答える。ふたりとも、存分に満喫しているようだった。
ある程度実力が均衡している試合は、やはり盛り上がる。他の観客たちも、興奮を抑えきれないように口々に感想を言い合っている。
その熱が覚めないうちに、レオはパンフレットを取り出して、次の試合を確認する。
「午後はどの試合見るよ? 俺的には、青森出身のこの選手がすげぇ気になるんだけど」
「気が早いぞレオ。飯でも食べながら決めればいいだろ。早めに場所取りしないと、食いっぱぐれるぞ」
「それもそうか。よーし、じゃあ飯だ!」
三人連れ立って、競技会場に出ている出店や飲食店を見て回る。三万人収容可能な巨大スタジアムは、気を抜いたら人混みにまぎれて迷ってしまいそうなほど広大だ。
建物内には、いたるところに屋内ディスプレイがあり、そこでは先程までの試合のハイライト映像が流れている。同時間に行われている他の試合は見ることができていないため、つい見入ってしまう観客たちも多い。
そんな中、一人、気になる少女の姿が合った。
気になって、立ち止まってしまう。
ディスプレイを食い入るように見ているその少女は、休日だというのに学生服姿だ。
年の頃は中学生くらいだろうか。ショートカットの髪型と、子供っぽいリボンが年齢を幼く見せている。そこまでは至って普通の少女なのだが、ひとつ異質なのが、彼女の身体はプカプカと浮遊していた。
(ん、あの子……ファントムか?)
霊子生体ファントム。
かつて亡霊や精霊と呼ばれた存在の総称であり、明確な自我を持つ存在のことを指す魔法用語である。一世紀ほど前からその存在が定義され、一時期は戦争の中心に立っていた、生物の上位存在と言われている。
現代においてはファントムにも一定の人権が認められており、こうして公共の場でもちらほらと見かけているのだが、その多くは生きた人間と共に行動している。ファントムたちが現実世界に干渉するためには、多くの場合が生身の人間の力が必要となるからだ。
見たところ、相方となる人間の姿も見えないため、珍しいと思った。
少女は、穴が空く程にじっと画面を見つめている。
繰り返し移される試合風景。魔法士たちが技と技を競い合い、意地を張り、しのぎを削るその姿を、一時も見逃さぬように。
その必死な様子は、あまりにも一途で、目を離せない。
なぜだか、目が離せないのだった。
「どうしたの? 久能くん」
ハッと、声をかけられて我に返った。
立ち止まっていたシオンを不審に思ったのか、ハルノが近づいて袖を引っ張っていた。
「悪い、ぼうっとしてた」
「そ、それなら、いいけど」
気弱そうに言う彼女を安心させるように頷くと、待ってくれているレオの元に急いだ。
最後にちらりと後ろを振り返ると、そこには、まだファントムの少女が、試合映像を見つめている姿があった。
第一章 バディ契約
国際魔法テクノロジー学園。
通称、テクノ学園。
日本に六つある魔法研究機関のうちの一つであり、特に魔法現象を、技術普及の観点から研究することに特化した学府だ。
久能シオンは、今年の春からその学校に入学をしていた。
古来、魔法とは奇跡を体現する手法と呼ばれていた。
現代における魔法技術は、古代の神秘現象を解析し、人工で行うことを目的としている。
『自然魔法(カニングフォーク)』と、『人工魔法(オーバークラフト)』
かつて魔女や魔法使いと呼ばれていた存在は、自然と交信し、自在にカニングフォークを扱ったという。それは専用のチャンネルを開いた、一部の特殊な人間にしかできない行為であり、それゆえに異端扱いされて迫害された。
その仕組を解析し、人の手で同じ現象を引き起こすのが、オーバークラフトと呼ばれる。
魔法学府とは、基本的にオーバークラフトを修得するための機関である。
久能シオンは、幼い頃から魔法に触れていた。
昔から魔法理論に触れていた彼は、幼い頃からその魅力に取り憑かれていた。今でこそ、とある事情から自分の力の及ばないことを痛く実感しているが、かつての彼は、世界のすべてを掌握できると本当に信じていた。
義務教育を終え、高校に入るときに、魔法学府以外の進路も確かにあった。
今のシオンでは、人工魔法の分野で大成できるとは到底思えなかった。一度は魔法の世界から身を引くことも考えたのだが、それでも彼には、魔法しかなかった。
ならば、その残滓でも追いかけよう。
一度挫折したのなら、多くは望まずとも、末席を汚すことくらいはできるだろう。
※ ※
ゴールデンウィーク明け。
連休直後の弛緩した空気のクラスメイトたちに、今ひとつの危機が訪れていた。
「中間実技試験って、聞いてねぇよ」
頭を抱えて唸っているのは、クラスメイトの葉隠レオだ。
彼の意見に、シオンも頷く。
「同意見だ。通りで、予定表が空欄だったわけだ」
連休中の課題はそこそこ量が出されていたので、初日はその復習なり試験なりがあるのだろうと思っていた。試験と言う点ではあっているのだが、まさか実技だとは思わなかった。
とはいえ、当然といえば当然だろう。
入学以来、身体テスト一つなく、ひたすら基礎だらけの座学である。魔法分野に少しでも関わったことがあれば知っているような常識を、一ヶ月ずっと聞かされただけである。むしろ、これまで生徒の実力を測る機会が一度もなかったことのほうが驚きである。
見たところ、クラスメイトたちの反応はほとんどが同じだった。
それもそのはず、技術科であるシオンのクラスは、その多くが、実技の成績が低い者が集まっていると言っても過言ではないのだから。
テクノ学園は、実技A科、実技B科、研究科、技術科の四クラスに分けられている。
実技A科は実戦魔法士、
実技B科は支援魔法士、
研究科は魔法研究全般、
技術科は魔法技術開発、といった風に分かれている。
もちろん入学時の希望によって振り分けられるのだが、クラス分けは入学試験の成績も加味されて行われる。
ちなみに、技術クラスは、実質Dクラスなどとも呼ばれている。
何より彼らが嫌がっているのは、今回の実技試験が、一学年合同であると言う点である。
「くっそ、実技科の連中と一緒なんて、そんなはっきり実力差がわかることしやがって」
というのが、クラス全員の総意であった。
一年の時点では、まだ知識などの面で大きな差があるわけではないのだが、やはり明確な才能の差というのはどうしてもある。身体的な能力の差と同じで、魔法の使用能力の差は、現時点では残酷なまでに明白だ。
もともと技術科志望で入学してきたシオンにしても、自身の今の実力ははっきりとわかっているので、あまり喜ばしいことではない。
「まあ、今の実力を、実感するにはいい機会か」
自身の身体の調子を確かめながら、そうつぶやいた。
試験は丸一日かけて行われた。
それぞれクラス番号順に試験を受けさせられる。
人工魔法(オーバークラフト)は、大きく三つの属性に分かれる。
物理的な事象を操作する、物理属性。
概念的な事柄を変質する、概念属性。
霊子的な現象に干渉する、霊子属性。
この三つが主な属性であり、すべての魔法現象はこの三つのどれかに該当する。
第一グループであるシオンは、最初に物理属性の魔法試験だった。
試験内容は至って簡単。
対象物を念動力で操作するというものだった。
物理現象を操る物理属性魔法は、基本にして王道と呼ばれ、最も科学に近い技術と言える。デバイスと魔力操作さえ覚えれば、素人でも扱えるが、その分実力の差ははっきりと出る。
案の定、技術科の生徒たちは、惜しい所で集中力を切らして失敗しているところを、Aクラスの生徒達に笑われている。そんな光景が、もう何度も繰り返されていた。
自分の番を待っていると、横から気の抜けた声がかけられる。
「嫌味なもんだよねぇ。こういう試験のやり方って」
はわぁ、とあくびを混じらせながら、草上ノキアという女子生徒が話しかけてきた。
「学科の方向性が全く違うのに、合同で試験をさせるっていうのが本当にいやらしい。いやはや、これは我々底辺のやっかみなんだろうけどね。ただ、入学しょっぱなからこうも格付けをされると、技術科の先輩方のうだつが上がらないのも、納得といった所だね。ふわぁ」
「……寝坊してきたくせにまだ眠そうだな、草上」
「そりゃあ、起き抜けにテストだなんて言われた、さらに眠くもなるさ」
投げやりな言葉をかけながら、彼女は寝ぼけ眼で試験中のクラスメイトたちを見ている。
制服のリボンは曲がっており、きれいな黒髪は一部寝ぐせでボサボサだ。非常に整った顔立ちをしているのだが、常に眠そうに細められている目は、その魅力を台無しにしている。いつも通りといえばいつも通りだが、これで良家のお嬢様と言うのだからたちが悪い。
出席番号順が近いため、シオンとノキアは、クラス行動の時に一緒になることが多い。
億劫そうに、手櫛で髪を整えている彼女に、多少の毒を込めてシオンは言う。
「お前なら何の問題も無いだろ。苦手ってわけじゃあるまいし」
「問題ない? 問題だらけだよ」
ありえないと首を振りながら彼女は答える。
「私は静かな生活が好みなんだ。春の暖かな日差しを受けながら、うつらうつらと座学を受けるような、そんな平穏な生活がね。一時の安寧を求める、ただそれだけなのに、どうして邪魔をされなきゃならないのか。こんな見世物みたいな試験、受けるだけで不眠症になりそうだ」
「不眠症になったら睡眠薬でも飲んでろ、この万年眠り姫」
「それはグッドアイデアだ。起こされても起きないくらい、ぐっすり眠れそうだ」
どこまで本気なのか、うんうんと嬉しそうに頷くノキアを、呆れた目で見る。
そんな馬鹿な会話をしていると、ノキアの番がやってきた。
「やれやれ。じゃ、行ってくるよ」
緊張感の欠片もない様子で、またあくびを一つこぼしながら、彼女は試験場に向かう。
物理属性の試験は、評価項目は四つある。
『重さ』『速さ』『正確さ』『持続性』。
どれだけ重い物を、どれだけ速く、どれだけ正確に、どれだけ持続して、念動できるか。
技術科の生徒の試験ということで、実技クラスの者達がニヤニヤと笑っているのが見える。もうすでに試験が終わっている者達だろう。
彼らの試験の様子は覚えていないが、みな及第点以上の成績は残しているらしい。余裕たっぷりの笑みは、安全圏から底辺をあざ笑ういやらしさが見え見えだった。
しかし、そんな彼らの表情も、ノキアの試験を見て、驚愕に変わることになる。
ノキアが行ったのは、非常に単純なことだった。
ただ、一番重たい物体を、一番速く、指定の場所に移動させただけ。
彼女は試験台に立つと、用意されたデバイス――魔法式を実行するための端末に手を触れた。
必要とした集中は僅かな時間。
用済みと言わんばかりに、彼女は長い髪を揺らして踵を返した。
それだけで、五十キロの物体が、二十メートル先の指定地点に飛来したのだ。
時間にしてわずか三秒ほど。
この試験が始まってから、最速終了だった。
「ふわぁ。疲れた」
「おつかれさん。注目されてんぞ」
「そう? 興味はないが」
言いながらシオンの隣に座ると、また一つあくびをして、壁に背を預ける。非常にリラックスした様子で、黙っていると、このまま本当に眠りそうな雰囲気である。
持続性は全くなく、正確さも多少難があるが、重量と速度に関しては、間違いなく一番の成績と言えるようだった。
それもそのはず、草上ノキアは、入試の成績関係なく、技術科を志望して入学してきている。聞いた話では、入試では非常に偏った成績を残しているらしい。筆記では得点数の高いものだけを解いて後は空欄。実技では今のように、速さを重視したやり方をしたそうだ。
もし本気で彼女が試験に臨んだら、どのような結果が出るのか。
本来だったらこの試験も、他の物体も移動させたり、物体を二往復させたりと言ったやり方で、持続力を見せる必要がある。それを、面倒だからという理由で、一発で終わらせたのだ。
「何が底辺だよ。まったく」
呆れながらそうつぶやいたのだが、それを聞いたノキアは、目をつむったまま答える。
「神童に比べたら、大したこと無いさ」
「…………」
「それより、君の番だよ。早く行ったほうがいいんじゃないかい?」
言われて試験場に目をやると、準備が整っており、シオンを呼ぶ教師の姿が見える。ノキアの直後と考えると気が重いが、ため息を付いて立ち上がった。
試験場には、中央のテーブルに魔法デバイスが置いてあり、その先に五キロから五十キロまでの物体が十個置かれている。その物体を、どれでもいいので十メートル先と二十メートル先の指定場所に移動させればいい。
デバイスを手に取り、記録されている魔法式を読み取る。記述されているコードは、非常に単純なもので、可もなく不可もなくといったものだ。
このコードで行える魔法は基本的に3つ。『座標指定による物体の空間移動』『物体そのもの制御による浮遊操作』『物体を射出した後の減速操作』。その中では、座標の指定による空間移動が基本であり、他の二つは正確性に欠く。しかし、それだけに処理するタスクも多い。
慎重に物体の座標を指定しながら、魔法式の中から必要な情報を出力する。そこまでの間ですでに二十秒近い時間を使っている。読み出しは早いのだが、出力に時間がかかっている。集中を切らさないようにしながら、かろうじて十キロの物体が浮き上がった。
のろのろフワフワと浮かせながら、なんとか十メートルを移動させるのが精一杯だった。最後はほぼ自由落下になっていたが、目標はクリアできたのでよしとしよう。おそらく受けられる評価項目は持続性のみだろうが。
そそくさと戻ってきたシオンに、ノキアがニヤニヤとしながら話しかける。
「シオンくん、途中、気流操作を使っただろう?」
「別に、禁止されていないからな」
「ま、そうだけどね。しかし、それを理解しているのが教師だけとは、残念な話だね」
ケラケラと楽しそうに笑う。ノキアは面倒くさがりの女だが、シオンにちょっかいを出す時だけ積極的になる節がある。
ノキアの無駄口に付き合いながら、あとの試験を眺めた。
その後の概念魔法と霊子魔法の試験も、同じような流れだった。
最速に近い速度で試験を終わらせるノキアと、簡単な式にも手間取るシオンの流れも、三回も続くと慣れたものだ。
そして最後の試験では、複合魔法の試験が行われた。
基礎となる三つの属性を複合した能力を、最後に総合判定された。
用意されたのは、ひとつの立方体のパズルだった。
物理的、概念的、霊子的に封印された立体パズルを解体する、という試験だったが、コレには多くの生徒が難儀することになった。
形こそ、ルービックキューブのような形をしているのだが、すべての属性で封印が施されているので、生半可な解き方では解錠に至らないのだ。
多くの生徒が苦労している中、ノキアは五分ほどで成功法の攻略を諦めた。
「ああもう、面倒くさい」
彼女は氷結魔法で物体を凍結させると、物理的に破壊するという手段に出た。
パズルの中身を取り出せばいいだけだったので、それも合格と認められたのだが、教師陣は非常に苦い顔をしていた。
時間内にパズルが解けた生徒は、一学年全員合わせても十数人しかいなかった。
中でも最速だったのは、実技Aクラスの明星という生徒だった。試験を受けた時間は違うにも関わらず、シオンの耳にも入ってきたので、そうとう話題になっているようだった。
レオとハルノが同じ時間に試験を受けていたので、試験後に尋ねてみると、二人共興奮したように答えた。
「そりゃもう、すごかったぜ。どの試験も、あっさり終わらせててよ。あんなもん見せられたら、嫉妬どころか素直に感動するぜ」
「うん。ほんと、鮮やかで、かっこよかった」
「いやあ、さすがはウィザードの称号を持ってる奴は違うな」
ウィザード。
それは、霊子生体ファントムと契約し、一人前と認められた魔法士の称号である。
明星タイガ。それが、現在の一年生のなかで、数少ないウィザードと呼ばれている魔法士の一人であり、現時点で首席の生徒の名前だった。
※ ※
その通達があったのは、中間試験の次の日のことだった。
「えー、すでに気づいている生徒さんもいらっしゃるかもしれませんが」
技術科の担任である円居鶫教諭は、いまいち真意の見えない笑顔でそう言った。
「昨日から登録ファントムの学内研修が始まっています。それと同時に、これから一ヶ月の間、学内見学の期間となりますので、自由に交流を取ってください」
がやがやと騒ぐ生徒たちの中で、率先してレオが質問を投げかける。
「せんせー。それってつまり、バディ契約の交渉をしていいってことですか?」
「そうなりますね。もちろん、皆さんとファントム側、双方が希望した場合に限りますが」
聞く所によると、毎年この時期に行われるイベントのようだ。
バディ契約とは、文字通りファントムと契約し、今後の生活の助けになってもらうということである。古代における使い魔の契約に似ているが、あくまで平等の立場でしかなければ成立しない契約なので、バディ契約と呼ばれている。
バディ契約を果たした魔法士を、前述のとおりウィザードと呼んでいる。もちろん、未だ学生の身である彼らは、一人前のウィザードとは程遠いが、それでも一定以上の実力がなければ、ファントム側も主人だとは認めない。
魔法士側のメリットとしては、単純に霊子界へのアクセスが容易になる。
対するファントム側のメリットとしては、現実世界での影響力が拡張される。
だからこそ、ファントム側もこの時期には契約対象を探して各学校を訪れるのだそうだ。多くは、一年間修業して実力を得た二年生が対象になるのだが、一年のうちから見込があるものを見つけたら、すぐに契約を申し込むファントムもいるらしい。
「なるほど。だから昨日、実技試験があったわけか」
現時点でのわかりやすい成績を示すこと。
それによって、ファントムたちは、生徒とコンタクトを取ろうとしてくるだろう。
つまりは。
「技術科の一年なんかを相手にするファントムは、居ないってこったろ」
クラスメイトの一人が、投げやりにそう言ったことで、クラスはしんと静まり返った。
そのつぶやきが、全てだった。
所詮は、今の自分達に関係がある行事ではない。
ノキアのような一部の例外を除いて、技術科の生徒たちは基本的に魔法実技の実力が芳しくない。一年後はともかく、現時点でファントムと釣り合うだけの実力があるわけがないのだ。
「それはわかりませんよ」
全員がしらけてしまった中、円居教諭が、笑顔を崩さずにあっけらかんと言った。
「ファントム側も、全員がハイランクであるわけではありません。ローランクと呼ばれる、因子が弱いファントムも多く居ます。皆さんが未熟であるのは確かですが、未熟だからこそ、一緒に成長していけると思うファントムもいるかもしれません」
言うことはもっともなのだが、先程から笑顔のまま少しも表情が変わらないため、生徒たちは半信半疑にしか聞くことができなかった。
ホームルームが終わり休み時間になると、ざわざわとみなが騒ぎ出す。
そんな中、近くに寄って来たレオが、シオンの後ろに向けて話しかける。
「草上なら、契約の誘いも引く手数多なんじゃねぇか?」
「ん、あ?」
不機嫌そうに顔を上げたノキアは、これまた不機嫌そうに声をあげる。というか、顔を上げたということはもしかすると、ホームルーム中も寝ていたのではないだろうか。
案の定と言うべきか、彼女の答えはわかりきったものだった。
「興味ないね」
「なんだよ。つれないな。契約出来たら、お前も少し楽できるんじゃないのか? だって、使い魔だぜ使い魔。いろいろ代わりにやってもらえるだろ」
「何を言ってるんだい」
半目で睨むようにしながら、ノキアは腕枕に顎を乗せて、だらしない格好をする。
「バディ契約をするってことは、四六時中一緒にいるってことだぞ。私の自由はどこに行く、自由は? 幽霊だからって、私生活に口を出されるのは我慢ならないな。これが小うるさいファントムだったりしたら、身も毛もよだつ。私は気ままに午睡を貪れなければ嫌だぞ」
「あ、相変わらずだね、ノキアちゃん」
ご高説を垂れるノキアに、近づいてきたハルノも会話に加わってきた。
彼女はノキアに目線を合わせるようにしゃがむと、勢い込んで言った。
「ノキアちゃんなら、きっといいファントムさんたちと出会えると思うよ」
「あー、もうっ! ハルは可愛いなぁ」
ガバッという擬音が聞こえてくるように、ノキアはハルノに抱きついた。うわっ、と驚いた様子のハルノに構わず、顔をこすりつけるようにじゃれつく。中学からの付き合いだからなのか、ノキアはハルノに対してだけは積極的にスキンシップを取る。
女子同士の過剰なスキンシップを前に、男であるシオンとレオは、お互いに肩を竦め合う。羨ましい気持ちが微塵もないわけではないが、それを口にすると変態扱いされかねないので、二人共話題を移す。
「バディ契約の件だけどよ。なんでも、今から一ヶ月以内に契約したら、七月から始まるインハイ予選のバディ戦に参加できるらしいぜ」
「一年なのにか?」
気が早い、と思いながらも、聞き返す。
魔法学校におけるインハイは、ウィザードリィ・ゲームの大会と同義である。日本には魔法学府が六校あり、それぞれの代表が一同に介して技を競い合う。
その中には、バディ契約を果たしたペアが参加条件である試合もある。
「他の競技は、一年は予選すら出させてもらえないからな。まあ、今の時点じゃ実力差がありすぎるからなんだが」
「つまり、ファントムと契約できるくらいの実力があれば、参加資格があるってことか」
実力主義という観点において、いいシステムである。
最も、自分にはまったく関係ないと、シオンは端から決め込んでいた。
勢い込んで表舞台に立つつもりは全くないし、それだけの実力があるとも思わない。
今の自分は出涸らしのようなもので、時間をかけて身を絞り出そうとしているようなものである。技術開発という目的のために実技の向上は必須だが、一流になる必要はまるでない。
ノキアではないが、この学園生活を、平穏に過ごせればそれでいいと、脳天気にもそんなことを考えていたのだった。
もっとも。
その脳天気な願いは、直後に失われることになるのだが。
「え、嘘。まじかよ」
クラスのどこからか、そんな言葉が漏れた。
途端に、教室中の視線が後ろに集まった。先ほどまでの騒がしさはどこに行ったのか、シンと静まった教室で、全員の目が一点に集中したのだ。
そこには、一人の少女の姿があった。
黒髪ショートカットの少女だった。セーラー服を着ている彼女は、この学校内では異質に映る。色白の肌は透き通るように白く、熱を感じさせない。年の頃は中学生くらいのように見えるが、童顔の上に、髪の毛に可愛らしいリボンをつけていることから、より幼く見える。
彼女は、ファントムだった。
つい今しがたまで、バディ契約について話していたばかりのところである。そんな時に、実際にファントムが教室に入ってきたのだから、みな驚いて硬直してしまう。
技術科の一年なんか、相手にされるわけがない。
そう思いながらも、もしかしたら、という希望が無いわけでもないのだろう。
そんな割り切れない思いが、全員を硬直させてしまっていた。
「ん、えーと」
ファントムの少女は、首を傾げて教室を見渡す。その仕草は、まるで目当ての存在を探しているようだ。その様子を、誰もがかたずを飲んで見守っている。
まあ、中には、シオンのように端から傍観に徹している者や、ノキアのようにわれ関せずといった様子で眠りに入る者もいるのだが。
やがて、少女は目当ての人物を見つけたのか、笑顔を浮かべてトテトテと教室の中央へ歩を進めてくる。
「見つけた」
言いながら、少女はシオンの目の前で立ち止まった。
「え?」
間の抜けた声が、自分の口から漏れる。
周囲がざわつく。
隣ではレオが「ま、マジで」と呟いている。そばでハルノが、「あ、あわわ」と動揺して言葉をなくしている。ノキアは、皮肉げな笑みを浮かべて、あくびをした。
そんな周囲のことなどまったく気にしていないのか、少女の視線は、じっとシオンだけを見つめている。真剣そのものの、誤魔化すことのできない真っ直ぐな瞳。
(――この子)
その食い入るような眼差しは、見覚えがあった。
この少女のファントムは、以前ウィザードリィ・ゲームの会場で、試合の映像を穴が空くほど見つめていた、あの少女だった。
少女の小さな口が開かれる。
「ねえ。あなた、久能シオンだよね?」
「……そう、だけど」
ぐっと、少女の手が強く握られる。どうやら、彼女も緊張しているようだった。強張った表情は、期待や不安といった感情を押し殺しているようだった。
懸命に、絞りだすように、彼女は震える声でお願いを口にする。
「ずっと、探してた。あなたしかいない。あなたにお願いがあるの」
お願い、と。
彼女は頭を下げて、大きな声で言った。
「お願いっ。わたしとバディになって欲しいの。そして――」
「――ウィザードリィ・ゲームで、わたしを一番にしてください!」
半ば事情を察していたクラスメイトたちも、この発言には、度肝を抜かされた。
当事者であるシオンも、言葉をなくして、ぽかんと口を開くことしかできなかった。
これが、魔法士・久能シオンと、ファントム・七塚ミラの出会いだった。
※ ※
その日から、七塚ミラの猛攻は始まった。
朝、登校すると。
「おはようシオン! バディになってよ!」
授業が終わると。
「シオン! 今暇? バディにならない?」
移動教室のタイミングで近づいてきて。
「ねーねー。 バディになってよ!」
昼食時に周りを飛びながら。
「お願いだよ! わたしと契約してよ!」
実技授業の時にも。
「ねーえ! わたし、結構使えるファントムだよ? 見て見て!」
放課後、帰るときにも。
「あ、今から帰るの? 一緒に帰ろうよ! あとバディになって!」
少しでもタイミングを見つけては、シオンに対して熱烈なアプローチを送ってくるのだった。
最初こそ、慣れない敬語を使ったりと、どこか遠慮した風があった彼女だったが、次第に馴れ馴れしいくなり、うざったいくらいに付きまとってくるようになった。終いには、授業中だろうとお構いなしに教室に入ってきて、そばで待機しているのである。霊体化しているため、授業の妨害になるほどではないが、やはり近くにいると気が散る。
それが三日目ともなると、もうシオンの我慢も限界だった。
「だぁもう、うるさい! 断るって言ってるだろ!」
もう何度も、明確に断りの言葉を言っているのだが、それでもミラは諦めなかった。
「なんで? どうしてダメなの?」
くりっとした純真な瞳が見つめてくる。
その目は、偽りを許さない目だ。
ひたすら無垢に、ひたむきに、まっすぐに、彼女は要求を突きつけてくる。
バディとなって、ウィザードリィ・ゲームに参加して欲しいと。
その視線の真っ直ぐさは、今のシオンには、少しだけ重すぎるのだった。
「いーなー。シオンはよぉ」
昼休憩の時間。
学内に設置されているカフェテリアの一角。高校生から大学生まで、様々な生徒で賑わっている昼食時に、レオが再三になる愚痴をこぼした。
それに、苦々しい思いを抱きながら、シオンは返した。
「何が羨ましいんだよ。まったく」
「うわ、贅沢発言。てめぇ、ミラちゃんにあんだけ言い寄られて、何が気に喰わないんだよ。なあ、ミラちゃん?」
「そうだよ! こんな美少女が言い寄ってるんだから、ちょっとくらい優しくしてよ」
「自分で美少女って言ってんじゃねぇよ……」
当たり前のように、昼食の場にも一緒にいるミラだった。
彼女は、ぷかぷかとシオンの周囲を浮遊しながら、手に持ったハンバーガーを頬張っている。ファントム用に作られた霊子食材であり、魔力の補給もできるのだが、どちらかと言えば嗜好品として要素が強い代物だ。一応、ファントムも通常の食事を取ることもできるのだが、それには現実での一定以上の権限が必要になる。
上品にハンバーガーを頬張る少女の姿は、確かに可愛らしい。少々幼さの残る顔立ちが、無邪気さを際立たせている。
しかし、黙っていれば美少女なのは確かだが、口を開けば。
「ねえ。どうしたらわたしとバディになってくれる?」
と、平行線なのである。
もう耳にタコが出来るんじゃないかと思うくらいに、同じ問答が繰り返されている。
「私にできることなら、なんだってするからさ!」
「できることって、何ができるってんだよ」
シオンに問われて、ミラはきょとんとした。
んー、と可愛らしく考える仕草をした後、首を傾げながら言う。
「そりゃあ、話し相手?」
「しょぼいな。間に合ってる」
「宿題も手伝ってあげるしさ!」
「宿題は自分でやらないと意味ねぇよ」
「じゃあ、シオンの代わりに毎日ご飯食べてあげる」
「お前が食べるのかよ!」
「もー、わがままだなぁ」
「どっちがだよ!」
頭が痛くなってきた……。
頭を抑えていると、ミラがもじもじしながら言う。
「じゃ、じゃあ、とっておき。ほんと、シオンだけなんだからね」
「とっておきって、何だ」
「け、契約してくれたら」
顔を赤くしながら、彼女はちらりと期待のこもった目で見てくる。
「私の身体、自由にし放題だよ?」
「身体……ねぇ」
シオンは冷めた瞳を彼女の身体に向ける。
中学生くらいの容姿。セーラー服のスカートから伸びる細い手足。ストンとまっ平らな胸。
総じて、貧相な身体。
「ハッ」
鼻で笑ってやった。
「ひ、ひどい! 鼻で笑ったな! 乙女の一世一代の告白なのに! 私を弄んだな!」
「乙女は自分の身体を売ったりしねぇよ。いい加減にしろよお前」
疲れてきたシオンは、ぐったりとしながら、絞りだすようにいった。
「もうかんべんしてくれ。嫌だって言ってんだろうが……」
「ぶー。何で嫌なの?」
子供っぽく、ミラはふくれっ面を見せる。
何でも何も、自信がないからだ。
自分の現在の実力不足を嫌というほど実感している時に、そんな面倒事に構う暇はない。
「ダメだってミラちゃん。こいつ、一回へそ曲げたら頑固なんだから」
「んー。知ってる。絶賛体験中」
「な。だから、こんな唐変木ほっとけって」
「むー、でも、そういう訳にはいかないもん」
「じゃあさ、俺と契約しない? それだったら、ウィザードリィ・ゲームに出れるぜ。どうよ?」
「ごめん、無理」
バッサリであった。
少なからず勇気が必要だったことだろう。あまりにもすっぱりと断られたレオは、「おう」とうめいたあと、ガタンと机に突っ伏した。
さすがに申し訳ないと思ったのか、ミラは慌ててフォローをする。
「ご、ごめんね。レオはいい人だと思うよ。けど、バディはシオンだけって決めてるの」
あまりにも一貫した主張。
この三日間、ずっと彼女はこの調子だった。シオンでないと、ダメだと。他の生徒から声をかけられても、少しもブずにそう答えるのだった。
「なあ。少し聞いていいか?」
「なになに!?」
シオンから話しかけられただけで、子犬のように喜ぶミラ。
尻尾をぶんぶん振ってる姿が見えた気がした。
「もしかして、バディになってくれるの?」
「そうじゃない。お前、どうして僕なんだよ」
これまでのいなすような対応ではなく、真剣に尋ねた。
相手が真剣なら、こちらも真剣にならないと、話にならないだろう。
「お前の目的……ウィザードリィ・ゲームで一番なるってことだったか。それだったら、俺なんかよりも、ずっと適任な奴らがいっぱいいるはずだ。一年の実技科や、二年の先輩たち。それに、大学部の方には、もっと練度の高い魔法士もたくさんいる。ウィザードリィ・ゲームをやるってだけの目的なら、僕みたいな未熟者を選ぶ必要はないんじゃないのか?」
彼女の求める、『一番』と言うのが、どの地点を指すのかはわからない。何を持って一番とするのか。それは分からないが、少なくとも、シオンと組むよりも、他の魔法士と組んだほうが、確率はぐんと上がるだろう。
こんな壊れかけの魔法士を捕まえて、得になることなど何もない。
それなのに、どうしてミラは、シオンにこだわるのか。
「それでも私は、シオンがいいの」
「だから、どうして」
「最初っから強い人と組んでも、面白くないよ。それに、信用もできない。私が知ってる人じゃないと、私を使ってもらおうなんて、思えないもん」
「お前は僕の何を知ってるんだよ」
「知ってるよ。ずっと見てたもん。シオンが、昔はすごかったってこと」
ピタリと。
その言葉で、シオンは思わず硬直してしまう。
「ん? どしたの」
空気が代わったのを悟ったのか、レオが疑問を口にする。
しかし、それに返している余裕はなかった。
動揺を悟られないように、あくまで自然体を装って、シオンは飲み物を口に含む。コーヒーは泥のような味がした。気分を落ち着けながら、かろうじて言う。
「僕にそれを期待しているんだったら、本当にお門違いだ。今は、簡単な魔法でさえも結構手こずってる。実践に使えるレベルなんて、もってのほかだ」
「知ってる。それでも、わたしはシオンが欲しい」
全くブレないその精神性。
ここまで来ると驚嘆する他ない。
その強い意志は、きっと彼女を高みにあげるだろう。目的を達成する上で、一番重要なのは実はメンタルである。揺るがない精神を持つ彼女は、今すぐは無理でも、ちゃんとしたパートナーと、正しく研鑚を積むことができればきっと大成する。
一瞬だけ。
その隣にいる自分を、想像してしまった。
「………」
無言で、シオンは立ち上がる。
立ち去るために背を向けて、一歩を踏み出しながら言った。
「『プログラムアルファ』実行――しばらくそこにいろ」
「ん? って、え!?」
どうやらうまく起動したらしい。
ちらりと後ろを見ると、彼女の浮き上がった足に、半透明の鎖が巻き付いていた。その鎖の先は、テーブルにガッチリと固定されている。
手の中で小型のデバイスを振りながら、シオンは言う。
「この程度の術式でも、食後から今までかかった。時間かければ、これくらいはできるが、瞬時には無理だ。これでわかったろ、今の僕の実力は」
「や、ちょっとまって、待ってよ!」
「というわけだ。葉隠、先に行ってるぞ」
「お、おう。って、俺もかよ!」
即興で作り上げた術式だったので、範囲の指定をミスっていたらしい。一緒にレオも足を拘束されていたのだが、それに構っていられなかった。
面倒事から早く逃れたい一心で、シオンは足早にその場を去った。
※ ※
国際魔法テクノロジー学園は、高等部と大学部、そして大学院の三部構成となっており、総生徒数は二千人ほどである。
高等部三年と、大学部三年を合わせた六年コースと、それに大学院三年を加えた九年コースが用意されており、様々な分野で活躍できる魔法士を育てるのが目的となっている。
生徒数や研究内容の違いはあるにしても、この構成はどの魔法学校も変わらず、魔法士を志す人間は、必ず魔法学校の門をくぐることになる。
とはいえ、高等部からいきなり魔法を習う、という人間はそこまで多くない。魔法分野に関わる人間は、たいていが附属学校に一、二年通って、多少なりとも魔法に触れてきている。
だからこそ、入学前から名前が知れ渡っているような生徒も、わずかなりとも存在する。
「神童、ねぇ」
かつてそう呼ばれたことのあるシオンは、皮肉げに苦笑をもらした。
目の前には、透き通る青空が広がっている。
場所は屋上。
五月の風は心地よく、絶好のひなたぼっこ日和と言える。
彼の隣には、同じように寝転んでいるノキアが、心地よさそうに目を細めている。彼女に誘われて来てみたが、なかなか絶好のサボりスポットと言えた。
授業ブッチ。
入学二ヶ月目では考えられない不良行為である。
「はわぁあ。やっぱり、授業中に来る屋上は格別だね」
「……入学して間もないってのに、こんな場所を知ってるお前にびっくりだよ」
寝ることに関しては労力を惜しまないと言うべきか。この屋上に入る際も、電子ロックを魔法でクラッキングして解錠したのだ。ブザーが鳴っていないところを見ると、後処理まで完璧だったらしい。つくづく底知れない女である。
ノキアはくつくつと楽しそうに笑いながら、言い返す。
「人の来ない場所を教えてくれと言ってきたのは、君の方だろう? 私は情報提供したに過ぎないさ。ついでに一緒にサボれたら、後々先生に対して言い訳を手伝ってくれるんじゃないかなぁ、という下心はあるがね」
「生憎だが、僕は言い訳するつもりはないぞ。こんな弁明のしようがない状況、素直に罰を受けるしか無いだろ」
とはいえ、助かったことは助かったのだ。
鎖の拘束はすぐに解けるだろうから、教室でミラと鉢合わせになるところだった。
「ふふ。それにしても、あのファントムの子、随分とシオンくんにご執心じゃないか」
ノキアが面白いおもちゃをもてあそぶように言う。
「君の逃亡の手助けをした手前、こんなこと言うと卑怯かもしれないけれど、あそこまで一途だといっそ可愛らしいとも思うけどね」
「他人事だと思いやがって」
憎々しげに呟きながら、ふぅとため息を漏らす。
先ほどのレオにしてもそうだが、クラス中が同じ反応をしていた。ミラの容姿が子供っぽく、可愛らしいのも理由だろう。微笑ましい物を見るような目で、クラス中が見ているのを感じる。当事者からすると、たまったものではない。
「なんだって僕なんだよ……」
元々が、バディ契約などまだ早いと思っていたのに、その上求めるハードルが高すぎた。自分の実力では無理だとはっきり言ったにも関わらず、ミラの答えは変わらなかった。
『それでも、あなたじゃないとダメなの』
耳にタコが出来るほど聞かされた言葉に、頭痛を覚える。
もっと実力のある魔法士は、一学年の中でもたくさんいるにも関わらず、なぜミラはシオンに執着するのか。
「何でって、そりゃ、君のことを知ってるからじゃないかい?」
あっさりと、ノキアはそう言った。
「君は完全に忘れられていると思っているみたいだけれど、四年も前のこととは言え、覚えている人は覚えてるもんだよ。神童の名前は」
「……だから、今はそんなんじゃないんだって」
苦虫を噛み潰すような顔で、シオンはつぶやいた。
神童。
もう四年も前。小学生の時分に、シオンはそう呼ばれていた。
「物理のアヤネと、概念のシオン、と言ったら、一時期の魔法学会じゃあ有名人だったからね。お父様が、よく口にしていたよ。彼らは天才だって」
「たまたま出来た魔法式が、評価されただけだ」
「そのたまたまも、何度も続けば偶然ではないだろう? 『熱伝導の遡行迷宮解呪』『カール・セプトの鏡回廊解呪』『特定条件下における第二種永久機関仮設提示』『フーリルの第二定理迷宮解明』『燃素理論を用いた火炎術式』……と、私が覚えているのは、この辺りだね。魔法式の作成だけじゃない、迷宮攻略までしているんだから、それは実力だろう」
「…………」
「君たち二人が事故で再起不能にでもならなかったら、現代の魔法研究はもっと先に進んでいたんじゃないかってお父様が言っていたよ。活動期間が短かったからすぐに忘れ去られたけれど、強烈に記憶に残っている人たちは、今でも君たちの復活を待っていると思うね」
「軽々しく言ってくれる」
確かに彼女の言うとおりなのだろう。
かつてのシオンは、その称号にふさわしいだけの実力を持っていた。それこそ、今の彼など話にならないくらいに。
だが、それも昔の話だ。
魔法実験中の事故で大怪我を負い、魔法士生命はほぼ絶たれた。
シオンの身体の四割近くは人工生体に代わり、生体魔力の生成は、全盛期の三割程度にまで落ち込んだ。日常生活や運動能力こそまるで問題がないが、こと魔法を扱う上で、この肉体は完全とは程遠いものだった。
同じように神童と呼ばれていた彼の従兄妹も、同じ事故で、今でも回復しない障害を負っている。二人共、ほぼ再起不能と言っても過言ではない。
だから、かつての栄光を持ち出されても、困るだけなのだ。
「だいたい、才能で言うならお前のほうだって大概だろ。ただ面倒くさがりなだけで、本格的に研究を始めたら、すぐに結果を出すと思うぞ」
「気軽に言ってくれるけれど、私は基本面倒くさがりだからね。努力という才能が欠如しているんだ。そもそも研鑽しようとは思わないし、それに研究はもっと面倒だ」
「……研究しないってお前、それじゃあ何しに技術科に来たんだよ」
「親への義理立て」
「なるほど」
それは確かに明確な理由である。
んー、と。ノキアは寝転がった状態で大きく伸びをする。制服が汚れようとも気にした様子はまるでない。自由気ままな猫のような様子で、彼女は「ふわぁ」とあくびを漏らす。
「でも、おかげで今は、下宿で一人暮らしできるし、感謝感激ってところだねぇ。少なくとも私は院まで行く予定だから、これから九年間は自由! 卒業後にはどうせ適当な相手とお見合いさせられるんだから、学生時代くらいは全力で楽しむさ」
「さいですか。そりゃ良かった」
「ふふん。ま、シオンくんには悪いけれども、私は気ままに楽しませてもらうよ。こういうトラブルは、傍から見ているとすごく楽しい。せいぜい頑張って」
「性格悪いな、お前……」
気持ちは分からないでもないが、と心のなかで呟きながら、ふっと空に視線を移す。
青い空と流れる雲。平穏そのものの昼下がり。
衝動的に授業をサボってしまったため、この後の展開は非常に気が重いが、それでも、この空を見ていたら、すべてがどうでもいい気がしてきた。
ミラに言い寄られることも、些細な事であるような。
ふと、そこで疑問が浮かぶ。
ミラがシオンにこだわるのも疑問だが――では、なぜ自分は、ここまで頑なにミラを拒絶するのだろうか。
表面的な理由はいくつも浮かんでくるのに、肝心の本心は、なかなか見えてこなかった。
※ ※
翌日のことである。
「騙された」
げっそりと、一晩でやつれたような顔をしたノキアが、机に頭を乗せて落ち込んでいた。
姿こそいつもの寝坊助であるが、今日は雰囲気から陰鬱さがこぼれ出している。
どうしたのか、という答えは聴くまでもなくわかっていた。
「いけませんよ、お嬢様。草上家の娘として恥ずかしくないよう、シャキッとしてください」
「あーもー、うるさいな。わかってるよ!」
言いながらも態度を改めようとしないノキアに、そばに仕える存在は、なおも小言を加える。長身でスーツを着た美麗な女性。しかし、言い合っている二人の姿は、出来た姉とわがままな妹と言った様子だ。
困惑するクラスメイトたちを見て、女性が咳払いを一つして、挨拶をする。
「ご学友の皆様、はじめまして。わたくしは、ノキアお嬢様にお仕えしております、ファントムのトゥルクと申します。どうぞお見知り置きを」
かしこまった風に、礼儀正しくお辞儀をする姿は堂々たるものだった。トゥルクと名乗ったそのファントムは、それだけで周囲に大きな存在感を与えていた。
「私は認めてないから、見知り置かなくていい」
「お嬢様。まだそのようなことをおっしゃっているんですか? もうどうにもならないのに」
「バカ親父め、無理やり契約させやがって。認めない……私は認めないからな。自由気ままな学生生活を、諦めないからな……」
ボソリと不服そうにノキアがつぶやく。
要するに、バディ契約が公認されたタイミングを見計らって、父親がお目付け役となるファントムを付けたのだそうだ。
そんなわけで、記念すべき技術科初のバディ契約は、草上ノキアだった。
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