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2015年2月22日 (日)

福島原発沖日本海溝での地震津波を前提​にGPS波浪計を設置していた国土交通省

東電などを相手取って起こされた各種訴訟に対して検察官たちは誠実に対応しているのだろうか。

添田孝史著『原発と大津波 警告を葬った人々』は東電の予見可能性についてとても良く調べ上げている必読書だが、読んで腑に落ちなかった点がある。

それは検察の論理についての部分で、一言でいえば「中央防災会議が想定から外したから予見できなくても仕方がない」という彼らの考え方だ。

『原発と大津波』の記述をもとに簡単におさらいすると、これは災害に係る二つの政府組織で見解が相違したことに端を発する。

  • 中央防災会議:1960年の伊勢湾台風を契機に設立。政府の防災方針を決める。内閣府運営。
  • 地震研究推進本部:1995年の阪神大震災後設立。地震の研究観測を集約して防災に反映させる。文部科学省運営。

地震研究推進本部は2002年7月に福島第一原発の沖合を含む日本海溝沿いでマグニチュード8クラスの津波地震が30年以内に20%程度の確率で発生すると予測した。しかし、中央防災会議は2004年2月の会合でこれを対象外とする旨を決定したのである。

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出典:もっかい事故調オープンセミナー「原発と大津波 警告を葬った人々」発表資料P49(リンク

このことが不起訴が繰り返された重要な根拠となった。なお、この他に原子力安全・保安院や土木学会なども津波の研究はしており、それぞれに問題を指摘されているが、今回のブログ記事では取り上げない。

このあたりの、当時やり取りされた内部メールまで検証した書籍は『原発と大津波』第2章「中央防災会議の長期評価つぶし」しか無い。添田氏は中央防災会議の否定論の背後に電力会社の圧力があるのではないかと推測している。また、『原発と大津波』が出版される1年前にツイートされたまとめ(「「東電不起訴」の非科学」)もあるので参照してほしい。

さて、ここで問題。中央防災会議が取り上げなかったら、実際の施策に中央防災会議以外の組織や研究者が検討した結果は一切反映されないのだろうか。

日本は四方を海に囲まれ、しかも縦割り社会である。従って、津波に関心を持たざるを得ない政府組織が複数あることは容易に想像がつくだろう。

例えば主要港湾の防災に責任を持つのは国土交通省である。

その国土交通省は津波対策の一環として、福島県沖を含む日本海溝沿いでマグニチュード8クラスの津波地震が起こることを前提に、GPS波浪計を設置していたが、このことは全くと言っていいほど知られていないようだ。

国土交通省は各地方に出先機関を置いている。福島沿岸の担当は東北地方整備局の範囲に含まれる。同局の職員も官僚組織の通例にもれず、幹部を中心に数年でローテーションさせているので10年もすれば主だった面子は変わってしまうが、津波に対する関心が2000年代を通じて高まっていたのも事実だった。毎年発表される管内技術研究発表会を見ていても2003年(平成15年度)には今村文彦東北大教授を招聘し『宮城県沖地震・津波と地域防災』の特別講演がプログラムに入っている(『月報とうほく』2003年8月P4-5)。また、毎年の事業概要でも防災対策は主要課題に含められ津波対策費もその一環として計上されていた。

その東北地方整備局がGPS波浪計に関心を持ったのは2005年度に沿岸技術研究センターと合同で行った「津波に強い東北の地域づくり検討調査」でのことだった。同省が毎年計上している国土施策創発調査費での実施だった。調査中の2005年8月には「”みなと”の防災講演会」を開催し再び今村教授を招聘した他、同省傘下の港湾空港技術研究所津波防災研究センター長高橋重雄氏からGPS波浪計に関する講演もあった。その講演では2004年9月5日の東海道沖地震津波を室戸沖に設置したGPS波浪計で早期に観測し避難情報への活用に有効との事例が示された。GPSの種々の活用策が学術的な話題となったのは1990年代でありGPSでの津波検知もその頃には考案されていた(加藤照之『RTK-GPSを用いた津波検知システムの開発』1998年)。これが俄かに創発調査に計上されたのには、高橋氏が述べるような知見も影響していると思われる。

この調査は全文が公開されているので重要なポイントを見てみよう。

平成17年度国土施策創発調査費 津波に強い東北の地域づくり検討調査

特に注目すべき点は波浪計の配置をどういう前提で決めたかである。

GPS波浪計広域配置計画の検討で利用する断層条件は次の通りとする。
(1)日本海溝沿いの地震断層
日本海溝沿いのプレート間大地震は 1611 年三陸沖、1677 年房総沖、1896 年三陸沖が知られており、大きな津波を引き起こしている。地震調査研究推進本部の長期評価によれば、これらの地震は同じ場所で繰り返し発生しているとは言いがたいとのことであり、配置計画を検討する際の想定断層は、三陸沖から房総沖の日本海溝沿いに海溝軸に沿って並べて配置する。

Kokukou2005tsunmitohokufig213

本編1 P2-24(リンク

見ればわかるように、地震研究推進本部の長期評価をそのまま引き継ぎ、M8級断層が日本海溝に沿って房総沖まで切れ目無く直列に想定されている。

次ページを読むと地震研究推進本部の想定にすら囚われていないことがわかる。

そのほかに、平成16年度東北地方の港湾における津波対策基礎調査(東北地方整備局)
で想定した地震、および中央防災会議で被害想定に使用された津波波源モデルに対しても検討対象とする。但し、中央防災会議の波源モデル(図2-15)および日本海溝沿いに配置した断層(図2-13)と重なるものは検討対象としない。

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本編2 P2-25(リンク

これも凄い。冒頭「もっかい事故調」に出てきた中央防災会議の想定図と比べてみよう。福島以南の想定が全く違う。電力業界と想定の使い方が全然真逆なのである。

この調査で注目すべき点は津波波源に関する考え方ばかりではない。実際の政策に反映され翌年度から、東北管内へのGPS波浪計設置が着手されたことにある。

例えば、2008年時点では三陸沖の設置はほぼ完了していた(GPS波浪計の設置状況 国土交通省釜石港湾事務所)。

2009年には福島県沖(小名浜沖)にも設置が完了している。

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出典:【添付資料-1】GPS波浪計による沖合波浪観測網の概要

2010年には気象庁の津波予報との連携体制も整った(「GPS波浪計(3基)の観測データを気象庁へ提供開始します」国土交通省 2010年6月25日)。

GPS波浪計の事業で残念だったのは、震災時にデータ伝送が失敗してしまったことだ(「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震による津波のGPS波浪計による観測結果について」独立行政法人 港湾空港技術研究所 平成23年3月28日)。

画竜点睛は欠いたものの、予算を投じて政策へ反映するのは、実証性としてはある意味究極の意味がある。「金」と言う観点も併せ読むと、原発で言えば「最低限の津波対策」をしたことに相当するだろう。

添田氏は『原発と大津波』の中で

中央防災会議が津波地震を想定していなかったから、福島第一原発も備える義務はないとする東京地検の考え方も不合理だ。中央防災会議は住宅など一般的な施設の防災を対象にし、災害を想定している。一方、原発はもっと発生頻度の低い、厳しい災害まで想定する必要がある。

『原発と大津波』終章P184

と述べているが、実際には一般的な防災レベルを前提としている国土交通省にも劣っていたのである。

震災後の話となるが、再稼働に躍起となった中部電力が東海道沖のGPS波浪計を自社の観測システムに連携させようとしているのは何とも皮肉である。

浜岡原発(御前崎市佐倉)内の原子力安全技術研究所で津波監視システムを研究している中部電力は31日、国土交通省港湾局が設置しているGPS波浪計のデータを浜岡原発でリアルタイムで監視するシステムを整え、運用を開始したと発表した。中電によると、御前崎沖や三重県の尾鷲沖など全国15カ所のGPS波浪計で観測した潮位のデータを受け取る。データは電気事業連合会の専用サーバーを経由し、専用回線で浜岡原発に送られてくるという。

GPS波浪計のデータ受信開始 中電、津波監視」 (『静岡新聞』2014/4/ 1 08:03)

もっとも、国土交通省にとっては日本海溝沖の津波地震を想定して対応策を練るのはGPS波浪計に限ったことではなかった。

地震研究推進本部の長期評価が出されて9年で東北地方太平洋沖地震が発生したため、その間に行われた施策が限定されるのは確かだが、短期間に実施出来る施策は他にも手が付けられている。

例えば農林水産省と共に策定した「津波・高潮対策における水門・陸閘等管理システムガイドライン」(2006年3月)もその一つだ。一言でいえば津波発生時に水門や閘門を円滑に操作するためのガイドラインである(なお、震災後改訂された)。これは2004年のインド洋大津波の影響も受け冒頭に2005年から「概ね5年以内に緊急的に対応すべき具体的な対策」として検討されたものであった。さらに、策定の背景を解説した『海岸』記事では地震研究推進本部の2002年想定を掲げている。

Kaigan2006no1_p91「津波・高潮対策における水門・陸閘等管理システムガイドライン」『海岸』2006年No.1P91
※クリックすると別ウィンドウにて拡大。赤線部に注意。

国土交通省が何故地震研究推進本部の想定を捨てなかったのか。政策決定者の内心にまで踏み込んだ記録を読んでいないので私には分からない。震災後には回顧録も出るだろうが大抵は「綺麗な話」に限定されるだろうし、震災を知った上で書いたものであることは割り引かなければならない。

しかし、彼等の内心を推定する資料が存在しないわけでもない。急速な進歩を遂げた予測技術を前に次のような感想を述べていた者がいる。

研究の最前線で紹介したように、気象や地象変化が海水に与えた助教を的確に把握できれば、水理的特性を介しての変形・変位・伝播される状態については、現地観測データの蓄積、現象の理論的な解明、電子計算機の能力向上と相まってかなりの精度でシミュレート可能なレベルに達しており、被災状況の再現、予測も可能となりつつある。(中略)

一方、寺田寅彦が看破したように、文明が進み人間の活動が有機的に連携して高次に展開される社会では、災害のダメージが必然大きくなる危険度が高まっている。不幸にして災害に見舞われた時、研究が進んでいない時代であれば「未曾有の予期できない災害で…」との言い訳が通用したかもしれないが、今日ではむしろ「災害の発生を予告し得たにも拘わらず、このような災害に至ったのは、**の不作為によるもので…」との厳しい社会的非難にさらされかねない。

災害の防止に関わる研究は、防災に関する有効な情報を誰から誰にどのように伝達し、その情報を得た者が如何に判断し、災害に遭わないように如何に有効な行動をとれるかと言う社会的な仕組みと一体となってはじめて初期の目的を果たすものである。

山根隆行「高波・高潮・津波災害の防止に果たす研究の役割」『港湾空港技術講演会 平成16年度』P98(リンク

国土交通省四国地方整備局と港湾空港技術研究所が共催した講演会での発言である。繰り返し述べておくと、港湾技術研究所は国土交通省傘下の独立行政法人である。各地方整備局から見れば「身内」ということ。元々この講演会は毎年各地方整備局が持ち回りで開催していた。なお、山根氏は港湾空港技術研究所の海洋・水工部長である。

山根氏の発言はもっかい事故調オープンセミナースライド78枚目『「不作為」の自覚』で添田氏が取り上げた「安全情報研究会」での一言

我が国の全プラントで対策状況を確認する。必要ならば対策を立てるように指示する。そうでないと「不作為」を問われる可能性がある。

「第54回安全情報研究会」2006年9月13日

と同じ意味だ。安全情報研究会は原発関係者による内輪の会合だが、同じことは一般の技術者も脳裏にあったのである。講演会は300名を超える関係者の参加で盛況に終わったという(「平成16年度「港湾空港技術特別講演会in高松」が開催されました」『四国技報』第5巻9号2005年7月)。また講演録は誰でも読めるので山根発言は原子力関係の専門家も目にした可能性がある(時系列では山根発言が2005年2月24日で先)。

予見可能性と言っても色々な内容、具体性のレベルがあるが、自分達が仕事をさぼったら何が起こるのかを認識していたということも、一つの予見可能性と言えるだろう。しかもそれを認識し、注意喚起していたのは検察が不起訴の根拠とした一般防災レベルの研究に従事する人であった。上記の認識は防災専門家が持つべき最低限の認識であり、これを落とすかのような不起訴の論理が認められるならば、防災専門家には存在の価値が無い。様々な意味でもっと注目されてよい発言である。

2015年1月の不起訴の際、検察は「異例の捜査体制、異例の捜査期間で、若手も含め捜査にあたった。」「捜査内容は具体的に話せない。捜査を尽くして判断した。」と主張しているそうだ(「納得いかない「不起訴理由説明会」(2015-2-3) 」福島原発告訴団)。しかし、近年の検察官僚の仕事ぶりや元検察官の傲慢なツイートを見ている限り、元々権力志向のバイアスがかかっている疑いが濃く、それ程科学的知見や電力業界、建設業界の事情に精通してもおらず、やる気も感じられない。彼等の調査能力は基本的に信じない方が良いだろう。

また、これまで、原発の津波対策経緯を巡る議論を見ていて不思議だったことが一つある。

電力業界にとって大津波は不都合であり、恐らく沿岸にコンビナートや工場を建設してしまった産業界にとっても事情は同様だろう。こういった工業施設の所管官庁は原発同様に経済産業省であることが多い。

一方、港湾に限らず海岸に連たんする防潮堤は国土交通省(および他官庁・自治体)の所管である場合が多い。山根氏とは反対に、津波防災に少しでも関わりを持つアクターを人道的な要素や自然への畏敬を持たない、権力との関係だけで動く集団と仮定しても、より大きな津波想定は建設業界とその監督官庁には「飯の種」となり、強化策を講じる動機がある。

電力業界は震災後「モンスターシステム」とも形容されてきたが、国土交通省が動かしている予算もまた巨大なものである。このような利権を政権交代前の自民党政権が放置するとは考え難い。防潮堤は原発や化学プラントなどと違って地方の建設業者でも受注可能であるから、予算を通す時に通用する理屈は砂防ダムや道路のそれに近いだろう。

そのように考えてくると、電力業界や産業界出身議員には邪魔な大津波も、建設系の業界では育てていく対象と見なしていた可能性がある。

私自身、「津波に強い東北の地域づくり検討調査」の発見は遅れたのだが、振り返って考えてみると、津波の「被害」と「電力業界」に注意を払い、他がお留守となったことがある。

いずれにせよ、福島原発訴訟団や生業訴訟団、海渡雄一氏などの各弁護士はこの事実を認知しているのだろうか。誰でも簡単に入手できる情報なので、取り漏らすことなく活用してほしいと願っている。

【追記】2015/2/26:GPS波浪計に関する補足で「東日本大震災で役に立ったGPS波浪計、当時の価格は1基3億5000万円」を書いた。

なお、「津波に強い東北の地域づくり検討調査」の国土交通省報告書参考1を見れば分かる通り、外部有識者を招いた委員会には首藤・今村両教授が参加している。原発事故後に地震研究推進本部の長期評価が議論の的になったにもかかわらず、両氏がそれを活用した事業について何か述べたという記録を、私は見たことが無い。彼等の姿勢を考える上でも、これは良い判断基準となる。

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