2012-04-16
■戦略(Strategy)、作戦(Operation)、戦術(Tactics)、そして兵站(Logistics)
これは僕が育てるべき何人かの「経営者の卵」たちに充てたエントリーだ。
直接メールするよりも、公開エントリーにしたほうが、ブクマのコメントなどで多面的に物事を見られて良いと思う。
さて、僕はいくつかの会社の経営者を育てるという仕事もしている。
そんなことをするなんておこがましい気もするが、なんとかかんとか、自分自身でも10年くらいは会社を経営して来た。
そのなかで心がけていることは、仕事をしないようにしよう、ということだ。
経営者の最大の目標は引退である。
労働者から出発し、経営者となり、最後は引退して資本家になる。
引退する、とは、後継者を育てるということだ。
自分自身がそこにいなくても自分が居るのと同じかそれ以上の効率で仕事がまわるのが理想であり、そういう仕組みを作ったらその仕事から引退する。
もちろん経営者になるような人間はただ引退して余生を暮らすようなことはしない。
また別の仕事を見つけて、経営し、軌道に乗ったらまた引退する。それを繰り返すのだ。
そのうちに、コツを掴んだら、経営することそのものを最初から誰かに任せることが出来るようになる。
これが資本家の段階だ。
労働者から経営者になるというプロセスは、賛否あるが、僕はとても重要なことだと思っている。
労働者としての経験は、よき経営者になるためには必要なプロセスだ。
全ての労働者が経営者になる必要はない。
そんなことはできないし、人には向き不向きがある。
僕はまだ資本家としては駆け出しだ。
本当に小規模にいくつかの会社に出資しているに過ぎない。中には経営自身に僕が手を出さなければならないものもある。
さて、資本家としてさまざまな若い経営者たちと話をすると、彼らの多くは重要な認識が欠けているように思う。
若い経営者というのは、実際のエグゼクティブ、取締役メンバーに限らない。
会社におけるビジネスを担う立場、たとえば営業部長や事業部長といった人々は、経営者への道に片足を突っ込んでいる。
係長以上のマネジャーは皆、経営者であると言える。
彼らは労働と経営を切り離して考えなくてはならない。
しかし、労働者からのステップアップとして経営者になった場合、この切り分けができてないことが多いのだ。
経営者(つまり、ベンチャー企業の役員や5人以上のチームのリーダー)になりたての人間は、たとえば「戦略(Strategy)」という言葉をいとも簡単に使う。
「これは戦略的にやってるんです」
などという台詞が良く出てくる。
「こういう戦略でいきます」
という台詞もよく聞く。
彼らが「戦略」というものを正しく理解しているかどうかは、次の質問で見抜くことが出来る。
「そうか。わかった。では、戦略、作戦、戦術、兵站、それぞれについて説明してくれ」
そうすると、彼らが戦略と呼んでいたものがたいていは単なる戦術や作戦にすぎないことが解る。
兵站(へいたん)については・・・・若い経営者のなかで正しく考えている人を見たことがない。それどころか「兵站」という言葉の意味すらわからない場合が大半だ。
「戦略」とは、もちろん軍事用語である。
戦略を正しく説明するためには、良く似た言葉である作戦と戦術についても理解しなければならない。
そして戦略という言葉はそう簡単に使うべき言葉ではないと知る必要がある。
一般に言われている解釈に依れば、戦略(Strategy)、作戦(Operation)、戦術(Tactics)の順にマクロからミクロへと視点が移って行く。そして戦術に行くほど繰り返し用いる回数が多くなるはずで、戦略は滅多に動かしてはいけない。
たとえば
「今人気のあるこのWebサイトのデザインをもっと改良します」
というのは戦略ではなく戦術である。
「先日の展示会であつめた名刺リストに上から順番にアタックしていきます」
というのはひとつの作戦に過ぎない。
戦略とは幾多もの作戦から成り立つもので、単一の作戦に依るものは戦略とは言えない。
また、作戦を実際する現場では、無数の戦術が用いられることになる。
そして作戦、戦術を支えるのが兵站だ。
兵站とは、兵士の食料や武器弾薬の調達、新兵の徴集と教育、各基地間の通信や補給など、具体的な攻撃以外の全てを意味する。しかし軍隊の大半は兵站である。
実際に鉄砲を持ち、航空機で敵陣に攻撃を仕掛ける戦闘員の数倍から数十倍の要員が、基地の設営や食料と弾薬の補給と調達、通信設備の維持といった作業に従事することになる。
イベントに例えてみよう。
「イベントを開催するべきか。いくらの予算をかけて、どんな成果を求めるか」
これを定義するのが戦略。
「いつ開催するか、どこで開催するか、どんなイベントにするか、どこで宣伝するか」
これが作戦
「受付のシステムはどうするか、VIPが来た時には誰が案内するか、講演者の昼食はどうするか」
これが戦術である。
そして兵站とは、作戦に基づいて講演者を集め、交渉し、宣伝を行い、会場を下見し、当日の会場で実際に働くスタッフ(兵隊)を集め、「お辞儀は30度」などと教育し、来場者向けのネームタグをプリンターで打ち出し、お弁当を手配する、つまりイベント当日で直接お客様に触れない仕事全てを意味する。
言うまでもなく、イベントは始まってしまったらどう足掻いても戦略や作戦のミスを取り戻すことはできない。
戦略のミスとは、「このイベントでは期待した成果が得られない」ことであり、作戦のミスとは「イベントにぜんぜん人が集まらない!もっと宣伝に力を入れるべきだった!講演者にもっと魅力ある人物を加えるべきだった」ということであり、これは始まってしまったらどうにも取り返すことが出来ない。要するに後の祭りである。戦争と違うのは、これで命まではとられないということだけだ。
戦術のミスは、現場でいくらでもカバーできる。
戦術とは軍隊でいえば鉄砲の打ち方の問題なので、なんども撃っているうちに兵士が自分で修正することもできるし、監督者がうまく誘導することもできる。
自社で主催するイベントではなく、展示会のようなイベントでは戦略上、作戦上のミスがわかりにくい。
なぜならイベント全体がイベント会社の大きな戦略と作戦のもとで開催されており、単に集客だけみたら失敗することは少ないからだ。
結局、「ビラを配る時はこうしよう」とか、「こんなビラを置こう」とか、戦術面ばかり気にかけることになる。
労働者が担当するのは主に戦術面である。
卓越した労働者が昇進して経営者になったとき、戦略と戦術をよく混同するのはそのためだ。兵站のことなど忘れられている。
営業トークの秘訣や見積書の書き方と価格交渉のスキル、これは戦術だ。
そうした戦術を部下に教える、これは戦術教育なので兵站だ。
誰が何を欲していて、我々は何を提供すべきなのか、それが戦略であり、具体的に何をつくり、いつ発表し、どのように売り込んで行くか、これが作戦だ。
ひとつの戦略を構成する作戦はひとつではない。
全体としての戦略は、できるだけ敵に知られてはいけない。
だから戦略は隠す必要がある。
ところが世の中で「戦略」と呼ばれているものは、あまり隠されていないように見える。
なぜかといえば、それは上場企業が掲げる戦略ばかりが目立つからだ。
上場企業とは、いわばオープンリーチをし続けるかわりに株式市場から資金調達することを許された企業であり、経営者としては最も難しいレベルに到達した人だけが初めて許される行為である。
とはいえ戦略の詳細については事前に競争相手にバレては戦えない。
だから上場企業が外向けに掲げている戦略は、「エコロジー&テクノロジー」とか、「コンピュータ&コミュニケーション」とか、かなりぼんやりしたキャッチフレーズで語られることになる。
これだけを見て、「ああいうのが戦略なんだな」と思ってはいけない。
それは戦略をぼかしてぼかして、なんだかわからなくしたものだ。
実際の戦略とは、もっとずっと泥臭く、具体的なものだ。
そして作戦に至っては、実施するその瞬間まで、だれにも明かされないことが多い。
作戦レベルでは他の作戦の多くは知らされないし、戦術レベルでは作戦の全貌すらも知らされないことは少なくない。敵の捕虜になった場合に作戦が漏れたら大損害が起きるからだ。
これは戦争に限らない。
たとえばジョージ・ルーカスはスターウォーズのエピソード5を撮影するとき、撮影現場のスタッフや出入りの業者から「スターウォーズの新作を撮影している」という情報が漏れることを嫌って、偽の映画を企画し、全員に偽のスタッフジャンパーを着せた。これは作戦を隠蔽するための戦術である。
また、ダースベイダーがルークに向かって「私はお前の父だ」と告白する衝撃的なシーンの撮影では、ダースベイダー役のデイブ・プラウズには「お前の父を殺したは私だ」と言わせ、周囲を欺いた。
戦略がわからないという例で最も有名なのはAppleだ。
Appleはどんな戦略を描いているのか、特に説明はしないし、誰にもわからない。
誰もがAppleの戦略を知りたがり、予想を試みるが、実際にはどういうつもりなのかわからない。
これは戦略として非常に正しい。
しかもAppleは株主にわざわざ戦略をくどくど説明する必要はない。
ただ「iPhoneもMacも売れている。これからも売るつもりだし、売れるだろう」と言い続けるだけでいい。
Appleの戦略の片鱗が見えるのは、彼らがその作戦・・・つまりiPodやiPhoneや新しいOSXを発表したときだけだ。
Appleの戦略は歴史を振り返らないとわからない。
そして振り返ってみると、実に見事な戦略を採用していることがわかる。
これに比べると、ソニーの戦略は恥ずかしいほどにバレバレだった。
聞かれるよりも前に自分で自分がどうしたいのか人に話をしていた。
まったく注目されないような三流企業ならまだしも、ソニーのような超一流企業がそんなやり方をしたら、誰もがことあるごとに妨害することになる。
競争相手に付け入る隙を与え、実際につけ込まれた。
AppleがMac専用だった頃のiPod向けのニッチなiTunes Music Store用に格安で楽曲を提供して欲しいとレコード会社を巡った時、ジョブズがこんな野望を抱いていたと知ったらサインしただろうか。また、仮に知ったとしても信じられなかっただろうし、仮に信じたとしたら、Appleの野望はその場で叩き潰すべきだと考えたかも知れない。悲しいことに幸か不幸か、この時点でAppleを妨害したのはバレバレの戦略を掲げたソニーだけだった。
Appleは、例えば大半の社員でさえ発表の瞬間までiPhoneがどんなものか知らなかったそうだ。
これは社内でも厳しく情報統制がされていることと無関係ではない。
個人的な経験だが、何年か前、僕は某キャリアと「iPhoneに対抗できる端末を開発するには?」というテーマの会議が予定されていたその当日の朝に、iPhoneがそのキャリアから発売されることになって担当者も寝耳に水で驚いていたことがある。
会議は予定通り開催されたが、話す内容も雑談ばかりになって、一週間も立たずにそのワーキンググループは解散してしまった。
明かされるべき戦略というのは、常に成功した企業が過去に行ったことだけだ。
未来にどうするつもりなのか、それを説明する相手は資本家だけでいい。
もちろん資本家からも情報は漏れる。というか一目散に漏れると思っていい。
彼らに説明すべきは、Appleと同じこと。つまり「いまiPhoneは売れていて、これからも売るつもりだ」ということで充分なはずだ。それができない経営者だけが、本当の戦略を語ってしまう。
2001年にSONYが音楽プレイヤーを作って音楽の電子流通を牛耳り、それを皮切りに映画やゲームソフトの流通までを支配する、と言ったら、信じる人は多かっただろうが、Appleが同じことを言っても誰も信じなかっただろう。
「君の会社の将来の戦略を説明して」
と言うと、本当に困り果てる経営者が居る。
しかも、経営者は虚勢を張るのが仕事だと思っているフシすらあるから、困り果てた、という顔をしながらも口ではなにか適当なことを言ってみせるが、何も考えていないのはバレバレだ。
逆に
「君の会社の戦略を立てて」
と言うと、本当に困り果てて無理矢理なプレゼンテーションを書いてくることもある。
たまに「どうすればいいのか本当にわからないんですよ」と逆ギレ気味に言ってくる人も居る。
本人は経営者になりたいのに、経営者としての仕事をできてないのだ。
一番ヒドかったのは(このエントリーの対象読者の筆頭でもあるが)、「5年後、10年後にどうなっているか書いて」と言ったら
「5年後に国民栄誉賞、10年後にノーベル平和賞を授与される」
と書いて来た人が居て、
「そりゃ戦略でもなんでもない個人的な妄想と野望だろうが!」
と怒りを通り越して呆れてしまったことがある。
当然だが、事業の発展と個人的な地位の向上(野心)は完全に切り離して考えなければならない。
優れた事業は創業者が死のうがずっと続いて行くのだし、いつまでも創業者がしがみついていてはいけない。
この、個人的な野望(妄想)と、事業の展望を混同してしまう人が多いのも、戦略という概念が正しく理解されていないことの証かも知れない。
先日、良く知らない大学生と話す機会があった。
僕は若い人に会った時にはたいてい聞くことがある。
「君は将来、どんな人間になりたいの?」
すると
「神になりたいです」
と大真面目な顔で言う。
そんなときは決まって
「うん、まあいいよ。でも、それ、別にユニークでも面白くもないから」
と返すことにしている。
「神になりたい」という若者は少なくない。老人でもそう。
けど、そんな荒唐無稽な話をすればするほど、その人間になにもないということがバレてしまう。
しかしそんな人でも労働者としては極めて優秀な場合も少なくないのだ。
彼らがなんとか経営者としての自覚と能力に目覚めて欲しいと願ってやまない。
労働者と経営者の間にいると、いつまでたっても経営者としての仕事を自覚できないことが多い。
労働は、経営に比べたら悩むことは少ないので、経営者になれる程度の実力をもった労働者にとっては、むしろ労働はラクなのだ。
労働と経営の区別をいつまでもつけられない経営者はどうやって見抜くのか。
三年も放置してみればすぐわかる。
会社の規模は大きくなっているか、従業員をちゃんと食わせているか、ボーナスは出しているか、従業員は育っているか、売上げは?利益は?借金でクビがまわらないような生活になっていないか。
これまでの人生のなかで、僕は優れた労働者が、凡庸以下の経営者に成り下がる様子を沢山見て来た。
そうした人々は労働者として卓越していたが故に、経営というより困難な仕事からの逃げ場としての労働に走ることをやめられない。
経験則として、例えば三年経っても仕事でプログラムを書いてる社長の会社は、それ以上発展しない。
プログラマーの仕事は労働者としての仕事であり、社長の仕事は経営者の仕事だ。
これを両立することはできない。
たとえば僕は仕事でプログラムを書くことをやめてから、会社が発展するようになった。
プログラマーとして優れた人間を雇い、彼に全ての開発責任を移譲した。
そうして部下が育ち、むしろ僕がプログラムを書くよりもずっとマシな製品な世の中に出せるようになった。
社長のコードにケチはつけられない。
僕自身がかなりいい加減に書いたコードで現場を混乱させることはなくなった。
プログラムをやめたあとも、しばらくは仕様書を書いていた。
しかし今ではそれもやめた。
仕様書や企画書が書ける部下が育って来た。
いまでは僕よりずっとマシな仕様書や企画書が書ける。
仕様書をやめたあとは、プロデューサーとしてしばらく働いた。
しかしその才能は僕にはなかったから、外から優秀なプロデューサーを連れて来た。
これですべてが上手く回るようになった。
それで経営に集中できるようになった。
少なくとも僕はね。
新しく仕事を作っては誰かに任せて、うまくまわるようになったら自分は引退する。
それを繰り返すのが経営者だ。
経営者として一人前になりたかったら、まず戦略を組み立てる癖をつける。
戦略とは、複数の作戦から組み立てられる。作戦を実行するときに差別化されるのが戦術だ。
そしてそうした戦略全体を下から支えるのが兵站である。図にするとこう。
どれが欠けてもうまくいかないが、全ての出発地である戦略が間違っていたら全体の修正には多いに時間がかかる。
アイデア一発勝負でうまくいったWebサイトやアプリケーションなどは、作戦が先行しているのでどうしても戦略が弱くなる。
戦略を組み立てるには一歩引いて考えなければならない。
そして兵站の確保は最重要で、兵站を確保するための作戦、いわゆる補給作戦も考えなくてはならない。
補給作戦まで考えている経営者は滅多に居ないが、それがないから部下が育たない。
闇雲に人材を募集しても、望んだ組織は作れない。
例えばAppleの2001年〜2010年までの戦略をざっくり図にするとこんな感じ
直営店を最初に作っている。
これはブランドイメージと秘密主義を両方コントロールし、なおかつ利益も最大化できるという方法だ。
2001年5月にバージニア州マクリーンに一号店がオープンした。
iPodすら発表されていないこのタイミングに直営店のオープンというのは誰もがクビを傾げた。
しかし、このわずか4ヶ月後、iPodが発表される。実際に発売されたのは11月。
今は全世界に300店舗もある。
AppleStoreを担当したのは「ターゲット」というアメリカの大手スーパーマーケットから引き抜かれたロン・ジョンソン。また、当時のAppleはGAPのCEO、ミッキー・デクスターが居て、内装はGAPと同じ業者が担当した。
アメリカの小売店は薄暗い照明が多かったが、例外的にターゲットとGAPは明るい照明で、確かにAppleStoreもGAPやターゲットに近いものを感じる。
iPod発売前でも、Macの売上げを向上させ、早くも利益に貢献した。
これはなぜかというと、製品の売上げは店舗面積に比例するという流通業界の法則があるからだ。
(もちろん誰も欲しがらないようなものは当然だめだが)
バージニア州マクリーンに一号店を展開したというのも興味深い。
バージニア州は人口わずか800万人の田舎だ。
マクリーン市に至っては5万人しかいない。
田舎で始めることで、致命的な失敗を回避することができる。
これはいわば店舗のクローズドベータテストだ。
同時にカリフォルニア州グレンデールでもオープンする。
グレンデール市も人口20万人の小さな都市だ。
とはいえロサンゼルス郡の北部にあり、人口1500万人のロスアンゼルス市もすぐ近くにある。
少し熱心なアップルマニアがロスに住んでいたら、足しげく通うだろう距離だ。
東京の感覚では埼玉市に近い。
同僚が住んでいることが多いけど、遊びに行くにはちょっと遠いかな、という場所だ。
バージニア州はワシントンD.C.に接していて、ロスは西海岸を代表する場所でもある。
東西同時にスタートすることで、全米展開をやるぞ、というイメージを最初から打ち出せたわけだ。
それからiPodの発売、そしてiTunes Music Storeと畳み掛けるように新製品をリリースする。
ジョブズのプレゼンが神憑って来たのはまさにこの頃だ。
とはいえ神懸かり的なプレゼンばかりがクローズアップされることが多いAppleだが、これは戦術のひとつに過ぎない。
戦略のなかではプレゼンが果たす役割は小さくはないが、大きすぎるというわけではない。
より重要なのはそれぞれの分野でトップレベルの実力を持つ優秀な人物、ロン・ジョンソンやティム・クック(部品調達とサプライチェーンという兵站上最も重要な部分を任せられる人物)、ジョナサン・アイブ(優れたデザインを生み出すデザイナー)といったキラ星の如き人材を集め、Foxconnやシャープなどから部品提供を受けるなど、兵站の確保をきちんと行っていたことだ。
兵站がなければどんな戦略を組み立ててもそれは無用の長物である。
ジョブズがどれだけ兵站を重視していたか、ということは、彼の死後、CEOを引き継いだのが兵站を担当するティム・クックになったことでもわかる。
会社の大半は兵站なのだから当然だ。
Appleが高収益企業なのは、ジョブズのプレゼンが上手いからではない。
クックの在庫管理が神憑っているからだ。
ソフトウェア企業には基本的には在庫がないので兵站学の重要性がわかりにくい。
しかし、兵站とは社員の教育から新製品の開発までソフトウェア企業の大部分を占める。
製品とは、軍隊で言う兵器であり、それを実際に利用してお金を稼いでくる営業マンだけがソフトウェア企業における兵士だ。
兵士は戦争の主役である。
どれだけ優れた兵器を作っても、兵士が正しく運用しなければ戦闘に勝てず、戦闘に勝てなければ戦争には負ける。
ベンチャーでは、しばしば営業マンが存在しない会社すらある。
そういう場合、営業マンがいないのではなく、社長が営業マンという兵士を兼ねているに過ぎない。
それはまるで中世の荘園だ。
領主だけが戦争に赴き、領内の農民達は明日の生活に不安を感じつつも呑気に暮らしている。
ただし、顧客と直接相対するコンテンツビジネスの場合、兵士イコール開発者になる。開発チーム全体が一丸となって戦わなければ勝利はない。そこでは無数の戦術と作戦が繰り返されることになる。
そのかわり、しばしば人間関係がギクシャクすることがある。
戦略、作戦、戦術は、局所的にも存在しうる。
大きな会社が複数の事業部門に別れている場合、その部門だけの戦略、作戦、戦術がある。
この三つの違いはタイムスケールの違いとも言える。
一般に企業では戦略は5〜10年、作戦は3ヶ月〜1年、戦術は1日単位の計画だと考えると掴みやすいかもしれない。
戦略的な思考法を身につけなければ経営者として一人前になることは難しい。
経営者とは、肩書きや地位を指す言葉ではなく、能力を指す言葉だ。
技術者、というのが肩書きでないの同じだ。
技術者を名乗る人が技術を知らなければ恥をかく。経営者を名乗るべき人に経営能力がなければ、それは経営者ではないのだ。
経営者という言葉は重すぎる、というのであれば、マネージャーでもいい。
マネージャーを名乗る人間にマネジメント能力がなければマネージャーと名乗るのは恥ずかしい。
マネジメント能力とは、遅刻しないとか太らないとかタバコを吸わない、といったことではない。
それは戦術レベルの話であって、一兵卒の考えるべきことだ。
マネジメント能力とは、戦略を立て、作戦を立て、兵士に戦術を実行させることだ。
実際に戦うことではない。兵士は、直接の部下でなくGoogle AdSenseでもAmazonでもいい。
会社の経営者がしばしばオフィサーと呼ばれる(CEO,CTO,CIOなど)のは伊達じゃない。
オフィサーは、やはり軍隊用語であり士官、将校を意味するのだから。
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