(テーマ音楽)・「雨はふるふる」・「城ヶ島の磯に」昭和の初めから平成にかけて長きにわたって活躍し日本の叙情歌を世に広めました。
奥田さんは明治36年札幌市の開業医の家に生まれました。
歌は得意ではなかったといいますがある出来事をきっかけに声楽家を志します。
15歳の時本格的に音楽を勉強するため両親の反対を振り切って上京します。
3年間の受験勉強を経て東京音楽学校に入学。
しかし間もなく大正12年関東大震災が起こります。
震災の翌年奥田さんは憧れの地イタリアに留学します。
彼がそこで目指したのは繊細で軽やかな歌曲の世界でした。
ヨーロッパ各地で研さんを積み昭和8年に帰国。
美しい声とモダンな音楽で人々の心を捉え一躍人気歌手となります。
しかし幸福な時代は長くは続きませんでした。
世の中は戦争一色に染まっていきました。
暗い世の中でなんとか人の心を明るくしたい。
奥田さんは一般の人たち向けの歌の教室を始めます。
延べ数千人が歌を通じて心安らぐひとときを過ごしました。
しかし空襲が激しくなると活動は途絶えました。
戦争が終わると奥田さんは全国の学校を回って歌いました。
子どもたちと向き合う中で叙情歌や唱歌に力を入れるようになります。
・「砂山の砂に」・「砂にはらばい」・「初恋のいたみを」・「遠くおもいいずる日」美しい言葉の響きと情感。
日本の歌を歌う上で参考にしたのは伝統芸能でした。
更に奥田さんは教育者として多くの後進を育てます。
何よりも大切にしたのは言葉と心でした。
(聞き手)ああそうですか。
はいそう思いますね。
亡くなる直前まで月一度のペースでステージに立ち現役を貫いた奥田さん。
晩年はシューベルトの「美しき水車小屋の娘」を歌い続けました。
旅する若者が出会った水車小屋の娘との失恋の物語。
病床の妻のために子守歌代わりに歌った曲でした。
声楽家奥田良三さん。
言葉に心を込めて歌い続けた人生でした。
今考えてるんですよ。
(聞き手)90の時…。
おお〜。
やりたいと思ってるんですよ。
そういう望みをしてなきゃ生きてるかいないですもんね。
2015/04/11(土) 05:40〜05:50
NHK総合1・神戸
NHK映像ファイル あの人に会いたい「奥田良三(声楽家)」[字]
日本を代表するテノール歌手として活躍した奥田良三。昭和の初めから平成にかけて60年以上にわたって現役を貫き、歌に生涯を捧げた思いを語る。
詳細情報
番組内容
日本を代表するテノール歌手として活躍した奥田良三。明治36年、北海道札幌市生まれ。小学生の時、レコードで聴いたテノールに魅せられ、声楽家を志す。クラシックからポピュラー、歌謡曲まで幅広いレパートリーで人気を博し、特に「初恋」「城ヶ島の雨」など日本歌曲の情感あふれる表現は聴衆を魅了した。昭和の初めから平成にかけて60年以上にわたって現役を貫き、歌に生涯をささげた思いを語る。
出演者
【出演】声楽家…奥田良三,【語り】鈴木奈穂子
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー
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