ご機嫌いかがですか?落語作家の小佐田定雄です。
本日は第348回「NHK上方落語の会」の高座から林家菊丸さんと桂三度さんの落語をお聴き頂きましょう。
桂三度さんていてはったかなと思うかもしれませんが世界のナベアツいうたら知ってはりまっしゃろ?このナベアツさんが2011年に一念発起致しまして噺家になりたいという事で六代文枝師匠のもとに入門しはりました。
そして付けてもろた名前が桂三度。
「3の倍数は」言うた人やからちょうどぴったりうってつけの名前やないかと思います。
今日演じてくれますのはご自身が作った創作落語で「隣の空き地」。
なんとこれでNHK新人落語大賞の本選に進んだという落語でございます。
是非お楽しみに。
どうぞ。
(拍手)お邪魔致します。
ありがとうございます。
ただいまより開演でございます。
ようこそ頂きました。
まず出てまいりましたのは私桂三度でございます。
よろしくお願い致します。
(拍手)ありがとうございます。
一生懸命頑張りたいと思いますけども落語をやってますとですねたまに人に言われるのが落語ってひとネタずつ長ないかと言われるんですがそんな事はございません。
上方落語の有名なお噺に「時うどん」というお噺がございます。
その「時うどん」ご存じのない方のためにですね最短バージョンというのがございまして僕が勝手にやってるんですけども。
その最短バージョンというのがありましてね「時うどん」の内容ストーリーは全部お客様に伝わるようにストーリーをグ〜ッと最短時間にしたものがこういうものでございまして。
昔はですね時間の事を4つ5つ6つ7つとそういうふうに数えておりました。
「おいうどん食いに行こか」。
「清やんちょっと待ちぃな。
屋台のうどんいうたら確か1杯16文やで。
2人合わせて15文やったら銭が足らんがな」。
「任しとけっちゅうねん。
行くで。
うどん屋うどん1杯くれ」。
「へいお待ち遠さんで」。
「おっおおきに」。
「ズズ〜ッ!うどん屋銭払うで。
銭が細かいさかい手で受けてくれるか?いくで。
1つ2つ3つ4つ5つ6つ7つ8つうどん屋今何時や?」。
「へえ9つでおます」。
「10111213141516。
おおきにごっつぁん。
また来るわ」。
「おおきにありがとさんで」。
「清やんお前うどん屋に1文ごまかしてうまい事やったな。
わいも明日やってみるわ」。
明くる日。
「うどん屋うどん1杯こしらえて!」。
「へいお待ち遠さんで」。
「おおきに。
ズズ〜ッ!うどん屋銭払うで。
いくで。
1つ2つ3つ4つ5つ6つ7つ8つうどん屋今何時や?」。
「5つでおます」。
「6つ7つ8つ」と3文損しよったというのがこの「時うどん」というお噺でございます。
…の最短バージョンでございます。
(拍手)いえいえもう本当に申し訳ございません。
内容は伝わったと思います。
そこでですね短くなるやないかいと思われる方いらっしゃるかもしれませんがそんな事はございません。
ちょっとほかの物語と比べてみたいんですが例えばですね大ヒットしました映画「タイタニック」。
豪華客船のお話でございます。
レオナルド・ディカプリオ主演2時間半ある長い映画でございます。
あの「タイタニック」内容ストーリーは全部伝わるようにグ〜ッと最短時間にしたものがこういうものでございまして。
「わ〜大きな船乗れた!僕は君の事が好きや」。
「私はあなたの事が好き」。
「ほな手ぇ広げよか」。
「手ぇ広げる〜」。
その夜氷山にぶつかりまして…。
「あっ船が沈む!」。
「僕も沈む〜!」。
「沈まんといて〜」。
終わりです。
これだけです。
単純なストーリーでございます。
2時間半やる必要あったんでしょうか。
邦画もございます。
邦画の興行収入ランキング5位ぐらいには入ってるんじゃないでしょうか。
昔大ヒットしました。
先日お亡くなりになられましたけど高倉健さん主演の「南極物語」。
最近では木村拓哉さんが連ドラでリメークしましたけどもあの「南極物語」も内容は伝わるようにグ〜ッと致しますとこういうものでございまして…。
「ああっ南極離れなあかんけど犬日本に連れて帰られへんごめんな」。
1年後…「犬生きてる〜!」。
終わりです。
(拍手)単純なストーリーでございます。
連ドラでやる必要あったんでしょうか。
アニメもございます。
皆さんご存じ名作「101匹わんちゃん」ね。
「101匹わんちゃん」もグ〜ッとしますとこういうものでございまして…。
「おいぎょうさん犬おんな。
ええ?98匹おるんちゃうか?」。
「あほ101匹や!」。
終わりです。
(笑い)多分。
見た事ないんですけど…。
それらに比べたら「時うどん」がいかに内容の詰まったお噺かというのが分かってもらえたかと思いますが。
しかしですね逆に考えますとそういう単純なストーリーを映画のようにグ〜ッと2時間に引っ張るというこれすごい事やなと思うんですね。
落語にも短いお話がございます。
小ばなしというものでございまして例えばですね…。
「隣の空き地に囲いが出来たで」。
「へえ〜
(塀)」。
これだけです。
囲いと塀ですね。
「塀」と「へえ〜」が掛かっているシャレになっている。
これだけのものですけどもこれをですね映画のようにグ〜ッと引っ張るには話を引っ張るにはどうすればいいか。
恐らくですけどもこの「へえ〜」と言うた受け手側の男この男ですねものすごく鈍感な勘が悪い男にすればもうちょっと引っ張れるんじゃないでしょうか。
「隣の空き地に囲いが出来たで」。
「空き地なんかありました?」。
「どこに引っ掛かってんねん。
ちゃうがな」。
「だって先輩のマンションの隣はコンビニですやん」。
「いや違うがな。
隣の空き地に囲いが出来たで」。
「じゃあ見に行きましょう!30過ぎたオッサンが公園でうだうだ言うとってもしゃあない。
見に行きましょう」。
「実際見に行っても空き地も囲いもないのや」。
「何でそんなうそつくんですか?」。
「いやうそちゃうやん!ノリやん!ノリ!」。
「ノリって何ですか?」。
「いやだからな例えばこの指のピストルでなお前の事撃ったらどうなる?バ〜ン!」。
「うう…」。
「そうそうそうそう!隣の空き地に囲いが出来たで」。
「フ〜ッ!」。
「いやフ〜ッやないねん。
ノリはええけどな。
会話になってないやん。
隣の空き地に囲いが出来たで」。
「じゃあもうあそこでバーベキューできませんやん」。
「会話にはなったけど…ちゃうねんな」。
「何なんですか?これ。
え?」。
「いやちょっと…ごめんごめん。
今更全部説明すんの恥ずかしいわ。
しょうもなって変な空気になるもん」。
「なりませんて!」。
「なるよ。
ほなものすごいヒント出したるわ。
ハト飛んでるやろ?俺がな『ハトが何か落としたで』って言うねん。
お前がな『ふ〜ん
(フン)』って言うねん。
なっ?」。
「ちょっと待って下さい。
僕と先輩は大学の時から15年来のつきあいですよ。
いうたら親友ですやん。
その先輩が『ハトが何か落としたで』言うてんのに僕『ふ〜ん』って僕先輩にそんな冷たないですよ!」。
「うんありがとう。
うれしいけどちゃうねん。
じゃあお前はハトが何落としたと思う?」。
「ハトが何を落としたか?先輩ハトってね平和の象徴とかいわれてものすごいええイメージあるでしょ。
違うんですよ。
ハトってねめっちゃバイ菌持ってるんですって。
子どもに触らしたら絶対駄目なんすって!だからハトが落としたのは信用?」。
「全然違う。
信用落としたとかどうでもええねん。
ハトがフン落としたぐらいで考え過ぎや」。
「フン…あっ!フンとふ〜んが掛かってるんですか?」。
「まあまあそういう事やん。
なっ?お前シャレ好きやろ?」。
「はい。
僕シャレ好きです。
シャレスキー伯爵です」。
「それはええねんけど…。
ほなあの人は国で一番偉い人か言うたらどうなる?」。
「国で一番偉い人王様…あっ!」。
「あの人は一番国で偉い人か?」。
「おう
(王)」。
「そうそうそうそう!頭の中身は心臓か?」。
「ノー
(脳)」。
「そうそうそうそう!お前の家の鍵無くしてもうたわ」。
「キーッ!」。
「そうそうそうそう!隣の空き地に囲いが出来たで」。
「オープンスペース」。
「はあ?」。
「いや空き地とオープンスペース」。
「何のシャレにもなってないやん。
ほんでな注目せなあかんのは空き地ちゃうねん囲いやねん」。
「もう何なんすか?これ。
難しいですわ。
言うて下さいよ。
言わへんのか〜いですよほんま。
じゃあもう分かりました。
酒の力借りてね楽になりましょ。
飲みに行きましょう」。
「もう飲みに行きたいだけや」。
「まあ先輩まあまあいきましょう」。
「まあまあまあてお前もう…。
飲ませ過ぎやお前。
お前も飲み過ぎやぞ。
嫁はん大丈夫か?」。
「はい。
先輩と行く言うたから大丈夫です。
それより隣の空き地のやつですよ。
あれ何なんですか?言うて下さいよ。
言わへんのか〜いですよ。
言わへんのか〜いですわ。
もう先輩ね大体昔っから何でも引っ張り過ぎなんですよ」。
「そんな事言うたらお前かて大学の時から勘が悪いがな」。
「まあまあそうですね。
うちの嫁はんにもつきあう前言われました。
うちの嫁はん大学で同じサークルやったじゃないですか。
嫁はんねつきあう前ね突然僕んとこ来てね『ヤスダ君クリスマス予定あるの?』。
『予定はないな。
さみしいな』。
『実は私も予定ないねやんか』。
『さみしい女やなあ』。
『うん。
でもクリスマスにイルミネーション見に行きたいなと思ってんねやんか』。
『誰と!?誰と!?』。
『いやそんな目の前にして言いにくいわ』。
『言いにくいて下ネタか?』。
『ううん下ネタじゃない。
勘悪いなあ』。
言われてね結局告白されてまあまあつきあう事になったんですけども…。
そんな事恋愛でいうたら先輩の方がひどいですよ。
大学の時ずっと好きな子がおる言うとったのに告白もせんとウジウジして。
そのうち『その子彼氏ができてん』言うてね『僕が奪い取りましょうよ』言うてんのにウジウジウジウジしてるから結局『その子結婚すんのやて』やて。
引っ張り過ぎなんです。
はっきりして下さいよ!ねっ?ほんでいまだにずっと好きやった子誰かも教えてくれへんし冷たいですよ。
はっきりして下さい!」。
「分かった。
お前がそこまで言うんやったらな俺かてお前が言うように酒の力借りて楽にならしてもらうわ。
俺がなずっと好きやった子ってな今のお前の嫁はんや!」。
「え〜!?ええっ!?ど…どういう事ですか!?」。
「お前な勘悪いねん。
俺な今日みたいに大学の時からず〜っとヒント出してんねん。
なっ?うん。
俺がな告白もせんとウジウジしとったんはお前の嫁はんがお前の事好きやって噂を聞いたからや。
みんな気付いてたよ。
気付いてないのお前だけや。
勘悪い。
俺空気読んでてん。
それやのにお前がしつこく『先輩の好きな子誰ですか?誰ですか?』って聞いてくるからやな俺もしかたなく『その子最近彼氏ができたらしい。
できたての彼氏とクリスマスにイルミネーション見に行ったらしい』って俺言うてもうた。
ほんならお前『僕も行きました!』やて。
引っ掛かれよ!何か引っ掛かれへん?お前のハートツルツルか?ほんでお前確かに『その子奪い取りましょうよ!その子の彼氏どこおるんですか?』って言うた。
俺は『すぐ近くにおる』と『徒歩ゼロ分や』て言うてもうた。
ほんならお前『訳分からんわ』やて考えろや1回!なあ徒歩ゼロ分やで。
そのあとお前『徒歩ゼロ分って車で何分ですか?』やて。
ゼロ分やっちゅうねん!なあ。
ほんでなお前『訳分からんわ』ってこれ15年やってるけどなみんな嫌がってるぞ。
やめてほしいと思ってるぞ。
気付けよ。
勘悪いぞ。
ほんでお前の結婚が決まってお前の結婚披露宴の時にお前主役やのにベロベロに酔っ払って俺の事前に連れてきてマイク持って『先輩は大学の時から5年間ず〜っと好きな子がいます!今日は発表してもらいましょう』。
言えるかい!一番言うたらあかん場所や!ほんならお前んとこの親父も『誰や!?誰や!?』。
DNAってすごいな。
そっくりや。
ほんでなお前もう知ってんねんほんまは。
何年か前俺の部屋来て俺の昔の日記勝手に読んだやろ。
なあ?あの日記読んで『先輩の好きな子ってひょっとしてセリナっていうんですか』やて。
なあなあ?ユウコとかマサミとかベタな名前ちゃうで。
セリナやで。
お前んとこの嫁はん何ちゅうねん!」。
「セリナです」。
「気付けよな…。
あの日記読んで『へえ〜』やあれへんで!」。
「先輩『隣の空き地に囲いが出来たで』。
『へえ〜
(塀)』ですよね!」。
「今それ言う!?この空気で!よう言えたな!」。
「すいません。
先輩すいません。
分かってます。
でもねしんみりすんのはやめましょ。
パ〜ッといきましょう!飲みましょう。
僕おごりますから。
すいません!すいません!日本酒下さい!」。
「日本酒は冷やでよろしいか?」。
「いや〜日本酒ぐらいせめて燗
(勘)がええわ」。
(拍手)「でね先輩!」。
「終わらへんの!?終わらへんの!?」。
「終わりませんよ!朝までいきますよ!」。
「うわ〜勘悪いなあ…」。
「それより先輩うちの嫁はんのどこが好きやったんですか?」。
「うわ〜お前それは引っ張ったらあかんて」。
お時間です。
(拍手)さて後半は三代目林家菊丸さんにお越し頂きました。
ようお越しやす。
よろしくお願いします。
菊丸って名前には慣れた?ようやく慣れましたね。
慣れた。
はい。
もう電話かかってきても自ら名乗る時でも林家菊丸ですと。
もうスルスルスルッと。
この間落語会でいきなり染弥言うてたな。
先生いらっしゃいましたねあの時。
やっぱりねフッと気ぃ抜いた時にはまだ前の名前染弥が出ますね。
やっぱりそうでしょうね。
名前変わったんやから周囲の人はもちろん認めて扱い変わってきたりしてますやろ。
やっぱり前までは染弥君とか染弥ちゃんとか染ちゃんとかちょっと上の方はそういうふうに呼んでくれたんですけどやっぱり菊丸になってから先輩なんですがね先輩が後輩の僕にやっぱり菊丸を呼び捨てにはしにくいみたいで…。
やっぱり菊丸さんとかねさん付けになるんですね。
同期にはいろいろいてますな。
吉弥君であるとか文鹿君であるとか春蝶君であるとか三金君とかみんな頑張ってますやんか。
どうです?それを見まして。
本当に見事にキャラがバラバラなのでぶつかる事がないんですよね。
例えば自分がやろうとしてた事をあいつに先やられたとかなくみんなうまい事違う違うところを攻めていくもんですから。
だから本当にいい底上げになっていくんですよ。
お互い潰し合うんやなしに盛り上げていくと。
ああそれはよろしい。
仲良うやってまんの?みんな。
そうですね。
何でしょう…。
お友達感覚のノリではないですけどもでもその何ですか?顔も見たくない口もききたくないみたいなのはねまあ…まあないですわね。
何をあなた考えてはる?いやいや…ないですないです。
この間も繁昌亭で芸歴20年の方が集まったね。
やったんですよ。
顔見たけどやっぱり豪華やわ。
すばらしい。
1週間ネタ帳を改めて見返してみますとやっぱりみんなそれぞれやるネタがきれいに違うので見事に芸風も違うんですよね。
では三代目菊丸さんの芸を皆さんにご披露して頂きましょう。
では高座の方へよろしくお願い致します。
はいお願いします。
行ってらっしゃい。
というところで三代目林家菊丸さんの登場でございますがこれがね二代目の菊丸という人は今皆さんがやってる「不動坊」という落語これをこしらえた人なんです。
今度の菊丸さんも創作落語を作ってはります。
今日は古典落語の方で「梅見の薬缶」です。
ではどうぞ。
(拍手)代わり合いまして林家菊丸と申しまして私昨年9月にですねこの一門の由緒ある名跡三代目林家菊丸を襲名をさせて頂きました。
どうぞ今後ともよろしくお願いを申し上げます。
ありがとうございます。
(拍手)襲名をさして頂きましてねいろんな所にご挨拶回りというのをするんでございますけれども落語会の師匠方のところにももちろんご挨拶に参りますが桂ざこば師匠。
ざこば師匠どういうイメージがおありかと思いますがねいろいろおありと思いますが…。
まあ大体あの怖いんです。
まあ怒ってらっしゃる。
朝から晩まで怒ってらっしゃるんです。
怒っていないと機嫌が悪いというのかよく分からない感じなんでございます。
ところがこのざこば師匠がえらく褒めて下さいましてね。
「いやいやお前の襲名はええわ。
昨今上方落語会いろいろ襲名あるけどな染弥改め菊丸。
これはええわ。
ほんまにええわ。
わしほんまに正味思うねん!」。
ここまで言うて下さった。
「師匠そうですか?」。
「そらそうやお前。
そらいろいろあったがなうちの小米朝が米團治になり三枝さんが文枝になった。
俺も今から25年前や。
朝丸からざこば襲名したんや。
俺そん時言われたよ。
いろんなテレビのプロデューサーとか関係者からせっかく朝丸で売れたのにわざわざそんな売れた名前を捨ててざこばにならんでもええがなってみんなから引き止められたんや。
それはお前売れてる名前捨てるほどつらい襲名はないぞ。
その点お前はええ襲名や」ってこれどういう意味なんでしょうか。
喜んでよいんでしょうか本当に。
しかしありがたい事にいろんな所に呼んで頂きます。
仕事も若干増えるんでございますがそのほかにも取材であったりとかお呼ばれそういうご接待を受けるなんていう事もあるんでございますね。
そうなりますとタクシーに乗る事が増えるんでございますが私先日タクシーに乗りましたらですね助手席にも人が一人座ってるんですね。
助手席にも人が。
何かいなと思いましたら運転手さんが新人さん研修期間中の方でねその間上司がしばらく横で一緒に乗るらしいですね。
そういうタクシーに初めて乗ったんです。
フッとこう見ましたら運転手さんの方が年いってはるんです。
だから横に乗ってる上司の方が若いんですよね。
恐らくこの運転手さんも前のお仕事をお辞めになってタクシードライバーとして人生再出発なんかもしれませんが。
上司の方が年下。
ところがこの年下の上司がものすごい偉そうに指導をするんですね。
年上の部下に。
まず僕が乗りましたら上司が「おいまずお客さんにご挨拶せんかい」とこんな言い方で。
この運転手さんまだ新人さんで慣れてませんからね。
蚊の鳴くような声で「ご乗車ありがとうございます」ってこんなんなんです。
「おいそんな声でお客さんに聞こえる思うてんのんかい。
腹から声出さんかい!」。
「ご乗車ありがとうございます!」。
「でかすぎんねんあほ!」ってかわいそうに。
「梅田までお願いしますね」と言いましたら「おいお客さんが行き先言うたらちゃんと反復せんかい!」。
そういうマニュアルになってるんでしょう。
ほんなら「梅田まで行かしてもらいます」。
「声が小さい!」。
「梅田まで行かしてもらいます!」。
「でかすぎねんあほ!」って何しても怒られてるんです。
もう指導というよりいびりいじめですね。
走り出したら走り出したらで「ブレーキの踏み方が甘い」とか「もっと右へ寄れ」とかもういちいちそのつど「返事は?声が小さい!」。
もう私後ろでムカムカしながら見てた。
この運転手さんはというとやはり人生再出発が懸かってますからもう何言われようがじ〜っとひたすら黙々と運転してるんですね。
そうこうしましたら赤信号。
赤信号のところでもちろんス〜ッと車が止まります。
この止まった時にそれまでジ〜ッと黙ってた運転手が上司の方向いて「ほんならお前が運転せえや!」言うて降りてどっか行ってしまいましてね。
びっくりしましたね。
もう我慢の限界やったんでしょうね。
「ほんならお前がやれ!」って降りてどっか行ってしもうたんですよ。
びっくりですが僕としましては上司がいますからこの人が代わりに運転席行ってくれたら目的地まで行けるてなもんですけれどもあんまり人にそんな偉そうに言うたらあきませんね。
その時の上司これが腹立ちますよ。
運転手さんが「ほなお前がやれや!」言うて降りてどっか行きました。
ほな上司と僕が車に残る。
しばらくあぜんと沈黙。
2〜3秒後この上司僕の方を向いてひと言「ヘヘッねえ?」。
何が「ねえ?」やねん!何が!ほんまにね言うに事欠いて腹立ちますよ。
まあ僕も「ハハッはい」って言うといたんでございますけどね。
いろんな事がございます。
ストレスのたまる時代かもしれませんね。
そうかと思いますとまた夜の町にも連れてってもらうんですよ。
大抵食事が終わりますともう一軒2軒目行くといいますとちょっとこのね女性のいらっしゃるような所ですか。
まあ今で言うキャバクラなんて所に誘われるんですけれども。
私言うてもそういうところは至って大嫌いでございまして…。
そない言うても林家菊丸という大きな名前がございますからそんな所うかうか出入りしてるところ世間に見られたら示しがつきませんのでもう嫌なんですがそれでも大事なお客様に誘われますとお断りもできませんのでもういやいや泣き泣きしぶしぶ行ったりなんかするんでございますけれども。
でもああいうとこ行きましてもね二十歳そこそこの若い女の子がため口で物を言うてくるんですよ。
ため口で。
またため口でお客さんと接する方がお客さんが喜ぶと。
これがサービスだって言うんですよ。
二十歳そこそこのねそれも何か髪の毛の色ももう何ですか金髪とかシルバーとか赤とか緑とかもう何や連獅子みたいなもんでねあの歌舞伎の。
もう訳が分からなくなりますがお化粧も何か塗りたぐってそんなとこに目がなかったようなとこに目が描いてあったりなんかするんですよ。
二十歳そこそこのね本当に。
もう五十音もまともに言えなさそうな。
あいうえみとか何か言うてそうなそんなんです。
偉そうに言われるんですよ。
こっちが落語家なんて知られた日にはえらい目に遭いますよ。
「え?うっそ。
おにいさん落語家さんなん?すっご〜い」とか言うて。
「へえ〜落語家さんてあれやろ?扇子でさうどん食べたりすんねやろ。
ちょっとやってえや」ってこんなんですよ。
「やってえや」ってねいうてもプロですよ。
三代目菊丸ですよ。
そんなもん言われてねやりましたけどね。
まあ…。
情けない。
ねえ本当に。
ほんならね世間て狭いですね。
ある時ね誘われてそういう所に行ったんですよ。
そしたら私のいとこがそこでアルバイトしてたんです。
こんな事がある。
お互いハッと気付いたんです。
でもそこで親戚なんて言いますと座が白けますから知らないふりしていた訳ですよ。
もちろん家族にないしょでバイトしてるんでしょう。
こっちももうドキドキですけども知らない顔して。
…で接客してくれるんですけど順番に名刺配っていくんですよねそのいとこが。
僕にも同じように「初めましてレイラです」って。
ほんまはヨシエいうんですけどね。
名刺見たら「レイラ22歳」。
「28やろほんまは!」みたいなね。
こっちは全部知ってますから。
おかしいですよ。
ほんでまた一緒に行ってる仲間が冷やかすんですよ。
「菊丸さん菊丸さんあのレイラちゃんのメールアドレスとか聞いといたらどうですか」ってそんなもん聞かんでも実家の住所知っとるわってなもんですよ。
ねえ?ほんまに。
ほんで帰る時にねツカツカッと僕のとこ来てね「絶対言わんといてな。
絶対みんなに言わんといてな。
これ家族にないしょやから絶対言わんといてな」。
「分かった分かった。
分かった。
君もこんなとこへいつまでもおったらあかんで。
もうそろそろ考えなあかんで」てな事言ってその日は分かれた訳ですよ。
でも女性って怖いですね。
それからみつきぐらいしまして親戚の法事があったんです。
法事に行きましたらねそのレイラレイラというかヨシエなんですがレイラが来てました。
レイラの上のお姉ちゃんもいるんですよ。
姉妹なんです。
ほんで今まさにお坊さんがお経をあげてるというこの緊張の場面の時にレイラのお姉ちゃんの方がツカツカツカッと僕の方へ来て耳元に手ぇあてて「妹の店行ってるらしいやん」って「家で言うてんの!?」みたいな。
油断も隙もない。
本当にね。
怖いもんでございますが。
女性というのはそういうしたたかな一面とかよわい一面がそれがまた男性にはたまらん訳でございますが。
昔は女性を悩ませる独特の病気癪持ちというのがございました。
下腹辺りが急にキリキリキリッと痛むやつでございますね。
びっくりするような事とかショッキングな事に出くわしますと急に下腹がキリキリキリッと激痛が走る。
急性の胃けいれんてなもんなんでしょうけれども。
癪に効く薬はっきりしたものが解明されておりません。
昔から日本には合薬と呼ばれるもの。
医学的根拠はないんですがその人にだけ合う治療法おまじないみたいなもんでございますね。
例えば癪でしたら男の人の親指でそこを押してやりますと痛みが引いていくとか。
また着物の下帯でグ〜ッと縛ってやると痛みが引いていったとか医学的根拠はないんですがその人にだけ合う治療法合薬というのがそれぞれにあったんやそうで…。
ここにございましたある船場のごりょんさん。
このごりょんさんが大変な癪持ちでございまして。
ある時台所で用事を致しておりますと天井からクモがスルスルスルッと落ちてきた。
さあそのクモを見るなりびっくり致しましてねこのごりょんさん。
持病の癪を起こしまして「ああ痛い痛い!アイタタタッ!」と痛み苦しんでおります。
なんとか水でも飲もうっちゅうんで横にありました薬缶。
薬缶の口に口をあてがいまして水を飲もう飲もうとするんでございますがあいにく薬缶の中に水が入ってない。
空っぽ。
それでも必死に水を飲もうとこの薬缶の口をベロベロベロベロなめておりましたらどういう訳か癪の痛みがス〜ッと引いていった。
さあそれからというものこのごりょんさん癪を起こすと薬缶をなめると治るという。
これがこのごりょんさんの合薬。
まことにけったいな合薬があったもんでございますが。
そろそろ梅見の季節でございます。
みんなで梅でも見に行こうっちゅうんで女中のお清それから丁稚の定吉をお供に連れまして長柄の方へお出かけになる。
何とも言えんのどかな中を3人並んでぶら〜ぶら。
「まあお清に定吉今日はほんまにええお天気になりましたなあ」。
「ほんまでございますなあごりょんさん。
今日は絶好の梅見日和でございますな」。
「ほんまやわ。
それにしたかてうちの親旦さんはほんまに優しいお方や。
『今日は家の用事はええさかいゆっくり梅でも見ておいでや』なんてなあ。
うちの親旦さんには感謝してます」。
「いいえごりょんさん私の思いますのになこれは親旦さんの日頃の罪滅ぼしだっせ」。
「日頃の罪滅ぼし?それはどういう意味やね」。
「いいえごりょんさんの癪のもとでございます」。
「ええ?わての癪のもとがどないしたんや」。
「私毎日見ておりますとなあの親旦さんが近頃凝ってはります浄瑠璃義太夫ええ。
あのお稽古が始まるといつもごりょんさん癪を起こしてはりますのん」。
「あんた何を言うねやなほんまにもう…。
そんな事聞かれたら怒られるでほんまにまあ…。
あっこれ定吉あんたお弁当持ってくれてたんやな。
えらい重たいのにすまなんだな」。
「いえいえどうっちゅう事おまへんねん。
それよりもごりょんさん早い事このお弁当食べまひょいな。
お弁当なあ」。
「お弁当食べまひょいなって最前朝ごはん食べたとこやないかいな。
ほんまにもう…。
あんたは食べる事ばっかり。
フフッほんまにもう…」。
「まああちらこちらにきれいなお花がぎょうさん咲いてあるやないかいな。
そうや。
ちょっとお土産になお花でも摘んで帰りまひょか」。
…とこのごりょんさん草むらにひょいひょいひょいっと足を踏み込みます。
そろそろ冬眠から目を覚ます頃でございまして蛇が穴からニョロニョロッと出てまいりましてごりょんさんの前をスルスルッと通った。
さあクモ見ただけでもびっくりするごりょんさん。
これが蛇ときたから余計にたまりません。
こんな野原の中持病の癪を起こしまして「ああ痛い痛い!アイタタタッ!アイタタッ!びっくりした。
急に蛇が出てきた。
アイタッイタタタタッ!」。
「まあまあまあまあごりょんさん大丈夫ですか?しっかりしとくなれしっかりしとくなれや」。
「アイタタタタッ…。
はあはあはあっ。
お清お清薬缶をおくれ薬缶をおくれ」。
「ああちょっと待っとくれやっしゃ。
これ定吉あんた何をボ〜ッとしてんのや。
ほれごりょんさんの癪が始まったやないかいな。
薬缶出し薬缶」。
「薬缶なら今日はお店に置いてきた」。
「何を…どんならん子やなほんまにもう。
ええ?いつ何時何があるや分からへんやさかい常に薬缶は持ち歩きなはれ言うてますやないかいなほんまに。
何で置いてくんのやな。
ああごりょんさんかわいそう。
ああしっかりしとくなれ!」。
「ああ痛い!アイタタッお清早い事薬缶薬缶!ああもうあかん!薬缶あかん。
薬缶あかん。
薬缶…」。
「まあごりょんさん苦しみながらシャレ言うてはるわこの人。
しかしよりによってこんな野原の中で…。
ああもうこんなとこ薬缶なんか落ちてはらへんしな。
うちも見当たらへんし…あ〜えらい事になってしもた。
ああごりょんさんしっかりしとくなはれ」。
皆がワーワーワーワー言うとりますと向こうの方からやって参りましたんがお侍と家来の2人連れ。
よほど仲のええ主従関係と見えまして何やら雑談をしながらニコニコニコニコ笑いながらやって来る。
さてこのお侍年の頃なら47〜48。
頭の方はといいますとこれがのぼせの加減でズルッとはげ上がっておりまして。
「ああどこぞに薬缶はないかしらなあ。
どこぞに薬缶薬缶…。
せめて薬缶の代わりになるようなもんで…」。
「ちょっと定吉!定吉どんちょっと見てみなはれ!向こうから来るお侍さんの頭あんたあれどっかで見た事ないか?」。
「え?あっ!お清どんご…ごりょんさんの合薬の薬缶!」。
「あんたもそない思うか?いや〜え?あの形といい大きさといい色艶。
どっから見てもうり二つ。
そうやわ。
これ定吉どんあんたこれから行ってなお侍さんにえらいすんまへんけどなうちのごりょんさんが癪で困ってますさかいなその頭ひとなめなめさしておくんなはれって頼んでおいで」。
「お清どんようそんな事あっさり言いまんなあんた!向こうはお侍さんだっせ!そんな事言うてみなはれ!向こうは長いやつ持ってまんねん。
『この無礼者!手討ちにしてやる!』。
長いやつをズバッと抜いて首ちょ〜んと斬られたらどないしまんねん!」。
「また春になったら生えてくる」。
「竹の子みたいに言いなはんな!あんたほんまにもう!ええ?それやったらなお清どんあんたが行きなはれな。
そうでっしゃろ。
なんぼなお侍やっちゅうたかてな女子はんには手荒い事せやしまへんがな。
なっ?なっ?お清どんあんたが行っといなはれ」。
「ほな分かった。
ほなわてが行ってくるさかいなあんたここであんじょうごりょんさん見てなはれや。
頼みましたで」。
「お侍様ちょっとお待ちを。
お願いがございます。
お願いがございます!ちょっとお待ちを!」。
「おお何じゃ何じゃ何じゃ?ああ待て待て。
可内待て待て。
そう先を急ぐでない。
今な見知らぬ婦人が来て身どもにお願いお願いとこう申すではないか。
そう急ぐ事はなかろう可内。
まあまあ控えておれ控えておれ。
女いかが致した?」。
「お願いでございます。
どうかお力を貸しとくなはれ!」。
「何?力を貸してくれ?その方よほど血相を変えておるのう。
読めた!さてはその方敵討ちを捜して旅をしてる者じゃな?今日その敵に巡り会うた。
ところが女手一人そこで身どもに助太刀を頼むと申すのか!ああ苦しゅうない!その敵はどこじゃ!?」。
「いえあの…敵討ちではないんでございます。
あの…船場の大家の女中を致しておりまして今日はごりょんさんと共に梅見に参りました。
ところがうちのごりょんさん草むらに足を一歩踏み込みましたところが…」。
「読めた!ああそういう事か。
あ〜身どもも苦々しく思うとったところじゃ。
そこへいきなり野郎どもが現れてその主の女をさらっていったと言うのじゃな。
悪いやつらめ。
その野郎はどこじゃ!」。
「いえ男が出てきたんではないんでございます」。
「男ではない?女か!?」。
「女でもないんでございます」。
「男でも女でもない?それは何者じゃ?」。
「そういう話ではないんでございます。
ちょっと落ち着いて聞いとくなはれ。
実は…蛇が出てまいりましてそれをきっかけに持病の癪で痛み苦しんでおります。
どうか…どうかお助けを!」。
「何?癪で苦しんでおるのか。
さようか。
あ〜いやいやそれなら身どももよく分かるぞ。
身どもの妻もな大変な癪持ちじゃ。
あれは相当苦しいようじゃのう。
待て待て待て。
ここにな印籠がある。
この中に越中富山より仕入れた癪によく効く薬というのが入っておる。
これも何かの縁じゃ特別に分け与える。
さっ持っていけ」。
「ありがとうございます。
お気持ちはありがたいんでございますが恐らくその薬ではうちのごりょんさんの癪は治らないんでございます」。
「何?身どもの携えるこの薬を偽物と申すのか?」。
「そうではございません。
合薬というものがございましてそれがその…薬缶をなめると治るんでございます」。
「何?その方今何と申した?おい可内聞いたか?薬缶をなめると女の癪が治るそうじゃ。
かような事があるものかのう?身どももよく分からぬが合薬というものは人それぞれそういうものか。
薬缶をなめるとその方の主の癪が治るのか。
はあ〜面白いのう。
…で身どもと薬缶とどういう関係があるのじゃ?うん?身どももこの共の者もな薬缶などは携えておらぬぞ」。
「はい。
それは重々存じ上げておるんでございます」。
「身どもに何をしろと言うのじゃ?」。
「はい。
ですからお侍様の…ああ〜!申し訳ございません!」。
「申し訳ございませんと言われても何が何だか分からぬではないか。
だから身どもに何をしろと言うのじゃ?」。
「あ…はい。
ですからお侍様のその…あっあっあっあっああ〜っ申し訳ございません!」。
謝ってばかりでは何が何やら分からぬではないか。
人を助けるのは武士の務めじゃ。
苦しゅうない。
はっきりと申せ」。
「はい。
では申し上げます。
お侍様の頭が合薬の薬缶にそっくりなんでございます!どうかひとなめ…ひとなめなめさしておくんなはれ!」。
「何〜!?身どもの頭が薬缶にそっくりでひとなめなめさせろ?たわけた事を申すな!この無礼者!ク〜ッ手討ちにしてやる!そこへ直れ!そこへ直れ〜!可内何をゲラゲラ笑っておる。
何がおかしい?主人の頭が薬缶に似てると言われ家来のお前が何をゲラゲラ笑う事がある?笑うのをやめろ。
そこへ直れ!そこへ直れ!」。
「お怒りはごもっともでございます。
私手討ちにされる事は初めから覚悟の上で参りました。
ではどうしてもお聞き頂けぬのでございましたら私のこの身をどうぞ…どうぞご自由にあそばせ!」。
「何?するとその方は何か?初めから手討ちにされる事を覚悟の上でそのような願いを身どもに申し出たとそう申すのか」。
「可内いつまで笑っておる。
いい加減笑うのをやめろ。
それよりもこの女を見習え!この女はな主を助けたいがあまり己の身を犠牲にしてこのような願いを申し出たとこう申すのじゃ。
それに比べてお前は何じゃ!主人の頭が薬缶に似てると言われそれをひとなめなめさせろと言われ横で何をゲラゲラ笑っておる!ちっともおかしい事ではない!笑うのをやめろ。
バカ。
女面を上げろ」。
「はい」。
「ふだんならこの武士たるものが頭が薬缶に似ているなどと言われそれをひとなめなめさせろなどと言われ何が何でも許せぬところではあるがその方の主を思う気持ちに免じて…」。
「はい」。
「少しだけなら…」。
「ありがとうございます!ありがとうございます!どうぞどうぞこちらでございます。
こちらでございます。
ごりょんさんお待たせしました。
喜んでおくんなはれ!合薬の薬缶がお越しになりました!」。
「何だそのお越しになりましたという言い方は?妙な言い方はやめろ。
おおっ相当苦しんでおるではないか。
ほうほうほう…。
どうすればよいのじゃ?こう手をついて頭を突き出せばよいのか?そうか。
なるべく早くしてくれよ。
なるべく早くするように…。
可内!指をさして笑うな!それでその方辺りを見張っておけ。
武士が野原で女に頭をなめられてるところをほかの町人に見られては示しがつかぬ。
よいか?人が来たらすぐに知らせろ。
しっかり見張っておけ!よし。
では女早く致せ!」。
さあこのごりょんさんもこれが侍の頭と分かっておりましたらそんな事は致しませんが何せ痛みで気が朦朧としておりますので一目見るなりいつもの薬缶と勘違い。
これを抱え込みましてベロベロベロベロベロッ!「そうベロベロとなめてはいかん。
抱え込んではいかん。
早くして早くしてくれ早くしてくれ!ちょっと待て待て。
痛い痛い痛い痛い…!ガリガリと歯を立てるな!歯を立てるでない!まだか?まだか?早くしろ早くしろ早くしてくれ!」。
「はあはあはあ…。
あ〜スッとした。
ああお清おおきに。
よう薬缶見つけてきてくれた。
ああっ!お侍様の頭…え?という事は私お侍様の頭を…。
え?何と言う…。
あっあっあっ…ああ…」。
キリキリキリ!「また始まったのか!また始まったのか!ちょっと早くしろ早く!可内笑うな!ちょっと早く早く早くしてくれ!」。
「はあはあ…。
あ〜もうなんというご無礼。
どうぞどうぞお許しを!」。
「あ〜いやいや…構わぬ!構わぬ!そううろたえるな!その方のそのな友の者があまりにも志が感心だったので特別に許した次第じゃ!もうよいよい。
それよりもその方もう癪は治ったのか?治まったのか?はあ〜かような事があるものかのう。
まあ治ったのであればそれでよい。
ではこれから先心してまいれ。
では行け行け」。
「あのお侍様ちょっとお待ちを」。
「うん?何じゃ?」。
「あの…重ねてお願いがございます」。
「重ねてお願い?さては最後に頭のなめおきをしておこうと申すのか!?」。
「そうではございません。
あの…お屋敷を教えとくなはれ」。
「屋敷を教えろ?度々屋敷までなめに来るつもりか!?」。
「そうではございません。
改めてお礼に伺いますので」。
「何!?頭をなめた礼に屋敷まで来る!?たわけた事を申すな!屋敷へ帰れば身どもにも妻子がある!妻子の手前頭をなめた礼などに来られてたまるか!そんなものは来なくてよい!もう…行け行け!あ〜ちょっと待て待て待て待て!よいか?今後偶然道で出くわしても『その節は頭をなめさせて頂きありがとうございました』などと礼を申してはならぬぞ。
知らぬ顔して行け。
もう身どももその方を見ても知らぬ顔をする。
なっ!もう今日かぎり身どもとその方は他人じゃ!初めから他人か。
ああ…。
おおそれからこれからはいかなる時も薬缶を持ち歩け。
さもなければ沿道の頭の薄い者が迷惑を被るのじゃ!分かったな。
よしではもうよい。
よし行け。
行け」。
「可内いい加減笑うのをやめろ!行くぞ。
後へ続け。
なんという一日じゃ。
『犬も歩けば棒に当たる』というのは聞いた事があるが『武士が歩けば頭をなめられる』というのは聞いた事がない。
しかしあの女もよくもベロベロとなめてくれたものじゃ。
まだぬれておるではないか。
これはいかん。
お〜お〜お〜これは気色が悪いなこりゃ。
ああ〜。
おおっ!血がついておるではないか!可内ちょっと見てくれ!」。
「あっ旦那様額の上の所に歯形が2枚付いております!」。
「歯形が2枚!?さてはあの時ガリガリとかみおったか。
人の頭を薬缶と勘違いしおってその上歯形の傷まで!可内身どもの傷の具合はどうじゃ!?」。
「ええご安心下さい。
いくら薬缶頭でもまだ漏るほどではございません」。
(拍手)2015/04/10(金) 15:15〜16:00
NHK総合1・神戸
上方落語の会 ▽「隣の空き地」桂三度、「梅見の薬缶」林家菊丸[字]
▽「隣の空き地」桂三度、「梅見の薬缶」林家菊丸▽第248回NHK上方落語の会(27年1月15日)から▽ご案内:小佐田定雄(落語作家)
詳細情報
番組内容
桂三度「隣の空き地」と林家菊丸「梅見の薬缶」を、去年襲名した菊丸のインタビューも交えてお送りする。▽隣の空き地:落語でおなじみの小噺、例えば「隣の空き地に囲いができたなぁ」と聞かれてもカンの悪い人がいたら…▽梅見の薬缶:大家のお嬢さんが女中さんと二人で野がけに出かけ、楽しんでいると帰り道に蛇に遭遇。このお嬢さんは持病の癪(しゃく)を起こしてしまい、女中さんは困りはてるのだが…。▽ご案内:小佐田定雄
出演者
【出演】桂三度,林家菊丸,【案内】小佐田定雄
キーワード1
落語
キーワード2
漫才
ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸
バラエティ – トークバラエティ
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32080(0x7D50)
TransportStreamID:32080(0x7D50)
ServiceID:43008(0xA800)
EventID:50255(0xC44F)